著者
大木元 明義 檜垣 實男
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.125, no.3, pp.148-152, 2005 (Released:2005-04-26)
参考文献数
24

1990年に開始されたヒトゲノムプロジェクトの結果,2004年10月にはヒトゲノムの99%を解読した信頼性(エラー率100,000塩基に1つ)の高い遺伝子配列が報告され,今まさにポストゲノムシークエンス時代に突入している.ゲノム研究は単一遺伝子疾患の原因遺伝子の解明から生活習慣病をはじめとする多因子病の疾患感受性遺伝子や薬物応答性に関する遺伝子の網羅的(ゲノムワイド)な遺伝子多型解析へ移りつつある.SNP(Single Nucleotide Polymorphism,一塩基遺伝子多型)はゲノム内に300-1500塩基に1個程度(約300万個)存在する.SNPは人種,個人により,遺伝子頻度が異なる場合が多いため,人種差,個人差を検出するための有効な遺伝子マーカーである.また,SNPそのものが疾病への感受性や薬物への反応性またその副作用の出現などに影響を与える場合もある.結果を信号化することができるため情報処理が容易であること,高速で大量にSNPをタイピングするための技術が実現していることから,網羅的遺伝子解析を行うにあたり便利である.この総説では,各種遺伝子多型と網羅的遺伝子多型解析に適したタイピング法,統計学的解析法とその限界,遺伝子解析研究の倫理的問題点について解説する.
著者
坪井 良治
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.133, no.2, pp.78-81, 2009 (Released:2009-02-13)
参考文献数
31

男性型脱毛症の治療は代表的な若返りのひとつであり,一般の人々の関心も高い.男性型脱毛症(壮年性脱毛)の診断と病態を簡単に述べるとともに,男性型脱毛症に対する治療の現状と展望について概説した.現在は,内服治療薬であるフィナステリドと外用育毛剤であるミノキシジルが,安全で有効性の高い薬剤として,単独ないし併用で広く使用されている.このほかにも数多くの外用育毛剤が使用されているが,育毛・発毛・ヘアケアに関する根拠のない情報も氾濫しているので,エビデンスに基づいた情報の提供が求められている.
著者
劉 世玉 中出 進
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.148, no.6, pp.290-295, 2016 (Released:2016-12-01)
参考文献数
16

近年,新薬創出のための研究開発投資が上昇を続ける一方で,上市される新薬数は横ばいあるいは低下傾向にあり,新薬1品あたりの開発コストの上昇,研究開発の生産性低下が問題となっている.研究開発の生産性を高めるため,各社はイメージングやゲノムバイオマーカーの利用など新たな技術の活用に取り組むと同時に,イーライリリー社のコーラスに代表されるような早期にPOC(proof of concept)を確認するための研究開発モデルの構築に力を入れている.POC確立と関連深い要因として,ファイザー社は曝露/応答の関係性の理解,アストラゼネカ社はバイオマーカーおよび標的と疾患の遺伝的関係性の有無などを挙げている.また,ノバルティス社は遺伝的背景が均一な疾患を対象にPOCを早期に確認する戦略を取り入れている.これらのことは,トランスレーショナルリサーチにおいて,曝露/応答(バイオマーカー)の関係性の理解が重要であること,さらに標的と疾患に遺伝的関係がある場合に効率的な医薬品開発につながりやすいことを示唆している.もう1つトランスレーショナルリサーチの重要な側面として,開発早期の必ずしも情報が十分でない中で如何にGo/No-Goを判断するかという意思決定の難しさが存在する.それらを踏まえて筆者らはトランスレーショナルリサーチを展開しようとしているが,試行錯誤の日々である.意思決定の難しさもさることながら,標的分子と疾患のギャップを如何に埋めるかが重要な課題である.近年膨大な遺伝子情報の利用が可能となりつつあり,それらの情報をトランスレーショナルリサーチにおいて上手く活用することが,そのギャップに対抗し,ひいては企業競争力を確保する手段となりうると期待される.
著者
中村 加枝 林 和子 中尾 和子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.149, no.1, pp.40-43, 2017 (Released:2017-01-01)
参考文献数
9

