著者
山田 博之 濱田 穣 國松 豊
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.122, no.2, pp.133-143, 2014 (Released:2014-12-19)
参考文献数
50
被引用文献数
1

小型類人猿シロテテナガザル(Hylobates lar)について犬歯形態の詳細な記載と大きさの性的二型性を明らかにすることを目的に研究を行った。テナガザルの犬歯は従来いわれているように性的二型性が小さく,雌雄間で形態が非常によく似ている。歯冠頬側面の概形は上顎犬歯でサーベル形,下顎犬歯は不正四辺形を呈する。オスに較べてメスの形態特徴を挙げると,1)サイズが小さい,2)歯冠浮彫像の発達が弱く,全体に丸みを帯びている,3)下顎犬歯の近心shoulderの位置が歯冠高の約1/2にある,4)歯頚隆線がよく発達していることである。歯冠サイズによる犬歯の性差では,上・下顎の歯冠基底部のサイズや歯冠高でオスの方が有意に大きい。一方,下顎犬歯では歯冠近遠心径に対する歯頚部エナメル質の膨らみはメスの方が大きく,有意に強い性差を示す。歯冠の高径,とくに下顎犬歯の尖頭から近心shoulderまでの距離が最も強い性差を示す。犬歯の形態やサイズに性的二型がみられることはペア社会を構成するテナガザルでもある程度雌雄の違いが大きさや形にも存在することを示す。
著者
古賀 英也
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.110, no.2, pp.71-87, 2002
被引用文献数
5

西南日本出土の縄文時代から現代に至る人骨683体について, ハリス線の出現状況を調査した。現代人の上•下肢骨で出現部位を検討した結果, ハリス線は下肢の大腿骨遠位端や脛骨近位端で最も高頻度に出現すること, また, 未成人骨で多く見られ, 成人期では加齢と共に出現頻度が減少する傾向が確認された。時代変化については, 縄文人骨でのハリス線出現率は30.8%であったが, 弥生時代以降は, 時代, 地域により多少の高低はあるものの, ほぼ50%の高い出現率を示し, 経年代的低下傾向は認められなかった。ただ, 同じ弥生時代でも地域差が大きく, 土井ヶ浜遺跡 (海岸区), 広田遺跡 (離島) 出土人骨では, それぞれ20%, 7.4%と低かった。また, 古墳人骨では, 墳丘墓よりも, 横穴墓の人骨で重症例が多く観察された。
著者
中橋 孝博 飯塚 勝
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.106, no.1, pp.31-53, 1998 (Released:2011-07-01)
参考文献数
77
被引用文献数
3 5

弥生文化がいち早く開花した北部九州において, 縄文から弥生への変革を担ったのは土着の人々か, それともこの時期に大陸から渡来した人々なのか, この点について出土人骨に関する形態学的, 人口学的な観点から考察を加えた。当地域の弥生人骨の出土は中期に集中しており, 縄文晩期~弥生初期の住人については資料欠落のため, 直接的な検討ができない。しかし, 中期人骨を判別分析した結果によると, その中に含まれる縄文系弥生人の比率は10~20%に留まり, 殆どが渡来系弥生人で占められている。中期の前半と後半でも人骨形質に変化はなく, こうした人口構成は遅くとも中期初めまでに形成されたと考えられる。もし, 水稲耕作を柱とする弥生社会の出現と発展が土着の縄文系弥生人に依るものだとすると, 200~300年後の同地域に, 形質の大きく異なる渡来系の人々が大多数を占めるような社会が出現することは説明困難である。考古学的諸事実から, 初期渡来人の数は土着集団に較べて少数であったと考えられるが, 土着系集団と渡来系集団の間に人口増加率で大きな差があったと想定すれば, 弥生中期に至るまでの人口比の逆転現象は説明可能である。弥生文化の開花とその発展は, 当初より渡来系集団が牽引者となり, 急速に自身の人口を増やしていった可能性が高い。
著者
金澤 英作
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
pp.201110, (Released:2020-12-05)

