著者
関口 幸恵
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.29, no.4, pp.169-176, 2015 (Released:2015-11-03)
参考文献数
23
被引用文献数
1

近年,臨床分野や医薬品製造,食品製造分野での微生物検査において,MALDI-TOF(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization-Time of Flight;マトリックス支援レーザー脱離イオン化-飛行時間型)の質量分析計を用いた手法が新たな微生物同定法として使用されつつある.本技術では,微生物菌体そのものを測定対象とし,タンパク質由来のピークが見られる約2,000~20,000 Daの範囲のスペクトルを用いて微生物同定を行う.他の微生物同定法と比較して,本技術では一検体あたりのコストが安価であり,操作が簡便で,コロニーを得てから同定結果までの時間が非常に短い.また,本技術による同定結果は,生化学的手法と比較して,遺伝子学的手法による同定結果との一致率が高いことも特長である.一方で,本技術では培地上に発育したコロニーそのものを測定対象とするため,同一菌種での菌株間の差や培養条件の差が同定結果に影響を及ぼしやすい.また,市販の装置によってデータベースやアルゴリズムが異なっており,同定菌名を導くプロセスは同一ではない.これらの点は,通常の同定試験を行う場合やデータベースに菌種あるいは菌株情報を追加する場合,さらに同定試験以外への応用を行う場合には,十分な注意が必要である.本技術においても,他の技術同様,長所と注意点を理解した上で,適切に使用および応用検討することが重要である.
著者
河口 浩介 藤本 優里 戸井 雅和
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.35, no.3, pp.155-163, 2021 (Released:2021-07-30)
参考文献数
77

乳がんは,女性において罹患率が最も高いがんであり,日本においても年々生涯罹患リスクは上昇の一途をたどっている.エストロゲン受容体,プロゲステロン受容体,HER2受容体,Ki67並びに組織グレードに基づく,Luminal A,Luminal B,Her2-enriched,およびトリプルネガティブのサブタイプ分類をもとに治療が行われる(1).乳がん罹患のリスク因子としては,遺伝的要因,ホルモン補充療法,生活習慣,食習慣,年齢,初経・閉経年齢,乳腺密度などが挙げられるが,これらですべての乳がんの罹患を説明できるわけではなく,さらには地域差,人種差ふくめて他のリスク因子を考慮する必要がある(2).近年ヒトの微生物叢(マイクロバイオータ)は,腫瘍生物学を含むさまざまな分野で注目を集めている.ヒトの宿主とマイクロバイオータの間には,ダイナミックかつ非常に複雑なネットワークが張り巡らされている.E-カドヘリン- β -カテニン経路(3),DNA二本鎖切断(4),アポトーシスの促進,細胞分化の変化(5),自然免疫系であるToll様受容体(TLR)との相互作用による炎症性シグナル伝達経路の誘発など,さまざまなシグナル伝達経路の制御に関わっていることが知られている.ヒトのマイクロバイオームとがんとの相互作用は,「オンコバイオーム」と呼ばれ(6),人間の宿主もまた,マイクロバイオータとそのメカニズムに影響を与えるとされている(7).乳がんにおいても腸内細菌との関連が注目されており,重要な研究が加速度的に進んでいる.マイクロバイオームは乳がんのリスク因子であり,薬剤の治療効果にも関連することが報告されている(8).常在細菌叢が乱されると微生物のバランスが崩れ,がんの発生につながる可能性が示唆されている(9).例えば,抗生物質(クラリスロマイシン,メトロニダゾール,シプロフロキサシンなど)が投与されると,一部の細菌群集の生物多様性や豊富さが減少し,腸内細菌叢のバランスが乱れ,乳がんの発症リスク上昇に関連することが示唆されている(10–12).また,健常者と乳がん患者では乳腺組織内マイクロバイオームの構成細菌叢と存在量に違いを認めたという報告もある(8).本項では腸内細菌と乳がんについて最近の知見並びに今後の展望を踏まえて解説する.
著者
鈴木 チセ
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.31, no.4, pp.187-195, 2017 (Released:2017-11-03)
参考文献数
39

