著者
三輪 哲二
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.43, no.8, pp.626-632, 1988-08-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
10

2次元イジング模型というのは, まことに "世界と世界のあいだの林" (C.S. ルイス「魔術師のおい」岩波少年文庫)のような所で, ところどころに静かな水をたたえた池があって, モジュラー不変性という緑色の指輪をまわしながらその池に飛び込むと, そこには一つの世界がひろがっていて…. conformal field theory という世界から帰ってきた我々は, もう一度隣の池に飛び込んでみる. するとそこにひろがる世界は, Baxterという名のライオンによって作られたcommuting transfer matrixという国で….
著者
岡本 拓司
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.73, no.4, pp.237-239, 2018

<p>歴史の小径</p><p>真空からみた物理学の歩み</p>
著者
早川 勢也 山口 英斉 梶野 敏貴
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.77, no.8, pp.547-552, 2022-08-05 (Released:2022-08-05)
参考文献数
25

現在の宇宙に多様に存在する元素,そのうちの最も軽い数種類の元素が初めて合成されたのが,ビッグバン宇宙開始後3分から20分ほどまで続いたビッグバン元素合成(Big Bang Nucleosynthesis, BBN)である.BBNによる軽元素同位体,特に重水素と4Heの推定生成量は,観測と非常に良く一致することから,宇宙背景放射ゆらぎの観測と並んで標準宇宙論を支持する大きな証拠の一つとされる.一方で,7Liの生成量はそれらより10桁近く少ないものの,理論・観測の不定性をそれぞれ慎重に考慮しても,理論による推定値が観測値の3倍程度になってしまうという「宇宙リチウム問題」が存在し,宇宙核物理学分野で長年の未解決問題となっている.この原因を巡っては,低金属星の観測からBBN直後の7Li量を推定する解析方法に残る問題点,標準BBN理論を超える未知の物理を組み込む必要性,宇宙磁場ゆらぎのような宇宙論的効果,あるいはBBN計算に必要な原子核反応率データの不定性や問題点など,いくつかの可能性がさまざまな分野の研究者によって検証されてきたが,未だに解決には至っていない.BBN中では7Liは陽子との反応によって壊れやすいため,7Li生成量の大半は,実際にはBBN後に残る7Beの崩壊に由来する.つまり,7Beの増減を左右する原子核反応が7Li生成量の鍵を握る.7Beの生成に関する核反応率は比較的よくわかっている一方,7Be量を減らす反応が近年注目され,複数のグループによる実験が報告されている.特に,BBN中に多数存在する中性子が誘起する7Beの破壊反応が重要な反応と考えられている.しかし,中性子は半減期約10分で陽子にベータ崩壊し,7Beは半減期約53日で7Liに電子捕獲崩壊する不安定核である.不安定な核同士の反応を直接測定するのは技術的に難しく,BBNに新たに定量的な制限をかけるまでには至っていなかった.我々は,この困難を克服するために「トロイの木馬法」という間接手法を用いることで,最も重要な7Be(n, p)7Liおよび7Be(n, α)4He反応を新たに測定した.これは,不安定な中性子の代わりに重陽子を標的として用い,そこへ7Be不安定核ビームを入射し,7Beと重陽子中の中性子の準自由反応の情報を抜き出す,という手法である.この実験によってBBNエネルギー領域でのデータを必要十分な精度で拡充することができ,特に,これまで未測定であった7Li第一励起状態への遷移の寄与7Be(n, p1)7Li*を初めて明らかにした.本研究と過去の実験データとを併せて,最も整合性が高いと考えられる反応断面積の励起関数をR行列解析によって導き出した.これにより,BBNエネルギー領域を含む広いエネルギー範囲(10-8–1 MeV)にわたり複合核である8Be共鳴構造に伴う不定性も含めて合理的に評価し,BBN計算に必要な精度の熱核反応率を導き出した.この反応率をBBN計算へ適用した結果,7Be(n, p1)7Li*反応チャンネルの寄与によって,7Liの推定生成量を1割ほど下方修正する可能性を示した.本研究では,この未測定であった反応チャンネルが7Be+n反応の重要性をより強調する結果となったとともに,この反応のみによる問題解決の可能性は,より定量的な意味で排除された.原子核物理の不確実性が一つ解消した今,宇宙論的効果などさまざまな理論的仮説による宇宙リチウム問題の解決法が,より高精度で検証できるようになるものと期待する.
著者
稲葉 肇
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.74, no.11, pp.792-794, 2019-11-05 (Released:2020-05-15)
参考文献数
22

