著者
堀田 祐志 木村 和哲
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.147, no.1, pp.31-34, 2016 (Released:2016-01-09)
参考文献数
18

交通事故などにより陰茎海綿体の栄養血管に障害が生じた場合,動脈性の勃起不全(erectile dysfunction:ED)が生じることがある.EDは患者のQOLを損なうだけでなく,時として夫婦間の不仲の原因になる場合もある.EDの治療にはホスホジエステラーゼ-5(PDE-5)阻害薬が第一選択薬として頓服で使用されている.このPDE-5阻害薬が無効で動脈性EDが確定診断された場合,動脈血行再建術が適応となることもあるが,この治療法は侵襲的であるため患者への負担が大きい.そのため動脈性EDに対する非侵襲的な新規治療法の開発が望まれている.外傷性の動脈性EDの研究には内腸骨動脈を両側共結紮することで陰茎を虚血状態にしたモデルが使用される.我々もこの動脈性EDモデルを用いてPDE-5阻害薬の「慢性」投与の効果を検討した.その結果,PDE-5阻害薬の慢性投与は勃起機能を改善するだけでなく陰茎海綿体の構造保持の面でも有効であることが示唆された.他にもスイカに多く含まれるアミノ酸の一種でありNO産生を促進すると報告されているシトルリンの動脈性EDへの効果についても同モデルを用いて検討し,シトルリン投与により勃起機能や陰茎海綿体構造が改善することを報告してきた.本総説では,動脈性EDに対する新規アプローチと題して,我々が行ってきたこれらの実験データや臨床での報告を紹介させて頂く.
著者
芳賀 達也
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.141, no.6, pp.321-326, 2013 (Released:2013-06-10)
参考文献数
38

ムスカリン性アセチルコリン受容体について,その概略,最近決定されたM2サブタイプ(ムスカリンM2受容体)の立体構造,受容体の細胞内移行,創薬の対象としてのアロステリックサイト,などについて解説した.ムスカリン受容体は,ロドプシン,βアドレナリン受容体と共に,Gタンパク質共役受容体(GPCR)のモデルとしての役割を担ってきた.ムスカリンM2受容体の細胞膜貫通構造は,ロドプシンやβアドレナリン受容体のそれとよく似ており,同じような機構で働くと推測される.ムスカリン受容体の細胞内第3ループ(I3)は,特徴的に長く,フレキシブルな構造を持ち,受容体のアゴニスト依存性リン酸化・細胞内移行に寄与する.細胞外ループもムスカリン受容体に特徴的な構造をしており,アロステリックサイトを構成する.アロステリックサイトに働くリガンド,特にM1受容体特異的なPositive Allosteric Modulator(PAM)はアルツハイマー病の,M4特異的なPAMは統合失調症の薬となることが期待されている.
著者
小澤 一史
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.154, no.4, pp.156-164, 2019 (Released:2019-10-10)
参考文献数
5
被引用文献数
2 3

免疫組織化学とは,抗体抗原反応という生体に存在する多様で特異的な分子認識機構を応用し,細胞,組織,臓器,個体の中に存在する特定の物質を探索し,可視化して観察する研究技法で,多くの領域で汎用されている.光学顕微鏡,電子顕微鏡,蛍光顕微鏡,共焦点レーザ走査顕微鏡などの顕微鏡を用いて観察する形態学と,免疫沈降法,Western blotting法などを用いて細胞や組織内の物質の存在を検出する生化学が合体し,形,構造とその中に存在する物質の同時観察が出来る研究手法である.このステップを簡単にまとめると,「抗原」と特異的に結合する「抗体」を反応させ,その抗原抗体反応した部位を「可視化」して顕微鏡で観察することが免疫組織化学の基本的なステップである.このステップにおいて,重要なポイントがいくつかあるが,その1番目は「よい一次抗体」を用いて明瞭で容易に,また再現性高く探索対象とする物質(抗原)を検出することである.2番目として,組織や細胞内の物質(抗原)の不動化,すなわち固定の必要性である.固定作業は一方で抗原の分子構造変化をもたらし,結果として抗原抗体反応を抑制することがある.従って固定と免疫染色性という相反性の問題を超える必要がある.3つめは「可視化」である.単に見えるだけではなく,特異的で明確に判断できるように見えなくてはいけない.これらのポイントを意識しながら正しい免疫組織化学反応を判別できるようにし,誤った検出結果,検出判断をしないことが大変に大切なことである.そのためのコントロール実験は常に意識すべき重要なポイントになる.
著者
原田 拓真 猪島 綾子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.152, no.6, pp.306-318, 2018 (Released:2018-12-08)
参考文献数
19
被引用文献数
1 1