精神的ストレスは精神疾患のみならず様々な疾病の危険因子でもある.健康の阻害要因であるストレスを腸管の側から,すなわち食品によってストレスを軽減することを目的に,マウスのうつ病モデルである慢性社会的敗北ストレスモデルを用いて,精神的ストレスが腸管に及ぼす影響を網羅的に解析した.本稿では,慢性社会的敗北ストレスモデルの実験方法やストレス負荷マウスの特徴について解説するとともに,筆者らの行った盲腸のメタボローム解析,盲腸・糞便の菌叢解析および回腸末端の遺伝子発現のマイクロアレイ解析の結果について,宿主の腸管の遺伝子発現と腸内細菌の構成,宿主および腸内細菌の代謝物という腸内エコシステムの観点から考察する.また社会的敗北ストレスを負荷したマウスの行動変化や身体的な変調を軽減する食品成分の探索について最近の研究例からその可能性について紹介する.
著者
吉本 真
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.34, no.3, pp.166-175, 2020 (Released:2020-08-07)
参考文献数
93

肝臓は門脈によって腸管と直接繋がっている.近年,腸肝循環を介して腸管由来の因子が肝疾患の発症や悪化に非常に大きな役割を担っていることが明らかにされている.ヒトの腸管には数百種類の腸内細菌が定着しているといわれており,次世代シークエンスやメタボローム解析技術の発展により,予想以上にヒトの健康,特に肝機能に深く関与していることが示されている.様々なストレスで腸管バリアが破たんすると,リポ多糖(Lipopolysaccharide: LPS)やリポタイコ酸(Lipoteichoic Acid: LTA)などが肝臓のTLRなどを介した炎症シグナルを誘導し,肝線維化や肝臓がんを促進する.さらに,胆汁酸はファルネソイド X 受容体(Farnesoid X Receptor: FXR)やGタンパク質共役受容体(Transmembrane G protein-coupled Receptor 5: TGR5)などを介して代謝関連の遺伝子発現を調整し,肝臓の恒常性を維持する一方で,一部の腸内細菌の働きにより,デオキシコール酸(Deoxycholic Acid: DCA)やリトコール酸(Lithocholic Acid: LCA)などの二次胆汁酸が過剰に蓄積すると肝障害や肝臓がん促進に繋がるストレスを誘導する.腸肝軸(Gut-Liver Axis)を介した肝疾患の発症メカニズムを解明することは,肝疾患の予防を目的とした腸内細菌叢の制御方法の開発に繋がると考えられる.
著者
瀧口 隆一 鈴木 豊
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.11-18, 2000 (Released:2010-06-28)
参考文献数
16
被引用文献数
1

アシドフィルスグループの乳酸菌3株 (アシドフィルスLA1株: Lactobacillus acidophilus SBT2062, アシドブイルスLA2株: L. acidophilus SBT 2074, アシドフィルスLG株: Lactobacillus gasseri strain Yukijirushi), ブルガリクスLB株 (Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus SBT0164) およびサーモフィルスST株 (Streptococcus thermophilus SBT1035) の人工消化液中での生残性を検討した.アシドフィルスグループ3株は, 人工胃液および人工腸液に耐性を示した.とくに, アシドフィルスLG株はpH2.5の人工胃液中で3時間保持しても生残し, 最も高い耐性を示した.これらは, 人工腸液 (胆汁末を0.1~1.0%含むMRS培地) 中で生菌数が増加したことから, 摂取後も生きて腸内に到達し, そこで増殖すると考えられ, プロバイオティクスとしての適応性が認められた.これに対し, ブルガリクスLB株とサーモフィルスST株は人工胃液に対する耐性が低かったことから, 摂取後は胃中でそのほとんどが死滅すると思われた.また, 生きて胃を通過したとしても, 人工腸液に対する耐性も低かったことから腸内でも死滅するものと考えられた.
著者
入江 潤一郎 伊藤 裕
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.31, no.3, pp.143-150, 2017

