著者
佐々 茂
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.4, pp.248-251, 2007 (Released:2007-10-12)
参考文献数
7
被引用文献数
2 2

ヘムタンパク質から遊離するフリー・ヘムはヘム・オキシゲナーゼによって,鉄イオン,ビリベルジンIXα,COに分解される.この反応はこれまで代謝・分解反応として考えられて来たが,一方この酵素反応の結果(1)酸化的ストレスであるフリー・ヘム濃度が減少する事,(2)鉄イオンはフェリチンの誘導を介して酸化的ストレスを軽減する事,(3)ビリベルジンIXαおよびその還元体であるビリルビンIXαはいずれも重要な抗酸化作用を示す事,(4)COはストレスによる細胞死を抑制する事,などの事実も明らかになった.従ってヘムの代謝産物はいずれも酸化的組織障害に防御的貢献をしている.すなわちヘム・オキシゲナーゼ活性,およびフリー・ヘムによるヘム・オキシゲナーゼ遺伝子の活性化はいずれも生体防御反応において重要な役割を果たしている.フリー・ヘムはさらにいろいろな遺伝子の活性化機構にも関与している事も明らかになり,この章ではフリー・ヘムの遺伝子活性化に及ぼす影響を概説した.ヘムによる遺伝子活性化機構の解明は組織防御を始めとする各種の重要な生体反応の理解に極めて重要であると考えられる.
著者
久保山 昇 林 一郎 山口 忠志
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 : FOLIA PHARMACOLOGICA JAPONICA (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.127, no.3, pp.223-232, 2006-03-01
参考文献数
38
被引用文献数
2 14

ミグリトール(セイブル<sup>®</sup>錠)は糖に類似した化学構造を有し,体内に吸収されることにより類薬と異なる作用特性を示す新規α-グルコシダーゼ阻害薬(以下α-GIと略)である.薬物動態試験において,ミグリトールはラット小腸上部にて吸収され,代謝を受けずにほとんどが尿中に排泄された.また,肝薬物代謝酵素の誘導および阻害作用は認められなかった.薬理試験において,ラットの小腸由来スクラーゼ,イソマルターゼおよびマルターゼ活性を競合的に阻害するが,膵α-アミラーゼ活性を阻害しなかった.正常ラットにスクロースを負荷した際に用量に依存した血糖上昇抑制および糖質吸収遅延作用を示し,高用量においては糖質の吸収を阻害した.α化でんぷん,生でんぷんおよびスクロースを負荷した際の血糖上昇を用量依存的に抑制したが,グルコース負荷に対しては作用を示さなかった.また,GKラットに高スクロース・高脂肪食を8週間与えた慢性モデルに対し,HbA<sub>1C</sub>の上昇を抑制し,膵島の病理組織変性を抑制する傾向を示した.国内の臨床試験では,2型糖尿病患者に対し食後の急峻な血糖上昇を強力に抑制し,血糖上昇ピークを遅延させ,食後の急峻な血糖上昇によるインスリンの過剰な分泌を抑制した.また,12週間の用量反応試験では用量に依存した食後血糖およびHbA<sub>1C</sub>の低下が認められた.スルホニルウレア(以下SUと略)剤との12週間の併用試験においては,空腹時血糖,食後の血糖および血清インスリンの低下,HbA<sub>1C</sub>の低下が認められ,継続して実施された52週間の長期投与においてもこれらの作用が減弱することはなかった.有害事象の大半は過度の薬理作用と考えられる消化器症状であった.また,低血糖は単独投与では発現せず,SU剤との併用においても発現率を増加する傾向はなかった.以上,非臨床および臨床試験の成績から,ミグリトールは2型糖尿病の食後過血糖を改善し,かつ安全な薬剤であると考えられた.<br>
著者
小林 裕美
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.132, no.5, pp.285-287, 2008 (Released:2008-11-14)
参考文献数
11
被引用文献数
6 6

