著者
九後 汰一郎 中村 真
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.77, no.3, pp.171-173, 2022-03-04 (Released:2022-04-05)
参考文献数
2

ラ・トッカータ あの研究の誕生秘話ゲージ理論における九後・小嶋形式
著者
森前 智行
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.74, no.2, pp.98-101, 2019-02-05 (Released:2019-08-01)
参考文献数
7
被引用文献数
1

話題量子計算で出来ること・出来ないこと
著者
吉野 元
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.76, no.9, pp.589-594, 2021-09-05 (Released:2021-09-05)
参考文献数
18

深層ニューラルネットワーク(Deep Neural Network, DNN)を用いた機械学習は,深層学習とよばれ,画像認識,機械翻訳などで身近なものとなった.しかしその高い学習能力のメカニズムはよくわかっておらず,ブラックボックスとして使われている面が無視できない.最先端の応用では様々なノウハウが駆使されるが,単純化した状況設定から考える物理学の発想がこのブラックボックスにメスを入れるのに役立つであろう.ニューラルネットワークを用いた機械学習はスピングラスに端を発するランダム系の統計力学,情報統計力学において伝統的に重要なテーマである.Nビットの入力を,Nビットの出力に変換する「関数」を,DNNでデザインすることを考えてみよう.このNをDNNの「幅」とよぶことにする.入出力を含めて,ネットワークには多数のニューロンがある.あるニューロンの状態を変数Siで表そう.これが入力信号h=∑j Jij Sjの関数としてSi=f(h)で決まるとする.ここでSjは隣接する,上流側,すなわち入力層に近い方の層にあるニューロンの状態でJijはシナプス結合とよばれる.f(h)は活性化関数とよばれる.このDNN(このさき機械とよぶ)は多くの調節可能なシナプス結合Jijをもち,これを調節してデザインできる機械の全体集合をΩ0としよう.統計力学的には次のような問いが立つ.M個の異なる入出力データの組が訓練データ(境界条件)として与えられたとして,これに完全に適合する機械は,シナプス結合Jijを色々変えて,何通り作ることができるか? この「正解の集合」をΩとし,その統計力学を考えるのである.学習の問題で重要なのは,訓練データである.人工的だがシンプルなシナリオとして,(1)ランダムな入出力データ,(2)Ω0から無作為に選んだ一つの「教師機械」にランダムなデータを入力し,対応する出力を取り出し,この組を「生徒機械」の訓練データとする,というものがある.(1)はガラス・ジャミング系の統計力学に深く関係する.他方,(2)はいわば結晶(隠された「教師機械」)を推定する統計力学である.DNNの構成要素として最も単純なのは,符号を取り出す関数f(h)=sgn(h)を活性化関数とするもので,ニューロンの状態はイジング変数Si=±1になる.これはいわゆるパーセプトロンの一つである.単体の場合は(1)(2)のシナリオともに深く理解されている.しかしこれを多数組み合わせたDNNの理論解析は困難とされてきた.この困難は次のように克服できる.まず,全パーセプトロンの入出力関係が満足されることを拘束条件として導入することにより,シナプス結合JijのほかにニューロンSiも力学変数に加えることができる.これによって,入力と出力を多段階の非線形写像で結ぶ問題が,局所的な相互作用をもつ多体系の統計力学として捉え直される.得られた系には入出力層以外にランダムネスはない.ここで重要なヒントとなるのは,無限大次元の剛体球ガラスなど,近年急速に発展したガラス・ジャミング系の平均場理論である.そこではハミルトニアンにランダムネスがない系に対してもスピングラスなどランダム系で用いられたレプリカ法が強力なツールとなることが明らかになっている.レプリカ法で理論を構成して解析した結果,熱力学極限N(幅),M(データ数)→∞で,比α=M /Nの増大とともに(1)レプリカ対称性の破れを伴うガラス転移,(2)結晶化が,ネットワークの両端から逐次的に起こって解空間Ωが狭くなること,ネットワークが十分深ければ中央部に「遊び」(液体領域)が残されることがわかった.これはある種の濡れ転移とみなせる.現実的には幅Nは有限であり,転移はクロスオーバーとなり,系は深さ方向にダイナミックスが変化する複雑な液体となる.
著者
小澤 正直
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.59, no.3, pp.157-165, 2004-03-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
39

