著者
川上 郁雄
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.77-90, 2019-09-30 (Released:2019-09-30)
参考文献数
35
被引用文献数
1

日本政府は2018年12月「経済財政運営と改革の基本方針」に基づき,2019年度より新たな在留資格を創設し外国人労働者を積極的に受け入れることを決定した.留学生を含む外国人労働者の在留資格の認定に,日本語能力の判定が大きく関わると思われるが,日本で働くためにどのような日本語能力が必要と判断されるのか,またその判断を支える考え方はどのようなものかはまだ十分に議論されていない.本稿は,移民受け入れ国で2000年以降導入された「市民権テスト」の実態とそれにともなう議論を検討し,それを踏まえた上で,国の政策と外国人労働者に対する日本語教育がどのような関係にあるのかを明らかにし,どのような日本語教育実践が必要かを提案する.
著者
平本 毅
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.198-209, 2011-09-30 (Released:2017-05-02)

発話ターンの冒頭にはしばしば,ターンテイキングの組織化,行為連鎖の組織化,活動の組織化・話題の管理,といった相互行為上の仕事を担う特定の言語的要素(ターン開始要素)が置かれる.本稿では,特定の相互行為的環境において行為連鎖の組織化や活動の組織化・話題の管理の仕事をほとんど行わないと考えられるターン開始要素「なんか」を取り上げ,そのターンテイキングの組織化におけるはたらきを分析する.具体的には,特定の次話者が選択されていない条件において,ターン開始要素「なんか」を伴って発された発話が他者の発話と同時開始により重複した際に,どちらが脱落するのかを調べる.分析の結果,話題の境界部の後など,特定の相互行為上の位置において,「なんか」を配置することにより重複に対する話者性の「弱さ」を示す,という相互行為上の手続きが存在することが明らかになる.この手続きが利用される理由の一つは,会話における「最小限の間と最小限の重複」を達成することにある.参与者は「なんか」を話者性の「弱さ」を示すものとして扱い,「なんか」により会話中の間を最小化しつつも,その発話が重複した場合には,「なんか」を利用した者が脱落することにより重複も最小化することができる.
著者
定延 利之
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.4-17, 2019-03-31 (Released:2019-04-23)
参考文献数
25

言語学は「基本は音声言語」という理念を掲げながら,実際には文字言語研究に集中してきた.音声や音韻の研究と,会話分析的・エスノメソドロジー的な研究の間にあって,いわゆる「言語学的」な音声言語研究は大きく欠落している.では,語句の形式・構造・意味にこだわる伝統的な言語学の姿勢で音声言語を眺めても,何も見えてこないのだろうか? ここでは,筆者自身の研究をもとに,音声言語の中心をなす言語行為を論じるための有用な四つの観点として,「権利」「きもち」「非流ちょう性」「面白さ」を提案してみたい.
著者
山下 里香
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.61-76, 2014-09-30 (Released:2017-05-03)

継承語は移民コミュニティの民族アイデンティティの要のひとつ,またコミュニティの団結の資源とされることが多い.特に,第二世代以降には,コミュニティ内でのフォーマルな場面や,上の世代との会話に使われると言われる(生越,1982, 1983, 2005; Li, 1994).また,語用論的には,言語選択や言語の切り替えは,コンテクスト化の手がかり(contextualization cues)という,談話の機能を持つとも言われる(Gumperz, 1982).日本語と継承語が流ちょうに話せる子どもたちは,移民コミュニティにおいて実際にどのように複数の言語を使用しているのだろうか.本研究では,コミュニティでの参与観察をふまえて,在日パキスタン人バイリンガル児童のモスクコミュニティの教室での自然談話を質的に分析した.児童らの発話の多くは標準日本語のものであったが,ウルドゥー語や英語の単語,上の世代が使用する日本語の第二言語変種(接触変種)に言語を切り替えることがあることがわかった.児童らは,こうした日本語以外の言語・変種を,上の世代の言語運用能力に合わせて使用していたのではなく,談話の調整や,時には上の世代に理解されることを前提としない意味を加えることで自分たちの世代と上の世代との差異を確認し強めながら,世代間の会話の資源として利用していることがわかった.
著者
高木 智世
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.348-363, 2018-09-30 (Released:2018-12-26)
参考文献数
29
被引用文献数
3