日本における歯の人類学は,戦後隆盛期を迎えたがその萌芽は明治時代からあった。小金井良精をはじめとする人類学者がむし歯や抜歯風習の研究を始めていた。昭和になってから藤田恒太郎が現れ,歯の解剖学を確立するとともに,歯のもつ様々な形態の研究を通して歯の人類学の可能性を示した。その門下からは多くの歯の人類学者が出たが,その一人が埴原和郎であった。埴原は特定の歯の変異形質がアジア人に多く出現することを示し,これをモンゴロイド・デンタル・コンプレックスと呼んで発表した。埴原に続く世代では,縄文人や弥生人のような日本の古人骨やアジア太平洋地域の様々な集団の歯の形質が調べられ,日本人の成立過程やアジアにおける人の移動に関する仮説などが出された。1990年代は歯の人類学が最も盛んな時期であり,メトリックやノンメトリック形質ばかりでなく,三次元形態,古病理学,霊長類の歯,咬耗,咬合,遺伝など様々な観点から人類学的研究が行われたが,2000年以後になると次第に研究者は少なくなってきている。歯の持つ情報は無限であると思われるが,そこから何を引き出すかが今後の課題であろう。
著者
片山 一道 土肥 直美
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.116, no.2, pp.149-153, 2008 (Released:2008-12-27)
参考文献数
26

ポリネシア人の祖先となったと考えられるラピタ人など,オーストロネシア系オセアニア諸語グループが,そもそもは台湾あたりに出自したとする出台湾(Out of Taiwan)仮説,あるいは‘Express Train to Polynesia’(ETP)仮説は,言語学や考古学の分野で有力視されている。その仮説を人類学的方法で検証するための試論を展開した。台湾先史時代の墾丁寮人骨と,ラピタ人骨など,太平洋の先史時代人骨との間で頭骨形態を予備的に比較することにより,前者がラピタ人などの変異内に収まることを示した。今後,詳細な研究が期待できる。
著者
安達 登 梅津 和夫 米田 穣 鈴木 敏彦 奈良 貴史
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.122, no.2, pp.157-166, 2014

青森県尻労安部洞窟より出土した2本の遊離歯について,理化学分析に基づいた個人識別をおこなった。これら2本の歯は1つが下顎左第三あるいは第二大臼歯,もう1つが上顎右第二大臼歯と同定され,重複はなかった。これらの試料の炭素・窒素安定同位体比は非常に近似しており,同一人物に由来すると考えて矛盾しない結果であった。また,較正放射性炭素年代はそれぞれ4286–4080 calBP(68.2%)および4280–4080 calBP(68.2%)と測定され,同時代のものと考えて矛盾しなかった。ミトコンドアリアDNA(mtDNA)解析の結果,これらの試料は解析した範囲で塩基配列が一致し,ハプログループは北海道縄文時代人およびアムール川下流域の先住民・ウリチにみられるD4h2と判定された。mtDNA解析の成功を踏まえて,より個人識別能力の高い核DNAのShort Tandem Repeat(STR)解析をおこなったところ,解析した座位の全てで正確な判定が可能であり,その判定結果は完全に一致した。上記の分析結果から,この2本の大臼歯は同一人物に由来する可能性が極めて高いものと考えられた。本研究は,遺跡から解剖学的位置関係を保たずに出土した,相互に接合しない複数の縄文時代人骨試料が同一人物に由来することを,理化学分析によって証明した最初の事例である。
著者
佐伯 史子 萩原 康雄 奈良 貴史 安達 登 米田 穣 鈴木 敏彦 澤田 純明 角田 恒雄 増山 琴香 尾嵜 大真 大森 貴之
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.124, no.1, pp.1-17, 2016
被引用文献数
2

岩手県大船渡市野々前貝塚から出土した縄文時代晩期の熟年男性1体(1号),胎児ないし新生児1体(2号),壮年後半から熟年前半の女性1体(3号),熟年女性1体(4号),3歳程度の幼児1体(5号)の計5体について,形態人類学的および理化学的分析を実施した。人骨の年代は放射性炭素年代測定により3150~3000年前(cal BP)と推定された。形態学的検討およびDNA分析の双方から,野々前貝塚人骨が縄文時代人に一般的な形質を有することが明らかとなった。ミトコンドリアDNAのハプログループが判明した3体(1号N9b1,4号N9b*,5号M7a2)に母系の血縁関係は認められなかった。特筆すべき古病理学的所見として,出土成人3体全ての外耳道に明瞭な外耳道骨腫が確認された。これは,野々前貝塚の人々が水中(潜水)ないし水面域での漁撈活動に従事していた可能性を示唆するものである。炭素・窒素同位体比の分析では海産物を多く摂取していた食性が提示されており,外耳道骨腫の多発との関連がうかがわれた。また,出土成人3体全ての頸椎に重度の椎間関節炎が生じており,野々前貝塚の人々が頸椎に強い負荷のかかる生活環境にあったことが想起された。
著者
澤藤 りかい 蔦谷 匠
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.128, no.1, pp.1-19, 2020