古典力学は,過去の状態を完全に知れば,それ以後の物理量の値を完全に知りうるという決定論的世界観を導いたが,量子力学は,測定行為自体が対象を乱してしまい,対象の状態を完全に知ることはできないことを示した.ハイゼンベルクは,不確定性原理により,このことを端的にかつ数量的に示すことに成功したといわれてきたが,測定がどのように対象を乱すのかという点について,これまでの関係式は十分に一般的ではなかった.最近の研究により,この難点を解消した新しい関係式が発見され,これまで個別に得られてきた量子測定の精度や量子情報処理の効率の量子限界を統一的に導く第一原理の役割を果たすことが明らかになってきた.
著者
筒井 泉
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.69, no.12, pp.836-844, 2014-12-05 (Released:2018-09-30)
被引用文献数
1

ベル不等式とベル定理の物理的な意義について,その歴史的背景と今日における影響を含めて解説する.EPR論文で提示されたアインシュタインの量子論に対する懐疑的立場は,ベルによって局所実在性を持つ隠れた変数の理論として体現されて,実験的にその可否が検証可能な形となった.それが2者間の相関に関するベル不等式であり,これまで数多くの検証実験が行われてきたが,本稿ではこれらの実験に共通する問題点と近年の展開を概観し,その物理的意味を吟味する.実験的に明らかとなったベル不等式の破れは,物理量の実在性がアインシュタインが想定したような局所的なものではなく,非局所的にも測定の状況(文脈)に依存するものであることを示唆している.
著者
山崎 正勝
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.56, no.8, pp.584-590, 2001-08-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
17

日本は第二次世界大戦期に核兵器を開発しようとした国の一つだったが,その正確な実態は,これまでほとんど知られてこなかった.計画に参加した物理学者たちの研究資料を分析することで,最近,彼らが行った研究の内容が次第に明らかになりつつある.ここでは,特に理化学研究所の人々が構想していた「ウラニウム爆弾」が,原子炉暴走型の爆弾構造であったことが示されている.
著者
米谷 民明
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.72, no.4, pp.231-235, 2017-04-05 (Released:2018-03-30)
参考文献数
12

南部力学と南部ブラケットは,通常のハミルトン形式の拡張として,南部が1973年に提唱した新しい力学形式である.その概要と意義を非専門家向きに解説する.また,弦理論およびM理論との関連,影響についても簡単に触れる.
著者
大井 万紀人
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.73, no.10, pp.733-734, 2018-10-05 (Released:2019-05-17)

新著紹介多粒子系の量子論
著者
深川 宏樹
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.72, no.1, pp.34-38, 2017-01-05 (Released:2017-12-28)
参考文献数
13

