著者
佐伯 史子
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.114, no.1, pp.17-33, 2006 (Released:2006-06-23)
参考文献数
86
被引用文献数
3 3

縄文人の身長および身長と下肢長のプロポーションを明らかにすることを目的として,男女各10体の交連骨格を復元し,解剖学的方法(anatomical method)を用いて身長と比下肢長を求めた。現代のアジア集団,オーストラリア先住民,ヨーロッパ集団,アフリカ集団の生体計測値と比較した結果,縄文人の身長は男女とも現代のオーストラリア先住民,ヨーロッパ集団,アフリカ集団よりも低く,東アジア集団に近い値を示した。縄文人の比下肢長もオーストラリア先住民,ヨーロッパ集団,アフリカ集団に比べて小さかったが,東アジア集団の中ではやや大きく,特にアイヌと近い値を示した。縄文人の比下肢長が東アジア集団の中では比較的高い値であったことに鑑みると,縄文人と典型的なモンゴロイドとは異なるプロポーションを有する集団との関係を想定する必要も考えられた。
著者
小野 昭
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.119, no.1, pp.1-8, 2011 (Released:2011-06-21)
参考文献数
35
被引用文献数
1

日本における旧石器時代研究の枠組みには多様な局面がある。しかし,2000年11月5日に暴露された前期・中期旧石器時代遺跡の捏造事件以降,日本列島における最初の確実な人類の居住が関心の焦点となってきた。まず日本の旧石器時代研究の現状を規定している歴史的経緯を示し,次にヨーロッパで立てられた旧石器時代の2分法,3分法にふれ,最後にその日本での展開に言及した。日本列島への最初の人類の居住時期については様々な説があるので,実際的には「酸素同位体ステージ3の考古学」として多様な議論を保証する必要がある。ただ筆者は,日本列島への人類の確実な居住はca. 40 ka以降であるとする立場から枠組み問題の論点を整理した。後期旧石器時代を遡る石器群の存在の証明のためには,諏訪間(2010)が提起したように,1)石器に残された明確な加工痕,2)偽石器の含まれる可能性のない安定した遺跡立地,3)層位的な出土,4)石器の複数出土,のすべての条件を満たす必要がある。しかし現在これを満足させる資料は無い。日本の立川ローム層最下部X層の段階を日本列島における最初の居住と位置づけることを骨太の仮説として提出し,この仮説は,追証よりも,今後反証条件を整えることで仮説をテストすることが有効であることを示した。
著者
澤田 純明 奈良 貴史 中嶋 友文 斉藤 慶吏 百々 幸雄 平田 和明
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.118, no.1, pp.23-36, 2010 (Released:2010-06-23)
参考文献数
52
被引用文献数
1 1

骨の組織形態学的検討は,動物種の同定に有効な方法である。青森県朝日山(2)遺跡から平安時代の焼骨片が出土したが,小片のため肉眼形態観察では種の同定が困難であった。そこでヒトかそれ以外の動物なのか鑑別することを目的として,出土四肢骨骨幹部片4点を薄切し,骨組織形態の観察と計測的検討を行なった。比較資料として,ヒト・クマ・ウマ・イノシシ・ニホンジカ・カモシカ・ウシの四肢長骨を用いた。比較資料の骨組織形態計測の結果,ヒトのハバース管の面積(H.Ar)とオステオンの面積に対するハバース管の面積の比(H-On示数)は他の動物より有意に大きい傾向があり,人獣鑑別の指標として優れていた。朝日山(2)遺跡出土焼骨について,焼成による収縮の影響を考慮しながら検討した結果,出土骨試料4点のうち3点は人骨とみなしてさしつかえないと考えられた。残る1点はヒトあるいはウマの可能性があるが,どちらかといえばヒトに近いと考えられた。出土焼骨は火葬された人骨と推察され,平安時代の青森地方に火葬習俗が存在した可能性が示唆された。
著者
辰巳 晃司 奈良 貴史
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.129, no.2, pp.53-74, 2021

