著者
廣瀬 陽子
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.55, no.5/6, pp.131-165, 2004-03-19

旧ソ連のコーカサス地方に位置するアゼルバイジャンのナゴルノ・カラバフ自治州は,ペレストロイカ期にアルメニアヘの移管運動を開始し,やがてそれは平和的運動から,民族虐殺,民族浄化へと発展し,ソ連の内戦となった.ソ連およびアゼルバイジャン,アルメニアの各共産党は求心力を喪失し,権力が乱立したことから,紛争の収拾がなされないままにソ連は崩壊し,紛争は国際化し,戦争の規模が拡大した.以後,OSCEなど国際的主体が和平に乗り出し,結局,ロシアの主導により停戦に至ったものの,ナゴルノ・カラバフ軍がアゼルバイジャンの国土の20%を占領し続けており,「凍結した紛争」もしくは「戦争でも平和でもない状態」のままで和平プロセスは停滞している.バルト三国以外の旧ソ連ではロシアの影響力が依然として強く,また非民主的な政治体制が継続していることから,国際組織などによる予防外交なども機能しにくい.ロシアの位置は冷戦前後であまり変わっておらず,今後の当地の和平の鍵もロシアが握っているといえる.
著者
平石 直昭
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:3873307)
巻号頁・発行日
vol.58, no.1, pp.9-35, 2006-09-30

天皇制を軸とする「国体」は戦前には国民的同一性を担保していたが, 敗戦はその統合力を奪い同一性の危機が現出した.一群の知識人は普遍的原理にたつ新国民精神の創造を追求したが, 少数派に止まった.50年代以後の日本は, 安全保障を日米安保にゆだねつつ経済成長を優先した.しかし冷戦の終結と湾岸戦争の勃発はその見直しを迫り, 55年体制の再編と「国際貢献」や改憲の必要が問われた.同時期, 経済のグローバル化を背景に中国の改革開放が本格化し, 韓国の民主化が進んだ.それは東アジア三国の交流の密接化と, 他面での排他的傾向の増大をもたらした.また国民の加害責任を問う論調の高まりは, 日本近代史の全面肯定をめざす新史観を生んだ.さらに戦後の都市化と大衆社会化, とくに80年代以後のバブル経済とその崩壊を背景として, 家族や企業は社会的紐帯としての力を失い, 個人の原子化と自己同一性の危機が広まった.本稿は現代日本の「ナショナリズム」を, 上記のような諸要因の交錯の中で捉えようとするものである.
著者
大藤 紀子
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.3-33, 2007-12-17

フランスは,テロに対する法的対応措置を採る上で,80年代当初から「安全」と「自由」という二つの憲法上の権利の間で「調整」を図ってきたが,9.11事件以降,国内に目が向けられ,かつ予防政策に力点が置かれる中で,「自由」に対する制約は,次々と拡大する傾向にある.「テロ」は,抑止・予防すべきものという観点から,刑法典の上でも明確な定義を欠いたまま,刑の加重や刑事手続の通用等において,特別ないし例外的な扱いをされている.この扱いは,「テロ行為」の「特有の性質」,犯罪の深刻さ,重要性に由来するものとされるが,「安全」と「自由」との従来からの二律背反関係に,別の視点を導入することの必要性を導くものである.本稿は,関連する憲法院判決を随時参照しつつ,「安全」と「自由」のバランスについて考察した後,フランスにおけるテロ対策の法的枠組および近年採られたテロの予防措置について概観し,問題提起を試みるものである.
著者
田中 信行
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.54, no.3, pp.61-86, 2003-03-31

中国の証券法は激しい論争を経て98年にようやく成立したが,論争の成果を反映したものとはならず,時代に遅れた姿のまま誕生した.証券法が施行されてからまもなく,中国はWTO体制の構築へと転換に動き始め,法制度の整備が進められた.証券市場も国際化とそのための規範化を急ピッチで進めているが,証券法は蚊帳の外に置かれたままになっている.本来,国有企業改革における法的支柱のひとつとして期待されて登場したはずの証券法が,なぜかくも惨めな境遇に貶められているのか.本論文は,それが置かれている現在の正常とはいいがたい状況の根源を明らかにし,そのことが提示する問題の意味について考察することにより,今後の改革のなかで証券法に課せられている課題とは何かを展望する.
著者
宇野 重規
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:3873307)
巻号頁・発行日
vol.58, no.1, pp.99-123, 2006-09-30

