著者
望月 優子 伊豆山 健夫
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.56, no.5, pp.316-325, 2001-05-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
17

中性子星にグリッチと呼ばれる現象がある.正確に一定の割合で自転の速度が遅くなっていた中性子星が,あるとき,突然スピンアップする現象である.グリッチが初めて観測されてから30年あまり経つが,その起源はあまりよくわかっていない.私たちは,「渦糸のなだれ的ピンはずれ」がその原因であると考える.渦糸の芯のところに『核の棒』ができ,そこに渦糸が捉えられる,ということを示し,しだいに押し寄せてくる渦糸によって,捉えられていた渦糸が雪崩のようにはずれるのがグリッチである,という理論を提唱する.
著者
大栗 博司
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.74, no.11, pp.797, 2019-11-05 (Released:2020-05-15)

追悼江口徹先生を偲んで
著者
杉本 茂樹
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.68, no.8, pp.524-533, 2013-08-05 (Released:2019-10-17)
参考文献数
23

今から15年ほど前,弦理論の第二革命と呼ばれる大発展の最中に,4次元のゲージ理論と10次元のある曲がった時空における弦理論が等価になり得るという驚くべきアイデアが提案されました.このアイデアをクォーク間に働く強い力の理論である量子色力学(QCD)に適用すると,原子核の中に住むハドロンの物理を弦理論を用いて記述できるようになります.何故そんなことが言えるのか?それを利用すると何が言えるのか?弦理論,ブラックホール,余剰次元など,一見,ハドロンとは直接関係ないと思えるような様々な分野の物理が絶妙に絡んでくるので,分野外の読者にもなるべく分かりやすく解説したいと思います.
著者
後藤 鉄男
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.35, no.4, pp.299-306, 1980-04-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
5

クォークの複合系としてのハドロンに関連して, 拡がりをもつ素粒子像についてのべる. クォーク模型による通常のハドロン像を概観したあとで, そのもっとも簡単な見方であり現象論的にも有効な多重局所模型について論ずる. 多重局所模型はクォーク模型の非局所理論的アプローチではあるが, より統一的なハドロンの理解をうるには励起子としてクォークを把えることが必要となる. このような考えはクォークの特異な性質を自然に理解することを可能にすると同時にSU(3)などの内部自由度を拡がりをもつ対象の属性として理解する可能性をあたえる.
著者
近藤 宗平
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.33, no.8, pp.656-663, 1978-08-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
7

放射線は極微の世界から無限の宇宙まで走りまわり, そこで起っている現場の情報をとらえる. 放射線にとらえられた情報の解読は, 人類に千里眼的超能力を与え, 今世紀の目覚ましい物理学の発展の原動力となった. 1930年代には放射線を使って生命の支配的因子"遺伝子"の謎を解こうという研究が真剣になされ, それはE. Schrodingerの名著「生命とは何か」を生むに到った. この小冊子は, やがて誕生する分子生物学の強力な推進力となった. 本稿では, この歴史的発端をふりかえりつつ, その後の研究の発展を紹介する.
著者
中山 優
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.68, no.3, pp.149-157, 2013
参考文献数
17

スケール不変性は高エネルギー物理から物性理論まで幅広い応用がある対称性である.特に相対論的な系では,スケール変換は共形変換と言う時空の各点でのスケール変換を許すような拡張ができる.数学的には理論のスケール不変性は共形不変性を意味しないのであるが,両者の違いを巡って長年議論が交わされてきたようである.この解説では二つの対決を通して,いかにスケール不変性が共形不変性に拡張されるかを最近の活発な研究成果を踏まえて議論したい.
著者
出口 哲生 佐藤 純 上西 慧理子
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.70, no.6, pp.419-426, 2015-06-05 (Released:2019-08-21)

