著者
永弘 進一郎
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.64, no.10, pp.763-767, 2009-10-05 (Released:2021-07-03)
参考文献数
14

流体表面と固体の衝突の問題は,古くから研究されている.「石の水切り」はその身近な例である.しかし,衝突時の流体の過渡的なダイナミクスや,表面の大変形を扱うことは難しく,水面へ投げ入れた小石が小さな波紋を作り反発する条件について,単純な現象論も見いだされていない.この水切りについて,最近の実験から,平らな石の面と水面のなす角度が約20°の時,もっとも反発が起こりやすくなる事実が見いだされた.本稿では,数値シミュレーションによる,石の反発条件の解析を行った結果を紹介する.また,最適角度の存在が,単純なモデルによって説明できることを示す.
著者
竹内 繁樹
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.54, no.4, pp.263-273, 1999-04-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
35

「量子計算」という言葉を耳にした方も多くなってきたのではないでしょうか. しかし, 「重ねあわせ状態を維持して計算を行う」という説明には「重ねあわせ状態なんてすぐに壊れてしまう」という常識から, あるいは「観測によって波束を収縮させ」という言葉には怪しげな雰囲気を感じて, 今一つ疑念や近寄りかたさを感じていらっしゃるかもしれません. でも, ここで紹介するように, それらの問題への真正面からの取り組みがすでに始まっています. この稿では, 現時点でどのような実現の方法が考えられており, 実際どのような実験が行われているのかを紹介いたします. 今急速に立ち上がりつつあるこの分野の魅力を感じていただければ幸いです.
著者
和達 三樹
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.66, no.9, pp.688-691, 2011-09-05 (Released:2019-10-22)
参考文献数
13

戸田盛和教授(東京教育大学名誉教授)の業績を振り返る.特に,1次元非線形格子力学の研究において,どのように指数関数形ポテンシャルが導入されたか,を原論文に基づいて説明する.指数関数ポテンシャルで結ばれた1次元格子は,現在「戸田格子」とよばれている.戸田格子の発見はソリトン概念の確立に寄与し,また,ソリトン理論を発展させた.我国の基礎科学研究が世界に誇る大きな業績の一例である.
著者
大川 正典
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.75, no.5, pp.264-273, 2020-05-05 (Released:2020-10-14)
参考文献数
16

素粒子の標準モデルは,その基礎をゲージ理論においている.実際,電磁相互作用を媒介する光子はU(1)ゲージ理論により記述されており,また強い相互作用を作り出すグルーオンはSU(3)ゲージ理論に支配されている.光子は電荷を持たないので自己相互作用をしないが,グルーオンは自分自身で電荷(色電荷と呼ばれる)を持ち自己相互作用をし,その結果として強い力が作り出される.両者の違いは数学的には,U(1)群が可換なのに対して,SU(3)群が非可換であることからくる.一般にSU(N)非可換ゲージ理論は非常に複雑な構造を持っているが,1974年,’t HooftはSU(N)群の次元Nを大きくした時,摂動論の各次数でプラナーダイアグラムと呼ばれる特定のダイアグラムからの寄与しかなく,理論が簡単になることを発見した.ただし強い力が作り出されるのは非摂動論的効果であり,相互作用の大きさのべき展開で定義される摂動論では解析できない.非摂動論的効果の研究をするには,時空を離散化し4次元格子上に理論を定義し,自由度を有限にして数値シミュレーションを行うのが常套手段である.しかしNが大きいとき,SU(N)ゲージ理論を格子上で調べるのは現実的ではない.その理由は以下の通りである.一辺がLの4次元正方格子を考える.各格子点には4つのSU(N)行列を置くので,全体の自由度は4(N 2-1)L4となる.スーパーコンピューターで計算可能な自由度の数には限界があり,例えばL=30とすると,Nが10を大きく超える計算はできない.1982年江口と川合は,Nを無限にしたとき格子上で定義されたSU(N)ゲージ理論は,4つのSU(N)行列のみを持つ行列模型(江口・川合モデル,EKモデル)と等価である可能性を示した.以下で,Nを大きくとる極限をラージN極限と呼ぶ.EKモデルの自由度は4(N 2-1)なので,数値シミュレーションでNは数千の値を持つことができ,実質的にラージN極限が取れてしまう.残念ながら,EK模型は非摂動論的研究に重要な中間結合領域で破綻してしまう.この欠点を解決するために種々の改良が試みられ,2010年最終的に,González-Arroyoと筆者は,理論にある種のツイスト境界条件を課すことにより,中間結合領域でも有効な行列模型(TEKモデル)を構築した.現在ではTEKモデルを用いて,SU(N)ゲージ理論のラージN極限でのクォーク間ポテンシャルや中間子質量が非摂動論的に計算されている.近年,アジョイント表現に属するスカラー場やフェルミオン場を伴ったSU(N)ゲージ理論が大きな関心を呼んでいる.その理由のひとつに,AdS/CFT対応がある.これによると,Anti de Sitter時空を背景に持つ超重力理論と,ラージN極限でのゲージ理論との間に対応がある.SU(N)群のアジョイント表現にあるスカラー場やフェルミオン場のラージN理論も,行列模型を用いて調べることができる.行列模型による非摂動論的効果の研究は始まったばかりであり,今後の発展が強く望まれる分野である.
著者
藤森 俊明 三角 樹弘 坂井 典佑
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.73, no.6, pp.352-360, 2018-06-05 (Released:2019-02-05)
参考文献数
31