90年代前半には, それまでの「社会科学」像を支えていた認識枠組みそのものを問い直す動きが活発化した.本稿は, このような動向を, 1993年から94年にかけて刊行された『岩波講座 社会科学の方法』の諸論文を素材に検討する.その際, 重要な論点となるのが, 戦後社会科学の初期条件であり, とくに日本資本主義論争と総動員体制の影響をめぐる諸議論を検討する.また, その時期に設定された, 「近代西欧」との対比で「日本」を論じる問題意識についての批判的考察についても, 検討する.これに対し, 「社会学の時代」と称されることのある90年代後半以後における社会科学の展開は, 90年代前半における社会科学の見直しの結果と必ずしも直結していないことを論じた上で, 最後に, 両者の成果を結びつけ, 社会のトータルな把握とそれに基づく批判的な知的営為としての社会科学という課題を提示する.
著者
苅部 直
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:3873307)
巻号頁・発行日
vol.58, no.1, pp.37-46, 2006-09-30

天皇論という視角から見た場合, 日本社会の1990年代は, その前代との変化が大きいのに比べて, そのあと, 2000年以降との違いはあまりなく, 90年代における特徴が, いまも持続していると言ってよい.言論界においては, かたやナショナリズムの復活を声高に唱える声, そして他方ではそうした動向を警戒する議論が盛んで, 天皇論も対立点の一つとなっている.だが論壇での議論の熱さに比べ, 社会一般の皇室に対する感情は, むしろ希薄なものと言ってよく, そのことがかえって.ナショナリズムと政治意識との関係に, ある不安定性をもたらしているのである.
著者
上神 貴佳
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.59, no.3/4, pp.39-80, 2008-03-14

国政レベルにおける政党再編成は,なぜ地方政治に浸透しないのであろうか.本稿は岩手県釜石市議会議員に対するアンケート調査を用いて,国と地方における政党政治が連動する程度は政治家間のリンケージのあり方と地方議会の選挙制度によって左右されるとの仮説を検証する.分析の結果によると,国政レベルの政党再編成の影響を強く受けている県政とは対照的に,釜石市議会においては,党派的変容の痕跡を見出すことが難しい.国会議員と釜石市議の関係はインフォーマルな系列関係によって結ばれており,政党によって媒介されない割合が高いこと,釜石市議を選出する定数26の大選挙区制においては,政党ラベルに基づく棲み分けよりも地域的な棲み分けが有効な選挙戦略であることの双方が確認された.我が国の市町村議会においては,系列関係と大選挙区制の組み合わせが比較的に多いと考えられるため,本稿の分析結果には釜石市の事例を超えるインプリケーションがあるといえる.
著者
飯味 淳
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.56, no.3/4, pp.193-211, 2005-03-10

情報通信技術の急速な発達によって,電気通信産業は競争的市場に移行しつつあると言われる.料金規制は撤廃され,新規参入は自由化されている.しかし,このことは通信産業が政府規制から完全に解放されたことを意味しない.特に,双方向のネットワーク・アクセスとネットワーク間競争によって特徴付けられる移動体通信分野は,相互接続料金,戦略的な価格差別化といった新しい課題に直面している.日本の携帯電話市場では,総括原価に基づくオープン・アクセスが制度化されている一方,間接的なネットワークの外部性をもたらす着信者別価格差別化については一切の規制がない.本稿の実証分析は,着信者別差別化料金が消費者のキャリア選択に有意に影響していることを示している.従って,競争政策の観点からは,こうした価格差別化を規制する必要性があり,小売料金規制がなければ,市場シェアの大きな既存キャリアが市場を占有してしまう恐れがある.
著者
山元 一
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.83-104, 2007-12-17

