著者
岩崎 克典 高崎 浩太郎 野上 愛 窪田 香織 桂林 秀太郎 三島 健一 藤原 道弘
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.140, no.2, pp.66-70, 2012 (Released:2012-08-10)
参考文献数
14
被引用文献数
3 5

漢方薬である抑肝散(よくかんさん)は,アルツハイマー病の周辺症状(BPSD)にしばしば使われる.しかし,その薬理学的特性は未だ明らかにされていない.漢方を認知症の補完・代替医療として考える場合には,その薬理学的な背景を明らかにすることが肝要である.そこで,我々は抑肝散が,妄想・興奮モデルとしてのメタンフェタミンによる自発運動量の異常増加を抑制すること,幻覚モデルとしての5-HT2A受容体アゴニストであるDOI投与による首振り行動,高架式十字迷路および明暗箱課題を用いた不安行動,夜間徘徊の指標となる明暗サイクルにおける明期の自発運動量の増加をそれぞれ有意に抑制することを明らかにし,認知症患者のBPSDに有効である可能性を示した.さらに8方向放射状迷路課題において,抑肝散が空間記憶障害の改善作用を示すこと,さらにこの作用は記憶に関わる海馬ACh神経終末からのACh遊離の促進を介することを見出し,抑肝散の中核症状への応用の可能性を提案した.次に,これらの作用が抑肝散の構成生薬のうちどれに由来するかを検討した.その結果,抑肝散を構成する7種の生薬のうちBPSDに対しては釣藤鈎(ちょうとうこう)の5-HT2A受容体を介した作用が,また,中核症状に対しては当帰(とうき)のACh神経系を介した作用がその役割を担っている可能性が示唆された.以上のことから,抑肝散はアルツハイマー病患者のBPSDのみならず中核症状にも有効で,補完・代替医療において西洋薬に替わる治療薬として有用であることが示唆された.
著者
加藤 明彦 杉山 博之
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.123, no.2, pp.113-122, 2004 (Released:2004-01-23)
参考文献数
52

AMPA受容体は中枢神経系での興奮性シナプス伝達を司るグルタミン酸受容体の中でも最も中心的な役割を果たす受容体である.ここではAMPA受容体がどのように形成され,シナプス部位に輸送されたのち細胞表面に出現するのか,また記憶や学習の基礎過程であるシナプス可塑性がAMPA受容体の機能発現を介してどのように制御されるのかという問題について,分子レベルでの知見をまとめる.
著者
桐野 豊
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.139, no.5, pp.215-218, 2012 (Released:2012-05-10)
参考文献数
22
被引用文献数
1 1

レギュラトリーサイエンス(RS)は1987年に内山 充 博士によって提唱されたが,その重要性は最近まで広く認識されるには至らなかった.しかしながら,21世紀に入って徐々に重要性が認識され,2011年にはRSは国の科学技術政策の中で最も重要な科学の一つと認められた.これは,科学と社会の関係に関する議論が深化したことに加えて,科学と社会の関係を最適に調整することこそが,新しい医薬品・医療機器の開発を推進する基盤であることが認識されたことによる.期せずして2010年に設立されたRS学会は,RSを実践する活動を開始したところである.RSの発展・推進に薬理学が貢献すべきところは多い.医薬品・医療機器の安全性の確保において極めて重要な「市販後調査」は,医薬関係者のみならず,全国民に関係する課題である.
著者
寳来 直人 角崎 英志
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.152, no.3, pp.126-131, 2018 (Released:2018-09-06)
参考文献数
24

