著者
山本 彩
出版者
北海道大学大学院教育学研究院
雑誌
北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
巻号頁・発行日
no.119, pp.197-218, 2013

近年,自閉症スペクトラム障害(以下ASD)をもつ人への支援方法は急速に発展してきたが,その多くは本人への直接支援を前提としているものであり,本人への支援が必要と考えられるが本人は支援を拒否するという場合については,介入方法は未整理であった。支援を拒否する本人の支援への動機づけを高めるためには,物質依存者とその家族を包括的に介入するCommunity Reinforcement and Family Training(以下CRAFT)が参考になると考えられるが,CRAFT は本人が深刻な家庭内暴力や犯罪行為をもつ場合にはプログラム適用から除外するという課題が残る。筆者は,本人がASD 特性を背景にもち支援を拒否している,家庭内暴力や違法行為などの行動の問題に対して,CRAFT,危機介入,ASD 支援の先行研究を組み合わせたプログラムを作成し用いている。本稿ではそのプログラムの理論的背景と具体的内容を紹介し,最後に考察を加える。 Support programs for individuals with autism spectrum disorder (ASD) have grown rapidlyin recent years, and many such initiatives are designed to provide direct support. No interventionprograms have been established for ASD patients who are reluctant to receive support despite theapparent need. Against such a background, the Community Reinforcement and Family Training(CRAFT) program is regarded as a useful resource for motivating reluctant ASD patients toaccept support. CRAFT is intended to provide comprehensive help to individuals requiring assistance for substance abuse and to individuals' families. However, CRAFT is not available topeople who commit acts of serious domestic violence or perpetrate crimes. The study developsa program that integrates CRAFT, crisis intervention, and other approaches covered in previousstudies on support for individuals with ASD. Highlighting the program's theoretical background and details, this study discusses a number of additional consid erations.
著者
渡辺 隼人
出版者
北海道大学大学院教育学研究院
雑誌
北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
巻号頁・発行日
vol.114, pp.151-165, 2011-12-27

【要旨】広汎性発達障害(Pervasive Developmental Disorder,PDD)における言語障害の原因となりうる聴覚情報処理特性について検討した。ミスマッチ陰性電位(mismatch negativity,MMN)と呼ばれる事象関連電位(event-related potential,ERP)成分を指標とした検討では,PDDは母音の周波数変動に対して特異的に定型発達よりも敏感であることを示唆する結果が得られている。この結果は定型発達に比べて応答する周波数帯域が狭い神経細胞が多く存在することによって説明できる。PDDではN1,M100と呼ばれるERPおよびERF(event-related field)成分が定型発達に比べて遅延する場合があるが,これは応答する周波数帯域が狭い神経細胞の影響による聴覚情報処理過程発達の異常による可能性がある。
著者
魏 宇哲
出版者
北海道大学大学院教育学研究院
雑誌
北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
巻号頁・発行日
vol.133, pp.23-40, 2018-12-25

先行研究によれば,性的解放は歌垣に付随する現象であるとされている。しかし,歌垣 は日本でも中国でも「世俗の縁が切れる場」(網野善彦)であり,「解放」という拘束を前提と する表現が適切と言えるかは疑問である。本研究は,日本と中国の文献及び中国における現地 調査の資料に依拠しつつ,歌垣と祭祀行事の関係の多様性を明らかにし,歌垣は性的解放の場で あったという従来の通説的解釈を再検討する。
著者
長 実智子 渡邊 誠
出版者
北海道大学大学院教育学研究院
雑誌
北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
巻号頁・発行日
vol.140, pp.259-308, 2022-06-25

自傷行為当事者にとっての自傷行為の役割を明らかにすることを目的とし,女性自傷行為経験者5名に対して面接調査を行い,データを質的研究の手法により分析した。その結果,自分自身では対処不能であり,過剰なストレス状態が長期的に継続し,周囲に対して援助希求行動が取れない場合に,何とか生き抜くための即効性のあるストレス対処戦略として自傷行為が生じることが示された。また,当事者との信頼関係のもとで語られた逐語データの提示を通じて,一人一人の自傷行為にまつわる表現の多様さを示し,その固有の表現にこそ臨床家が汲み取るべきものがある可能性を示唆した。
著者
李 晋寧
出版者
北海道大学大学院教育学研究院
雑誌
北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
巻号頁・発行日
vol.142, pp.15-35, 2023-06-26

