著者
中山 二郎
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.25, no.4, pp.221-234, 2011 (Released:2011-11-16)
参考文献数
72

一見孤立無縁に生きているように見える単細胞生物である細菌も,細胞間でコミュニケーションをとりながら,集団として生育し,集団としてのパワーを最大限に発揮していることが分かってきた.細菌の場合は,細胞間コミュニケーションの媒体として化学物質を利用することが多い.中でもよく研究されているのが,クオラムセンシングと呼ばれる現象で,同種菌の生産するシグナル物質“オートインデューサー”の菌体外濃度を感知することで,同種菌の菌密度を感知し,それに合わせて,さまざまな遺伝子の発現をコントロールするというものである.本稿では,このような細菌の細胞間ケミカルコミュニケーションの分子機構について,グラム陰性菌からグラム陽性菌までその知るところを概略し,紹介する.
著者
Francis R. J. BORNET Khaled MEFLAH Jean MENANTEAU
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.55-63, 2002 (Released:2010-06-28)
参考文献数
45

短鎖フラクトオリゴ糖は, チコリー, タマネギ, アスパラガス, 小麦など多くの食用植物に含まれ, また工業的にショ糖から合成されている.これは直鎖フルクトースオリゴマーが重合度1~5で重合した糖グループである (オリゴ糖).短鎖フラクトオリゴ糖は大部分がヒト上部小腸で消化されずに結腸に達し, ここで完全に乳酸, 短鎖脂肪酸 (酢酸, プロピオン酸, 酪酸), ガスに分解される.酪酸は細胞増殖や結腸細胞の分化を調整するため, 最も注目される短鎖脂肪酸 (SCFA) である.このような栄養作用だけでなく, 酪酸には癌細胞の免疫原性を刺激する働きがある.短鎖フラクトオリゴ糖もビフィズス菌増殖を刺激するが, これら結腸内フローラは宿主の免疫系にかなりの影響を与える.小腸粘膜は免疫系で重要な役割を果たす生体内最大の免疫臓器である.消化管関連リンパ系組織 (GALT) は生体で独自の接触状態に従って主要な役割を果たし, 広範な抗原性物質や免疫調整物質に対抗する重要な防衛ラインを構成する.最近の動物モデルを使った所見で, プレバイオティクスやプロバイオティクスが酪酸や乳酸菌による直接または間接的な仲介を経てGALT応答を増進し, 消化管で健康増進効果を発揮することが証明された.またGALTは結腸腫瘍発生を防御する上で中枢的な働きをすると考えられる.腸内フローラはGALT応答を調整するだけでなく, 最近の動物モデルを使った所見によると, プレバイオティクスとプロバイオティクスが酪酸による直接または間接的な仲介を経てGALT応答を促進し, 消化管で健康増進効果を発揮することが明らかになった.現在, ヒト栄養研究の分野ではsc-FOSの結腸癌リスク低下がもたらす潜在的な健康増進効果にっいて活発な研究が行われている.動物モデルでsc-FOSは結腸内の酪酸濃度と局所免疫系エフェクターを増進し, その結果, 結腸腫瘍発生が減少した.本総説の目的は, GALTとそのエフェクターが結腸直腸癌の予防で果たす重要な役割を酪酸との関連において検討することである.これら二っの機能をsc-FOSが増進させることはわかっている.
著者
江崎 孝行
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.20, no.3, pp.237-244, 2006 (Released:2006-08-15)
参考文献数
28
被引用文献数
1
著者
河野 麻実子 吉野 智恵 松浦 洋一 浅田 雅宣 河原 有三
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.87-92, 2004 (Released:2005-03-04)
参考文献数
15
被引用文献数
1