高齢化は世界規模で急速に進展し,本邦においても高齢化率は増加の一途をたどっており,平均寿命と健康寿命の差を短縮することが高齢者のQuality of Life(QOL)の向上並びに社会保障費の削減につながる.健康寿命の延伸には運動機能の維持が重要と考えられており,近年ではロコモティブシンドローム(運動器症候群)の増加が社会問題となっている.運動機能の維持に重要な役割を担っている筋肉は加齢と共に減少し,歩行速度並びに握力の低下など運動機能が低下するとサルコペニアとなる.しかし,筋肉量あるいは筋力を増加させる薬や運動機能を改善する薬は十分ではない.そこで本研究では,筋骨格系領域における創薬支援のため,解剖学的特徴がヒトに類似し,上肢及び下肢の機能分化が進んだサルにおいて,Magnetic Resonance Imaging(MRI)を用いた筋肉量測定方法を検討した.また臨床で一般的に使用されているDual Energy X-ray Absorptiometry(DXA)法と測定精度を比較した.その結果,MRI法ではDXA法と同様に高い同時再現性及び日間再現性が確認された.さらに,摘出した測定対象筋肉の重量とMRI法及びDXA法から得られた結果と相関解析を実施したところ,測定法に関わらず,いずれの測定部位についても高い相関がみられたが,MRI法の相関係数はDXA法と比較していずれの部位でも高かった.DXA法と比較して精度の高いMRIを用いた筋肉量測定方法が確立されたことにより,筋肉量をターゲットにした創薬の有力なドライバーになることが期待される.
著者
坂本 謙司 森 麻美 中原 努 石井 邦雄
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.137, no.1, pp.22-26, 2011 (Released:2011-01-10)
参考文献数
84

網膜色素変性症は中途失明の3大原因の1つであり,本邦では緑内障,糖尿病網膜症に続いて中途失明原因の第3位を占めている.網膜色素変性症の原因は遺伝子の変異であり,常染色体劣性遺伝型を示すことが多い.網膜色素変性症の患者においては,網膜の視細胞および色素上皮細胞の広範な変性が認められ,自覚症状としては,初期には夜盲と視野狭窄が,症状が進行し40歳を過ぎた頃から社会的失明(矯正視力約0.1以下)に至る.しかし,本症の進行には個人差が大きく,中には生涯良好な視力を保つ患者も存在する.現在,人工網膜,網膜再生,遺伝子治療および視細胞保護治療などに関する研究が進められているが,本症の治療法は全く確立されていない.本総説では,代表的な網膜色素変性症の原因遺伝子と,それらに対応する動物モデルを概説し,さらにそれらの動物モデルを用いて得られた新たな治療法の開発の現状について紹介する.
著者
森川 正利
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.50, no.3, pp.193-203,en17, 1954-05-20 (Released:2011-09-07)
参考文献数
33

The hemolytic activity of various surface active agents (SAA) and their influences on the activity of other hemolytic agents was investigated using rabbit red cells. The result : 1) The hemolytic potency of cationic SAA was markedly stronger, than that of anionic or nonionic ones. There seems to be no relation between the hemolytic activity and the surface tension of the SAA solution. 2) Tween 80, G 2162 and Softex KW (cetyl trimethyl ammonium biomide) increased the intensity the hemolysis elicited by urethane, chloral, HgCl2, Pb(NO3)2 and hypotonic solution respectively, but Span inhibited it. 3) The hemolytic activity of staphylolysin was suppressed by SAA, especially by cationic agents. The ratio of concentration of SAA and staphylolysin required to suppress hemolysis was C/CC/16C (C= the minimum hemolysing concentration). 4) The hemolytic action of Softex KW and Span 20 was inhibited by cholesterol, but this inhibition was not so strong as in the case of saponin-hemolysis.
著者
川畑 伊知郎
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学会年会要旨集 第94回日本薬理学会年会 (ISSN:24354953)
巻号頁・発行日
pp.1-YAL1, 2021 (Released:2021-03-21)

高齢化社会をむかえパーキンソン病の増加が社会問題であるが、根本的治療薬は未開発でありその開発が期待されている。私たちはパーキンソン病の発症機構の解明と治療薬の開発において、ドパミン神経選択的な変性メカニズムの解明、ドパミン機能を制御する新たな分子機構の発見、新たな創薬標的を用いた治療薬の薬理学的研究に取り組んできた。具体的に、ドパミン生合成の律速酵素であるチロシン水酸化酵素が中脳ドパミン神経で消失する新たな分子機構、消失したドパミン生合成酵素を回復するための新たな創薬標的の探索とドパミン作動性機能を制御する新規シグナルネットワーク、さらにパーキンソン病の原因タンパク質αシヌクレインが中脳ドパミン神経に取り込まれ伝播する新たなメカニズムを明らかにし、パーキンソン病の予防・治療応用が期待される。これらの研究成果から、パーキンソン病を含むレビー小体疾患の克服とその創薬研究、今後の展望について紹介する。
著者
天野 託 関 貴弘 松林 弘明 笹 征史 酒井 規雄
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.126, no.1, pp.35-42, 2005 (Released:2005-09-01)
参考文献数
17

