著者
入山 茂 池間 愛梨 桐生 正幸
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.95-101, 2017 (Released:2019-01-01)

縊死偽装事例では、自殺と関連しやすい情報が含まれることにより、確証バイアスが生じ、死因 の鑑別を誤る可能性がある。特に、検視官と比較して、法医学の専門的な訓練を受けていない司法 警察員における確証バイアスの影響は大きい可能性がある。本研究では、過去の縊死偽装事例の分 析を行うことにより、心理学の領域でほとんど検討されていない、縊死偽装事例に関わった司法警 察員における確証バイアスの影響について、研究の手掛りとなる知見を提供することを目的とした。 テキストマイニング手法を援用し、縊死偽装事例 1 例の検視に関わった元検視官、元法医学者、元 司法警察員の出版された記録から、遺体の部位や状況、遺体に付随する物品に関する単語および熟 語(以下、遺体情報)を抽出し、χ 2 検定および残差分析を行った。分析の結果、他殺と鑑別した元検 視官、元法医学者と比較して、自殺と鑑別した元司法警察員は、着眼する遺体情報の種類が少なく、 索状物、頸部圧迫、体重といった縊死と関連する遺体情報に着眼していた。
著者
向井 智哉 三枝 高大 小塩 真司
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.86-94, 2017 (Released:2019-01-01)
被引用文献数
1

理論犯罪学では“法律の感情化”と二分法的思考が厳罰傾向に影響を与えてきたという議論がなさ れている。本研究はその理論的議論を検証するため、質問紙法による調査を行い、二分法的思考、 社会的支配志向性、仮想的有能感、情報処理スタイルといった変数が厳罰傾向に及ぼす影響を明ら かにすることを試みた。その結果、検討に含めたすべての変数が有意であったが、その中でもとく に情報処理スタイルと二分法的思考が厳罰傾向の大きな予測因子であることが示された。この結果 は厳罰傾向にはある種の“非合理的”な要素が含まれており、刑罰に関する世論を理解しようとする のであれば、そのような要素を考慮に含める必要があることを示唆している。
著者
本庄 武
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.2, no.1, pp.76-91, 2002 (Released:2017-06-02)

本稿は、規範意識の維持・回復・強化を図ることを刑罰の目的とする理論である積極的一般予防論について、心理学理論に依拠しつつ検討するものである。第1に、積極的一般予防論が刑罰制度一般の存在根拠たり得るかについては、それを肯定し得る理論も存在したが、認知的発達理論によれば、刑罰による権威的な対応は萎縮効果をもたらし規範意識の発達にとって妨げとなると解し得た。第2に、積極的一般予防論が新たな立法により重罰化を行う根拠になり得るかについては、重罰化の効果を否定的に解し得る研究が存在した他、刑罰一般の積極的一般予防効果を根拠付け得る研究によっても規範意識を涵養するためにどの程度の刑罰が必要かを明らかにすることは困難に思われた。
著者
緑 大輔
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.36-42, 2016 (Released:2018-01-29)

司法面接の結果を録取したDVD を刑事裁判において証拠採用するためには、刑事訴訟法320 条 1 項の伝聞証拠禁止原則に抵触しないか、同法321 条以下の伝聞例外の要件を充足するかの形で証 拠能力が認められる必要がある。前者として、証明力を争うための補助証拠として用いる方法が考 えられる。後者として、対立当事者の同意を得て証拠能力を付与するという方法が考えられる(刑 訴法326 条)。もっとも、事実に関する争いが深刻な場合には、上記DVD を実質証拠として用いる ことが考えられる上、対立当事者が証拠採用に同意しない可能性が高い。そのような場合には、録 取者が児童相談所職員等のように検察官以外の者であれば刑訴法321 条1 項3 号を根拠として、 録取者が検察官であれば刑訴法321 条1 項2 号を根拠として、それぞれ採用することができない かが問題となる。後者は、検察官が「罪となるべき事実」の立証を重視して司法面接を行う場合は、 司法面接の手法にそもそも馴染みにくい可能性がある。前者は、司法面接対象者が公判廷で供述不 能であること等が要件となるが、下級審の裁判例に照らして、要件を充たす可能性がある。他方で、 司法面接が前提とする事実観と交互尋問制度が前提とする事実観には距離があり、証人審問権と司 法面接の調整には困難を伴いうる。
著者
白井 美穂 サトウ タツヤ 北村 英哉
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.40-46, 2011-10

本稿では、人々が凶悪犯罪に対面しながらも公正世界信念(Belief in a Just World)を維持するために有効な加害者の「非人間化方略」として、「悪魔化」と「患者化」の2つを挙げ、それぞれにおける思考プロセスの可視化を目指した。先行研究の結果から、加害者の非人間化が生じる凶悪事例(EVIL)とそうでない事例(BAD)について、参加者によって記述された判決文(死刑/無期)を、複線径路・等至性モデル(Trajectory Equifinality Model: TEM)を援用してまとめた。その結果、凶悪事例の加害者は両判決文において「一般的でない精神構造」を持つ者と仮定され、そこから派生した加害者の特性ラベリング(悪魔/患者)は、両判決の理由として機能していた。本稿の結果は、凶悪事例の加害者に対する死刑/無期判決を合理化・正当化する際、どちらを前提とした場合でも、人々が公正世界信念を維持できる知識構造を有していることを示すものである。
著者
厳島 行雄
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.17-28, 2014