アトピー性皮膚炎は症例毎に異なる悪化因子が関与するため,治療に個別のアプローチが必要である.悪化因子が比較的単純で除去しやすい例は,標準的治療のみで充分軽快するが,複雑な因子が関与し長年にわたる経過のうちに悪化の方向に向かう一群も存在する.このような例に対して,私たちはまず漢方で重視する「食」について指導し,なお改善しない場合に漢方方剤内服を併用してきた.アトピー性皮膚炎に用いる漢方エキス製剤は多岐にわたり,それぞれの薬理作用の理解のもとに使用する.小児,成人ともに気虚を伴う例に用いる補中益気湯(ほちゅうえっきとう)は,内因を改善する補剤の代表方剤である.補中益気湯のアトピー性皮膚炎治療における有用性を明らかにするため,私たちは,内服前後における血中サイトカイン値の変動を検討するなど症例集積研究を重ねてきた.さらに最近,プラセボを対照薬とした多施設共同無作為化二重盲検比較試験を行った(Evidence-based Complementary and Alternative Medicine 2008; doi: 10.1093/ecam/nen003).対象は,4週間以上の標準治療にても緩解しない難治症例でかつ,補中益気湯の使用目標となる気虚判定表のスコアで気虚と判定された例に限定した.試験開始前と同じ治療内容を継続し,補中益気湯またはプラセボを24週間投与し,皮疹の重症度の推移のみならず,外用剤の使用量を点数化し,また安全性についても検討した.3カ月後では有意な差はみられなかったが6カ月後の結果において補中益気湯群で外用量の有意な削減効果がみられ,皮疹が消失した著効例も補中益気湯群に多く,増悪例は有意に少なかった.
著者
久場 敬司 湊 隆文 韮澤 悟 佐藤 輝紀 山口 智和 渡邊 博之 今井 由美子 高橋 砂織
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学会年会要旨集 第93回日本薬理学会年会 (ISSN:24354953)
巻号頁・発行日
pp.3-P-314, 2020 (Released:2020-03-18)

Angiotensin-converting enzyme 2 (ACE2) is a negative regulator of the renin-angiotensin system, critically involved in blood pressure regulation, heart function, lung injury, or fibrotic kidney disease. Recombinant human ACE2 protein (rhACE2), currently clinically evaluated to treat acute lung failure, is a glycosylated protein, requiring time- and cost-consuming protein production in mammalian cells. Here we show that the B38-CAP, a carboxypeptidase derived from Paenibacillus sp. B38, is a novel ACE2-like enzyme to decrease angiotensin II levels in mice. Comparative analysis of protein 3D structures revealed that B38-CAP homologue shares structural similarity to mammalian ACE2 without any apparent sequence identity, containing the consensus HEXXH amino acid sequence of the M32 peptidase family. In vitro, recombinant B38-CAP protein catalyzed the conversion of angiotensin II to angiotensin 1-7, as well as other known ACE2 target peptides, with the same potency and kinetics as human ACE2. Treatment with B38-CAP reduced plasma angiotensin II levels and suppressed angiotensin II-induced hypertension, cardiac hypertrophy and fibrosis in mice. Moreover, continuous infusion of B38-CAP inhibited pressure overload-induced pathological hypertrophy, myocardial fibrosis, and cardiac dysfunction in mice, without any overt toxicity of liver and kidney. Our data identify the bacterial B38-CAP as an ACE2-like carboxypeptidase, which exhibits ACE2-like functions in vitro and in vivo. These results indicate that evolution has shaped a bacterial carboxypeptidase to a human ACE2-like enzyme. Bacterial engineering could be utilized to design improved protein drugs for hypertension and heart failure.
著者
佐伯 万騎男 江草 宏
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.144, no.6, pp.277-280, 2014
被引用文献数
1