歴史の小径量子力学の観測問題に取り組んだ神父――柳瀬睦男の経歴と業績
著者
榎戸 輝揚 安武 伸俊
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.76, no.10, pp.637-645, 2021-10-05 (Released:2021-10-05)
参考文献数
33

中性子星は,太陽よりも1桁大きな質量の恒星が寿命を迎え,重力崩壊して残される高密度(コンパクト)天体である.半径10 kmほどの中性子星が太陽の1.4倍もの質量をもつため,内部は原子核の密度を超える高密度となる.中性子星は,およそ半世紀前に周期的に電波で明滅するパルサーとして発見され,これまでに銀河系や近傍の銀河に2,800個を超える天体が見つかっている.中性子星は表面から放出される光が曲がるほどの強い重力場をもち,量子電磁力学における臨界磁場を超える強磁場の物理現象が発現するなど,極限物理の実験室である.そのため,天文学のみならず基礎物理の観点からも関心がもたれている.中性子星が理論的に提唱された時代から,この奇妙な星内部の高密度な核物質の状態方程式の解明は,重要な未解決問題であり続けてきた.星の中心部は,地上の原子核実験では到達できない密度領域にある.状態方程式のミクロな密度と圧力は,天体の内部構造を考えて積分すると,中性子星の質量と半径のマクロな物理量に対応する.したがって,質量と半径を宇宙観測で測定することで内部の状態を調べることができる.このように中性子星は,天文学と原子核物理の融合的な研究対象といえる.天体の質量は,連星運動をするパルサーの規則的な電波パルスの測定から精度よく求められる場合も多い.一方,電波放射が星表面から離れた磁気圏に由来するため,電波では天体の半径を探ることができない.中性子星の表面からの熱的放射に相当するX線の観測が必要になる.しかし,表面からの放射は,大気組成,磁場による表面温度の非一様性,放射領域の形状や,磁気圏放射の混入などの不定性に加え,天文学では常に大きな問題となる天体までの距離測定の難しさもあり,信頼性のある測定が難しかった.近年の多波長観測の進展により,中性子星の観測的特徴の理解が進み,その多様性は「中性子星の動物園」とよばれるようになった.このような観測的多様性は,天体の質量と半径の違いのみならず,中性子星の表面磁場の強度や構造,温度分布,自転周期などの違いによって生み出されたもので,質量と半径の測定を行うときには邪魔な不定性を生み出しうる.しかし,これらの特徴を注意深く理解していくことで,いくつかの種族の天体やそこで起きる現象をうまく利用して,中性子星の質量と半径を測定できることがわかり,複数の有効な手法が提案されるようになってきた.国際宇宙ステーションに搭載されたX線望遠鏡NICER(Neutron star Interior Composition ExploreR)は,高い集光能力を活かして複数のミリ秒パルサーを観測し,gravitational light-bendingを用いた中性子星の質量と半径の測定から,状態方程式を明らかにするプロジェクトである.打ち上げ後,手始めに4.87ミリ秒で自転する孤立中性子星PSR J0030+0451で10%の精度で質量と半径を測定した.さらに,シャピロ遅れの電波観測から,連星中のミリ秒パルサーで質量が太陽の2倍を超えると明らかになったPSR J0740+6620の測定も報告され,今後の観測例の増加が期待できる.さらに,近年の地上の原子核実験や連星中性子星の合体による重力波を用いた測定なども組み合わせると,中性子星の高密度物質の状態方程式がだんだんと絞り込まれ,新たな研究段階に入りつつある.
著者
大沢 文夫
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.51, no.10, pp.723-726, 1996-10-05 (Released:2019-09-22)
参考文献数
2
被引用文献数
2
著者
安東 正樹
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.71, no.9, pp.636-639, 2016-09-05 (Released:2017-01-09)
参考文献数
11
被引用文献数
1