パルボシクリブは世界で最初のサイクリン依存性キナーゼ(CDK)4および6阻害薬であり,CDK4または6とサイクリンDから成る複合体の活性を阻害することで細胞周期の進行を停止させ,腫瘍の増殖を抑制すると考えられる.非臨床モデルを用いた検討でパルボシクリブに感受性を示す細胞株の多くがエストロゲン受容体(ER)陽性であることが確認され,パルボシクリブが抗腫瘍効果を示すには網膜芽細胞腫タンパク質(Rb)の発現が必要であることが確認された.また,ER陽性ヒト乳がん細胞株を用いた試験から,抗エストロゲン薬との併用投与による抗腫瘍作用の増強が確認された.これらの非臨床試験データに基づき,ホルモン受容体陽性・ヒト上皮増殖因子受容体2陰性(HR+/HER2-)の進行・再発乳がんに対し抗エストロゲン薬との併用を行う臨床試験を行った.進行乳がんに対する全身抗がん療法歴のないER+/HER2-の閉経後進行乳がん女性患者を対象としてパルボシクリブ+レトロゾール併用投与の効果をレトロゾール単独投与と比較したPALOMA-2試験では,パルボシクリブ併用投与群で主要評価項目である無増悪生存期間(progression-free survival:PFS)の有意な延長が認められた.抗エストロゲン薬を用いた内分泌療法に抵抗性を示したHR+/HER2-の進行乳がん女性患者を対象とし,パルボシクリブ+フルベストラント併用投与の効果をフルベストラント単独投与と比較したPALOMA-3試験では,中間解析において主要評価項目であるPFSに統計学的に有意な延長が認められたため,試験は有効中止となった.また,これらいずれの試験でも,パルボシクリブ投与群において有害事象による減量または休薬の割合は高かったものの,投与中止の割合はプラセボ投与群と大きく変わるものではなかった.
著者
田村 藍 安 然 大西 裕子 石川 智久
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.4, pp.270-274, 2007 (Released:2007-10-12)
参考文献数
20
被引用文献数
2 3 1

「ポルフィリン」という名称は,古代紫(ポルフィラ)に由来する.古代紫という色は,紫草という多年草の根から染料として創り出された色で,日本の伝統色の中でも特別な意味を持っていた.特に平安時代には賛美され,高い位の象徴であると同時に,気品や風格,艶めかしさといった様々な美を体現していた.21世紀の今,ポルフィリン研究において,温故知新の新しい潮流が起きようとしている.ポルフィリンはヘモグロビン,ミオグロビンのほか,我々の体内細胞におけるチトクロムの補欠分子族ヘムの基本骨格であり,生命維持に不可欠な生体物質である.一方,ABC(ATP-Binding Cassette)遺伝子は,細菌から酵母,植物,哺乳類に至る広い生物種に分布して,多様な生理的役割を担っている.ヒトでは現在までに48種のABCトランスポーターが同定されており,それらはタンパク質の1次構造の特徴に基づいて7つのサブファミリー(AからG)に分類される.これまでの臨床的研究結果から,ヒトABCトランスポーター遺伝子の異常によって様々な疾患が引き起こされることが判明した.例えば,ABCC2(cMOAT/MRP2)の遺伝子変異はビリルビン抱合体の輸送障害を起こしDubin-Johnson症候群を引き起こす.さらに最近の研究によって,ヒトABCトランスポーターのうちABCB6,ABCG2,ABCC1,ABCC2がポルフィリン生合成やヘム代謝に密接に関与していることが明らかになった.ヒトABCトランスポーターの遺伝子多型や変異とポルフィリン症などの疾患との関連が示唆される.この総説では,当該分野での最新の知見を紹介しつつ,ポルフィリン生合成やヘム代謝におけるヒトABCトランスポーターの役割を議論する.
著者
山口 昌樹
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.2, pp.80-84, 2007
被引用文献数
25 26

