著者
塩川 伸明
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.67, no.1, pp.25-49, 2016-02-25

特集 ケインズとその時代を読むⅡ
著者
宇野 重規
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:21894256)
巻号頁・発行日
vol.71, no.1, pp.43-52, 2020-06-11

本稿は,ロールズの政治哲学と,ソローやホイットマンに代表されるアメリカの超越主義の伝統との関係を検討するものである.ロールズが自らの正義論を展開するにあたって,アメリカの伝統的思想に言及することは少ない.しかしながら,市民的不服従を強調したソローをはじめ,ロールズとアメリカの伝統的思想との間には予想以上に連続性があるのではないか.超越主義は,人間を本来,善なるものとして捉え,原罪を否定する.これを受けてソローは,人間の自己とその良心を重視し,これを抑圧するものへの市民的不服従を主張した.市民的不服従は,それを通じて社会の多数派の良心に訴えかけるものであり,ロールズの正義感覚の議論との間に共通性がある.さらにホイットマンは,宗教と切り離された世俗の道徳法則として,正義と民主主義を論じようとした.このような点において,アメリカの伝統的思想は,ロールズの政治哲学にも影響を及ぼしていると考えられる.特集 リベラルな社会を読み解く
著者
塚谷 文武
出版者
東京大学
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.59, no.5, pp.141-161, 2008-03

雇用税額控除(Work Opportunity Tax Credit)は,アメリカ連邦政府が定める「経済的困窮者」(economically disadvantaged person)や,「障害者」(disabled person)を雇用する雇用主に対して,支払った賃金の一部について企業の税額から税額控除を認める制度である.WOTCは,1990年代アメリカの福祉再編過程において,就労を促進することで自立を促す福祉改革の一環として導入された.1996年福祉改革において拡充された勤労所得税額控除(EITC)が福祉受給者の就労を促進する一方で,WOTCは雇用主に対して福祉受給者を雇用するインセンティブを与えていた.税制を通じた雇用促進へのインセンティブ策は,小売業,ホテル・モーテル業などの労働集約型産業への就労を促進する効果をもっていた.WOTCが機能するうえでは,Goodwill Industriesのような地域サービスプロバイダーが,雇用主,福祉受給者を労働市場において結びつける重要な役割を果たしていた.今後,これら3者の関係の全体像を提示することで,アメリカ的な福祉改革のより具体的な姿が明らかにされるであろう.
著者
花田 真一
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.62, no.2, pp.111-137, 2011

本論文は銭湯産業を事例として産業サイクルに応じた政策の必要性を論じたものである. 特に本論文では銭湯産業の距離規制を取り上げ, 政策が残ることによる産業に対する影響を考察している. 推定手法としては, 個々の銭湯を中心とした市場を設定し, ロジット推定を用いて閉鎖確率に対してさまざまな要素が与える影響を分析した. その結果, 確かに競争店舗数が増加することは他の条件を一定とすれば閉鎖確率を上昇させるが, 銭湯産業においては需要の高い地域に立地することによって閉鎖確率が下がり, 両方の効果を併せると需要の高い地域に立地することによる閉鎖確率低下の効果のほうが高いため, 距離規制は需要を取り込むことを制限する弊害のほうが高い可能性が示唆された.This paper argues that the government should synchronize its policy with the industry life cycle. To support this argument, I focus on the Public Bath industry (Sento in Japanese) data to evaluate the impact of distance regulation at the decline stage of industry life cycle. I use the Logit model to calculate how the number of competitors and area demand affect the exit probability. From estimation results, I find that the effect of competitors is smaller than that of area demand. These results suggest that in the Sento industry, distance regulation may inhibit the concentration of firms in high demand area and decrease industry size.
著者
加瀬 和俊
出版者
東京大学
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.141-184, 2005-02-07

