著者
名武 なつ紀
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:3873307)
巻号頁・発行日
vol.58, no.3/4, pp.81-99, 2007-03-09

本稿の課題は, 不動産業の基礎的条件である土地所有構造を, 高度成長期の大阪都心部を事例に明らかにすることである.この点の解明については, その重要性が認識されつつも, 資料的制約から研究蓄積が乏しかった.本稿では1955年と1975年の土地台帳と土地登記簿の悉皆調査を試みることで, 分析をすすめる.その結果, 高度成長期の前半においては, 大企業による土地集中が進行したが, 後半に至って, 大阪都心部の土地取引が沈静化したことが明らかとなる.この土地所有構造固定化の要因を, 都市の高層化に伴う土地の需要者と供給者の条件変化から浮き彫りにする.
著者
堀内 勇作 名取 良太
出版者
東京大学
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.58, no.5, pp.21-32, 2007-03

1994年に衆議院議員選挙(以下,衆院選)制度改革が実施された当時,小選挙区制の導入によって二大政党制(少なくとも選挙区レベルでは2人の有力候補者が議席を争う状況)の実現が,将来的に期待された.しかし4回の選挙を経験した現在においても,小選挙区における有効候補者数は必ずしも2へと収束していない.先行研究においては,その要因を解明する上で,新しく導入された選挙制度が比例代表制を並立させた制度であることの戦略的帰結に焦点を当ててきた.これに対して本論文では,地方レベルにおける選挙制度の効果に焦点を当てる.都道府県議会議員選挙(以下,県議選)では,定数1〜18の単記非移譲型選挙制度が採用されている.このため,地域によっては衆院選の選挙区と県議選の選挙区の定数の間に不均一が生じることになる.衆議院議員と都道府県議会議員の戦略的相互関係を仮定する限り,この不均一は,衆院選の小選挙区における政党間(候補者間)競争に影響を及ぼすであろう.具体的には,県議選の選挙区定数が多いほど県議選の有効候補者数が多くなり,その結果,衆院選の有効候補者数も増加すると考えられる.本論文では,同仮説を演繹的に導出した上で,衆院選の選挙区別集計データを用いて同仮説の妥当性を検証する.
著者
安部 圭介
出版者
東京大学
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.56, no.5, pp.49-80, 2005-03-30

同時多発テロ後のアメリカにおいてはさまざまな面で市民的自由が切り詰めら札「法の支配」が根本から掘り崩される事態が生じている.諸々の手続や処分が秘密裡に進められる傾向が強まり,外国人に対する差別的な取扱いも横行しつつある.「法の下の平等」というアメリカ的価値の基盤にも罅が入りはじめている.このような中,2004年の合衆国最高裁判決Rasul v. Bushは,アフガニスタンなどで身柄を拘束された後,キューバ国内の米軍基地に移送され,弁護士の援助も裁判所へのアクセスも認められなしまま施設に収容されていた「敵性戦闘員」らに人身保護請求を提起する権利を認めた.権力に対する法的歯止めの必要性を否定するかのようなブッシュ政権の対応に警告を発したものであった.他方,他の分野や下級審の動きに目を転じれば,外国人の取扱いをめぐって裁判所や裁判官の間に意見の対立があることもまた見て取れる.アメリカにおける「法の支配」は今後,同時多発テロの衝撃から緩やかに立ち直り,裁判官らの紡ぎ出すさまざまな判決に彩られながら,長い時間をかけて織り成され続けてゆくものと思われる.
著者
小杉 礼子 堀 有喜衣
出版者
東京大学
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.55, no.2, pp.5-28, 2004-01-31
被引用文献数
1