厚生労働省の人口動態統計資料によると,1977年から1997年までは年間20,000-25,000人で推移していた自殺者数は,1998年に一気に年間3万人を越え,それ以降3万人前後で推移している.このことからも,自殺に至る一因であるストレスが原因の神経精神疾患は,既に深刻な社会問題となったことが窺われる.さらに,ストレスは,神経精神疾患以外にも生活習慣病など様々な疾患の引き金のひとつと考えられている.そこで,ストレスの状態を遺伝子レベルで診断し,疾患の予防や治療につなげようとする試みが始まっている(1).これは,慢性ストレスの検査と言い換えることができよう.一方で,疾患の前段階,すなわち人が日常生活で感じているストレスの大きさを客観的に把握する試みもなされている.その目的のひとつは,自らのストレス耐性やストレスの状態をある程度知ることによって,うつ病や慢性疲労症候群などの発症を水際で食い止めようという予防医療である.もうひとつは,五感センシングが挙げられる.独自の価値観で快適性を積極的に追求する人が増えてきており,それと呼応するように,快適さを新しい付加価値とした製品やサービスが,あらゆる産業分野で創出されている(2).消費者と生産者の何れもが,味覚や嗅覚を定量的に知ることよりも,それらの刺激で人にどのような感情が引き起こされるかということ(五感センシング)に興味がある.これを可能にするためのアプローチのひとつが,唾液に含まれるバイオマーカーを用いた定量的なストレス検査である.これらは,急性ストレスの検査が中心的なターゲットといえよう.ストレスとは,その用語が意味する範囲が広く,研究者によっても様々な捉われ方,使われ方がなされていることが,かえって混乱を招いているようだ.代表的な肉体的ストレスである運動とバイオマーカーの関係については,これまでに様々な報告がなされている(3).筆者が注目しているのは,主として精神的ストレスであり,人の快・不快の感情に伴って変動し,かつ急性(一過性)もしくは慢性的に生体に現れるストレス反応である.ここでは,唾液で分析できるバイオマーカーを中心に,このようなストレス検査の可能性について述べてみたい.<br>
著者
伊藤 謙 伊藤 美千穂 高橋 京子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.140, no.2, pp.71-75, 2012 (Released:2012-08-10)
参考文献数
17
被引用文献数
1 1

補完代替医療のひとつに,香りを吸入することで精油成分のもつ薬理作用を利用し,心身の疾病予防や治療に応用するアロマテラピーがある.揮発性の高い化合物を気化状態で吸入すると,体内に吸収され,非侵襲的に生物活性を表すとされるが,天産物由来の成分探索や多様な効能に対する科学的なエビデンスの蓄積に乏しい.そこで,著者らは医療としての「アロマテラピー」の可能性を探るべく,記憶の影響を最小限にしたマウスの行動観察が可能な実験系を構築した.本評価系はオープンフィールドテストによるマウス運動量変化を観察するものであり,アロマテラピー材料の吸入による効果を簡便に検討することができる.次いで,香道に用いられる薫香生薬類の吸入効果について行動薬理学的に評価し,鎮静作用があることを報告した.さらに,得られた化合物群の構造活性相関研究に関する成果として,化合物中の二重結合の位置および官能基の有無によって鎮静作用が著しく変化することがわかり,活性発現に重要な構造を見出した.本成果は我が国古来の香道の有用性を示唆するだけでなく,経験知に基づく薫香生薬類の多くから新たな創薬シーズの発見が期待できる.
著者
福住 仁 池田 孝則 成田 裕久 田窪 孝年 松田 卓磨 谷口 忠明
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.127, no.6, pp.495-502, 2006 (Released:2006-08-01)
参考文献数
29