骨粗鬆症治療薬は骨吸収抑制薬と骨形成促進薬に分類される.従来の骨粗鬆症治療薬は骨吸収抑制薬が主流であったが,破骨細胞と骨芽細胞の活性が共役する機構が存在するために長期的には骨形成が低下して効果が減弱したり副作用が生じたりする問題点があった.骨形成促進薬anabolic agent としてはヒト副甲状腺ホルモン(parathyroid hormone:PTH)製剤であるテリパラチドが現在唯一の治療薬である.我々は破骨細胞におけるnuclear factor of activated T cells (NFAT)シグナルをターゲットとした骨吸収抑制薬の創薬を当初の目的として,RAW264.7 細胞を用いたセルベースアッセイ系を構築し,様々な化合物ライブラリーを用いた創薬スクリーニングを行ってきた.スクリーニング中に多くのNFAT 活性化小分子化合物を発見し,これらの破骨細胞を活性化させる化合物が,anabolic therapy に使用できる可能性があるのではないかと考えた.Anabolic agent として唯一臨床応用されているPTH 製剤が血中のカルシウム濃度を上昇させるしくみの一つに,骨吸収の促進がある.したがって,PTH の骨吸収促進という教科書的事実に固執していたら,テリパラチドが骨形成促進薬として開発されることもなかったであろう.PTH の持続的投与は骨吸収の促進をもたらすが,間歇的投与intermittent PTH(iPTH)treatment によるPTH の骨形成促進作用に注目したことが,テリパラチドという骨形成促進薬の開発につながった.我々はこのテリパラチドの例をヒントに,あえて破骨細胞の活性化薬をスクリーニングすることから,新しい骨形成促進薬を開発できないかと考えている.
著者
佐藤 輝紀 久場 敬司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.153, no.4, pp.172-178, 2019 (Released:2019-04-11)
参考文献数
41

Apelinは内因性のAPJ受容体アゴニストであり,生体内に広く発現し,血管拡張作用,心筋収縮力増強,体液調節,代謝の制御,心血管系の発生,骨格筋の再生など多くの生理機能を有することが解明されてきた.高血圧,心不全,肺高血圧,動脈硬化など心血管系病態に対するApelinの改善効果について多くの研究がなされてきたが,近年サルコペニアや加齢性疾患における役割が注目されている.Apelinの薬理作用のひとつにレニン-アンジオテンシン系(RAS)との相互作用があるが,これまでの私たちの研究成果から,アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)の制御を介して,RASを負に調節することで心不全病態を改善することが明らかになってきた.また近年,第2のAPJ受容体リガンドElabela/Toddlerが心臓発生に不可欠なホルモンとして同定され,Apelinと同様にElabelaが心機能維持,心保護効果の薬理作用を有することが明らかになってきた.心不全パンデミックとよばれ,心不全患者が年々増加している一方で,その病態解明ならびに治療方法の開発はいまだ十分とは言えない.Apelinは強心作用と心保護効果を併せ持つことから新規カテゴリーの心不全治療薬候補であり,今後ApelinあるいはAPJ受容体アゴニストが新しい心不全治療薬として発展することが期待される.
著者
大西 治夫 伊藤 千尋 鈴木 和男 仁保 健 下良 実 山口 和夫
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.78, no.3, pp.139-144, 1981 (Released:2007-03-09)
参考文献数
18
被引用文献数
3 2

tofisopam の嗅球摘出ラットにおける拘束ストレス潰瘍,水浸拘束ストレス下における腸管輸送能およびウサギ視床下部電気刺激による自律神経反応に及ぼす影響について検討した.嗅球摘出ラットに拘束ストレスを負荷することにより,胃潰瘍の発現率および潰瘍指数の上昇が認められた.tofisopam は嗅球摘出ラットにおける拘束ストレス潰瘍を著明に抑制した.ラットに水浸拘束ストレスを負荷したところ,明らかに腸管輸送能の亢進が認められたが,tofisopam はこの腸管輸送能の亢進を抑制した.ウサギの視床下部(内側視索前野)を電気刺激したところ,耳介細動脈および細静脈の収縮,耳朶温の低下,瞳孔径の増大などの変化が認められた.tofisopam 1mg/kg 静注により,視床下部の電気刺激による耳介細動脈および細静脈の収縮ならびに瞳孔径の増大に対する抑制が認められた.また,tofisopam 0.1mg/kg の脳脊髄内投与によっても,視床下部の電気刺激による耳介細動脈の収縮,耳朶温の低下および瞳孔径の増大に対する抑制が認められた.これらの結果は,tofisopam が各種ストレス負荷時にみられる自律神経系の異常を改善し,さらに,自律神経系の高位中枢である視床下部に対しても作用を有することを示すものと思われた。
著者
片山 謙一 森尾 保徳 芳賀 慶一郎 福田 武美
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.105, no.6, pp.461-468, 1995-06-01
参考文献数
15
被引用文献数
10

