著者
辻 大介
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.29-39, 2003-07-31 (Released:2017-04-29)

私たちのおこなうコミュニケーションを,物理的・機械的な情報伝達とは十分に区別されるように記述できるかどうかが,理論社会学にとってはひとつの試金石となる.本稿ではその可能性をH.P.グライスの非自然的意味の理論に求める.それは,発話者が何ごとかを意味する(コミュニケートする)ということを,発話者のもつ自己参照的意図から分析するものである.それに対しては,コミュニケーションにおける言語規約的要素を重んじる立場と,自己参照的意図の無限背進を懸念する立場から,批判が提出されてきた.これらの批判は個別の論点をもつため,これまでは分け離して扱われることが多かったが,本稿ではそれらをあわせて考察することをとおして,最終的に,コミュニケーションにおける自己参照的意図と言語の規範性が根源的な関係をもつものであることを示し,グライス流の意図によるコミュニケーションの記述に,社会(学)的記述と呼ぶにふさわしい資格を与える.
著者
井上 史雄
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.51-63, 2008-08-31

本稿では敬語と経済の関係について,社会言語学の観点から分析を試みる.言語の経済性を,言語内,言語外の二つの観点から考える.二言語使い分けDiglossiaでの概念,High-Lowのスケールが,社会言語学の扱う多くの分野に共通に働くことをみる.言語内の経済については,世界の敬語を言語類型論と経済発展論から位置づける.また敬語の長さと敬意の度合いを分析し,相関関係を見出した.敬意低減の法則とポライトネス理論についても論じた.さらに現代敬語が一定方向に変化しつつあることを指摘し,敬語3分類が経済的なことを挙げた.言語外の経済に関しては,世論調査結果を分析し,職業と敬語については関連性が認められた.これを中間項として敬語と経済の関係を論じた.言語外の条件にもHigh-Lowのスケールが働くことをみた.
著者
岡本 真一郎
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.3, no.2, pp.4-16, 2001-03-30

本研究ではmatched-guise techniqueを用いて,名古屋方言の使用が話し手の評価に及ぼす影響を検討した.実験1では男性話し手については,共通語のはうが方言よりも知的で積極的であり,話し方や外見も優れているとされたが,社交性の評価は方言条件のほうが上回っていた.女性話し手は共通語のほうが方言よりも大半の側面に関して望ましい評価を得た.実験2では話し手(男性)の出身地を愛知県内であると明示した上で,使用言語を共通語,方言に操作した.活動性や見かけでは方言条件のほうが共通語条件より,また話し方や知性に関しては共通語条件のほうが方言条件より望ましく評価された.
著者
高木 智世 森田 笑
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.93-110, 2015

日本語会話でしばしば用いられる「ええと」は,従来,「フィラー」や「言いよどみ」などと呼ばれてきた.本稿では,質問に対する反応の開始部分に現れる「ええと」が,相互行為を組織する上でどのような働きを担っているかを明らかにする.具体的にどのような環境において,質問に対する反応が「ええと」で開始されるかを精査することにより,上述の位置における「ええと」が,単なる「時間稼ぎ」や発話産出過程の認知的プロセスの反映ではなく,質問に対する反応を産出する上での「応答者」としてのスタンスを標示していることを明らかにする.日本語話者は,質問を向けられたとき,まずは「ええと」を産出することにより,「今自分に宛てられたその質問に応答するには,ある難しさを伴うが,それでも,応答の産出に最大限に努める」という主張を受け手(質問者)に示すことができる.すなわち,「ええと」を反応のターンの開始部分で用いることは,相互行為の進展が阻まれているように見える事態において,「今ここ」の状況についての間主観性を確立し,相互行為の前進を約束するために利用可能な手続きなのである.
著者
中東 靖恵
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.13, no.2, pp.72-87, 2011-03-31 (Released:2017-05-01)