量子力学,場の量子論や古典力学で厳密に解ける問題は少ないため,小さな結合定数についてべき級数展開を行う摂動論は極めて有用である.たとえば量子電磁力学の摂動論の結果は驚くべき精度で実験と一致する.しかし,摂動級数は収束しないという問題が古くから指摘されてきた.一方,様々な量子系において,トンネル効果など摂動論でとらえられない「非摂動効果」も存在し,重要な役割を果たす.実際,場の量子論ではインスタントンなどを考慮することによって,非摂動効果が得られる.実は摂動級数の発散と非摂動効果が関係している可能性は古くから指摘されてきた.近年,リサージェンス(resurgence)理論によって,量子論における摂動論と非摂動効果との直接的な関係の理解が進展した.微分方程式や積分の漸近級数解析などの数学的研究で得られた厳密な知見を応用して,量子論におけるリサージェンス理論の理解が進み,新たな結果が次々と得られている.摂動論では,展開係数が次数nの階乗n!程度で発散する.そのような場合,ボレル総和法が有用である.発散する摂動級数からボレル変換という量が厳密に定義でき,これが摂動級数の情報を忠実にとらえる.たとえば,ボレル変換の特異点が摂動級数の発散の仕方を表す.一方,各々の特異点は非摂動効果と対応する.したがって,潜在的にどのような非摂動効果が生じ得るかは,摂動級数のボレル変換の中にすべて記録されている.一般に,摂動級数の発散の仕方に非摂動効果の情報が書き込まれていることをリサージェンス構造と呼ぶ.ボレル変換のラプラス変換をボレル和と呼び,これが摂動級数の総和を表す.ラプラス変換の積分経路は正実軸上だが,その上にボレル変換の特異点が生じると,積分路を変形する(結合定数に虚部を与える)必要があり,その結果ボレル和に不定性が生じる.一方,勾配流(gradient flow)の解析からバイオンと呼ばれるある種のソリトンが非摂動効果を与えることがわかる.バイオンの寄与にも結合定数の虚部の符号に応じて不定性が生じるが,摂動級数のボレル和と同じ符号をとると両者の和に不定性がなくなる.すなわち,両者の非自明な関係によって不定性の相殺が起こるため,物理量全体としての一意性が保たれる.つまり,摂動・非摂動部分はそれぞれ単独では不定で,両者を足し上げて初めて厳密な意味がある.この不定性の相殺から定まる「摂動論と非摂動効果の間の対応」により一方の寄与からもう一方を導き出すことも可能となる.常微分方程式ではリサージェンス構造は完全に理解されており,一般解はトランス級数と呼ばれる複数の形式的漸近級数解のボレル和の足し合わせで表される.パラメーターを変えていくと,個々のトランス級数の係数が不連続に変化するストークス現象が起こる.しかし,真の解は連続なので,ストークス現象によって漸近級数解の間に関係が付くことがわかる.このようにあるセクターの情報が別のセクターに再登場する機構がリサージェンス構造である.量子力学でもこの構造の理解が進展し,さらにQCDやヤン–ミルズ理論,赤外リノマロンなども議論されつつある.
著者
小柳 義夫
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.28, no.1, pp.18-24, 1973-01-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
12