本稿では,高機能自閉症と診断された男児と支援者の相互行為場面を会話分析の方法を用いて緻密に分析し,両者のコミュニケーション上の「すれ違い」やトラブルが生じる過程を記述する.この作業を通して,一見不可解で,支援者に混乱をもたらしている男児のふるまいが,相互行為状況に対する敏感さや相互行為上の問題への対処を志向するものであり,定型発達者と同様,一定の記述可能性を含むことを検証する.とりわけ,自閉スペクトラムに特徴的な症状とされる「独語的ふるまい」にも見える,室内の鏡に向けての語りかけが,すでに生じている問題を解決するための仮の参加枠組みを構築するふるまいとして捉えられることを示す.緻密な分析を通して自閉スペクトラム症児のふるまいの「不可解さ」に対して相互行為現象としての記述可能性が与えられたことを踏まえ,そうした事例研究の積み重ねが,自閉スペクトラム症者/児のふるまいが定型発達者のそれとは必ずしも一致しない「合理性」に支えられている可能性について理解を深めることになることを主張する.
著者
金 孝珍
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.198-213, 2022-09-30 (Released:2022-10-19)
参考文献数
29

日本語母語話者と非母語話者が日本語でコミュニケーションをする接触場面では母語話者同士によるコミュニケーションとは異なった言語行動が繰り広げられる.一例として,母語話者による「タメ口」と呼ばれる言語形式の使用が挙げられる.本研究では,接触場面の初対面会話におけるタメ口使用に着目し,スピーチレベル運用の傾向及び相手のスピーチレベルについての評価を調査した.そして母語話者のスピーチレベル運用に関わる要因及びメタメッセージ,非母語話者(本研究では韓国人日本語使用者)のスピーチレベル運用及び解釈に関わる言語的・文化的要因について考察した.日本語母語話者及び韓国人日本語使用者を対象に行った質問紙調査の結果,接触場面の初対面会話で母語話者が用いるスピーチレベルは,主に丁寧語及びタメ口であることが明らかになった.また,母語話者のスピーチレベル運用には「言語的力関係」,日本語についての「ステレオタイプ」,「外国人要因」などが関わっており,「言語的気配り」あるいは「言語的おもてなし」とも言えるメタメッセージが内包されていることが分かった.一方で,日韓の初対面会話ではタメ口使用がコミュニケーション上の誤解やトラブルの要因になり得るということが示された.
著者
串田 秀也
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.6-23, 2022-09-30 (Released:2022-10-19)
参考文献数
39

今日の医療では,意思決定への患者の参加を促進することが重要な目標とされているが,これを実現することの困難もつとに指摘されている.実際の診療でどのように意思決定がなされているのかを詳細に調べることが重要である.本稿では,診療場面で医師が治療法を勧めるときに用いる非明示的な発話形式の働きを会話分析の視点から分析する.非明示的勧めは,明示的な勧めとは異なり直ちに意思決定を行うことを患者に要求しない.この性質ゆえ,それは医師が複合的勧めを産出したり,意思決定に慎重にアプローチしたりするときにしばしば用いられる.後者の用法では,患者が勧めに対する自分のスタンスを非公式に提示することを可能にし,勧めをめぐる非公式な交渉の機会を作り出すことで,意思決定への患者参加の可能性が拡大されている.非明示的勧めを用いた意思決定は,「共有された意思決定」の理念的モデルが描く意思決定とは距離があるが,日常的診療の中で意思決定への患者参加を促進する1つのやり方になっている.
著者
岡 典栄
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.118-125, 2022-09-30 (Released:2022-10-19)
参考文献数
5

