著者
細野 朗
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.27, no.4, pp.203-209, 2013 (Released:2013-11-07)
参考文献数
22

生体で最大の免疫系組織である腸管には膨大な数と種類の腸内細菌が共生し,宿主の消化吸収はもちろんのこと,免疫系に対しても大きな影響を及ぼしている.Bacteroidesはヒトやマウスの腸内細菌叢を構成する細菌の優勢菌のひとつであるが,その菌種としての特性や宿主に及ぼす機能性に注目した研究は,近年注目されてきている.腸内共生菌は摂取した食品由来成分や腸内共生菌の代謝産物などの腸内環境によって強く影響を受けており,Bacteroidesはオリゴ糖をはじめとする難消化性糖類を資化することができる.特に,Bacteroidesがフラクトオリゴ糖やその構成糖であるGF2およびGF3をいずれも資化することで腸内でのBacteroidesの増殖が活性化される.また,Bacteroidesは腸管免疫系に対して免疫修飾作用を有し,小腸パイエル板細胞に対するIgA産生誘導能はLactobacillusよりも強い.腸管関連リンパ組織の形成が未熟な無菌マウスに対しては,Bacteroidesを投与することによって小腸および盲腸のリンパ節における胚中心の形成を誘導するとともに,腸管粘膜固有層での総IgA産生を活性化することができる.さらに,Bacteroidesの菌体成分による免疫修飾作用は抗原提示細胞を介したT細胞応答の活性化や炎症反応の制御などを通して,生体の生理機能にも大きな影響を与えていると考えられる.
著者
服部 征雄
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.26, no.3, pp.159-169, 2012 (Released:2012-08-11)
参考文献数
80
被引用文献数
3

漢方薬は経口的に用いられるため,ヒト消化管内で腸内嫌気性菌によって代謝を受ける.特に配糖体は消化管上部では吸収されにくく,大腸まで輸送され,そこで代謝され薬効を現す例が多い.本総説では最近の腸内細菌によるanthraquinone化合物の瀉下活性物質への変換,C-配糖体やO-配糖体の開裂に関する研究報告に焦点をあて,最後に腸内細菌による主な漢方薬成分の代謝に関する研究一覧を示す.
著者
功刀 浩
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.32, no.1, pp.7-13, 2018 (Released:2018-01-29)
参考文献数
50
被引用文献数
1

うつ病は慢性ストレスを誘因として発症することが多いが,腸内細菌叢とストレス応答との間に双方向性の関連が示唆されている.動物実験によりプロバイオティクスがストレスに誘起されたうつ病様行動やそれに伴う脳内変化を緩和することが示唆されている.うつ病患者における腸内細菌に関するエビデンスはいまだに乏しいが,筆者らはうつ病患者においてLactobacillusやBifidobacteriumが減少している者が多いことを示唆する所見を得た.最近,プロバイオティクスがうつ病に有効であるという臨床試験の結果も報告されるようになった.自閉症スペクトラム障害においては,消化器症状を示す者が多いことが知られ,重症度とも相関することから,古くから腸内環境の関与が検討されている.患者の腸内細菌叢に関する検討では,ClostridiumやSutterellaなどいくつかの菌の変化が指摘されているが,結果は必ずしも一致していない.プロバイオティクスや便の細菌移植などの治療法が探られており,ASDの有効な治療法は殆どないことから,今後の発展が期待される.
著者
石川 大 岡原 昂輝 永原 章仁
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.32, no.3, pp.137-144, 2018 (Released:2018-07-30)
参考文献数
31