計算機が発達したために, 今まではやらなくてもよかった計算まで必要になる. その一つがパラメーター・フィットである. 理論を実験と比べるとき, 昔なら定性的な特徴を説明するだけで十分だった場合でも, 今では定量的に合わせなければ認められない. データからパラメーターを決定する各種の方法を解説するとともに, 現在公開されているプログラムによる計算機の実例をも示す.
著者
笹井 理生
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.52, no.12, pp.901-908, 1997-12-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
22

蛋白質の立体構造のイメージは我々に驚きを与える. 自然はどうしてこのような美しい, 精妙な構造を作ったのだろうか? そして, それに劣らず不思議なことは, ランダムな鎖にほどけている蛋白質が条件さえ整えば, 生理活性を持つ構造へ自発的にフォールドする能力を持つことである. 最近, 統計物理学的な視点でこのフォールディング過程の問題が扱われ, エネルギー面の統計的性質がその中心概念であることが明らかにされてきた. この見方は実験にも影響を与え, 新しい実験方法の開拓を促した. フォールディングの物理はこれまでの物理の枠を拡げて, 情報, 形, 進化を問題にする複雑系の科学を産み出そうとしているのかもしれない.
著者
國仲 寛人 小林 奈央樹 松下 貢
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.66, no.9, pp.658-665, 2011-09-05 (Released:2019-10-22)
参考文献数
44
被引用文献数
1

正規分布は,数学や物理学において最も基本的で,重要な分布関数と考えられている.例えば,実験観測の測定誤差が正規分布に従うというのは,よく知られた事実である.だが実際には,自然界や人間社会に見られる「複雑系」とも称される系においては,べき分布や対数正規分布などの裾の長い分布関数が観測されることが多い.本稿では,対数正規分布が出現する数理的なメカニズムを紹介し,対数正規分布を基本としてべき分布や正規分布が出現し得るということを紹介する.また,自然現象や社会現象に見られる対数正規分布と,その出現メカニズムについて考察する.
著者
藤川 和男
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.41, no.9, pp.685-692, 1986-09-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
46

無限個の自由度を扱う場の理論においては, 古典的な対称性が必ずしも量子化した理論では保たれず, いわゆる量子異常 (アノマリー) 現象が生ずる. この現象は一方では場の理論が持つ新しい可能性とか物理的内容を意味しており, 他方では基本的な対称性 (例えばアインシュタインの一般座標変換) が量子論では破れるといった結果にも導く.
著者
瀧 雅人 田中 章詞
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.74, no.11, pp.759-764, 2019-11-05 (Released:2020-05-15)
参考文献数
10

