著者
加藤 元一郎 注意·意欲評価法作製小委員会
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.26, no.3, pp.310-319, 2006 (Released:2007-10-05)
参考文献数
12
被引用文献数
13 23

日本高次脳機能障害学会 (旧 日本失語症学会) Brain Function Test 委員会—注意·意欲評価法作製小委員会は,標準注意検査法 (CAT : Clinical Assessment for Attention) と標準意欲評価法 (CAS : Clinical Assessment for Spontaneity) の開発をほぼ終了した。この 2 つの検査は,脳損傷例に認められる注意の障害や意欲·自発性の低下を臨床的かつ定量的に検出·評価することを目的としている。この報告では,CAT と CAS の概要を示し,信頼性の検討,健常例データの集積と加齢変化の検討,脳損傷例データの解析,カットオフ値設定などの標準化のプロセス,および CAT と CAS のプロフィール用紙などを簡単に紹介した。
著者
熊崎 博一
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.36, no.2, pp.214-218, 2016-06-30 (Released:2017-07-03)
参考文献数
29

嗅覚機能は, 危険認識, 生殖活動の誘発をはじめ多岐にわたりそのいずれもが生命を営むにあたり重要な機能となっている。アルツハイマー型認知症や統合失調症では予後の予測因子として嗅覚は注目を集めている。自閉スペクトラム症 (Autism Spectrum Disorder: ASD) においてもDSM-5 (American Psychiatric Association 2013) において, 嗅覚をはじめとした感覚の問題が診断基準に取り上げられた。 現在までの質問紙を用いた嗅覚研究では, 質問紙を用いた感覚スコアと自閉症の程度との間に相関関係があることがわかっている。臨床場面において認めるASD 児の嗅覚特性は社会機能との関係が示唆される。 一方で自叙伝では嗅覚に関する記述は少なく, 生理的な指標を用いた嗅覚検査の結果も一貫したものとはなっておらず課題も多い。嗅覚特性を把握し, 支援を行うことでASD 者の大幅なQOL 改善につながる可能性があり今後の研究が待たれる。
著者
小林 康孝 筒井 広美 木田 裕子 大嶋 康介 富田 浩生
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 : 日本高次脳機能障害学会誌 = Higher brain function research (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.32, no.4, pp.581-589, 2012-12-31

軽度外傷性脳損傷 (MTBI) は, 診断が困難な故に診断までに時間を要する。MTBI による高次脳機能障害の場合, さらにその診断は困難で時間を要し, 発症早期のリハビリテーションを受けずに病院を渡り歩く症例が多い。今回, MTBI により高次脳機能障害を来した 3 例をもとに, その問題点を検討した。症例 1 は, 診断までに時間を要し, 十分なリハビリテーションを受けられなかった。また病態に対する家人の理解が不十分であることが, 本人の負担を重くしていた。症例 2 は身体症状の訴えが多く, 十分なリハビリテーションを行えなかった。また, 自賠責保険の等級認定に関する裁判を抱えている。症例 3 は神経心理学的検査結果からの客観的所見はないが, 記憶障害等の自覚症状が強く, ドクターショッピングを続けた。3 症例とも頭部 MRI 上は明らかな異常を認めなかった。今後 MTBI による高次脳機能障害者への支援を進めるには, 病態の解明, 医療従事者の理解, 画像診断の進歩が望まれる。
著者
西田 香利 山本 理恵 仲村 美幸 齋藤 誠司 今村 徹
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.31, no.2, pp.205-211, 2011-06-30 (Released:2012-07-01)
参考文献数
19
被引用文献数
1 2

発症最初期にみられた anarthria による不規則な構音の歪みや置換の改善とともに,運動障害性構音障害や他の失語症状を伴わない純粋な foreign accent syndrome (FAS) を呈し,その後症状がほぼ消失した症例を報告した。症例は 47 歳,矯正右利きで,中枢性右顔面麻痺を伴う右片麻痺と呂律困難で発症した。頭部 MRI では中心前回中・下部を含む左前頭葉に梗塞を認めた。発症 5 日時点で見られた発話における音の不規則な歪み,置換や語頭音の繰り返しは発症 2 週後までに軽減,消失し,その一方で,自発話や単語,短文の音読,復唱時に prosody 障害が目立つようになった。すなわち,単語内のアクセントの移動や 1 単語における 2 単位のアクセントなどが頻発し,発話速度の増加もみられた。これらの特徴は患者の発話の聞き手に外国人様という印象を抱かせた。この prosody 障害は発症 7 ヵ月までに軽減,消失した。本症例の prosody 障害は,anarthria に随伴する prosody の平板化と発話速度の減少を主体とするタイプとも,右半球損傷でみられる感情表現の prosody 障害を主体とするタイプとも異なっており,平板化とは逆方向の prosody 障害や,発話速度の性急さなどの特徴から FAS と考えられた。
著者
酒野 直樹 能登谷 晶子 駒井 清暢
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.27, no.3, pp.251-258, 2007-09-30 (Released:2008-10-01)
参考文献数
10

