著者
林 誠
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.10, no.2, pp.16-28, 2008

時間の流れの中で行為が産出されるとき,進行中の行為は常に「次に何が起こるか」を予示・予告する性質を持っており,そのような性質を「投射」と呼ぶ.投射は複数の人間が互いの行為を調整し,相互行為を協同で構築するための資源を提供する.本稿では相互行為の資源としての投射のメカニズムを文法構造との関連で考察する.本稿の出発点となるのは,発話の統語的軌跡の投射に関して,日本語文法の後置的特性のゆえに,英語と比べて日本語では投射が比較的「遅れた」形で達成されるという先行研究の主張である.この指摘を背景として,本稿では日本語会話でよく見られる,指示詞「あれ」を含んだ発話フォーマットに着目し,そのフォーマットが日本語の「遅れた投射可能性」への対処の手だてとして用いられることを明らかにする.すなわち,文法構造に基づく一般的な「投射の遅れ」の傾向に対処する一つの方策として,日本語話者にも「早期の投射」を実現するターン構築上の戦略的手段が存在することを示す.
著者
遠藤 織枝
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.51-64, 2000-12-31

1998年11月,江沢民中国主席が訪日した際,「おわび」「謝罪」のことばがとびかった.これをきっかけとして,日本の戦後処理に関する謝罪のことばが,過去においてどのようなものであり,現在どのように使われているかを確認したいと考えた.その方法と手順は以下のとおりである.1.発話行為としての「謝罪」のことばのあり方を考える.2.日本政府首脳と天皇の,主として中国・韓国首脳との会談の言辞を歴史的な流れの中でとらえる.3.それらが,中国・韓国側にどのように受け止められたかをみる.その結果,日本政府は,1990年以降は韓国に対しては,明確に「おわび」を繰り返しているが,中国に対しては細川首相が93年に訪中した際の1度だけ「おわび」のことばが述べられていることが明らかになった.また,日本政府の謝罪に関する発話行為が,70年代の「反省」「遺憾」という不完全なものから,90年代の「反省とおわび」という完全なものへと推移する経過を跡づけた.それは,「話し手の責任」の認識の変化と並行するもので,その変化は,今次の戦争について述べることばの変化に表されている.すなわち,「不幸な一時期」というあいまいな表現から「過去の戦争への反省」へ,さらに「侵略戦争」「植民地支配」へと具体化しており,この変化に合わせて相手側の受容-謝罪の遂行-の傾向が強まってくる動きをとらえることができた.
著者
岩田 一成
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.81-94, 2010-08-31

国立国語研究所が行った「生活のための日本語:全国調査」の結果によると,日本に住む外国人住民(インフォーマント)中,英語ができる人は44.0%で日本語ができる62.6%を下回ることがわかった.中国語ができる人は38.3%であることを考えると,もはや,英語だけを特別扱いする理由はない.広島での言語サービスを検証することで見えてくる英語志向をふまえて,本稿では「やさしい日本語」を現在より積極的に用いるべきであるという主張を行う.
著者
坪根 由香里 田中 真理
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.111-127, 2015

本稿の目的は,第二言語としての日本語小論文の「内容」「構成」の評価が,評価者によって異なるのか,もしそうならどのように異なるのかを検討し,その上で「いい内容」「いい構成」がどのようなものかを探ることである.調査では,「比較・対照」と「論証」が主要モードの,上級レベルの書き手による6編の小論文を日本語教師10名に評価してもらった.その結果を統計的手法を用いて分析したところ,「内容」「構成」ともに,異なる評価傾向を持つ評価者グループのあることが分かった.そこで,上位4編の評価時のプロトコルから「内容」「構成」に関する部分を抜き出し,それを実際の小論文と照合しながら,各評価者グループの評価観の共通点・相違点について分析した.その結果から,「いい内容」の要因は,1)主張の明確さ,2)説得力のある根拠を分かりやすく示すこと,3)全体理解の助けになる書き出し,4)一般論への反論であることが分かった.視点の面白さと例示に関しては評価が分かれた.「いい構成」は,1)メタ言語の使用,2)適切な段落分けをし,段落内の内容が完結していること,3)反対の立場のメリットを挙げた上で反論するという展開,4)支持する立場,支持しない立場に関する記述量のバランスが要因として認められた.本研究で得られた知見は,第二言語としての日本語に限らず,第一言語としての日本語小論文の評価にも共有できるであろう.
著者
坪根 由香里 田中 真理
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.111-127, 2015-09-30