本稿は中高等教育修了者の就職状況が著しく悪化し,すでに就職していた官公庁・民間企業の職員層の解雇も増加した状況の下で,1929年度から開始された小額給料生活者失業救済事業について,その立案過程・実施過程の特徴を実証的に検討したものである.本稿の分析の結果,失業職員層を対象としたこの事業は,日雇失業者を対象とした失業救済事業とはその内容・性格が大きく異ならざるをえなかったことが明らかになり,失業対策を労働者の階層性,労働市場の分断性を考慮せずに論じることはできないことが確認できた.また,結果的に見れば,失業問題打開のために中高等教育修了者数を減少させよとする財界の主張が実現せず,日中戦争前後の景気回復の中で職員層失業問題がなし崩し的に解消されたのであるから,この事業は客観的には,職員層の失業問題の深刻化を部分的に抑えつつ,景気回復までの時間稼ぎの意味を持ったと位置付けることができる.
著者
武内 進一
出版者
東京大学
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.55, no.5, pp.101-129, 2004-03-19

独立直前の「社会革命」と1990年代の内戦というルワンダにおける2つの紛争を比較し,後者がジェノサイドヘと至ったメカニズムを考察する.2つの紛争はいずれも国家権力闘争に発する内戦であり,それがエスニックな紛争へと転化した点で似ているが,犠牲者の数は圧倒的に異なる.ジェノサイドが可能になったのは,権力喪失の危機感を抱いた急進派が特定のエスニック集団の殺戮を正当化するイデオロギーを流布し,かつ地方行政機構をはじめとする国家機構を動員して民間人の殺戮を実践したからであった.こうした国家機構を通じた動員は,独立後冷戦下に存立した国家のあり方に由来する.国際環境の変化がこうした国家を脆弱化させて紛争を引き起こす一方,従来の体制下で成立した動員システムを急進派が利用し,組織的な暴力が行使されたためにジェノサイドに至ったといえる.
著者
水町 勇一郎
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.62, no.3, pp.125-152, 2011

本稿は, パートタイム労働者, 有期契約労働者, 派遣労働者等の非正規労働者と正規労働者の間の待遇格差をめぐる法的取扱いについて, 比較法的な観点から分析を行い, 日本の立法論・解釈論に対する示唆を得ることを目的としたものである. 特にここでは, 正規労働者と非正規労働者の平等取扱いについて先進的に規制を行ってきたフランスと, 判例・学説による議論の蓄積が豊富なドイツを分析対象とし, そのなかでも鍵を握る概念である, 非正規労働者の不利益取扱いを正当化する「客観的な理由(合理的な理由)」に焦点をあてて考察を深めた. そこからは, ①パートタイム労働者, 有期契約労働者, 派遣労働者などの非正規労働者をめぐる問題を一体として捉え, 総合的・連続的に対策を講じることが重要である, ②「合理的な理由のない不利益取扱い(差別的取扱い)の禁止」という法原則を導入し, 「合理的な理由」の判断において実態の多様性を取り込んだ柔軟な判断をすることが適当である, ③日本的な特徴といわれているキャリアや勤続年数の違いなどはフランスやドイツにおいてもこの法原則のなかで考慮に入れられており, この法原則を日本に導入することを困難とする特殊な事情とはいえない, ④この法原則(「合理的な理由」の判断)のなかに労使合意の重要性を取り込むときにはその危険性や正統性についての考慮が必要である, といった示唆が得られた.The purpose of this article is to analyze the legal principles on the equal treatment between regular workers and non-regular workers (for example, part-time workers, fixed-term contract workers and temporary workers) and to have some lessons to Japan from the viewpoint of comparative study of law. Especially, it focuses on the contents of the objective grounds to justify different treatments between regular workers and non-regular workers in French Law and German Law. Through this work, we can observe the flexibility of the application of the legal principles on the equal treatment between regular and non-regular workers to adapt them to various situations of these workers. These analyses give some important lessons to the political and/or theoretical discussions on the revisions of the Part-Time Work Act, the Worker Dispatching Act and the formulation of a Fixed-Term Labor Contract Act in Japan.
著者
中里 透
出版者
東京大学
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.55-69, 2005-02-07