日本国内では,戦後,全国共通語化をはじめとする言語変化が顕著となったが,日本から遠く離れた海外日系移民社会ではどのように日本語が継承され変容しているのか.本研究は,かつて筆者が行った広島市および山陽地方におけるアクセントの世代的地理的動態に関する一連の調査研究に基づき,パラグアイの日系社会に暮らす広島県人家族を対象に調査を行い,日本語のアクセントの継承と変容の実態と,それに関わる諸要因を明らかにするものである.本稿では,2拍名詞,3拍名詞,4拍名詞,外来語,3拍形容詞を取り上げ,アクセントの世代的動態を中心に考察を行った.調査の結果,移民1世の持つ広島方言の伝統的アクセントは,2世・3世にもよく継承されている一方で,変容も認められた.特に世代的変動が顕著である語の多くが,広島方言で見られる共通語化と同じアクセント変動であり,パラグアイ日系社会の日本語に,日本の日本語と同様な言語変化が認められることは特筆すべき事実である.1980年代以降に始まる日系移住地のインフラ整備や日本との人的交流の活発化,日本語教育環境の充実,メディアを通じての日本の日本語との日常的接触は,移住地における日本語の維持・継承と新しいアクセントの獲得に寄与したものと考えられるが,一方で,アクセントの曖昧化・アクセント型の消失傾向も認められ,この傾向は,今後,スペイン語への言語シフトとともに,進行していくと思われる.
著者
中西 久実子
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.132-138, 2005-09-30

本稿は,韓国語を母語とする日本語学習者(以下,KL(Korean speaking learners of Japanese)の携帯メールの特徴を実例を示しながら報告したものである.KLの携帯メールでは,韓国語をカタカナ表記するという特殊な現象が観察された.本稿では,これを「カタカナ韓国語」と呼び,母語話者どうしの母語でのメールでさえ頻繁に日本語(学習言語)と母語(カタカナ韓国語)とのコードスイッチングが行われることを指摘した.このほか,KLの携帯メールのデータでは,親愛の呼称,副詞,流行している表現,感情を強調する表現,待遇的な配慮を必要とする表現がカタカナ韓国語になりやすいことを明らかにした.これに対して,パッチム(ハングルの音節末に付く子音k,n,t,r,m,p,〓)はカタカナで表しにくいため,パッチムを含む語彙ではカタカナ韓国語が回避され,アルファベット表記されるという特徴が観察された.
著者
木村 護郎クリストフ
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.4-18, 2010-08-31

本稿の目的は,日本の言語問題に取り組むうえで言語権という観点のもつ意義や限界,また今後の課題を明らかにすることである.はじめに日本の学界における言語権の受容と位置づけを整理する.そして実際の適用事例として旧来の(音声)言語的少数者,移住者,ろう者,非英語母語話者をとりあげ,言語権が日本の具体的な言語問題にどのように適用されているかを考察する.そのうえで,言語権の問題点として本質主義のジレンマと多数派へのアプローチの困難をとりあげ,言語権をめぐる問題に対処するために,異なる学問分野および適用事例,また理論家と実践者が協働する可能性を検討する.
著者
佐野 文哉
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.94-109, 2023-09-30 (Released:2023-10-31)
参考文献数
33

本稿の目的は,フィジー手話をめぐる歴史と現代的な変化を「統治性」の観点から分析し,諸権力の作用のなかで,いかに/いかなる言語や主体が形成されているのかを明らかにすることである.「統治」とは,人びとの「ふるまいを導く」なにかであり,それは特定の知識や主体,対象を形成する力として作用する.この統治性の観点からフィジーの手話やろう者コミュニティの形成史を概観すると,そこにはさまざまな人や団体,言説が関与しており,そのなかで,手話やろう者のあり方が動態的に変化してきたことがわかる.また近年では,海外渡航経験をもつ若いろう者が中心となって,フィジー手話の公用語化に向けた取り組みを行なっており,その結果,主に公的な領域で,フィジー手話の単一言語化や国家イデオロギーとの接合などといった変化が起きている.本稿では,そうした状況が,いかなる統治的な諸権力の作用のもとで生じているのかを民族誌的なデータにもとづいて詳細に検討する.
著者
小玉 安恵
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.178-193, 2020-09-30 (Released:2020-10-07)
参考文献数
37