コロナ禍でろう・難聴者に突然もたらされた生活上の様々な変化に関しまだ,収束が見られない現時点(2021年9月時点)においては,分析・評価よりもできるだけ多くの正確な記述を残しておくことが重要だと考える.成人に関しては手話による情報の少なさ,子どもに関してはオンライン授業の状況や,家庭内での孤立,さらにオリンピック・パラリンピックをめぐる情報提供のあり方を中心に記述する.
著者
鈴木 睦
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.112-121, 2003-07-31 (Released:2017-04-29)
被引用文献数
1

本稿では,「勧誘」の発話や構造が具体的な状況とどのように関係するかを知るためには,(1)発話(2)談話(3)言語行動という三つのレベルに分けて分析する必要があることを指摘した.人を誘い行動を共にすることを目的として行われる勧誘は,<勧誘><勧誘の内容に関する相談><実行の手続きに関する相談>という三つの部分からなる,共通した談話構造をもつ.談話型のバリエーションは「誰が誰といつどこで何をなぜするか」という勧誘に関する情報がどの程度共有されているか,既に決定しているのか,相談して決めるのか等の状況の違いによって決まり,各部分にどのような機能をもった発話が現れるかも決まる.話し言葉の教育には,発話の機能やストラテジーだけでなく,談話の構造についての知識が重要であり,状況設定に配慮することによって,談話構造や発話をコントロールしながら,「勧誘」を体系的に提示したり,練習したりすることが可能になると考えられる.
著者
彭 国躍
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.5, no.2, pp.33-47, 2003-03-31 (Released:2017-04-29)

古代中国社会は身分関係の厳しい封建社会である.このような身分関係は多かれ少なかれことばの運用に反映される.『礼記』(前1世紀)の中で,身分の異なる人の死についてそれぞれ異なる表現を使い分けるように規定している.本論文は『史記』(前1世紀)を対象として死亡を表すさまざまな異形と指示対象の社会的身分との関係,および言語変異に影響を与える他の社会的要因などについて考察した.そして,『礼記』の言語規範と『史記』の言語運用との間の違いについて検証を行なった.
著者
簡 月真
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.4, no.2, pp.3-20, 2002-03-31 (Released:2017-04-27)

本稿は,言語接触のただなかにある台湾をフィールドとし,4つの言語集団による言語使用意識をもとに,アタヤル語・閩南語・客家語・北京語・日本語など諸言語の機能的分布の変化について考察したものである.その結果,台湾において次のような異なった再編成のパターンが同時に観察されることがわかった.(1)[言語シフト]アタヤル族・客家人の言語生活においては,北京語が「公的な場」→「暗算・祈り」→「隣家」→「家庭」という順番で浸透しつつあり,言語シフトが進行中である.(2)[二言語併用]閩南人の場合,閩南語と北京語の二言語併用へと再編成が行われている.なお,閩南語の使用はほかの言語集団にも伝播している.特に「公的な場」において閩南語が北京語と競り合っているのが注目される.(3)[言語維持]外省人の言語生活において,閩南語の受容も見られるが,EGLの北京語が絶対的な優勢であり,言語維持が観察された.(4)[第三言語の採用]使用者の年齢層が限られているが,かつて「国語」として普及した日本語は,現在,老年層において(1)異なるグループの間の共通語,(2)暗算する際の言語,(3)隠語,という役割を果たしている.
著者
橋元 良明
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.5-15, 2017-09-30 (Released:2018-02-07)
参考文献数
8

