著者
加國 尚志 北尾 宏之 榊原 哲也 古荘 真敬 村井 則夫 吉川 孝 村上 靖彦 川瀬 雅也 神田 大輔 谷 徹 野間 俊一 佐藤 勇一 田邉 正俊 田口 茂 伊勢 俊彦 小林 琢自 浜渦 辰二 和田 渡 亀井 大輔 池田 裕輔 廣瀬 浩司 林 芳紀 青柳 雅文 松葉 祥一
出版者
立命館大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2014-04-01

2017年度は講演会、ワークショップを開催することができた。講演会、ワークショップについては、マーティン・ジェイ氏(カリフォルニア大学名誉教授)を招聘し、本共同研究研究分担者が翻訳した『うつむく眼』(The Downcast Eyes)について、ワークショップと講演会を開催した。ワークショップでは同書の翻訳を担当した研究分担者6名(亀井大輔氏、青柳雅文氏、佐藤勇一氏、神田大輔氏、小林琢自氏、田邉正俊氏)がそれぞれの視点から同書について発表を行い、ジェイ氏がそれに意見を述べ、討議を行った。また講演会ではジェイ氏は西洋の視覚文化と東洋の視覚文化とを比較考察し、「間文化性」と「視覚」について共同研究を行ってきた本共同研究にとって大きな寄与をもたらした。同じく2017年度には、共同研究の年度別研究テーマである「倫理」について考察するために、共同研究のテーマを「水俣」として、ワークショップを行った。研究分担者の吉川孝氏がコーディネーターを務め、発表者として福永真弓氏(東京大学)、佐藤靜氏(大阪樟蔭女子大学)が発表を行った。このワークショップにより、「水俣」という具体的な事件から、「実践」についての現象学的倫理を考察する可能性が開かれた。これらの研究に加え、研究分担者による研究も進捗し、著書 本、論文 本、学会発表 本が成果公表され、共同研究の成果を挙げることができた。また本共同研究が二年前に行ったワークショップの論文を『立命館大学人文科学研究』(立命館大学人文科学研究所発行)に掲載することができた。
著者
浜渦 辰二
出版者
静岡大学人文学部
雑誌
人文論集 (ISSN:02872013)
巻号頁・発行日
vol.50, no.1, pp.1-46, 1999-07-30
著者
浜渦 辰二
出版者
静岡大学人文学部
雑誌
人文論集 (ISSN:02872013)
巻号頁・発行日
vol.50, no.2, pp.53-101, 2000-01-31
著者
浜渦 辰二 中村 剛 山本 大誠 福井 栄二郎 中河 豊 前野 竜太郎 高橋 照子 備酒 伸彦 竹之内 裕文 竹内 さをり
出版者
大阪大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2010

医療,看護,リハビリ,介護,福祉,保育,教育まで広がる「北欧ケア」を,哲学・死生学・文化人類学といったこれまでこの分野にあまり関わって来なかった研究者も参加して学際的に,しかも,実地・現場の調査により現場の人たちと研究者の人たちとの議論も踏まえて研究を行い,医療と福祉をつなぐ「ケア学」の広まり,生活中心の「在宅ケア」の広まり,「連帯/共生」の思想が根づいていること,などが浮かび上がってきた。
著者
浜渦 辰二
出版者
静岡大学
雑誌
人文論集 (ISSN:02872013)
巻号頁・発行日
vol.53, no.2, pp.A1-A12, 2003-01-31

小論の課題は、昨年『フッサール全集』第32巻として刊行された未公刊講義草稿の『自然と精神(1927年夏学期)』の要旨とその背景を紹介し、その固有な問題画を解明することにある。フッサールは、多くの演習と講義を同様の表題のもとで反復しており、しかも、それは1912 / 13 年の冬学期以来のことであり、それは『イデーンI』の出版(1913年)に先立ち、その執筆と平行して執筆された『イデーンII』および『イデーンIII』のための草稿との連関においてなされたものである。「自然と精神」という問題画は、学問論(科学論)および自然科学と精神科学の区別にその起源をもっている。そこには、現象学と心理学との微妙な、しかし決定的な差異という問題も属している。これは、講義『自然と精神』の隠されたもう一つの主題であり、『危機』書に至るまで繰り返し論しられる主題である。さらに、「自然と精神」という問題画は、19世紀後半から20世紀初頭にかけての学問論(諸学の分類、諸学の関係、諸学の基礎づけ)をめぐる論争、すなわち、一方で、ウィーン学団(統一科学)を中心とした実証主義・自然主義の流れと、他方で、それに対抗する、ディルタイの解釈学・精神科学、および、新カント学派の「自然科学と精神科学」「自然科学と文化科学」の差異を強調する流れとの間で行われた論争に対して、現象学の立場からする学問論を展開する狙いをもったものであった。現代の精神医学および生命科学が直面している問題を考えるにあたって、いま一度20世紀初頭にフッサールが「自然と精神」「自然科学と精神科学」について行なった議論を検討する価値があると思われる。フッサールの言う意味で、解離してしまっている「生(Leben)」と「学(Wissenschaft)」を繋ぐような哲学かいま必要とされているからである。
著者
浜渦 辰二
出版者
日本哲学会
雑誌
哲学 (ISSN:03873358)
巻号頁・発行日
vol.2015, no.66, pp.45-61, 2015-04-01 (Released:2017-06-10)