中国の文化大革命期(1966-1976)にスポーツの発展は停滞した。しかし,「友好第一,競技第二」の思想は国内における階級闘争の最中においても,スポーツの普及と外交関係の改善に一定の役割を果たした。果たして,こうした思想はいつまで維持されたのか,効果的に持続できたのか。本稿は1980年代の新聞,『体育報』に着眼し,「友好第一」に対する考え方の変容についてまとめる。1980年以降,人々は「友好第一」思想の影響を維持しつつも,その理念に対して疑義も呈するようになる。つまり,「友好第一」を重視するあまり,手加減,八百長試合が生じたことで,観衆らが試合内容に興味を失い,真剣に対戦する競技スポーツ形成を損なうという考えを,かつてよりも公に表現するようになった。「友好第一」思想は中国人民の体育的価値観を解体し,社会主義的体育思想のもとで統合をはかると同時に,80年代以降の体育的価値の再建過程に影響を与えたと結論づけられる。
著者
河口 明人
出版者
北海道大学大学院教育学研究院
雑誌
北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
巻号頁・発行日
vol.111, pp.163-196, 2010-12-25

ポリスの存続という至上命題の中で,古代ギリシャ人が人間の身体に抱いていた観念は,精神と乖離した二元論的な理解ではなく,彼らの生存の内的欲求を意義づけるエートス(ethos)と一体のものであった。貴族文化の余韻をとどめながらも,人間の内面は身体に表現されることを確信し,その身体を創造せんとする卓越性(アレテー)の概念と結びつき,戦士共同体における生命のアイデンティティを構成することにって,ギリシャ文化や文明をもたらした主要な源泉となった。死すべき運命を悼みながら,その反映としての不滅の栄光を保障する卓越した勇気の顕現を,ポリス間の絶えざる戦闘という不幸の中で具現しようとしたギリシャ人は,英雄精神によって不死の神に至らんとする飽くなき憧憬を抱き続け,鍛錬された身体的能力と,限りない自己啓発を希求する精神的能力の渾然一体化した「カロカガティア」という,人間のありうべき理想像に関する概念的遺産を今日に伝える。
著者
川田 学
出版者
北海道大学大学院教育学研究院
雑誌
北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
巻号頁・発行日
vol.113, pp.55-80, 2011-08-22

【要旨】自閉症における自他認識の発達を検討するために,自閉症をもつ幼児9名を対象に,役割交替模倣,積極的教示行為,自己鏡映像認知に関する課題を実施し,課題間の連関を分析するとともに定型発達児との比較も行った。結果,定型発達児と同様に,発達年齢が2歳頃になると役割交替模倣が可能になる傾向が認められた。役割交替模倣と積極的教示行為の成否には連関性が見られたが,自己鏡映像認知についてはやや異なるパターンが認められた。すなわち,他の2課題が未成立でも自己鏡映像認知のみ成立する対象児が7名中4名見られた。各課題中の行動的・情動的エピソードを分析すると,視線や表情,実験材料の素材感への固執など,定型発達児とは異なる課題への取り組み方が観察された。自閉症においても発達年齢に関連した自他認識の発達が認められるが,定型発達児と同様の評価基準による把握では,対象児の行動レベルと心理レベルのギャップを無視してしまう可能性が示唆された。最後に,自他認識の発達に関わる諸機能間の連関パターンの多様性について議論した。
著者
間宮 正幸
出版者
北海道大学大学院教育学研究院
雑誌
北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
巻号頁・発行日
vol.106, pp.1-20, 2008-12-18

本論では,戦後の児童青年精神医学と障害児教育の領域を中心に,わが国におけるフランス語圏心理学の影響を検討した。フランスでは,Rousseau,J-J.の子どもへの関心,Itard,J.M.G.の人道主義的な医学的教育学的実践,ビセートル病院におけるSéguin,É.の障害児教育などを源流とする理論と実践があり今日に至っている。しかし,わが国の発達教育臨床研究においては導入の過程でそうした本来の伝統領域が切り離されてしまった傾向がある。フランス語圏心理学の発達教育臨床論では,病理的心理学から発達論的心理学へという展開,運動と精神の同一性と対立に関する見解,発達の正常と異常に関する異質性と同一性の思想などが重要である。日本,フランス共に戦後は英国圏心理学の影響が大きいのであるが,子どもの権利や社会的リハビリテーションを重視する観点は,フランスの発達教育臨床の科学と思想の伝統の中で息づくもので,まず,これを導入しなければならなかったのである。
著者
松浦 亮太
出版者
北海道大学大学院教育学研究院
雑誌
北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
巻号頁・発行日
vol.125, pp.91-109, 2016-03-30