本稿では1990年代に財政赤字の拡大が生じた理由について,政治的環境の変化に留意しつつ検討を行なった.本稿の分析によれば,現実の財政赤字の相当程度はこの間に日本経済に生じたショックに対する適切な反応(課税平準化)の結果としてとらえられるが,課税平準化のもとでの「最適な」赤字の水準と比較した場合に現実の財政赤字はなお過大なものとなっており,経済的要因以外の理由によって財政赤字のさらなる拡大が生じた可能性が示唆される.財政赤字と政治的環境の関係を扱った一連の研究によれば,連立政権への移行や政権基盤の脆弱化が財政赤字の拡大につながる可能性があることから,「過大な」財政赤字を政治的要因によって説明する推定を行なったところ,内閣支持率や衆議院における自民党議席率が「過大な」財政赤字と有意な負の相関をもっていることが確認された.この推定結果は90年代に生じた政治的環境の変化(連立政権への移行と政権基盤の脆弱化).と財政赤字の拡大の間に一定の関係があることを示唆するものである.
著者
飯田 高
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.67, no.2, pp.23-48, 2016-03-31

特集 社会規範と世論の形成
著者
河合 正弘 島崎 麻子
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.54, no.1, pp.145-169, 2003-01-30

近年,日本おいて地域通貨制度(community currency systems)が急増しており,かつ多数の非営利組織(NPO)がこの制度の導入を検討している.日本の地域通貨制度の多くは,経済的,経済外的なメリットの追求をめざして導入されてきた.その歴史がまだ浅いことから,地域通貨が参加者や参加コミュニティーに与えてきた経済的なyリットを測定することは現時点では困難だが,この制度は地域社会における互恵的な,市場では取引されにくい財・サービスの取引を通じて,人的交流や相互扶助の精神を深め,ボランティア活動・環境保護活動の促進など経済外的なメリットをもたらしてきたといってよい.地域通貨制度は,コミュニティー・レベルでの結束,連帯,ネットワーク強化など地域的な「社会資本」を作り出す上で有用な道具となる可能性を持っている.公共政策的な観点からは,地域通貨制度は国民経済全体に対して,少なくとも初期の段階においては重大な影響を与えるものではない.地域通貨制度は現状の規模を極めて大きく上回らない限り,一国の経済運営にとって脅威となることはなく,中央・地方政府は支援することはあっても,それに歯止めをかける目的で干渉すべきではない.
著者
玉井 義浩
出版者
東京大学
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.57, no.5, pp.87-106, 2006-03-30

現実の報酬支払契約の多くは,純然たる「成果連動型報酬」ではなく,低位の成果に関しては固定的な「基本給」を支払う,という形態をとる.このような,固定給と変動給の組み合わせによる報酬契約を従来の標準的なプリンシパル・エージェント問題の次善解として導出するには努力と成果の間の確率的関係に特殊な仮定(尤度比が下方の成果に関して一定となる)が必要である.これに対し本稿は,エージェントが,確率分布そのものがよくわからないという意味での,より高次の不確実性(ナイト流不確実性)に直面し,epsilon-contaminationと呼ばれる複数の確率分布から成る集合についてのMaximinの期待効用の最大化を図る場合には,より一般的な主観確率分布に関して下方に硬直的な報酬契約が次善解として自然に導き出されることを示したものである.エージェントが抱くナイト流不確実性の度合いが強まるほど,固定給の対象となる成果の範囲が広がる一方,変動給部分の賃金増加率は高まる,という結果が得られる.
著者
馬場 健一
出版者
東京大学
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.58, no.2, pp.5-38, 2007-02-20

近年連続的に実施された, 戦後初めての日本の裁判官報酬の減額は, デフレ状況下における国家公務員給与の引き下げに連動した施策であった.憲法は在任中の裁判官の報酬の減額を無条件に禁じており, 憲法違反の可能性があったにもかかわらず, この減額措置はそれほど大きな抵抗を受けることなく実現し, この問題に対する社会的関心も低い.しかし, 明白な禁止規定をもちながら裁判官報酬の引き下げが簡単に認められる, 日本の法律解釈と実務は, 比較法的にみてかなり特異なものである.またこうした現実の背景には, 最高法規として英米法型の憲法を戴きつつ, 現実の司法機構においては憲法の理念とは必ずしも一致しない大陸法型の運用が続いているという統治体制のねじれの問題がある.この事件は, 日本における裁判官制度や司法のかかえる課題や, 法の支配の脆弱さを示す事例であるといえる.しかしそこからは逆に, 改革の時代における可能性の萌芽や長期的展望をも見いだすことができるように思われる.
著者
中里 透
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.55-69, 2005-02-07