健常成人94名 (男性32名, 女性62名, 平均年齢35.4歳) に, 1包中Bifidobacterium longum JBL01を包含したシームレスカプセル0.2g (2.0×109 CFU), Lactobacillus gasseri JLG01およびEnterococcus faecium JEF01を包含したシームレスカプセル0.1g (それぞれ5.0×108 CFU) およびオリゴ糖0.29gを含むビフィズス菌製剤 (商品名 ビフィーナR) を1日に1包, 2週間摂取させた. 供試試料の摂取により, 便秘傾向者 (排便回数が5回以下/週) 群の排便回数が有意に増加し (p <0.01), 排便量も増加の傾向がみられた. 排便回数が週5回を超える非便秘傾向者群においても排便量の増加傾向がみられた. 全群で, 便の形状の改善傾向が認められたが, 特に便秘傾向者群および下痢傾向者群で顕著であった. さらに, 両群で, 便の色の明るい色調への移行傾向が認められた. 以上の結果より, 本製剤の摂取は, 排便回数および便性状の改善に有効であることが示唆された.
著者
松村 敦
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.24, no.4, pp.287-292, 2010 (Released:2010-11-25)
参考文献数
17
被引用文献数
3

当研究所保有乳酸菌293株の膵リパーゼ阻害作用を検討した結果,60株が10%以上の膵リパーゼ阻害作用を示した.また,特に強いリパーゼ阻害作用を示した7菌株について,脂肪負荷ラットにおける中性脂肪濃度の上昇抑制作用を検討した結果, Lactobacillus gasseri NLB367が有意な作用を示した. 膵リパーゼ阻害作用の機能を有し,脂肪負荷ラットの中性脂肪上昇抑制作用を示したことから,乳酸菌はメタボリックシンドロームを予防・解消する可能性が示唆された.
著者
古澤 之裕
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.15-22, 2017 (Released:2017-01-31)
参考文献数
34

腸内細菌は宿主の免疫系の成熟を促進する一方で,腸内細菌に対する過剰な免疫応答は消化管における慢性炎症の発症の原因となる.こうした病理的な炎症を防ぐため,腸管には免疫抑制能をもつ制御性T細胞(以下,Treg細胞と略)が多く存在している.クロストリジウム目細菌をはじめとして,ある種の腸内細菌には炎症やアレルギーを抑えるTreg細胞を誘導する能力があることが報告されていたが,その分子機構については不明であった.腸内細菌は食物繊維を分解し,多種多様な代謝物を産生していることから,代謝産物の中にTreg細胞誘導に寄与するものがあるのではないかと推測した.そこで,メタボローム法により網羅的な代謝産物の解析とスクリーニングを実施したところ,Treg細胞誘導作用を有する代謝産物として酪酸を同定した.さらに,酪酸は,T細胞のDNAのうち,Foxp3遺伝子の発現調節領域におけるヒストンアセチル化を促進し,Treg細胞への分化を促すことを明らかにした.このようなヒストンやDNAの化学修飾を介した遺伝子発現調節機構はエピゲノム修飾と呼ばれている.腸内細菌によって産生される酪酸は,ヘルパーT細胞のエピゲノム修飾状態を変化させることでTreg細胞を分化誘導することが明らかとなった.酪酸をマウスに与えると,大腸におけるTreg細胞の数が顕著に増加し,実験的大腸炎を抑制したことから,酪酸は腸管の免疫恒常性維持に寄与することが明らかとなった.さらに,宿主側において,腸内細菌定着に応答してTreg細胞の誘導と増殖を制御する因子の探索を試みた.まず初めに,Treg細胞の増殖誘導に必要な分子を同定するため,無菌マウスと腸内細菌を定着させたマウスの大腸Treg細胞の遺伝子発現パターンを網羅的に解析した.その結果,腸内細菌の定着により大腸Treg細胞特異的に発現上昇する遺伝子としてDNAメチル化アダプターであるUhrf1を同定した.T細胞特異的にUhrf1を欠損したマウスを作出したところ,大腸Treg細胞の増殖能および免疫抑制機能の顕著な低下が観察され,その結果,全てのマウスがクローン病(炎症性腸疾患の1つ)に類似した慢性炎症を発症することを見出した.Uhrf1は,標的となる遺伝子領域にDNA維持メチル化転移酵素をリクルートすることでDNAメチル化の維持に寄与する.ゲノムワイドなDNAメチル化解析などの結果から,Uhrf1は細胞周期制御因子であるCdkn1aのプロモーター領域のDNAメチル化を促すことで,その発現をエピジェネティックに抑制し,Treg細胞の増殖をサポートしていると考えられる.本研究より,腸内細菌の定着は,宿主ヘルパーT細胞のエピジェネティクス修飾を促し,大腸Treg細胞の分化,増殖および機能成熟をサポートすることで,腸管免疫系の恒常性を維持していると考えられる.
著者
藤澤 倫彦
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.22, no.4, pp.241-252, 2008 (Released:2008-11-06)
参考文献数
46
被引用文献数
1