睡眠はsleep homeostasisと,中枢の時計遺伝子の支配を受ける概日リズム(circadian-rhythm)により制御されている.末梢臓器である腸管も時計遺伝子による制御を受け,腸内細菌の組成と機能には概日リズムが認められる.時差症候群や睡眠時間制限などによる睡眠障害は,腸内細菌の概日リズムに変調をもたらし,dysbiosisや腸管バリア機能低下を惹起し,宿主のエネルギー代謝異常症の原因となる.規則正しい摂食は腸内細菌の概日リズムを回復させ,中枢時計との同調を促し,睡眠障害の治療となる可能性がある.またプレ・プロバイオティクスなど腸内細菌を介した睡眠障害の治療も期待されている.<br>
著者
新 幸二
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.29, no.1, pp.1-7, 2015 (Released:2015-01-27)
参考文献数
24
被引用文献数
1

消化管粘膜は常に病原性微生物の侵入の危険にさらされている.同時に腸管内腔には多くの腸内常在細菌が生息している.そのため腸管は高度に発達した免疫システムを備え,免疫細胞は病原性微生物を迅速に排除するとともに有益無害な腸内細菌に対しては過度な応答をしないように制御されている.この高度な腸管免疫システムの形成には腸内細菌の存在が重要であることが知られていたが,その詳細なメカニズムについてはあまりよくわかっていなかった.近年,ある特定の腸内細菌のみが存在するノトバイオーマウスを用いた解析により,個々の細菌種が特定の免疫細胞の活性化を行い全体として統率のとれた免疫システムの構築を担っていることがわかってきた.細胞外寄生細菌や真菌の感染防御に重要なヘルパーT細胞の一種であるTh17細胞は腸内細菌の一種であるセグメント細菌(SFB)によって誘導され,経口的に侵入してきた病原体の感染防御に貢献していることが明らかになった.一方,制御性T(Treg)細胞も腸管粘膜固有層に多く存在し,食餌成分や腸内細菌に対する過剰な免疫応答の制御に関与している.SPFマウスと比較して無菌マウスの大腸ではTreg細胞が顕著に減少しており,クロストリジウム属細菌を無菌マウスに投与すると大腸Treg細胞が強く増加したことから,腸内細菌のうち主にクロストリジウム属細菌が大腸Treg細胞の誘導を担っていると考えられた.また,ヒトの腸内にもTreg細胞の誘導を担うクロストリジウム属細菌が存在していることも明らかになった.
著者
渡辺 幸一
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.30, no.3, pp.129-139, 2016 (Released:2016-08-09)
参考文献数
42
被引用文献数
2

ビフィズス菌は,主にヒトや動物の腸管から分離されるグラム陽性の多形性桿菌であり,系統分類学的にはActinobacteria門のBifidobacteriaceae科に属する6属58菌種で構成される.なかでもBifidobacterium属は,50菌種10亜種で構成され,その中心を占めている.微生物の分類体系は,菌種同定や分類法の技術の進歩と密接な関係にある.DNA-DNA相同性試験(DDH)法は,1960年代から用いられ,現在でも菌種を区別するための最も重要な基準である.一方,16S rRNA遺伝子配列データに基づく系統解析は,煩雑な操作と熟練を必要とするDDHに替わる菌種分類の標準法として位置づけられている.しかしながら,16S rRNA遺伝子単独では菌種の分類同定が不可能である菌種グループが数多く存在する.近年,ハウスキーピング遺伝子の塩基配列に基づく多相解析法[Multilocus Sequence Analysis(MLSA)あるいはTyping(MLST)]および全ゲノム塩基配列の相同性(ANI)など,DDH法を補完・代替する分類方法が開発されている.ここでは,ビフィズス菌の分類法の現状と動向について解説する.
著者
五十君 静信
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.14, no.2, pp.67-73, 2001 (Released:2010-06-28)
参考文献数
15