本稿では1990年代に財政赤字の拡大が生じた理由について,政治的環境の変化に留意しつつ検討を行なった.本稿の分析によれば,現実の財政赤字の相当程度はこの間に日本経済に生じたショックに対する適切な反応(課税平準化)の結果としてとらえられるが,課税平準化のもとでの「最適な」赤字の水準と比較した場合に現実の財政赤字はなお過大なものとなっており,経済的要因以外の理由によって財政赤字のさらなる拡大が生じた可能性が示唆される.財政赤字と政治的環境の関係を扱った一連の研究によれば,連立政権への移行や政権基盤の脆弱化が財政赤字の拡大につながる可能性があることから,「過大な」財政赤字を政治的要因によって説明する推定を行なったところ,内閣支持率や衆議院における自民党議席率が「過大な」財政赤字と有意な負の相関をもっていることが確認された.この推定結果は90年代に生じた政治的環境の変化(連立政権への移行と政権基盤の脆弱化).と財政赤字の拡大の間に一定の関係があることを示唆するものである.
著者
篠原 敏雄
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.60, no.5/6, pp.45-80, 2009-03-23

本論文は, 我が国の基礎法学における重要な理論的潮流である「市民法学」の観点から, 「市民」像および「市民社会」像に関して, 従来の論点を一層理論的に考察することを目的とする.第一章においては, 「市民法学」における「市民」像を, 個人と共同体との関連に関する三つの類型に即して, 明らかにする. そして, 現代では, 第三番目の類型こそ, 「市民法学」における「市民」像に適合的であるということを論ずる. 第二章においては, 「市民法学」における「市民社会」像を, 第一に, 平田清明市民社会論, 第二に, へーゲル市民社会論, 第三に, 市民法学としての川村泰啓法学, に即して検討し, 市民社会論の持つ法律学的射程の広大な領野の在りようを考察する.
著者
仁田 道夫
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.62, no.3, pp.3-23, 2011
被引用文献数
2

日本における非正規雇用問題は複雑だが, その現状を適切に把握するには, 非正規雇用・就業の多様性に着目し, それら雇用・就業形態相互の関係を明らかにすることが必要である. すなわち, 1)自営業セクターが縮小し, 非正規雇用が拡大したというこの間の変化は, 雇用・就業における格差の拡大というよりは, 格差の形態変化と見るべき部分が少なくないこと, 2)2001年前後における統計上の非正規雇用急増の一部は, 調査票の変更による過大評価であること, 3)パート・アルバイトなど短時間就業中心型の非正規雇用と異なるフルタイム型非正規雇用として契約社員・派遣社員の割合が高まっていることなどを指摘する. そして, 政策上喫緊の課題となっているのは後者の契約社員・派遣社員グループであり, その処遇をいかに改善していくかが重要である. そのために, 最低賃金制度を活用する可能性を示唆する.This paper deals with non-regular employment in contemporary Japan. It is critical to understand complex structures of employment categories in the labor market and properly grasp the relationships among those categories. It reveals: 1) Increase of non-regular employees is in large part the results of declining self-employed sector. 2) Sudden rise of the share of non-regular employees in 2001 is partly due to a change of questionnaire in key employment statisitics, 3) The share of fulltime-type non-regular employees such as 'limited-term contract workers'or agency temporary workers is increasing compared to the parttime-type non-regular employees such as 'Paato'or 'Arubaito'. The policy focus should be on the former type. The paper suggests that one option to improve the conditions of those new type of non-regular workers could be revision of minimum wage system.
著者
鶴 光太郎
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.62, no.3/4, pp.99-123, 2011-03-15