パーキンソン病患者とパーキンソン症候群の患者42人(P 群)と,健常者群21人を対象に文字の大きさを比較した。対象者はひらがなの「た」の連続10回書字と,10文字からなる文の書字を行った。2群間で,文字の大きさの変化と,文字縮小率について比較検討した。その結果,「た」を連続10回書字する場合と文レベルの書字の比較では,縦書き,横書き共に,文の書字の方が文字の大きさ,縮小率で,P 群が有意に小さくなった。また,「た」の連続書字と文の書字の縮小率の比較では,文の書字の方が有意に小さい値を示した。今回の結果から,パーキンソン病やパーキンソン症候群の患者においては文字の連続書字よりも文の書字の際に小字傾向が表れやすいと考えた。
著者
加藤 徳明
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.41, no.2, pp.178-185, 2021-06-30 (Released:2022-06-30)
参考文献数
21
被引用文献数
1

運転に必要な高次脳機能は, 「注意機能 (情報処理速度, 反応時間含む) 」, 「視空間認知機能」, 「言語機能」, 「遂行機能」, 「記憶機能」などに大きく分類できる。その程度の把握のために, Trail Making Test (TMT) , Symbol Digit Modalities Test (SDMT) , Wechsler Adult Intelligence Scale (WAIS) の符号問題, Rey-Osterrieth の複雑図形 (ROCF) , 反応時間検査, Stroke Drivers Screening Assessment (SDSA) が重要と言えるだろう。日本高次脳機能障害学会では「脳卒中, 脳外傷等により高次脳機能障害が疑われる場合の自動車運転に関する神経心理学的検査法の適応と判断」を作成した。失語症の有無でフローチャートを分けており, (1) 認知症, (2) 半側空間無視, (3) 注意と処理速度, (4) 構成能力, (5) 遂行機能, (6) 失行 (失語症がある場合), の順に評価を行う。特に (3) の評価では TMT-J を重視している。検査のみを実施しその成績の数字だけから判断することは望ましくない。病歴, 画像所見, 日常生活や社会生活の情報などから対象者の全体像を把握して総合的に判断する必要がある。
著者
船山 道隆
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.31, no.3, pp.301-310, 2011-09-30 (Released:2012-10-13)
参考文献数
26
被引用文献数
2

前脳基底部健忘は, 前向性健忘, 逆向性健忘に加えて, しばしば, 作話, 注意障害, 人格変化が出現する。側頭葉内側部の損傷による健忘と比べると, 自発性作話が特徴的である。本論では, 慢性的な自発性作話の責任病巣を検討した。1 年以上慢性的に自発性作話が続いた前脳基底部健忘 8 例の病巣を重ねた結果, 自発性作話が持続する場合の責任病巣は, 前脳基底部に加え, 前頭葉眼窩面, 前頭葉腹内側に広がり, 若干右半球優位であった。自発性作話の機序として, 過去の記憶の再体験, 肯定的に歪曲, 以前に提示された記憶痕跡を抑制できないこと, 記憶再生時に記憶の断片が混合することが考えられた。
著者
長野 友里
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.32, no.3, pp.433-437, 2012-09-30 (Released:2013-10-07)
参考文献数
7
被引用文献数
3 1

高次脳機能障害者が社会復帰する際には, 高次脳機能障害の程度だけでなく, 自身の障害にどの程度気づいているかが一つの鍵となっている。しかし, 本人の認識がどの段階であるのか, またそれはどのように測ることができるのかについては, まだ十分研究されているとは言い難い。本論では, 高次脳機能障害者の awareness (気づき) の, リハビリテーション (以下リハ) の過程や, 復帰後の家庭や職場における影響, および我々が名古屋市総合リハビリテーションセンター (以下名古屋リハ) において, 高次脳機能障害者の awareness を改善するために行っているアプローチの中から, 効果的であったものについて紹介する。また, awareness の程度を社会復帰後の受診の意味づけからとらえようとした近年の研究を紹介し, 今後の awareness 研究の一つの視点を提供したい。
著者
大東 祥孝
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.33, no.3, pp.293-301, 2013-09-30 (Released:2014-10-02)
参考文献数
17
被引用文献数
1 1