メタアンフェタミン(MAP)を5日間反復投与し,側坐核ニューロンと腹側被蓋野ドパミンニューロンのドパミンレセプターに対する感受性を検討した.MAP最終投与後5日後では,生体位の実験において,マイクロイオントホレーシスにより投与したドパミンおよびMAP対し,側坐核のニューロンは過感受性を示した.また,スライスパッチクランプ法を用いた実験でも,生体位と同様にD2レセプターに対する感受性の亢進が起こっていた.腹側被蓋野ドパミンニューロンのD1およびD2両レセプターもドパミンに対する感受性亢進が起こっていることが,スライスパッチクランプ法を用いた検討でも明らかになった.さらに,最終投与後5日後において,実験終了後のピペットから回収したmRNAをRT-PCRにより増幅した結果,側坐核ニューロンにはドパミンD1およびD2LレセプターのmRNAが存在していたが,両受容体のmRNAの発現パターンは生食投与群およびMAP投与群で,変化は認められなかった.以上の事から,MAP反復投与により,腹側被蓋野ドパミンおよび側坐核ニューロンにおいてドパミンレセプターの過感受性が起こると考えられる.しかし,ドパミンレセプターサブタイプの分画に変化がなく,おそらく細胞表面で作用するD2レセプター密度の増加か,細胞内伝達系の変化によりD2レセプターの機能が亢進している可能性が考えられる.MAPによるD2レセプターの感受性の変化にプロテインキナーゼC(PKC)が関与しているかをGFP標識PKC(PKC-GFP)のトランスロケーションをコンフォーカルレーザー顕微鏡下に観察し検討した.MAPの急性投与はSHSY-5Y細胞においてPKC-GFPのトランスロケーションを引き起こさなかった.
著者
曽良 一郎 福島 攝
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 : FOLIA PHARMACOLOGICA JAPONICA (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.128, no.1, pp.8-12, 2006-07-01
参考文献数
32
被引用文献数
4 2

注意欠陥・多動性障害(AD/HD:Attention Deficit/Hyperactivity Disorder)における治療薬として使用されているアンフェタミンなどの覚せい剤の作用メカニズムについては十分に解明されていないが,覚せい剤がドパミン(DA)やノルエピネフリン(NE)などの中枢性カテコールアミンを増やすことから,ADHDへの治療効果が中枢神経系におけるカテコールアミン神経伝達を介していることは明らかである.モノアミントランスポーターは主に神経終末の細胞膜上に位置し,細胞外に放出されたモノアミンを再取り込みすることによって細胞外濃度を調節している.ドパミントランスポーター(DAT)は覚せい剤の標的分子であり,ADHDとの関連が注目されている.野生型マウスに覚せい剤であるメチルフェニデートを投与すると運動量が増加するが,多動性を有しADHDの動物モデルと考えられているDAT欠損マウスでは,メチルフェニデート投与により運動量が低下する.野生型マウスではメチルフェニデート投与後に線条体で細胞外DA量が顕著に増加するのに対して,DAT欠損マウスでは変化がなく,これに対して前頭前野皮質では,野生型マウスでもDAT欠損マウスでもメチルフェニデートによる細胞外DA量の顕著な上昇が起こった.前頭前野皮質ではDA神経終末上のDATが少ないためにDAの再取り込みの役割をNETが肩代わりしていると考えられており,メチルフェニデートは前頭前野皮質のNETに作用して再取り込みを阻害するためにDAが上昇したと考えられた.筆者らは,この前頭前野皮質におけるDAの動態が,メチルフェニデートによるDAT欠損マウスの運動量低下作用に関与しているのではないかと考えている. 1937年に米国のCharles Bradley医師が多動を示す小児にアンフェタミンが鎮静効果を持つことを観察して以来,注意欠陥・多動性障害(AD/HD:Attention Deficit/Hyperactivity Disorder)におけるアンフェタミンなどの覚せい剤の中枢神経系への作用メカニズムについて数多くの研究がなされてきたが,未だ十分に解明されていない.覚せい剤がドパミン(DA)やノルエピネフリン(NE)などの中枢性カテコールアミンを増やすことから,ADHDへの治療効果が中枢神経系におけるカテコールアミン神経伝達を介していることは明らかである.健常人への覚せい剤の投与は興奮や過活動を引き起こすにもかかわらずADHD患者へは鎮静作用があることから,覚せい剤のADHDへの効果は「逆説的」と考えられている.本稿では覚せい剤の標的分子の一つであるDAトランスポーター(DAT)に関する最近の知見を解説するとともに,我々が作製したDAT欠損マウスをADHDの動物モデルとして紹介し,ADHDの病態メカニズム解明に関する近年の進展について述べる.<br>
著者
冨永(吉野) 恵子 小倉 明彦
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.142, no.3, pp.122-127, 2013 (Released:2013-09-10)
参考文献数
30