フィナステリドは5α-還元酵素II型(5αR2)の阻害薬で,頭皮や前立腺などの標的組織において,テストステロン(T)から,ジヒドロテストステロン(DHT)への変換を選択的に阻害する.フィナステリドの5αR2阻害作用の選択性は高く,ヒト由来5α-還元酵素I型(5αR1)とヒト由来5αR2で比較した場合,約120~600倍であった.DHTは男性型脱毛症(Androgenetic Alopecia:AGA)の主な原因として知られており,したがって,DHTの生成を阻害することでAGAを改善できると考えられた.また,フィナステリドはアンドロゲン,エストロゲン,プロゲステロン,グルココルチコイドおよびミネラルコルチコイド受容体に対するin vitroにおける親和性を示さず,また,in vivoにおける直接的なエストロゲン様作用,抗エストロゲン作用,ゴナドトロピン分泌抑制作用,アンドロゲン様作用,プロゲスチン様作用および抗プロゲスチン作用を示さなかった.AGAモデル動物であるベニガオザルにフィナステリド(1 mg/kg/day)を6ヵ月間経口投与したところ,毛髪重量と毛包の長さは増加し,ヘアサイクルにおける成長期の毛包が増加した.AGAの男性を対象とした48週間の本邦臨床試験で,投与前後の写真評価および患者自己評価により有効性を評価した結果,フィナステリド1日1回0.2 mgおよび1 mg群の有効性はプラセボ群に比べて有意に優れ,忍容性は良好であった.外国臨床試験において,頭頂部の脱毛症に対する5年間にわたるフィナステリド1 mg投与はおおむね良好な忍容性を示し,頭髪を改善した.また,フィナステリド1 mgは前頭部の脱毛症においても頭髪を改善し,別の外国臨床試験では,ヘアサイクルを改善した.フィナステリド(0.2 mgおよび1 mg)は5αR2の選択的阻害という作用機序に基づいて明らかな有効性を示し,長期投与時の安全性も高いことから,男性における男性型脱毛症用薬として有用な薬剤になると考えられる.
著者
吉川 正信
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.141, no.6, pp.310-313, 2013 (Released:2013-06-10)
参考文献数
19
被引用文献数
1

頭頸部には,聴覚,嗅覚,味覚などの感覚器や口腔粘膜が含まれており,放射線照射による感覚器障害,粘膜炎,潰瘍,唾液腺障害などが頭頸部がん患者に苦痛を与えている.中でも唾液腺障害は,照射期間中から発症し,照射終了後も回復しないケースが多く,患者のQOL低下の一因に挙げられている.半世紀以上前にチオール基を有する含硫アミノ酸のシステインが高い放射線防護作用を示すことが発見されて以来,アミノ酸を放射線防護薬とする研究は長い歴史を持つ.しかし,アミフォスチンを代表とする放射線防護薬は,毒性,腫瘍に対する防護効果などの問題があり臨床で使われることが難しい.これまでに放射線防護薬として研究されてきたアミノ酸はすべてl-アミノ酸であった.d-メチオニンは硫黄を含む求核剤であり,明白な副作用を伴うことなく,白金含有抗がん薬治療を受けている患者に対して,抗腫瘍効果を損なわず粘膜炎,聴器毒性,腎毒性などに対して予防または軽減効果を示すことが報告されている.我々のグループはd-メチオニンが低LET放射線であるX線照射のみならず重粒子線である炭素イオン線照射後の舌粘膜上皮細胞の菲薄化および唾液腺機能障害に対して防護効果を示すことを明らかにした.d-メチオニンによる放射線照射マウスの唾液量および生存率に対する改善効果は臨床的有用性を示唆するものであった.
著者
中村 秀雄
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.118, no.3, pp.219-230, 2001 (Released:2002-09-27)
参考文献数
34
被引用文献数
5 5