日本もまた、他国の法と同様に世界を揺るがした9.11の衝撃を免れることはできなかった.本稿は,ポスト9.11状況における日本法におけるテロリズム対策にかかわる法的変動とそれを取り巻く推進論及び批判論から提示された法的ディスクールの諸相を明らかにする〔→I〕とともに,それについてささやかな考察を行おうとする〔→II〕ものである.Iにおいては, 9.11以前の法状況を一瞥した上で,9.11以後の制定法の展開〔「テロ対策特別措置法」(2001年)→「武力攻撃事態対処法」(2003年)→「国民保護法」(2004年)→「改正出入国管理・難民保護法」(2006年)〕とそれらについてなされた法的ディスクールを跡付ける.IIにおいては,日本法の諸変動についての四つの特色を摘示した後で,「安全の専制」論を批判的に言及し,テロリズム対策において司法権の果たすべき役割について検討する.
著者
中浜 隆
出版者
東京大学
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.59, no.5, pp.7-42, 2008-03

アメリカでは,国民一般を対象とする公的医療保険〔社会保険〕は存在しない.非高齢者の多くは就労を通じて民間医療保険〔雇用主提供医療保険〕に加入し,貧困者は医療扶助を受けている.しかし,低所得であっても貧困ではないために医療扶助の受給資格が得られず,他方で保険料の負担が大きいために民間医療保険にも加入できない無保険者が多数存在している.連邦政府は,無保険者問題に対処するために1980年代と90年代に医療扶助の改革〔とくに1997年における州児童医療保険プログラムの創設〕を行った.それは,たんに公的扶助を拡充するだけではない.民間保険を活用して無保険者に医療保険を提供し,雇用主提供医療保険に対する保険料助成を行って民間医療保険の加入を促進しているのである.このことは,アメリカ型医療保険制度の特徴をもっともよくあらわしており,民間メカニズムをできるだけ活用するというアメリカ型福祉国家の特徴を端的に示すものである.
著者
大瀧 雅之
出版者
東京大学
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.171-194, 2007-12

この論文の目的は,官公庁による景気動向判断の「政治性」について議論する.まず「デフレ脱却論」に象徴されるように,なぜ景気動向判断において,これほどまでになぜ物価指数動向が異様にウエイトを持つようになったか,その政治的背景を経済理論から分析する.そのうえで昨今のデフレには,日本経済としてなんら憂慮すべきものはなく,むしろ現時点では景気・資産価格の過熱を憂慮して,引き締め気味の政策が必要であることを,新たに構築された理論をもとに明らかにする.
著者
伊藤 隆 坂野 潤治 竹山 護夫
出版者
東京大学
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.21, no.5, pp.192-269, 1970-03-31
著者
前田 幸男
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.54, no.2, pp.3-25, 2003-03-31

米国において全国規模の選挙調査が稀であった時代には,集計データ分析,あるいは地方小都市調査による投票行動研究が主流であったが,そこでは社会的影響仮説は重要な研究主題の一つであった.しかし,全国規模の調査が選挙研究の主流になる1950年代以降,社会的影響仮説の研究は顧みられなくなる.1960年代以降も幾つかの論文が散在したとは言え,それらはいずれも深刻な方法論的問題を抱えたものであった.1980年代以降社会的影響仮説に対する関心は再び高まったが,そこでは従前の方法論的困難を克服するために,斬新な設計を施した調査がハックフェルトとスプラーグにより行われた.日本の選挙データを用いた社会的影響研究はフラナガンとリチャードソンの研究を嚆矢とするが,彼らは極めて小さな社会的影響しか発見できなかった.これに対して近年のハックフェルトとスプラーグの研究に触発された社会心理学者の研究は別の角度から日本人の投票行動における社会的影響を明らかにした.ただし日本における社会的影響研究は日米の制度的違いを明確に意識して行われていないので,幾つかの点で改善の余地があるように思われる.米国製の理論を日本に応用する際の陥穽が最後に検討される.
著者
中村 かれん
出版者
東京大学
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.57, no.3, pp.184-205, 2006-03-28

日本の聴覚障害者を代表する団体は,政府の利益を推進するよう設計された法的環境のなかで単に活動しているというだけでなく,さらに進んで,システムを自己の利益のために操作することにも成功している.この団体は,政治権力による統制を避けるために,団体をアメーバのように細分化し,団体構造の柔軟性を保ってきた.本論文は,日本の市民社会構造の中での政治権力とそれに対する抵抗の問題を取り上げる.
著者
中村 浩爾
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.60, no.5, pp.11-44, 2009