セロトニンは,ドパミンと並んで我々の精神機能を支えている重要なモノアミン系神経伝達物質である.しかし,その具体的な機能,特に報酬と罰のいずれの情報処理を担っているのかさえ不明であった.行動課題を行っている動物の脳から個々の神経細胞の発火パターンを記録する単一神経細胞外記録は豊富な情報をもたらす.そこで我々は,報酬獲得行動および古典的条件付け課題を行っているマカクサルにおいて,セロトニン細胞が多く分布する背側縫線核の単一神経細胞の発火を記録した.報酬を期待して行う眼球運動課題においては,背側縫線核細胞は,課題の遂行中その時々の期待される報酬価値を刻一刻と持続的に表現していることがわかった.さらに,嫌悪刺激情報処理への関与を明らかにするため,報酬および嫌悪刺激が与えられる古典的条件付け課題における背側縫線核細胞の神経活動を記録した.その結果,持続的・短期間両方の発火パターンが観察された.持続的な反応で,まず,「罰が与えられるかもしれない」情動的なコンテキストを表現していた.さらに,条件刺激への反応など短期的な反応は,ドパミン細胞と同様,報酬の確率や予測の程度に従って変化したが,罰についてはそのような反応の変化は稀であった.以上より,背側縫線核細胞は,持続的な情動の区別と,異なる情動下での報酬獲得行動の制御に必要なイベントの価値情報の表現の両方に関与していると考えられた.
著者
松本 信英 田平 武
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.134, no.2, pp.59-63, 2009 (Released:2009-08-12)
参考文献数
23

アルツハイマー病(AD)は認知機能が次第に低下していく神経変性疾患である.これまでの研究から,アミロイドβ(Aβ)と呼ばれる凝集性の強いペプチドが病因として関与していることが実証され,現在ではこの脳内Aβの増加・凝集・蓄積がAD発症の引き金を引くという「アミロイド仮説」を基盤として,様々な治療法の開発が行われている.その先駆けとなったワクチン療法は,Aβを有害な侵入者に見立て患者の免疫系を利用して排除するという画期的な方法として注目された.ワクチン療法はモデル動物を用いた実験では良好な結果を示したが,ヒトでの治験は副作用の出現により中止され,その後の追跡調査では,ワクチン接種によりAβの蓄積は軽減されるが認知機能の低下は食い止められなかったという残念な結果が報告された.本稿では,これまでの研究から得られた知見を概説し,これからのワクチン療法の可能性について考察したい.
著者
宮川 和也 齋藤 淳美 宮岸 寛子 武田 弘太郎 辻 稔 武田 弘志
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.147, no.4, pp.212-218, 2016 (Released:2016-04-09)
参考文献数
46
被引用文献数
1

脳機能の発達過程において,最も外界から影響を受けやすい時期は胎生期であり,この時期に過剰なストレス刺激に曝露されることにより,中枢神経の発達や成長後の情動性の異常が惹起される可能性が考えられる.実際,妊娠期に母体が過度のストレス刺激に曝露されることにより,子の成長後のストレス反応に異常が生じるという臨床報告がなされている.本稿ではまず,胎生期ストレス研究について,臨床的側面と実験動物を用いた基礎研究の両面から概説する.また,近年著者らは,胎生期ストレスが惹起する子のストレス脆弱性の病態生理の解明に加え,その治療法の提案を期した薬理学的研究を行っている.その結果,行動学的検討において,妊娠期に強度のストレス刺激に曝露された親マウスから生まれた子マウスでは,成長後の一般情動行動の低下,不安感受性の増強およびストレス適応形成の障害が認められた.また,生化学的検討の結果,その発症機構の基盤として,脳内5-HT神経系の器質的あるいは機能的障害が関係している可能性が示唆された.さらに,胎生期ストレス刺激により惹起される情動障害に対する抑肝散の幼少期投与の効果について検討した結果,胎生期ストレス刺激により誘発される不安感受性の亢進は,抑肝散を生後3週齢から6週齢にかけて処置することにより改善した.本稿では,これらの著者らの研究成果を交え,胎生期におけるストレス刺激が子の精神機能障害を誘発する科学的根拠をまとめるとともに,子の安全かつ有効な薬物療法について議論する.
著者
西条 寿夫 堀 悦郎 小野 武年
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.126, no.3, pp.184-188, 2005 (Released:2005-11-01)
参考文献数
8
被引用文献数
3

