著者
平岡 隆二
出版者
八坂書房
雑誌
洋学 : 洋学史学会研究年報
巻号頁・発行日
no.18, pp.1-50, 2010-08-01 (Released:2011-04-14)

近世初期の日本で成立したキリシタン系宇宙論書の一つである「南蛮運気論」(一七世紀中頃成立)は、西洋のアリストテレス・プトレマイオス的宇宙論に遡源する内容を持ちながら、その本文に中国の天文・気象・医学理論である「運気論」にまつわる引用や術語の改変等が混在することから、日欧科学交流の黎明期における興味深い所産として知られている。この「南蛮運気論」が、元イエズス会士で転びバテレンの沢野忠庵(一五八〇頃~一六五〇)等の手によって成立した「乾坤弁説」の異本であるということは、大矢眞一氏が一九五〇年にその旨を説く 論考を発表して以来定説となったが、近世を通じて写本の形で伝わった同書の本文はまだ活字出版されておらず、諸本の伝存・流布状況に関する研究もほとんど未開拓のまま残されている。そこで本稿では、これまで調査 することのできた「南蛮運気論」写本計十二点を紹介しつつ、とりわけ同書が近世期の知識人にどのように写し 伝えられ、どのように読まれたのかという問題に焦点をしぼって考究・分析することにする。 Nanban unkiron (Yunqi theory of "Southern barbarians", c. mid-17th century) is an interesting example of a mixture of Western Aristotelian-Ptolemaic cosmology and Chinese Yunqi theory in the seventeenth century Japan. The book has been known as a variant copy of Kenkon bensetsu (Discussion on the heavens and the earth), the original draft of which was composed by the Apostate Jesuit Sawano Chuan (Christovao Ferreira, c. 1580-1650), but an extensive survey of its extant manuscripts had not been done. Based on a survey of twelve manuscripts, the present study gives the first description of how the book was circulated and read by Japanese intellectuals in the Edo period as well as the bibliographical stemma of the manuscripts. My conclusions can be summarised as follows: (1) Of the twelve extant manuscripts of Nanban unkiron, nine were made during the Edo period and three were made after the Meiji Restoration. Of the nine early modem manuscripts, five have been practically unknown to the scholarly world, and, in fact, four of the five had such titles, different from Nanban unkiron, as Tenmon yokai, Tenmon sho and Nanban tenchiron. This means that the circulation of the book was far wider than has previously been acknowledged. (2) The colophons attached to several manuscripts and some other evidence show that the owners in the Edo period were such figures as Okochi Terutsuna (17th century), Tani Kakimori, Toita Yasusuke, Obata Chutatsu (18th to 19th century). It is also confirmed that the book was disseminated in various parts of Japan : Nagasaki, Kawagoe, Edo, Tosa and Tohoku. (3) Abibliographical analysis of the manuscripts showed that [01] Okochi MS, [2] Mtsura MS and [3] Yamauchi MS can be used to reconstruct the archetype of Nanban unkiron. Since these early munuscripts contain many different readings and share some in a very intricate way, it is not an easy task to reconstruct the archetype. This fact, however, conversely reveals that the book was already sought after and well studied by Japanese intellectuals in seventeenth century. (4) Apart from the case of Matsudaira Terutsuna, we have no witness confirming that readers in the Edo period recognized the Christian origin of the book. On the contrary, some readers in the 18th even explicitly argued that it could not be of Nanban origin and others tacitly identified it as a Japanese book, most specifically one on Yunqi theory by a Japanese physician. All this shows that the book underwent a very unique and different process of circulation and reception from that other cosmology book of Jesuit origin.
著者
河口 明人
出版者
北海道大学大学院教育学研究院
雑誌
北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
巻号頁・発行日
vol.111, pp.163-196, 2010-12-25

ポリスの存続という至上命題の中で,古代ギリシャ人が人間の身体に抱いていた観念は,精神と乖離した二元論的な理解ではなく,彼らの生存の内的欲求を意義づけるエートス(ethos)と一体のものであった。貴族文化の余韻をとどめながらも,人間の内面は身体に表現されることを確信し,その身体を創造せんとする卓越性(アレテー)の概念と結びつき,戦士共同体における生命のアイデンティティを構成することにって,ギリシャ文化や文明をもたらした主要な源泉となった。死すべき運命を悼みながら,その反映としての不滅の栄光を保障する卓越した勇気の顕現を,ポリス間の絶えざる戦闘という不幸の中で具現しようとしたギリシャ人は,英雄精神によって不死の神に至らんとする飽くなき憧憬を抱き続け,鍛錬された身体的能力と,限りない自己啓発を希求する精神的能力の渾然一体化した「カロカガティア」という,人間のありうべき理想像に関する概念的遺産を今日に伝える。
著者
横山 隆明 ヨコヤマ タカアキ Takaaki YOKOYAMA
巻号頁・発行日
(Released:2010-02-22)