飯塚事件におけるT氏の目撃供述の正確さの心理学的鑑定を行った。飯塚事件とは、小学生2女児が自宅から小学校に登校中に行方不明になり、翌日死体で発見された事件である。T氏の供述とは、この二人の所有物が遺棄されていた場所を事件当日のお昼前に、国道332号の山の中のワインディングロードを軽自動車で走行中(25KM)に、左に急に曲がる下りの坂道で目撃したというものである。目撃から12日後には事件担当の刑事を現場に案内し、その場所を迷いながらも特定し、目撃した人物と車の詳細について供述した。問題となるのは、その人物および停車中の供述内容が極めて詳細であり、そのような詳細な出来事の記憶が果たして本人の経験した目撃に由来するのかという点である。この問題を解決するために、目撃されたとされる場所を利用して、30名の実験参加者によるフィールド実験を行った。実験ではT氏の視認状況を再現することを試みた。その結果、T氏のような詳細を報告できる者は一人もいなかった。この目撃供述は、T氏の面接以前に犯人のものとされる車を調べた警察官によって作成されたことが、本鑑定書の作成後にわかった。このことはその捜査官によって車の詳細に関する誘導が行われた可能性を推察させる。
著者
白井 美穂 黒沢 香
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.114-127, 2009 (Released:2017-06-02)
被引用文献数
3

本研究では裁判員制度の枠組みから「専門家でない人々による量刑判断の要因」について、前科情報による効果を中心に、しかし今後の研究の土台として他要因についても多角的な検討を試みた。大学生及び社会人を対象とした2つの質問紙実験の結果から、量刑判断の主な要因としては被告人の再犯可能性や事件の悪質性の推測が挙げられ、また厳罰傾向と呼べる個人変数も重要な要因であることが示された。本研究でみられた主な前科情報の効果は、被告人に前科がある場合はより再犯可能性が高く推測され量刑も重くなったこと、また呈示事件が前科から長期間経過しておりかつそれらの事件内容が類似している場合に、事件の種類に関わらず量刑が最も重くなったことが挙げられるが、量刑判断と前科情報の関連は被告人についての情報呈示のあり方によって顕著となる可能性が示された。また本研究では性犯罪である強姦致傷も含め量刑判断において性差は一貫してみられなかったが、参加者の性別とJW得点の交互作用が厳罰傾向を媒介して量刑判断に関連したことを示し、間接的に量刑へ影響を及ぼし得ることを示した。
著者
野口 康彦
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.8-13, 2013 (Released:2017-06-02)

本稿では、子どもの心理発達のプロセスを踏まえたうえで、親の離婚を経験した子どもの心理について、特に喪失体験とレジリアンスについて言及した。また、親の離婚を経験した大学生を対象として、ベック抑うつ尺度(Beck Depression Inventory)の日本語版を用いた調査を行った。調査の結果から、親の離婚時と子どもの年齢は子どもの精神発達と密接に関連しており、思春期以降に親の離婚を経験した子どもは、親の離婚の影響を受けやすい傾向が示された。親の離婚に起因する子どもの心理的な問題の多くは、親が離婚する前の家庭環境が大きく関与している。親の離婚を経験した子どもが思春期において、親に対する葛藤をどのように体験するのかという点が重要である。
著者
山岡 重行 風間 文明
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.98-110, 2004-06

犯罪被害者の社会的地位や否定的要素は、加害者の量刑判断にどのように影響するのだろうか。Lerner(1980)の公正世界仮説によれば、人々は一般に良い人には良いことが起こり、悪い人には悪いことが起こるという信念を持っており、そのため悪いことが起こった原因はその人の日頃の行いの悪さに帰属されるのである。この公正世界仮説から次の二つの仮説が導き出される。仮説1:犯罪被害者に全く落ち度がない場合であっても、否定的要素が強くなるに連れて、被害者に対する同情などの肯定的態度は弱くなり、逆にその被害を天罰や自業自得とする否定的態度が強くなる。仮説2:犯罪被害者の否定的要素が強く社会的地位が低い場合は、被害者の否定的要素が弱く社会的地位が高い場合よりも加害者に対する量刑が軽くなり、この傾向は深刻な犯罪の場合により顕著になる。本研究はこの2つの仮説を2つの実験によって検討した。実験結果は2つの仮説を支持した。主に公正世界仮説と社会的ステレオタイプの観点から得られた結果に考察を加えた。
著者
厳島 行雄
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.17-28, 2014 (Released:2017-06-02)