<p>従来の免疫的な手法によるタンパク質の検出と異なり,質量分析を利用したタンパク質の分析は,微量のタンパク質も検出でき,誤同定の恐れが小さく,処理能力が高く,未知のタンパク質を網羅的に解析できるという利点をもつ。2010年代以降,考古・人類学的な資料として学術的意味をもつ生物遺物体に存在する過去のタンパク質を,質量分析計を用いてハイスループットまたは網羅的に分析する古代プロテオミクスの研究が盛んになってきた。こうした古代プロテオミクスの手法は,特定のタンパク質のスペクトルパターンから分類群を判別するペプチドマスフィンガープリンティング(ZooMSなど)と,試料中に存在するタンパク質を網羅的に同定するショットガンプロテオミクスに分類できる。現在行なわれている古代プロテオミクスの研究は,生物試料の分類群の判別と系統推定,遺伝情報の推定,有機物の同定,生理状態をあらわすタンパク質の検出,食性の推定,という5つのカテゴリーに大別できる。質量分析によるプロテオミクスに一般的な問題や,過去の試料を分析する際に特有の問題があるものの,古代プロテオミクス分析の利点を活かした研究は今後さらに増加し多様化していくものと予想される。</p>
著者
澤藤 りかい 蔦谷 匠
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
2020

<p>従来の免疫的な手法によるタンパク質の検出と異なり,質量分析を利用したタンパク質の分析は,微量のタンパク質も検出でき,誤同定の恐れが小さく,処理能力が高く,未知のタンパク質を網羅的に解析できるという利点をもつ。2010年代以降,考古・人類学的な資料として学術的意味をもつ生物遺物体に存在する過去のタンパク質を,質量分析計を用いてハイスループットまたは網羅的に分析する古代プロテオミクスの研究が盛んになってきた。こうした古代プロテオミクスの手法は,特定のタンパク質のスペクトルパターンから分類群を判別するペプチドマスフィンガープリンティング(ZooMSなど)と,試料中に存在するタンパク質を網羅的に同定するショットガンプロテオミクスに分類できる。現在行なわれている古代プロテオミクスの研究は,生物試料の分類群の判別と系統推定,遺伝情報の推定,有機物の同定,生理状態をあらわすタンパク質の検出,食性の推定,という5つのカテゴリーに大別できる。質量分析によるプロテオミクスに一般的な問題や,過去の試料を分析する際に特有の問題があるものの,古代プロテオミクス分析の利点を活かした研究は今後さらに増加し多様化していくものと予想される。</p>
著者
瀧川 渉 伊達 元成 小杉 康
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.119, no.2, pp.49-74, 2011 (Released:2011-12-22)
参考文献数
71

北海道・噴火湾北岸の豊浦町小幌洞窟では,1952・1961年の発掘調査により7個体の人骨が出土しているが,このうち出土状況が明らかな人骨は1個体のみで,それ以外は撹乱を受け帰属層位すら不明である。2006年の第二次調査では,洞窟東方の岩陰から頭部を欠いた男性人骨の埋葬が確認された。今回,これらの人骨の帰属時期と性格を明らかにすべく各人骨から試料を採取し,放射性炭素(14C)年代を測定した。噴火湾沿岸の出土人骨は海洋リザーバー効果と海洋深層水の湧昇流の影響で年代測定値が数百年古く示される傾向にあるため,安定同位体分析の結果を参考に陸上・海洋起源の炭素混合比を見積り,これを基にIntCal09とMarine09を合成した暦年較正プログラムにより年代補正を試みた。この方法は伊達市有珠4遺跡において火山灰の降下年代との照合からその有効性が確認されている。検討の結果,小幌洞窟出土人骨の多くが続縄文時代に属すると見なすことができ,一部個体は頭蓋や歯の形態学的検討からも大きな矛盾は生じないが,2号人骨のみ擦文時代に位置づけられる可能性が浮上した。また,岩陰出土人骨は較正年代と副葬品の煙管,四肢長骨・手骨・下顎骨の形態学的検討から勘案し,17世紀後半以降のアイヌと判断された。
著者
松川 慎也
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.109, no.2, pp.101-118, 2001 (Released:2008-02-26)
参考文献数
34