<p>本研究では,2017年に東京都港区湖雲寺跡遺跡から出土した幕府旗本永井家の歴代当主・正室の頭骨に貴族的特徴が認められるか,形態学的に検討した。貴族的特徴は江戸時代の身分制社会の頂点に位置する徳川将軍家や大名家の頭骨にみられる,極端に幅狭い顔面部,高く大きな眼窩,狭く高い鼻根部,華奢な下顎,微かな歯冠咬耗など,庶民とは異なる特有の特徴を表す。永井家の人骨は,当主10体・正室7体を含む約200年の系譜にわたる,これまで報告例のなかった旗本家の貴重な家系人骨資料である。本研究の結果,旗本永井家には当主・正室ともに貴族的特徴の傾向が認められ,当主は大名に近く,正室は将軍正室と大名正室に近い傾向がみられた。ただし,当主の下顎は庶民に近い頑丈性がみられ,貴族的特徴も世代を経るごとに強くなる傾向はみられなかった。また,顔面頭蓋形態と武家階層の高低との関連を調べた結果,特に男性において明瞭な対応関係が認められ,武家の家格や石高が高いほど典型的な貴族的特徴を呈し,低いほど庶民的特徴に近付くという階層性が示された。永井家に貴族的特徴が認められる要因としては,元々大名を出自とし,旗本の中でも7000石という高い階層にあることが考えられる。永井家当主の歯の咬耗は軽微であることから,下顎が頑丈な要因については,今後食生活以外の可能性も検討する必要がある。</p>
著者
蔦谷 匠 久保 麦野 三河内 彰子
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.126, no.1, pp.55-62, 2018 (Released:2018-06-28)
参考文献数
16

人類学・先史考古学の教育普及において博物館展示は特に有効だが,展示解説には常にさまざまな制約があり,さらに興味を抱いた来館者に対して効果的に展示を補足する工夫が求められる。既存のウェブサービスを活用すれば,大きなコストやスキルを必要とせずに,博物館展示を補足する解説システムを構築できる。本稿では,東京大学総合研究博物館の2009–2013年の人類学・先史考古学を扱った常設展示「キュラトリアル・グラフィティ―学術標本の表現」において実施した,Twitterやブログを利用した展示解説の取り組みについて報告する。2011年9月から2013年5月までの21ヶ月間に,ふたつのシステムを比較し,利用者にアンケートをとって解析した。その結果,以下の3点が明らかになった。(1)来館者の所持する携帯電話端末から閲覧できる展示解説は,多数の来館者から利用を希望されていたものの,モバイル通信ネットワーク経由で接続することを前提としたシステムでは,提供する情報量を絞り,軽量性を重視することも重要である。(2)2011–2013年時点の状況として,10代20代の若い世代の利用率が高く(それぞれ17%,24%)60代以降の利用率が低かった(7%以下)。(3)来館者のニーズは多様であり,どのような範囲のニーズに応えることを目指しているのかを明確にしていく必要がある。
著者
古賀 英也
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.110, no.2, pp.71-87, 2002 (Released:2008-02-26)
参考文献数
64
被引用文献数
4 5

西南日本出土の縄文時代から現代に至る人骨683体について, ハリス線の出現状況を調査した。現代人の上•下肢骨で出現部位を検討した結果, ハリス線は下肢の大腿骨遠位端や脛骨近位端で最も高頻度に出現すること, また, 未成人骨で多く見られ, 成人期では加齢と共に出現頻度が減少する傾向が確認された。時代変化については, 縄文人骨でのハリス線出現率は30.8%であったが, 弥生時代以降は, 時代, 地域により多少の高低はあるものの, ほぼ50%の高い出現率を示し, 経年代的低下傾向は認められなかった。ただ, 同じ弥生時代でも地域差が大きく, 土井ヶ浜遺跡 (海岸区), 広田遺跡 (離島) 出土人骨では, それぞれ20%, 7.4%と低かった。また, 古墳人骨では, 墳丘墓よりも, 横穴墓の人骨で重症例が多く観察された。
著者
斎藤 成也
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.117, no.1, pp.1-9, 2009 (Released:2009-06-20)
参考文献数
31