最近,腸内細菌叢(Gut microbiome)の乱れ(dysbiosis)と様々な疾患との関連が明らかになってきている.そこで新たな治療戦略として腸内環境の改善を目的とした便移植療法(FMT: Fecal Microbiota Transplantation)が世界各地で,様々な疾患を対象に行われるようになってきた.本邦においても,近年急増する潰瘍性大腸炎(UC:ulcerative colitis)患者やクローン病(CD:Crohn disease)への新しい治療選択肢として期待が高まっている.FMTは難治性Clostridium difficile感染性腸炎(CDI)に対して高い治療効果を示し,欧米ではすでに実用化されているが,他疾患に対する治療効果については未だ不明瞭であり,数多くの研究が行われ,研究結果が待たれている状況である.UCに関しては,2017年に報告されたランダム化比較試験(RCT)でUCに対するFMTの有効性は証明されたものの,凍結ドナー便を40回自己浣腸するという煩雑さや不確実性が懸念される方法であり,今後のスタンダード治療になりえるかは疑問が残る結果であった.我々も,UCに対して抗菌剤療法をFMT前に行い,大腸内視鏡下で新鮮便を投与する抗菌剤併用療法(Antibiotics-FMT:A-FMT)について報告してきた.特にUCについてはドナー便の選択,投与法など様々な手法が試されているが,未だ治療効果は一定でなく,治療法としても標準化されていない.FMTの治療効果のメカニズムを追究することは疾患の病因を明らかにすることになり,根本的な治療確立につながると考えられるため,疾患に応じた安全で有効,かつ効率的なFMTプロトコールの早期確立が望まれている.
著者
渡邉 邦友
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.28, no.3, pp.121-128, 2014 (Released:2014-07-31)
参考文献数
27

自閉症スペクトラム障害(Autistic Spectrum Disorders(ASD))とは,子供の社会的な発達,伝達能力の発達,想像力の発達などの一連の発達障害で,5つのサブグループがある.遺伝子の変異あるいは欠失が原因とされる一つのサブグループであるRett disorder以外のASDの原因は不明である.原因不明のサブグループの中に18ヶ月くらいまでは正常に発達していた子供が,その後典型的な症状を呈して後退していくRegressive autism(RA)がある.中耳炎などの感染症の治療に関連して発症することが多く,しかも消化器症状を伴うことが多いことから,抗菌薬による腸内細菌叢の変化が発症に何らかの重要な役割を演じているに違いないと考えられてきた.自閉症とClostridium tetaniと題するE. Bolteによる論文発表から進展した最近の20年間余のRA患者の腸内細菌叢,粘膜生検材料細菌叢に関する研究からAutismの発症あるいは病状の悪化に関連する可能性があるいわゆるAutism-associated bacteriaの存在が指摘されるに至っている.
著者
須藤 信行
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.23-32, 2017 (Released:2017-01-31)
参考文献数
58
被引用文献数
3

腸内細菌叢は様々な生理機能や病態形成において重要な役割を果たしているが,脳機能に対する影響については明らかではない.近年,いくつかの研究グループより腸内細菌は宿主のストレス応答や行動特性に影響することが示されている.本稿では,筆者らの人工菌叢マウスを用いた実験結果を元に,本研究領域の現状と最近の進展について概説した.
著者
須藤 信行
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.25-29, 2005 (Released:2005-07-05)
参考文献数
24

常在細菌叢は,体表面積の95%以上を占める広大な粘膜面を介して生体と接触しており,その細菌数は成人で10 14,重量にして1 kgにも相当するとされている.これら常在細菌は,生後の消化管免疫組織の分化,発達において重要な役割を演じているが,最近では他の様々な生理機能へも関与していることが明らかにされつつある.ストレスにより腸内細菌叢が変化することは,古くから指摘されてきたことであるが,最近の研究により腸内細菌の違いがストレス曝露時の主要経路のひとつである視床下部-下垂体-副腎軸の反応性を変化させることを明らかにした.このように脳と腸内細菌は神経系,内分泌系,免疫系を介して相互に情報伝達していることが明らかとなった.
著者
原 博
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.35-42, 2002 (Released:2010-06-28)
参考文献数
32
被引用文献数
3