脳は,生体の恒常性を維持するため,視床下部を介して生体の内部環境を常に調節している.一方,ストレッサー(ストレス)は生体の恒常性(内部環境の恒常性)を乱す外乱であり,ストレッサーが生体に負荷されると最終的にその情報が視床下部に伝達され,視床下部は恒常性を回復するため自律神経系,内分泌系,および体性神経系を介してストレス反応を形成する.これらストレッサーのうち,空気中の酸素分圧低下や出血による血圧低下など,生体の内部環境に直接影響を与えるストレッサー(身体的ストレッサー)は,下位脳幹を介して直接視床下部に情報が伝達される.一方,それ自体は内部環境に直接的な影響を与えないが将来的には影響があることを予告するストレッサー(高次処理依存的ストレッサー:猛獣の姿などの感覚情報)は,まず大脳皮質や視床で処理され,さらにその情報が大脳辺縁系に伝達される.大脳辺縁系,とくに扁桃体は,これら感覚情報が自己の生存(恒常性維持)にとって有益か有害かを評価する生物学的価値評価に中心的な役割を果たし,その結果を視床下部に送っている.有益および有害な価値評価はそれぞれ快および不快情動を発現することから,情動は生物学的価値評価とほぼ同義であり,生存のための適応システムであると考えられる.視床下部には,ストレス反応を含めて生存のための様々な情動ならびに本能行動表出プログラムが存在し,視床下部に大脳辺縁系から指令が伝達されると生存のための特定のプログラムが遂行されると考えられる.本稿では,サル扁桃体における生物学的価値評価ニューロンの高次処理依存的ストレッサーに対する応答性やラット視床下部における本能行動表出ニューロンの身体的ストレッサーに対する応答性について紹介する.
著者
西田 清一郎 土田 勝晴 佐藤 廣康
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.146, no.3, pp.140-143, 2015
被引用文献数
1

ケルセチン(quercetin)は代表的なフラボノイドのひとつで,有益なフィトケミカルとして食品では玉葱やワインに,また多数の漢方生薬に含まれている.臨床上,抗動脈硬化作用,脳血管疾患の予防,抗腫瘍効果を発揮することが知られている.ケルセチンは強い血管弛緩作用を表し,多様な作用機序が解明されているが,まだ不明な点も多く,現在議論の余地が残っている.我々はケルセチンの血管緊張調節作用を研究してきたが,ラット大動脈の実験から血管内皮依存性弛緩作用,血管平滑筋に対する複数の作用機序(Ca<sup>2+</sup>チャネル阻害作用,Ca<sup>2+</sup>依存性K<sup>+</sup>チャネル活性作用,PK-C阻害作用等)を介して,血管弛緩作用を発揮していることを明らかにしてきた.また,ラット腸間膜動脈の実験から,ギャップジャンクションを介したEDHF(血管内皮由来過分極因子)による血管弛緩作用も示すことを解明した.本稿では,ケルセチンの血管弛緩作用機序の総括と今後の研究課題をまとめた.
著者
杉本 八郎
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.124, no.3, pp.163-170, 2004 (Released:2004-08-27)
参考文献数
12
被引用文献数
3 2

