著者
阿部 洋子
出版者
跡見学園女子大学
雑誌
跡見学園女子大学文学部紀要 (ISSN:13481444)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.A101-A122, 2007-03-15

日本人の通学制女子大学生209名の中から、社会的望ましさの得点の高い者を除いた191名を対象に、道徳に関する行為について、その「善悪の程度」「当為性」「領域判断」「実行の程度」について質問紙を用いて、検討した。その結果、悪さについては、それほど悪くなく、しても構わない行為で、個人領域に属すると判断されたものは、自分自身を大切にしない行為、男女・性に関する行為であることが分かった。ところが、「悪さ」については、その行為が「道徳」領域に属する行為だとして判断されることによって、「しても構わない」が「悪い」と判断する傾向が認められ、悪いことは悪いという意識を保持できる傾向にあることが分かった。このことから、ある行為を「道徳」領域のものであると教えることが、様々な問題行動を抑止することに繋がるのではないかと考えられる。「善さ」については、道徳領域だと判断された行為は1つもなく、すべて社会的慣習あるいは個人領域に属する行為だと考えていることが分かった。これらは現代の若者が自律的になったということではなく、むしろ気分や好き嫌いによって様々な行動を決定する傾向があると考えられる。挨拶や敬語を使用することができるようになることが躾でないことは分かっている。それでは何を根幹として道徳心向上のための教育をすればよいかということになるが、「悪さ」については「いじめ、虐待」「大量消費を美徳する」などは、むしろ大人社会が喪失している問題であり、若者社会の中では「すべきでない道徳に属する行為」だと考えられていることが分かった。一方、「善さ」については、それほど善くなくて、するべきだと感じている者が少ない行為で、個人領域に属する行為は、家族との関係、祖先崇拝、神仏崇拝、などであることが分かった。こうした行為が減少したことは、日本が封建的で、軍国主義的な国家から脱却できた証だと考えることもできるが、他方、対人関係の基礎を成す、家族内の対人関係を希薄化させることになったと考えることもできる。今後、詳細な検討をする必要があると考える。
著者
山田 徹雄
出版者
跡見学園女子大学
雑誌
跡見学園女子大学文学部紀要 (ISSN:13481444)
巻号頁・発行日
no.40, pp.29-41, 2007-03

クブンハーウン空港(コペンハーゲン空港)は、トランスアトランティック路線とヨーロッパ線を媒介するハブ空港の役割を果たしている。その発展過程においては、当初はデンマーク航空が、第2次大戦後はSASコンソーシアムによる航空路形成が大きな役割を果たしてきた。このようなSASの方針に対応して、空港は拡大・拡充計画においてトランジット客優遇のコンセプトを実現した。この点、空港としての経営戦略の成功を見ることができるであろう。
著者
村越 行雄
出版者
跡見学園女子大学
雑誌
跡見学園女子大学紀要 (ISSN:03899543)
巻号頁・発行日
vol.32, pp.A1-A41, 1999-03-15

日常的な言語コミュニケーションに広く, しかも深く浸透している比喩的表現は, 言語表現の可能性を考える上で, なくてはならない重要な要素として存在している。その重要性を明らかにする意味で, 本稿では, 比喩の内, とくに隠喩, 換喩, 提喩の三つに焦点を合わせて検討することにする。具体的には, 「1. はじめに」のあとの「2. 言語表現全般の中での隠喩・換喩・提喩の位置付け」では, 「2-1. 字義性と比喩性」として, 転義説, 逸脱説などを調べ, 「2-2. 言われることと含意されること」として, 実際に口に出して言われる部分, それに実際には言葉によって表面に出ない部分に区別した場合, 隠喩, 換喩, 提喩のそれぞれがどちらに属するのかを調べ, 「3. 隠喩・換喩・提喩の存在意義」では, 「3-1. 隠喩の存在意義」と「3-2. 換喩と提喩の存在意義」として, 具体例を挙げながら, 隠喩, 換喩, 提喩のそれぞれの特徴を調べ, 言語表現全般に共通して言える的確さと効率性に基づく表現の経済性が, 比喩にも当てはまることをごく簡単に示し, 「4. 最後に」で終えるという検討順序である。なお, 本稿における狙いは, 説得性, 美的装飾性などの問題としてではなく, 比喩を表現の経済性の問題として捉えていくことである。ただし, 表現の経済性の問題をそれ自体として本格的に検討するのではなく, それへの橋渡し的な検討を行なうことで終えることにする。
著者
内藤 歓修
出版者
跡見学園女子大学
雑誌
跡見学園女子大学マネジメント学部紀要 (ISSN:13481118)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.93-113, 2008-03

Jane Austenの前期の小説3作品の中で,本作品は書き直しの箇所が極めて少なく,初期の形態を保ったままで出版された.作者は作品を書き上げた後も,いろいろ手を加え改編したと言われている.本作品は出版者とも問題があって,書き上げた後殆ど手を加えていない状態で出版されたので,作者の小説作法の原型が読み取れる.Austenの6編の小説は全て「夫探し」がテーマになっている.ヒロインは,将来夫となる若い男性との交際や周囲の人々との付き合いを通じ,幾つかの障害を乗り越えて,人間的成長をしていき,理想的な男性と結婚するに到るのである.特別異常な事件も起らず,日常の平凡な生活の中でストーリーは展開していく.その典型的な形は既に本作品に現れている.しかし,本作品は当時流行のゴッシク小説に対して,批判的な面を多くもっていて,明らかにそのパロディである箇所が随所に見られる.ヒロインが成長をしながら結婚を成就していく筋と,ゴッシク小説のパロディ的側面を両立させながら物語は進んで行く.Northanger Abbeyは作者の前期の作品で,しかも手を加えることが少なかったために,ヒロインを始めとして登場人物像が粗削りで,完成度が低い代わりに,作品全体が若々しい感じを与え,かつ作者の基本的な小説作法がはっきりと読み取れ,興味深いものとなっている.本論ではヒロインらしくないヒロインのCatherineがゴシック趣味に惑溺しながらもそこから脱却し,またThorpe兄妹の欺瞞に満ちた人間性を見抜けるようになり,人間的成長をして,Henryと結ばれて行く過程を分析し,考察する.
著者
柴田 徹
出版者
跡見学園女子大学
雑誌
跡見学園女子大学マネジメント学部紀要 (ISSN:13481118)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.175-194, 2008-03