消化管運動賦活調整薬であるシサプリド(cis-4-amino-5-chloro-N-[1-[3-(p-fluorophenoxy)propyl]-3-methoxy-4-piperidy1]-o-anisamide)のセロトニン(5-HT)<SUB>4</SUB>受容体への親和性を,モルモット脳線条体を膜標品とする<SUP>3</SUP>H-GRIl3808結合試験を用いて検討した.<SUP>3</SUP>H-GR113808は解離定数(Kd値)0.21&plusmn;0.009nM,最大結合量(B<SUB>max</SUB>値)162&plusmn;7.7fmol/mgタンパクで単一結合部位に結合した(Hill係数1.0&plusmn;0.03).しかし,<SUP>3</SUP>H-GRI13808と特異的に結合した膜標品に高濃度のシサプリドを添加すると,<SUP>3</SUP>H-GRI13808は急速に受容体から解離し,シサプリドは<SUP>3</SUP>H-GR113808と同一部位に結合することが示唆された,シサプリドの<SUP>3</SUP>H-GRII3808に対する阻害作用は濃度依存的であり,高濃度では完全に阻害した.結合阻害定数(K<SUB>i</SUB>値)は70nMであり,5-HT<SUB>4</SUB>受容体への親和性は5-HTの約1.9倍,5-メトキシトリプタミンの約7.3倍,モサプリドの約4.3倍,ザコプリドの約11倍,メトクロプラミドの約26倍であった.ドンペリドンの親和性は非常に弱く,マレイン酸トリメブチンおよびナパジシル酸アクラトニウムは親和性を示さなかった.<SUP>3</SUP>H-GR113808結合に対する阻害作用の様式を検討したところ,シサプリドは<SUP>3</SUP>H-GR113808のKd値を増加させ,B<SUB>max</SUB>値には影響を及ぼさなかった.以上の結果から,シサプリドは5-HT<SUB>4</SUB>受容体に対し<SUP>3</SUP>H-GR113808と競合的に結合することが明らかとなった.
著者
東 泰孝 竹内 正吉
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.143, no.6, pp.275-278, 2014 (Released:2014-06-10)
参考文献数
44

炎症性腸疾患は,難治性の慢性腸炎であり,小腸および大腸を好発部位とするクローン病および大腸に起こる潰瘍性大腸炎が代表的な疾患である.いずれも慢性的な炎症の緩解と再燃を繰り返す疾患である.原因は未だ完全には解明されていないが,これまでに,IL-2,IL-10およびT 細胞受容体の遺伝子欠損マウスが炎症性の腸炎を惹起することから,免疫異常,特に粘膜免疫系の過剰な反応によって誘発される可能性が示されている.今回,IL-10ファミリーに分類されるIL-19の炎症性腸疾患における役割を検討したところ,クローン病モデルおよび潰瘍性大腸炎モデルのいずれにおいても,IL-19遺伝子欠損に伴い炎症の悪化が起こることが明らかとなった.
著者
濱田 祐輔 山下 哲 田村 英紀 成田 道子 葛巻 直子 成田 年
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.148, no.3, pp.128-133, 2016 (Released:2016-09-01)
参考文献数
17

慢性疼痛患者は,持続的な痛みを訴える一方で,二次的にうつや不安障害などの精神障害や睡眠障害などの高次脳機能障害を伴うケースが多い.特に,睡眠障害は多くの慢性疼痛患者において共通して認められる症状のひとつであり,逆に睡眠の量や質の悪化が痛みの重症度やうつ・不安障害の悪化に密接に関係している.このような複雑な合併症状による負の連鎖は,「慢性疼痛」という病態を複雑にして患者のQOLを著しく低下させてしまう.こうした現状は,疼痛治療において,疼痛以外の併発・合併症状の改善も考慮に入れて治療を行う必要性を示唆している.そこで我々は,慢性疼痛下における睡眠障害の発現メカニズムについて解析を試みた.神経障害性疼痛モデルマウスを作製し,疼痛下の前帯状回領域において,グルタミン酸遊離量の増加ならびに細胞外GABA濃度の低下を認め,前帯状回領域における神経回路の興奮-抑制のバランスの異常により睡眠障害が惹起されうる可能性を見出した.また,この神経障害性疼痛モデルマウスにおいて,前帯状回領域における神経活動の機能変化にアストロサイトの活性化が一部寄与していることが明らかとなった.さらに,オプトジェネティクス法を駆使した前帯状回アストロサイトの特異的活性化により,睡眠障害が惹起されることを見出した.したがって,慢性疼痛下における睡眠障害の発現の一端には,前帯状回領域における興奮-抑制バランスの調節不全ならびに神経-グリア相互作用の機能異常が関与している可能性が考えられる.
著者
竹内 孝治 加藤 伸一 香川 茂
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.120, no.1, pp.21-28, 2002 (Released:2003-01-28)
参考文献数
40