国家と市民社会の二元論に対して, 国家・市場・社会の三元論や国家・市場・コミュニティ・アソシエーションの四元論など, 多様な市民社会論の展開がある. マルクス主義の側も深化ないし修正を迫られていると同時に, 新しい市民社会論の側にも課題がある. 市民社会の構造, 編成, 構成員について考えた場合, 個人的構成か集団的構成かということが問題となり, 家族と階級が論点となる. また, 市民社会のメルクマールがフランス革命の理念たる自由・平等・友愛とされることが多いが, 友愛は軽視されてきた. 元来この三理念は古代に遡るものであって, マルクスらも言及しているものである. それ故, この三理念をめぐる議論も論点となる. 更に, 市民社会における社会規範の存在様式について考える場合, 法哲学的観点からは, 法律のみならず, 他の社会規範も視野に入れなければならない. とくに, 慣習が重要であるが, 本稿では, 法律, 道徳, 慣習を, 市民社会の三元構造と対応させることによって, 他の論点とも関連させながらそれを明らかにする.There are various theories on the civil society, as the three elements theory of the state, market and society or four elements theory against the dualism of the state and civil society. In considering about the structure, constitution and constituant memmber, it will come into question whether the civil society is constituted by the individual or the groups among which the family and the class are important. The liberty, equality and fraternity used to regarded as the ideas of the civil society from both camps are also the subjects of argument. From the viewpoint of legal philosophy, we cann't discuss about a mode of social rules in the civil society without counting in not only the law but also other social rules, among which the custom should be made much of. My purpose is to make it clear by corresponding the law, the morality and the custom to the three spheres.
著者
太田 有子
出版者
東京大学
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.57, no.3, pp.19-36, 2006-03-28
被引用文献数
1

歴史社会学は,社会学における一般理論への偏重に対する自省から,分析対象地域の歴史経験や固有の事情をふまえつつ理論構築を志向する試みとして発達したが,同分野の定義をはじめ,さらには分析方法から理論の射程範囲に至るまで,現在もなお議論が続いている.なかでも比較分析は,歴史社会学分野において主要な分析方法として用いられ,また近年は広く社会科学分野においても,その意義が注目されているが,そのあり方をめぐっては諸論が展開している.本稿では,「歴史社会学」の軌跡を辿りつつ,比較分析の方法論ならびに研究例を通じ,その内容を検証すると同時に今後の課題を考察する.
著者
藤田 弘夫
出版者
東京大学
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.57, no.3, pp.117-135, 2006-03-28

日本の社会学者は都市社会学者にかぎらず,何よりも「現代」社会の研究者であることに意義を見出してきた.したがって,都市の歴史社会学的な研究は多くはなかった.もっとも,これも都市の定義や歴史社会学をどう考えるかでかなりの違いがある.日本は都市社会学をアメリカから導入した.アメリカの都市社会学はアメリカ社会の非歴史的性格を反映して,歴史への関心が欠如している.このため日本の都市社会学は最近までほとんど歴史に関心を持ってこなかった.現在,都市社会学者は歴史家の研究に影響を受けながら研究を進めている.これに対して,都市社会学者の歴史家への影響は少ない.矢崎武夫の統合機関理論による日本都市の発展史,中川清の生活構造論による近代化論,藤田弘夫の権力論による都市の発生論や飢餓論などわずかしかない.とはいえ,最近の佐藤香の社会的移動論,中筋直哉の身体の本源的対他相関性論などにもとづく研究は,新しい歴史社会学的研究の可能性を拓いている.この意味では,都市の歴史社会学的研究はようやく,はじまったばかりである.
著者
佐藤 俊樹
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.57, no.3/4, pp.157-181, 2006-03-28

靖国神社(およびその前身の東京招魂社)は,長く「国家神道」の中心施設だと見なされてきた.しかし実際には,第二次大戦以前でも,その宗教的な性格や政治的な位置づけはかなり変化しており,特に1900年代の前と後では大きくことなる.ほとんどの靖国神社論は政治的立場のいかんを問わず,この点を無視されている.それらが1911年に出た『靖国神社誌』の靖国神社像を踏襲しているからである.本論では,『武江年表続編』や東京ガイドブックといった同時代史科をつかって,1900年代以前の靖国神社(東京招魂社)がどんな宗教的・政治的な意味をおびていたかを,政治家でも宗教家でもない,東京のふつうの生活者の視線から描きだす.それによって,戦前前半期の日本における宗教-政治の独特な様相の一端を明らかにする.