最近,孤立した量子多体系のダイナミクスが活発に研究されている.例えば,レーザーで閉じ込められた冷却原子系において,系の物理量が緩和する過程が実験で観察された.理論的にも相互作用クエンチなど,外場変数を急変化させた後に生じる量子多体系のダイナミクスに関心が集まっている.量子系におけるクエンチの問題は70年代はじめに可解系で最初に議論された.しかし,本格的に注目されるのは今世紀以降と比較的最近で,これは量子系のクエンチが実験で実現可能になったためと考えられる.孤立量子系のダイナミクスは最近,量子統計力学の基礎の視点からも興味を持たれている.量子多体系の純粋状態を任意に一つ選ぶと,ほとんどの場合,物理量の状態に関する期待値は,熱平衡状態における物理量の期待値に非常に近いことが明らかにされた.これを典型性(typicality)とよぶ.そして,初期純粋状態からのユニタリな時間発展の中で,局所演算子の期待値はある平衡状態のアンサンブル平均値に収束する,と予想されている.ここで局所演算子とは,全系と比べて十分に小さな部分系の中で定義可能な演算子のことである.コーヒーにクリームを加えた場合とは異なり,孤立量子系のエントロピーはユニタリな時間発展で全く変化しない.このため,孤立量子系の時間発展の様子を表すのに従来の意味での緩和を用いるのは,厳密に言えば正しくない.しかし,有限系でも自由度が大きい場合,再帰的振る舞いが起きるまでの時間は非常に長く,これと比べてはるかに短時間のうちに,緩和するような振る舞いが観察される.このため,言葉の意味を少し幅広く解釈して,孤立量子系における緩和(relaxation),と表現することが多くなった.最近では,平衡化(equilibration)あるいは初期値に依存しないときには熱化(thermalization)ともよばれる.非可積分な孤立量子多体系の時間発展では,局所物理量の期待値は漸近的にミクロカノニカル分布の値に収束すると予想され,多くの例で確かめられている.一方,可積分量子系にはハミルトニアンと交換する多数の保存量演算子が存在する.このため,可積分系の時間発展は非可積分系の場合とは異なり,一般化されたギブス分布に収束する,という予想が提案された.可積分量子系の非平衡ダイナミクスの特徴を明らかにすることは,冷却原子系の実験結果を理解する上でも興味深いであろう.また,孤立量子多体系のダイナミクスの特徴を研究する中から,量子多体系を制御する一般的方法が発展する可能性もある.このため,応用面からの興味も将来的には十分に考えられる.本解説では,最初に上記のような研究状況のおおよその説明をした後に,可積分量子系を分かりやすく紹介し,非平衡ダイナミクス特に1次元ボース気体での緩和の例を解説する.
著者
安井 繁宏
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.73, no.11, pp.771-775, 2018