従来の日本語の体験談研究では,否定(Yamada, 2000),(ソシ)タラ(加藤,2003),歴史的現在形(小玉,2011)など,話をより効果的なものにするための内在的評価装置の使用が,個別的にあるいはナラティブの一部分にフォーカスして取り上げられ分析されてきた.本稿では,日本語の体験談が本当に面白い話になるために,まずどのようなタイプの評価がどこでどの様に組み合わされて使用されているのか,ナラティブ全体として総合的に明らかにすべく,テレビのトーク番組で語られた芸能人の体験談をLabov (1972, 1997)のナラティブ構造と評価という概念を見直し,Longacre (1981)のナラティブ構造分析の枠組みを加えた上で,質的に分析した.その結果,芸能人の面白い体験談では語りをより面白く,効果的なものにするために1)話のクライマックスや重要な結末となる出来事及び周辺の出来事への意外性や臨場性を強調する様々なタイプの内在的評価装置の集中的使用や,2)外在的評価やオリエンテーション情報の挿入による聞き手に対する話の解釈の誘導及び登場人物のイメージや内言と実際の発話の明確な落差の生成,3)評価的行動や発話及び内言の詳述によるクライマックスや結末の延期ないしはピークの延長に加え,4)落ちとなるクライマックスや結末の短縮化など様々な評価が駆使されていることがわかった.
著者
今村 圭介 岩村 きらら 若森 大悟 宮﨑 捷世 濵野 良安 範 静 沈 璐
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.40-55, 2023-03-31 (Released:2023-04-08)
参考文献数
53

本稿は,ミクロネシア地域の南洋諸島の主要8言語における日本語起源借用語(JOL)の比較考察を行うものである.これまでの当該地域のJOLの研究は個別で行われることが多く,比較研究がほとんど行われてこなかった.そのため,JOL数など各言語における日本語の影響の違いが,どのような要因によって形成されたのか,明らかでないことが多い.本稿において各地域の詳細な社会的・歴史的・言語的背景とともに,JOL全体の数及び意味分野ごとの数の違いを考察することによって,各地域における言語的影響及び日本統治の影響の検証を試みた.その結果,次のことが明らかになった.1)各言語におけるJOL全体の数の違いは「日本人との交流の密度」,「接触前の文化的距離」,「文化的同化への志向」,「日本語使用の威信」の違いによって形成されると考えられる.2)取り入れられたJOL数は意味分野によって明確な差が存在し,それらは現在まで残る日本統治の現地人への影響の違いを表している.
著者
柴田 香奈子
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.34-49, 2019-03-31 (Released:2019-04-23)
参考文献数
27

本稿は,厳律シトー会で使用されている修道院手話を研究対象とし,従来の修道院手話研究や言語学分野における手話研究と比較検討して,修道院手話に備わる言語的な側面と文法化について議論する.これまで修道院手話は,概して「身振りのようなもの」として理解され,社会言語学や言語学などにおいて注目されることが少なく,未だその実像は明らかにされていない.本稿ではこういった現状を踏まえ,現在でも修道院手話の使用が残るドイツ,オランダ,日本の厳律シトー会においてフィールドワークを実施した.そこで収集した発話データを分析した結果,疑問表現に関して,(a) Wh疑問文に見られるWhマーカー,(b) Yes/No疑問文に見られるQuestionマーカー,(c) Yes/No疑問文を変化させた依頼表現,という3点が観察された.(a), (b)では,疑問文にみられる文法化について検討し,(c)では,なぜ疑問表現を依頼表現に変化させるのかについて,修道士間の序列や地位といった内的な社会構造と関連付けて分析する.そして修道士が修道院手話を介して,どのように他者と関わりコミュニケーションを成立させているかについて考察をおこなう.
著者
鄭 惠先
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.82-92, 2005-09

本研究の目的は,日本語と韓国語の「役割語」を対照することによって,よりリアルな日韓・韓日翻訳に役立てることである.本稿では,漫画を分析対象とし,一つ目に,意識調査で見られる日本語母語話者と韓国語母語話者の意識の差について,二つ目に,対訳作品で見られる両言語の役割語の相違点について考察した.その結果,つぎの7点が明らかになった,1)韓国語に比べ日本語のほうに役割語としての文末形式が発達している.2)日本語母語話者の場合,訳本では日本語の役割語の知識が十分生かせない.3)韓国語母語話者の場合,役割語への刷り込みが弱く,翻訳による影響を強く受けない.4)対訳作品から受けるイメージは,両言語の間で必ず一致するものではない.5)日本語役割語では性別的な特徴,韓国語役割語では年齢的な特徴が表れやすい.6)日本語でも韓国語でも,方言は人物像を連想する重要な指標となる.7)時代を連想する言語形式は訳本の中で現代風に訳される傾向が多い.
著者
澤田 田津子
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.138-148, 2003