このところ深層学習(ディープラーニング)という言葉を頻繁に耳にするようになってきました.巷では技術的特異点などのパワーワードに引っ張られ,人工知能が人間の仕事を奪うかもしれない等と報道されるケースも少なくないため,怪しい分野だと思われている方もいるかもしれませんが,そうではありません.機械学習の理論的下地は確率・統計学にあり,むしろ物理学を修めた方なら誰でも腑に落ちるような枠組みに支えられています.深層学習は,数多ある機械学習の手法群の中の一つの手法です.その一方,親玉である機械学習という分野は,データをもとにそこからパターン・知識を抽出する手法一般の研究開発を指します.物理学者が普段行っているデータ解析のうち,ある程度の割合は機械学習だといっても過言ではないでしょう.深層学習は,ニューラルネットワーク(ニューラルネット)と呼ばれる特殊な数理モデルを用いる点で,他の機械学習の手法と大きく異なります.ニューラルネットは20世紀の中頃,動物の脳の数理モデルとして提唱されましたが,その後はデータの学習のための機械学習モデルとして広く研究されるようになりました.長い研究の歴史を持つニューラルネットですが,2006年頃になり新しい段階に突入し,やがて加速的な発展期を迎えます.ネットワーク構造を深層化することでニューラルネットが極めて高い学習能力を発揮することが実証され,広範なタスクに対応できるネットワーク構造が次々と開発され始めたのです.この一連の流れで発見されたアルゴリズム・技術・ノウハウの総体が深層学習だ,といって良いでしょう.深層学習は画像認識にとどまらず,Google翻訳のような自然言語処理,音声の変換・生成,フェイク動画の生成,アルファ碁に代表されるゲームAIなど,急激にその応用範囲を拡大し,産業・科学技術の風景を変えつつあるのは皆さんもご存知の通りです.では,この間の研究によって全ては理解され尽くされ,応用も試み尽くされたのでしょうか? 実態はそうではなく,むしろその逆です.ニューラルネットが高い性能を実現する理論的なメカニズムは未だほとんど理解されておらず,そのためアドホックなネットワーク構造の設計も当然第一原理に基づくものではありません.そしてゲームAIのような探索的作業への大きな可能性があるにもかかわらず,深層学習の基礎科学への導入は,まだ部分的かつ初歩的な段階にあります.深層学習の高い表現能力や汎化性能の理論的理解や,データサイズに比べてデータ次元が極めて高いような場合に対応できる学習アルゴリズムの発見など,今後物理学者も寄与できる未解決問題も数多くあると考えられます.またこれまでの産業・ソーシャルデジタルデータだけではなく,科学データへの応用を通じて露わになる深層学習の技術的問題点や改良の可能性も数多くあるでしょう.これからは,基礎科学研究によって深層学習の新しい可能性が開けていくものと期待しています.
著者
山崎 正勝
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.71, no.12, pp.848-852, 2016-12-05 (Released:2017-10-31)
参考文献数
22

変わりゆく物理学研究の諸相 ―日本物理学会設立70年の機会に日本における物理学研究の転換点をふりかえる―平和問題と原子力:物理学者はどう向き合ってきたのか
著者
岡本 久
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.71, no.8, pp.526-532, 2016-08-05 (Released:2016-11-16)
参考文献数
21

流体力学は古典物理学の問題であり,統計物理学の活躍する乱流理論を除けば物理学的に面白いものではない.こう考える読者は多いのではなかろうか.「大きなコンピュータさえあれば,流体力学のたいていの問題は解ける」という人もいる.だが,コンピュータシミュレーションで現れ出る結果をそのまま鵜呑みにする物理学者はいるまい.やはり,その物理的な背景が理解できるまでは納得できるものではなかろう.流体力学には物理的な背景説明の難しい現象は結構あるように思う.私のような数学者としては,以下に述べるような流れ現象の背景説明を物理学の研究者から得たいのである.考察の対象は2次元の流れである.現実の流れはすべて3次元であるとはいうものの,地球規模の流れのように,高さが横方向に対して極端に小さい場合には2次元流れがよいモデルになると信じている人は多い.2次元には3次元とは異なる特有の現象(例えば乱流の逆カスケードなど)があり,独自のおもしろさがある.背景説明を期待したい流れ現象はいろいろとあるものであるが,中でも2次元における大規模渦の存在が厄介な問題である.それは非常にしばしば発生し,しかも長時間にわたって維持されるけれども,普遍的な現象と言えるほどの法則性が見つかっていない(ようだ).だからと言って物理学や数学になじまないということもなかろう.環境が違っていても同じような渦があっちにもこっちにもみられるというのは何か底に潜むものがあるに違いない.ここでいう大規模渦とは,一言で言えば,流線のトポロジーが単純である解である.典型的な例は,流れ関数が1点のみで最大値をとり,最小値を取るのも1点で,その他の領域では単調な場合である.そこまで数学的に厳密にしてしまうと発見が困難な場合もあるが,「ほとんど単調」と言える場合も込めて考えれば非常に多くの場合にこうした大規模で単調な解が見つかるのである.統計力学の理論を乱流現象にあてはめるとき,大規模渦は厄介者である.性質の似通ったものが大量にあることが統計力学の前提であるから,典型的な大きさと同程度の渦が1個だけ存在しているというのは好ましくない.それが例外的なものならばよい.しかし,様々な知見の積み重ねによって,大規模渦は不可避であると考える研究者は増えてきたように思える.実際,こうした大規模渦の存在は古くから指摘されてきた.一方で,「レイノルズ数が小さいからそうしたものが現れるのであって,レイノルズ数が十分に大きければそのようなものは崩れてしまい,観測されないであろう」という意見もあるかもしれない.しかし,筆者らの研究は,(相当に多くの場合に)どんなにレイノルズ数を大きくしても大規模渦が不可避であることを強く示唆する.しかも,それが,定常な流れという,一番単純なものの中に見つかるのである.こうした渦の存在を生み出すメカニズムは何か,人それぞれに意見の分かれるところであろう.何らかの意味で関連しそうなのは,「逆カスケード」や「最大エントロピー解」であろう.読者の中から物理的な説明を与える人が現れてくることを期待する.
著者
前野 悦輝
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.57, no.9, pp.681-683, 2002-09-05 (Released:2019-04-05)
参考文献数
4
被引用文献数
1
著者
村田 次郎
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.73, no.11, pp.762-770, 2018-11-05 (Released:2019-05-24)
参考文献数
12