従来のワクチン研究から, 一般に, ある感染症に対するワクチンはその感染症の感染経路に従って投与するのが最も効果的であると考えられている.従って, 腸管粘膜から侵入してくる感染症に対するワクチンは, 経口および腸管粘膜上皮からの投与が望ましく, 粘膜局所のIgA抗体産生の増強が重要である.しかしこの経路を投与方法とするワクチンである粘膜ワクチンの開発は遅れている.現在用いられているワクチンは, いかにして病原体を弱毒化するかといった手法で開発されてきた.一方, 近年のバイオテクノロジーの進歩により, 必要と思われる部分を組み合わせてワクチンを作り上げるコンポーネントワクチンの考えが導入され, ワクチンをデザインして作るという考え方が主流となっている.この場合, 粘膜ワクチンはそれに適する運搬体と感染防御抗原を組み合わせワクチンを構築する.腸管の粘膜局所での抗体産生を期待する粘膜ワクチンでは, その抗原運搬体として腸管内で抗原提示の可能な細菌や人工膜が検討され, 腸管侵入性細菌の弱毒株や無毒で腸管内でのエピトープの発現が可能な細菌およびリポソームなどが用いられてきた.粘膜ワクチンとして, 乳酸菌を抗原運搬体として用いるワクチンは, 挿入する遺伝子を遺伝子レベルで無毒化することにより, 病原体を弱毒化したワクチンに比べ, より安全な経口ワクチンの開発が可能であると考えられている.本稿では, 腸管感染症に対する粘膜ワクチンの現状と, 組換え乳酸菌を用いた粘膜ワクチンの開発について解説する.
著者
河合 光久 瀬戸山 裕美 高田 敏彦 清水 健介 佐藤 美紀子 眞鍋 勝行 牧野 孝 渡邉 治 吉岡 真樹 野中 千秋 久代 明 池邨 治夫
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.25, no.3, pp.181-187, 2011 (Released:2011-09-06)
参考文献数
16
被引用文献数
2

便秘傾向で60歳以上の健常成人男女58名(平均年齢68.8±5.3歳)に,Bifidobacterium breveヤクルト株が製品1個あたり1.0×1010 cfu含まれるはっ酵乳(商品名 ミルミル)を連続4週間摂取するオープン試験を実施した.被験者は排便日数が週に3から5日で,便の硬めな(便の水分含量が70%未満)人を選択した.はっ酵乳(試験食品)の4週間摂取は,排便量の増加を伴った排便回数および排便日数の有意な増加を示した(各々p<0.0001).さらに3日間以上連続で排便のなかった被験者の割合も試験食品摂取により低下した(p=0.013).しかし,便の硬さを表す便性状スコア(Bristol stool scale)の評価では,試験食品の摂取によって平均スコアに変化は認められなかった.症状の程度を5段階で評価した排便時の症状および腹部症状スコアに対し,試験食品はいきみおよび残便感の平均スコアを低下し(各々p=0.022および0.0002),症状の軽減が示唆されたが,腹痛および腹部膨満感のスコアには顕著な変化はみられなかった.色素を経口摂取してから便中に色素が検出されるまでの時間(腸管通過時間)を観察したところ,色素の滞留時間は摂取前後で変化はみられなかった.以上の結果より,連続4週間のB.breveヤクルト株を含むビフィズス菌はっ酵乳の摂取は,便秘傾向な60歳以上の健常な男女において排便量の増加を促し,排便頻度の増加および排便リズムを安定化させる便秘改善効果が示唆された.また,排便時のいきみや残便感の症状を改善する可能性も示唆された.
著者
加藤 豪人
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.33, no.4, pp.175-189, 2019 (Released:2019-10-29)
参考文献数
168

プロバイオティクスは,宿主の常在細菌叢のバランスの改善を介して有益な作用をもたらす生きた微生物として,古くから発酵食品をはじめとした食品に利用されてきた.近年の菌叢解析技術の発展により,種々の疾病の原因として腸内細菌が関与することが明らかになり,プロバイオティクスの利用範囲も健常人だけではなく疾病罹患者にも拡大している.本節では,健常人から免疫系疾患,代謝系疾患,神経系疾患まで種々の健康状態を対象としたプロバイオティクスの有効性を解析しているランダム化比較試験を中心に紹介するが,ヒト試験においてはプロバイオティクスの生理効果が腸内細菌叢の変化を介していることを明確に示す報告は極めて少ない.今後,メタゲノム解析やメタトランスクリプトーム解析等を用いた腸内細菌叢の機能解析やヒトでのプロバイオティクスの効果検証方法などを工夫し,さらにエビデンスを重ねていく必要がある.
著者
内山 成人 上野 友美 鈴木 淑水
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.21, no.3, pp.217-220, 2007 (Released:2007-08-17)
参考文献数
16
被引用文献数
6