近年における分子生物学の進歩により,細菌分類学の分野においても分子生物学的探求法であるGC mol%,DNA-DNAハイブリダイゼーションならびにリボソームRNA(rRNA)の塩基配列の解析が導入されてきた.このうち,特に菌種レベルでの分類,種の決定に関しては定量的DNA-DNA ハイブリダイゼーションを実施して,菌株間のDNAの類似度を測定しなければならないことが認識されている.このような分類の現状において,「Bergey's Manual of Systematic Bacteriology vol. 2」が1986年に出版されて以来既に20年以上が経過し,その間に多くの新菌種が報告されてきた.本稿ではヒトや動物由来の主なプロバイオティクス細菌(Lactobacillus属,Enterococcus属,Bifidobacterium属ならびに関連細菌)の分類の現状について概略を述べた.
著者
細野 朗
出版者
JAPAN BIFIDUS FOUNDATION
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.27, no.4, pp.203-209, 2013

生体で最大の免疫系組織である腸管には膨大な数と種類の腸内細菌が共生し,宿主の消化吸収はもちろんのこと,免疫系に対しても大きな影響を及ぼしている.<i>Bacteroides</i>はヒトやマウスの腸内細菌叢を構成する細菌の優勢菌のひとつであるが,その菌種としての特性や宿主に及ぼす機能性に注目した研究は,近年注目されてきている.腸内共生菌は摂取した食品由来成分や腸内共生菌の代謝産物などの腸内環境によって強く影響を受けており,<i>Bacteroides</i>はオリゴ糖をはじめとする難消化性糖類を資化することができる.特に,<i>Bacteroides</i>がフラクトオリゴ糖やその構成糖であるGF2およびGF3をいずれも資化することで腸内での<i>Bacteroides</i>の増殖が活性化される.また,<i>Bacteroides</i>は腸管免疫系に対して免疫修飾作用を有し,小腸パイエル板細胞に対するIgA産生誘導能はLactobacillusよりも強い.腸管関連リンパ組織の形成が未熟な無菌マウスに対しては,<i>Bacteroides</i>を投与することによって小腸および盲腸のリンパ節における胚中心の形成を誘導するとともに,腸管粘膜固有層での総IgA産生を活性化することができる.さらに,<i>Bacteroides</i>の菌体成分による免疫修飾作用は抗原提示細胞を介したT細胞応答の活性化や炎症反応の制御などを通して,生体の生理機能にも大きな影響を与えていると考えられる.<br>
著者
峯村 剛 抜井 一貴 朝長 昭仁
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.26, no.3, pp.183-187, 2012 (Released:2012-08-11)
参考文献数
12

ビフィズス菌を胃酸から守り,本来生息している大腸へと直接到達させる事を目的としたキトサンコーティングカプセルを開発した.内容物にβ-カロテンを用いた溶出試験の結果,胃液を模したⅠ液では60分以降で若干の溶出が確認され,続く小腸での環境を模したⅡ液で120分間行うと3%程度が溶出した.その後,キトサン膜が溶解性に変化が無いことを確認のためのpH3.5条件下では,移して60分以内にほぼ100%近い溶出を示したことから,設計どおり大腸で崩壊する可能性が高いことが確認された.そこでカプセルの挙動を確認するため硫酸バリウムを充填したカプセルにキトサンコーティングと耐酸性皮膜処理を行い,ヒトにおける消化管での崩壊部位確認試験を行った.結果,1例はカプセルが十二指腸に留まり観察時間内での崩壊は認められなかった.これは何らかの原因で胃及び十二指腸内部に長時間停滞したためと考えられた.残り5例に関しては大腸または小腸で崩壊し,全てでカプセルの崩壊が始まる時間は摂取後4.0~7.5時間と判断された.そして全体が壊れたと見なされる崩壊時間は5.0~8.5時間と判断された.ヒトの消化プロセスからすれば,摂取後にこの経過時間を経て崩壊することは,耐酸性を有し小腸を通過し大腸付近まで崩壊せずに移動するに十分な時間と推察される.小腸で崩壊した例に関しては,硫酸バリウム充填カプセルの比重が大きいため,胃での滞留時間が通常のカプセルより長くなり,小腸内での滞留も長時間になることによって,蠕動運動などの物理的な刺激によりカプセルが小腸内で崩壊した可能性が考えられた.以上本試験の結果から,本コーティングを施したカプセルは通常の崩壊性を示さず,耐酸性を有し,ビフィズス菌を充填したカプセルでは比重が小さいため,大腸内で崩壊する可能性がより高くなると思われる.
著者
福田 真嗣
出版者
JAPAN BIFIDUS FOUNDATION
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.29, no.3, pp.145-155, 2015