万有引力の法則は近代科学の出発点に位置する物理学の金字塔であり,一般相対論による修正が必要となる極端な状況を除いて,現在でも観測と一致し続ける有効理論である.一方,重力の逆二乗則が高精度で検証されているのは惑星スケールであり,太陽系の外側あるいは近距離での検証状況は貧弱である.例えば地球と月の距離では検証精度は10-10にも達するが,センチメートル距離では10-4に悪化し,さらに10 μmでは精度が100%をはるかに超える.つまり重力の存在自身が未確認となる.誰も重力現象を10 μm以下の世界で観測したことがないのである.一方プランク長はLpl=√ħG/c3~1.6×10-35 mであり,万有引力定数Gを用いてこのとてつもなく小さな距離を算出している.これは,この距離まで万有引力定数が一定であること,すなわち逆二乗則が成立し続けることを仮定したもので,実験で確認されている領域からの実に30桁以上にものぼる大胆な外挿の結果であることには注意が必要である.逆に,逆二乗則が実験で確認されていないmmからμmスケールより短距離で変更を受けると考えることは理論的に自由である.簡単なのは質量をもった新しい粒子交換力を考えることで,コンプトン波長を到達距離にもつ湯川型となる.最も有名な例が1998年のアルカニハメドらによる「大きな余剰次元模型」であり,mmスケールまで拡がった4次元以上の空間次元(余剰次元)の存在により実験未検証の近距離で,べき乗則そのものがガウスの法則により変更を受けるというものである.4つの力のうち重力だけが極端に「弱い」謎を,本来は素粒子スケールでは同程度の強さだったものが余剰次元方向への薄まりによりmmスケール以降では現在観測されている「弱さ」になる,と自然に理解できる魅力的なアイディアである.その象徴的な予言は「0.1 mm程度で逆4乗に切り替わる」というもので,実験ですぐ手が届きそうな領域に大発見が待ち受けているかも知れず,工夫を凝らした実験が多く行われることとなった.筆者もその一人であり,加速器実験の検出器位置較正技術を応用した実験を進めてきた.筆者らの実験室実験では直接,小物体間にはたらく重力の強さを検証する.この予言の面白い点は,重力の強まりにより加速器実験でも探索が可能という点である.実際,衝突型加速器であるLHCにおいても検証が行われてきた.予言から既に20年が経過し,結果として0.1 mmでの破れは実験で否定された.だが,まだまだ10 μm以下では可能性は残されている.重力の逆二乗則は以前より検証のブームが繰り返し訪れ,精度が向上してきた.それらの経緯を踏まえて,実験検証は湯川型のパラメターで語られる.しかし大きな余剰次元模型はべき乗型であるから,直接の比較が難しい.どの実験が最も感度をもつのかがわかりにくい.とりわけLHCでの重力現象の探索も定性的には感度をもつが,実験室実験との関係が湯川型では定量的には不明瞭である.実験室実験とLHCの結果を同じパラメター空間で比較することで,べき乗型の模型に対してはLHCとmmスケールの実験の両者が拮抗し,他の領域に比べて最も強い感度をもつことが明らかとなった.余剰次元が2次元の場合,ねじれ秤による実験室実験の与える23 μmが最も強い,余剰次元空間の大きさの上限となっている.
著者
川畑 貴裕 久保野 茂
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.73, no.1, pp.27-32, 2018-01-05 (Released:2018-09-05)
参考文献数
14