胃粘膜に軽微な傷害が発生した場合,酸分泌は著しく減少し,胃内アルカリ化が生じる.このような酸分泌変化は非ステロイド系抗炎症薬ばかりでなく,一酸化窒素(NO)合成酵素阻害薬の前処置によっても抑制される.特にNO合成酵素阻害薬の存在下に胃粘膜傷害を発生させた場合,胃酸分泌は“減少反応”から“促進反応”に転じ,この変化はヒスタミンH2拮抗薬,肥満細胞安定化薬,および知覚神経麻痺によって抑制される.すなわち傷害胃粘膜では,プロスタグランジン(PG)およびNOを介する酸分泌の抑制系に加えて,粘膜肥満細胞,ヒスタミンおよび知覚神経を介する酸分泌の促進系も活性化されており,両者のバランスによって傷害胃での酸分泌反応が決定されている.通常は抑制系が促進系を凌駕しているために“酸分泌減少”として出現するが,NO合成阻害薬では抑制系が抑制される結果,促進系が顕在化し,“酸分泌促進”を呈する.傷害発生に伴い管腔内に遊離されてくるCa2+はNO合成酵素の活性化において必要であり,管腔内Ca2+の除去も胃内アルカリ化を抑制する.興味あることに,PGは傷害胃の酸分泌変化において両面作用を有しており,“抑制系”の仲介役に加えて,“促進系”の促通因子としての作用も推察されている.また,傷害胃で認められる酸分泌変化に関与するPGやNOはそれぞれCOX-1およびcNOS由来のものであり,傷害後に認められる胃内アルカリ化は選択的COX-2阻害薬やiNOS阻害薬によっては影響されない.このように,傷害胃粘膜の酸分泌反応は正常胃粘膜とは明らかに異なり,内因性PGに加えて,NO,ヒスタミン,知覚神経を含めた複雑かつ巧妙な調節系の存在が推察される.このような酸分泌変化は障害発生に対する適応性反応の一つであり,傷害部への酸の攻撃を和らげることにより,傷害の進展を防ぎ,損傷部の速やかな修復を促す上で極めて重要である.
著者
田辺 光男 高須 景子 小野 秀樹
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.134, no.6, pp.299-303, 2009 (Released:2009-12-14)
参考文献数
37
被引用文献数
1 1

抗てんかん薬ガバペンチンは,欧米において神経因性疼痛治療薬としての地位を確立しているが,その作用メカニズムについては未解明な部分が多い.我々はその作用部位として上位中枢に焦点を当てた研究を行い,脳室内投与したガバペンチンが神経損傷(マウス坐骨神経部分結紮モデル)後の疼痛症状(熱痛覚過敏および機械アロディニア)に対し障害依存的な鎮痛作用を発揮することを示し,ガバペンチン全身投与後の鎮痛作用において,上位中枢を介する効果が大きく寄与することを見出した.ガバペンチンの全身投与あるいは脳室内投与によって引き起こされる鎮痛効果は,脳幹から脊髄へ下行するノルアドレナリン(NA)神経を消失させると大幅に減弱し,また,α2-アドレナリン受容体アンタゴニストヨヒンビンの全身投与や脊髄内投与によって同様に減弱した.脳室内投与したガバペンチンが脊髄腰部膨大部のNA代謝回転を神経障害依存的に促進させたことからも,上位中枢に作用したガバペンチンが下行性NA神経を介して脊髄内においてNA遊離を増加させ,α2-アドレナリン受容体を介した鎮痛効果を発揮すると考えられる.さらに,坐骨神経部分結紮による神経障害後に作製したマウス脳幹スライスの青斑核ニューロンにおいて,ガバペンチンはGABA性の抑制性シナプス伝達をシナプス前性に抑制することを明らかにした.Sham手術マウス由来のスライスではガバペンチンはこの抑制性シナプス伝達抑制作用を示さず,また,神経障害後でも興奮性シナプス伝達に対しては影響を及ぼさなかった.これらの研究結果より,ガバペンチンは青斑核においてGABA性の抑制性入力を抑制することによって青斑核ニューロンを脱抑制し,下行性NA疼痛抑制経路を活性化させて神経因性疼痛を緩解することが示唆された.
著者
林 元英
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.73, no.2, pp.205-214, 1977 (Released:2007-03-29)
参考文献数
7
被引用文献数
28 33