<p>素粒子・原子核から物性(電子・原子)までの階層構造を統一的に理解することは,物質構造の普遍性と多様性について重要な知見を我々に与える.異なる物質階層に共通して見られるシステムの例がフェルミガスであり,多様な量子現象が存在することが知られている.その一つが近藤効果である.</p><p>近藤効果はフェルミガスにおいて不純物が引き起こす量子効果である.近藤効果の説明のために電子ガスに不純物原子が混入している状況を考えよう.ただし不純物原子はスピンをもつとして,電子ガスと不純物原子の間にスピン交換が行われるとする.このとき電子ガスと不純物原子の相互作用の大きさは媒質効果による影響(ループ効果の繰り込み)を受けて変化し,低エネルギー散乱において対数的に増大する.そのため低温の熱力学的な性質や輸送係数に大きな変化が現れる.これを近藤効果という.このような現象自体は20世紀前半に実験的に知られていたが,1964年に近藤淳によって本質的な問題点が解明された.そして近藤効果の研究は繰り込み群や漸近的自由性などの様々な理論的な発展を促した.</p><p>近藤効果は,重い不純物を含むフェルミガスにおいて次の条件が満たされたときに起こる量子効果である:(i)フェルミ面が存在すること,(ii)粒子–ホールの対が発生すること,(iii)不純物がスピン交換をすること.スピン交換相互作用は非アーベル的相互作用に一般化することができる.重い不純物はフェルミガスにとって静止した境界条件の役割を果たしている.</p><p>エネルギースケールを大きく変えて「強い力」を考えよう.近年アップやダウンよりも重いフレーバーを不純物として含む原子核やクォーク物質を生成する高エネルギー加速器実験が議論されており,近藤効果の観点から不純物効果を考えることは興味深い.もっとも平衡状態の存在は非自明であるが,平衡化の時間より長くてベータ崩壊より短い時間スケールの範囲内で平衡状態と見なすことが可能であろう.さて原子核(あるいは核物質)にどのような重い不純物が存在すれば近藤効果が発生するのかを考えよう.近藤効果の条件(i),(ii)は満たされている.(iii)の非アーベル型相互作用をもつ重い不純物として,チャームクォーク(<i>c</i>)あるいはボトムクォーク(<i>b</i>)と軽いクォーク(<i>q</i>=<i>u</i>, <i>d</i>)で構成された</p><p><i><span style="text-decoration: overline;">D</span></i>, <i><span style="text-decoration: overline;">D</span></i>*(<i><span style="text-decoration: overline;">c</span>q</i>)メソンや<i>B</i>, <i>B</i>*(<i><span style="text-decoration: overline;">b</span>q</i>)メソンを考える.これらは内部自由度としてSU(2)×SU(2)対称性のスピンとアイソスピンをもつので核子と非アーベル型相互作用をする.つまりスピンやアイソスピンに起因する近藤効果が生じると考えられる.</p><p>さらにエネルギースケールが高くなると核子に閉じ込められていたクォークが解放されて核物質はクォーク物質に変化する.クォーク物質は軽いクォーク(<i>u</i>, <i>d</i>, <i>s</i>)のフェルミガスと見なされる.近藤効果の条件(i),(ii)は満たされているが,(iii)の重い不純物は何であるべきだろうか? 答えはチャームクォーク(<i>c</i>)あるいはボトムクォーク(<i>b</i>)自体である.ただしクォーク物質ではカラー(色)は解放されているのでSU(3)対称性のカラー交換が非アーベル型相互作用として存在する.つまりカラーに起因する近藤効果が生じると考えられる.</p><p>近藤効果は弱結合(高温側)における摂動的現象のみならず強結合(低温側)における多くの非摂動的現象をもたらす.高温側では様々な物理量(電気抵抗や粘性のような輸送係数など)が温度の対数スケールに従う.低温側では,非摂動的現象として,近藤共鳴状態が出現したり,軽いクォークと重いクォークの結合(近藤凝縮)によるトポロジカル構造が存在する.近藤効果と他の様々な相関の競合も興味深い.</p><p>近藤効果は核物質やクォーク物質の普遍性と多様性について魅力的で興味深い見方を与えてくれるだろう.</p>
著者
榎戸 輝揚 和田 有希 土屋 晴文
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.74, no.4, pp.192-200, 2019