アスピリンが世に出てから一世紀になる. この間に, アスピリンはシクロオキシゲナーゼ(COX)を阻害してプロスタグランジン産生を抑制し, そのことによって抗炎症, 鎮痛および解熱作用を発現することが発見され, このCOXに構成酵素COX-1と誘導酵素COX-2の2つのアイソザイムがあることの発見, そして, COX-2を選択的に阻害する薬が開発されて, アスピリンのもつ優れた有効性を残して消化管障害などの副作用が大きく軽減された, 新しい非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)が米国ならびに諸外国で医療に供されることになった. COX-1とCOX-2の生理的ならびに病態生理的役割は実験動物で明らかにされているが, 動物とヒトとの間には種族差, 病態の違いなどがある. そこで, COX-2選択的阻害薬の最新の2つ, セレコキシブとロフェコキシブの臨床における抗炎症, 鎮痛, 解熱および抗大腸がん作用とともに, 消化管障害, 腎機能障害, 血小板機能障害などの副次的作用から, COX-2の生理的ならびに病態生理的役割について推察するとともに, COX-2選択的阻害薬の有効性とその限界について考察し, これらに基づいてNSAIDsの研究開発の動向について述べた.
著者
新井 誠人 松村 倫明 吉川 正治 今関 文夫 横須賀 收
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.137, no.1, pp.18-21, 2011 (Released:2011-01-10)
参考文献数
16

六君子湯は8つの生薬で構成されており,胃腸が弱く,食欲がなく,みぞおちがつかえ,疲れやすく,貧血性で手足が冷えやすく,諸症状(胃炎,胃アトニー,胃下垂,消化不良,食欲不振,胃痛,嘔吐)を治療対象としている.六君子湯は,抗がん薬シスプラチン投与によって低下した血中グレリン値,食餌摂取量を回復させ,その作用機序も明らかになりつつある.我々の研究では,六君子湯2週間投与後,健常ヒト,マウスでも血中グレリン値が増加した.同時に,マウス胃組織中のグレリンmRNA発現量が増加した.対照薬ドンペリドン(腸管運動改善薬)では両者とも不変であった.これらの六君子湯の作用機序から,機能性ディスペプシア27症例に対し,六君子湯とドンペリドンのランダム化比較試験を行った.両薬剤とも機能性ディスペプシアの自覚症状を改善したが,血中グレリン値は六君子湯群のみ上昇した.従って,六君子湯はグレリンを介して臨床症状を改善することが判明した.機能性ディスペプシアに対する根本治療法は現在確立されておらず,六君子湯の有効性をより詳細に解明し,エビデンス確立にさらなる研究が必要である.
著者
西山 成 安部 陽一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.124, no.2, pp.101-109, 2004 (Released:2004-07-26)
参考文献数
33
被引用文献数
13 14