話題重力波望遠鏡を用いた地震速報
著者
井手 勇介 今野 紀雄
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.74, no.10, pp.682-690, 2019-10-05 (Released:2020-03-10)
参考文献数
32
被引用文献数
1

近年,量子アニーリング型量子コンピュータ・量子ゲート型量子コンピュータの商用化を始めとして量子コンピューティングへの関心が高まっている.それらの量子コンピュータ上で動作する高速探索アルゴリズムを実現するための方法の一つが量子ウォークである.量子ウォークは,量子ゲートを用いた計算モデルとの対応が明らかになっているモデルである.量子コンピュータ上で動作する高速探索アルゴリズムとして,最もよく知られているものはグローヴァーのアルゴリズムである.このアルゴリズムは,N枚のカードのうちマークされた1枚のカードを見つける問題を対象とする.N枚のカードそれぞれに対応する量子状態の一様な重ね合せ状態を初期状態とし,次の二つの操作に対応するユニタリ行列を繰り返し作用させることで探索を行う.一つ目の操作は,マークされたカードに対応する確率振幅の符号を反転し,その他のカードの確率振幅を保つユニタリ行列変換,二つ目は確率振幅を一様に拡散させるユニタリ変換である.これら一連の操作により,通常の探索アルゴリズムではO(N)の計算時間を要するのに対し,O(√N) の試行回数で高確率にマークされたカードを探し出すことができる.以上のアルゴリズムは,「N枚のカード」をグラフの「N個の頂点」に置き換えて考えることで,グラフ(ネットワーク)上の探索問題と見なすことができる.グローヴァーのアルゴリズムは,グラフ(ネットワーク)上の探索問題としては完全グラフ(全ての頂点対が辺で結ばれているグラフ)上の探索に対応している.そのため,探索アルゴリズムとしての汎用性を持たせるために,一般のグラフ上で高速探索可能なアルゴリズムが望まれる.このようなアルゴリズムを実現するための一つの方法として注目されているモデルが量子ウォークである.離散時間量子ウォーク(DTQW)では,グラフ中のマークされた頂点に対応する確率振幅の符号を反転し,その他のカードの確率振幅はそのままにする役割を持つユニタリ行列と,確率振幅を一様に拡散させる役割を持つユニタリ行列の積で定義されるユニタリ行列を用いて,グローヴァーのアルゴリズムに対応する探索を行う.これにより,O(√N) の試行回数で高確率にマークされた頂点を探し出す.DTQWによる一連の時間発展がグラフの辺上のダイナミクスとして定義されるのに対して,連続時間量子ウォーク(CTQW)では,同様の役割を持つユニタリ行列を頂点上のダイナミクスとして実現可能である.探索アルゴリズムの基礎となる量子ウォークは,ランダムウォークの量子版とみなせるモデルの一つであり,量子計算の基本的モデルとして近年注目を集めている.量子ウォークの理論的側面としてよく議論される性質は強い拡散性と局在化の共存であり,通常のランダムウォークと大きく異なる性質であるために種々のグラフ上での理論的検討が精力的に進められている.また,数理モデルとしての興味だけに留まらず,例えば,放射性廃棄物分離への応用可能性・トポロジカル絶縁体との対応が明らかになるなど,理論・実験を問わず,研究の裾野を広げている.さらに,物理的な実現についても捕捉イオン(trapped ion)や光子を用いる方法等により活発に行われている.
著者
藤原 進 波多野 雄治 中村 浩章
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.77, no.1, pp.35-41, 2022-01-05 (Released:2022-01-05)
参考文献数
44