The English word “Care” is translated by a myriad of Japanese words depending on context. In this paper I would like to ask what is the essence of “Care” and I shall attempt to argue that it is related to our living with others and with birth, ageing, illness and death.Birth, ageing, illness and death - these are Buddhist concepts for the four stages of suffering which human beings should trace in their lives. Rather than consider these directly, however, I want to discuss how the situation around these four types of suffering has changed in contemporary Japanese society, especially after the World War II and caused philosophical-ethical problems. Suffering in the original Buddhist ideas refered to the things that a human being cannot change at all, e.g. birth is a gift from the heaven and death is a calling from the heaven, whereas they are now medicalized and become what we are forced to decide to give birth or to die. Considering birth, ageing, illness and death in this new situation is my aim in the clinical philosophy of Care.Birth, ageing, illness and death seem on the surface to be the phenomena applying to an individual person. On closer examination, however, they are at each stage actually occurrences that take place between persons and in relation to others. Consequently we can interpret living with birth, ageing, illness and death as a relationship of “Care”.
著者
浜渦 辰二 浜渦 辰二
出版者
静岡大学
雑誌
人文論集 (ISSN:02872013)
巻号頁・発行日
vol.50, no.2, pp.53-101, 1999
著者
浜渦 辰二 Held Klaus
出版者
静岡大学
雑誌
人文論集 (ISSN:02872013)
巻号頁・発行日
vol.50, no.1, pp.1-46, 1999
著者
浜渦 辰二
出版者
静岡大学
雑誌
人文論集 (ISSN:02872013)
巻号頁・発行日
vol.55, no.2, pp.A1-A24, 2005-01-31

シュッツはウィーンに生まれ、ウェーバーの理解社会学をフッサール現象学で基礎づけようとした処女作『社会的世界の意味構成』でフッサールの知遇を得たのち、ナチスの迫害により米国へ亡命し、現象学的社会学の創始者となった。シュッツがフッサール現象学のなかで最も重要と考えたのは、間主観性の問題圈であった。シュッツは、フッサール現象学の枠組みを継承しながらも、初めからレ超越論的現象学の問題は意図的に放棄し、「自然的態度の構成的現象学」である「現象学的心理学」にとどまることを宣言していた。そのことを知りながら、フッサールはシュッツの処女作を絶賛した。それは、晩年のフッサール自身が繰り返し主張していた「現象学的心理学と超越論的現象学」という枠組みが、シュッツの現象学的心理学(ひいては、現象学的社会学)の構想を受け入れるものだったからである。処女作脱稿直後にフッサールの『デカルト的省察』(仏語版)を読み終えた前期シュッツは、「問題の解決のための本質的な手がかりを与えている」と評価していたが、亡命後の後期シュッツは、「その解決を一歩一歩吟味」していき、「フッサールの議論にある明らかな失敗」を主張するに至った。シュッツが失敗の原因と考えたのは、「〈構成〉という概念の意味がずれていったこと」であった。しかし、フッサールの〈構成〉概念の用語法を見ると、能動態、受動態ともに再帰動詞の形が次第に多くなる傾向が見られ、この再帰動詞形に着目していく時、後期シュッツの読みとは異なる読み方が可能になるように思われる。私見によれば、フッサールが未刊草稿で求めていたのは、まさにこの異なる読み方の方向であったが、シュッツは生前にこれら未刊草稿を読むことはできなかった。間主観性の問題を、フッサールは超越論的現象学において解明しようとしたのに対して、シュッツは自然的態度にとどまり、生活世界の存在論において解明しようとしたと、とりあえず言うことができる。その時われわれは、生活世界の存在論と超越論的現象学を対立構図のなかで考えている。しかし、フッサール自身そのような対立構図で考えてはいなかった。それゆえにこそ、フッサールはシュッツの現象学的社会学を受け入れる余地があったのである。現象学的心理学と超越論的現象学の間にはさまざまな対話可能性がある。シュッツの功績は、哲学的な関心をもつ社会学者と社会学的な関心をもつ哲学者の間に対話の可能性を準備しておいてくれたことにあろう。
著者
紀平 知樹 浜渦 辰二 大北 全俊
出版者
兵庫医療大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2012-04-01