これまで様々な論者によって研究が進められてきた「フリーター」は,主として「残業のない正社員なみ」に働いている若者が多く含まれていた.こうした若者を本稿では「中核的」なフリーターと位置づけ,「あまり働いていない」者を「周辺的」フリーターとし,さらに「働いていない」者を「無業」として,その現状と問題を明らかにした.政府統計を用いた分析によれば,(1)「周辺的フリーター」はおよそ35万人,無業者はおよそ80万人と推計される(2)90年代後半以降,非在学・非家事の「無業」が増加している,という傾向が見られた.また都道府県別に失業と無業の関係をみたところ,若年男性では雇用情勢の厳しい都道府県で無業化していたが,女性については家事従事者が増加するためはっきりした相関が見られなかった.こうした「周辺的フリーター」の増加に対して,すでに就業支援を行っている機関に対してインタビューを行い,若者に対する認識と,その認識に基づく支援の論理の構築を探った.インタビューによれば,これらの諸機関の活動はそれぞれの範囲では十分機能しているものの,しばしば限定的な支援を正当化する論理へと帰結しているという問題が見出された.今後は,これまで十分に注目されてこなかった「周辺的フリーター」の現状把握と,若者から信頼される支援のさらなる構築が求められる.
著者
クレーマ ハンス・マーティン 楠 綾子
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.150-170, 2007-12-17

本稿は,1948年から1950年にかけて行われた「共産主義的」大学教員の追放(レッド・パージ)を,いわゆる占領政策の「逆コース」の一例として検討する.本稿は,レッド・パージは,米国の対日政策の変化によるものではなく,むしろ日本主導で行われたと考える.反共主義は1946年以降,教育行政の思想においては不可欠の要素であった.しかしながら,反共主義が処罰的行動へと直結したわけではない.政治色よりも大学での地位の低さといった要素が個人の追放の決定要因になったことは,追放が単に上からの命令によるものではなかったことを示唆している.本稿は,旧制弘前高校の哲学講師と京都府立医科大学の解剖学教授のふたつの追放の事例からこれを証明するものである.「逆コース」を従来の研究のようにとらえれば,日米それぞれの担当者が占領政策にいかなる貢献をしたのかが見落とされることになる.占領政策の形成に日本がいかなる役割を果たしたのかを明らかにするためには,中堅,下層レベルの行動を考慮に入れて占領期の正確な実像を描く必要がある.
著者
宇野 重規
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:21894256)
巻号頁・発行日
vol.64, no.2, pp.89-108, 2013-03-26

本稿は、「リベラル・コミュニタリアン論争」の歴史的再評価を行うものである。サンデルをはじめとするコミュニタリアンは、ロールズに対し「負荷なき自我」の概念をもって批判を加え、これに対しロールズも一定の譲歩を行ったとされる。しかしながら、その後もサンデルは、選択の自由を自己目的化することは、有徳な市民の涵養に対して否定的な効果をもつだけでなく、さらにリベラリズムの精神的基盤そのものを掘り崩すとして、ロールズへの批判を続けた。本稿はこのようなサンデルの批判を分析する一方で、はたしてそのような批判がロールズの『正義論』の本質を捉えたものであるかを再検討する。デモクラシーを自己制御するための原理を、超越的な理念に頼ることなく、あくまで多様な個人を抱えるデモクラシー社会の内的な「均衡」によって導こうとするロールズの理論的意義は、サンデルらの批判によっても否定しえないというのが本稿の結論である。特集 社会科学における「善」と「正義」
著者
田中 亘
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.62, no.2, pp.3-31, 2011

本稿は, 契約違反の際に適用される法のルールについて, 強制履行を認めるルール(強制履行ルール)と, 履行利益の賠償しか認めないルール(履行利益の賠償ルール)との比較を中心に検討する. とりわけ, 裁判所による損害の算定が容易でない一方, 契約の当事者間の再交渉が容易であるときは, 強制履行ルールが利点を持ちうることを明らかにする. また, 当事者がリスク回避的なときは, 契約違反がどういう原因で行われるか(損失を避けるために契約違反をするのか, 利益を得るために契約違反をするのか)も, ルールの評価にとって重要であることを指摘する. 以上の検討を踏まえ, 本稿は, 契約違反に関する日本法の分析・評価も行う. 日本法は, 強制履行を原則として認める法体系であるが, 本稿は, これが一定の状況下では合理性を持ちうることを明らかにするとともに, 強制履行ルールの欠点であると通常考えられている問題についても, 日本法は一定の対処を行っていることを指摘する.
著者
森 大輔
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.71, no.2, pp.110-130, 2020-06-11