トリチウム(三重水素,3HあるいはTと表記)は,極めて低いエネルギーのβ線と反ニュートリノを放出する放射性の水素同位体である.自然界では地球に降り注ぐ宇宙線と大気との核反応により生成される.また原子炉でも生成される.生体試験用のトレーサーや蛍光物質を用いたライトなどにも利用されており,高純度のトリチウムは,核融合反応の燃料にもなる.福島第一原子力発電所の処理水中にも存在しており,社会的関心を集めている.トリチウム由来のβ線の飛程は水中や細胞中で数ミクロン程度と短い.そのため,外部被ばくが問題となることはなく,内部被ばくに対する防護が重要となる.我々は,トリチウムが生体分子へ与える影響を計算機シミュレーションで解き明かすことにより,生体分子の損傷機構を明らかにすることを目指している.そこで,計算手法およびシミュレーション精度の確認のため,単純な系で生体分子の損傷速度を定量的に評価する実験技術の開発を進めている.実験では,蛍光顕微鏡を用いたDNA一分子観察法により,トリチウム水中に浮遊するDNAの二本鎖切断メカニズムを定量的に明らかにしつつある.具体的には,滅菌環境下でトリチウム水およびトリチウムを含まない注射用水中におけるDNAの平均長さの経時変化を,蛍光顕微鏡で観察した.その結果,注射用水と比べて高濃度トリチウム水中では,DNA二本鎖切断が速やかに起こることがわかった.一方で,1 kBq/cm3程度のトリチウム濃度では有意な照射効果が見られないことを確認した.トリチウムを含む化合物が生体内に取り込まれると,化合物中のトリチウムがDNA分子中の軽水素と置き換わることがある.このことは,メダカや大腸菌を使った実験で確かめられている.トリチウムに特有の壊変効果として,DNA分子中の軽水素に置換したトリチウムが3Heにβ壊変することによる化学結合の切断が挙げられる.法令による排水中の濃度限度(60 Bq/cm3)におけるトリチウムと軽水素の比はT/H=5×10-13と極めて小さく,置換トリチウムの影響が現れるとは考えにくい.一方で,「どの程度の濃度以上であれば置換トリチウムの影響が顕著になるのか?」という問いに対して,現時点では必ずしも明確な答えはない.そこで我々はトリチウムの壊変効果に着目し,DNAから置換トリチウムが除去されることに伴うDNA部分構造の変化を,分子動力学シミュレーションにより明らかにする.我々の戦略として,まずDNAよりも分子構造の単純な高分子の計算から始め,続いてDNAの計算を行った.高分子の分子動力学シミュレーションの結果,除去される水素の割合が大きいほど,高分子の熱安定性と構造安定性が低下することがわかった.また,二重結合や共役結合の生成など,化学結合の変化を確認することもできた.さらに,テロメア二重らせんDNAの分子動力学シミュレーションの結果,グアニンのアミノ基中の水素が除去されることにより,水素結合が消失し二重らせん構造が崩れる様子を明らかにすることができた.今後は,反応力場を用いた分子動力学シミュレーションにより,β壊変によるDNA二本鎖切断のメカニズムの解明といった展開が期待される.本記事の長さは通常の「最近の研究から」欄記事の規定を超過しておりますが,編集委員会の判断によりこのまま掲載しています.
著者
本郷 研太 小山田 隆行 川添 良幸 安原 洋
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.60, no.10, pp.799-803, 2005-10-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
33
被引用文献数
2

