著者
大江 元貴 居關 友里子 鈴木 彩香
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.226-241, 2020-09-30 (Released:2020-10-07)
参考文献数
16

日本語の左方転位構文は,情報構造上どのような働きをするか,話しことばか書きことばか,という問いのもとでその特徴が記述されてきたが,そのような抽象的なレベルでの記述では実際の使用を十分に捉えられていなかった.本稿は,具体的な言語使用環境(ジャンル)ごとに異なる文法の存在を想定する「多重文法モデル」の考え方を基盤として,コーパス横断的調査に基づいた左方転位構文の分析を行った.その結果,以下の二点が明らかになった.①日本語の左方転位構文は,情報構造のレベルよりも大きな談話展開のあり方に関わり,大きく〈予告・総括〉型と〈項目提示・注釈挿入〉型の二つのタイプに分けられる.②日本語の左方転位構文の特徴は,話しことばか書きことばかという対立では捉えられず,「独演調談話」とでも呼ぶべき,話し手と聞き手の不均衡な関係を前提としたジャンルと結びついている.多重文法で想定されている多様なジャンルの輪郭を明確にしていくためには本稿のような具体的な言語表現から出発してその言語表現のジャンル特性を特定していくというアプローチを取り入れていくことが重要になる.
著者
尹 盛熙
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.19-36, 2016-03-31 (Released:2016-11-28)
参考文献数
20
被引用文献数
1

本稿の目的は,日本語の翻訳字幕を観察し,強い時間的・空間的制約が課される談話形式において「省略・縮約」という言語的手段が日本語でどのように実現するか,また構造的に類似している韓国語とはどのように異なるかを明らかにすることである.そのためにアメリカとイギリスのテレビドラマシリーズのDVD(日本発売期間2001年~2012年)11作品から両言語の翻訳字幕を集め,文字数などを基にした情報量の比較と使用形式の分析を行った.日韓の字幕を観察すると,全般的に日本語の方が文字数・情報量ともに少なく,省略の度合いが大きい傾向がある.日本語字幕において省略を行う手段は,情報内容を減らす以外に,文の成分や文法要素を削って短さを実現することである.このような縮約の形式は「助詞止め文」「名詞止め文」の2種類で実現する.「助詞止め文」は述語を省くことにより文が助詞で締めくくられるもの,「名詞止め文」は文が名詞(句)で締めくくられるものだが,いわゆる名詞述語文でコピュラがないものも含まれる.両方とも韓国語字幕ではあまり観察されない形式であり,日本語の縮約戦略の一つであるといえる.さらにこれらの縮約形式には,「簡潔で強い印象を与える」という語用論的機能が持たれ,劇的緊張を高める場面で効果的に活用されることがあるが,これは省かれた情報を補う働きをするものと考えられる.
著者
大島 中正
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.272-274, 2019-09-30 (Released:2019-09-30)
参考文献数
6
著者
岩田 一成
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.28-37, 2019-09-30 (Released:2019-09-30)
参考文献数
24

本論文では,戦後の言語政策において「公用文のわかりやすさ」がどのように扱われてきたかを分析した.指摘したことは以下の4点である.1点目,公用文は規定上職員や関係者などへの内部向け文書が想定されてきた.2点目,日本の言語政策の歴史は,文字・表記の規範化のために多大な労力をかけてきたため,文章の内容に踏み込んだ議論が深くはなされていない.3点目,語句レベルの言い換え提案はいくつかなされてきているが,談話レベルに踏み込んだものはまだない.4点目,談話レベルのわかりやすさとは,相手への配慮(美しい言葉,丁寧な言葉)や行き届いた叙述などと両立が難しい.こういったわかりやすさの分析がこれまでの言語政策では見過ごされてきた可能性がある.これらを踏まえて,以下の提案を行った.①公用文の定義において部外用文書と部内用文書に分ける②内容に関する談話レベルの解決策を提案する③わかりやすさの阻害要因を抽出し整理する
著者
白勢 彩子
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.41-50, 2004

本研究では,幼児期における単語アクセントの獲得過程と,それに影響を及ぼすものと考えられる,幼児が生育する環境に出現する語彙におけるアクセントについて,日本語の代表的な方言アクセントを対象とした比較研究を行なった.対象は共通語アクセント(東京方言),京都方言アクセント,鹿児島方言アクセントの3体系である.単語アクセントの発話実験を幼児に行なったところ,東京および京都方言アクセントとは異なって,鹿児島方言アクセントでは成人と異なるアクセントを生成する,すなわち誤りのアクセントを生成するとの結果であった.この結果は,幼児がアクセントを誤って獲得することがないという従来の見解が言語普遍的ではないことを示唆するものである.幼児を取り巻く環境のアクセント分布を調査したところ,東京方言および京都方言ではアクセントに偏りが見られる一方で,鹿児島方言ではアクセントに偏りが見られなかった.この調査結果と上記実験結果とを総合的に検討し,幼児の単語アクセント獲得過程を議論する.
著者
坪根 由香里 田中 真理
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.111-127, 2015-09-30 (Released:2017-05-03)