Finite Element Scaling Analysis (FESA) and Euclidean Distance Matrix Analysis (EDMA) are two methods widely used in three dimensional morphometry of landmark coordinate data. The purpose of this study is to examine sexual dimorphism of adult human hip bones by applying these two techniques. Landmark data of adult hip bones of modern Japanese osteological specimens (19 male, 16 female) were Analyzed. In this paper, the author dicussed the analytical characteristics of each of the two techniques, and examine how sexual dimorphism was expressed when one considered the morphological differences of hip bones as represented by a large set of 33 landmarks.The result of these analyses demonstrated that sexual dimorphism is expressed not only in those features traditionally pointed out, such as the relative location of the auricular surface, the width of the superior pubic ramus, the width of the pubic body, the depth of the acetabulum, but also in the curvature of the arcuate line near the auricular surface, which was more remarkable in the male hip bones. Moreover, results showed that regions which were significantly larger in females were highly limited (approximately 5% of landmark or distances), while regions which were significantly larger in males were over 45% of distances in EDMA and over 70% of landmarks in FESA. This indicates that sexual dimorphism in modern human hip bones, aside from difference of general size associated with body size, tends to be highly concentrated near the birth canal.
著者
田原 郁美 海部 陽介
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
pp.150908, (Released:2015-11-11)
被引用文献数
1 3

縄文時代人の四肢骨長さの遠位/近位比は,弥生時代以降の日本人集団に比べて大きく,世界の現代人集団と比較しても大きい部類であることが知られている。一方で,現代人におけるこの比はアレンの法則と関連づけられ,居住地の気温の指標になるとの考えがある。そうであれば,縄文時代人の四肢内プロポーションは熱代謝の上で熱帯的ということになり,温帯~亜寒帯に属する日本列島に1万年以上に渡って居住してきたこととの矛盾を説明しなければならない。本来,アレンの法則は四肢の遠位/近位比ではなく胴体サイズに対する突出部の大きさを問うもので,ヒトにおいてもこの指標の方が気候との対応がより明確である。そこで本研究では,日本の縄文・渡来系弥生・江戸時代集団を対象に,胴体サイズに対する相対的な上肢・下肢長を比較した。結果として縄文と弥生の間に有意差は認められず,それらの値は海外の温帯~亜寒帯地域集団と対比できることがわかった。従って縄文時代人の体形は,熱代謝の観点において,熱帯的であるとは言えない。この知見は縄文時代人が北東アジアに起源したという近年の仮説を排他的に支持するものではないが,これとも調和的である。ただし低身長の江戸時代人では四肢長:胴体サイズ比がさらに低下していたことから,この値には,身長のような気温以外の環境要因も影響する可能性を考慮しなければならない。一方で,四肢骨長と骨盤幅を変数とした身体の全体的プロポーションの多変量解析の結果は,縄文と渡来系弥生の間に,特に男性において明確な違いが認められた。これは両者の系譜的相違を反映していると考えられる。
著者
竹中 正巳 蔡 佩穎 蔡 錫圭 盧 國賢
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.122, no.2, pp.145-155, 2014 (Released:2014-12-19)
参考文献数
33

台湾花蓮県萬榮郷馬遠村から出土したブヌン族の頭蓋(男性26例,女性16例)について,顔面平坦度を含む頭蓋計測を行った。周辺諸族近現代人頭蓋との比較から,ブヌン族頭蓋の特徴として,頭蓋長幅示数が中頭およびバジオン・ブレグマ高が低いことが上げられる。顔面頭蓋は比較的高く,前頭部が立体的である。頭蓋計測値9項目(脳頭蓋最大長,脳頭蓋最大幅,バジオン・ブレグマ高,頬骨弓幅,上顔高,眼窩幅,眼窩高,鼻幅,鼻高)から,ペンローズの形態距離を求めたところ,ブヌン族には同じ台湾原住民のパイワン族が最も類似性が強く,タイヤル族が続く。ヤミ族は類似性が弱い。
著者
百々 幸雄 川久保 善智 澤田 純明 石田 肇
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.120, no.2, pp.135-149, 2012 (Released:2012-12-21)
参考文献数
60
被引用文献数
3 2