運動を連続的に行うとそのパフォーマンスは低下していき,最終的に運動自体を続けることが出来なくなることは,あらゆる人々によって経験される事実である。筋疲労という用語が用いられた場合,その用語はこれらの運動パフォーマンスの低下や疲労困憊を意味するものであると混同されがちである。筋疲労の結果として運動パフォーマンスの低下や疲労困憊が起こるという理解は正しいが,筋疲労の発生および亢進は運動パフォーマンスの低下および疲労困憊と同一のものではない。伝統的な筋疲労研究において筋疲労の定義は確立されてきたが,近年の研究では,その定義に必ずしも当てはまらない状況において運動パフォーマンスの低下および疲労困憊が起きることが報告されている。これは,これまでの筋疲労の定義では説明できない筋疲労というものが存在する可能性を示している。そこで本稿では,初めに伝統的な筋疲労の定義を提示し,その後にその定義には当てはまらない筋疲労について,著者が主体的に関わった研究成果を中心に考察を進める。最終的に,伝統的な筋疲労の定義を修正した新たな定義を提案する。
著者
張 月
出版者
北海道大学大学院教育学研究院
雑誌
北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
巻号頁・発行日
vol.137, pp.217-239, 2020-12-23

本研究は日本人男性と結婚する外国人女性の中で,最多の中国人女性について,異文化適応に重要な役割を果たす人間関係作りの実態を考察したい。都市部の状況について,「職場の同僚」,「近隣・地域組織」,「日本語教室の受講者」,「保護者同士」,「母国・日本にいる中国人同士」との関係作りの実態を分析した上で,先行研究で明らかになった農村部の状況と比較分析する。その結果,発生期と変化期において,同じ時期に来日する中国人妻と友人関係を構築したこと,子どもを通じるつながりを持つこと,変化期において,日本語教室は中国人同士が集まる場所であり,女性たちはそこで友人関係を作ることなどの点で共通している。中国人同士との関係作りについて,減少期において,都市部は農村部より多様性を持っていること,近隣・地域組織との関わりについて,どんな時期においても,農村部は都市部より人間関係を築きやすいことなどがわかった。
著者
寺田 龍男
出版者
北海道大学大学院教育学研究院
雑誌
北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
巻号頁・発行日
vol.121, pp.1-15, 2014-12-26

In contrast to Japan where classic Japanese language and literature are taught in high school, high school students in the German-speaking countries generally do not study Middle High German language and literature. They associate the Nibelungenlied , which used to be compulsory reading in school, with negative connotations such as‘ Nibelungische Treue( loyalty)’. But this epic seems to become more and more ‘popular’ in academic research and higher education. In the last two decades, many editions, translations and introductions of the Nibelungenlied have been published. The introduction of bachelor and master courses has moreover led to a rapid increase of various texts, for which the demand of students for introductions, including the Nibelungenlied , must be met. This paper analyses the background of this boom especially with regards to successful online publications and proposes to apply the methods of scholars to o ther genres of medieval literature.
著者
中澤 翔
出版者
北海道大学大学院教育学研究院
雑誌
北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
巻号頁・発行日
vol.129, pp.37-49, 2017-12-22

The aim of this research is to clarify the relation between long-distance running training and half-marathon record. The running distance and running speed of different types of training (distance, pace, interval, jog) was tracked with a GPS watch for a period of 8 weeks, and the results of which were then compared to half-marathon records taken on the last day of the trainings. The 8-week period was divided into first half and second half ( 4 weeks each) with university long-distance runners with previous records completing a half marathon within around 72 minutes as subjects. Results showed that: 1) runners who ran longer distance during second half recorded better time for 10km mark, 10-20km interval, and half-marathon; 2) runners who ran at a higher speed during second half recorded better time for 10km mark. According to these results, it can be said that training methods that place more weight on running distance and endurance is more effective in improving half-marathon record among amateur runners than methods such as interval trainings that seek to improve running speed.
著者
山口 晴敬
出版者
北海道大学大学院教育学研究院
雑誌
北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
巻号頁・発行日
vol.133, pp.69-89, 2018-12-25