<p>科学探査が及んでいない対象を人類未踏の世界と呼ぶならば,多くの人は宇宙や深海を思い浮かべるのではないだろうか.実は,太古から身近な自然現象である雷雲や雷放電も,極端な環境のために観測が難しく,これまで知られていなかった高エネルギー現象が近年になって発見されている未踏領域である.そもそも,雷放電がなぜ起きるかという基本的問題にも未解明な点が残され,高エネルギー物理学の知見が重要となってきた.本稿では,古典的な可視光・電波での観測のみならず,X線やガンマ線の観測,宇宙線,原子核物理や大気化学に広がる「雷雲や雷放電の高エネルギー大気物理学」という新しい分野を紹介したい.</p><p>雷雲の中では,大小の氷の粒が互いにぶつかりあって電荷分離が生じ,強い電場が生じる.この電場が大気の絶縁作用を破壊し,大電流が流れて強力な電磁波や音を放つのが雷放電である.この雷放電に伴う新しい現象が,1990年代から大気上層で見つかっている.ひとつは,スプライトやエルブスと呼ばれる,奇妙な形状で赤色や青色に発光する高高度大気発光現象(Transient Luminous Event, TLE)である.もうひとつは,雷放電に伴って宇宙空間に放たれる,継続時間がミリ秒で20 MeVまでのエネルギーの地球ガンマ線フラッシュ(Terrestrial Gamma-ray Flash, TGF)である.これらは,雷放電に伴う電場変化で電子が加速され,大気分子の脱励起光や,電子の制動放射を観測していると考えられる.さらに地上観測でも,自然雷やロケット誘雷で突発的なX線やガンマ線も検出された.</p><p>こういった雷放電に同期した放射に加え,雷雲そのものからも,10 MeVを超えるガンマ線が数分以上も地上に降り注ぐ現象が観測されている.一発雷と呼ばれる強力な冬季雷が発生する日本海沿岸の冬季雷雲は世界的にみても稀で,雲底も地表に近いために大気吸収の影響が小さくなり,こういった放射線の測定に有利な環境になっている.そこで我々も10年以上にわたって放射線測定器を設置し,雷雲からのガンマ線を実際に数多く観測してきた.この準定常的なガンマ線の発生機構は,雷雲内の強い電場で加速されなだれ増幅した相対論的電子からの制動放射と考えられており,地球大気という密度の濃い環境下での電場による粒子加速という珍しい物理現象の研究が可能となっている.</p><p>さらにここ数年で新検出器による多地点マッピングを実現したことで,思わぬ発見にも出会うことができた.雷放電で生じるガンマ線が大気中の窒素や酸素の原子核に衝突し,光核反応を起こすことが明らかになったのである.光核反応で原子核から大気中に飛び出す中性子と,生成された放射性同位体がベータプラス崩壊で放出する陽電子を地上観測で検出できたのだ.これは,雷放電が我々の上空で陽電子を生成するという面白い事実を明らかにしたのみならず,雷放電の研究が原子核の分野にも広がることを意味する.また,光核反応で雷放電が大気中に同位体<sup>15</sup>N,<sup>13</sup>C,<sup>14</sup>Cを供給することは,大気化学とのつながりでも今後の研究の進展が期待できる.本稿では,学術系クラウドファンディングや市民と連携したオープンサイエンスへの試みも紹介しつつ,国内外での高エネルギー大気物理学の潮流と我々の学際的な挑戦を紹介したい.</p>
著者
佐々 真一
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.63, no.10, pp.754-761, 2008-10-05 (Released:2017-08-04)
参考文献数
14

線形応答理論は非平衡物理におけるひとつの金字塔である.その完成からおよそ50年に渡る非平衡物理の発展を概観する.線形応答理論に絵をいれた60年代,そこから意図的に離れた70年代,もはや忘れてしまった80年代,新たな視点で見直されはじめた90年代を経て,現在そして未来につながる流れを描いてみたい.
著者
木村 淳 山岸 明彦
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.72, no.2, pp.111-120, 2017

<p>「地球外生命は存在するだろうか.」この問いは,「生命とは何か」というもうひとつの問いに対して宇宙で普遍的に通用する答えを得ることに繋がる.このふたつの問いに答える最も直接的な手段が,太陽系における地球外生命探査である.地球外生命の証拠はまだ見出されてはいないが,近年の様々な探査を通して,生命探査の対象となる天体,すなわちエネルギーや物質の観点で生命を育み得る環境を持つ天体の候補がいくつか見つかってきている.本稿では,火星,木星衛星エウロパ,土星衛星エンセラダスおよびタイタンを具体的な対象に,それらの天体がなぜ地球外生命の存在可能性を有するのかについて現状の知見をまとめる.</p>
著者
髙橋 悠太 廣瀬 茂輝 佐藤 優太郎 中村 克朗
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.75, no.1, pp.16-21, 2020-01-05 (Released:2020-07-13)
参考文献数
7