本小論では,米国マイクロソフト社のウインドウズをオペレーティング・システムとするパーソナル・コンピュータの日常的な使用において,少なくないエンド・ユーザが経験するであろうソフトウェアのインストール/アンインストール作業に着目し,ソフトウェアのインストール/アンインストール作業の完遂に必要とされる技術的な知識・技能の一端を,複数のソフトウェア・ベンダが公開する技術情報文書の記述を分析することによって明らかにするとともに,わが国の大学学士課程における全学共通教育としての情報処理教育の若干の課題について検討した。複数の技術情報文書を分析した結果,ソフトウェアのインストール/アンインストール作業の完遂には,主要には, 1.コマンド・ライン(コマンド・プロンプト), 2.ウインドウズ・レジストリ, 3.ファイルとフォルダ, 4.オペレーティング・システム付属のユーティリティ・ソフトウェアなどに関する知識・技能,すなわち,オペレーティング・システムの機能およびオペレーティング・システム付属のユーティリティ・ソフトウェアの機能を一定程度活用することができるような知識・技能が必要とされることが明らかとなった。現状においては,制度的にも現実的にも,そうした知識・技能の教授は,大学学士課程における全学共通教育としての情報処理教育において取り扱わざるを得ない。そこで本小論においては,大学教育としての当該内容の取り扱いに関して,現実的な諸問題も考慮して,オペレーティング・システムの発達の歴史をふまえた教育内容の編成・体系化と,教育用シミュレーション・ソフトウェアの開発を提案した。
著者
横田 恭三
出版者
跡見学園女子大学
雑誌
跡見学園女子大学紀要 (ISSN:03899543)
巻号頁・発行日
vol.33, pp.83-95, 2000-03-15

一九八一年に發掘された龜山漢墓は、前漢時代の第六代楚の襄王劉注夫妻の墓である。この合葬墓の甬道に隙間なく置かれていた塞石には、朱書文字や配置番號が刻されていたが、これ以外にも先王の遺訓かと見られる長文の刻銘が殘されていた。顧風氏はこれを盗掘防止のための刻銘であると推論した。文字は馬王堆帛書などに共通する書風であり、當時の通行書體といえる。この塞石刻銘の解釋と書風について考察し、あわせて前漢時代における石刻文字の概要をまとめた。
著者
柴田 光彦
出版者
跡見学園女子大学
雑誌
跡見学園女子大学紀要 (ISSN:03899543)
巻号頁・発行日
vol.34, pp.37-62, 2001-03-15

滝沢馬琴は寛政十年 (一七九八) に累代の墓を修復建立のために自筆の『滝沢氏墓誌』を記し、その墓の図まで書き残している。また後年著した家譜『吾仏之記』にも墓地改葬の記事があり、これは影印・翻刻共にあって、既に世に知られているものである。ここでは前者を新たに翻刻紹介し、後者の記事を合わせ参照して、東京文京区の茗荷谷の菩提寺、深光寺の墓地に現存する滝沢家の墓碑群の銘文について考察を試みた。
著者
柿崎 環
出版者
跡見学園女子大学
雑誌
跡見学園女子大学マネジメント学部紀要 (ISSN:13481118)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.41-57, 2004-03

現在、内部統制とは「業務の有効性と効率性、財務報告の信頼性、関連法規の遵守という目的達成に関して合理的保証を提供することを意図した、事業体の取締役会、経営者およびその他の構成員によって遂行される一つのプロセス」とする米国のCOSO報告書による定義が、デファクト・スダンダードとされている。しかし、米国において内部統制概念は、単なる会計マターではなく、証券市場の情報開示・会計・監査を支える個々の企業のガバナンスの根幹部分としての法的側面に一貫して重大な意義があることに留意すべきである。すなわち、企業の内部統制システム構築は、証券市場の公正性確保にむけた情報開示の「質」の向上の前提条件であるとともに、経営者の対市場責任の基礎として把握され、その更なる充実が、適時開示の法的基礎をその実現手続と共に示す2002年米国企業改革法においてみてとれる。わが国においても平成14年、委員会等設置会社の取締役会が、商法施行規則において内部統制構築の基本方針を定めることを義務付けられたが、ともに証券市場を活用する公開株式会社を前提とする以上、共通の問題意識をもって内部統制の構築やその法規制のあり方を検討する必要がある。本稿においては、米国の内部統制規定をめぐる歴史的展開を踏まえて、我が国においても早急に対応が求められる商法施行規則193条等について検討し、そこに列挙された内部統制構築のための具体的項目から浮かび上がる問題点や課題について、さらには監査役設置会社における内部統制構築のあり方と委員会等設置会社の場合のその違いについて若干の考察をくわえ、最後に、我が国の内部統制に対する市場法的視点からみた法規制のあり方について言及した。