本研究の目的は,高等学校における先輩教員と初任期の教員の同僚関係について,先輩 教員の初任期の教員へのまなざしに着目し検討することである。学校現場に初めて赴任した初任期 の教員を支える役割を担っている先輩教員は,どのようなまなざしで初任期の教員を見つめて いるのかを探索するため,質問紙調査を実施した。分析に当たっては多重回答結果と,自由記 述回答において計量テキスト分析を用いた。 先輩教員の初任期の教員に対するまなざしは,初任期の教員の「姿勢や行動」に関わること を表したものと,「同僚性」「教職のイロハ」など,「いまここにある」教職遂行に関わることを 表したもの二つに大分された。 すなわち,先輩教員は初任期の教員を,「個人」に着眼点を置いた「姿勢や行動へのまなざし」 と「同僚」に着眼点を置いた「いまここにある教職遂行へのまなざし」で見つめ評価していた。 「いまここにある教務遂行に関わることへのまなざし」は,初任期の教員を否定することと なったが,「姿勢や行動へのまなざし」は,初任期の教員を肯定的に評価するばかりでなく,先輩 教員自らの内省を促す作用も期待できた。また,初任期の教員への期待は,教務遂行に関わる ことばかりではなく,姿勢や行動の両方を含むこととなった。 職場の「同僚」としての初任期の教員へのまなざしは,「いまここにある職務遂行に関わるこ と」のまなざしとなり,初任期の教員を否定的に見つめるということで,同僚関係にはプラス の作用を生まないことが明らかとなった。
著者
橘内 勇 大塚 吉則
出版者
北海道大学大学院教育学研究院
雑誌
北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
巻号頁・発行日
vol.104, pp.205-211, 2008-03-31

“猫背”と呼ばれる不良姿勢は,腰や背中にかけての鈍痛をもたらす腰痛症,頚・肩凝りを主訴とする頚肩腕痛の原因となり,小・中学生の若年者から高齢者まで幅広い年代を悩ませる要因となっている。とくに近年,運動不足や不良姿勢が原因とみられる子供の肩凝りの報告も多い。今回,学童期の影響も関連すると思われる大学生を対象に,不良姿勢を自覚する者の割合やそれに伴う有訴率,各自の対処法についてアンケートを実施した。なお,得られた結果を要約すると下記の通りである。 1.自分の姿勢が悪いと思う男子学生は54%・女子学生は67%であった。 2.腰背部痛を有する男子学生は39%・女子学生は46%であった。 3.頚・肩凝りを有する男子学生は31%・女子学生は40%であった。 これらの結果は,「平成16年国民生活基礎調査の概況」による同年代の有訴率より極めて高いものであった。この背景には,授業中は座位を取り続けなければならない学生の特殊な環境要因も大きいと考えられた。
著者
穴水 ゆかり 加藤 弘通
出版者
北海道大学大学院教育学研究院
雑誌
北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
巻号頁・発行日
vol.29, pp.17-35, 2017-12-22

本稿では,過去の自傷研究を整理することにより,学校教育現場の自傷児童生徒支援 において検討すべき学術的課題を示すことを目的とした。まず自傷の用語と定義の問題につい て検討し,児童生徒の自傷の実態と関連する問題行動および背景要因について整理した。その 結果,定義や実態については調査研究により大きな幅があり,教育現場で認識される自傷とも 隔たりがあることから,ある種の自傷が見逃されている可能性が明らかになった。また関連要 因の検討から,教員は自傷行為そのものだけではなく,さまざまな問題行動や関連要因を通し て自傷の発見・対応に努める必要があり,その一方で,自傷を通して,彼らが置かれている環 境や心理面の問題に気づくことも重要と考えられた。今後の自傷研究の課題としては,養護教 諭は研修等を通して自傷への理解を深めること,養護教諭のみならず一般教員を対象とした実 態調査や,発達差に留意した研究の必要性が示唆された。