大豆イソフラボンのエストロゲン様作用/抗エストロゲン作用による健康ベネフィットが期待されているが,最近はその代謝物であるエクオールの生理作用が注目されている.エクオールは,腸内細菌により産生される活性代謝物であるが,その生成には個人差が存在し,エクオールを産生できない非産生者がいる.エクオール非産生者では,大豆イソフラボンを摂取しても十分な効果が期待できないと考えられる.そこで,我々は,食品として利用可能なエクオール産生菌を探索することを目的として,ビフィズス菌と乳酸菌(ラクトバチラス属)についてスクリーニングを行い,さらにヒト糞便中からの単離を検討した.ビフィズス菌と乳酸菌(ラクトバチラス属)の登録株213株のエクオール産生能を評価したが,いずれの菌株にもエクオール産生能は認めなかった.健常成人の糞便よりエクオール産生菌として新たに3菌株を単離し,1菌株に乳酸生成を認めたため16S rDNAシークエンス解析により同定した.その結果,Lactococcus garvieaeと同定され,菌株名を“ラクトコッカス20-92”とした.ラクトコッカス20-92によるエクオールの生成は,増殖後の菌数が定常状態になって発現するという特徴を示した.我々は,エクオール産生菌として食品に利用可能と考える乳酸菌(ラクトコッカス20-92株)を単離することに初めて成功した.これにより,今後,ラクトコッカス20-92株の食品への応用が期待できるものと考える.
著者
指原 紀宏
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.27, no.4, pp.197-202, 2013 (Released:2013-11-07)
参考文献数
22
被引用文献数
1

乳酸菌の中には宿主の免疫応答を刺激する作用を有するものがあり,種々の免疫関連疾患に対する改善効果が考えられることから,実用化を目的としてその有用性を検証した.Th1/Th2バランスを是正する免疫調節活性の高いL. gasseri OLL2809を選出し,その有効性を評価すると抗原特異的IgEの抑制効果や好酸球増多に対する抑制効果が認められた.同株を用いてスギ花粉症罹患者を対象に臨床試験を実施したところ,鼻づまり等の鼻症状が軽減された.その他の免疫関連疾患として,NK活性との関連が示唆される子宮内膜症に対しては,モデル動物において病変部の成長抑制効果が認められた.さらに,子宮内膜症罹患者を対象に有効性を臨床評価したところ,主症状である月経痛に軽減が認められた.以上の一連の研究から,高い免疫調節活性を示すOLL2809株は,アレルギーや子宮内膜症等の免疫関連疾患に対して症状の軽減等に有効であり,罹患者のQOLの向上に貢献できることが明らかになった.
著者
山田 拓司
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.29, no.1, pp.19-22, 2015 (Released:2015-01-27)
参考文献数
13

ヒト腸内細菌解析は近年の次世代シーケンサーの爆発的な進歩により飛躍的な発展を遂げている.本稿では菌叢解析法としてメタゲノム解析に焦点を当て,実験的及び情報解析のパイプラインの概要を紹介する.現在まさに発展途上の技術であり,様々な側面においてその利点と問題点を紹介していく.
著者
福田 真嗣
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.29, no.3, pp.145-155, 2015 (Released:2015-08-01)
参考文献数
46
被引用文献数
1

