- 著者
-
吉田 道代
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集
- 巻号頁・発行日
- vol.2014, 2014
<B>Ⅰ. 研究の課題</B><br> 難民とは,国際的な定義(1951年の難民の地位に関する条約および1967年の難民の地位に関する議定書)においては,政治的・社会的迫害を受けるおそれのために国外に逃れた人々と定められており,その保護が義務づけられている.この難民の地位を求める人々は庇護申請者とよばれ,その扱いは国によって異なっている.<br> 庇護申請者の処遇は国際的な課題であるが,その具体的な対応は庇護申請者がたどりついた国の問題となり,しばしば国内での政治的な論争の的となる.本発表では,庇護申請者の急速な増加を受けて政治的議論が巻き起こったオーストラリアを事例に,国内に設置された庇護申請者収容施設と地域住民との関わりに焦点を当て,庇護申請者に関わる排除と包摂の問題を論じることとする. <br><br> <B>Ⅱ.オーストラリアの難民政策の変遷</B><br> オーストラリアは,先に挙げた難民条約の定義のほか,「人道的配慮」の枠を設けて比較的寛容な難民の受け入れを行ってきた.その対象は主にオーストラリア国外で庇護を申請する人々であり,無認可で入国して申請する者には厳しい対応をとっている.1990年代には全ての違法入国者が収容所に収監されるようになり(Mandatory Detention),収容期限が廃止・無期限化された.また,庇護は永住と結びつけられることが多かったが,一時的庇護制度も導入された.<br> 庇護申請者への厳しい処遇は,1990年代末にボートで領海に入ってくる人々が増加するにつれ,さらに強化されるようになった.当時政権にあった自由党・国民党が規制を一段と強めたきっかけは,2001年8月にノルウェー船籍の貨物船タンパ号がクリスマス島近海で難破しかけていた漁船の433人の乗船者を救出し,オーストラリアに受け入れを求めたことであった.オーストラリア政府は受け入れを拒否し,隣国に受け入れを求める「太平洋解決策(Pacific Solution)」を採用した.国内にボートで到着したその他の人々については,都心部から遠く離れた地域に設置した収容所に収監し,コミュニティから隔離した.この徹底した排除・隔離の実践により,避難先としてオーストラリアをめざすボートピープルは前年の5516人から1人に激減した.<br> 「太平洋解決策」は国内では支持を受けたが,国際的には大きな批判を浴びた.そのため,2007年の選挙で労働党が政権につくと,ボートで領海に入った人々を国内に収容するよう政策を緩和し,収容施設のあり方も見直した.コミュニティに近い,より開放的な収容施設(Alternative Places of Detentions: APODs)を建設し,逃亡やコミュニティに害を及ぼす危険性の低い庇護申請者,特に子供を含む家族をそこに住まわせた.<br> しかし,こうした規制緩和は,ボートでオーストラリアに向かう庇護申請者の増加を促す結果となった.このため,労働党政権は規制強化の方針を打ち出したが,その増加に歯止めがかからず,2012年度には2万5173人がボートで領海に入った.2013年に政権が交代したのちは自由党・国民党連合党の政府がボートへの対応を軍の管轄下において規制を一層強化している.<br><br> <B>Ⅲ.ADOPをめぐる議論</B><br> APODの設置計画が2010年に発表された際,設置予定場所となった南オーストラリア州アデレードヒルズ地区にあるインバーブラッキー(Inverbrackie)では,地元住民から強い反対の声が上がった.インバーブラッキーの住民の多くはADOP建設反対の立場をとっていたが,ADOPは設置され,2014年7月現在も存続している.ADOPはこれまでの隔離された収容所と異なり,地元住民を雇用し,施設内で暮らす子供が外の学校に通い,コミュニティの人々との交流も行われている.反対者からは否定的な意見が公に発表されていたが,建設後は表立った反対意見は見られなくなったことが報告されている(Curtis & Mee, 2012).発表においては,庇護申請者への規制圧力が強まる中で,ADOPへの反対意見が沈静化していった理由を探り,地域住民との交流可能という特徴を持つ施設の庇護申請者包摂の可能性について論じたい.<br><br><B>文献</B><br>Curtis, F. and Mee, K. J. 2012. Welcome to Woodside: Inverbrackie Alternative Place of Detention and performances of belonging in Woodside, South Australia, and Australia. <i>Australian Geographer</i> 43(4): 357-375.<br>