1970年代にD.M.Bowenらはアルツハイマー病(AD)患者の死後脳でコリン作動性神経の異常を報告した.彼らはAD患者脳の大脳皮質にアセチルコリン合成酵素(ChAT)活性が異常に低下していることを見出した.またE.K.PerryらはChAT活性の低下と記憶力減少とは相関すると報告した.これらの背景からコリン仮説が生まれた.コリン仮説には神経プレ側,ポスト側に作用して記憶を改善する方法があるが臨床研究で成功しているアプローチはアセチルコリンエステラーゼ(AChE)阻害作用に基づく方法が成功している.ドネペジルの成功は従来のAChE阻害薬とは全く化学構造が異なる点にある.4年間の探索研究は1000化合物の中から臨床上もっともバランスの良い化合物を選択できる道を与えてくれた.高い生体利用率に裏打ちされ1日1回投与を可能にした.動物実験ではAChEに対する高い選択性や優れた脳内移行性が副作用を軽減していることが考えられる.また厳密な治験活動がADAS-cogとCIBIC-plusの2つの臨床試験でプラセボと比較して極めて高い有用性を見出すことが出来た.AChE阻害薬はAD以外にレビー小体,脳血管性痴呆,偏頭痛,パーキンソン病による痴呆症などたくさんの可能性を検討している.また抗酸剤,女性ホルモンなどとの併用,そして最近,欧州と米国でAD治療薬として承認されたNMDA拮抗薬メマンチンは作用機序が異なることからドネペジルとの相乗効果などが期待されている.さらにドネペジル単独でも神経保護作用が報告されていて臨床で長期間投与したときのドネペジルの効果にさらなる検討を期待したい.またドネペジルがMCI(Mild Cognitive Impairment)に対して効果が確認されればAD予防薬の可能性がある.今後もAChE阻害薬は基礎実験と臨床試験の両面から可能性が検討されることを期待したい.
著者
森本 宏 菊川 義宣 村上 尚史
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.146, no.4, pp.225-232, 2015 (Released:2015-12-10)
参考文献数
21
被引用文献数
1

尋常性ざ瘡は,脂腺性毛包での毛包漏斗部の角化異常に伴う閉塞およびPropionibacterium acnes(P. acnes)などの細菌増殖による炎症惹起を含め,多因子が絡み合って発症する疾患とされる.過酸化ベンゾイルは,分解に伴い生じるフリーラジカルが,尋常性ざ瘡の病態に関与するP. acnesなどの細菌の細胞膜構造などを障害することで抗菌作用を発揮すると考えられる.また,角層中コルネオデスモソームの構成タンパク変性に基づいて,角質細胞間の結合を弛めて角層剥離促進をもたらすと示唆される.これらの薬理学的機序により,過酸化ベンゾイルは細菌増殖を抑制し,毛包内に貯留した皮脂放出を促すことで尋常性ざ瘡を改善する.尋常性ざ瘡患者を対象とした国内臨床試験において,過酸化ベンゾイルゲル2.5%を1日1回,12週間塗布することにより,治療開始2週後からプラセボに対し有意な炎症性および非炎症性皮疹数の減少を示した.また長期投与試験により,52週後まで皮疹数減少が維持されることを確認した.さらに,被験者に認められた副作用はおもに適用部位である皮膚に発現したもので,多くは軽度の事象であり,いずれも無治療あるいは薬物治療で回復した.本剤は,52週間塗布することによりP. acnesの抗菌薬感受性を低下させることなく,かつ抗菌薬感受性に関わらず皮疹改善効果に影響は認められなかった.さらに,本剤塗布後,過酸化ベンゾイルは安息香酸および馬尿酸に代謝され,尿中に排泄された.以上から,過酸化ベンゾイルゲル2.5%は,尋常性ざ瘡治療において忍容性が高く持続的な治療効果が得られる薬剤であり,海外と同様に本邦での標準的な治療薬の一つとして期待が持てる.
著者
松本 欣三 Alessandro Guidotti Erminio Costa
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.126, no.2, pp.107-112, 2005 (Released:2005-10-01)
参考文献数
29

