著者
平山 晴子 樅木 勝巳 椎名 貴彦 志水 泰武
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.143, no.6, pp.270-274, 2014 (Released:2014-06-10)
参考文献数
24

グレリンとは,主に胃から分泌される,28個のアミノ酸からなるペプチドホルモンである.他のホルモンにはないグレリンの特徴として,3番目のセリン残基に脂肪酸による修飾を受けていることが挙げられる.この脂肪酸修飾がグレリン受容体を介した作用発現には必須である.生体内にはグレリンの脂肪酸修飾を持たない型も存在し,デスアシルグレリンと呼ばれるが,脂肪酸修飾を欠くというその構造上,グレリン受容体に対しては不活性型である.しかし近年では,デスアシルグレリンのグレリン受容体以外の経路を介する作用についても多数の報告がなされている.グレリンの作用としては,成長ホルモン分泌促進や,食欲亢進,エネルギー消費の抑制をはじめとし,循環器系への作用,消化器系への作用と,その作用は非常に多岐に渡る.グレリンの消化管運動に対する作用としては,胃や小腸,大腸の運動性を亢進させることなどがこれまでに報告されている.また,消化器疾患におけるグレリンの関与についてもさまざまな知見が報告されており,今後の研究の展開が期待されている.我々はこれまでに,in vivoの実験系を用い,グレリンの脊髄腰仙髄部の排便中枢を介する大腸運動への作用について研究してきた.本稿ではこの結果について,実験系も含め紹介する.
著者
馬庭 貴司 山本 寛
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.2, pp.129-134, 2007 (Released:2007-02-14)
参考文献数
11
被引用文献数
2 2

アムビゾームは,現在でも深在性真菌症治療のgold standardとされているアムホテリシンB(AMPH-B)の優れた抗真菌活性を維持しつつ,副作用を低減させたリポソーム製剤である.本剤はリン脂質およびコレステロールで構成された単層膜リポソームの脂質二重膜にAMPH-Bを保持した製剤である.アムビゾームは深在性真菌症の主要起炎菌である,Aspergillus属,Candida属,およびCryptococcus属を始めとする各種真菌に対し,幅広い抗真菌活性を示し,その作用は殺菌的であった.また,アムビゾームは各種真菌感染モデルにおいて,既存のAMPH-B製剤(d-AMPH-B)と比較して,優れた感染防御効果ならびに治療効果を示した.海外臨床試験において,d-AMPH-Bで問題とされる投与時関連反応や腎障害の発現を有意に減少させ,臨床においても本剤のコンセプトが証明された.国内第II相臨床試験においても,Aspergillus属,Candida属,およびCryptococcus属による深在性真菌症に有効であり,他剤無効例に対しても効果を示した.また,臨床的に大きな問題となる副作用は認められず,長期間の投与が可能であった.d-AMPH-Bでは累積投与量が5gを超えると不可逆的な腎毒性の発現が懸念されるが,アムビゾームでは総投与量の大幅な増大が可能であった.血中のAMPH-Bの存在形態を検討したところ,遊離型として存在しているAMPH-Bは平均値で0.8%と低く,そのほとんどがリポソームに保持されており,血中でアムビゾームは安定に存在していた.以上より,アムビゾームは深在性真菌症治療に新たな選択肢になると考えられた.
著者
山村 彩
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.148, no.5, pp.278-280, 2016 (Released:2016-11-01)
参考文献数
12
著者
橋本 謙二
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学会年会要旨集 第95回日本薬理学会年会 (ISSN:24354953)
巻号頁・発行日
pp.1-EL01, 2022 (Released:2022-03-21)