約138億年前,宇宙はビッグバンにより始まった.その後,宇宙膨張に伴ってエネルギー密度すなわち温度は下がっていき,現在の宇宙は2.7 K(~10-4 eV)まで冷えている.この極低温宇宙に住む私たちが,まだ灼熱だった頃の宇宙について理解するには,粒子加速器を使って宇宙初期の状況を再現し,万物の「素」となる素粒子の性質や相互作用について調べることが重要となる.得られた知見は素粒子標準理論としてまとめられ,宇宙開闢からおよそ10-10秒後,温度にして1,000兆度(~100 GeV)までさかのぼって宇宙の歴史を理解するに至った.ところが,ニュートリノ振動や暗黒物質の存在など,標準理論では説明できない事象も多く,標準理論は低いエネルギー領域での近似理論であって,より高いエネルギー領域には未知の物理法則が存在するという見方が確実視されている.この新物理の尻尾をつかむことが,我々素粒子物理学者に課された使命である.新物理の探索手法には様々あるが,有力なものとしてB中間子を使う手法がある.B中間子は加速器で大量に生成可能であり,多様な崩壊過程を精密測定することで多角的な新物理検証が可能となる.たとえばm=1 TeVの質量をもった未知の粒子が存在したとしよう.するとB中間子の崩壊において,Δt~ħ /m=10-27秒の間だけ仮想的に存在することができる.もしB中間子が,この仮想状態を経由して特定の崩壊をすると,B中間子の崩壊パターンが僅かに標準理論からずれるはずで,これを検出しようというわけである.興味深いことに,近年,B中間子のいくつかの崩壊パターンで標準理論からの系統的な差異が報告され,“Bアノマリー”と呼ばれている.中でも特に注目したいのが,レプトンフレーバー普遍性の破れに関するものである.日本のBelle実験をはじめとするB中間子の精密測定において,B中間子が異なるフレーバーに崩壊するパターンを詳しく調べてみると,3σ以上の統計的有意度で標準理論の予想値とは異なる結果が得られた.これは,レプトンフレーバー普遍性を破る新物理の存在を強く示唆している.Bアノマリーが新物理によって引き起こされているとすれば,その大きさや性質からO(1)TeVのレプトクォークが新粒子として有力視される.これを受けて,世界最高の衝突エネルギー13 TeVを誇る陽子陽子衝突型加速器LHCを利用したATLASおよびCMS実験にて,新粒子を直接生成し,探索する試みが進められている.両実験におけるレプトクォーク探索は,現状でおよそ1 TeVの質量領域に到達している.まだ直接観測には至ってはいないものの,Bアノマリーから予言される新物理のエネルギー領域に手が届きつつある.以上のように,Bアノマリーに関する実験的研究は,B中間子崩壊の精密測定による“間接探索”と世界最高エネルギーの加速器を用いた“直接探索”の両輪によって,近年急速に進展してきた.今後,Belle実験から測定精度を大きく向上させたBelle II実験や,LHC加速器を用いて行われているLHCb実験とでBアノマリーの検証を継続していく.またATLASやCMS実験でも加速器性能の向上により感度が良くなっていく.今後10年内に,Bアノマリーの是非に対して,決着がつくだろう.
著者
前田 康二 篠塚 雄三
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.58, no.6, pp.414-421, 2003-06-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
24
被引用文献数
1

非金属固体中でも光化学反応と類似した原子移動現象(原子変位・移動,欠陥の生成・分解,拡散,表面原子の脱離など)が,レーザー光や放射光のようなフォトン照射,電子線照射,イオン照射,電流注入などに伴う様々な電子励起によって誘起される.この電子励起による原子移動現象は,高い制御性(選択性)と効率を有するため,その積極的利用は,原子分子を操作して新しい機能を持った物質構造を創成しようとするナノテクノロジーに,大きなブレークスルーをもたらす可能性がある.この分野の現状と将来展望について解説する.
著者
松柳 研一
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.34, no.7, pp.570-581, 1979-07-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
43