メタボロゲノミクス(Metabologenomics)とは,代謝物質を網羅的に解析するメタボロミクス(Metabolomics)と,腸内細菌叢遺伝子を網羅的に解析するメタゲノミクス(Metagenomics)とを組み合わせた研究アプローチである.われわれの腸管内には多種多様な腸内細菌が生息しており,それら腸内細菌叢が宿主腸管細胞と相互作用することで異種生物で構成される複雑な腸内生態系,すなわち腸内エコシステムを形成している.腸内エコシステムの恒常性を維持することがヒトの健康維持・増進に大きく寄与していることが近年明らかになりつつあるが,逆に腸内細菌叢のバランスが崩れることで腸内エコシステムが大きく乱れると,大腸がんや炎症性腸疾患といった腸管関連疾患のみならず,自己免疫疾患や代謝疾患といった全身性の疾患につながることも報告されている.したがって,腸内細菌叢を異種生物で構成される一つの臓器として捉え,その機能を理解し制御することが,疾患予防・健康維持における新たなストラテジーとして重要と考えられる.近年,特に腸内細菌叢のメタゲノム解析やメタトランスクリプトーム解析により,個々人の腸内細菌叢遺伝子地図や推定される遺伝子機能に関する研究は盛んに行われている.しかし,腸内細菌叢による宿主への直接的な作用を理解する上で重要なカギを握るのは,腸内細菌叢から産生される種々の代謝物質と考えられる.本稿では,腸内細菌叢由来代謝物質が宿主の健康状態にどのように影響しているのかについて,メタボロミクスによる全容理解に向けた近年の取り組みについて紹介するとともに,腸内細菌叢変動とも組み合わせたメタボロゲノミクスの有用性についても議論する.
著者
新 良一 伊藤 幸惠 片岡 元行 原 宏佳 大橋 雄二 三浦 詩織 三浦 竜介 水谷 武夫 藤澤 倫彦
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.28, no.1, pp.15-24, 2014 (Released:2014-02-11)
参考文献数
39

豆乳の発酵産物が宿主に及ぼす影響を検討した報告は少ない.今回,我々は豆乳の乳酸菌発酵産物(SFP: Soybean milk-Fermented Product)がヒト腸内細菌叢に及ぼす影響を検討し,さらに大腸の発がん予防とその作用機序についても合わせて検討した.SFPは豆乳を複数の乳酸菌と酵母で混合培養後殺菌し,凍結乾燥して調製した.一般的な日本食を食べているボランティアにSFPを摂取させ(450 mg/day/head for 14 days),腸内細菌叢の変化を比較したところ,SFP群はプラセボ群よりBifidobacteriumの占有率が25%以上増加した人数が多かった(P<0.05).さらに,昼食のみを一般的な日本食から肉食中心の欧米食(肉摂取量約300 g,900 kcal)に3日間変えると,Clostridiumの占有率は増加したが(P<0.05),SFPを摂取(900 mg/day/head)すると減少した(P<0.05).また,SFPの摂取でBifidobacteriumの占有率が増加した(P<0.05).このボランティアの糞便中β-glucuronidase活性は,昼食を肉食中心の欧米食にすると一般的な日本食摂取時より5倍以上増加したが(P<0.01),SFP摂取で一般的な日本食時のレベルにまで減少した(P<0.05).以上の結果は,SFPが多くのプロバイオティクスなどで示されている大腸がんの発がんリスクを軽減する可能性を示唆していると考え,以下の検討を試みた.即ち,SFPが大腸がんの発がんに及ぼす影響は大腸がん誘起剤1,2-dimethylhydrazine (DMH)をCF#1マウスに投与する化学発がんモデルを用いて検討した.SFPはDMH投与開始時から飼料中に3%(W/W)混和して与え,大腸に発がんした腫瘤数を検討した結果,有意な抑制が認められた(P<0.05).一方,SFPの抗腫瘍作用機序は,Meth-A腫瘍移植モデルで検討した.SFP(10 mg/0.2 ml/day/head)は化学発がんモデルと同様にMeth-A腫瘍移植前から実験期間中投与し,抗腫瘍効果が得られた脾細胞を用いた Winn assayでその作用機序を検討した.その結果,SFP群のみは移植6日目以降でMeth-A単独移植群に比べ有意な腫瘍増殖抑制が認められ(P<0.05),担癌マウスの脾細胞中に抗腫瘍作用を示す免疫細胞群が誘導された可能性が考えられた.Bifidobacteriumを定着させたノトバイオートマウスは無菌マウスより脾細胞数が増加したが,無菌マウスにSFPや豆乳(10 mg/0.2 ml/day/head)を4週間連日経口投与しても,脾細胞数は生理食塩液を投与した無菌マウスと差が認められなかった.これらのことからSFPの抗腫瘍効果には腸内細菌が宿主免疫に関与した可能性が示唆されたが,その詳しい機序については今後の検討が必要である.
著者
光山 慶一 増田 淳也 山崎 博 桑木 光太郎 北崎 滋彦 古賀 浩徳 内田 勝幸 佐田 通夫
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.143-147, 2007 (Released:2007-05-31)
参考文献数
15