精神的緊張をはじめ,様々な心理的ストレスがうつや不安などの情動障害や,不眠などの睡眠障害の要因にもなるが,ストレスによりそれらが発症するメカニズムはまだ十分には解明されていない.近年,多くの臨床および前臨床研究から,神経ステロイドと呼ばれる一連のステロイドのうち,特にallopregnanolone(ALLO)等のγ-アミノ酪酸A(GABAA)受容体作動性神経ステロイドの量的変動と種々の精神障害の病態生理やその改善との関連性が明らかになりつつある.我々は雄性マウスを長期間隔離飼育し,一種の社会心理的ストレス(隔離飼育ストレス)を負荷したときの行動変化を指標に,ストレスで誘導される脳機能変化を薬理学的に研究している.隔離飼育マウスでは対照となる群居飼育動物と比較して鎮静催眠薬ペントバルビタール(PB)誘発の睡眠時間が短くなっており,この原因の一つに脳内ALLO量の減少によるGABAA受容体機能の低下があることを示した.また脳内ALLO量の低下は隔離飼育雄性マウスに特徴的に現れる攻撃性亢進にも関与し,選択的セロトニン再取り込み阻害薬フルオキセチンは脳内ALLOレベルを回復させることにより攻撃性を抑制することを示唆した.PB誘発睡眠を指標に検討したALLOをはじめとする脳内物質の多くは睡眠調節にも関わることから,脳内ALLO系のダウンレギュレーションを介したGABAA受容体機能の低下もストレス誘発の睡眠障害の一因であろうと推察された.また攻撃性のような情動行動変化にも脳内ALLOの量的変動が関与する可能性が高いことから,今後,脳内ALLO系を標的とした向精神薬の開発も期待される.
著者
二木 鋭雄
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.2, pp.76-79, 2007 (Released:2007-02-14)
参考文献数
17
被引用文献数
8 9

「ストレス」という言葉は,日常生活で身近によく使われている.一般にストレスという言葉はネガティブな意味が強く,生活にとって好ましくないものという響きがある.確かに,われわれの身の回りにある多種のストレスにより,からだやこころの健康が脅かされ,その結果,身体の不調,疾患へとつながっていくことが少なくない.しかし,近年の分子生物学の進展に伴い,われわれの生体には極めて精巧な防御システムが構築されており,ホメオスタシスを維持するためのシステム,仕組みができていることも分かってきた.ストレス,すなわち外からのシグナルを受けて,生体は巧みに応答する.場合によってはストレスをうまく利用して,生体を常によい状態に保つようにしている.多くのストレスが,時によってはよいシグナル,よいストレスとなることもある.言い換えると,ストレスがないこと,ストレスフリーの生活が本当にこころや身体にとっていいことなのかどうか,むしろ疑問である.もちろん,あるレベルを超えたストレスに対しては防御力,適応能力が対応できず破綻し,QOLの低下を招くと考えられる.如何にして,少々のストレスにはうまく適応できるような状態に保つようにしているかが肝要であると言えよう.
著者
田中 謙二
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.143, no.4, pp.193-197, 2014 (Released:2014-04-10)
参考文献数
16

チャネルロドプシンを神経細胞に発現させ,光照射のオンオフで神経発火を操作する技術論文が2005年に報告されてから10年近くが経過しようとしている.その技術にはオプトジェネティクスという造語が与えられ,2010年にはNature Methods誌によってMethod of the Yearに選ばれた.先端技術は取り入れるのに多少の困難があったとしても,ひとたび取り入れてしまえば強力に研究をサポートする.光操作可能な遺伝子改変マウスの開発は,先端技術の取り込みを加速させた.というのも,遺伝子改変マウスを入手して,交配するだけで実験動物を準備できるからである.この準備を整えたあとは,興味のある細胞に光を照射するだけであり,データを回収するだけである.オプトジェネティクス導入の現実可能性について本稿の内容から考えてもらえれば幸いである.
著者
井上 敦子 仲田 義啓
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.112, no.6, pp.351-361, 1998-12-01 (Released:2007-01-30)
参考文献数
46