生薬紫根の薬理学的研究の一環として,その代表的製剤である紫雲膏の炎症反応に対する影響を,紫根ならびに当帰工一テルエキス軟膏の局所適用と比較検討した.紫根エキスはhistamine, bromelain, bradykininおよび抗ラット・ウサギ血清によって惹起した血管透過性充進を明らかに抑制した.抗ラット・ウサギ血清および熱刺激による浮腫に対しても有意な抑制作用を示し,紫外線照射ならびに熱刺激による局所皮膚温の上昇をも抑制した.創傷治癒に対しては創傷部の牽引法および面積法の両方法において明らかな治癒促進効果を示した.紫根エキスによるこれらの作用は0.2~0.1%濃度が最も強力で,それより上下の濃度になるにつれて効果は減弱した.当帰エキスは血管透過性充進を軽度抑制し,濃度の高い程作用も強く,急性浮腫に対しては0.04%濃度軟膏のみに抑制作用が認められた.しかし炎症性皮膚温の上昇や創傷治癒に対しては何ら影響しなかった.紫雲膏は紫根および当帰成分をそれぞれ0.2%,および0.04%含有し,両者が最も強力な効果を示す理想的な濃度を含有することが認められた.そして紫雲膏は紫根エキスと同様な作用を示し,当帰配合による有意差は認められなかったものの,紫根単独より多少強力な効果を呈した.それ故紫雲膏は炎症性の腫張ならびに発赤,発熱を抑制し,創傷治癒を促進すると共に紫根には抗菌作用があると言われるので外傷などの治療薬として好ましい製剤であることが認められた.
著者
中丸 幸一 菅井 利寿 木下 宣祐 佐藤 雅子 谷口 偉 川瀬 重雄
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.104, no.6, pp.447-457, 1994 (Released:2007-02-06)
参考文献数
38
被引用文献数
9 7

特発性炎症性腸疾患(IBD)である潰瘍性大腸炎とクローン病に対する治療薬としてメサラジン(mesalazine)顆粒(Pentasa®)が開発された.我々はすでにメサラジン顆粒の実験的大腸炎モデルに対する有効性を見い出した.本研究では,メサラジン(5-aminosalicylic acid)のラジカルおよび活性酸素の消去作用をin vitroの系で,脂質過酸化に対する作用をin vitroおよびin vivoの系で,さらにはロイコトリエンB4(LTB4)生合成に対する作用を検討した.その結果,メサラジンはフリーラジカルである1,1-diphenyl-2-picrylhydrazylを還元し,IC50値は9.5μMであった.また,活性酸素である過酸化水素と次亜塩素酸イオンの消去作用を示し,IC50値はそれぞれ0.7μM,37.0μMであったが,スーパーオキサイド消去作用は示さなかった.さらに,ラット肝ミクロソームでの過酸化脂質の生成を抑制し,IC50値は12.6μMであった.in vivoの系では,幽門部を結紮したラットにおいて,胃を虚血再灌流することで生じる胃粘膜過酸化脂質量に対する効果を検討した.メサラジン25,50mg/kgの胃内投与で十分量のメサラジンが胃粘膜に分布するとともに,用量依存的に過酸化脂質抑制効果を示し,50mg/kgでは有意(P<0.01)であった.ラットの腹腔から採取した好中球でのLTB4生合成に対してメサラジンは抑制作用を示し,IC50値は44.9μMであった.メサラジンの代謝物であるN-acetyl-mesalazineは高濃度(1mM)でLTB4生合成を抑制したが,ラジカル,活性酸素の消去作用および過酸化脂質の抑制作用は示さなかった.以上の成績から,メサラジンは炎症部位で生じる活性酸素を消去することで細胞障害を抑制すること,さらにはLTB4生合成を阻害することで好中球の浸潤を抑制することが示唆された.そして,メサラジン顆粒はこれらの作用機序を介してIBDに有効であることが示唆される.
著者
大島 清 清水 慶子 穐本 晃 津田 健 大廻 長茂 粟田 浩
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.90, no.3, pp.171-175, 1987

