著者
久居 宣夫 千羽 晋示 矢野 亮 菅原 十一
出版者
国立科学博物館
雑誌
自然教育園報告 (ISSN:0385759X)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.1-13, 1987-03

1. アズマヒキガエルは行動域内で冬眠し, 早春の繁殖期には, そこから池まで移動する。2. 繁殖期には, 大部分のヒキガエルは毎年同じ池に集まり繁殖活動を行う。しかし, 一部は池を変えることがあり, この場合, ほとんどが一度だけである。そして, 移動する池は近隣の繁殖池の間で行われる例がもっとも多い。3. 繁殖活動後は再び行動域にもどる。そして, 行動域にもどる時は, 特に池から離れている場合, 池の付近で1か月以上春眠し, 晩春から初夏になってから移動するものと考えられる。
著者
矢野 亮
出版者
立命館大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

平成22年度は、長期間に渡る資料調査を実施し、機密性の高い文書や資料にアクセスし、希少なリソースに到達した点については何よりの研究成果であった。具体的には、次の各時代区分に応じた詳細な資料収集と整理、分析を行ってきた。(1)1945年~1960年:大阪における融和運動とその事業展開の実際の状況について、とりわけ戦前・戦時に関する第一次資料(約700点)の収集と整理に終始した。その成果の一部として、拙著,「被差別部落における/をめぐる政策的展開と当事者運動に関する生活史研究」,セルフ社,2011年8月[予定]がある。(2)1960年~1970年;当時の資源配分に大きく関連する隣保事業について、全国隣保館協議会の諸資料を調査し当時の実情の把握を行った。これは平成22年度以降の立命館大学G-COEプログラム「生存学」創生拠点HPに掲載してきた。(3)1970年~1980年;特にここでは同和対策の資源配分が問題となる。これら同和対策をめぐる諸資料(約1800点)もすでに収集し分析を行っている。この成果物として、拙稿,「同和政策の歴史社会学--1970年代・1980年代を中心に--(仮題)」,天田・堀田・村上・山本編『差異の繋争点(仮題)』,出版社未定,2012年[予定]がある。(4)1980年~2000年;上記の時期の資料に加え、大阪市内における隣保事業及び同和事業の実施機関の一次資料の解読・分析を行ってきた。そこでは他の運動や他施策との関係性についても具体的に明らかとなってきた。その経過の一部として、「マイノリティ関連文献・資料/関連年表」と「大阪の部落問題関係資料」として上記HP(上掲)に掲載している。収集してきた文献・資料(約1800点)については言説分析を行い、成果物として、拙稿,「住吉部落をめぐる社会調査史(仮題)」,住吉隣保館編『住吉部落の歴史』出版社未定,2012年10月がある。また論文として所属学会誌等に投稿予定である。(5)2000年~現在:以上の研究の蓄積を踏まえた上で、その歴史的帰結について、拙稿,「大阪の同和政策における老いの位置--その政策的帰結(仮題)」,天田城介編『老いの政策と歴史(仮題)』,出版社未定,2012年[予定])にて分析結果を公表予定である。
著者
矢野 亮
出版者
中央大学社会科学研究所
雑誌
中央大社会科学研究所年報 (ISSN:13432125)
巻号頁・発行日
vol.26, pp.59-81, 2022-09-01

This study examines the Social Department of Nagano Prefecture and the history of its establishment through material analysis based on an understanding of how society has worked in rural areas. Thus, the following points were clarified. First, in Nagano Prefecture’s administrative organization, the Social Department established in the administrative reorganization in 2010, traces its roots to the establishment of the Social Department in 1921. Second, after the abolition of the Social Department in 1938, there was no organization for society-related projects in the prefectural offices for about eight years before the establishment of the Ministry of Education and Civil Affairs in 1946 after World War II. Consequently, the Ministry of Education took over projects that were previously under the supervision of the Social Department. Third, after the Social Department was abolished in 1924, it was revived in 1926 to manage funds for the activities of Social Welfare Commissioners. Therefore, as a mechanism that underpins local social projects, the Nagano Prefectural Social Department has been one of the social security systems through repeated cycles of abolition, survival, and transformation before World War II. Hence, by referencing the Social Department, hints were obtained to elucidate how society was conceived.
著者
白井 千香 内田 勝彦 清古 愛弓 藤田 利枝 上谷 かおり 木村 雅芳 武智 浩之 豊田 誠 中里 栄介 永井 仁美 矢野 亮佑 山本 長史
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.71, no.4, pp.292-304, 2022-10-31 (Released:2022-11-18)
参考文献数
7