プロピオン酸菌による乳清発酵物は,乳清をエメンタールチーズ由来のプロピオン酸菌で発酵させて製造したプレバイオティクスである.その主要成分である1,4-dihydroxy-2-naphthoic acidはビフィズス菌を特異的に増殖させ,腸内環境を宿主に有益な方向へ導くことが可能である.我々は,本食材が実験大腸炎モデルや潰瘍性大腸炎患者に有用であることを明らかにした.本稿では,これまでに報告されたプロピオン酸菌による乳清発酵物の特性について概説するとともに,潰瘍性大腸炎への治療応用について述べる.
著者
中山 二郎 田中 重光 Prapa Songjinda 立山 敦 坪内 美樹 清原 千香子 白川 太郎 園元 謙二
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.129-142, 2007 (Released:2007-05-31)
参考文献数
26
被引用文献数
4

腸内細菌叢とアレルギーとの関連性が多くの研究によって示唆されており,アレルギー罹患幼児と非罹患幼児との間では,生後すぐに始まる腸内細菌による免疫系への刺激に何らかの差があることが想定される.しかし,アレルギー疾患発症には,その他先天的要因や生活要因なども関係し,腸内細菌叢の偏倚とアレルギーとの関連性解明には大規模な疫学調査が必要である.そして,そのためには多数の糞便サンプルの菌叢を迅速・簡便かつ高精度に解析するシステムの確立が必須である.本稿では,一連の分子生物学的手法について,それぞれの長所・短所を再考し,乳幼児を対象としたアレルギーと腸内細菌叢に関する疫学調査研究に相応しい腸内細菌叢解析法を検討した.DGGE法およびT-RFLP法は優勢種の相対的存在比の情報に限られるが,フローラの全体像を迅速に把握することができ,サンプル間の菌叢比較に優れている.定量的PCR(Q-PCR)法は精度・感度において他の方法を凌駕し,DGGEやT-RFLPなどで全体像を把握した後,対象を限定し解析する場合に有効である.ランダムシーケンス法では,菌種レベルでの信頼性の高い細菌叢データを得ることができる.マイクロアレイ解析は網羅的な菌叢解析を可能にしており,今後,本分野における有効利用が期待される.
著者
関 沙織 小野寺 洋子 岩堀 禎廣 難波 利治 海老原 淑子
出版者
The Intestinal Microbiology Society
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.36, no.4, pp.199-208, 2022 (Released:2022-10-28)
参考文献数
16

排便回数が週3~5回の41~61歳の健常成人20名を対象に,16種35株の乳酸菌およびビフィズス菌とその代謝物(乳酸菌生産物質)を含む豆乳発酵食品(商品名 FF16)の腸内細菌叢・排便に対する自覚症状・排便状況など,腸内環境への有用性についてランダム化二重盲検クロスオーバー比較試験により検討した.被験者にFF16(150 mg/日)を含む試験食品を摂取させたところ,日本語版便秘評価尺度(CAS-MT)において「排便回数」「排便時の肛門の痛み」「便の排泄状態」の各項目に加えて「総合評価」においても,開始時と比較して統計学的に有意な改善が確認された.また,試験食品摂取群において便のにおいと関わるなど潜在的有害菌として知られるBacteroidaceae, Sutterellaceae, Oscillospiraceaeがプラセボ食品摂取群と比較して統計学的に有意に減少し,また,感染症の減少に関わるなど潜在的有益菌として知られるDesulfovibrionaceae, Peptostreptococcaceae, Rikenellaceae, Eggerthellaceae, Actinomycetaceaeがプラセボ食品摂取群と比較して統計学的に有意に増加していた.以上の結果より,FF16の摂取により,排便に対する自覚症状の改善および潜在的有益菌の増加が確認されたことから,腸内環境の改善に有効であると考えられた.