近年、麻酔薬ケタミンがうつ病の画期的な治療薬として注目されている。ケタミンは治療抵抗性うつ病患者に投与して数時間後に抗うつ効果を示し、その効果は1週間以上持続する。さらに、ケタミンはうつ病患者の自殺願望、希死念慮も劇的に改善し、自殺予防という点からも注目されている。ケタミンは、不斉炭素を有しているので、二つの光学異性体を有する。わが国で使用されている麻酔薬ケタミンはラセミ体である。米国Johnson & Johnson社は、NMDA受容体への親和性が強いエスケタミンを開発し、2019年に治療抵抗性うつ病の治療薬として、米国と欧州で承認された。一方、演者らはNMDA受容体への親和性が弱いアールケタミンの方が、エスケタミンより抗うつ作用が強く、副作用が少ないことを発見した。現在、米国企業がアールケタミンの第二相臨床治験を海外で実施中であり、わが国では大塚製薬株式会社が第一相臨床治験を準備中である。本教育講演では、千葉大学で開発した新規抗うつ薬アールケタミンの最新知見について議論したい。
著者
木村 英雄
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.139, no.1, pp.6-8, 2012 (Released:2012-01-10)
参考文献数
20
被引用文献数
9 8

卵の腐敗臭を放つ毒ガスとして知られている硫化水素(H2S)が,生体内で作られることが日本でもようやく知られるようになってきた.Cystathionine β-synthase(CBS),cystathionine γ-lyase(CSE),3-mercaptopyruvate surfurtransferase(3MST)の3つの酵素が脳,肝臓,腎臓,血管,膵島などでH2Sを生産する.そして,神経伝達調節,平滑筋弛緩,細胞保護作用,インスリン分泌調節,抗炎症,血管新生など,H2Sは多様な作用を示す.このうち,細胞保護作用は神経細胞を酸化ストレスから保護する働きを皮切りに,心筋を虚血再還流障害から保護することが見つかり,アメリカではH2Sを冠状動脈バイパス手術に適用する第II相効果試験に入るなど,臨床応用への動きが目覚ましい.H2Sがmonoamine oxidase(MAO)を抑制する作用やミクログリアからのサイトカイン放出を抑制する作用を利用し,レボドパ(L-dopa)にH2Sをゆっくりと放出する構造をもつ化合物が開発され,パーキンソン病モデル動物ではL-dopaより優れた結果が出ている.さらに,H2Sが非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)による消化管の炎症を抑えることから,新薬の開発が進んでいる.基礎研究においても今年に入ってから,すでに5つのグループからそれぞれ特色の異なったH2S蛍光プローブが報告されている.これによって,H2Sがどのような時に,いかなる刺激によって放出され,消失していくかをリアルタイムで追跡できることが期待される.
著者
前原 俊介
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.142, no.6, pp.280-284, 2013 (Released:2013-12-10)
参考文献数
29

統合失調症は,思春期や青春期にその多くが発症する精神疾患であり,羅患率は総人口の約1%と比較的高いことが知られている.統合失調症の症状は多彩で一義的ではないものの,主症状として,幻覚,妄想などの陽性症状,感情鈍麻,意欲減退,社会的引きこもりなどの陰性症状および注意力低下,実行機能障害などの認知機能障害がある.既存の統合失調症治療薬は,主としてD2受容体および5-HT2A受容体に対する拮抗作用を有しており,陽性症状には奏功するものの,陰性症状や認知機能障害に対する改善作用は未だに十分ではなく,依然として統合失調症患者の約30%は薬剤抵抗性を示している.また,錐体外路症状や高プロラクチン血症,体重増加などの副作用を発現することなどから,新しいメカニズムを有する統合失調症治療薬の開発の必要性が強く唱えられている.その一つとして,主に前頭皮質のグルタミン酸神経伝達異常が原因であるといういわゆるグルタミン酸仮説(NMDA受容体機能低下仮説)に基づく創薬が活発化している.現在,グリシントランスポーター1阻害薬や代謝型グルタミン酸受容体2/3型(mGluR2/3)アゴニスト,mGluR2ポジティブアロステリックモジュレーターなどが臨床試験中である.我々は,新規ターゲットとして代謝型グルタミン酸受容体1型(mGluR1)に着目し,その拮抗薬の創薬を進めてきた.本稿では,新規mGluR1拮抗薬の特徴とその統合失調症動物モデルでの有効性および副作用に関する評価および受容体占有率との関係を中心に概説し,mGluR1拮抗薬の新規統合失調症治療薬としての可能性について考察する.
著者
吉崎 尚良 青木 一洋 望月 直樹 松田 道行
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.126, no.2, pp.135-141, 2005 (Released:2005-10-01)
参考文献数
22