保健所は2022年 4 月時点で全国に468か所設置されており,「地域保健法(1994年)」に基づき,健康危機管理の拠点となる役割をもち,災害時や感染症対応には主体的に関わることになっている.新型コロナウイス感染症対応が始まってから,自治体はこの 2 年半,第 1 波から第 7 波の現在に至るまで,流行状況およびウイルス変異及び重症度等に応じて,「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」に基づき様々な感染症対応に模索を繰り返してきた.基本的には全国的に共通する感染症対応業務(相談,検査,発生届受理,入院調整,患者の移送,健康観察,積極的疫学調査,入院勧告や就業制限通知等)を行うが,都道府県単位で,感染症の発生状況や医療資源の違いもあり,具体的な業務内容や方法は全国一律ではなく,現実的には地域の実情により,それぞれの自治体で工夫されてきた.流行状況を振り返ると,第 1 波,第 2 波,第 3 波は全国的に行動制限を要請され,PCR検査の需要と医療体制の供給がミスマッチであった.新型コロナウイルスは変異以前の特徴として呼吸器機能を低下させる病原性を持ち,有効な薬剤やワクチンがまだ普及せず,診療可能な医療機関も不足していた.第 4 はα株で高齢者の施設内感染で医療提供が困難となり,第 5 波は東京オリンピックの後でδ株の変異ウイルスが主となり,首都圏での流行が目立った.第 6 波および第 7 波はο株が中心で感染性が高く,病原性は低いが感染者数の急増かつ膨大なため,保健所の能力を大きく上回る対応が求められた.全国的にどこの自治体でも保健所の負担軽減策について外部委託も含めて対応するようになった. 2 年半の間に厚生労働省からの通知も多く,全国保健所長会は要望や提言などの意見活動も行った.日本は自然災害の多い国であるが故に,健康危機管理として災害や感染症においては,保健所が平時から備えとしての仕組みづくりや危機発生時の対応,被害からの回復という過程において,主体となることが期待されている.新型コロナウイルス感染症対策で得た教訓を生かしパンデミックとなりうる感染症対策を地域単位で行っていくため,住民の命と健康を維持する「保健所」を,医療機関や福祉施設等と有機的に連携し,持続可能な社会の枠組みとして活かしていくことを提言する.

1 0 0 0 夕焼とんび

著者
矢野 亮[作詞]
出版者
キングレコード
巻号頁・発行日
1958-03
著者
服部 希世子 宇田 英典 人見 嘉哲 矢野 亮佑 西條 尚男 渡邉 直行 里見 真希 吉田 綾 大石 修 山下 剛 亀之園 明
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.65, no.4, pp.170-178, 2018 (Released:2018-05-03)
参考文献数
24

目的 近年ベトナムは目覚ましい経済成長を遂げ,人々のライフスタイルが変化してきたことに伴い非感染性疾患(NCDs:Non-Communicable Disease)患者が増加している。ベトナムにおけるNCDs対策の現状と課題を明らかにし,ベトナムと日本のNCDs対策について検討する。方法 平成27年度地域保健総合推進事業(国際協力事業)として,11人の公衆衛生医師から成る調査団は平成28年1月11日~15日の日程でベトナムの首都ハノイと近郊を訪れ,WHO現地オフィス,ベトナム保健省をはじめ現地の保健医療機関を訪問し,ベトナムにおけるNCDs対策について調査を行い,意見交換を行った。結果 2014年のデータによると,ベトナムでは全年齢層の死亡原因のうちNCDsが73%を占めており,近年急激にNCDs患者が増加している。その主な行動リスクファクターは,食事,喫煙,飲酒,運動不足,である。NCDs対策を行う上での問題点として,国民のNCDsに対する認知度の低さ,地域格差のある医療,専門的な知識を持った保健医療スタッフの不足,NCDsサーベイランスが行われているものの実態を反映できていない,などが挙げられる。 ベトナムでは2002年に国家運営委員会を立ち上げNCDsプログラムを策定し,各疾患に対するスクリーニング方法や治療ガイドラインが作成されたが3次予防にとどまり,1次予防,2次予防対策が十分ではなかった。現在,WHOの技術的支援を受けながら,NCDsのリスクファクターを減らす取り組みなど予防に重点を置いた対策が始まったばかりである。結論 今後,ベトナムのNCDs予防対策が国民1人1人に行き届くことが求められており,日本の健康日本21のような国民運動,特定健診など全国規模のスクリーニング事業など参考になると思われた。また,日本における地域住民の自主的な地区組織による地域保健活動および保健師による地域への訪問活動と保健指導が地域の保健向上に大きく貢献した経験は,ベトナム国でも応用できると思われた。さらに人材不足などの課題は日本でも共通しており,幅広く健康課題に取り組む保健医療スタッフの確保と能力の強化が求められる。
著者
竹内 大智 小沢 壱生 矢野 亮太 三津谷 有貴 土橋 克広 上坂 充 田中 泰司 高橋 佑弥 草野 譲一 吉田 英二 大島 義信 石田 雅博
出版者
公益社団法人 土木学会
雑誌
土木学会論文集E2(材料・コンクリート構造) (ISSN:21856567)
巻号頁・発行日
vol.74, no.1, pp.66-79, 2018 (Released:2018-02-20)
参考文献数
25
被引用文献数
1