短鎖脂肪酸は, 大腸で作られる, 食物繊維や難消化性オリゴ糖からの発酵産物である.この発酵を行うのは, 腸内細菌叢と言われる大腸内に常在する膨大な数の微生物である.産生された短鎖脂肪酸は, 大腸で容易に吸収され, 肝臓や筋肉で代謝されてエネルギー源となる.短鎖脂肪酸の一種である酪酸は, 大腸粘膜でよく資化される, 大腸粘膜細胞の必須栄養素である.酪酸の欠乏は大腸の機能不全に繋がり, このような意味で酪酸は人の健康に不可欠なものと言える.短鎖脂肪酸は, エネルギー源としてだけではなく, 健康を維持する多くの生理作用を有している.すなわち, 水や, 欠乏しやすいミネラルであるカルシウムやマグネシウム, 鉄の吸収を促進し, 肝臓ではコレステロール合成を抑制, さらには, 大腸がんの発症を抑制する.酪酸は, 大腸の変異細胞にアポトーシスなどを起こさせ除去する.これらの短鎖脂肪酸がどのように作用するかは, ほとんど分かっていない.短鎖脂肪酸の研究は, 大腸発酵, ひいてはプレバイオティクスの生理的意味を解明するものである.
著者
堀米 綾子 江原 達弥 小田巻 俊孝 清水 隆司
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.33, no.1, pp.1-14, 2019 (Released:2019-02-01)
参考文献数
144

母乳は乳児にとっての最良の栄養源である.乳児の腸内細菌叢はビフィズス菌優勢であり,このことが児の健康に大きく貢献していると考えられている.母乳中にはさまざまな抗菌活性因子,免疫性因子,ビフィズス菌増殖因子が含まれており,これらが複合的に作用して乳児のビフィズス菌優勢な腸内細菌叢を形成するものと推測されるが,その詳細は未だ十分には解明されていない.一方,人工栄養児の腸内細菌叢は,母乳栄養児のそれと比較してビフィズス菌が少ないなどの差が認められることが古くから指摘されており,人工乳のさまざまな改良が腸内細菌叢改善の観点からも試みられてきた.本稿では,母乳中の因子による「乳児型」ビフィズス菌の増殖およびその他細菌の排除の仕組みに関する最近の知見について,主要なビフィズス菌増殖因子であるヒトミルクオリゴ糖(HMOs)の話題を中心に,われわれの研究成果も交えて紹介する.また,腸内細菌叢改善の観点からの人工乳の改良の歴史と現状,今後の可能性についても併せて概説したい.
著者
栃谷 史郎
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.33-41, 2017 (Released:2017-01-31)
参考文献数
54

児の腸内細菌叢の定着は母親の常在細菌叢を第一の源として起こる.腸内細菌叢は母と子を結ぶリンクの1つであると言える.適切な母子関係は児の脳発達において大切な働きをする.周産期における母親の感染症,ストレス,高脂肪食による肥満など様々な環境因子が児の腸内細菌の定着に影響を与え,その結果,児の脳発達にも影響を与えることが複数の研究から示されている.我々は,非吸収性抗生剤を妊娠マウスに投与し,母親の腸内細菌叢を撹乱する実験を行った.その結果,仔の行動に変化が観察された.本総説では,児の脳発達における周産期母体腸内細菌叢の役割について議論する.
著者
入江 潤一郎 伊藤 裕
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.31, no.3, pp.143-150, 2017 (Released:2017-08-01)
参考文献数
38

睡眠はsleep homeostasisと,中枢の時計遺伝子の支配を受ける概日リズム(circadian-rhythm)により制御されている.末梢臓器である腸管も時計遺伝子による制御を受け,腸内細菌の組成と機能には概日リズムが認められる.時差症候群や睡眠時間制限などによる睡眠障害は,腸内細菌の概日リズムに変調をもたらし,dysbiosisや腸管バリア機能低下を惹起し,宿主のエネルギー代謝異常症の原因となる.規則正しい摂食は腸内細菌の概日リズムを回復させ,中枢時計との同調を促し,睡眠障害の治療となる可能性がある.またプレ・プロバイオティクスなど腸内細菌を介した睡眠障害の治療も期待されている.
著者
岩田 誠
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.21, no.4, pp.297-304, 2007 (Released:2007-11-27)
参考文献数
27