フント則の交換エネルギーによる解釈は誤りである.2電子系, 軽分子の低励起状態についてこの事実が指摘されて以来, 既に20年以上経つ.スピン最多重度状態の安定性は, 運動エネルギーはもちろん電子間斥力エネルギーをも増加させる代償として得られる原子核電子間引力エネルギーの低下に起因する.本稿は, 炭素, 窒素, 酸素原子の基底状態について同結論を拡散量子モンテカルロ法によって初めて検証し, 相関の役割を解析した.
著者
身内 賢太朗 濱口 幸一
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.75, no.2, pp.68-76, 2020-02-05 (Released:2020-08-28)
参考文献数
34
被引用文献数
1

暗黒星雲,ブラックホール,ダークエイジ,ダークマター,ダークエネルギー.いずれも宇宙の中の「黒そう」なモノたちである.いずれも実際に宇宙に存在するもので,中でも暗黒星雲,ダークエイジについてはよく知られており,ブラックホールについても地球規模の電波干渉望遠鏡による「撮影」に成功するなど,その姿が知られるようになってきている.ダークマターはヒーローもののテレビ番組の敵役やチョコレートの商品名として登場するなど,名前自体は世間に知られるようになってはいるが,その正体は不明である.ダークエネルギーについても,宇宙の加速膨張に寄与する何らかのエネルギーであることは知られているが,その根源については分かっていないため,名前を付けて満足している状態である.ここではダークマターに焦点をあて,その正体解明を目指す理論的研究および直接探索実験について述べる.ダークマターは,宇宙に存在する「目に見えない」(光学的に観測されない)未知の「物質」である.重力的にはそこに質量がなくてはならないが目に見える物質はない,という観測結果の一例として銀河の回転曲線がある.万有引力の法則を考えると,観測される銀河の回転速度を説明するには,見える星のみでは足りないのである.この矛盾を説明するために多くの仮説が立てられてきたが,我々の知っている宇宙に対してもっとも少ない拡張で自然に説明できるものがダークマターという未知の素粒子の存在を仮定することであった.その後の様々な宇宙観測により,我々は宇宙の構成要素を右図に示す通り精密に知るに至った.宇宙の記述に「大成功」している素粒子の標準模型で説明される「通常の物質」はエネルギー換算で宇宙全体の1/ 20に満たない.通常の物質の5倍以上のダークマターと,さらにその2倍以上のダークエネルギーが宇宙のほとんどを構成する,というのが現在広く受け入れられている宇宙の姿である.こうした謎の物質,ダークマターの正体解明のために,数十年にわたって多くの理論的,実験的な研究が進められてきた.理論的に多くのダークマター候補が提唱されてきたが,その中でも宇宙初期に生成され,宇宙の膨張と共に他の物質から切り離され現在に至るという「WIMP」が有力候補のひとつである.こうしたWIMPを探索する手法に,通常の物質との相互作用を用いて探索するという「直接探索」実験がある.直接探索実験では,ダークマター以外の自然放射線起源の事象を低減するために低バックグラウンド化した大質量の検出器を用いて観測を行い,ダークマター反応の事象を待つ.半導体検出器,固体シンチレータ,低温熱量計など多様な検出器による探索が行われ,現在では数トンの質量の液化希ガス検出器による探索が世界をリード,直接検出に迫っている.直接探索をはじめとして,間接探索・加速器を用いた探索によってダークマターの正体が数年の内に明らかになる可能性が高まってきている.現在の物理学に課せられた大きな問題であるダークマターへの我々の取り組みに今後もご注目いただき,正体解明へのみちのりを一緒に楽しんでいただければと思う.
著者
大江 昌嗣
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.73, no.11, pp.790-792, 2018-11-05 (Released:2019-05-24)
参考文献数
6

歴史の小径Z項―木村榮の発見と,その後の物理の探求
著者
佐藤 正寛 高吉 慎太郎 岡 隆史
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.72, no.11, pp.783-792, 2017-11-05 (Released:2018-08-06)
参考文献数
48
被引用文献数
2