高次脳機能障害における「気づき」の障害について述べた。1)なぜ「気づきの障害」を問う必要があるのか,2)認知と意識の障害はどのような関係にあるのか,について考察したのち,エーデルマンのニューロン群選択淘汰理論とそこから導出された意識論に言及し,一方で,最近の動向から,意識関連の三つのネットワークについて述べ,こうした構想から,気づきの障害としての病態失認について考察することを試みた。
著者
大東 祥孝
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.32, no.2, pp.212-217, 2012-06-30 (Released:2013-07-01)
参考文献数
15
被引用文献数
2 1

前頭葉関連症状を, 遂行機能制御系の障害と動機的セイリアンス系の障害とに区別して捉える視点を示し, 後者が社会行動障害としてカテゴリー化される症状を形成していることを指摘した。前頭葉関連症状のうちの動機的セイリアンス系の障害として, (1) 脱抑制, (2) アパシー, (3) 被影響性症状─常同性 (固執) 症状, (4) 障害についての気づきの稀薄化, をあげ, それぞれについて, セイリアンス障害との関連を指摘した。
著者
白山 靖彦 中島 八十一
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.32, no.4, pp.609-613, 2012-12-31 (Released:2014-01-06)
参考文献数
5
被引用文献数
2 2

本研究では高次脳機能障害者の相談支援体制に関して, 国立障害者リハビリテーションセンター発行の報告書 (2011 年) を基に統計的分析を加えて定量的に検討した。41 都道府県のうち外れ値として特定した 2 地域を除外し, 39 都道府県を分析対象とした。支援拠点機関における相談件数の年平均は, 直接相談 527.2 (±526.4) 件, 間接相談 269.3 (±301.2) 件, 総計796.5 (±735.0) 件であり, 人口 10 万人あたりに換算した総計は年 47.0 (±38.3) 件であった。また, 当該地域の人口と相談件数との間に有意な相関を示した。さらに, 39 都道府県を高次脳機能障害支援モデル事業 (以下「モデル事業」) に参加した 12 都道府県とそれ以外の 27 都道府県とに分けて群間比較をおこなったところ, 人口 10 万人あたりの件数に有意な差は認められなかった。したがって, モデル事業実施の影響は減少し, 高次脳機能障害者に対する支援体制の均霑化が図られたと示唆される。
著者
佐藤 正之 田部井 賢一 織田 敦子 辰巳 寛 関 啓子
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.43, no.1, pp.33-38, 2023-03-31 (Released:2023-04-24)
参考文献数
11
被引用文献数
1

メロディックイントネーションセラピー (MIT) は, 1970 年代に米国で開発された失語訓練法である。今回われわれは, 本邦における MIT の現況についてアンケート調査を行った。対象は, 2021 年 3 月末時点で日本言語聴覚士協会のホームページに掲載されていた 3,136 施設。同年 5 月 1 日付けで, 返信用封筒を同封した質問紙を郵送, 各施設の代表の言語聴覚士 (ST) に記入を依頼した。回収期限は同年 6 月末とした。有効発行総数 3,127 件のうち, 1,186 件が回収できた (回収率 37.9%) 。回答者の 81% (955 名) が MIT という用語を聞いたことがあり, そのなかの 85% (800 名) が MIT は運動性失語の発話障害に有効であることを知っていた。しかし, 臨床現場で実際に MIT を行っているのは 9% (90 件) で, MIT 日本語版 (MIT-J) を用いているのは 35% (29 件) であった。MIT-J の正しい手法を学ぶための講習会へのニーズがあると思われた。
著者
石合 純夫
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.30, no.1, pp.1-9, 2010-03-31 (Released:2011-05-11)
参考文献数
10
被引用文献数
2