細胞内シグナルは,複数の分子の相互作用と酵素反応の連携によって伝播する.細胞外からシグナルが入力されると,多数の分子が相互作用するが,その相互作用は,時間的,空間的に様々に変化する.そしてそれら多様な相互作用は,細胞の分化,細胞骨格の再構成,遺伝子発現,という生命現象として最終的に出力される.こうした細胞内シグナル伝達に関わる分子の同定や機能解析は従来,遺伝学的,生化学的,分子生物学的手法によって行われてきた.これら既存の手法は目的の分子のシグナルカスケードにおける位置や,試験管内での酵素活性を知るには有効であるが,“細胞内のどの部位で,いつ”という時空間的な情報を知ることはできなかった.この問題を解決するために,近年,蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)を利用した生体内の反応を可視化するFRETプローブ群が開発されている.とくに,緑色蛍光タンパク質(GFP)をこのプローブ群の作製に用いると容易に細胞内に導入できるため,その利用に拍車がかかっている.さらに,これらのFRETを利用すれば,特定のタンパク質の活性を非侵襲的に画像化することが可能となることから,1細胞単位での分子機能の解析のみならず,さまざまな病気の診断や治療評価まで役立てようとする試みが始まっている.本文ではこのGFPを利用したFRETプローブの一例として低分子量Gタンパク質であるRhoの分子センサーを用いて,その利用の実際とそれによりわかってきたRhoファミリーGタンパク質の活性変化について解説する.
著者
Chan Melissa V Warner Timothy D Barwari Temo Huffman Daniela Armstrong Paul C Santer Peter Kiechl Stefan Willeit Johann Mayr Manuel Johnson Andrew D
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学会年会要旨集
巻号頁・発行日
vol.2018, pp.OR25-2, 2018

<p><u>Background</u></p><p>Cardiovascular disease (CVD), including myocardial infarction (MI) and stroke, is the largest cause of morbidity and mortality worldwide. CVD is intrinsically linked to hemostasis and thrombosis and, therefore, platelet reactivity. As such, secondary prevention of CVD usually includes inhibitors of platelet function. Though the majority of CVD patients are over the age of 65, large healthy population studies of platelet reactivity have been performed in younger (<40) volunteers. The Bruneck Study is unique in that all participants are over the age of 65. Therefore, the aim of this study was to phenotype platelet reactivity in this elderly population.</p><p><u>Methods</u></p><p>Fasting blood was taken from 338 people into citrate (0.105M) anti-coagulant and platelet rich (PRP) and poor (PPP) plasma was obtained by centrifugation. All experiments were performed within 2 hours of blood draw. Traditional light transmission aggregometry (LTA) in response to arachidonic acid (AA), ADP, collagen, TRAP-6 amide and U46619 was performed. In addition, platelet aggregometry was also assessed using the Optimul plate-based method in response to AA (0.3-1.5mM), ADP (1-30µM), collagen (0.4-30µg/ml), epinephrine (0.6-10µM), ristocetin (0.1-1.5mg/ml), TRAP-6 (0.1-25µM) and U46619 (0.01-10µM). % aggregation was calculated and data were analysed using R with the nlpr package and GraphPad Prism. Data is reported as mean±sem.</p><p><u>Results</u></p><p>The cohort was evenly split between sex (49% female) with a mean age of 76.1±7.1 years. There was a low incidence of MI (4.7%), stoke (6.5%) and diabetes (6.2%). Concentration-response curves for Optimul aggregometry were generated and final % aggregation was compared to LTA (LTA vs Optimul, respectively): AA 1mM (29±2% vs 68±2%), ADP 5µM (54±1% vs 77±1%), ADP 20µM (59±1% vs 80±1%), collagen 0.4µg/ml (34±1% vs 76±1.2%), 4µg/ml (59±1% vs 81±1%), 10µg/ml (58±1% vs 80±1%), TRAP-6 25µM (62±1% vs 87±1%), U46619 10µM (63±1% vs 84±1%).</p><p><u>Conclusions</u></p><p>This is the first extensive platelet reactivity using multiple concentrations of a broad range of agonists in a large, healthy, elderly population. Subgroup analyses will allow us to determine whether there are any associations with platelet reactivity, age, and cardiovascular disease.</p>
著者
清水 翔吾 清水 孝洋 東 洋一郎 齊藤 源顕
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.154, no.5, pp.250-254, 2019 (Released:2019-11-15)
参考文献数
37