海馬で獲得された記憶情報は,時間とともに海馬から皮質に転送され,安定な長期記憶となるとされる.記憶の獲得は,海馬を含む回路内のシナプスで,直ちに伝達効率が変化することで起こると考えられている.これに対応する細胞レベルの現象が,長期増強現象(LTP)である.しかし,LTPと長期記憶をつなぐ固定の過程については未解明の点が多く,細胞レベルの研究と行動レベルの研究にギャップがある.私たちはそのギャップを埋めるため,独自の実験系を立ち上げた.げっ歯類新生仔脳から海馬切片を作り培養下で成熟させると,生体脳と等価な神経回路をガラス器内に再現できる.この系にLTPを繰り返し誘発すると,伝達強度がゆっくりと増大し,増強状態が数週間以上持続する.RISEと名づけたこの現象は,既存シナプスでの伝達効率調節現象であるLTPとは異なり,シナプス自体の増加を伴う構造可塑性現象であった.その様子を追跡すると,初期には樹上突起棘の発出と退縮の両者が高まり,その後退縮が先に収まって,結果的に増加がおこるという経過をとった.また,RISEの成立には,BDNFや幼若型AMPA受容体(Ca2+透過型受容体)が,原因として関与している.現段階ではRISEが行動上記憶の固定過程のガラス器内再現だと断定はできないが,少なくとも海馬を含む皮質ニューロンに,こうした構造可塑性を起こす能力が備わっていることが示された.即時的変化とは別の,ゆっくり発達する構造可塑性現象RISEは,細胞レベルと行動レベルのギャップを埋める実験系となる可能性がある.
著者
宮崎 育子 磯岡 奈未 和田 晃一 菊岡 亮 北村 佳久 浅沼 幹人
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学会年会要旨集 第92回日本薬理学会年会 (ISSN:24354953)
巻号頁・発行日
pp.2-P-050, 2019 (Released:2020-03-20)

Epidemiological studies showed that daily drinking coffee or teas decreases the risk of Parkinson's disease (PD) to 40-50%. Caffeic acid (CA) and chlorogenic acid (CGA) are coffee ingredients and exert antioxidative properties. Exposure to pesticides, such as rotenone, is an environmental factor that plays an important role in the pathogenesis of PD. In this study, we examined neuroprotective effects of CA and CGA against rotenone-induced neurodegeneration. Chronic subcutaneous injection of rotenone into C57BL/6J mice exhibited reduction of dopaminergic neurons in the substantia nigra and beta-tubulin III-positive neurons in the intestinal myenteric plexus. Daily oral administrations of CA or CGA inhibited rotenone-induced cell death of not only nigral dopaminergic neurons but also myenteric plexus. In addition, CA or CGA significantly increased expression of antioxidative molecule metallothionein in the striatal astrocytes. In coculture of neurons and astrocytes from the mesencephalon or intestine, CA and CGA inhibited rotenone-induced neuronal loss of mesencephalic dopaminergic and enteric neurons, respectively. These results suggest that daily intake of coffee ingredients prevents or delays the onset of PD.
著者
川崎 博已 黒田 智 三牧 祐一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.115, no.5, pp.287-294, 2000 (Released:2007-01-30)
参考文献数
43
被引用文献数
3 5