メタボロゲノミクス(Metabologenomics)とは,代謝物質を網羅的に解析するメタボロミクス(Metabolomics)と,腸内細菌叢遺伝子を網羅的に解析するメタゲノミクス(Metagenomics)とを組み合わせた研究アプローチである.われわれの腸管内には多種多様な腸内細菌が生息しており,それら腸内細菌叢が宿主腸管細胞と相互作用することで異種生物で構成される複雑な腸内生態系,すなわち腸内エコシステムを形成している.腸内エコシステムの恒常性を維持することがヒトの健康維持・増進に大きく寄与していることが近年明らかになりつつあるが,逆に腸内細菌叢のバランスが崩れることで腸内エコシステムが大きく乱れると,大腸がんや炎症性腸疾患といった腸管関連疾患のみならず,自己免疫疾患や代謝疾患といった全身性の疾患につながることも報告されている.したがって,腸内細菌叢を異種生物で構成される一つの臓器として捉え,その機能を理解し制御することが,疾患予防・健康維持における新たなストラテジーとして重要と考えられる.近年,特に腸内細菌叢のメタゲノム解析やメタトランスクリプトーム解析により,個々人の腸内細菌叢遺伝子地図や推定される遺伝子機能に関する研究は盛んに行われている.しかし,腸内細菌叢による宿主への直接的な作用を理解する上で重要なカギを握るのは,腸内細菌叢から産生される種々の代謝物質と考えられる.本稿では,腸内細菌叢由来代謝物質が宿主の健康状態にどのように影響しているのかについて,メタボロミクスによる全容理解に向けた近年の取り組みについて紹介するとともに,腸内細菌叢変動とも組み合わせたメタボロゲノミクスの有用性についても議論する.<br>
著者
影山 亜紀子 辮野 義己
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.14, no.2, pp.103-107, 2001 (Released:2010-06-28)
参考文献数
11
被引用文献数
1

抗生物質は各種細菌感染症の治療に用いられているが, 治療の結果, 正常フローラを変化させることが明らかにされている.どのような抗生物質が腸内細菌に影響を与えるのかを調べるためにCollinsella属をはじめとするヒト腸内最優勢菌種について, 9種類の抗生物質に対する感受性試験を行った.Collinsella属は全体的に薬剤感受性だが, セフェム系薬剤の一部やモノバクタム系の薬剤に対して耐性を持っことが明らかとなった.よって治療にはセフェム系やモノバクタム系の薬剤を用いた方が, 腸内のCollinsella属に対する影響は少ないと考えられる.また, Collinsella属3種の分類指標としても薬剤感受性の違いが用いられることも分かった.
著者
東 佳那子 中山 二郎
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.29, no.3, pp.135-144, 2015 (Released:2015-08-01)
参考文献数
16

次世代シーケンサー(NGS)が登場し,自然界の複雑な微生物コミュニティーのプロファイリングが実現可能となった.100兆個100種を超える細菌がひしめく腸内フローラの研究にも今やNGSは必須のアイテムとなった.しかし,NGSは進化を続け世代交代の時期を迎えている.それにともないNGSを用いる菌叢解析のプラットフォームも変更の必要性が生じる.ここでは,これまで腸内細菌叢研究に最も多く用いられてきたロシュ社454ピロシーケンサーと,近年発展の目覚しいイルミナ社MiSeqのデータを比較検討した.また,シーケンスする16S rRNAの可変領域の検討もin silicoと実際のサンプルデータの両者を用いて行った.その結果,系統解析にはV3-V4が最も良好な結果を与えた.定量性はV6-V8が全体的に良好な結果を示したが,ユニバーサルプライマーによる一部の細菌グループに対する増幅効率のバイアスがどの領域でも見られた.しかし,UniFrac-PCoA解析にて示される菌叢の全体的な傾向はどのデータでも同様に観察され,NGSによる腸内細菌叢解析の堅牢性が示された.数あるNGSの中において,MiSeqはランニングコストや操作性という観点からも腸内細菌叢解析に適しており,今後本分野の研究に頻用されていくであろう.
著者
新 良一 伊藤 幸惠 片岡 元行 原 宏佳 大橋 雄二 三浦 詩織 三浦 竜介 水谷 武夫 藤澤 倫彦
出版者
JAPAN BIFIDUS FOUNDATION
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.28, no.1, pp.15-24, 2014