前立腺肥大症は,尿道閉塞による排尿困難や,二次的に発生した刺激が膀胱に伝わり頻尿及び夜間頻尿など下部尿路症状を引き起こす.近年の臨床及び疫学研究において,高血圧,高脂血症,糖尿病といった動脈硬化に関連する疾患が,前立腺肥大症を含む下部尿路症状の危険因子になりうるとの報告がなされた.また,複数の実験動物モデルを用いた基礎研究においても,前立腺血流低下(虚血)が,前立腺の細胞増殖や線維化,前立腺平滑筋収縮の増大に関与することが報告されている.そのため,臓器そのものだけでなく,骨盤内または前立腺血流自体が前立腺肥大症の治療標的になりうると考えられている.著者らは,自然発症高血圧ラットを用いて,前立腺血流低下に伴う前立腺肥大症発症メカニズムの解明並びに血管拡張薬の有用性について報告を行ってきた.本稿では,前立腺虚血及び前立腺肥大に関する研究成果を,著者らの研究成果を中心に紹介する.
著者
山口 浩史 栗田 麻希 吉永 遼平 淺尾 靖仁 岡 美智子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.154, no.5, pp.259-264, 2019 (Released:2019-11-15)
参考文献数
19

慢性前立腺炎は泌尿器科領域ではもっとも一般的な疾患のひとつである.下腹部や会陰部の慢性的な痛みおよび不快感によりQOLが著しく損なわれる疾患であるが,確立された診断方法はなく,治療に難渋する患者も多いことから,新たな治療薬の開発が求められている.薬物評価を行う目的で,様々な急性および慢性の動物モデルが報告されてきたが,ヒトの病態との相関やモデルとしての妥当性に関しては十分な考察がされてこなかった.そこで,我々は今回,慢性モデルとして報告されている自己免疫性(EAP)モデルとホルモン誘発性(HCP)モデルを用い,慢性前立腺炎の特徴である疼痛および前立腺の炎症に関して評価を行った.Von Frey法により下腹部を刺激し疼痛様行動を評価したところ,EAPモデルおよびHCPモデルにおいて疼痛様行動の有意な増加が認められた.また,前立腺の炎症についてHE染色により病理組織学的に評価したところ,EAPモデルでは前立腺の腹葉特異的な炎症が認められたのに対し,HCPモデルでは前立腺の側葉特異的な炎症が認められた.前立腺肥大症に伴う排尿障害改善薬であるタダラフィルが,臨床において,慢性前立腺炎患者の疼痛症状を改善することが報告されている.そこで,EAP,HCPモデルを用いて,タダラフィルの作用について検討したところ,タダラフィルの反復投与はEAPモデルの疼痛様行動の増加を有意に抑制し,前立腺腹葉の炎症も有意に抑制した.HCPモデルにおいてもタダラフィルの反復投与は,疼痛様行動の増加を有意に抑制した.以上のことから,EAP,HCPモデルは慢性前立腺炎患者の特徴である疼痛と前立腺の炎症を示すモデルであり,薬物を評価するのに有用なモデルであると考えられた.
著者
高山 淳二 高岡 昌徳 松村 靖夫
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.131, no.1, pp.37-42, 2008 (Released:2008-01-11)
参考文献数
29
被引用文献数
2 4