インスリンは,糖代謝ばかりでなく内因性血管作動物質として循環調節に関与している可能性が示唆されている.インスリンの血管作用は複雑で,血管収縮性に働いて血圧上昇を起こす作用と血管拡張性に作用して降圧を生じる相反する作用が知られている.インスリンの慢性効果として腎Na+の再吸収促進による体液量増加,中枢神経を介した交感神経活動増加による血中ノルアドレナリン,アドレナリン上昇,血管平滑筋細胞の増殖促進によって間接的に血管抵抗を増して血圧上昇を起こす.一方,インスリンの急性効果として血管に対する直接作用である血管拡張作用があり,その機序としてNa+,K+-ATPase活性充進に基づく血管平滑筋膜の過分極,Ca2+-ATPase活性増加による細胞外へのCa2+流出と細胞内Ca2+濃度の低下,βアドレナリン受容体を介する細胞内cyclicAMP濃度上昇の促進,血管内皮細胞における一酸化窒素の合成促進と遊離による血管弛緩が考えられている.抵抗血管ではカルシトニン遺伝子関連ペプチド受容体を介した内皮非依存性の血管弛緩作用の機序もある.本態性高血圧ではインスリン抵抗性とともに高インスリン血症がみられる.インスリン抵抗性状態では,主に血管内皮細胞機能の低下とインスリンの血管弛緩作用の減弱が起こり,血管収縮系の充進が加わって血圧上昇に寄与し,高血圧の進展に関与している可能性が示唆されている.
著者
大野 桂司 田原 一二
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.135, no.6, pp.255-260, 2010

ラスリテック<sup>®</sup>(一般名:ラスブリカーゼ(遺伝子組換え))は,<I>Aspergillus flavus</I>由来の尿酸オキシダーゼの遺伝子を<I>Saccharomyces cerevisiae</I>株に導入し,発現させた遺伝子組換え型尿酸オキシダーゼであり,尿酸を水溶性の高いアラントインに変換する新規作用機序を有している.本剤は欧米を含む世界50ヵ国以上で承認されており,本邦では「がん化学療法に伴う高尿酸血症」を効能または効果として2009年10月に承認された.悪性腫瘍に対して化学療法は有効な治療方法の1つであるが,しばしば腫瘍崩壊症候群(急激な腫瘍細胞の崩壊が生じた結果,大量の核酸,カリウムおよびリン酸などが細胞内から血中に放出され,それにより高尿酸血症,高カリウム血症,高リン酸血症が生じること)を引き起こすことがある.尿酸は通常,腎臓から排泄されるが,多量に産生された尿酸を十分排泄することができず,腎で析出することがあるため,がん化学療法により高尿酸血症に至った患者では腎機能障害や急性腎不全が発現し,致命的な経過をたどることがある.このため,化学療法後の高尿酸血症を予防することが重要であるとされている.本剤承認前までの本邦における予防方法は,輸液,尿のアルカリ化,アロプリノールの投与などがあげられるが,これらの対処方法では尿酸値を下げるまでに時間を要することやアロプリノールが経口薬のみであることから服薬が困難な患者では使用できないことなどの問題があり,十分対処できない患者が存在した.ラスリテック<sup>®</sup>は投与直後から尿酸値を速やかに低下させることが期待でき,国内臨床試験においてはほとんどの患者で投与後4時間までに尿酸値を1 mg/dL以下まで低下させた.近年,優れたがん治療薬が開発されていく中で,がん化学療法に伴う高尿酸血症への対処の重要性は増しており,本剤はその一助となることが期待される.
著者
末丸 克矢 荒木 博陽 五味田 裕
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.119, no.5, pp.295-300, 2002 (Released:2003-01-21)
参考文献数
32
被引用文献数
5 4