20世紀末にはじまったゲノム研究は,ヒトゲノム解読をひとつの到達点とした。しかしそれは終わりではなく,始まりだった。ヒトゲノム配列をもとにして膨大なSNPやマイクロサテライト多型の研究が急激に進み,小数の古典多型マーカーを用いた従来の研究成果を追認しつつ,日本列島人の遺伝的多様性についても新しい光が当てられつつある。また個々人のゲノム配列を決定する研究も進展している。これらヒトゲノム研究の新しい地平を紹介した。
著者
百々 幸雄 川久保 善智 澤田 純明 石田 肇
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.120, no.1, pp.1-13, 2012 (Released:2012-08-22)
参考文献数
67
被引用文献数
5 3

北海道アイヌの成立には,オホーツク人の遺伝的影響がかなり強く及んでいたという近年の研究成果に鑑みて,視野の中心を北海道に据えて,東アジアと北東アジアにおける北海道アイヌの人類学的位置を,頭蓋の形態小変異を指標にして,概観してみた。使用した形態小変異は観察者間誤差の少ない9項目で,日本列島の10集団とサハリンおよび大陸北東アジアの3集団を対象に分析を行った。集団間の親疎関係の推定にはスミスの距離(MMD)を用い,棒グラフとMMDマトリックスの主座標分析で集団間の相互関係を図示した。オホーツク人は北海道アイヌとサハリン・アムール・バイカルといった北東アジア集団のほぼ中間に位置したが,北海道アイヌとの形態距離はかなり近く,北海道や本州の縄文人と同程度であった。これに対して,大陸東アジアにその原郷が求められる弥生系集団は,北海道アイヌから遠く離れていた。9項目による分析結果が妥当なものであったかどうかを検証し,さらに,北海道の続縄文人の形態学的な位置づけを明らかにするために,著者のひとりが独自にデータを収集した12集団についても,20項目の形態小変異を用いて,同様の分析を行った。9項目による分析結果と20項目による分析結果はほとんど同じで,北海道アイヌの母体になった集団は,やはり従来の指摘どおり,北海道や本州の縄文人と北海道の続縄文人であると考えられたが,北海道アイヌの成立には,オホーツク人の遺伝的影響をも考慮しなければならないと思われる。
著者
大貫 静夫
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.113, no.2, pp.95-107, 2005 (Released:2005-12-22)
参考文献数
73
被引用文献数
2 3

最近,国立歴史民俗博物館の研究者が,AMSによる弥生時代の14C年代測定値をおもな根拠にして,弥生時代の年代は従来考古学者が一般に考えていた年代よりも,開始時期で約500年,前期末中期初頭で約200年古くなるだろと発表した。考古学的に年代を知るためには,年代が分かっている中国中原地域とつなぐ必要があるが,遠距離になるほど,古くなるほど精度が低くなるという問題があった。さらに文物の流れが片方向だけなので,上限年代しか定まらない。もう一つ,すでに年代が分かっている時点を起点にして,未検証の仮定をしながら過去に遡って年代を推定する方法がある。従来は,後者の方法をおもな根拠に,前者から導かれる上限年代より,だいぶ遅らせた傾斜編年を組み立てていた。しかし,今回の 14C年代は前者の上限年代に近いものであった。弥生時代研究者には従来の年代を支持する人がいまだ少なくないが,大陸研究者の多くは年代の見直しに大きく舵を切ることになった。ただし,測定数の増加や補正の仕方によってはまだ変動の余地がありそうな現状の 14C年代は,考古学的な再検討によってもやや古すぎるように思われる。今回の問題提起は考古学者に従来年代の見直しする契機を与えてくれた。そのことが重要なのである。
著者
春成 秀爾
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.113, no.2, pp.161-179, 2005 (Released:2005-12-22)
参考文献数
40