腎不全時には,水分・電解質バランスの異常や老廃物の蓄積により生命が脅かされることから,透析療法が導入されることも少なくない.わが国の透析導入患者数は増加の一途をたどる現状であり,腎疾患治療薬の更なる開発が望まれる.著者らは,急性および慢性腎不全モデル動物を作製し,その発症・進展機構とそれらに有効な治療薬について研究している.従来から急性腎不全モデルとしては,虚血再灌流,重金属,各種薬物などによる腎機能低下モデルが用いられているが,主に著者らは腎臓の血流を一時的に遮断した後,その血流を再開通させることで発症する腎虚血再灌流障害モデルを用いている.技術的にも比較的容易であることから,安定した腎機能障害動物が得られ,実験者間の個人差も比較的少ない.費用の面でもきわめてリーズナブルである.本モデルを用いて著者らの研究室では,腎虚血再灌流障害の発症と進展に関わる種々の因子を同定するとともに,その障害をきわめて効果的に改善する薬物も見出している.一方の慢性腎不全モデルでは,腎部分切除や腎動脈分枝を結紮することにより,機能糸球体数を物理的に減少させて慢性的に腎障害を引き起こす方法が用いられることが多い.また最近では,糖尿病誘発性のモデルを用いた例も多くみられる.本稿では,誌面の都合上,急性腎不全モデルとして腎虚血再灌流障害,慢性腎不全モデルとして腎部分摘除の各モデルを取り上げ,動物の作製方法について解説する.さらに,腎機能低下の程度や進行並びに組織病変はそれぞれの病態モデルで特徴的であるため,それらがわかるように著者らの実験結果を例に挙げて記述する.
著者
川崎 博己 山本 隆一 占部 正信 貫 周子 田崎 博俊 高崎 浩一朗
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.98, no.5, pp.345-355, 1991
被引用文献数
1

新規抗うつ薬,milnacipran hydrochloride(TN-912)の脳波および循環器に対する作用をimipramine(IMP)およびmaprotiline(MPT)の作用と比較した.TN-912(10~100mg/kg)の経ロ投与は無麻酔・無拘束ラットの自発脳波と音刺激による脳波覚醒反応に対して,著明な変化を示さなかったが,IMP(10~100mg/kg)およびMPT(10~100mg/kg)の高用量投与は自発脳波の徐波成分の増加傾向と脳波覚醒反応の軽度抑制を生じた.無麻酔-無拘束ラットの循環器に対して,TN-912(10~100mg/kg)の経ロ投与により平均血圧の軽度上昇と高用量において心拍数減少がみられた.IMP(10~100mg/kg)とMPT(10~100mg/kg)により,用量依存性の血圧上昇と心拍数増加が認められた.麻酔イヌにおいてTN-912(1~30mg/kg),IMP(0.3~10mg/kg),MPT(1~10mg/kg)静脈内投与は,血圧下降を生じた.心拍数に対してTN-912は一定の作用を示さなかったが,IMPおよびMPTは用量依存的な増加を生じた.大腿動脈血流量はTN-912の30mglkgにより減少,IMPおよびMPTの低用量により減少,MPTの高用量により増加,IMPの高用量により著明に減少した.心電図に対して,TN-912(1~30mg/kg)によりS波の増大と高用量においてT波の増高がみられた.IMPは,投与直後・過性のRとS波振幅の減少,T波の増高,PQ間隔の延長を生じた.MPTは高用量においてR波振幅の減少,著明なT波の増高,PQ間隔の延長を生じた.モルモット摘出心房標本においてTN-912は高濃度の10<SUP>-4</SUP>Mにおいて軽度の収縮力の増大と律動数の減少を生じた.IMP(10<SUP>-6</SUP>M~10<SUP>-4</SUP>M)およびMPT(10<SUP>-6</SUP>~10<SUP>-4</SUP>M)は濃度依存的な収縮力の減弱と律動数の減少を生じ,10<SUP>-4</SUP>Mにおいて自動運動は停止した.以上,TN-912は既存の抗うつ薬IMPおよびMPTに比べて脳波および循環器に対する影響が少ない抗うつ薬である.
著者
夏目 やよい 水口 賢司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.149, no.2, pp.91-95, 2017 (Released:2017-02-01)
参考文献数
11
被引用文献数
1 1

創薬研究における時間,労力,費用といった様々なコストを下げ,革新的な創薬シーズを効率よく探索する試みの一つとして,コンピュータ解析(①データベース,②統計的モデリング,③数理モデリング)が積極的に利用されつつある.年々増加の一途を辿るデータベースを有効に利用するために,データベースの統合や,格納されたデータの解析を支援するプラットフォームの構築といった試みが需要を増している.また,収集された大量のデータから生物学的に意味のある情報・知識を引き出す技術が必要となることから,機械学習の手法の重要性は高い.一方,利用できるデータ量が不十分である場合などにおいても,理論計算によってシミュレーションをおこなうことにより観測している現象の本質を推定するアプローチも有効であり,これらの手法の特徴を理解した上で目的に応じたコンピュータ解析をおこなうことが肝要である.
著者
藤田 泰久
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.157, no.1, pp.31-37, 2022
被引用文献数
1