本稿では,筆者が中心となって5年ごとに実施してきた「日本人の情報行動調査」のデータから,文字消費量の推移をたどり,文字消費に関わるタイプ分けを行ってそれぞれの特徴を分析する.1995年以降,新聞,雑誌,書籍の活字の閲読時間は全年齢層で減少し続けている.一方,ネット上でのメールやソーシャルメディアの利用時間は増加を続けており,前者と後者の時間量は10代20代においては2005年で逆転した.2015年調査のデータでは,活字と電子文字を合わせた文字の消費時間の総計は20代が年齢層別にみて最も多く,現代の若者の文字の消費量は,有史以来,最高のレベルにあると言っても過言ではない.活字の閲読時間と電子文字の消費時間からクラスター分析を行い,活字タイプと電子文字タイプ,中庸(平均)タイプの3タイプを析出した.活字タイプ,電子文字タイプは男性比率が高く,未婚率が高い傾向が見られ,活字タイプは社会的階層が高いという自己認識をもっていた.また,活字タイプは政治関心が高く,政治的有効性感覚も高かった.中庸タイプはメール,ソーシャルメディア,新聞閲読において平均的であり,社会階層の自己認識も「中の中」が多かった.「いつもやらなければならないことに追われているように感じる」という感覚をたずねた「タスク・オブセッション」については,活字タイプで低く,電子文字タイプ,中庸タイプにおいてともに高かった.
著者
田中 真理 長阪 朱美
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.108-121, 2009-08-31 (Released:2017-05-01)
被引用文献数
2

本研究では,なぜライティング評価の一致が難しいのか,その原因について検討する.ライティング・パフォーマンス・テストは真正性は高いが,人間が介在するアセスメントである.主観的になりうる評価の信頼性確保のためには,評価基準の共有と評価者のトレーニングが必要だとされている.田中ほか(2009)では,第二言語としての日本語ライティング評価のためのマルチプル・トレイト評価表を開発し,その講習会を実施した.その後,講習会に参加した8名の日本語教師に2種類各26編の小論文を評価してもらった.その結果,評価の内的一貫性はあったが,個々の小論文では,評価が一致している小論文もある一方で,ずれの大きな小論文も認められた.そこで,原因を探るために,評価者を対象にアンケート調査と評価者間ミーティングを行った.本稿では,そこから得られた示唆をもとに,ライティング評価の不一致の原因について,トレイト,プロンプト,レベル,ライティングの潜在能力,評価者の個人的要因の観点から分析する.本研究において,真正性は高くとも,人間によるパフォーマンス評価には限界のあることが示唆されたが,評価基準の改善,評価プロセスの分析,評価者間ミーティングの活用等によって,ライティング評価一致の難しさの問題は解決できるものと考える.
著者
遠藤 智子 横森 大輔 林 誠
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.100-114, 2017-09-30 (Released:2018-02-07)
参考文献数
26

一般的には疑問代名詞として分類される「なに」には,極性疑問文の中で感動詞的に使われる用法がある.本研究は自然な日常会話におけるそのような「なに」について,認識的スタンスの標識として記述を行い,その相互行為上の働きについて論じる.まず,極性疑問文における「なに」は,会話の相手が明示的には述べていないことに対して話し手が確認を要求する際に用いられる.そのような環境における「なに」は,相手に確認を求める内容が,先行する会話の中で得た手がかり等の不十分な証拠に基づいて推論を行うことで得られたものであり,その正しさについて強い確信を持たないという話し手の認識的スタンスを標識するものである.さらに,「なに」は発話が行われる個々の文脈に応じて,確認内容に対する驚きおよび否定的態度等の情動表出や,からかいまたは話題転換等の行為を行う資源としても働く.
著者
定延 利之 ショモディ ユーリア ヒダシ ユディット ヴィクトリア エシュバッハ=サボー アイシュヌール テキメン ディルシャーニ ジャヤティラカ ドゥリニ ディルシャーラー=ジャヤスーリヤ 新井 潤 昇地 崇明 羅 米良 アントニー スサイラジ 柳 圭相 朴 英珠
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.113-128, 2018-09-30 (Released:2018-12-26)
参考文献数
40
被引用文献数
1