社会インフラの老朽化に対し,メンテナンス技術の高度化によって劣化損傷を正確に把握することが求められている.筆者らは橋梁検査技術の合理化にむけ,可搬型ライナックX線源を用いたX線検査システムを開発しており,透過X線検査によってコンクリート橋内部のPC鋼材の状態,およびグラウトの充填状況を検査する技術開発を進めている.これまでの実橋梁検査の結果から,検査対象となるコンクリート構造物のコンクリート厚さとX線の透過量を定量化することが検査精度を担保する上での課題となった.そのため,本研究では厚さの異なるコンクリート構造物に対するX線の応答を精査し,検査精度向上のための基礎的検討を行った.また,各可搬型X線源の適用可能なコンクリート厚さを特定し,可搬型X線源のX線検査技術としての性能を評価した.
著者
久居 宣夫 矢野 亮 久保田 繁男
出版者
国立科学博物館
雑誌
国立科学博物館専報 (ISSN:00824755)
巻号頁・発行日
vol.36, pp.169-183, 2000
被引用文献数
3
著者
矢野 亮
出版者
国立科学博物館
雑誌
自然教育園報告 (ISSN:0385759X)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.107-120, 1978-02
被引用文献数
2

1. We made an ecological study of the Japanese toad (Bufo bufo japonicus SCHLEGEL) total 70 days in five years from may 1973 to march 1977,at the Nationa] Park for Nature Study, Minato-ku, Tokyo. The results are follows; 2. It seems that toads have cruising range to eating habits. 3. This cruising range seems to be settled in autumn, when toads are zero year old. 4. The breeding ponds are not always near their cruising range. Each individual has its own breeding pond and come there to breed. 5. Toads seem to have homing ability, after breeding they return to the former cruising range.

1 0 0 0 八木節ブギ

著者
矢野 亮[作詞]
出版者
キングレコード
巻号頁・発行日
1954-09
著者
久居 宣夫 矢野 亮 久保田 繁男
出版者
国立科学博物館
雑誌
国立科学博物館専報 (ISSN:00824755)
巻号頁・発行日
vol.43, pp.137-159, 2006

Forty-seven species of butterflies in 8 families were collected in the garden of the Imperial Palace, Tokyo from 2000 to 2005. They are 8 species of Papilionidae, 5 species of Pieridae, 12 species of Lycaenidae, 1 species of Libytheidae, 1 species of Danaidae, 10 species of Nymphalidae, 6 species of Satyridae and 4 species of Hesperiidae, and their seasonal and annual occurrence in the garden of the Imperial Palace are recorded. All the collection data are given in the list, in which some noteworty butterflies are commented. Many endangered butterflies in urban area of Tokyo are still survived in the garden of the Imperial Palace, that is, Atrophaneura alcinous alcinous and Papilio maackii, Papilionidae, Anthocharis scolymus, Pieridae, Narathura japonica japonica, Japonica lutea lutea, Japonica saepestriata, Antigius attilia attilia and Rapala arata, Lycaenidae, Sasakia charonda charonda, Nymphalidae, Lethe diana, Satyridae, and so on. A total of the records of our investigation from 1996-1999 (Hisai et al., 2000) and this survey, is 48 species. The butterfly fauna of the Imperial Palace is rich and very similar to such larger green tracts as the Institute for Nature Study (Hisai et al., 2001) and the Akasaka Imperial Gardens (Owada et al., 2005), central Tokyo.