広い表面積で外界と接する腸管では,免疫細胞の配備が必須である.一般に,リンパ球の組織への配備は一定のルールに則って行われる.ナイーブT細胞は,リンパ節などの二次リンパ系器官には移入できるものの,非リンパ系組織には移入できない.二次リンパ系器官で抗原刺激を受けてエフェクター/メモリーT細胞となると,その二次リンパ系器官が所属する組織に選択的に移入(ホーミング)できるようになる.例えば,腸の二次リンパ系器官であるパイエル板や腸間膜リンパ節で抗原刺激を受けたT細胞は,小腸特異的ホーミング受容体(インテグリンα4β7とケモカイン受容体CCR9)を発現し,小腸に移入できるようになる.我々は,腸の二次リンパ系器官の樹状細胞がT細胞に抗原提示をすると同時にビタミンAからレチノイン酸を生成し与えることで,小腸特異的ホーミング受容体を発現させていることを見出した.同様に,ナイーブB細胞が抗原刺激を受け,小腸へのホーミング特異性を獲得するためにも,また,さらにIgA抗体産生細胞へと分化するためにもレチノイン酸が必須であることを明らかにした.
著者
落合 邦康 今井 健一 落合(栗田) 智子
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.28, no.3, pp.111-120, 2014 (Released:2014-07-31)
参考文献数
30

全ての腸内フローラ構成細菌と食物は,口腔を経由して腸管に至り,複雑な腸内フローラが形成される.腸管の生理作用と恒常性維持における腸内フローラの有益性,そして,食物繊維やオリゴ糖の生理作用の本体が短鎖脂肪酸(SCFA)であることは広く知られている.一方,慢性炎症性疾患・歯周病は,糖尿病や動脈硬化などさまざまな全身疾患の誘因となることがさまざまな分野で報告され,口腔と全身疾患との関わりが広く注目されている.歯周病の主要原因菌である一群の口腔嫌気性グラム陰性菌は,大量のSCFA,特に酪酸を産生する.口腔において高濃度の酪酸は,歯周組織にさまざまな為害作用を及ぼすと同時に,口腔環境維持に重要なレンサ球菌群の発育を阻害し,デンタルプラーク蓄積を仲介するActinomyces属の増殖を促進するため,病原性プラークへの遷移が促進される.また,酪酸は,そのエピジェネティック制御作用により,潜伏感染状態にあるヒト免疫不全ウイルスやEpstein-Barrウイルスを再活性化し,AIDSや種々の腫瘍発症に関与すると共に,がん細胞の転移にも関与する可能性が示唆される.細菌の代謝産物・酪酸は,口腔と腸管ではなぜ異なった作用を示すのか,共生細菌と宿主(組織)間の相互作用を理解する上からも興味深い.内因性感染症や共生細菌研究において,菌体が宿主に及ぼす直接的影響の研究と共に,新たな視点から,SCFAなどさまざまな代謝産物の影響を検討することも極めて有意義と考える.さらに,粘膜免疫の帰巣循環システムの視点から,腸内フローラと腸管粘膜経由による口腔・歯周組織免疫応答の維持,改善に関わる研究も期待できる.
著者
園山 慶
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.24, no.3, pp.193-201, 2010 (Released:2010-08-13)
参考文献数
64
被引用文献数
4

肥満およびそれに関連した糖尿病などのメタボリックシンドロームの増加は世界的な問題となっている.最近の研究により,腸内細菌叢がこれらの疾患に関与する環境要因のひとつであることが明らかになってきた.無菌マウスを用いた研究は,腸内細菌が宿主における食餌からのエネルギー獲得および脂質・エネルギー代謝に影響することにより体脂肪蓄積に重要な役割を果たしていることを示唆した.また,肥満個体と正常体重個体との間で腸内細菌叢が異なることが,実験動物およびヒトにおいて観察された.さらに,腸内のグラム陰性細菌由来のリポ多糖が体内に移行して代謝性エンドトキシン血症を生じ,それが白色脂肪組織における軽度炎症,さらには全身性のインスリン抵抗性に寄与することが示された.これらの知見は腸内細菌叢が肥満およびメタボリックシンドロームの予防・治療の標的となりうることを示唆する.実際,プレバイオティクスおよびプロバイオティクスがこれらの疾患を予防・改善することが報告されている.本総説では,この数年で急速に進展した腸内細菌叢と肥満およびメタボリックシンドロームとの関係に関する研究を紹介する.
著者
大坂 利文
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.32, no.3, pp.125-136, 2018 (Released:2018-07-30)
参考文献数
130