妊娠ラットおよびサルを用いて,麻酔下で子宮運動をバルーンカテーテル又はオープンエンドカテーテル法により測定し,OU-1308の子宮に対する作用をprostaglandinF2<SUB>2&alpha;</SUB>(PGF2<SUB>2&alpha;</SUB>)と比較検討した.妊娠ラットにおけるPGF2<SUB>2&alpha;</SUB>およびOU-1308の静脈内投与での子宮収縮量は,妊娠8日目でいずれも30&mu;g/kg,妊娠20日目でいずれも10&mu;g/kgであった.妊娠50~120日目のサルにおけるPGF<SUB>2&alpha;</SUB>およびOU-1308の静脈内投与での子宮収縮量はいずれも10&mu;g/kgであった.なお,OU-1308の500&mu;g/kgの経口投与では妊娠サルの子宮運動に影響を及ぼさなかった.以上の結果から,OU-1308は静脈内投与でPGF<SUB>2&alpha;</SUB>と同等の子宮収縮作用を有する事が明らかになった.
著者
桜井 武
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.122, no.3, pp.236-242, 2003 (Released:2003-08-26)
参考文献数
32
被引用文献数
2

近年,摂食行動を制御する機構について,関心が高まっており,視床下部を中心とした中枢神経系における摂食行動とエネルギー収支の制御機構の一部が明らかになってきている.とくに,レプチンの発見以降,その影響を受ける中枢性の因子として,多くの生理活性ペプチドが食欲を制御していることがわかってきた.本稿では,神経ペプチドの役割を中心に摂食行動やエネルギー収支の制御メカニズムについて概説する.
著者
柴田 重信 平尾 彰子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理學雜誌 = Folia pharmacologica Japonica (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.137, no.3, pp.110-114, 2011-03-01
参考文献数
14
被引用文献数
1

哺乳類の体内時計遺伝子<I>Clock</I>,<I>Per1</I>が発見されて以来,体内時計の発振,同調,出力の分子機構が明らかになってきた.時計遺伝子発現は生体の至る所で見られ,視交差上核を主時計,視交差上核以外の脳に発現する時計を脳時計とよび,肝臓や肺,消化器官などに発現する時計を末梢時計と呼ぶようになった.これらの事実は,生体の働きに時間情報が深く関わっている可能性を強く示唆するものである.種々の疾病の症状には日内リズムが見られ,たとえば喘息の症状は朝方悪化しやすく,虚血性心疾患は早朝から午前中にかけて起こりやすいことも知られている.また,コレステロールの合成酵素のHMG-CoA reductaseの活性は夜間に高まることから,スタチン系の薬物は夕方処方が推奨されている.このように,疾病治療における薬の作用を効果的にするために,発症時刻に合わせて,薬を与えるというような治療法が考案されてきた.いわゆる時間薬理学という学問領域である.一方で,最近時間栄養学の研究領域が台頭してきた.食物や栄養などの吸収や働きを考えると,栄養の摂取時刻により,栄養の働きが異なる可能性が考えられる.実際,同じ食物でも夜間に食べると太りやすいと言われており,これはエネルギー代謝に日内リズムがあることに起因する.また,薬物の吸収,分布,代謝,排泄に体内時計が関わるように,栄養の吸収,代謝などには体内時計が深く関わる可能性がある.体内時計の同調刺激に規則正しい食生活リズムが重要であることが指摘されて以来,同調刺激になりやすい機能性食品の開発が試みられている.このことは,たとえばメタボリックシンドロームの治療や予防に,時間薬理と時間栄養の両学問の知識や研究成果の集約が,効果的である可能性を示唆する.
著者
劉 世玉
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.141, no.3, pp.131-135, 2013 (Released:2013-03-08)
参考文献数
14