レニン·アンジオテンシン系で中心的な役割を果たすアンジオテンシンIIは,副腎でのアルドステロンの産生·分泌を刺激する.アルドステロンは腎遠位尿細管に存在するミネラロコルチコイド受容体に作用してナトリウム·水代謝を調節するホルモンであることが知られているが,近年その強力な組織障害作用が明らかとなってきた.また,腎症患者にミネラロコルチコイド受容体拮抗薬を投与すると血圧の変化とは関係なくタンパク尿が著減するなど,アルドステロンの腎障害作用に対しても注目が集まっている.しかしながら,どのような機序によってアルドステロンが腎臓の組織障害を生じるのかについては全く解明されていない.これに対して現在我々は,動物モデルと培養細胞を用いて実験を行っている.ラットに食塩水とアルドステロンを長期間投与すると,タンパク尿と糸球体の肥大·細胞数の増加·メサンギウム領域の拡大を示す腎障害を生じるが,我々はこれらが組織中のNAD(P)Hオキシダーゼ発現増加による酸化ストレスの上昇,ならびにタンパク質リン酸化酵素であるMitogen-Activated Protein(MAP)キナーゼの活性化を伴っていることを明らかにした.また,これらすべての変化は選択的ミネラロコルチコイド受容体拮抗薬のみならず,抗酸化剤の投与によっても完全に抑制された.一方,ラット糸球体培養メサンギウム細胞においてもミネラロコルチコイド受容体は強く発現しており,培養メサンギウム細胞にアルドステロンを投与するとMAPキナーゼが活性化されて様々な細胞障害が生じた.このように,アルドステロンの今まで考えられなかった腎障害因子としての役割が次々と明らかになってきている.したがって,今後はレニン·アンジオテンシン·アルドステロン系として病態をとらえることが必要となってくるであろう.
著者
宮井 恵里子 杉野 公基
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.134, no.1, pp.37-45, 2009 (Released:2009-07-14)
参考文献数
14
被引用文献数
1 1

海外において,既に尋常性ざ瘡(ニキビ)治療の中心的役割を果たしている外用レチノイドの一つ「アダパレンゲル0.1%(販売名:ディフェリン®ゲル0.1%)」が,2008年10月に発売された.本剤は,国内初の全く新しい作用機序のレチノイド様作用により,尋常性ざ瘡を治療する薬剤である.有効成分アダパレンは,表皮細胞の核内レチノイン酸受容体(retinoic acid receptor, RAR)に結合し,標的遺伝子の転写促進化を誘導する.正常ヒト表皮角化細胞のトランスグルタミナーゼ発現を抑制したことより,ケラチノサイト分化(角化)抑制作用を示すと考えられる.In vivoではざ瘡モデル動物であるライノマウスへの塗布で表皮面皰数の減少と,表皮厚の増加が示された.以上の結果から,アダパレンは表皮の顆粒細胞から角質細胞への分化を抑制することで,毛包漏斗部を閉塞している角層を除去することが推測された.国内臨床試験において,アダパレンゲルは,1日1回12週間の塗布で尋常性ざ瘡患者の総皮疹(非炎症性皮疹および炎症性皮疹)数を63.2%減少させた.最長12カ月間の塗布では,総皮疹数の減少率は,最終観察日で77.8%に達した.アダパレンゲルが非炎症性および炎症性のいずれの皮疹も減少させることは,これまでの抗菌薬治療では補えない特長である.アダパレンはレチノイド様作用を持つ故,高用量曝露時の催奇形性が懸念されたが,国内臨床試験ではいずれの被験者においても血中にアダパレンが検出されなかった(検出限界:0.15 ng/mL).よって,全身的副作用のリスクは非常に低いものと考えられた(但し,妊娠中の使用に関する安全性は確立していないため,「妊婦または妊娠している可能性のある婦人」に対しては,禁忌である).現在,アダパレンを含む外用レチノイドは尋常性ざ瘡治療の第一選択薬として海外で推奨されている一方,2008年9月日本皮膚科学会が策定した「尋常性ざ瘡治療ガイドライン」においても,主たる皮疹が「面皰」ならびに「炎症性皮疹(軽症から重症)」の場合,推奨度A(使用を強く推奨する)に位置づけられた.海外臨床試験で示された,外用ならびに内服抗菌薬との併用療法,さらには軽快後の寛解維持療法における有用性が評価され,同様に推奨度Aと認定されている.以上より,アダパレンゲルは,国内の尋常性ざ瘡診療において,新たな治療の選択肢として期待できる新規外用剤である.