北海道の南西部,中央部,および北東部のアイヌにサハリンアイヌを加えたアイヌ4地域集団を対象にして,日本本土と琉球諸島諸集団の地域差と比較しながら,アイヌの地域差とはいったいどの程度のものであったのかを,頭蓋形態小変異20項目を指標にして評価してみた。地域差の大小関係は,スミスの距離(MMD)を尺度として比較した。北海道アイヌ3集団の地域差の程度は,奄美・沖縄・先島の琉球諸島近世人3集団の地域差よりはやや大きく,東北・関東・九州の日本本土の現代人3集団の地域差とほぼ同程度であった。北海道アイヌのなかでは,道北東部アイヌが道南西部および道中央部のアイヌとやや距離を置く傾向が観察された。サハリンアイヌは北海道アイヌから相当程度遠く離れ,その距離(MMD)の平均値は,北海道アイヌ3地域集団相互の距離の平均値の約4倍にも達した。このような関係は,18項目の頭蓋計測値にもとづいたマハラノビスの距離(D2)でも確かめられた。
著者
河野 礼子 土肥 直美
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.125, no.2, pp.101-125, 2017

<p>ここに寄せる文章は,沖縄の新聞・琉球新報に,2016年2月17日から2017年5月31日にかけて計30回にわたり連載された『旧石器人研究最前線』の記事である。人類誌本号と次号の2回に分けて掲載していただくこととなった。石垣島・白保竿根田原洞穴遺跡の発掘調査と出土人骨の整理作業が進むかたわら,旧石器時代の遺跡から見つかる人骨資料の重要性を,とりわけ地元沖縄の人たちにもっとよく知ってもらいたい,との思いから,連載を開始した。沖縄には港川や山下町など人骨出土遺跡があり,またサキタリ洞遺跡からも近年目覚ましい成果があがっているなど,旧石器人の研究において重要であることは言うまでもない。特にこの数年は,白保やサキタリ洞での成果が報道され,三万年前の航海再現プロジェクトがスタートして注目されるなど,沖縄の旧石器人研究がひときわ盛り上がりを見せていると言っても過言ではなかろう。そうした中で地元への啓発・還元の意味で開始した連載であるが,回が進むうちに,この贅沢なラインナップの記事を地方紙への掲載にとどめておくには惜しい気がしてきた。そこで沖縄外の人類学会員や,広くは関心のある全国の読者にも読んでもらえる媒体での再発信を模索していたところに,今回の寄書の計画が持ち上がったというわけである。各記事の筆者の承諾を得た上で,連載を企画した土肥と河野でとりまとめて「寄書」として投稿したものであり,それぞれの記事の内容は各筆者によるものである。また,もともとが新聞の連載記事である性質上,その時点で進行中の時事ネタが多分に盛り込まれているが,どのように事態が動いていたかを記録する意味で,あえて改稿せずほぼ新聞掲載時のまま全文転載させていただくこととした(各記事の筆者の所属も掲載時点のものである)。この点ご理解の上,その時その時の「今」を感じて楽しんでいただければ幸いである。</p><p>これまで沖縄の旧石器時代研究に関わって来られた先達と,現在進行中のさまざまな研究プロジェクトに加わっておられるすべての関係者に,この機会に改めて敬意を表したい。また多忙ななかで原稿を執筆してくださり,また今回の転載を快諾してくださった筆者の皆様と,連載の趣旨に賛同し牽引してくださった琉球新報社の米倉外昭氏に心より感謝する。本寄書のこれ以降の内容はすべて,琉球新報社の提供によるものである。</p>
著者
河野 礼子 土肥 直美
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.126, no.1, pp.63-78, 2018