1941年12月に中国で行方不明になった北京原人骨の捜索は今もつづいている。しかし,すでに63年前のことで,捜索は行き詰まりの状態にある。本稿では,1941年12月から1年半にわたって日本の憲兵隊が捜査した結果を1943年5月にまとめて上海の憲兵隊司令部へ提出した文書を紹介する。さらに,長谷部言人らの研究者と北京原人骨との関わりを示す文献の提示と分析をおこない,北京原人骨に関する日本側の資料とする。日本・中国・アメリカの資料を検討したところでは,日本軍および日本人研究者の動きが,北京原人骨行方不明事件を発生させたもっとも重大な背景となっているけれども,原人骨の失踪とは直接的な関係は見いだせない。その一方,原人骨の失踪以前にアメリカに渡ったワイデンライヒや彼の秘書であったヒルシュブルク,助手であった胡承志の言動には不明なところがある。北京原人骨の失踪は,日中戦争中,日米開戦時に生じたきわめて不幸な事件であって,日本側に「文化帝国主義」があったことを研究者は銘記しておくべきであろう。

3 0 0 0 OA 現代人の起源

著者
海部 陽介
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.113, no.1, pp.5-16, 2005 (Released:2005-07-13)
参考文献数
57
被引用文献数
1 1

過去20年ほどに渡って繰り広げられてきた現代人の起源をめぐる論争も,証拠の蓄積と分析手法の洗練化に伴って,現在ではアフリカ起源説が基本的に正しいとの認識に落ち着きつつある。これにより私たちは,アフリカで進化し,世界へ広がり,各地で文化を多様化させ,そして現在に至るという,私たちの種ホモ・サピエンスが歩んだ歴史全体の青写真を得ることができた。現在の人類学が目指すべき大きな目標の1つは,この歴史の細部をさらに明らかにし,ホモ・サピエンスの総史を完成させることであろう。本稿では,このような観点から私たちの種の起源研究の現状といくつかの課題を整理し,さらにこうした努力を継続していくことの意義について考察する。ホモ・サピエンスの総史の復元は,世界各地の研究者が共同して取り組むべき大きな課題だが,人間の文化の多様性や人種の成り立ちといった重要な話題について,根本的な理解を得るために必要不可欠な作業である。
著者
山田 博之 近藤 信太郎 花村 肇
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.112, no.2, pp.75-84, 2004 (Released:2004-12-24)
参考文献数
87
被引用文献数
2 3

人の第3大臼歯は最も発生が遅く,形態変異も大きく,欠如率も高い。環境要因の影響を最も受けやすく,小進化を反映しやすい歯である。そこで,日本人集団の歯牙形態の小進化を考察する目的で,第3大臼歯の先天的欠如率を時代順に調べた。その結果,縄文時代人は欠如頻度が低く,ほとんどの第3大臼歯は発生していたが,弥生時代人になると急激に欠如頻度が高くなっていた。この急激な変化は,外来集団からの遺伝的影響によって生じたと考えられる。弥生時代人以降,欠如頻度はさらに高くなり,昭和初期にはピークに達した。その後,先天的欠如頻度は急激に減少し,第3大臼歯が存在する人は多くなっていた。昭和時代以降の変化は高栄養物の摂取と,それに伴う高身長化や性成熟の加速化によるものと思われる。
著者
冨田 啓貴
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.129, no.2, pp.35-52, 2021