「磁性体の磁化の向きを限界まで素早く変えたい.」これは次世代情報素子のコアとなりうるスピントロニクス技術であるのみならず,多数スピンの非平衡統計力学として基礎物理学的にも重要な概念である.近年この問題に対して,光を用いた戦略が盛んに議論されている.レーザーパルスの整形・変調,メタマテリアルやプラズモニクスなど光科学分野の実験の進展は目覚ましい.そのような最先端の光技術を上手に使えば,スピンの集団運動にとっての量子力学的な限界速度であるピコ(10-12)秒という時間スケールで磁化を制御できるのだ.この「超高速スピントロニクス」の実現には,磁性体と光との結合様式(光・物質結合)や時間変化する外場中における量子系の時間発展(量子ダイナミクス)を理解する必要がある.しかし,多自由度を取り扱う固体物理分野では量子ダイナミクス研究の進歩が遅れていた.その一因として,多自由度の協調現象を扱う基本的な枠組みが整備途上であり,平衡系で慣れ親しんだエネルギーや固有状態などの議論の足がかりを失うことが挙げられる.レーザー中の多体系の解析では「非平衡系の相転移とは何か? それをどう特徴付けるべきか?」などの疑問の解消が望まれる訳である.実はこの問題は,磁気共鳴,量子化学,量子光学などのダイナミクスとの関わりが避けて通れない分野においては限定的ながら解決されている.レーザー電磁場を時間について周期的な外場とみなすと,系は離散的な時間並進対称性を持つ.このときエネルギーや固有状態といった概念が復活するのだ.この「フロケ理論」,そして回転枠などへの「ユニタリ変換の方法」を使うと,時間依存ハミルトニアンが駆動する多体系ダイナミクスを静的な有効ハミルトニアンで理解できるのである.望みの物性が実現するような動的状況を与える外場をフロケ理論の有効模型からさかのぼって設計することを,物性を操るという意味を込めて「フロケエンジニアリング」と呼ぶ.多体系のフロケエンジニアリングは,冷却原子系や電子系で発展してきたが,近年磁性体の制御にも適用されはじめている.例えば,標準的な磁性絶縁体に円偏光レーザーを照射し磁化を生成・成長させる方法が提案されている.これはレーザー周波数のエネルギースケールに対応する大きな静磁場が有効模型に現れることに由来する.レーザーによるスピン流生成は超高速スピントロニクスの主要テーマの一つであり,特異な光・物質結合を持つマルチフェロイクス(強誘電磁性体)が注目されている.この系ではスピンはレーザーの磁場成分だけでなく電場にも応答する.あるクラスのマルチフェロイクスに円偏光レーザーを照射するとベクトルスピンカイラリティ(またはジャロシンスキー・守谷相互作用)が生じることが有効模型・数値計算から示唆される.これを利用したスピン流の生成,およびその検出方法について,現実的な実験セットアップの理論提案もなされている.レーザーを用いた物性制御は従来型秩序にとどまらず,系のトポロジカル秩序をも変化させられる.その具体例としてキタエフ模型への円偏光レーザー印加の研究がある.有効模型に生じるホッピング項がスピン液体基底状態にギャップをもたらし,系をエッジ状態を持つトポロジカルな状態へと変化させることが予言される.
著者
中山 康之 伊藤 真
出版者
一般社団法人日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.38, no.10, pp.787-793, 1983

原子を形づくる原子核と電子の間の空間には何が存在するだろうか. そこにはもはや他の分子や原子が入り込めないことを我々はよく知っている. そこにはどんな物も存在し得ない, まさしく虚とか空とか言えそうな場所である. 我我の物理学ではその空間は負のエネルギーをもった電子で満たされていると解釈し, それを真空と呼ぶ. この真空は外からエネルギーを与えれば簡単に確認出来るが, 原子番号が173をこえるような超重原子では外からエネルギーを与えなくても, 真空から自発的に電子-陽電子対が発生して真空が崩壊する. これは真空中に実在の電子が出来ることを意味し, 真空の全く新しい側面である. こんな理論的予測を実証しようとする実験が永い間続けられている.