非常に大きい角運動量が与えられた極限状況の下で, 原子核の内部構造にどの様な質的変化が起るだろうか. 一つの可能性は, 個々の核子のもつ角運動量が一定の方向に整列することである. この極限においては, 集団的回転運動は消滅し, それに代わって"対称軸まわりの剛体的回転"という古典的液滴模型の描像が大局的には成立すると予想されている. 本稿では, 簡単な独立粒子模型の枠内で最近の実験データを検討しながら, この様な理論的描像を紹介する.
著者
小渕 智之 樺島 祥介
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.76, no.3, pp.140-149, 2021-03-05 (Released:2021-03-05)
参考文献数
18

「史上初,ブラックホールの撮影に成功」というニュースを覚えておられる読者も多いだろう.この成功の裏には,観測数の足りない推定問題という不良設定問題をいかにして解くかという数理科学・情報科学における技術の進展があった.ポイントは「適切な表現のもとでデータはスパースに表現できる」と仮定することで,不良設定問題を現実的に解ける問題に置き換えることであった.このような方法論をスパースモデリング(SpM)とよぶ.もちろんこの仮定の良し悪しは別途検証されなければならない.ブラックホールの例では,人工擬似観測データや較正天体データを用いて,SpMによる方法がきちんとした性能を上げることが慎重に検証された.一方,個別問題における検証以外に,SpMによる方法論自体の限界を理論的に押さえておくことも重要である.すなわちデータの観測過程をモデル化,推定方式を定式化した上で,どういう条件なら真の信号が正しく復元できるかを理論的に問うのである.伝統的には統計学や情報理論で扱われる問題設定であるが,近年では統計力学を用いたアプローチも行われるようになってきている.情報統計力学とよばれる分野である.情報統計力学における近年の成果の1つとして,平均場近似を用いた汎用的な推定アルゴリズムの導出法と,その挙動を解析するためのマクロなダイナミクスの理論が整備されたことが挙げられる.このアルゴリズムは,Cavity法という平均場近似の一種を,確率伝搬法というベイズ推定における近似的アルゴリズムの観点から見直すことで導出される.このアルゴリズムの特徴は,計算量が非常に少ないこと,およびアルゴリズムを記述するパラメータ間の相関が熱力学極限で無視できるという点にある.後者のおかげで,系のマクロなダイナミクスが,それらパラメータの平均や二乗平均のみで記述できるという単純化が起こる.これにより,アルゴリズムによって到達可能な推定精度や収束までのスピードなどが議論できる.つまりアルゴリズムのある種の性能保証をすることが可能となる.面白いことに,このマクロなダイナミクスは系の大域的な平衡解析による結果と厳密に対応する.すなわち,このアルゴリズムによる推定精度限界(アルゴリズム限界)は,原理的に到達可能な限界(情報理論限界)と密接に関わっている,場合によっては厳密に一致する,ことが示される.この平均場アルゴリズムとマクロダイナミクス解析を,SpMの問題に応用することができる.推定方式としてベイズ推定やl1正則化付き線形回帰などが考えられるが,いずれの方式もこの方法論で系統的に解析することができる.特に興味深いのは,真の信号の復元に必要な観測数である.解析の結果,復元に必要な観測数はベイズ推定のほうが少なく済むこと,真の信号の非ゼロ要素の分布形状によってはベイズ推定のアルゴリズム限界が情報理論限界と一致することなど,SpMの理論性能を明らかにする上で有用な情報が明らかとなる.また,推定誤差は必要な観測数の前後でゼロから有限の値に立ち上がるが,これが物理的には相転移に対応し,l1線形回帰とベイズ推定では相転移の次数が異なることも同様に明らかとなる.