<p>ここに寄せる文章は,沖縄の新聞・琉球新報に,2016年2月17日から2017年5月31日にかけて計30回にわたり連載された『旧石器人研究最前線』の記事の後半部分である。沖縄には港川や山下町など人骨出土遺跡があり,さらにこの数年は白保竿根田原洞穴遺跡やサキタリ洞遺跡での成果が報道され,三万年前の航海再現プロジェクトがスタートして注目されるなど,沖縄の旧石器人研究がひときわ盛り上がりを見せていると言っても過言ではなかろう。そうした中で地元への啓発・還元の意味で開始した連載記事を,沖縄外の人類学会員や,広くは関心のある全国の読者にも読んでもらいたく,再発信するものである。もともとが新聞の連載記事である性質上,その時点で進行中の時事ネタが多分に盛り込まれているが,その時その時の「今」を記録する意味で,あえて改稿せずほぼ新聞掲載時のまま全文転載させていただくこととした(各記事の筆者の所属も掲載時点のものである)。</p><p>今回の転載を快諾してくださった筆者の皆様と,連載の趣旨に賛同し牽引してくださった琉球新報社の米倉外昭氏に心より感謝する。本寄書のこれ以降の内容はすべて,琉球新報社の提供によるものである。</p><p>(なお,連載17~19回の記事については,筆者の希望により掲載しない。)</p>
著者
西田 正規
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:00035505)
巻号頁・発行日
vol.81, no.4, pp.277-285, 1973
被引用文献数
1

遺跡から出土する木炭片からその樹種を同定する試みを行った.これを木炭分析とよぶことにする.これによって遺跡周辺の植生と当時の人々の生活を復元するための資料の一つとして利用できることが明らかになった.<br>木炭試料は京都府桑飼下遺跡出土のものでこの遺跡は縄文後期中葉のものと判定されている.<br>樹種同定法は,多数出土した木炭片から任意に選んだ100個の木炭片をミクロトームで切り切片プレパラートにして細胞構造を顕微鏡観察することによった.これは木材は炭化した後にも,その細胞構造の空間的配置がほとんど変っていないことが判明したからである,この研究の結果を要約すると.<br>1.100個の標本中,切片作成不可能のもの5個,細胞構造が著しく壊されていたもの14個で,残る81個は同定可能であった.<br>2.81個中,種名の確認ができたものは52個で15種,属名までの確認ができたものは27個で4属であった.2個は針葉樹とのみ確認できた.(表1)<br>3.この中ではアカガシ亜属(<i>Cyclobalanopsis</i>)がもっとも多く20個,クリ(<i>Castanea crenata</i>)が13個,オニグルミ(<i>Juglans mandshurica</i>),ケヤキ(<i>Zelkova serrata</i>) の順である.
著者
水嶋 崇一郎 諏訪 元 平田 和明
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.118, no.2, pp.97-113, 2010 (Released:2010-12-21)
参考文献数
60

成人期縄文人の四肢骨骨幹部は現代日本人より断面が太く扁平であることが知られている。本研究では,胎生8ヶ月から生後3ヶ月にわたる縄文人と現代日本人の主要四肢骨を用いて,骨幹中央部の各種の断面特性値を群間比較することにより,従来指摘されてきた頑丈性と扁平性の成因について改めて考察した。資料は縄文人49個体,現代日本人185個体の上腕骨,橈骨,尺骨,大腿骨,脛骨,腓骨を用いた。内部断面計測では高精細のマイクロCT装置を導入した。解析においては各四肢骨の骨幹長を相対的な年齢指標とみなし,骨幹長を共変量とする共分散分析を実施した。その結果,全身の四肢骨にわたり,縄文人の骨幹は一貫して現代日本人より外径が太く,断面上の骨量が多く,力学的に頑丈な傾向にあり,さらには二集団の断面拡大パターンの間に有意な違いはないことがわかった。二集団の外部形状と骨分布形状は胎児・乳児期を通じてほとんど変化しておらず,大半の四肢骨の断面示数において有意な集団差は認められなかった。ただし,縄文人の大腿骨の外部形状は一貫して現代日本人より前後方向に扁平であることがわかった。本研究では,成人期縄文人で指摘されてきた骨幹部形質のうち,外径の太さ,骨量の多さ,さらに大腿骨骨体上部の相対的に前後径が短い(内外側方向に長い)扁平さに関しては,既に胎生期にそれらの傾向が存在し,発生初期におけるパターン形成の影響が示唆された。