<p>社会経済格差は健康格差を生む一因であることが指摘されている。本研究は,身分制社会であった江戸時代において,2集団の人骨からみた健康状態と社会経済格差の間の関連性を明らかにすることを目的とする。本研究では,福岡県北九州市小倉の2遺跡(開善寺跡・京町遺跡)から出土した江戸時代の武士層と推定されている77体の人骨を用いて,死亡年齢,ストレスマーカー,齲歯及び生前喪失歯の分析,それに加えて,社会階層を示す墓制の検討を行った。死亡年齢推定の結果として,開善寺跡の集団においては,成年段階のうちに死亡している女性が男性より多いという特徴を示した。また,開善寺跡の集団を京町遺跡の集団と比較すると,エナメル質減形成,齲歯及び生前喪失歯の出現頻度が低い傾向を示した。この差が生じた要因を明らかにするため,墓制の検討を行った結果,2遺跡間で墓壙の密集度や埋葬施設に占める甕棺の割合が異なる傾向が認められ,開善寺跡の集団は京町遺跡の集団に比べ,社会階層の高い集団である可能性が示唆された。本結果は江戸時代の同一地域内において,社会経済格差が健康格差に影響を与えた一例だと考えられる。</p>
著者
溝口 優司
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.122, no.1, pp.29-50, 2014 (Released:2014-06-24)
参考文献数
57

2008年に富山市小竹貝塚から発見された縄文時代前期の女性頭蓋である小竹貝塚1号人骨と,東北,関東,東海,山陽地方の縄文時代中・後・晩期人集団,中国の安陽青銅器時代人集団,東南アジアの新石器―鉄器時代人集団,オーストラリアのCoobool Creek更新世後期人集団との類縁関係を,頭蓋計測値12,10,9,6項目に基づく典型性確率によって検討した。その結果,小竹貝塚1号人骨は,これらの集団の中では,東北地方の縄文時代中・後・晩期人女性集団に最も近いことが示された。他地方の縄文時代早・前期個体標本についても同様の分析を行なったところ,小竹貝塚1号人骨が似ていた東北地方縄文時代中・後・晩期人女性集団に最も類似しているのは北海道の北黄金K13個体であること,そして,この北黄金K13は東北地方の縄文時代中・後・晩期人よりも中国の安陽青銅器時代人や東南アジアの新石器―鉄器時代人にもっとよく似ていることが示された。このような事実に基づいて,縄文時代早・前期相当期におけるアジア人の移住・拡散過程について試行的な考察を行なった。
著者
山崎 真治 藤田 祐樹 片桐 千亜紀 黒住 耐二 海部 陽介
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.122, no.1, pp.9-27, 2014
被引用文献数
2

2012~2013年に沖縄県南城市サキタリ洞遺跡調査区IのII層(約16400~19300 BP[未較正])を発掘し,人骨2点(臼歯1点と舟状骨1点)とともに39点の断片化した海産貝類を検出した。先に報告したI層出土のものと合わせ,計47点にのぼる海産貝類は,人為的に遺跡近辺に運搬され,埋没したものと考えられる。II層由来のマルスダレガイ科(マツヤマワスレ[<i>Callista </i><i>chinensis</i>]・ハマグリ類[<i>Meretrix</i> sp. cf. <i>lusoria</i>]),クジャクガイ[<i>Septifer bilocularis</i>],ツノガイ類["<i>Dentalium</i>" spp.]について組成や形状,割れ方について記載するとともに,微細な線条痕および摩滅・光沢を観察したところ,マルスダレガイ科の破片には定型性が認められ,二次加工と考えられる小剥離痕が高い頻度で見られた。また,特定の部位に使用痕や加工痕と推定できる摩滅・光沢や線条痕が観察できることから,少なくともその一部は利器として使用されたと考えられる。また,クジャクガイの一部にも,使用痕と見られる線条痕や損耗が観察できた。ツノガイ類は,産状から装飾品(ビーズ)として用いられた可能性が高く,その一部には人為的な線条痕が観察できた。以上のことから,II層出土の海産貝類の少なくとも一部は,利器・装飾品を含む道具(貝器)として使用されたものと考えられる。II層出土の人骨と合わせて,こうした貝器の存在は,サキタリ洞での人類の活動痕跡が,少なくとも16400~19300 BP にまで遡ることを示している。
著者
馬場 悠男
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.122, no.1, pp.102-108, 2014 (Released:2014-06-24)
参考文献数
10

