著者
向井 智哉 藤野 京子
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.86-98, 2020

本研究の目的は、刑事司法に対する態度を測定する尺度を作成することである。刑事司法に対す る態度についての研究は、厳罰化を中心として、1970 年代以降幅広く調査・研究されている。し かしその一方で、用いられる尺度が研究ごとに異なるため、相互の比較が困難になっているという 問題点が指摘されてきた。そこで本研究では、刑事司法に対する態度を正確に測定する尺度を作成 し今後の研究に資することを目指して質問紙調査を行った。具体的には、法学や社会学において行 われてきた犯罪化に関する議論を参照し、刑事司法に対する態度に含まれると考えられる 6 つの要 素を抽出した。その後、質問紙による調査を行い、因子構造と信頼性を確認し、ならびに基準関連 妥当性の観点から妥当性の検討を行った。その結果、「処罰の厳罰化」「処罰の早期拡大化」「治療 の推進化」「治療の早期拡大化」の 4 因子からなる尺度が作成され、一定の信頼性・妥当性を持つこ とが示された。
著者
山内 佑子 高橋 雅延 伊東 裕司
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.83-92, 2008-08

認知インタビュー(Cognitive Interview:以下CI)は認知心理学の実験的知見をもとにFisherとGeiselmanによって開発された記憶促進のための事情聴取方法である。想起方法としてCI技法を用いない標準インタビュー(Standard Interview:以下SI)とCIの2条件を設けて比較した従来の研究では、CIはSIよりも正確な情報を引き出すことが明らかにされている。本研究では2つの実験において、CIの有効性に及ぼす目撃者の性格特性の差異の影響を検討した。すなわち、参加者を向性テストの結果によって外向性高群と外向性低群に分けた後、銀行強盗の短いビデオを呈示した。実験1ではSI条件とCI条件を比較した。実験2では全員がCIを受ける前に、CI技法による想起の経験か、CI技法によらない想起の経験のいずれかを行った。その結果、CIの有効性は目撃者の性格特性によって影響を受けることが明らかとなった。これらの結果についてはCIにおけるラポール形成の面から考察した。
著者
笹倉 香奈
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.3-7, 2017 (Released:2019-01-02)

本稿は「トンネル・ヴィジョン」に関する英米における議論を紹介することを目的とする。「トン ネル・ヴィジョン」とは、トンネルの中に入ったときのように視野が狭窄し認知の範囲が狭くなる 状態である。例えば捜査官はある被疑者に焦点を絞り、その被疑者の事件について有罪判決を得る ための証拠を選び出す。他方で、無罪方向を示す証拠を無視したり排除してしまったりする。有罪 への志向は証人や目撃者の取調べや識別手続、被疑者の取調べ、情報提供者への対応に影響を与え ることになる。この状況がトンネル・ヴィジョンであり、冤罪の原因となる。内在的な要因(認知 バイアス)だけではなく、外在的な要因(刑事司法制度を取り巻く様々な制度的な圧力)によって、 トンネル・ヴィジョンは強化される。捜査官のみならず、検察官、弁護人、裁判官など、全ての人 がある結論に固執し、トンネル・ヴィジョンに陥る。欧米では 2000 年代以降、刑事司法における トンネル・ヴィジョンや認知バイアスについての研究が進められてきた。トンネル・ヴィジョンに 陥り、冤罪を生まないようにするためにいかなる方策が必要かという点についての議論も紹介する。
著者
村山 満明
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.121-124, 2011 (Released:2017-06-02)

強姦致傷被告事件について行った外傷性記憶に関する専門家証言ならびに被害者供述の供述分析の結果について報告した。専門家証言においては、文献に基づいて、外傷的体験の記憶であるということのみで、その記憶は正確であるというように一般化することはできないこと、また、外傷的体験を想起することは記憶の断片をつなぎ合わせて受け入れられるストーリーを構成することであり、その過程では記憶が歪曲を受ける可能性があることなどを述べた。次に供述分析では、被害者供述には加害者の特定、犯行内容、加害者特定の手がかりとなる情報に関して種々の変遷がある、加害者について被告人には当てはまらない事柄を述べている、重要な物証の存在について述べながらその証拠が提出されていない、一時期「rapeは嘘だった」と述べているなどのことを指摘した。そのうえで、被告人が真犯人であると考えると、被害者の一連の供述には理解が困難となる点が認められるのに対し、被告人が真犯人ではないと考えると、偽りの記憶が生まれる可能性さえ考慮すれば、その一貫した理解が可能であると結論した。
著者
菊野 春雄
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.1, no.1, pp.55-66, 2001 (Released:2017-05-26)