本稿の目的は,第二言語としての日本語小論文の「内容」「構成」の評価が,評価者によって異なるのか,もしそうならどのように異なるのかを検討し,その上で「いい内容」「いい構成」がどのようなものかを探ることである.調査では,「比較・対照」と「論証」が主要モードの,上級レベルの書き手による6編の小論文を日本語教師10名に評価してもらった.その結果を統計的手法を用いて分析したところ,「内容」「構成」ともに,異なる評価傾向を持つ評価者グループのあることが分かった.そこで,上位4編の評価時のプロトコルから「内容」「構成」に関する部分を抜き出し,それを実際の小論文と照合しながら,各評価者グループの評価観の共通点・相違点について分析した.その結果から,「いい内容」の要因は,1)主張の明確さ,2)説得力のある根拠を分かりやすく示すこと,3)全体理解の助けになる書き出し,4)一般論への反論であることが分かった.視点の面白さと例示に関しては評価が分かれた.「いい構成」は,1)メタ言語の使用,2)適切な段落分けをし,段落内の内容が完結していること,3)反対の立場のメリットを挙げた上で反論するという展開,4)支持する立場,支持しない立場に関する記述量のバランスが要因として認められた.本研究で得られた知見は,第二言語としての日本語に限らず,第一言語としての日本語小論文の評価にも共有できるであろう.
著者
片岡 邦好
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.61-81, 2011-09-30
被引用文献数
2

本稿では,日本人ロック・クライマーによる経路探索の議論に焦点を当てて,ランドマークの空間関係や参与者による移動の描写,そして彼らの身体表象がどのように包括的な「認知地図」の構築と変遷に関わるかを論じる.そこでまず,(1)従来曖昧なまま語られてきた「間主観的」視点を本論考の目的に沿って定義し,(2)経験基盤の異なる参与者がマルチモーダルな表象を通じて達成する視点取りの様式を考察する.そして,観察された発話と身体の協調と融合は,「当事者/観察者」および「内在的/外在的」視点の採用により特徴付けられること,さらに,異なる立地点からの間主観的視点が創発することで相互理解が進展する過程を検証し,談話において社会的に構築,維持される認識とその変遷について,「場の交換」(Duranti, 2010)の果たす役割と可能性を提案する.
著者
小川 一美
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.9, no.1, pp.27-36, 2006-09-30

本研究では,2者による自然会話場面を,「テキスト条件」「テキスト+交替潜時条件」「音声条件」「ビデオ条件」という4条件で呈示し,手かがり情報の相違が印象形成に及ぼす効果を実験を通して検討した.社会的存在感理論(Short et al., 1976)などに基づき,「ビデオ条件」>「音声条件」>「テキスト+交替潜時条件」>「テキスト条件」の順に会話者に対する親しみやすさや魅力が高く評価されるという仮説を設定した.実験の結果,「ビデオ条件」が「テキスト条件」や「テキスト+交替潜時条件」よりも個人的親しみやすさが高く評価され,この仮説は部分的に支持された.他にも,「テキスト条件」と「テキスト+交替潜時条件」よりも「音声条件」および「ビデオ条件」の方が社会的望ましさが高く評価されること,そして,音声情報が手かがりとして加わることによって会話の速度や反応の速さに関する側面の印象が変化するといった結果などが得られた.
著者
尾崎 喜光
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.5, no.2, pp.58-73, 2003-03

関西では男女共通に使われるが関東では主として男性の間で使われる間投助詞「なぁ」と推量的確認表現「やろ」(関東では「だろ」)について,関西の女性がこうした表現を使った場合,関東の人がそれをどう評価するか,また関西の人は関東の人がどう評価しているとイメージするかを調べた.その結果,判断保留的な回答を除く部分で見ると,関東の人は「良い感じがする」と肯定的に評価する人の方が,「あまり良い感じがしない」と否定的に評価する人よりもむしろ多いことが分かった.その一方で関西の人は,関東の人は「あまり良い感じがしない」と否定的に評価しているだろうと考える人の方が,「良い感じがする」と肯定的に評価しているだろうと考える人よりもむしろ多かった.関東の人は,関西の女性が使うこうした表現を,当の関西の人が推測するほどには否定的に受け止めていないようである.他方,関西では使用がそれほど一般的でないが関東では男性よりも女性の間で一層よく使われている間投助詞「ねぇ」と推量的確認表現「でしょ」について,関東の男性がこうした表現を使った場合,関西の人がそれをどう評価するか,また関東の人は関西の人がどう評価しているとイメージするかを調べた.その結果,判断保留的な回答を除く部分で見ると,関西の人は「あまり良い感じがしない」と否定的に評価する人が5〜6割と多数を占め,「良い感じがする」と肯定的に評価する人よりもはるかに多いことが分かった.その一方で,関東の人も,関西の人は「あまり良い感じがしない」と否定的に評価しているだろうと考える人の方が,「良い感じがする」と肯定的に評価しているだろうと考える人よりも多いものの,否定的な評価の数値は当の関西ほど高くなく,実際よりもやや楽観的に推測しているところが見られた.
著者
大久保 加奈子
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.127-138, 2013-09-30