Alexander Flemingがペニシリンを発見して以降,微生物が産生するほかの微生物の生育を阻害する物質「抗生物質」の発見と改良の歴史が積み重ねられてきた.現在までに,コッホの4原則にしたがって発見されてきた多くの病原性細菌に対して感受性を示す抗生物質が見出され,抗生物質はヒトや動物の生命を脅かす感染症の治療に不可欠なものとなっている.一方,近年増加の一途を辿っているアレルギー性疾患,炎症性腸疾患,自己免疫性疾患,非感染性疾患(がん・循環器疾患・糖尿病・慢性呼吸器疾患)などの慢性炎症疾患の発症予防および根治が医学の大きな課題となってきた.このようななか,腸内細菌叢が生体機能調節因子として非常に重要な役割を担うことや,多くの難治性疾患の動物モデルやヒト患者において腸内細菌叢のバランス異常(dysbiosis)が起こっていることが報告されている.本稿では,抗生物質の投与によって病態の改善あるいは増悪化が報告されているdysbiosis関連疾患についての最新の知見を概説する.
著者
金 倫基
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.7-10, 2011 (Released:2011-02-10)
参考文献数
12

自然免疫系は,微生物への曝露早期から応答する第一線の生体防御機構である.近年,この自然免疫系が獲得免疫系の誘導にも重要な役割を果たしていることが明らかとなっている.自然免疫系では,膜結合型のTLRファミリーや細胞質内に存在するNLRファミリーなどの受容体(PRRs)が,微生物成分(PAMPs)を認識することで細胞内シグナル伝達系を活性化し,炎症性サイトカインや抗菌ペプチドなどの産生を誘導し,生体防御に携わる.TLRと,NLRファミリーであるNod1とNod2は,炎症性サイトカイン産生において相乗的に働くことが知られている.一方で,LPSなどのTLRリガンド刺激による単球やマクロファージからの炎症性サイトカインの過剰産生は,組織傷害や敗血症ショックなどの危険性を併せ持つ.生体はこの防衛策として,リガンド曝露後に一時的不応答(トレランス)を誘導し,炎症性サイトカインの過剰産生を防いでいる.しかしながらこのトレランスによって,今度は逆に微生物感染に対する生体の応答性を低下させてしまう恐れがある.生体はこのジレンマにどう対応しているのだろうか.今回私たちの研究では,LPSなどの微生物リガンドに曝露されることによって,TLR応答性の低下したマクロファージにおいて,Nod1とNod2の応答性が保持されていることを明らかにした.また,あらかじめLPSに曝露されたマウスにおいて,細胞内寄生細菌である Listeria monocytogenesによる全身感染時の細菌の排除に,Nod1とNod2が重要な役割を果たしていた.さらに,多くの菌に恒常的に曝露されている(トレランスの起こっている)腸管内においても,Nod2が病原菌排除に必要であることを見出した.以上のことから,Nod1とNod2は,TLRシグナルの低下した状態における微生物の認識と宿主の生体防御に寄与することが示唆された.
著者
香山 尚子
出版者
The Intestinal Microbiology Society
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.36, no.4, pp.177-188, 2022 (Released:2022-10-28)
参考文献数
97

病原微生物へのTh1, Th2, Th17応答は生体防御に必須であるが,過剰な炎症応答は組織恒常性維持の破綻につながる.そのため,Foxp3+制御性T(Treg)細胞は,多様なメカニズムによりエフェクター応答を厳密に制御している.IPEX症候群では,Foxp3遺伝子変異にともなうFoxp3+ Treg細胞の機能異常により,腸炎や自己免疫疾患が発症することより,Foxp3+ Treg細胞が生体恒常性維持に極めて重要であることが示唆される.ヒトの腸管組織には40兆個も細菌が存在する.これまでに,腸内細菌の代謝産物や構成成分がFoxp3+ Treg細胞の分化や機能を制御し,腸管恒常性維持に寄与することが報告されている.細菌叢の乱れが炎症性疾患,自己免疫疾患,神経系疾患に関与することが示唆されており,腸内細菌によるFoxp3+ Treg細胞恒常性維持機構のさらなる解明が,多様な疾患の新規治療法開発につながることが期待される.
著者
江石 義信
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.23-29, 2009 (Released:2009-02-10)
参考文献数
14
被引用文献数
1