There have been many efforts to develop novel antipsychotic drugs with improved clinical efficacy and reduced side effects such as extrapyramidal side effects and hyperprolactinemia. Recent evidences from studies on the effects of novel antipsychotic drugs such as clozapine on neurotransmitter receptors are prompting reconsideration of the dopaminergic hypothesis of schizophrenia. This paper gives an overview of the current understanding, including our data, of the effects of several antipsychotics on dopamine receptor subtypes. The recent cloning of dopamine receptors has revealed that multiple dopamine receptor subtypes are generated from at least five distinct dopamine receptor genes. Aripiprazole, a candidate for a novel antipsychotic, has an antagonistic activity against dopamine D2 receptors with a high affinity, but has a weaker potency to up-regulate D2 receptors than haloperidol in the striatum and inhibitory effects on D2-receptor binding activities and mRNA in the pituitary, when it is chronically administrated to rats. Thus the occupancy or influences in D2 receptors in the striatum are involved in the extrapyramidal side effects of typical antipsychotic drugs. These studies provide new leads to understand the pathophysiology and causes of schizophrenia and to develop more effective and safe methods of treatment.
著者
二木 鋭雄
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.2, pp.76-79, 2007
被引用文献数
6 9

「ストレス」という言葉は,日常生活で身近によく使われている.一般にストレスという言葉はネガティブな意味が強く,生活にとって好ましくないものという響きがある.確かに,われわれの身の回りにある多種のストレスにより,からだやこころの健康が脅かされ,その結果,身体の不調,疾患へとつながっていくことが少なくない.しかし,近年の分子生物学の進展に伴い,われわれの生体には極めて精巧な防御システムが構築されており,ホメオスタシスを維持するためのシステム,仕組みができていることも分かってきた.ストレス,すなわち外からのシグナルを受けて,生体は巧みに応答する.場合によってはストレスをうまく利用して,生体を常によい状態に保つようにしている.多くのストレスが,時によってはよいシグナル,よいストレスとなることもある.言い換えると,ストレスがないこと,ストレスフリーの生活が本当にこころや身体にとっていいことなのかどうか,むしろ疑問である.もちろん,あるレベルを超えたストレスに対しては防御力,適応能力が対応できず破綻し,QOLの低下を招くと考えられる.如何にして,少々のストレスにはうまく適応できるような状態に保つようにしているかが肝要であると言えよう.<br>
著者
野中 美希 上野 晋 上園 保仁
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.155, no.3, pp.165-170, 2020 (Released:2020-05-01)
参考文献数
21

近年,がんサバイバーの増加とともに,今まで顕在化していなかったがん治療による晩期障害やがん自身によって起こる障害が深刻な問題となっている.抗がん薬や分子標的薬の中には,生命維持に重要な臓器である心臓に障害を与えるものがあること,さらにがん自身によっても心機能障害が起こることが明らかとなり,がん治療における心機能の安定維持が注目されているが,心機能障害発症のメカニズムについてはほとんど不明である.我々は最近,進行がん患者の約80%に出現しがん死因の約20%を占めるとされるがん悪液質を発症する動物モデルを確立した.がん悪液質患者では心機能が低下するとされているが,ヒトと同様のがん悪液質を発症する適切なモデルが少ないため,がん悪液質と心機能の関係については未だ不明な点が多く,解析はほとんど行われていない.そこで本研究では,当研究分野で開発したがん悪液質モデルマウスの心機能の評価を行い,さらにその治療法として自発運動による治療効果を検討した.ヒト胃がん細胞由来である85As2細胞をマウスの皮下に移植することにより,悪液質の指標となる体重,骨格筋重量,摂餌量の低下が観察された.さらに,悪液質の進展とともに,心筋重量が有意に減少し,左室駆出率(LVEF)も低下した.また,回し車による自発的運動により,85As2移植がん悪液質マウスの摂餌量,骨格筋重量の低下が抑制され,さらに心筋重量の減少の抑制ならびにLVEFの改善も認められた.以上のことから,85As2移植がん悪液質マウスは心機能障害を伴っていること,さらに自発運動は悪液質症状のみならず心機能障害も改善する効果があることが明らかとなった.一般に心不全症状の改善を目的に運動療法が導入されていることは知られているが,本研究により,がん悪液質によって誘発される心機能障害に対しても運動療法が治療効果を発揮する可能性が示唆された.
著者
渡辺 恭良
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.2, pp.94-98, 2007
被引用文献数
3 4