初等中等教育の限られた授業時間の中で,生徒たちに人類学および人類進化の本質を理解させ,現在と未来の私たちのあるべき姿を考えるヒントを与えられるような試案を提示した。具体的には,教えるべき理解の要点,教える際の注意点,簡易なストーリー説明,「人間らしさ」を示す最新の研究結果によるトピックを簡略に述べた。
著者
田代 直幸
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.116, no.2, pp.187-190, 2008 (Released:2008-12-27)
参考文献数
1

教科書の作成は,学習指導要領及び学習指導要領解説に基づいて行われる。学習指導要領は,目標,内容,内容の取扱いの3つの部分から構成され,扱う内容やその内容の扱い方(程度)が示されている。学習指導要領解説は,学習指導要領の趣旨や内容の取扱いなどをもう少し具体的に示したものである。教科書会社が作成した申請図書は,執筆されている内容の範囲や程度,学問上の正確性などの観点から,教科用図書検定調査審議会による審議によって意見が付される。これらの意見に対して適切に修正を加えることで,申請図書は,教科書として認められることとなる。
著者
山田 博之 濱田 穣 國松 豊 中務 真人 石田 英實
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
pp.150917, (Released:2015-11-05)
被引用文献数
1

大型類人猿における犬歯形態と性的二型を明らかにすることを目的に研究を行った。資料は各博物館・研究所に所蔵されている大型類人猿(オランウータン,ゴリラ,チンパンジー,ボノボ)の頭蓋骨に植立している犬歯の超硬石膏模型である。大型類人猿の犬歯の歯冠サイズはオスが大きく,メスは小さい。舌側面からみた歯冠概形は4種とも上顎がオスで底辺の広い二等辺三角形,メスで正三角形を,下顎は雌雄とも不正四辺形を呈す。雌雄とも近心shoulder の位置は上顎のほうが下顎よりも歯頸寄りに,また浮彫像では上顎犬歯で近心半部に近心舌側隆線が,下顎では遠心舌側へ遠心舌側面隆線が走行する。4種で比較すると,オランウータンはオスで歯表面に皺が多いこと,また歯冠と歯根がスムーズに移行し,歯頸部にくびれがないことが特徴的である。ゴリラではオスの上顎犬歯の歯頸隆線の発達が弱いこと,および下顎犬歯の近心舌側面窩にある切痕が強いことが特徴であり,Pan属の2種で雌雄とも上顎犬歯の遠心shoulderが近心shoulderの位置と同等か,それより尖頭寄りにあること,ボノボでは雌雄とも上顎犬歯の遠心舌側面隆線が歯頸隆線と合流してL字状の形態を呈すことが特徴的である。大型類人猿4種では犬歯の性差は大きさだけでなく,歯の形態や歯冠構造でも明らかである。メスの犬歯は以下の特徴でそれぞれの種のオスの犬歯と違いがみられた:1)全体的に小さい,2)表面の浮彫は発達が弱く,全体的に丸みを帯びた形態をしている,3)下顎犬歯の近心shoulderは相対的に尖頭寄りにある,4)歯頸隆線は発達が良い。歯冠の計測値ではゴリラが最も大きく,次いでオランウータン,チンパンジーが続き,ボノボが最も小さい。オスの方が歯冠高を含め歯冠サイズは大きい。とくに尖頭と近心shoulder間距離が最も性差が強い。一方,歯頸部エナメル質の膨らみ具合はメスの方が絶対的にも相対的にも値が高い。類人猿の社会構造との比較では,単独生活者のオランウータンと単雄複雌群のゴリラは強い性的二型を,複雄複雌群のチンパンジーやボノボではサイズはこれよりもやゝ弱い性的二型が認められた。