本研究では、レゴリスといわれる細かい砂に覆われている月や惑星表面への着陸時の<br />着陸衝撃力および沈下量を事前に算定する方法に関する研究を行った。<br /> レゴリスのような細かい砂で覆われた地盤から受ける反力や沈下量を求めようとする<br />時、砂のような粉粒体は変形時に連続体的挙動から非連続体的挙動を示すため、解析的<br />に解くのは難しい。そのため地盤と機械との相互作用について研究しているテラメカニ<br />ックス分野では、解析対象を模擬した実験を行い、得られた実験結果から地盤をモデル<br />化し半経験式を導き、地盤の変形および抵抗を求める方法が良く用いられる。<br /> まず既存の研究の調査を行った結果、テラメカニックス分野で、砂地盤への着陸現象<br />を扱っている研究は見当たらなかったが、着陸と似たような現象を取り扱っている研究<br />として、重錘落下による地盤の締め固め効果に関する研究があった。これらの研究では、<br />衝撃加速度および沈下量は落下速度に比例すること、地盤密度が密な場合は衝撃加速度<br />波形が1つのピークを持つこと、緩い場合は2つのピークを持つこと、質量が大きい場<br />合は衝撃加速度ピーク値が小さくなることなどが実験から明らかにされていることがわ<br />かった。<br /> そこで本研究においても、まずはテラメカニックス分野で行われている方法と同じく、<br />実験から着陸衝撃力および沈下量を求める事を試みた。実験の対象は月面への着陸とし、<br />月面の高真空環境を模擬するため実験は真空槽の中で行い、月面の1/6G環境を模擬する<br />ため1/6G相似則に基づき1/6スケールの試験体を使用した。試験体は平成14年度に提<br />案されたSELENE-Bの着陸パットの諸元に基づき作成した。実験結果から、テラメカニッ<br />クス分野の重錘落下実験結果と同じく、衝撃加速度および沈下量は落下速度に比例する<br />ことがわかったが、月面環境を模擬するための真空引きの際に制御できない地盤密度の<br />変化が発生し、落下質量の影響が明確に現れない、既存の実験では密度が低い場合に現<br />れる2つのピークを持つ衝撃加速度形状が、密な地盤に対する実験でも現れるなどの真<br />空を模擬した実験特有の難点があることがわかった。<br /> そのため、アポロ計画で使われた地盤モデル中のパラメータを本研究で行ったフット<br />パット試験体の直径に合わせ変更して数値解析をおこない衝撃加速度および沈下量の予<br />測を行った。この結果、衝撃加速度および沈下量は速度に比例し、また、実験は表せな<br />かった落下質量の影響も表すことができることがわかった。しかしアポロ計画で使われ<br />たモデルでは、実験結果に見られた2つのピークを持つ衝撃加速度を再現できない、沈<br />下量がピーク値を示した後急激に減少してしまうなど、実験値と良く合わない点もあり<br />注意が必要であることが明らかになった。その結果、アポロの地盤モデルの適用性とし<br />ては、衝撃加速度、沈下量ともにピーク値までの予測であれば充分に使用可能であるこ<br />とがわかった。<br /> 次に、圧縮性流体の解析法として開発された連続体から非連続体まで解析できるSPH<br />法を砂地盤への衝突問題へ適用することを試みた。SPH法は圧縮性流体の解析法として<br />銀河系の形成など天体物理の問題解決のため開発された方法で、その後、非圧縮性流体<br />解析、構造解析など適用範囲が広がっているが、砂地盤への衝突題にSPH法を適用した<br />例は未だなく本研究が世界初である。本研究では地盤をモール・クーロンの破壊基準を<br />降伏条件として持つビンガム流体と仮定し解析を行った。その結果、実験と同様に衝撃<br />加速度および沈下量は衝突速度に比例し、実験では明らかにならなかった衝突質量の影<br />響、アポロモデルでは実験値と大きく異なったピーク後の沈下量の推移、およびアポロ<br />地盤モデルで表せなかった2つのピークをもつ衝撃加速度形状を表せることが明らかに<br />なった。そしてSPH法による解析結果を分析することで第2番目のピークの発生原因も<br />特定された。すなわち、実験の制約により制限せざるを得なかった地盤厚さをSPH法に<br />より任意に変化させ解析を行った解析結果、衝突中の地盤の密度変化の状態のモニター<br />結果から、地盤底面からの反射波および地盤密度の増加が原因であることが確かめられ<br />た。<br /> 以上の検討からSPH法は実験を充分に補える解析法であることが確かめられ、本研究<br />成果は月面上のみならず他の惑星上への着陸にも適用可能であることが示された。<br />最後に、これまでに得られた知見を用い、SELEM-B月探査機の月面着陸時の衝撃加速<br />度および沈下量の予測をSPH法を用いて行った。垂直方向のみ3mの衝突速度がある場合<br />を計算した結果、最大衝撃加速度は約21G程度(4脚接地の場合)、最大沈下量は約7.4<br />cm程度(1脚接地の場合)であることがわかった。<br /> 本研究では、月および惑星上への着陸時の衝撃加速度の予測法として、月面を対象と<br />した実験、地盤モデルによる数値計算、SPH法による解析の3つの方法を試みた。その<br />結果、月面環境を模擬しなければならない実験には多くの制限があり、アポロの際用い<br />られた地盤モデルによる数値計算ではピーク値までしか信頼性がないことがわかった。<br />反面、SPH法での解析は、実験で見られた特徴を良く表しているため、実験を補える手<br />段として信頼性が高いことが示され、月惑星上砂地盤への着陸衝撃力算定方法として信<br />頼性が高い方法であることがわかった。<br /> SPH法は現在様々な現象に対して適用範囲が広がりつつある方法であり、その特徴と<br />して連続体的挙動から非連続体的挙動まで表すことができるため、例えば着陸機が月お<br />よび惑星上の砂地盤に対して斜めに衝突する際の機体の安定性から砂の飛散範囲までの<br />解析などにも幅広く適用可能である。また、例えば今後活発になると思われる月の利用<br />に係わる問題に関しても、月の砂の掘削、運搬方法など月の砂に係わる問題は数多い。<br />SPH法を用いた砂の解析は、今回適用性が示された衝突問題以外にも幅広い適用性を持<br />つと考えられ、今後の発展が期待される手法と言える。<br />
著者
波多 英寛
巻号頁・発行日
2005-09-01 (Released:2017-02-27)