本論文の目的は、誤った目撃証言を予防・診断・復元するという観点にもとついて、心理学研究を展望し、その可能性について検討した。これまでの研究を、予防研究、診断研究、復元研究に分類した。予防研究というのは、誤った証言の発生を予防することに貢献する研究であり、目撃証言のメカニズムを解明し、目撃証言に影響する要因を明らかにする研究である。診断研究というのは、目撃証言が正しいのかどうかを診断する方法を開発するのに貢献する研究である。復元研究は完全な形で想起されなかった記憶表象を復元する方法の開発に貢献する研究である。これらの研究を展望することにより、これらの3つの領域の研究の発展が、心理学研究の可能性を豊かなものにすることが示唆された。
著者
ペンロッド スティーブン D 黒沢 香
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.36-62, 2008

この講演ではまず、記録文書研究と心理学者が行った実験研究を用いて、目撃者がおかす誤りの深刻さについての最近の研究を検討する。そして、人物同一性に関する目撃証言における間違いの原因についての最近のよく知られた実験研究およびメタ分析研究を展望する。ここで報告する研究が焦点を当てたのは、犯罪、犯罪者および目撃者のさまざまな特徴、それから犯罪後に起きたこと、警察が用いる同一性証言の聴取手続き、および裁判官や陪審員による目撃証言の正確さの評価である。とくに注目したのは、逮捕写真集、似顔絵と合成写真、単独面通し、ラインナップなどの使用、および目撃者に対する教示などの手続きが、証言の正確さに与える影響についてである。最後に、無実の人を有罪にしないため、米国の心理学者たちが提案した手続き上の変更と、その提案への警察・司法当局の反応について、考察したい。
著者
伊東 裕司
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.10-15, 2015 (Released:2017-06-02)

手続き二分のされていない日本の裁判員裁判において、裁判員の事実認定判断は、量刑判断のための証拠などによる不適切な影響を受けることはないかについて論じる。われわれの研究室で行われた、被害者の意見陳述の裁判員に対する影響についての3つの実験について検討した。模擬裁判実験の結果は、裁判員の事実認定判断が被害者の意見陳述の不適切な影響を受ける可能性があること、この可能性は裁判員に対する説示や審理からの時間の経過によって除去しきれないことが示唆された。我々の研究は、一般に、量刑判断のための証拠が裁判員の事実認定に不適切な影響を与えることを示すものと考えられる。手続き二分に関する議論においては、このような実証的なデータを十分に考慮すべきである。
著者
唐沢 穣
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.50-55, 2014

本報告では、裁判員制度の導入において強調された「市民の日常感覚を司法に反映させる」ことに伴ういくつかの問題点について、社会心理学の観点から考察した。まず、認知バイアスや感情が量刑判断に影響を与える可能性を指摘した。具体的には、(1)「係留-調整ヒューリスティック」をはじめとする直観的情報処理過程の影響が、一般市民だけでなく裁判官や検察官などの専門家においてさえも観察されること、(2)日常性の低い異常事態は反実仮想を喚起しやすく、その結果生じる後悔や同情などの感情が量刑や賠償に関わる判断を左右する可能性があること、(3)他者の行為は行為者の内的な原因(例えば個人の特性や動機、意図)をもって解釈されやすいという「対応バイアス」の存在、(4)そしてそれに付随して属人的情報が量刑判断に与える影響、などについて具体的な実験結果等をもとに議論した。次に、違反者に懲罰を加えようとする際の動機の源泉について、功利主義的観点と応報的正義の観点を対比した上で議論した。一般市民が司法に参加する制度を創設することによって、事実認定や量刑判断などに分散が生じることは当然の帰結とも言える。そこに系統的な影響をもたらす可能性のある認知バイアス等の心理的傾向とその特性を理解することの重要性は今後も増大していくことが予想される。
著者
平岡 義博
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.26-31, 2017 (Released:2019-01-01)

科学捜査研究所の勤務経験から、科学鑑定と捜査本部の捜査に影響するバイアスについて考察し た。科学鑑定におけるバイアスとして、DNA 型鑑定のエレクトロフェログラムの閾値問題(閾値を 下げた場合、ピークとノイズを間違う可能性)、指紋鑑定における合致基準のグレーゾーンと「鑑定 可能」と「鑑定不能」のダブルスタンダード問題に言及した。いずれも捜査情報からのバイアスに影 響されやすく、結果として鑑定を誤る危険性が内在することを指摘した。 凶悪事件の捜査を担う捜査本部は、犯人検挙のため一丸となって組織力・行動力を発揮する体制 であるが、捜査情報や鑑識資料が希少なケースなどでは、犯人性を支持する情報が取捨選択されて 証拠固めされ、否定的情報が十分検討されない(被疑者検挙という目的しか見えない状態:捜査バ イアス)まま送致されることが、無罪判決や冤罪の遠因になっていると考えられる。こうしたバイ アスの危険性を認識し、これを最小限に抑える対策が必要である。
著者
高見 秀一
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.3-9, 2015