<p>レムデシビルは米国Gilead Sciences社(以下,ギリアド社)が開発した,ウイルスのRNA合成を阻害する直接作用型抗ウイルス薬である.コロナウイルスを含む一本鎖RNAウイルスに対し,細胞培養系及び動物モデルにおいて抗ウイルス活性を示すことが明らかになっており,2015年からエボラウイルス感染症の治療薬として開発が進められてきたが,これまでいずれの国でも承認されたことはなかった.2019年12月に中華人民共和国湖北省武漢市で確認された新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は,発熱,咳,呼吸困難などを主な症状とする呼吸器疾患である.重症例では重篤な肺炎や多臓器不全を引き起こし,死に至る可能性がある.米国ギリアド社は中東呼吸器症候群(MERS)及び重症急性呼吸器症候群(SARS)を引き起こす一本鎖RNAコロナウイルスであるMERS-CoV,SARS-CoVに対し,in vitro及びin vivoでの抗ウイルス活性が認められていたレムデシビルを候補薬として,COVID-19治療薬の開発に着手した.COVID-19を引き起こすSARS-CoV-2に対するレムデシビルの抗ウイルス活性がin vitroで確認されたことにより,2020年2月から臨床試験を開始した.米国国立アレルギー感染症研究所(NIAID)及び米国ギリアド社が実施した臨床試験,人道的見地から行われた投与経験の結果を受け,わが国でも「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律」(薬機法)に基づく特例承認制度により,2020年5月7日に「SARS-CoV-2による感染症」を効能又は効果として特例承認に至った.本稿では,レムデシビルの開発の経緯,作用機序,及びその臨床成績の概要について解説する.</p>
著者
山口 和政 村澤 寛泰 中谷 晶子 松澤 京子 松田 智美 巽 義美 巽 壮生 巽 英恵
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.3, pp.175-183, 2007 (Released:2007-09-14)
参考文献数
33

我々は,嗅球摘出ラットを用いてヒトのうつ病状態に陥る生活環境の再現を試みた.暗室にラットを飼育することで昼夜逆転のヒトの生活を,また,身動きできないスペースの個室飼育で自由を奪うことでヒトのリズム運動抑制を再現し,セロトニン(5-HT)欠乏脳になったことを中脳縫線核(5-HT細胞体)のトリプトファン水酸化酵素および5-HTの免疫染色で確認後,行動評価を行った.嗅球を摘出後14日以上,暗所で個別飼育したラットは,暗所で24時間の脳波を測定すると,摘出前と比較して,嗅球摘出前にみられるような睡眠覚醒周期(短時間に覚醒・睡眠を交互に繰り返す)は消失し,覚醒または睡眠の持続時間延長といった周期混乱(ヒトで寝起きの悪さに類似)が認められた.また,この睡眠覚醒周期の混乱はSNRIのmilnacipran(10 mg/kg)の7日反復経口投与で回復が認められた.また,このラットをマウスに遭遇させると,逃避性および攻撃性を示す個体(ヒトでの自閉症様行動に類似)とに分かれた.さらに,ケージから取り出したときパニック様症状(ヒトでのちょっとしたストレスで自らを混乱に陥れてしまうパニック行動に類似)を示し,植木らが報告した評価項目に従って判定すると,偽手術ラットと比較して高い情動過多を示した.また,ラットの中には泣き声を発せずにジャンプし,マウスの尾を傷つけたりするような激しい行動(ヒトの動物虐待などの過激な行動に類似)を示す個体もみられた.マウスに対して逃避性および攻撃性を示す個体の生化学的および病理組織学的所見では,前脳皮質のノルエピネフリン(NE)および5-HT含量の減少および中脳または橋の背側縫線核トリプトファン水酸化酵素(TPH)免疫染色および5-HT免疫染色で陽性細胞数の減少(5-HT細胞体の機能低下)が認められた.また,マウスに対して逃避性を示す個体では,青斑核チロシン水酸化酵素(TH)免疫染色で陽性細胞数の減少(NE細胞体の機能低下)が,攻撃性を示す個体では,青斑核TH免疫染色で陽性細胞数の増加(NE細胞体の機能亢進)がそれぞれ認められた.NPY(抗うつ薬によるラットのムリサイド抑制と密接な関連を有するペプチド神経)免疫染色では,前頭皮質,帯状回皮質,運動野皮質および扁桃体でNPY免疫染色陽性細胞の増加が,また,前交連,側座核および視床下部では,NPY免疫染色陽性線維の増加が認められた.さらに,このラットの疼痛反応の評点は抗うつ薬のtrazodone(10および30 mg/kg)の反復経口投与開始後1日の投与後に,その他の項目の評点は四環系抗うつ薬のmaprotiline(10および30 mg/kg),SNRIのmilnacipran(3および10 mg/kg),SSRIのfluvoxamine(10および30 mg/kg)の反復経口投与開始後5および7日の投与前および投与後に抑制が認められた.
著者
東 紀男
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.60, no.3, pp.259-270, 1964-05-20 (Released:2010-07-09)
参考文献数
47
被引用文献数
11 6
著者
木本 愛之 花岡 晃郎 笹又 理央 宮田 桂司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.131, no.2, pp.127-136, 2008 (Released:2008-02-14)
参考文献数
38
被引用文献数
1