本稿では,(1)一般人は民事裁判にどれくらいの時間がかかると予想しているのか,(2)民事裁判では実際にはどれくらいの時間がかかるのか,(3)民事裁判の時間の長さに影響を与える要因としてどのようなものがあるかについて,一般人に対するインターネット調査と訴訟記録調査のデータを用いて考える.次のことがわかった.(1)人々は,裁判に平均して1年2ヶ月前後はかかると思っている.(2)平均値で見た場合,一審の長さは2004年で約7.7ヶ月(控訴審や上告審も含めると約8.3ヶ月),2014年で約8.1ヶ月である.(3)民事裁判の時間が長くなる要因として,原告人数が多いこと,原被の双方に弁護士がついていること,口頭弁論の併合があること,訴額が多いこと,裁判の結果が請求一部認容や和解であること,事件の種類が請負,債務不存在確認,契約損害賠償や交通事故損害賠償以外のその他の損害賠償であることなどが挙げられる.民事裁判にかかる時間自体を短くすることは重要だが,一般人の裁判のイメージを変えることも重要であると思われる.特集 民事訴訟の実証分析 ―全国訴訟記録調査から―
著者
米澤 旦
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.65, no.1, pp.117-134, 2014-05-08

本論文の目的は、福井県における社会的包摂の実践を事例から示すことにある。この課題に取り組むために、近年、社会政策領域で注目されている障害者就労支援領域での労働統合型社会的企業の活動に注目し、福井県の代表的事例の活動を分析する。障害者就労は社会的包摂と密接に関連するが、福井県は障害者就労について高い成果を示しており、その一因として、就労継続支援事業の充実がある。福井県において最大規模の知的障害者の就労支援継続支援事業を運営する「コミュニティネットワークふくい」を対象に、当該団体の社会的包摂の理念と活動について分析する。ヒアリングや文書資料をもとにした分析から、企業の論理を巧みに導入しながら、能力開発を中心に生産活動への包摂に取り組んでいること、しかし、同時に家族の論理との間で葛藤を抱えることが明らかにされた。そして本例の検討を通じて、労働統合型社会的企業の研究に対する含意を提示する。
著者
篠原 敏雄
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.60, no.5, pp.45-80, 2009

本論文は, 我が国の基礎法学における重要な理論的潮流である「市民法学」の観点から, 「市民」像および「市民社会」像に関して, 従来の論点を一層理論的に考察することを目的とする.第一章においては, 「市民法学」における「市民」像を, 個人と共同体との関連に関する三つの類型に即して, 明らかにする. そして, 現代では, 第三番目の類型こそ, 「市民法学」における「市民」像に適合的であるということを論ずる. 第二章においては, 「市民法学」における「市民社会」像を, 第一に, 平田清明市民社会論, 第二に, へーゲル市民社会論, 第三に, 市民法学としての川村泰啓法学, に即して検討し, 市民社会論の持つ法律学的射程の広大な領野の在りようを考察する.Das Ziel dieses Aufsatzes ist die Erklärung der grundrechtswissenschaftliche Bedeutung über das Bild von "Bürger" und "die bürgerliche Gesellschaft" in der theoretischen Rechtswissenschaft. Im ersten Kapitel erklärt dieser Aufsatz die rechtsphilosophische Bedeutung über das Bild von "Bürger". Hier handelt es sich um die Beziehung zwischen das Individuum und Gemeinwesen. Diese Beziehung ist sehr wichtig für unsere theoretische Rechtswissenschaft. Im zweiten Kapitel erörtern wir erstens die Theorie über die bürgerliche Gesellschaft von HIRATA Kiyoaki, zweitens die Hegelsche bürgerliche Gesellschaft, und drittens die Rechtswissenschaft von KAWAMURA Yasuhiro.
著者
有田 伸
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.62, no.3-4, pp.77-97, 2011-03-15