本研究課題は、環境問題とケアの問題は相互に独立した問題ではなく、むしろ共通の根をもつものであるという観点から、新たな社会のあり方を模索することを目的としていた。そのために生産志向の社会から定常型社会へ、そして生産へと方向付けられたケアから新たなケアのあり方について検討することを課題としていた。本研究では、定常型社会において、生産活動に対して一定の制約を課すために強い予防原則が必要であることを明らかにした。またケアについては、ケアを支える健康に関する政策、特にヘルスプロモーションの意味について問い直す必要があることを明らかにした。
著者
松田 純 山下 秀智 浜渦 辰二 上利 博規 田中 伸司 森下 直貴
出版者
静岡大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2003

・本研究は,21世紀を「生命ケア文化再構築の時代」ととらえ,個の自己決定と社会的な相互扶助の両者のバランスがとれた,わが国の文化風土にあったケア文化のあり方を探求してきた。西洋と東洋の死生観の相違がしばしば問題にされるが,それはいずれかが勝っているというのではなく,分析や合理性を重んじる西洋的思考と,総合や直観を重んじる東洋が互いに学びあう必要がある。一方で,文化の差を自覚しつつ,同時に,文化ナショナリズムに陥ることなく,いのちをめぐる諸問題の国際化にも対応していかなければならない。「アジア的」とか「日本的」といった類型化・固定化に陥ることなく,西洋のケア文化の歴史的深みと現代的展開の意味も十分に理解しなければならない。21世紀の生命ケア文化再構築は,グローバル化のなかで,比較文化論的視点に立った柔軟な発想で進めていく必要がある。以上のような研究成果を,国際シンポジウムを開催するなど,国際的に開かれた討議空間のなかで検証してきた。・臨床学的アプローチのなかでは,<施設から在宅へ>が後戻りできない流れであり,それを支えるコミュニティ・ケアとスピリチュアル・ケアが極めて重要となってきていることが明確になった。・21世紀ケア文化を担う新しい世代に対しては,「いのちの大切さ」を漠然と教えるのではなく,いのちが向かう先にある<いのちの美しさ>を芸術作品などを通して感得しこの世に在ることへの大きな信頼を取り戻し生きる力を高めるような生命ケア教育が必要である。例えば理科教育のなかでも,自然の奥深い構造を示すとともに,それらについての科学的知見と技術的応用が社会にもたらす影響についても具体例に即して考える教育プログラムと授業展開が必要であろう。以上のような成果を研究成果報告書,ホームページや著書,公開講座,授業展開などの形で発信してきた。
著者
浜渦 辰二
出版者
静岡大学
雑誌
人文論集 (ISSN:02872013)
巻号頁・発行日
vol.52, no.1, pp.A1-A15, 2001-07-31

1927年の『存在と時間』の刊行以来、ますます「現象学」という語を使わなくなっていったハイデガーは、1963年の回想「現象学へ入って行った私の道」のなかで、現象学という表題が消え去ったとしても「思索の可能性」としての現象学は保持されると述べていた。それから10年後、1973年の「ツェーリンゲン・ゼミナール」でのハイデガーは、この「可能性としての現象学」を「顕現せざるものの現象学(Phanomenologie des Unscheinbaren)」と呼んだ。もちろん、それはあくまでも後期ハイデガー流に解された限りでの現象学であり、「現象するものに現象することを可能にしながら、自らは現象しないもの」つまり「存在」の思索のことにほかならなかっただろう。いまここでは、ハイデガーの「顕現せざるものの現象学」というアイデアを汲みつつも、それを彼にしたがうのではなく、むしろメルロ=ポンティ晩年の遺稿『見えるものと見えないもの』における「見えないもの(l'invisible)」に結び付け、そしてそのアイデアをフッサール現象学からの離反ではなく、むしろ正統な継承として、それゆえ、フッサールを改めてこの「見えないものの現象学」の創始者として位置づけなおすことを試みたいと思う。現象学とは、現象についての学だから、現象しないもの・見えないものの現象学など形容矛盾と思われるかも知れないが、実はそうではなく、そこにこそ、現象学の新しい可能性があることを示すことができれば、と思うのである。