セレコキシブ(日本名;セレコックス®錠,米国名;セレブレックス®カプセル)は,世界初のシクロオキゲナーゼ(COX)-2選択的阻害薬として1999年に米国市場に登場して以来,主に消炎鎮痛薬として,現在まで世界100か国以上で使用されている.本邦では,関節リウマチ(RA)・変形性関節症(OA)を適応として2007年6月に発売された.セレコキシブは,COX-2を標的としたX線結晶構造解析にもとづきドラッグデザインされており,組換えヒトCOX-1,COX-2を用いた実験において,COX-2に対して強い阻害活性を示した.その阻害活性をIC50値で比較した場合,COX-1に対する阻害活性よりも360倍強いことが確認された.ヒト由来細胞を用いたCOX阻害選択性試験において,セレコキシブはCOX-1のみを発現するリンパ腫細胞よりも,COX-2を発現するIL-1β刺激線維芽細胞のプロスタグランジン(PG)E2産生を強く阻害し,既存の非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)よりも高いCOX-2選択性を示した.ラットカラゲニン誘発痛覚過敏モデルにおいて,セレコキシブは温熱侵害刺激に対して低下した疼痛閾値を用量依存的に改善し,炎症組織および脳脊髄液PGE2量も用量依存的に減少させた.このときの鎮痛作用(ED30値)は既存のNSAIDsと同程度であった.また,LPS誘発体温上昇モデルにおいて,セレコキシブは単回経口投与により用量依存的に体温上昇を抑制した.ラットアジュバント関節炎モデルにおいて,足根関節屈曲による疼痛評価を行った結果,セレコキシブは関節炎発症後投与で有意な鎮痛作用を示した.さらに,セレコキシブは足腫脹を用量依存的に抑制するとともに足根部のX線評価において骨破壊を抑制することが示された.一方,ラットにセレコキシブあるいは既存のNSAIDsを単回経口投与したときの胃粘膜組織の肉眼所見では,セレコキシブは障害性を示さず,胃組織中PGE2量に対しても有意な影響を示さなかったのに対し,既存のNSAIDsは用量依存的に胃粘膜障害を惹起し,胃組織中PGE2量を用量依存的に減少させた.健康成人を対象とした第I相臨床試験において,セレコキシブは良好な体内動態と認容性を示した.RA・OA患者を対象とした第III相臨床試験において,RAの臨床症状の改善度の指標として用いた米国リウマチ学会(ACR)改善基準,あるいはOAの全般改善度における改善率において,セレコキシブはプラセボ対照群に対し有意な改善作用を示すとともに,ロキソプロフェンNaに対して非劣性であることが検証された.一方,NSAIDsの代表的副作用として知られている消化管粘膜障害,腎機能障害に関して,薬剤との関連性が否定できない事象についてはロキソプロフェンNaの方がセレコキシブよりも多かった.特に,OA患者における血圧に対する影響において,ロキソプロフェンNa群でセレコキシブよりも有意な収縮期血圧の上昇が認められた.以上の前臨床薬理試験および臨床試験の成績より,COX-2を選択的に阻害することにより関節リウマチ,変形性関節症等の運動器疾患における疼痛に対して既存のNSAIDs並の有効性を維持しつつ,COX-1阻害作用に基づくと考えられる副作用を回避するというコンセプトが立証され,COX-2選択的阻害薬セレコキシブは臨床的有用性の高い薬剤であることが示された.
著者
竹下 舜也 日比 千尋 坂本 多穗 黒川 洵子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学会年会要旨集 第94回日本薬理学会年会 (ISSN:24354953)
巻号頁・発行日
pp.3-P2-25, 2021 (Released:2021-03-21)