最近日本語教育の分野において「教授法」が語られることが少なくなったように感じられる.実際にそうなのかどうかを学会誌等掲載論文および日本語教科書の検証を通して考察していく.その結果1980年代後半から約10年間,コミュニカティブ・アプローチが盛んに日本語教育界に取り入れられると同時に,批判も行われた様が観察された.現在,教授法そのものについては語られない時代になっているが,その要因として,日本語教育界における学習者中心主義と,コミュニケーション能力育成重視の流れがあることを確認する.また最近の日本語教育が多くをボランティアに依存しており,日本語教師の役割が日本語教育だけではなくなってきた実情を示しながら,このことも教授法が語られなくなった一因であるとする.将来的には日本語教師の専門性を高めることが必要であり,そのためにはカリキュラム,教室活動,練習方法,など広い意味での教授法に関する議論の継続が必要であることを述べる.最後にそのために社会言語学分野において研究できることは何かを考察する.
著者
保坂 秀子
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.43-50, 2000-12-31

3世紀から8世紀までの日本において,日本人は言語の異なる諸国の人々とどのようにコミュニケーションをはかってきたのだろうか.通訳,使節,漂流者などをキーワードに文献から収集した記事を主要なエピソードを中心に歴史背景も含め紹介する.
著者
田中 博子
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.10, no.2, pp.109-120, 2008-03-31 (Released:2017-04-30)
被引用文献数
1

日本語の相互行為は「阿吽の呼吸」や「以心伝心」によるところが多いと言われてきたが,広い意味での暗示的談話のメカニズムに関する実証的研究はこれまで十分行われてきたとは言えない.ここでは,会話分析により,話し手が話す内容を「微妙」なものとしてマークしている相互行為環境に的を絞り,話し手が暗示的発話を文脈の中でどのような具体的手法で構築し,またそれを聞き手がどのように受け止めていくかを文法的および韻律的手法を含めて,考察する.話し手の暗示的な発話に対しては様々な対応が見られるが,場合によっては聞き手が同じく暗示的な応答をしたり,あるいは話し手の暗示的な働きかけを拒絶することもある.このような事例を通して「阿吽の呼吸」が生まれるには参与者相互が,いかに細やかに歩調を合わせているかについて論じる.
著者
友定 賢治 陣内 正敬
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.84-91, 2004-09-30

近年,関西方言が,一度東京を経由しての全国発信であるが,若年層を中心に全国的に広がりつつあり,地元方言や共通語とともに新しいスピーチスタイルが形成されつつある.それは単に「ことば」だけではなく,関西的なコミュニケーションの受け入れという面がある.関西的な「楽しさ」「笑い」が,現在の豊かな社会・娯楽社会での,会話を楽しむという時代風潮に一致したためであろう.関西方言受容の背景にある日本人のコミュニケーション観にも変化が生じているということである.
著者
吉岡 泰夫 辛 昭静
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.35-47, 2010-08-31

患者-医療者間コミュニケーションの適切化は,患者・家族と医療者が医療情報を共有し,合意を形成して最善の医療を選択する患者参加型の意思決定を行うことや,ラポールに基づく信頼関係,闘病の同志と言える協力関係を築くための前提条件である.この研究は,医師の診療のジョブレビュー,および,患者と医師の双方を対象にした各種調査の分析結果に基づいて,患者-医療者間コミュニケーションの適切化に貢献する医療ポライトネス・ストラテジーを抽出し,医療現場および医学教育に提供することを目的とする.先ず, Brown & Levinsonがあげている15のpositive politeness strategyおよび10のnegative politeness strategyを医療コミュニケーション適切化の工夫にどう応用できるか, 7人の指導医のこれまでの診療経験に基づいて検討した.指導医の外来診療のジョブレビューおよび参与観察で収録した患者-医師間の相互作用を語用論の方法で分析した.社会言語学調査の分析結果も加えて,医療コミュニケーションの適切化に効果的な親近方略(positive politeness strategy)16と不可侵方略(negative politeness strategy) 7を抽出した.