3 0 0 0 OA 血液毒性

著者
岩瀬 裕美子 筒井 尚久
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.132, no.6, pp.343-346, 2008 (Released:2008-12-12)
参考文献数
15
被引用文献数
2

薬物誘発性の代表的な血液毒性として,赤血球減少(貧血),白血球減少,血小板減少がある.その主な機序として,造血器における造血系細胞の分化増殖過程への障害と末梢における成熟細胞の破壊が考えられている.医薬品の研究開発では,実験動物を用いた一般毒性試験の中で,末梢血を用いた血液学的検査により血液毒性を日常的に評価している.加えて,フローサイトメトリーを用いた造血系細胞の解析は,薬剤誘発性の血液毒性の機序推定に有用と考えられる.また,薬物による造血系細胞の分化増殖能への影響を調べるため,コロニー形成試験や細胞内ATP含量を指標に求める実験(ATPアッセイ)が行なわれている.近年,臨床における血液毒性を予測するため,in vitroのコロニー形成試験とin vivoの毒性試験の結果から算出されるモデルが提示されており,前臨床段階におけるリスク評価に有用と考えられる.
著者
岡本 泰昌
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.126, no.3, pp.194-198, 2005 (Released:2005-11-01)
参考文献数
9
被引用文献数
6 12

われわれはストレスの適応破綻の脳内メカニズムを明らかにするために,脳機能画像解析法を用いた検討を行っている.本稿ではその研究成果を中心に報告したい.まずストレス事象がどこで認知されるかを明らかにするために対人関係ストレスに関連する単語の認知の機能局在に関する検討を行った.次にストレスが脳内機構に与える影響について明らかにするために急性ストレスの感覚入力系に及ぼす影響について検討した.最後に予測がストレスへの適応破綻の防止に有効であると考え,ストレス事象の予測に関する脳科学的検討を行った.その結果,ストレス事象は脳内において認知されること,急性ストレスにより脳内機構の一部に変化が生じること,予測がストレス事象の入力を抑制する可能性が考えられた.さらに,これらの機能において前頭葉が重要な役割を果たしていることが推定された.
著者
田熊 一敞
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.127, no.5, pp.349-354, 2006 (Released:2006-07-01)
参考文献数
47

近年,脳虚血,アルツハイマー病およびパーキンソン病などの神経脱落疾患においてアポトーシスが関与することが見いだされ,病態機構の解明ならびに新しい治療法を開発するうえで,中枢神経系のアポトーシスの役割ならびにその発現制御機構の解明が重要な課題と考えられている.アポトーシスの実行には,カスパーゼと呼ばれるプロテアーゼの連鎖的活性化が中心的役割を果たしており,その活性化に,細胞膜に存在する細胞死受容体,ミトコンドリアおよび小胞体を介するシグナル経路の関与が知られている.本総説では,筆者らの成果を中心に,脳虚血-再灌流障害およびアルツハイマー病におけるアポトーシスとミトコンドリア機能変化との関連について述べた.脳虚血-再灌流障害に関しては,脳の主要グリア細胞であるアストロサイトにおいて,インビボ脳虚血-再灌流時の細胞外Ca2+濃度変化を反映するパラドックス負荷により遅発性アポトーシスが発現することを示し,本アポトーシスに,活性酸素の産生増加,ミトコンドリアからのチトクロムc遊離ならびにカスパーゼ-3活性化といったミトコンドリア機能変化によるアポトーシスシグナル経路の活性化が関与することを示した.本アポトーシスに対して,cGMP-ホスホジエステラーゼ阻害薬,cGMPアナログおよび一酸化窒素産生薬は,cGMP依存性プロテインキナーゼを介するミトコンドリア膜透過性遷移孔抑制作用により保護効果を示す.また,アルツハイマー病に関しては,神経細胞において,ミトコンドリア内におけるアミロイドβタンパク(Aβ)とAβ結合アルコール脱水素酵素(ABAD)との相互作用が,チトクロムc酸化酵素活性,ATP産生,ミトコンドリア膜電位の低下といったミトコンドリア障害を引き起こし,アポトーシスを誘導することを示した.これらの知見は,ミトコンドリアの機能異常が脳虚血-再灌流障害およびアルツハイマー病におけるアポトーシスの発現において重要な働きをもつことを示唆する.
著者
榎園 淳一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.134, no.2, pp.78-81, 2009 (Released:2009-08-12)
参考文献数
14
被引用文献数
1