物理法則の中には「ある汎関数に停留値を与える現象が起こる」と言い表せるものがあり,これらの総称を変分原理と呼ぶ.良く知られた例は,解析力学で教えられるハミルトンの原理である.散逸のない系の運動方程式は,作用汎関数に対する停留値問題を解くことで求まる.散逸のない完全流体に対しても,各流体粒子に付随した物理量の時間発展を見るラグランジュ描像では,質点系と同様にして運動方程式を得る.一方,空間に固定された点での物理量の時間発展を見るオイラー描像では,変分原理で完全流体の運動方程式を得るには,ラグランジュ座標が補助場として必要である.この定式化が通常の変分原理とは異なるため,補助場を巡って様々な議論がなされた.我々は,この定式化が「評価汎関数に停留値を与える最適制御を求める」という最適制御理論の枠組みの中にあることを見出した.物理系を制御入力のある力学系(制御系)とみなし,作用汎関数を評価汎関数とみなせば,最適制御理論はハミルトンの原理の自然な拡張となる.これを用いれば,完全流体の速度場は制御入力に,ラグランジュ座標は制御される状態変数に,ラグランジュ座標と速度場の関係は制御関数に,それぞれみなせる.次に,散逸のある物理系について述べる.粘性流体では粘性により力学的なエネルギーが熱エネルギーに不可逆的に変換され,単位時間あたりの散逸されるエネルギーの量は散逸関数で表される.これを考慮に入れた変分原理にオンサーガーの変分原理があり,ソフトマター分野では広く使われている.ただし,この変分原理では,散逸関数が二次形式に限られるなどの制限がある.我々は,オンサーガーの変分原理とは異なる方法として,先ほどの制御理論による枠組みを拡張して,散逸関数に制限がなく,より一般的な系を記述できる変分原理を提案した.散逸系ではエントロピーの時間発展は,他の物理量の時間発展に依存するが,エントロピーの値は他の物理量と時間の関数では与えられない.このような依存関係を非ホロノミック拘束条件と呼び,系を非ホロノミック系と呼ぶ.我々は,非ホロノミック系の最適制御問題を定式化し,これを散逸系に適用することで,散逸系の運動方程式を導出した.通常,ナビエ・ストークス方程式は,運動量保存の式に,圧力や応力の具体的な式を代入して導出される.さて,ネーターの定理によると,系に連続な対称性が存在すれば,これに対応する保存則が存在する.例えば,空間並進対称性は運動量保存則を,空間回転対称性は角運動量保存則をそれぞれ導く.したがって,物理系の運動方程式は保存則を導く対称性を満たすことが要請される.また,運動方程式が偏微分方程式で与えられた場合には,系の時間発展は初期条件と境界条件に依存し,物理系では境界値問題が良設定になることが求められる.更に,マクロな系では,エントロピーの時間発展が熱力学第二法則を満たす必要がある.我々は,物理系を制御系とみなしたときに,制御関数,汎関数,拘束条件を先に述べた物理系が持つ制約に矛盾しないように定める方法も与える.本稿の前半では,我々の変分原理を質点系の例で説明し,後半では,ニュートン流体や粘弾性体の運動方程式の導出をする.我々の方法は,既存の散逸系の変分原理にあった汎関数に課せられた制限がなく,より複雑な系の運動方程式の導出ができる.
著者
森田 健
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.75, no.7, pp.427-432, 2020-07-05 (Released:2020-11-01)
参考文献数
17