非正規雇用という概念の具体的な意味内容は, 社会によって大きく異なり得る. 本稿は, 韓国社会にこの概念がどのように適用され, 何が「非正規雇用」とされてきたのかを現実の雇用構造と照らし合わせながら検討することで, 韓国労働市場における「格差」の性格を明らかにしていく. 韓国においてこれまで非正規雇用として読み替えられることが多かった経済活動人口調査の臨時・日雇カテゴリーは, 確かに労働市場における雇用の安定性や報酬等の格差をすくいとっているが, 分類基準の「土着化」故に, これらの格差は韓国に根強く存在する企業規模間格差の反映ともなってしまっている. これらを考慮すれば, 韓国では正規/非正規雇用の区分が日本ほどには自明でなく, その影響もそこまで独立的なものではない可能性が高い. 以上の韓国の事例と比較すると, 日本の非正規雇用は自明性/標準性と独立性が強く, それが非正規雇用の認識・分析枠組にも影響を及ぼしているという点で特徴的といえる.
著者
金子 勝
出版者
東京大学
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.34, no.2, pp.1-58, 1982-08-05
著者
宇野 重規
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.62, no.3-4, pp.153-172, 2011-03-15

本稿は「労働」と「格差」について, 政治哲学の立場からアプローチする. 現代社会において, 労働は生産力のみならず社会的なきずなをもたらし, さらに人々に自己実現の機会を与えている. 対するに格差は, 社会の構成員の間に不平等感や不公正感を生み出すことで, 社会の分断をもたらす危険性をもつ. このように労働と格差は, 正負の意味で政治哲学の重要なテーマであるが, これまでの政治哲学は必ずしも積極的に向き合ってこなかった. その理由を政治思想の歴史に探ると同時に, 現代において労働と格差の問題を積極的に論じている三人の政治哲学者の議論を比較する. この場合, メーダが, 政治哲学と経済学的思考を峻別するのに対し, ロールズは, ある程度, 経済学的思考も取り入れつつ, 独自の政治哲学を構想する. また, 現代社会が大きく労働に依存している現状に対しメーダが批判的であるのと比べ, ネグリのように, あくまで労働の場を通じて社会の変革を目指す政治哲学もある. 三者の比較の上に, 新たな労働と格差の政治哲学を展望する.
著者
Noble Gregory W.
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.62, no.1, pp.51-76, 2011

Japan lacks political leadership and wallows in pork, critics charge, yet from the late 1990s Japanese leaders exercised surprising restraint over aggregate spending, and reoriented budgetary expenditures from distributive outlays such as public works toward social welfare and other forms of programmatic spending. The departure from particularism reflected not only commonly-cited electoral and bureaucratic reforms strengthening the hand of the prime minister, but also the efforts of senior LDP policy experts such as fiscal hawk Yosano Kaoru and rising tide advocate Nakagawa Hidenao to combine with sections of the bureaucracy, particularly officials seconded to the cabinet from the Ministry of Finance and METI. to overcome factional and backbench resistance and restrain expenditures. LDP leaders eventually reached a consensus on the need to increase taxes, but failure to convince the public contributed to the LDP's downfall
著者
和田 春樹
出版者
東京大学
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.27, no.4, pp.86-116, 1976-02-19
著者
中村 かれん
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.57, no.3-4, pp.184-205, 2006-03-28 (Released:2017-06-08)

日本の聴覚障害者を代表する団体は,政府の利益を推進するよう設計された法的環境のなかで単に活動しているというだけでなく,さらに進んで,システムを自己の利益のために操作することにも成功している.この団体は,政治権力による統制を避けるために,団体をアメーバのように細分化し,団体構造の柔軟性を保ってきた.本論文は,日本の市民社会構造の中での政治権力とそれに対する抵抗の問題を取り上げる. The main organization of the deaf in japan has not only been able to work within a civil law environment designed largely to promote the interests of the state and quell social protest, but has been able to succeed in manipulating the system to its own benefit It has shown remarkable organizational flexibility by subdividing in an amoeba-like fashion to avoid political control. This paper engages questions of power and resistance in the civi society framework of japan.