日本語の引用表現では,「と」や「って」などの引用マーカーを用いた形式が典型とされることが多いが,本稿では,引用部分の直後に引用マーカーや伝達動詞が付かず,いったん切れた後で次のことばが続く「ゼロ型引用表現」について,政治家による演説をデータとして用い,どのような談話の流れの中で,どのような目的で用いられるのかに注目して分析する.ゼロ型引用表現は,他者の発言内容を客観的に報告することを求められるような状況において使用すると相手に違和感を与えてしまう表現であるが,他者のことばを題目として取りたててそのことばに対する評価を述べ,他者のことばに対する評価を聞き手と共有しようとする際や,他者のことばを臨場感豊かに生き生きと描き,聞き手を物語の世界に引きこむような際に用いられていた.
著者
中西 太郎
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.76-90, 2008-08-31

本研究では,人が人に出会ったときにどのような行動をするか,その実態をもとに,出会い時のあるメッセージが待遇的にどんな働きをしているかを明らかにすることと,そのメッセージが表し分ける人間関係,言語運用上の待遇関係把握がいかなるものか,を明らかにすることを目的とする.したがって,本稿で対象とするのは,従来の研究で主に扱われてきたあいさつ言葉を含む,総体としての出会い時の表現(本稿では,これを「」付きで「あいさつ」と表現する)である.本研究では,日記調査法を用いて,「出会いのあいさつ」の実証的なデータを収集した.荻野の数量化に基づく分析の結果,「あいさつ」としての各表現が,丁寧度の軸に沿って詳細に位置づけられた.また,「あいさつ」による聞き手の位置づけは敬語による聞き手の位置づけとほぼ同じになることがわかった.つまり「あいさつ」と敬語の待遇関係表示の機能はほぼ同じであるといえる.加えて,「あいさつ」においては文末敬語形式に加えて,「オハヨウ」か「オツカレ」か,といった表現形式の使い分けも待遇関係表示の機能にとって重要だということを明らかにした.それを踏まえ,従来のあいさつ論の観点では説明し得ない,近年のあいさつの運用実態の変化について,荻野値にもとづいた待遇的観点で説明を与え,その有用性を示した.
著者
清水 誠治
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.3, no.2, pp.52-62, 2001-03-30

愛媛県東宇和郡西部地域におけるアクセントの実態を,高年層,壮年層,若年層という三つの世代差に着目して見て行く.まず,この地域には,高年層に,a.伝統的な方言アクセントと,b.その方言アクセントの区別が実現型の上だけに現われて型意識の上には現われない(型の対立が知覚されない)もの,そして,C.無アクセントの3タイプが見られる.次に,各世代間を比較すると,高年層と壮年層の間では,無アクセント化の度合いが,一方,壮年層と若年層の間では,共通語アクセント化の度合いが,それぞれ変化の指標になることがわかる.そして,その変化の進度には,上の世代の体系からの影響があり,壮年層での無アクセント化は,高年層で対立の要素の少ない部分(品詞・拍数)から進み,若年層での共通語アクセント化は,壮年層で対立のない部分で進みにくいという傾向がある.また,若年層では,共通語化が,実現型の上には見られるが,型意識の上には現われていないことがある.このことと,高年層の実態を合わせて見ると,型の意識と実現型との間に,型の対立の消失の変化においては型意識が実現型に先行してなくなり,一方,型の獲得の変化においては型意識より実現型が先行して獲得されるという傾向があると考えられる.
著者
渋谷 勝己
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.2, no.2, pp.2-10, 2000-03-31

本稿では,徳川宗賢の遺した業績を検討することによって,徳川の学問の特徴を抽出することを試みた.結果をまとめれば次のようになる.徳川は,置かれた状況に対応しつつ,自身の学問の基盤を築き上げてきた.具体的には,(a)徳川には,恩師東条操と,国立国語研究所の先輩柴田武の影響の跡が強く見られる.(b)続いて大阪大学で社会言語学講座を担当するという経験を通して,研究の対象が大きく拡大する.また,具体的な業績については,(C)『日本言語地図』のための調査,糸魚川調査,九学会連合に参加することによって個別的な研究を行うとともに,それらを踏まえたうえで,高所からする方言地理学の理論と方法の深化活動に従事した.(d)また,日本語社会の急激な変貌,日本語の国際化などの現実問題に対応する総合的,実践的な研究分野=ウェルフェア・リングイスティクスを構想した.さらに,誰もが簡単にアクセスできる情報を集積し,研究者間のネットワークを作ることを試みた.自身の思想の独自性よりも,人や環境との相互作用を重んじたところに,徳川の学風があった.
著者
坊農 真弓 片桐 恭弘
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.3-13, 2005-03-30
被引用文献数
2