豆乳の発酵産物が宿主に及ぼす影響を検討した報告は少ない.今回,我々は豆乳の乳酸菌発酵産物(SFP: Soybean milk-Fermented Product)がヒト腸内細菌叢に及ぼす影響を検討し,さらに大腸の発がん予防とその作用機序についても合わせて検討した.SFPは豆乳を複数の乳酸菌と酵母で混合培養後殺菌し,凍結乾燥して調製した.一般的な日本食を食べているボランティアにSFPを摂取させ(450 mg/day/head for 14 days),腸内細菌叢の変化を比較したところ,SFP群はプラセボ群より<i>Bifidobacterium</i>の占有率が25%以上増加した人数が多かった(<i>P</i><0.05).さらに,昼食のみを一般的な日本食から肉食中心の欧米食(肉摂取量約300 g,900 kcal)に3日間変えると,<i>Clostridium</i>の占有率は増加したが(<i>P</i><0.05),SFPを摂取(900 mg/day/head)すると減少した(<i>P</i><0.05).また,SFPの摂取で<i>Bifidobacterium</i>の占有率が増加した(<i>P</i><0.05).このボランティアの糞便中<i>β</i>-glucuronidase活性は,昼食を肉食中心の欧米食にすると一般的な日本食摂取時より5倍以上増加したが(<i>P</i><0.01),SFP摂取で一般的な日本食時のレベルにまで減少した(<i>P</i><0.05).以上の結果は,SFPが多くのプロバイオティクスなどで示されている大腸がんの発がんリスクを軽減する可能性を示唆していると考え,以下の検討を試みた.即ち,SFPが大腸がんの発がんに及ぼす影響は大腸がん誘起剤1,2-dimethylhydrazine (DMH)をCF#1マウスに投与する化学発がんモデルを用いて検討した.SFPはDMH投与開始時から飼料中に3%(W/W)混和して与え,大腸に発がんした腫瘤数を検討した結果,有意な抑制が認められた(<i>P</i><0.05).一方,SFPの抗腫瘍作用機序は,Meth-A腫瘍移植モデルで検討した.SFP(10 mg/0.2 ml/day/head)は化学発がんモデルと同様にMeth-A腫瘍移植前から実験期間中投与し,抗腫瘍効果が得られた脾細胞を用いた Winn assayでその作用機序を検討した.その結果,SFP群のみは移植6日目以降でMeth-A単独移植群に比べ有意な腫瘍増殖抑制が認められ(<i>P</i><0.05),担癌マウスの脾細胞中に抗腫瘍作用を示す免疫細胞群が誘導された可能性が考えられた.<i>Bifidobacterium</i>を定着させたノトバイオートマウスは無菌マウスより脾細胞数が増加したが,無菌マウスにSFPや豆乳(10 mg/0.2 ml/day/head)を4週間連日経口投与しても,脾細胞数は生理食塩液を投与した無菌マウスと差が認められなかった.これらのことからSFPの抗腫瘍効果には腸内細菌が宿主免疫に関与した可能性が示唆されたが,その詳しい機序については今後の検討が必要である.<br>
著者
岡 健太郎 高橋 志達 神谷 茂
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.29, no.4, pp.177-185, 2015 (Released:2015-11-03)
参考文献数
44