飯塚事件におけるT氏の目撃供述の正確さの心理学的鑑定を行った。飯塚事件とは、小学生2女児が自宅から小学校に登校中に行方不明になり、翌日死体で発見された事件である。T氏の供述とは、この二人の所有物が遺棄されていた場所を事件当日のお昼前に、国道332号の山の中のワインディングロードを軽自動車で走行中(25KM)に、左に急に曲がる下りの坂道で目撃したというものである。目撃から12日後には事件担当の刑事を現場に案内し、その場所を迷いながらも特定し、目撃した人物と車の詳細について供述した。問題となるのは、その人物および停車中の供述内容が極めて詳細であり、そのような詳細な出来事の記憶が果たして本人の経験した目撃に由来するのかという点である。この問題を解決するために、目撃されたとされる場所を利用して、30名の実験参加者によるフィールド実験を行った。実験ではT氏の視認状況を再現することを試みた。その結果、T氏のような詳細を報告できる者は一人もいなかった。この目撃供述は、T氏の面接以前に犯人のものとされる車を調べた警察官によって作成されたことが、本鑑定書の作成後にわかった。このことはその捜査官によって車の詳細に関する誘導が行われた可能性を推察させる。
著者
後藤 富士子
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.14-17, 2013 (Released:2017-06-02)

協議離婚は裁判所の手続を経ないが、調停離婚、離婚訴訟提起後の和解離婚および判決離婚は、裁判所の手続による。当事者は、別居など紛争勃発から終局まで、法的手続を抱えながら月日を送る。離婚事件で最も問題なのは、父母の紛争の狭間に置かれた子どものケアである。民法は離婚後単独親権制を採用しているが、離婚前は別居しても共同親権制なのに、共同養育を法的前提として「子の最善の利益」を守ることについて、司法は無策である。単独親権制を前提とした手続では、「どちらが監護親として適格か」という二者択一競争に父母を投げ込んで相対的劣者を子育てから排除する「裁判」がされる。これに対し、共同養育を前提とした手続では、夫婦として紛争状態にある父母が子育てに「どのようにかかわっていけばよいのか」を当事者が調整するのを援助する。前者の「裁判」では、「事実」は定型化されたうえ「法万能主義」が貫徹されるから、科学の出番はない。後者の調整援助の手続こそ、臨床心理、精神医学等々、科学が必要不可欠になるのである。
著者
笠原 洋子 厳島 行雄
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.71-84, 2007

Earwitness研究は、声の再認に関する研究と声から人物識別判断を行う研究の2つに大別される。本研究は後者の研究領域に位置づけられるものであり、その中でも声の様態変化が年齢判断に与える影響について検討することを目的とした。実験1では、声の偽装手段として実際の犯罪場面でしばしば用いられる、「ささやき」の影響について検討した。その結果、ささやくことにより、通常の発話よりも年齢が高く推定されることが示された。刺激として用いた音声を分析した結果、ささやくことにより声が全体的に高くなり、音圧レベルは全体的に小さく変化していた。そこで実験2で声の高さ、実験3では声の大きさを操作した。その結果、実験2では男性発話者は一音下げた条件において年齢が高く推定されることが見出されたが、実験3では条件間に差はみられなかった。これら一連の研究から、声からの年齢判断においては声の高さの変化が大きく影響し、声の大きさの変化は判断に影響を与えない可能性が示された。
著者
村尾 泰弘
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.12-18, 2016 (Released:2018-01-29)

筆者の非行少年理解の基本は、非行少年を「加害者でありながら被害者意識が強い少年たち」と捉えることである。本稿では、自閉症スペクトラム障害(ASD) の非行について、この考え方を基本に、ASD の障害特性を加味して理解することを検討した。非行少年の理解と対応においては、被害者意識・被害感の理解・共感が不可欠となる。ASD の少年においても、このことが当てはまる。その少年の人生における被害感を共感的に理解することが重要なのである。その場合、ASD の人たちは認知的共感性は低いかもしれないが感情的共感性は高い( 健常者と遜色がない) という特性に着目し、いわば感情的共感性を窓として、ASD の非行少年にアプローチすることを検討した。非行のないASD の青少年と非行を有するASD の青少年の違いは、被害感の集積の有無がこの2 つを分ける要因になっている。筆者は被害感の集積を理解していくことの重要性を指摘した。それらの理解が深まれば、一見、奇矯で猟奇的な動機もある程度理解できるものになる可能性がある。
著者
ペンロッド スティーブン D 黒沢 香
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.36-62, 2008 (Released:2017-06-02)

この講演ではまず、記録文書研究と心理学者が行った実験研究を用いて、目撃者がおかす誤りの深刻さについての最近の研究を検討する。そして、人物同一性に関する目撃証言における間違いの原因についての最近のよく知られた実験研究およびメタ分析研究を展望する。ここで報告する研究が焦点を当てたのは、犯罪、犯罪者および目撃者のさまざまな特徴、それから犯罪後に起きたこと、警察が用いる同一性証言の聴取手続き、および裁判官や陪審員による目撃証言の正確さの評価である。とくに注目したのは、逮捕写真集、似顔絵と合成写真、単独面通し、ラインナップなどの使用、および目撃者に対する教示などの手続きが、証言の正確さに与える影響についてである。最後に、無実の人を有罪にしないため、米国の心理学者たちが提案した手続き上の変更と、その提案への警察・司法当局の反応について、考察したい。