本報告では、手続二分論の観点から2件の刑事裁判を考察した。第一は、平成21年4月23日起訴の殺人既遂被告事件である。裁判員裁判が始まる直前に起訴された事件であったため、裁判員裁判ではないが、故杉田判事が裁判長をつとめておられた合議体に係属したため、同判事の、手続二分論的運用の試みに従った審理が行われた。犯人性を全面的に争った否認事件である。第二は、平成23年11月24日起訴の殺人(2名)既遂、死体遺棄被告事件である。この事件は、故杉田判事の合議体ではない合議体に係属した、裁判員裁判事件である。殺人については、事件性自体を全面的に争った否認事件である。手続二分論的運用ではなく、遺族の被害感情が罪体認定に悪影響を及ぼした可能性が高い。これらの事例を念頭に、手続二分論(的運用)についての検討を行った。手続二分論(的運用)のよいところは、少なくとも、罪体についての審理の過程に、被害感情・処罰感情が全く入ってこないことであり、そのメリットはとても大きい。しかし、罪体についての有罪心証を示されたからといって、罪体について激しく争っていた事件について、同じ裁判体に対し、有罪(有実)を前提にした情状についての主張・立証をする余地があるかについては、心理的に極めて困難であると考えられる。罪体に関する審理と、情状に関する審理を、別の裁判体が行わない限り、手続二分論的運用によっても十全な情状立証は困難であると思われた。
著者
廣井 亮一
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.1-6, 2011 (Released:2017-06-02)

「司法臨床」とは、司法的機能と心理臨床的機能の交差領域に生成する問題解決機能によって、子どもや家族の問題を適切に解決することである。司法と心理臨床の機能を併せ持つわが国の家庭裁判所における実践過程を振り返ると、両者の機能が乖離したり、司法的機能が強調され過ぎて心理臨床的機能が著しく低下したりしている。司法臨床の実現にとって困難な主要因として、司法と臨床の間題解決機能が派生する両者の基本的枠組みの相違が指摘される。それゆえ、司法臨床の展開のためには、法と心理臨床の価値や方法論の違いをそれぞれ尊重し合いながら、現代社会が直面する問題や紛争解決のために、両者の枠組みをダイナミックにぶつけ合うことが必要である。そうすることによって、特定の領域に限られつつある法と心理学の協働が更なる発展に向かうものと思われる。
著者
村山 綾 三浦 麻子
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.90-99, 2015 (Released:2017-06-02)

本研究の目的は、裁判員裁判を模した専門家-非専門家の評議過程において、(1)非専門家が有罪・無罪判断に用いる材料が事前の意見分布や評議前後の意見変容のパターンによって異なるかどうかを検討することと、(2)裁判員の主観的成果の指標として満足度に注目し、評議の満足度を高める要因を多面的に検討することである。実験協力者の裁判官役1名(常に有罪を主張)、実験参加者の裁判員役3名の計4名からなる30集団が有罪・無罪判断を決定する評議を行った。大学生90名のデータを対象とした分析の結果、非専門家は、専門家や多数派の意見を参考に自らの判断を行うこと、評議に関する満足度には専門家に対する信頼の程度や、専門家や自分と同じ立場である非専門家との意見の相違などが影響することが示された。事件内容の理解も満足度を高めていたが、評議中の発言量とは関連が見られなかった。裁判員の評議への実質的参加を高める評議デザインについて議論した。
著者
村山 綾 今里 詩 三浦 麻子
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.35-44, 2012 (Released:2017-06-02)

本研究の目的は、専門家と非専門家による評議コミュニケーション場面で専門家の意見が評決に及ぼす影響について実験的に検討することである。実際の裁判員裁判に類似したシナリオを用いて、裁判員役の大学生3名と裁判官役の実験協力者1名の4名からなる評議体(合計93名、31評議体)が被告人の有罪・無罪について話し合った。事前意見分布(有罪多数、対立、無罪多数)と評議スタイル(評決主導もしくは証拠主導)を操作した。分析の結果、裁判官役と反対意見に判断を変化させる参加者よりも、同一判断に意見を変容させる参加者が多かった。また評議後に裁判官と同一判断だった参加者は、評議前の判断の確信度よりも評議後の確信度の方が高くなっていた。本研究で得られた知見に基づいて、裁判員制度および評議過程に関する提言を行った。