ブラックホールは,天文学,相対性理論,宇宙論,素粒子論など様々な分野で,様々な理由により重要な研究対象である.特に素粒子論では,ブラックホールは情報喪失問題と呼ばれる未解決問題に関係して注目されている.この問題はホーキングによって示されたブラックホールが量子力学の効果で熱的な蒸発をするという予言(ホーキング輻射)に端を発する.ある天体が重力崩壊により,ブラックホールを形成し,その後,ホーキング輻射によって完全に蒸発したとする.すると天体を形成していた物質の情報が,最終的には熱的な情報になるので,元々あった物質の情報が失われてしまう.これは量子力学のユニタリティーに反する過程となっており,量子重力が通常の量子力学と大きく異なることを意味する.ただし,ホーキング輻射の導出にはいくつかの近似が用いられており,本当にユニタリティーが破れるのかはまだわかっていない.この問題はブラックホールの情報喪失問題と呼ばれ,量子重力を理解する上で避けては通れない課題である.これまで情報喪失問題に関して様々な研究がなされてきたが,ここでは特にホーキング輻射の発生機構に注目する.ファインマンの講義録で繰り返し強調されるように,重要な物理現象は直感的に説明されるべきである.しかしホーキング輻射は,数学的な導出がそれほど難しくないにもかかわらず,物理的に単純な説明をするのが難しい.もしホーキング輻射を単純に理解することができれば,情報喪失問題解明において役立つはずである.実は近年,セント・アンドルーズ大学のジョバナッツィ(Giovanazzi)によって,1次元自由フェルミ流体における流体ホーキング輻射と呼ばれるホーキング輻射と類似した現象が,物理的に非常に明快に説明できることが示された.彼は流体ホーキング輻射を,流体を構成する粒子の視点から考察した.そして流体ホーキング輻射が,単なる1次元逆調和振動子ポテンシャル中を運動する粒子の量子力学の問題に帰着することを発見した.この問題は量子力学の初学者でも理解できるほど簡単に解くことができる.これによって1次元自由フェルミ流体という特殊な状況ではあるが,ホーキング輻射の理解がずっと深まった.この結果を応用することで,逆調和振動子ポテンシャルが関連する系ではホーキング輻射に類似した量子現象が起こることを示せる.特に逆調和振動子ポテンシャルは,古典カオスにおいてバタフライ効果を引き起こす上で重要な役割を果たすことが知られている.そのため古典カオス系を量子化することでも,ホーキング輻射に関連した量子論的な熱現象が起こると予測される.カオスやバタフライ効果は我々の日常生活で,ありふれた現象なので,実はホーキング輻射も身近な現象なのかもしれない.しかしカオスにおけるホーキング輻射が,ブラックホールの情報喪失問題でどのような意味を持つのかはまだわからない.一般に多体系におけるカオスは熱平衡化を引き起こし,粗視化を通して系の初期状態の情報を失わせる.そのため何らかの意味で,ブラックホールの情報喪失問題と関係があると考えられるが,その解明は今後の課題である.
著者
伊藤 伸泰
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.67, no.7, pp.478-487, 2012-07-05 (Released:2018-03-02)
参考文献数
61

物理学が無限大の代名詞として扱ってきたアボガドロ数に,計算機の発達により手が届きはじめている.1秒間に1京演算以上を実行するという10PFLOPS以上の性能を持つ計算機によってである.こうした「アボガドロ級」計算機を活用すれば,ナノスケールからマクロスケールまでをこれまで以上にしっかりとつなぐことができると期待される.比較的簡単な分子模型を多数集めた系の計算機シミュレーションによる研究の結果,熱平衡状態および線形非平衡現象の実現と解析は軌道にのり,さらに1,000^3個程度の系を念頭に非線形非平衡現象へと進んでいる.非線形非平衡状態を解明し飼い慣らした次に期待されているのは,生物のような自律的に機能するシステムをナノスケールの計算で得られた知見に基づいて解明し自在に作り出す技術を確立することである.そのためにはアボガドロ級の計算機で実現する10,000^3個程度の系のシミュレーションが強力な手段となる.この可能性を検討する「アボガドロ数への挑戦」が,現在,進行中である.
著者
江口 徹
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.56, no.10, pp.774-775, 2001-10-05 (Released:2019-04-12)
参考文献数
2
著者
菅本 晶夫
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.72, no.4, pp.236-239, 2017-04-05 (Released:2018-03-30)
参考文献数
18

南部の豊かな発想の源を求めて,2002年8月1日に筆者が南部と交わした議論を紹介する.その中に南部が最晩年に流体力学に取り組んだ芽がある.南部流体力学を説明しながら,次に南部は何をしようとしていたかを,浅薄を顧みず筆者なりに推察する.
著者
亀淵 迪
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.29, no.12, pp.984-988, 1974-12-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
27
被引用文献数
1
著者
霜田 光一
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.60, no.6, pp.418-421, 2005-06-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
13

今井先生はファラデー流の電場と磁場の概念から出発して, 電磁気の諸法則を運動量・角運動量およびエネルギーの保存則から導くという電磁気学を構成した.そこで, ローレンツ力のパラドックスの考察から, 電磁運動量とポインティング・ベクトルの意義と重要性を考える.そして電磁場の近接相互作用を基礎にすると, 電磁場は複素振幅で表され, 電場と磁場よりもベクトル・ポテンシャルが基本になると考える.
著者
渡利 泰山
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.71, no.6, pp.362-371, 2016-06-05 (Released:2016-08-10)
参考文献数
13