Intensive care unit-acquired weakness (ICU-AW) is a sepsis-induced myopathy characterized by reductions in muscle force-generation, mass, and bioenergetics, leading to severe difficulties in breathing, swallowing, and exercise. Since males are more prone to sepsis and aromatase inhibitors worsen critical illness, we investigated the effect of 17β-estradiol (E2) on septic symptoms in skeletal muscle in an in vivo and in vitro. E2 treatment attenuated cecal ligation puncture (CLP)-induced loss of grip strength in ovariectomized (OVX) mice and preserve contractility of extensor digitorum longus muscle from OVX mice underwent CLP. E2 significantly attenuated lipopolysaccharide (LPS)-induced atrophy and induction of inflammatory cytokine mRNAs (TNFα and IL6) in mouse C2C12 myotubes. Furthermore, E2 significantly inhibited the LPS-induced increase of mtDNA, a driver of pro-inflammatory signals. Our results show that E2 attenuates inflammation through mitochondrial protection by inhibiting the increase in mtDNA, which also attenuates muscle weakness and atrophy. We anticipate that our results will lead to a more detailed mechanism analysis of attenuation of muscle weakness and atrophy by E2, as well as to elucidate gender differences in sepsis-induced ICU-AW.
著者
進藤 軌久 豊柴 博義
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学会年会要旨集
巻号頁・発行日
vol.94, pp.1-S07-4, 2021

<p>Although months have passed since WHO declared COVID-19 a global pandemic, only a limited number of clinically effective drugs are available, and the development of drugs to treat COVID-19 has become an urgent issue worldwide. The pace of new research on COVID-19 is extremely high and it is impossible to read every report. In order to tackle these problems, we leveraged our artificial intelligence (AI) system, Concept Encoder, to accelerate the process of drug repositioning. The Concept Encoder is a patented AI system based on natural language processing technology and by deep learning papers on COVID-19, the system identified a large group of genes implicated in COVID-19 pathogenesis. The AI system then generated a molecular linkage map for COVID-19, connecting the genes by deep learning the molecular relationship. By thoroughly reviewing the resulting map and list of the genes with rankings, we found potential key players for disease progression and existing drugs that might improve COVID-19 survival. Here, we focus on potential targets and discuss the perspective of our approach.</p>
著者
森 大輝 前田 和哉 楠原 洋之
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.154, no.4, pp.210-216, 2019 (Released:2019-10-10)
参考文献数
18

薬物トランスポーターは医薬品の体内動態を決定する重要な分子である.Organic anion transporting polypeptides 1B1/1B3(OATP1B1/1B3)は,種々アニオン性薬物の肝取り込みを担う.OATP1B1/1B3の機能変動の要因には遺伝子多型や薬物相互作用があり,特に薬物相互作用の場合には重篤な有害事象が生じうる.このため,そのリスクを定量的に評価する方法論が複数検討されてきた.その一例として,内在性基質をプローブとする手法では,プローブ薬の投与なしに,医薬品開発のより早期に相互作用リスクを評価できる.また陽電子断層撮像法(PET)の利用は基質の肝臓中濃度の追跡を可能にし,肝胆系輸送の素過程に対する阻害薬の影響の定量化を可能とした.生理学的薬物速度論モデルは相互作用の程度を定量的に予測できる手法として,新薬の承認申請時を含め今後広く活用されると予想される.