所得格差拡大の要因については, 高齢化の進展, 単身世帯の増加など世帯の「見かけ」の動きを強調する議論もあるが, 若年層での格差拡大は目立ってきており, 非正規雇用, 特に有期雇用の拡大と関連している. 有期雇用労働者が直面する格差には賃金, 教育訓練などの「処遇の格差」, 「雇用安定の格差」, 「セイフティネットの格差」があるが, こうした格差の縮小のためには, 契約終了手当・金銭解決導入等の雇用不安定への補償や「期間比例の原則」への配慮によって, 雇用安定と処遇の格差の一体的な解決を目指すべきである. また, 有期雇用, 無期雇用, 両サイドで多様な雇用形態を創出し, 連続的に繋がるような仕組みを構築することが重要だ. さらに, 格差問題への政府の積極的な関与も期待されているが, 「必要な人に必要なサポート」を原則に, 最低賃金の引上げなどよりも低所得者の・社会保険料等の負担軽減を目的とした給付付き税額控除で対応するべきである.
著者
仁田 道夫
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.62, no.3/4, pp.3-23, 2011-03-15

日本における非正規雇用問題は複雑だが, その現状を適切に把握するには, 非正規雇用・就業の多様性に着目し, それら雇用・就業形態相互の関係を明らかにすることが必要である. すなわち, 1)自営業セクターが縮小し, 非正規雇用が拡大したというこの間の変化は, 雇用・就業における格差の拡大というよりは, 格差の形態変化と見るべき部分が少なくないこと, 2)2001年前後における統計上の非正規雇用急増の一部は, 調査票の変更による過大評価であること, 3)パート・アルバイトなど短時間就業中心型の非正規雇用と異なるフルタイム型非正規雇用として契約社員・派遣社員の割合が高まっていることなどを指摘する. そして, 政策上喫緊の課題となっているのは後者の契約社員・派遣社員グループであり, その処遇をいかに改善していくかが重要である. そのために, 最低賃金制度を活用する可能性を示唆する.
著者
河合 正弘 島崎 麻子
出版者
東京大学
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.54, no.1, pp.145-169, 2003-01-30
被引用文献数
1

近年,日本おいて地域通貨制度(community currency systems)が急増しており,かつ多数の非営利組織(NPO)がこの制度の導入を検討している.日本の地域通貨制度の多くは,経済的,経済外的なメリットの追求をめざして導入されてきた.その歴史がまだ浅いことから,地域通貨が参加者や参加コミュニティーに与えてきた経済的なyリットを測定することは現時点では困難だが,この制度は地域社会における互恵的な,市場では取引されにくい財・サービスの取引を通じて,人的交流や相互扶助の精神を深め,ボランティア活動・環境保護活動の促進など経済外的なメリットをもたらしてきたといってよい.地域通貨制度は,コミュニティー・レベルでの結束,連帯,ネットワーク強化など地域的な「社会資本」を作り出す上で有用な道具となる可能性を持っている.公共政策的な観点からは,地域通貨制度は国民経済全体に対して,少なくとも初期の段階においては重大な影響を与えるものではない.地域通貨制度は現状の規模を極めて大きく上回らない限り,一国の経済運営にとって脅威となることはなく,中央・地方政府は支援することはあっても,それに歯止めをかける目的で干渉すべきではない.
著者
宮島 良明
出版者
東京大学
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.59, no.3, pp.147-163, 2008-03

かつて,日本選手権7連覇の栄光に輝いた新日鐵釜石ラグビー部は,2001年4月,地域密着型をめざしたグラブチーム「釜石シーウェイブスRFC」として生まれ変わった.クラブ運営上の課題を抱えつつも,「行政」「地元企業」「市民」によるサポートの小さな「芽」は萌え,その環が少しずつ広がりつつある.釜石にとって,今も昔も「ラグビー」は地域の「希望」であることに違いはないようだ.「新日鐵釜石」時代には,ある種の「あこがれ」や「誇り」が「希望」の源泉であったが,クラブ化後も,釜石シーウェイブスRFCが,より現実的な「実感」に基づいた「希望」を地域にもたらすようになったからである.