ヒマワリのような花の左側の花びらがなければそれに気づき,左半分が塀か何かに遮られていれば隠れて見えないと感じる。右半球の脳卒中後に左半側空間無視が生じた患者は,花の絵を右半分しか模写しなくても,手本と同じように描けたと言い,左側の描き落としに気づかない。もちろん,手本の花の絵について右半分の絵であるとか,右半分しか見えないとか言うことはない。半側空間無視患者の注意は右方へ向きやすく,左方へ向きにくい。少なくとも花の絵くらいの大きさの対象において,健常人では左右への注意のバランスに極端な差が生じることはない。ところが,半側空間無視患者では,花の絵に注目した時,左右に急峻な注意の勾配が生じている。注意が向かない空間は意識に上らず,喪失感も生じない。一方で,注意の向いた右側部分の情報によって,対象が何であるかの認知は成立する。このような,空間の認知と対象の認知のギャップを考えながら,半側空間無視の視覚世界を理解する試みを展開したい。
著者
水田 秀子
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.27, no.2, pp.160-169, 2007 (Released:2008-07-01)
参考文献数
26
被引用文献数
3 2

“非流暢な”発話を呈する後方病変例を報告した。90 歳,右利き,男性,側頭葉外側部から頭頂葉にかけて散在性の病変を有した。理解は良好。発話量は多くはないが,統辞形態は変化に富み,音韻性の誤りが多くみられた。特徴的だったのは,言い直し,引き伸ばしながら話し,ピッチも異常となりがちで,歪みも認められた。復唱も同様だった。また復唱では,音韻性錯語のほかに,無関連な実在語へと誤り,深層失語の様相を呈した。非語の音読は保たれた。  呼称の精査では,語彙そのものは良好に回収されていた。音韻弁別検査はやや低下,聴覚語彙判断はきわめて不良。押韻判断,同音異義語の判断,音韻削除などの音韻意識の検査も不良であった。  本例は語形聾(word form deafness)に該当した。語の輪郭(超分節的特徴)としては捉えられるが,分析的には正確に捕捉できないと考えられた。発話の諸特徴は Levelt による言語モデルでは,音韻符号化のレベルのセグメントや韻律的枠組みがスペルアウトされる過程での障害である可能性を指摘した。本例の基底にある障害は,音構造を分節する能力の障害により説明可能であると推察された。  音韻の障害は,広く失語症全般に認められるものであり,今後検討すべき点について言及した。
著者
鹿島 晴雄
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.29, no.3, pp.321-327, 2009-09-30 (Released:2010-10-01)
参考文献数
8
被引用文献数
3 2

前頭葉,とくに前頭前野は最大の連合皮質であることから,そこで生じる症状は機能領域特異的ではなく機能領域横断的な特徴を有し,機能領域に共通の障害の形式として捉えるべきものである。筆者は前頭葉 (前頭葉穹窿部) 症状として,セットの転換の障害,ステレオタイプの抑制の障害,複数の情報の組織化の障害,流暢性の障害,言語による行為の制御の障害という,5 つの障害の形式とを区別してきた。各障害の形式とその神経心理学的検査法を紹介した。また前頭前野 (左外側穹窿部) 梗塞例の発症11 年後の強迫様症状が,セットの転換障害と複数の情報の組織化の障害から解釈しうることを述べ,それが“ひとつの基準への固執”という,より共通の障害として表現しうると考えた。
著者
菅野 倫子
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.33, no.2, pp.212-220, 2013-06-30 (Released:2014-07-02)
参考文献数
27
被引用文献数
1

失文法は脳病変により生じる文法の障害である。日本語における失文法は英語などの各言語と同様に, 発話における格助詞の脱落や誤用にとどまらず, 動詞の脱落や誤用, 文構造の単純化, および多くの例で構文理解障害を呈する。我々は文の理解や発話に文法的誤りを呈した左前頭葉主病変7 例と左側頭葉主病変3 例に動詞を与えて文の発話を求め, 格助詞や項の誤りが消失するかどうかについて検討を行った。 その結果, 左側頭葉限局病変の1 例では動詞があることにより格助詞と項の誤りはすべて消失したが, 他の症例では格助詞と項の誤りは残存した。誤りが残存した症例の病変部位は, 左前頭葉主病変例では左下前頭回皮質・皮質下白質を含み, 左側頭葉主病変例では左側頭葉および頭頂葉を含む広範な領域であった。 結果より, 今回の症例では左側頭葉病変が文発話における動詞の喚語に関わること, 統語処理の過程には左前頭葉病変のみならず左側頭葉・頭頂葉病変が関わることが考えられた。
著者
太田 信子
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.39, no.3, pp.320-325, 2019-09-30 (Released:2020-10-01)
参考文献数
10
被引用文献数
1