Clostridium difficileは芽胞形成性のグラム陽性偏性嫌気性細菌で,主に抗菌薬投与後に下痢や偽膜性大腸炎(pseudomembraneous colitis, PMC)などのC. difficile関連下痢症/疾患(C. difficile-associated diarrhea/disease, CDAD)を引き起こす原因菌として知られている.本菌は一部の健常者の腸内に定着する常在菌の一種であり,通常は他の腸内細菌により抑制されているが,抗菌薬の投与により正常腸内細菌叢が撹乱されると異常増殖と毒素(トキシンAおよびトキシンBなど)産生を引き起こしCDADが発症する.抗菌薬関連下痢症(antibiotic-associated diarrhea, AAD)のうち,5-20%が本菌によるものと考えられており,治療には原因抗菌薬の中止とバンコマイシンまたはメトロニダゾールの経口投与が有効であるが,10-35%に再発が認められ,近年では再発を繰り返す症例が問題となっている.CDADは,腸内に定着した常在性C. difficileによるものの他に,保菌健常者やCDAD発症者の糞便を介した接触感染が主な感染経路であり,特に芽胞を形成する菌であることから,芽胞が長期間にわたって環境中に生残して院内感染や再発の感染源となることが考えられる.特に入院患者では,本菌の検出率は入院期間と相関することが知られている.また,芽胞は抗菌薬に抵抗性であることから,再発例の一部では,治療後に芽胞の形態で腸内に生残して再発を引き起こすものと考えられる.従って,CDADあるいは再発性CDADの治療および予防法としては,原因抗菌薬の中止やバンコマイシンまたはメトロニダゾールの経口投与による治療や接触感染予防策や環境清掃などによる一般的な感染予防法に加え,抗菌薬の使用制限による正常腸内細菌叢の撹乱防止や,何らかの方法による正常腸内細菌叢の維持および早期回復が重要となる.これまでに,正常腸内細菌叢の維持および早期回復を目的としたプロバイオティクスによる予防の有効性が多数の研究者により報告されており,CDADの治療および予防においては,主に抗菌薬の補助療法としてプロバイオティクス製剤等が使用されている.プロバイオティクスには病原性細菌の生育阻害作用と腸内細菌叢の改善作用があることから,C. difficile腸炎の予防や治療補助に有効であると考えられるが,その効果や作用機序はプロバイオティクスの菌種や菌株によって異なり,菌種あるいは菌株ごとの大規模臨床試験による科学的検証が望まれている.
著者
木島 彩 梅川 奈央 吉田 優 大澤 朗
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.24, no.4, pp.293-302, 2010 (Released:2010-11-25)
参考文献数
30
被引用文献数
1

偏性嫌気性グラム陽性桿菌であるビフィズス菌は,新生児腸内細菌叢において圧倒的多数を占める.その由来として,母親からの「垂直伝播」が示唆されているが,実際に母親由来ビフィズス菌が子の腸内に伝播しているという直接的な知見は未だ報告されていない.そこで,ビフィズス菌の母親から新生児への菌株レベルでの伝播をパルスフィールドゲル電気泳動(Pulsed-Field Gel Electrophoresis; PFGE)法によって検証した.その結果,5組の母子双方の糞便から Bifidobacterium longum subsp. longum(B. longum)が分離され,このうち3組の母親由来株と新生児由来株のPFGEパターンが組ごとに一致した.次に,これら母親由来株の好気及び微好気条件下での生残性を調べた.その結果,1)培地平板上では好気条件下で6時間,微好気条件下で18時間は初発の菌数を維持すること,2)ヒトの手のひら上では生残数が急速に減少し,3時間で全ての菌が死滅すること,3)好気環境でも乾燥状態では全ての菌が死滅するまでに24時間以上かかることが明らかとなった.これらの結果から,ビフィズス菌は母親の手指よりも産道や大気,器具,衣類等を介して垂直伝播することが示唆された.
著者
高井 許子 水道 裕久 藤田 晃人 小谷 麻由美 山西 敦之 澄川 一英 光岡 知足
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.27-35, 2001 (Released:2011-02-23)
参考文献数
16
被引用文献数
3