今から約138億年前,誕生直後のわれわれの宇宙は「ビッグバン」と呼ばれる高温・高密度の状態にあった.ビッグバン理論によると,宇宙開闢の約10秒後から20分後にかけて「ビッグバン元素合成」(Big Bang Nucleosynthesis: BBN)が起こり,陽子と中性子を起点とする原子核反応によって水素,ヘリウム,リチウムなどの軽元素が生成された.このとき生成された元素の組成について,観測による推定値と理論計算による予測値を比較することは,宇宙創生のシナリオを明らかにするうえで,重要な知見を与えてくれる.BBNにおける4Heと重陽子の生成量は,観測による推定値と理論予測値が非常によく一致する一方で,7Liについては,生成量の観測推定値が理論予測値の約1/ 3でしかないという重大な不一致が知られている.この不一致は「宇宙リチウム問題」と呼ばれ,ビッグバン理論に残された深刻な問題として大きな関心を集めている.宇宙リチウム問題を巡っては,いくつかの解決策が提案されており,それらは三つに大別される.一つ目は,観測から7Liの原始存在量を推定する方法に問題があるという説であり,二つ目は,宇宙リチウム問題の原因を標準理論を超える新物理に求める説である.そして,三つ目は,BBN計算に用いられている原子核反応率に誤りがあるという説である.しかし,現時点でこれらの説を決定づける実験的・観測的な証拠は見つかっておらず,宇宙リチウム問題は,宇宙物理学だけでなく,天文学,原子核物理学,素粒子物理学までも巻き込んだ物理学における重要な問題となっている.原子核物理学の観点からこの問題を考察すると,7Liは主に7Beが電子捕獲崩壊することで生成される.しかし,7Beを生成する反応については,すでに複数のグループによる測定がなされており,BBN計算の結果を大きく変化させる余地はない.近年,7Beの生成率ではなく,7Beを他の原子核に転換する反応に注目すべきとの指摘がなされている.もし,BBNの過程で,7Beが7Liへ崩壊する前に他の原子核へ転換する反応の寄与が増大すれば,BBN計算における7Liの生成量が減少し,宇宙リチウム問題を解決できる可能性がある.7Beを転換する反応として有力視されていたのが,n+7Be→4He+4He反応である.しかし,7Beと中性子はどちらも短寿命の不安定核であるため,この反応を直接に測定することは容易でなく,これまで,BBNに関係するエネルギー領域における断面積は測定されていなかった.このような状況のなか,我々は大阪大学核物理研究センターにおいて,逆反応である4He+4He→n+7Be反応を測定し,詳細釣り合いの原理に基づいてE=0.20–0.81 MeVのエネルギー領域におけるn+7Be→4He+4He反応の断面積を初めて決定することに成功した.その結果,n+7Be→4He+4He反応の断面積は,BBN計算にこれまで用いられてきた推定値より約10倍も小さく,宇宙初期において中性子が7Beと衝突し二つの4Heに分解する反応の寄与は小さいことが明らかになった.残念ながら,宇宙リチウム問題の謎はさらに深まる結果となったが,今回の成果は標準模型を超える新しい物理の探索や,原子核反応率の見直しなど,さらなる研究を動機づけるに違いない.