本稿の目的は,第二言語としての日本語小論文の「内容」「構成」の評価が,評価者によって異なるのか,もしそうならどのように異なるのかを検討し,その上で「いい内容」「いい構成」がどのようなものかを探ることである.調査では,「比較・対照」と「論証」が主要モードの,上級レベルの書き手による6編の小論文を日本語教師10名に評価してもらった.その結果を統計的手法を用いて分析したところ,「内容」「構成」ともに,異なる評価傾向を持つ評価者グループのあることが分かった.そこで,上位4編の評価時のプロトコルから「内容」「構成」に関する部分を抜き出し,それを実際の小論文と照合しながら,各評価者グループの評価観の共通点・相違点について分析した.その結果から,「いい内容」の要因は,1)主張の明確さ,2)説得力のある根拠を分かりやすく示すこと,3)全体理解の助けになる書き出し,4)一般論への反論であることが分かった.視点の面白さと例示に関しては評価が分かれた.「いい構成」は,1)メタ言語の使用,2)適切な段落分けをし,段落内の内容が完結していること,3)反対の立場のメリットを挙げた上で反論するという展開,4)支持する立場,支持しない立場に関する記述量のバランスが要因として認められた.本研究で得られた知見は,第二言語としての日本語に限らず,第一言語としての日本語小論文の評価にも共有できるであろう.
著者
大津 友美
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.45-55, 2007-09-30 (Released:2017-04-30)
被引用文献数
3

本研究はスピーチスタイルのシフトによる冗談に注目して会話を分析し,そのコミュニケーション特徴を明らかにする.分析の結果,第一に,会話において借り物スタイルへのシフトと丁寧体へのシフトの両方が冗談として行われるということが分かった.どちらのタイプのスタイルシフトも,話し手が当該の会話場面にはない要素(別人・他場面)を聞き手にイメージさせることによって,発話にユーモラスな意味を付与する.第二に,このような冗談を相互作用中に実現するための,会話参加者間の協力の仕方が明らかになった.本研究の音声データから,話し手は聞き手の注意を引くために(1)韻律操作,(2)スタイルシフト発話前のポーズによって合図を送ることがあるということが分かった.一方,相手の冗談に気付いた聞き手は,相手と面白みを共有していることを示すために同調することがあった.その際の聞き手の対応には,(1)笑いやコメント,(2)模倣,(3)共演,(4)対立の4つがあった.
著者
泉子・K. メイナード
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.42-55, 2017

<p>本稿は,ケータイ小説に使われる言語表現や語りのスタイルの分析を通して,作者がどのような「私」を表現しているかを探求する試みである.背景として,ケータイ小説とメディアの関係,ポストモダンの日本文化の中での性格付け,さらに,ケータイ小説というジャンルの特徴などを考察する.ケータイ小説現象は,モバイルデバイスを通したメディア依存の自己理解・自己提示を可能にする文芸ジャンルとして,若い女性を中心とする大衆に受け入れられてきた.本稿では,書籍となったケータイ小説の分析・解釈を通して,作者が,自分・登場人物・読者を交えた擬似会話をすることで,キャラクターやキャラとしての自己を表現する様相を探る.そしてケータイ小説は根本的には,誰かに話しかけ,誰かと繋がりたいという願望に動機付けられ,キャラクター的自己認識を可能にする擬似会話行為として捉えることができることを論じる.</p>
著者
落合 哉人 坊農 真弓
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.67-82, 2021-09-30 (Released:2021-11-16)
参考文献数
22

本稿では,指点字というコミュニケーション手段を用いる盲ろう者の会話において「揺さぶり」という動作が使用されることに着目し,基本的特徴の記述と会話の中での現れ方の検討の二点から使用実態の把握に取り組んだ.基本的特徴の記述に関しては,「揺さぶり」が,(a)長音記号とともに産出される傾向がある,(b)笑いを伴う,(c)直後に順番交替が生じる,という三つの特徴を持つことを示した.このことから当該の動作は,自らの発話に何かを面白く思う気持ちが伴うという感情的態度を示す方法となっていることを指摘した.一方,現れ方の検討に関しては「揺さぶり」を伴う発話が(1)先行する相手の発話の捉え方を示す側面と,(2)何らかの事柄に対する関心の高さを示す側面を持つことを取り上げた.特に事例分析を通して「揺さぶり」の使用が,言語形式とは独立して発話の捉え方を示したり,新たに言及された事柄に対する関心をもとに会話を展開させる余地を作ったりする実践となることを示した.
著者
村中 淑子
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.176-183, 2017