神経性ニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)は,αサブユニットとβサブユニットから構成される5量体のイオンチャネル型受容体であり,多くの神経伝達物質の放出を促進することによって精神機能にさまざまな影響を及ぼす.従来より,喫煙と各種精神病疾患の関係について多くの調査や研究が行われ,精神分裂病,うつ病および不安などの精神病疾患と喫煙の間に正の関連性があることが示されている.その喫煙動因として,ニコチンの中枢刺激作用により精神疾患の症状を自ら改善しようとする試み(self-medication),またはニコチン退薬症候に伴う症状の悪化をニコチン再摂取により軽減させていることが考えられている.近年,nAChRサブユニットのノックアウトマウスや各種精神疾患の動物モデルを用いて神経性nAChRの精神薬理作用の解明が進み,精神分裂病の注意障害や情報処理障害にはα7 nAChRが,またニコチン依存および退薬症候にはα4β2 nAChRが関与していることが示唆されている.
著者
礒濱 洋一郎
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
看護薬理学カンファレンス
巻号頁・発行日
vol.2020, pp.ES-1, 2020

<p>ドラッグリポジショニング(DR)とは、既に臨床応用されている既存薬の中から</p><p>新たな効能を見出し、実用化に繋げようとする研究戦略である。例えば、古くか ら抗炎症薬として使われてきたアスピリンが、現在では抗血小板薬として応用さ れているのは典型的な例であり、近年では、多くの既存医薬品に新たな薬理作 用が見出されてきている。このようなDR の拡大は、従来、我々が理解している 薬物の作用やその機序が、実は一面に過ぎず、既存薬の中にも大きな可能性 が秘められていることを意味していよう。一方、DR 戦略によって見出された新 作用も、適用拡大には剤形の変更を必要となり実用化に至らないものなどもあり、 課題は多い。我々は、DR のこのような課題を鑑み、多彩な薬理作用を持つ漢 方薬に着目した研究を行っている。漢方薬は古くから疾患名に応じた適用ではな く、症状や症候の治療を目的とする傾向にあり、新作用を見いだした際の使用 拡大が比較的容易である。</p><p>これまでに、アクアポリン(AQP)水チャネルの機能調節を創薬標的とした基 礎研究を行い、従来、尿量増加作用を持ち利尿薬と類似のものと認識されて きた五苓散に脳型の AQP であるAQP4 阻害作用や脳内炎症の抑制効果が あることを見出してきた。この成績をもととなり、最近、五苓散は脳外科領域で 慢性硬膜下血腫の治療および再発防止を目的に使用されるようになった。また、 AQP 機能を亢進する薬物についても検索し、漢方薬の清肺湯を見出している。 清肺湯は外分泌線型の AQP5 の細胞膜局在を増加させる作用を持ち、本作用 を通じてシェーグレン症候群に見られる乾燥症状の緩和が可能ではないかと期 待している。</p><p>本講演では、これらの成績の一端を紹介し、DR の可能性とその資源として の漢方薬の魅力についてお話したい。</p>
著者
橋本 謙二
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.127, no.3, pp.201-204, 2006 (Released:2006-05-01)
参考文献数
27
被引用文献数
7 6

近年,自殺の増加が社会問題になってきており,年間3万人以上の方が,自ら命を絶っている.自殺の原因の一つが,代表的な精神疾患のうつ病であるといわれている.うつ病の治療には,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)等の抗うつ薬が使用されている.SSRIの急性の薬理作用は前シナプスに存在するセロトニントランスポーターを阻害することにより,シナプス間隙のセロトニン量を増加させることであるが,治療効果の発現には数週間を要することが知られている.一方,SSRIのセロトニン神経系における作用は投与直後に認められることから,セロトニン神経系に直接に作用するだけでなく,細胞内の様々なシグナル伝達系に関わる転写因子制御の分子メカニズムが注目されている.本稿では,うつ病の病態および抗うつ薬の作用メカニズムにおける脳由来神経栄養因子(BDNF)の役割に焦点を当て,最新の知見について解説する.