本稿は,音声言語が音声言語であるがゆえに有しがちな「非流ちょう性」に対して文法論の観点から光を当てるものである.非流ちょう性については,形態論の複雑度に基づく言語差がこれまでに指摘されている.本稿はそれとは別に,言語の膠着性の関与の可能性を指摘する.我々の膠着性仮説によれば,高い膠着性は形態素内部での延伸型続行方式のつっかえを許容しやすい.日本語の他,韓国語・シンハラ語・タミル語・中国語・トルコ語・ハンガリー語・フランス語の観察を通して,この仮説を提案する.
著者
大津 友美
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.194-204, 2005-09-30 (Released:2017-04-29)

会話参加者たちは雑談を盛り上げるためにおもしろく話をしようとする.おもしろく語るための方法にはさまざまなものがあるが,その一つに,他人のことばを引用する際の直接話法の使用がある.しかし先行研究において,その現象に関しては言及するにとどまっており,その使用実態については明らかにされていない.そこで本稿では,ナラティブに注目して,20代の女性が親しい友人同士で行う雑談を分析する.そして会話参加者がどのように登場人物のことばを提示し,ドラマ作りをしているのかについて論じる.臨場感あるドラマ作りのために,会話参加者は韻律を操作することによって登場人物を演じ分け,談話構成によって相手に伝えたいメッセージを際立たせているということが分かった.さらに会話参加者のドラマ作りへの参加形態には(1)聞き手がドラマの観客として話し手を支援する場合と,(2)会話参加者双方が協力してドラマを共作する場合があるということが分かった.
著者
義永 美央子
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.21-36, 2020-09-30 (Released:2020-10-07)
参考文献数
56

本論の目的は,これまで日本語教師の資質・能力はどのように規定されてきたかを理解し,今後の日本語教師教育の方向性を展望することである.具体的には,文化庁の報告書で記述された資質・能力の特徴とその成立背景を,文化庁の報告書本文および文化審議会国語分科会日本語教育小委員会での審議内容に基づき検討した.その結果,日本語教師の資質・能力が知識・技能・態度の3つに分けて整理され,養成・初任段階のみならず,中堅やそれ以降の段階まで「常に学び続ける態度」を持つことが重視されていることが確認された.また,これらの資質・能力観が提唱されるようになった根拠として,これまでの日本語教員養成・研修の現場の声とともに,「ポスト近代型能力」とも呼ばれる新しい能力(コンピテンシー)の考え方があることが明らかになった.さらに,今日の日本語教師教育の課題として,教師が経済的な人的資本として搾取され燃え尽きてしまう可能性,立場や役割の違いが対立や分断を生み出す可能性,資質・能力の捉え方や教育方法が要素主義に陥る可能性を指摘した.最後に,こうした可能性をできる限り排除し,教師の成長と日本語教育コミュニティの発展を両立させる方向性として,専門職資本の概念に基づく専門的な学習共同体の構築,および,越境的学習について検討した.
著者
野田 尚史
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.67-79, 2009-08-31 (Released:2017-05-01)
被引用文献数
1

この論文では,これまでの非母語話者に対する日本語教育が言語の教育だったことを指摘し,コミュニケーションの教育へ移行するには,次の(a)から(e)のような転換が必要だということを述べる. (a) 目的がない中立的な文法に基づいた教育を見直し,「聞く」「話す」「読む」「書く」というコミュニケーションを目的とする文法に基づいた教育に転換する. (b) 作文や日記,スピーチなど伝達内容が重視される言語活動の教育を見直し,依頼のメールや断りの口頭表現など相手への伝達方法が重視される言語活動を積極的に扱う教育にする. (c) 「〜てください」のような特定の言語形式を使うための状況設定を見直し,どんな相手と何のためにコミュニケーションを行うかを明確にした現実的な状況設定を行うようにする. (d) 与えられた文章・談話の完全な理解を目指すような正確さを重視する課題の設定を見直し,必要な情報を得るといった目的を遂行する課題の設定を行うようにする. (e) どんな学習者にも最初は基礎的な言語構造を教える統一的なカリキュラムを見直し,母語や学習目的が違う個々の学習者に対応したカリキュラムを設定するようにする.