<p>「国会会議録」(予算委員会)における伝統的な関西方言の出現の様相をみることにより,なぜ関西方言が公的場面で使われうるのかについて考察した.本稿で調べたのは「~まへん」「~まっせ」のようないわゆる「コテコテ」の関西方言のみであり,国会予算委員会における出現数は約60年の間に約100件とごく少数であった.しかし,それらは国会において,自分の意見を主張して強く相手に迫ったり,ワンポイント的にピシャリと批判したりする文脈で出現すること,当初はごくまれにしか使われていなかったが,1970年代から1980年代にかけて出現数が増え始めたこと,関西方言のノンネイティブであっても聞き覚えて使った話者もいそうであること,などの傾向をみてとることができた.少数事例の観察からではあるが,いわゆる「コテコテ」の関西方言は,ある効果を持つフォーマルスタイルの日本語として公的場面において認知されつつあり,その有用さが,公的場面における関西方言使用の広がりに結びついているという可能性がある,と指摘した.</p>
著者
山浦 玄嗣
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.108-119, 2004

岩手県気仙地方の言語ケセン語には文字がなかった.著者はこれにケセン仮名という固有の文字を与え,さらにその不足を補ってケセン式ローマ字を考案し,文法的構造から音調までも正確に記述できる正書法を確立した.その文法体系を総合的に記述し,これを学習するための教科書を作成した.またすべての語彙に豊富な用例がついている,3万4000に反ぶ語彙項目を収載する辞書を編纂した.これらの研究によって,ケセン語による文学の創出が可能になり,多くの作品群を生み出した.方言差別による劣等感に悩んできた気仙衆は大きな勇気と誇りを回復している.ケセン語による詩作,歌曲の創作,ケセン語演劇の劇団の活動,ケセンそのものについての数多くのテレビ・ラジオ番組などが次々に生まれ,最近はギリシャ語原典から直接ケセン語に翻訳された,朗読CDつきのケセン語訳新約聖書も発行されている.文字は文化を発展させるのだ.
著者
オストハイダ テーヤ
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.39-49, 2005-03-30 (Released:2017-04-30)

話し手が,話しかけてきた話し相手が有する外見的特徴などの言語外的条件に基づき,(話し相手との意思疎通に問題がないにも拘らず)その話し相手を無視し,話し相手と一緒にいる第三者に返答することが観察される.本稿では,この行動を「第三者返答」と呼ぶことにし,言語社会心理学のアコモデーション理論の観点から「過剰適応」の一種として考察する.外見的に明らかに外国人と判断される外国人,および車椅子使用者に対する言語行動を対象とした複数の調査を通して,第三者返答の存在を確認し,その頻度と具体例について分析し,社会言語/心理学的に位置づける.そして,第三者返答を引き起こす主な要因として,話し手が抱く,意思疎通の可能性に対する想定や先入観(外国人の言語能力に関する経験やステレオタイプ,身体障害者に対する知識不足から生じる障害の性質についての誤解)を指摘する.
著者
大坊 郁夫
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.122-137, 2003-07-31 (Released:2017-04-29)

個人間のコミュニケーションは,同時的に展開される記号化と解読の連鎖によって成立する.その過程には多様な心理・社会的な要因が作用しており,社会心理学の立場からみて多くの重要な課題が含まれている.コミュニケーション行為は社会的規範や文化的事実を反映した心的メッセージを伝えるものである.言語的・非言語的コミュニケーション研究は身体部位に由来するチャネルとしての用法の理解から相互の関連性を理解する機能的統合へと進展してきた.また,間接的,限定的なコミュニケーションの登場によって,十分な社会性を獲得できず,責任性の希薄な関係となる可能性が高くなってきている.したがって,周到なコミュニケーション研究を通じて,高度に親密な関係を築くための努力が必要である.いくつもの非言語的チャネルで同調傾向の存在が確認されていることは,「社会性」を考える上で重要な構造的,要素的アプローチの是非を問う議論をさらに喚起するものである.対人的コミュニケーションは,元来個別の行為が加算されるのではなく,自ずと高度に統合された全体性を持つと考えられる.
著者
宮崎 あゆみ
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.135-150, 2016