本稿では,自然な会話データにおけるジェスチャーと視線配布の分析に基づいて,対面コミュニケーションにおいて表現主体が所持する視点(viewpoint)について検討を行う.対面コミュニケーションにおいては,表現主体が対象に志向する叙述的視点(descriptive viewpoint)に加えて,表現主体が聞き手に志向する相互行為的視点(interactive viewpoint)が存在することを主張する.対面会話のビデオ収録データに基づいてジェスチャーと視線配布との関係の定性的分析(分析1)および定量的分析(分析2)を行った.その結果,(1)表現主体はジェスチャー開始前にジェスチャー空間に向けて視線配布を開始すること,(2)発話終了直前に聞き手に向けた視線配布を開始すること,(3)聞き手は表現主体による視線配布に対応してうなずき等の応答を行うことが確認された.この結果は,自然な対面コミュニケーションにおいては,叙述的視点と相互行為的視点との交替が起っていることを示している.
著者
岡崎 眸
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.19-34, 2010-08-31

「外国人」年少者教育が直面している課題「日本語ができても教科学習に参加できない」に対して,二つのアプローチが提起されている.〈易しい日本語で教科を学ぶ「日本語・教科相互育成」〉と〈母語で教科の内容を学び,それを梃子に日本語で学ぶ「教科・母語・日本語相互育成」〉である.本稿では,この二つのアプローチを取り上げ, (1)子どもにとって,何がどのように実現されることなのか, (2)それは当の子ども,親,教員や学習支援者ひいては「外国人」受けいれの途上にある日本社会の今後のあり方にどのような未来を切り拓くものか,という視点から,バイリンガル教育研究の知見なども援用して検討した.検討素材としては,それぞれのアプローチに基づく実践現場の「学習場面における子どもと教師(支援者)のやりとりの談話」,「子どもの声」などを使用した.結果,在籍級の授業の予習としてなされる「母語訳された教材文を,母語で学ぶ」場面において,子どもは,自由に操ることのできる母語で,認知面・文化面・社会面などに関わる既有能力を駆使し,過去の母国での経験や母国で学んだ知識を統合しながら学習に参加していることが示された.他方,「日本語・教科相互育成」アプローチの下では早期の授業参加が可能となる一方で,制限のある日本語で参加する学習場面では,教師の指導に依存することが多く,既有能力を活かした学習が難しいことが推察された.また,「教科・母語・日本語相互育成」アプローチでは,「外国人」に,「日本語の教材文を母語に翻訳する」,「授業に支援者として関わる」などの役割が期待されていることから,「外国人」は,「外国人」年少者教育の推進主体となり,多言語社会の構築に向けて道を開くものであることが示された.
著者
平本 毅
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.198-209, 2011

発話ターンの冒頭にはしばしば,ターンテイキングの組織化,行為連鎖の組織化,活動の組織化・話題の管理,といった相互行為上の仕事を担う特定の言語的要素(ターン開始要素)が置かれる.本稿では,特定の相互行為的環境において行為連鎖の組織化や活動の組織化・話題の管理の仕事をほとんど行わないと考えられるターン開始要素「なんか」を取り上げ,そのターンテイキングの組織化におけるはたらきを分析する.具体的には,特定の次話者が選択されていない条件において,ターン開始要素「なんか」を伴って発された発話が他者の発話と同時開始により重複した際に,どちらが脱落するのかを調べる.分析の結果,話題の境界部の後など,特定の相互行為上の位置において,「なんか」を配置することにより重複に対する話者性の「弱さ」を示す,という相互行為上の手続きが存在することが明らかになる.この手続きが利用される理由の一つは,会話における「最小限の間と最小限の重複」を達成することにある.参与者は「なんか」を話者性の「弱さ」を示すものとして扱い,「なんか」により会話中の間を最小化しつつも,その発話が重複した場合には,「なんか」を利用した者が脱落することにより重複も最小化することができる.
著者
高橋 健一郎
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.4, no.2, pp.42-56, 2002-03-31

本稿は,ソビエト社会でイデオロギー的影響の下に形成された独特な言語,いわゆる「ソビエト全体主義言語」についての諸研究を概観する.全体主義言語についての研究は,言語自体のもつ政治性,言語と国家,権力の関係などについて考えるための一般理論の基礎になり得るものであり,社会言語学にとって極めて多くの示唆を与え得る.研究のタイプとしては,ソ連社会の社会的方言についての記述的研究,社会学の内容分析,「ニュースピーク・モデル」による批判的言語分析,言語文化的な実践の分析,言説分析などがある.今後それぞれの長所を生かした上で,コミュニケーションシステム全体を考慮に入れた体系的で包括的な研究が望まれる.