常在性細菌と疾患との関連性があちこちで話題になりつつある.なかでもサルコイドーシスとアクネ菌についてわが国では長年の研究蓄積を有しており,最近では本症の奇異な病態を説明しうるようなアクネ菌の興味ある生体内特性や内因性感染症としての新しい疾病発生機構が徐々に見えつつある.既によく知られている「帯状疱疹ウイルスのストレスによる活性化」や「結核の内因性再燃」などの現象と同様に,初期感染(不顕性感染)後に宿主の細胞内で冬眠状態にある細胞壁欠失型アクネ菌が内因性に活性化することが,サルコイドーシスという全身性肉芽腫疾患の発症をトリガーしている可能性がある.疾病素因として本菌に対するアレルギー素因を有する個体では,内因性に本菌が活性化するたびごとに増菌局所で肉芽腫反応が生じてくるものと想定され,細胞内細菌に感受性のある抗生剤の投与は,新たな細胞内増菌を防止する観点から肉芽腫形成の予防に有効である可能性が高い.また,本症からの完全寛解を目指すためには,代謝活性を低下させて生き残りを図る冬眠状態の菌も含めて排除する必要があり,近年では米国患者団体が主体となり通常の感染症とは異なる除菌プロトコール(マーシャルプロトコール)が検討されつつある.
著者
森田 英利
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.34, no.1, pp.13-18, 2020 (Released:2020-01-31)
参考文献数
11

「運動」はその腸内細菌の構成を変化させ,有益な代謝系をもつ腸内細菌叢に変化させることがわかってきた.すなわち,身体にダメージを受けるような練習や試合をするアスリートの腸内細菌叢は,運動(と食事)によりそのダメージを修復し高エネルギー獲得系の腸内細菌叢に変化させていることは興味深い.一方で,「肥満型」の腸内細菌叢と同様,本来,個人の腸内細菌叢は非常に多様であり,個人により保有する腸内細菌は本質的に異なることから,特定の1菌種や1菌株のもつ機能ではなく,細菌叢全体の細菌で「アスリート型」の腸内細菌叢を形成しているのではないかと推察されている.
著者
倉島 洋介
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.32, no.4, pp.159-166, 2018 (Released:2018-10-31)
参考文献数
36

マスト細胞(肥満細胞)は,消化管粘膜や皮膚といった生体の最前線のバリア機構を担う部位に存在している.粘膜面に存在するマスト細胞は,コンドロイチン硫酸やプロテアーゼによって古くから寄生虫や細菌の排除にかかわることが知られており,病原体「排除」に重要な機能を有する.その一方で,食物アレルギーをはじめとしたアレルギー反応の中核として働くことも知られており,アレルギー・炎症疾患においては我々に不利益をもたらす炎症性メディエーターを分泌し「悪玉」として働く.マスト細胞の活性化には今から50年ほど前に発見されたIgE抗体を介した反応が主たる機序として考えられているが,最近IgEを介さないマスト細胞の活性化がアレルギーや炎症疾患の増悪化にかかわることも報告されている.我々は消化器疾患の1つであるクローン病において活性化したマスト細胞が粘膜面に散見されるという過去の知見から,マスト細胞の活性化因子の同定を目指した.その結果,細胞外に放出されたアデノシン3リン酸(ATP)が深く関わることが見出された.細胞外ATPはダメージを受けた細胞からだけではなく一部の腸内細菌からも放出されることが報告されており,共生関係(commensal mutualism)の形成に重要な因子としても近年注目されている.興味深いことに,マスト細胞の細胞外ATPへの反応性は粘膜に比べ皮膚では低く保たれていることが明らかとなっている.これはマスト細胞の「組織特異性」を示す新たな知見であり,この組織特異性は間葉系細胞の働きによって賦与されていることが明らかとなった.この組織特異性が破たんした状態では,重度の慢性炎症が導かれるが常在菌がない状態では炎症が起こらないことが示されている.すなわち,常在菌との共生ニッチである生体バリアの恒常性維持には,間葉系細胞によるマスト細胞の機能調整が重要であることが明らかとなっている.今後,「共生と排除」制御破綻ともいえる様々な慢性炎症性疾患の発症部位において,マスト細胞をはじめとする免疫細胞の「組織特異性の攪乱」といった視点から間葉系細胞との相互作用に着目し解析することが新たな治療法の確立につながると期待される.