<p>本稿では,日本の中学校における長期のエスノグラフィを基に,どのように生徒たちが,ジェンダーの境界を越えた一人称を使用し,どのように非伝統的一人称実践についてのメタ語用的解釈を繰り広げていたのかについて分析する.生徒たちのメタ語用的解釈の分析からは,支配的なジェンダー言語イデオロギーから距離を置く創造的なジェンダーの指標性が浮かび上がった.その三つの例は以下の通りである.1)女性性に対する低い評価に伴い,「アタシ」よりも,中性的でカジュアルとされる「ウチ」が好まれる,2)女子が男性一人称「オレ」「ボク」を使用することが正当化される,3)一方,男性語であるはずの「ボク」を男子が使用する場合,望ましくない男性性を指標する.このようなジェンダー言語実践へのメタ語用的解釈は,社会的ジェンダー・イデオロギーの変化と結びついて,ジェンダー言語イデオロギーの変容に繋がった.ジェンダーを巡る「メタ・コミュニケーション」は,このように,言語と社会,ミクロとマクロ,言語とアイデンティティの関係を読み解く貴重な研究材料である.</p>
著者
花村 博司
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.75-92, 2015-09-30 (Released:2017-05-03)

本稿は,新出型・再開型・前提提示型という,日本語の会話における話題転換の型により,接続表現や言いよどみのような話題転換表現がどのように使いわけられているかをあきらかにする.新出型は転換後の話題が以前の話題とつながらない型,再開型は転換後の話題が以前の話題とつながる型,前提提示型は話題を継続するための前提的発話が直前の話題とはつながらない型である.これまでの研究で,前提提示型は話題転換として取りあげられていない.つながりのあるいくつかの発話a_1, a_2, … a_nから構成されるまとまりを話題Aと考えると,前提提示型話題転換では,話題Aにつながる話題Bの最初の発話b_1が直前の話題Aとはつながらない.たとえば,「ダブルワーク」についての話題Aに,「平日の休みにバイトしてくれと嫁に言われる」という発話b_nを追加する前提として,「時短休暇は平日休みになるシステム」という説明の発話b_1を入れるような場合である.話題転換表現は,3つの型でまったく異なる使用傾向がある.新出型では,先行話題の終了を示す沈黙が出やすく,接続表現は出にくい.再開型では,「でも」などの接続表現が出やすく,言いよどみは出にくい.前提提示型では,「あの」などの言いよどみのあとに沈黙が出やすく,先行話題終了の沈黙は出にくい.前提提示型の最初の発話で聞き手とのあいだに認識のずれが生じないように,話し手は話題転換表現を使いわけている.
著者
辻 大介
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.29-39, 2003

私たちのおこなうコミュニケーションを,物理的・機械的な情報伝達とは十分に区別されるように記述できるかどうかが,理論社会学にとってはひとつの試金石となる.本稿ではその可能性をH.P.グライスの非自然的意味の理論に求める.それは,発話者が何ごとかを意味する(コミュニケートする)ということを,発話者のもつ自己参照的意図から分析するものである.それに対しては,コミュニケーションにおける言語規約的要素を重んじる立場と,自己参照的意図の無限背進を懸念する立場から,批判が提出されてきた.これらの批判は個別の論点をもつため,これまでは分け離して扱われることが多かったが,本稿ではそれらをあわせて考察することをとおして,最終的に,コミュニケーションにおける自己参照的意図と言語の規範性が根源的な関係をもつものであることを示し,グライス流の意図によるコミュニケーションの記述に,社会(学)的記述と呼ぶにふさわしい資格を与える.
著者
辻 加代子
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.28-41, 2002-10-31

本稿は,京都市方言・高年層女性話者による談話資料および江戸時代後期上方洒落本(京都板)を資料として,各時代の敬語の運用実態および運用構造を談話分析の手法により解明し,中年層女性の実態と比較検討しつつ変容過程を明らかにすることを試みた.当該方言では日常のくだけた場面において素材待遇語の使用が第三者待遇に偏るとされる近畿中央部方言の敬語運用上の特質を顕著に示すと同時に,関西各地で隆盛が指摘されているハルが専一的に使用されており,尊敬語機能から三人称指標ともいえる機能への変質が認められる.高年層話者においては上記の特徴を強く帯びているもののハルの用法に尊敬語の特質をいくらか残し,江戸時代後期資料にみられる敬語運用には「第三者待遇に偏る素材待遇語の使用」は認められないが待遇の別により異なる敬語形式が用いられていることを具体的に明示した.洒落本資料のうち,天保7年刊行の『興斗の月』にハルの前駆的な形態とされるヤハルのもっとも早い用例が現れ,第三者待遇で使用されていることも明らかにした.