九州工業大学博士学位論文 学位記番号:工博乙第84号 学位授与年月日:平成17年9月30日 平成17年度
著者
福島 綾子
出版者
へるす出版
雑誌
臨床看護 = The Japanese journal of clinical nursing,monthly (ISSN:03867722)
巻号頁・発行日
vol.37, no.9, pp.1161-1164, 2011-08 (Released:2013-06-18)
著者
山室 信一
出版者
京都大學人文科學研究所
雑誌
人文學報 = The Zinbun Gakuhō : Journal of Humanities (ISSN:04490274)
巻号頁・発行日
vol.101, pp.63-80, 2011-03

1895年から1945年の敗戦に至るまでの日本は, 日本列島弧だけによって成立していたわけではない。それは本国といくっかの植民地をそれぞれに異なった法域として結合するという国制を採ることによって形成されていったが, そこでは権利と義務が差異化されることで統合が図られていった。こうした日本帝国の特質を明確化するために, 国民帝国という概念を提起する。国民帝国という概念には, 第1に国民国家と植民地帝国という二つの次元があり, それが一体化されたものであること, しかしながら, 第2にまさにそうした異なった二つの次元から成り立っているという理由において, 国民帝国は複雑に絡み合った法的状態にならざるをえず, そのために国民国家としても植民地帝国としてもそれぞれが矛盾し, 拮抗する事態から逃れられなかった事実の諸相を摘出した。その考察を通じて, 総体としての国民帝国・日本の歴史的特質の一面を明らかにする。 The Meiji state's experience of forming a nation state affected its possession of colonies and also the changes that accompanied the Meiji state's becoming a colonial empire. In this paper, I will employ the concept of nation—empire for the purpose of clarifying the character of Japanese total empire. To do so, I wish first to emphasize that the concept of nation—empire has two dimensions, for it is meant to incorporate both the nation state and the colonial empire. But my second point is that for precisely that reason, it contains tendencies that contradict the nation—empire itself.
著者
小野 修
出版者
広島大学平和科学研究センター
雑誌
IPSHU研究報告シリーズ (ISSN:13425935)
巻号頁・発行日
no.42, pp.168-188, 2009-03

松尾雅嗣教授退職記念論文集 平和学を拓く
著者
藤岡 惇
出版者
立命館大学経済学会
雑誌
立命館経済学
巻号頁・発行日
vol.58, no.5/6, pp.1118-1141, 2010-03 (Released:2010-06-02)