便秘症状を自覚する成人25名 (22~57歳, 平均年齢33.3歳) を対象に, 乾燥ビール酵母錠剤および乾燥ビール酵母を乳酸菌で発酵 (Lactobacillus rhamnosus SN88株でpH4.07まで発酵) したものを配合して加熱殺菌した飲料による, 排便 (便通・便性) に及ぼす影響について検討した.12名に乾燥ビール酵母錠剤を1日25錠 (酵母量3.75g) 〈 以下錠剤群と略記 〉, 13名に乳酸菌発酵ビール酵母飲料を1日1缶 (160g, 酵母3.75gを含む) 〈 以下飲料群と略記 〉, それぞれ3週間摂取させた.錠剤群には, 摂取時に飲料と同量の水も摂取させた.摂取期間の前後に各2週間ずっ非摂取期間を設け, 排便に関するアンケート調査を実施した.試験期間中, 発酵乳, オリゴ糖, 納豆, 野菜ジュースなど便性に影響を与える可能性がある食品, 薬剤の摂取を控えさせた以外は特に食事制限は行わなかった.摂取期間終了時の有効症例である解析対象者は, 錠剤群で9名, 飲料群で8名となった.その結果, 飲料群について, 摂取期間中に排便回数, 排便量, 排便後の感覚 (すっきり感), 1週ごとの便秘自覚状況の有意な改善が認められた.便の形状, 硬さについても改善の傾向はあったが, 有意な差ではなかった.また摂取を終了すると, 便通の状態は摂取前に近い状態に戻った.錠剤群に関しても, 摂取により便通改善の傾向は認められたが有意な差ではなかった.以上の結果より, 乳酸菌発酵ビール酵母飲料は, 便秘の人の排便改善に有用であることが明らかになった.
著者
東 佳那子 中山 二郎
出版者
JAPAN BIFIDUS FOUNDATION
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.29, no.3, pp.135-144, 2015

次世代シーケンサー(NGS)が登場し,自然界の複雑な微生物コミュニティーのプロファイリングが実現可能となった.100兆個100種を超える細菌がひしめく腸内フローラの研究にも今やNGSは必須のアイテムとなった.しかし,NGSは進化を続け世代交代の時期を迎えている.それにともないNGSを用いる菌叢解析のプラットフォームも変更の必要性が生じる.ここでは,これまで腸内細菌叢研究に最も多く用いられてきたロシュ社454ピロシーケンサーと,近年発展の目覚しいイルミナ社MiSeqのデータを比較検討した.また,シーケンスする16S rRNAの可変領域の検討もin silicoと実際のサンプルデータの両者を用いて行った.その結果,系統解析にはV3-V4が最も良好な結果を与えた.定量性はV6-V8が全体的に良好な結果を示したが,ユニバーサルプライマーによる一部の細菌グループに対する増幅効率のバイアスがどの領域でも見られた.しかし,UniFrac-PCoA解析にて示される菌叢の全体的な傾向はどのデータでも同様に観察され,NGSによる腸内細菌叢解析の堅牢性が示された.数あるNGSの中において,MiSeqはランニングコストや操作性という観点からも腸内細菌叢解析に適しており,今後本分野の研究に頻用されていくであろう.<br>
著者
長島 浩二 久田 貴義 望月 淳
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.28, no.4, pp.155-164, 2014 (Released:2014-10-29)
参考文献数
67
被引用文献数
1

近年,16SリボソームRNA遺伝子をターゲットとした分子生物学的手法は複雑な微生物群集の構造と機能を解明するための強力なツールとなっている.ここでは,同手法の一つであるT-RFLPとその関連技術ならびにT-RFLPを使って得られている研究成果について,著者らの考案した方法を中心に概説した.また,近年急速に普及してきた次世代シーケンサーによる網羅的解析とT-RFLPで得られた結果とが良く一致する幾つかの研究結果を紹介しながら,T-RFLPの今後の在り方について簡単に言及した.
著者
平山 和宏
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.22, no.3, pp.151-162, 2008 (Released:2008-08-08)
参考文献数
1

細菌(原核生物)の分類学は,1980年代中頃から用いられるようになった16S rRNAをコードする遺伝子(16S rDNA)の塩基配列を基とした系統分類により劇的に変化した.現在の分類学によると,ヒトの口腔から大腸にいたる消化管内に生息する菌は,Archaeaの2門のうちの1門,すなわちEuryarchaeota門とBacteriaの26門のうちの8門,すなわちActinobacteria,Bacteroidetes,Fibrobacteres,Firmicutes,Fusobacteria,Proteobacteria,Spirochaetes,Tenericutesの各門に分布している.これらの消化管内に生息する菌およびその近縁の菌について,現在の分類学における位置をまとめた.