近年,医薬品への研究開発投資は上昇しており,その一方で上市される医薬品の数は横ばいあるいは低下傾向にあり,医薬品1剤あたりの開発コストの上昇,研究開発の生産性低下が問題となっている.研究開発の生産性を高めるため,様々な取り組みが行われており,Exploratory IND(探索的IND,IND:investigational new drug),バイオマーカーの利用,PGx(pharmacogenomics:ファーマコゲノミクス,またはゲノム薬理学)の導入やイメージング技術などを医薬品開発の加速ツールとするトランスレーショナルリサーチ(translational research:TR)は大きく期待されている.PGxは,特定の疾患において,患者のゲノム情報に基づいて,有効で安全性の高い医薬品を提供することを目的としている.製薬企業にとっては,ゲノム情報を用いた「個別化医療」の実現を目指した創薬開発と言える.TRにおけるPGxの役割は,ゲノム情報を導入することにより,探索の段階では,より早期に各疾患の創薬ターゲットやバイオマーカーの確立を可能にする.また臨床試験において,①早期のGo/No-goの意思決定の提供,②レスポンダーや高リスク患者群の同定,③臨床試験において患者の層別など特定のサブグループに焦点を当てた医薬品開発を行うことにより,試験サイズ・費用の低減,開発期間の短縮,成功確率の向上に繋がる.一方,上市後に撤退した薬剤の救済や,レスポンダーとノンレスポンダーの解析結果を基礎研究へフィードバックすることにより新しい創薬にもなりうる.特に,上市後において安全性の問題で市場からの撤退を余儀なくされた場合は,その副作用に関連する遺伝子を同定するために国内製薬企業が構築した日本人のコントロールDNAデータベースを利用し原因遺伝子を特定することにより,その副作用リスクを有する患者群を対象患者から除いた新たな患者層に対する薬剤として再申請し復活させることも可能である.
著者
鈴木 雅徳 鵜飼 政志 笹又 理央 関 信男
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理學雜誌 = Folia pharmacologica Japonica (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.139, no.5, pp.219-225, 2012-05-01
参考文献数
14
被引用文献数
1

ミラベグロン(ベタニス<sup>&reg;</sup>錠)は選択的<I>&beta;</I><sub>3</sub>アドレナリン受容体作動薬であり,現在,新規過活動膀胱治療薬として本邦で使用されている.ヒト<I>&beta;</I>アドレナリン受容体発現細胞を用いた機能実験において,ミラベグロンはヒトの膀胱弛緩に主に関与している<I>&beta;</I><sub>3</sub>アドレナリン受容体に選択的な刺激作用を示すことが確認された.ラットおよびヒト摘出膀胱標本を用いた機能実験において,ミラベグロンはカルバコール刺激による持続性収縮に対して弛緩作用を示した.麻酔ラットにおいて,ミラベグロンは静止時膀胱内圧を低下させたが,ムスカリン受容体拮抗薬であるトルテロジンおよびオキシブチニンは明らかな低下作用を示さなかった.また,麻酔ラットにおいてミラベグロンは,律動性膀胱収縮の収縮力に影響を及ぼさなかったが,オキシブチニンは収縮力の低下を引き起こした.ミラベグロンは過活動膀胱モデルラットにおいて,減少した平均1回排尿量を増加させた.尿道部分閉塞ラットにおいて,ミラベグロンは排尿圧および残尿量に影響を及ぼすことなく排尿前膀胱収縮回数を減少させたが,トルテロジンおよびオキシブチニンは,高用量投与時にそれぞれ1回排尿量減少および残尿量増加作用を示した.以上の非臨床薬理試験により,ミラベグロンはムスカリン受容体拮抗薬と異なり,排尿時の膀胱収縮力を抑制することなく1回排尿量を増加させることが明らかとなった.過活動膀胱患者を対象とした米国および欧州第III相臨床試験において,ミラベグロンは過活動膀胱の諸症状に対して優れた有効性および忍容性を示した.口内乾燥の発現率は,ミラベグロン群とプラセボ群で同程度あり,トルテロジンSR群より低かった.以上,非臨床薬理試験および臨床試験の結果から,ミラベグロンは既存薬とは異なる新たな作用機序により,ムスカリン受容体拮抗薬に特徴的な口内乾燥の発現率を低減し,過活動膀胱の諸症状に対して改善効果を示す薬剤であることが示された.