疲労感・倦怠感は,我々が日常的に経験している感覚であり,発熱,痛みとともに,身体のホメオスタシス(恒常性)の乱れを知らせる三大アラーム機構の1つである.疲労は,万人にとって非常に身近な問題であり,ストレス過多の現代社会に生きる私たちの中で慢性疲労に悩んでいるヒトが40%近くを占めるにもかかわらず,科学的・医学的研究はこれまで断片的であった.我々は,ストレスの過重蓄積によって陥る状態を疲労と定義している.ここ数年で,生活習慣病をはじめとする疾患の予防医療・予知医療の発展とともに,このような前病状態(未病ともいわれる)に如何に対処するかという気運が高まり,「疲労の科学」に目を向けられるに至った.多忙なスケジュールに振り回されている状況を回避することが困難な我々21世紀の住人にとって,如何に疲労に対処し回復策を探り過労に陥らないように知恵を絞るかが求められている.文部科学省・科学技術振興調整費による疲労研究班[生活者ニーズ対応研究「疲労および疲労感の分子・神経メカニズムとその防御に関する研究」(平成11-16年度,研究代表者:渡辺恭良)]では,これまでに知られてきた断片的な疲労の分子・神経メカニズムの研究結果を統合し,脳機能イメージングや遺伝子解析などの新しい方法論も取り入れて「疲労」と「疲労回復・予防」についての研究を深めてきた.ここでは,ストレスの人体への影響と大きな関連性を持つ「疲労の神経メカニズム」についての研究の現状についての情報を提供したい.また,2004年夏からは,文部科学省の21世紀COEプログラム革新的学術分野に我々大阪市立大学が申請した「疲労克服研究教育拠点の形成」が採択された(拠点リーダー:渡辺恭良).現在,COE拠点を挙げて,疲労の基礎・臨床研究と抗疲労食薬・環境開発プロジェクトを進めており,現時点での成果についても述べたい.<br>
著者
鳥光 慶一 古川 由里子 河西 奈保子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.121, no.5, pp.349-356, 2003 (Released:2003-04-26)
参考文献数
16
被引用文献数
1

刺激に伴って神経終末より放出される神経伝達物質は,神経における情報の伝達物質,すなわち情報のキャリアとして働いていることはよく知られている.特に,シナプスの可塑的変化における放出量変化は,長い間議論の対象となっている.しかしながら,最近の研究によりこれら伝達物質が本来の情報伝達だけでなく,虚血等の脳疾患や細胞死,あるいは細胞/組織の発達·生死においても重要な役割を担っていることを示すことが明らかになってきた.したがって,放出される神経伝達物質の量的変化を測定することは,神経伝達物質の機能を解明する上で極めて重要である.さらにその放出の空間的分布が測定できれば,生理的機構の解明や疾病の診断に役立つものと考える.本稿では,代表的な興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸の計測について,グルタミン酸酸化酵素/西洋わさびペルオキシダーゼによる酵素反応と電極による電気化学測定法,およびこれを64チャンネルのITOプレナー電極アレイに適用したマルチアレイセンサーについての基本原理を説明するとともに,これらの方法を用いて測定したラット培養大脳皮質細胞からのカルシウム依存性グルタミン酸放出,および海馬スライスにおける刺激応答性グルタミン酸放出の空間分布計測についての測定例を紹介する.マルチアレイセンサーは,多点のグルタミン酸放出変化をリアルタイムで計測可能であり,各部位における薬液応答の相違をイメージ化するなど様々な方面への発展性が期待できる.