展望記憶は未来の出来事を意図し, 自発的に想起する。二重経路モデルによると展望記憶の想起には自動的想起と意図的想起があり, 課題形式, 想起の形式, 動機づけやメタ記憶が関連する。課題形式はある出来事を手がかりに想起する事象ベース課題と時間経過や時刻を手がかりに想起する時間ベース課題, 想起の形式は何かすることがあったのに気づく存在想起と何をするのかに気づく内容想起である。自動的想起では手がかりが展望記憶活動に含まれるため想起が容易である。意図的想起では方略的モニタリングによる手がかりの認識が必要である。自験例に対して, この 2 つの想起過程の獲得のための訓練を行った。記憶低下例は符号化および方略的モニタリングが可能となった。遂行機能低下例の動機づけは不十分であったが, 方略的モニタリングが一部可能となった。これらの一定の改善から, 展望記憶訓練の可能性が示唆された。
著者
早川 裕子
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.39, no.2, pp.196-201, 2019-06-30 (Released:2020-07-06)
参考文献数
9

遂行機能障害は生活に直結する障害である。脳内ネットワークから考えると, 体内環境と外部環境の情報処理の仕組みが関係した障害で, 傍辺縁領域と様式横断性 (高次) 連合野の障害として捉えることができる。行動の特徴から考えると, 意志のある目標設定, 計画立案, 計画の実行, 効果的な行為が困難で, 環境や役割など社会的な要因によって変化する相対的な障害である。生活に結びついた遂行機能障害のリハビリテーションには, 具体的で適切な目標を設定すること, 対象者自身と共有できる評価尺度を持つこと, 十分な時間をかけて取り組むことが不可欠である。遂行機能障害者は認知機能や知識は保たれ, 巧みな言葉も使うことができる一方で, 効果的な作業の遂行が困難である。そのために社会から孤立した存在になりやすい。孤立を防ぎ, 安心して生活できる環境を作るためにも, 生活を中心に据えたリハビリテーションが必要である。
著者
中川 良尚 小嶋 知幸
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.32, no.2, pp.257-268, 2012-06-30 (Released:2013-07-01)
参考文献数
11
被引用文献数
4 3

失語症状の長期経過を明らかにする研究の一環として, 右手利き左大脳半球一側損傷後に失語症を呈した 270 例の病巣別回復経過を検討した。また言語機能に低下を示した 37 症例の SLTA 総合評価法得点各因子の機能変遷を検討した。その結果, 1) 失語症状の回復は損傷部位や発症年齢によって経過は大きく異なるが, 少なくとも 6 ヵ月以上の長期にわたって回復を認める症例が多いこと, 2) SLTA 総合評価法得点上回復しやすい機能は, 比較的簡単な言語情報処理である理解項目および漢字・仮名単語文字からの音韻想起能力であること, 3) 回復後維持されやすい機能は, 理解項目および漢字・仮名単語文字からの音韻想起能力であること, 4) 構文の処理や書字能力などより複雑な言語情報処理を必要とする機能は低下しやすいこと, 5) 言語訓練後に回復を示した機能は脆弱である可能性が高いこと, 6) 各症例に応じてメンテナンスが必要な言語症状に対しては長期的な言語訓練の継続が必要であること, などが考えられた。以上の結果に基づき, 失語症にとっての慢性期について再考した。
著者
岡村 陽子
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.32, no.3, pp.438-445, 2012-09-30 (Released:2013-10-07)
参考文献数
28
被引用文献数
1 1

セルフアウェアネスの獲得はリハビリテーションの効果を高めるためにも必要であるが, 同時に心理的ストレスを高めることもこれまでの研究から指摘されている。セルフアウェアネスが十分に機能すると, 予測よりも低い自分の能力や社会的評価の低下を認識することができるようになる。そのため, 自尊心や自己効力感が低下し, 抑うつや不安といった心理的ストレスを高める結果につながる。近年日本でも積極的に実施されている包括的なアプローチに基づいた認知リハでは, セルフアウェアネスを高めるためのグループ訓練も重要視されている。セルフアウェアネスを高めることを目標としたグループ訓練を考える際には, 心理的ストレスの状態に十分注意して自尊心や自己効力感を高めることに配慮する必要がある。