薬物の多くは,血漿中でアルブミンやα1-酸性糖タンパクなどのタンパク質へ結合している.アルブミンは脂溶性の高い酸性化合物,α1-酸性糖タンパクは塩基性化合物に対し高い親和性を示す.タンパクへ結合した薬物は細胞膜を透過することができないため,血漿中の遊離型薬物のみが組織に分布して薬効や毒性を発現し,代謝や排泄を受けて体内から除去される.したがって,血漿中タンパク結合は薬物の体内動態や薬効,毒性に多大な影響を及ぼす.血漿中タンパク結合には種差があり,体内動態や薬効,毒性の種差の原因となる.また,血漿中タンパク結合は病態や薬物間相互作用によっても変動し,薬効の減弱や副作用の増強など臨床上好ましくない現象を引き起こす場合がある.したがって,薬物の血漿中タンパク結合は医薬品の探索・開発を通じて評価しなければならない重要な項目の一つである.
著者
最上(重本) 由香里 佐藤 薫
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.140, no.5, pp.216-220, 2012 (Released:2012-11-09)
参考文献数
55
被引用文献数
1

正常な脳内で静止型として存在するミクログリアは,病態時に活性型となり細胞特性を激変させ,病変部に集積,増殖し,損傷した神経細胞を貪食して排除する一方,生理活性物質を産生放出して神経細胞の修復を行っている.これまでミクログリア研究は,この病態時の活性型ミクログリアが主な研究対象として進められてきた.しかし,近年の研究により,脳内マクロファージと見なされてきたミクログリアがモノサイトやマクロファージとは起源の異なる細胞であり,中枢神経系独自の性質を有する細胞である可能性が高まってきた.そして,正常脳の静止型ミクログリアが活性型の準備段階ではなく,脳内環境の監視,神経回路網再構成,神経活動の制御など,中枢神経系の生理機能維持に積極的に関与していることが明らかになってきた.我々は特に,神経発達におけるミクログリアの重要性に関する新知見を得ている.このように,ミクログリアの多彩な生理的機能が日々明らかとなっている.
著者
三分一所 厚司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.1, pp.62-66, 2007 (Released:2007-07-13)
参考文献数
6

生殖発生毒性試験の目的は,医薬品の生体への適用が生殖に対する何らかの影響を明らかにしてヒトにおける生殖への安全性の評価に利用される.試験を実施するには,生殖発生毒性試験法ガイドラインに従って実施する必要があり,多くの医薬品については,(1)交配前(雌雄)から交尾,着床に至るまでの薬物の投与起因する毒性および障害を検討する,受胎能および着床までの初期胚発生に関する試験(I試験),(2)着床から離乳までの間薬物を投与し,妊娠/授乳期の雌動物,出生児の発生に及ぼす悪影響を検出する,出生前および出生後の発生ならびに母体機能に関する試験(II試験),(3)着床から硬口蓋の閉鎖までの期間中雌動物に薬物を投与し,妊娠動物および胚・胎児の発生に及ぼす悪影響を検出する,胚・胎児発生に関する試験(III試験)の3試験が用いられている.これらの試験は薬物の開発の過程に合わせて実施することになる.