超弦理論は重力子を含む量子論になっている(つまり重力の量子化をする理論である.その理論を我らが自然が択んでいるかどうかはまた独立な問題だが).そして,超弦理論では,時空が1+9次元になっていないといけないらしい.でも,9次元のうち6次元分が十分に小さければ,既存の実験事実とは矛盾しないからOK.さらに,超弦理論の低エネルギーでは,重力子のほかに,素粒子の標準模型っぽい代物も(おおざっぱに言えば)ついでに出てこないでもなさそう.だいたいうまくいっている感じ….一般向け科学啓蒙書によく書かれているこのお話は,ほぼ1980年代の半ばまでに専門家の間で成立してきた理解を基にしている(文献2).それから30年ほどが経った.その間,このお話はどのように深化してきたのだろう.超弦理論と現実世界との関わりという文脈でのお話の続きを紹介するのが,本稿の目標である.その他の文脈での弦理論の発展には立ち入らない.本稿ではお話の続きを三本立てという形で切り出して紹介する.1点目は,コンパクト化って何?という点で,80年代後半から90年代後半の進展にあたる.主なメッセージを抽出しておくと,空間の次元という概念自体が量子重力の理論たる超弦理論では自明なものでなくなること.そして,超弦理論の双対性の発見は,弦理論と現実世界との接点という問題を考えるうえで(も),革命的な変化をもたらした,ということである.2点目は,弦理論の解の全体像の理解の深化.別の表現では,冒頭の「だいたいうまくいっている感じ」を精密化しようという話でもある.現時点での超弦理論の理解に従うなら超弦理論には解がきわめてたくさんある,ということが知られている.それらの解の低エネルギーでのゲージ群や物質場の世代数は,個別の解ごとに種々様々であり,粒子の相互作用の結合定数の値も,様々である.ゆえに,冒頭に「素粒子の標準模型…出てこないでもなさそう」と記したのは,この種々雑多な解の中の一つとして,我々の宇宙を記述する解も多分存在するんじゃない…?という意味で理解することになる.学問分野としては,“多分”ではなしに“ちゃんと”存在を示せ,という話になる.これを示せれば,超弦理論という仮説を棄却する必要がなくなるからだ.そのためには,どうするか.コンパクト化という手法で得られる超弦理論の解の範囲内に話を限れば,まず,コンパクト化に用いる幾何と低エネルギーで実現される場の理論模型との間の翻訳関係を調べ,次に,幾何の選択肢の範囲内で素粒子の標準模型が実現できるかを調べることになる.超弦理論の双対性の発見から十数年が経った現在,ゲージ群,世代数,それにクォークやレプトンの質量,混合角のおおまかな特徴をどのように翻訳すべきか,理解が整理されてほぼ落ち着きつつある.3点目は,超弦理論が現実に矛盾しないという消極的達成だけでなく,何か素粒子物理に新たな知見をもたらす積極的達成はないの?という話.全くないわけでもないですよ,,,というのが現状である.紙幅の都合上,陽子崩壊の分岐比,右巻きニュートリノの質量,ゲージ結合定数の統一,の3つのテーマについて得られた弦理論ならではの知見を取り上げて,紹介する.
著者
宮下 精二
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.63, no.10, pp.748-754, 2008-10-05 (Released:2017-08-04)
参考文献数
102
被引用文献数
1

昨年は,久保理論1)の発表50周年であり,それを記念していくつかのシンポジウムなどが開かれた.久保理論の成立過程やその発展に関しては,久保先生の還暦記念事業として発行された「統計力学の進歩」2)や,日本物理学会誌1995年11月号の久保先生の追悼特集3)で詳しく論じられている.今回の特別企画で,私に与えられたこのようなタイトルは,全くの私の力の及ぶ物ではなく,これまでの名解説の不完全な模倣になることは否めない.この問題に取り組んでいる多くの専門家に対して誠に恐縮の至りではあるが「感想」に近い記述をご容赦願いたい.