著者
大江 知之
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.134, no.6, pp.338-341, 2009 (Released:2009-12-14)
参考文献数
7
被引用文献数
2 2

医薬品の代謝過程で生成する反応性代謝物は数々の毒性の原因になると考えられており,製薬企業にとってそうしたリスクのある化合物は,創薬段階においてできる限り排除しておきたいものの1つである.最近,多くの企業で,探索段階の比較的初期から,“反応性代謝物の回避”というものを意識して化合物の誘導化を行っている.共有結合性試験やトラッピング試験と呼ばれる評価法などがあるが,これらは毒性予測という観点からはまだ不十分なものである一方で,医薬品候補の優先順位付けという観点からは有用である.メディシナルケミストと協力して,より毒性リスクの低い候補品を選択することが,探索薬物動態研究者の使命である.
著者
宮田 愛彦
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.121, no.1, pp.33-42, 2003 (Released:2003-01-28)
参考文献数
43
被引用文献数
7 9

HSP90は主要な細胞内分子シャペロンの一つであり,細胞ストレス状況下で発現量が増大するが,通常でも細胞質にもっとも多く存在するタンパク質の一つである.HSP90は様々な細胞内タンパク質と相互作用してその正確なフォルディングと機能を保証する役割を持つ.HSP90と相互作用するクライアントタンパク質にはプロテインキナーゼやステロイドホルモン受容体等の細胞増殖や分化に重要な役割を果たすシグナル伝達分子が多く含まれる.HSP90はCdc37やFKBP52といった他の分子シャペロンと協調しながら,クライアントタンパク質が正しくシグナルに応答して機能する為に必須の因子としてATP依存的に働いている.ゲルダナマイシンはHSP90のATP-bindingポケットに結合してそのシャペロン機能を抑制する特異的な阻害薬であり,HSP90依存性のクライアントタンパク質の不活性化·不安定化と分解を引き起こす.HSP90のクライアントタンパク質には細胞周期·細胞死や細胞の生存·癌化に関わる機能タンパク質が多く含まれ,ゲルダナマイシン処理でHSP90を阻害すると培養癌細胞の増殖が抑制され,また実験動物での腫瘍縮小効果が観察される.ゲルダナマイシンはHSP90という単一のタンパク質に対する特異的な阻害薬でありながら,細胞周期·細胞分裂·細胞生存シグナル·アポトーシス·ステロイドホルモン作用·ストレス耐性などに関わる多面的なクライアント分子を同時に阻害できるという点で,これまでに無く広範でかつ効果的な抗癌作用を持つ薬剤となり得る.ゲルダナマイシンと同様のHSP90阻害効果を持ちながら腎·肝毒性を軽減した誘導体である17-allylaminogeldanamycin(17-AAG)は既にヒトに対するPhaseIの治験を経て,まもなく癌患者に対するPhaseIIの臨床試験が始められようとしている.
著者
溝口 博之 野田 幸裕 鍋島 俊隆
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.126, no.1, pp.17-23, 2005 (Released:2005-09-01)
参考文献数
32

ヒトは,風邪薬を飲むと共通して眠気を感じ,アルコール飲料の種類に係らず適量を飲むと多幸感が得られる.このような薬理作用を介してヒトは,ある種の薬物の摂取体験からその薬物を認知し,自覚する.これは,摂取感覚効果(自覚効果)と呼ばれ,ヒトばかりでなく,サルをはじめとする多くの動物でも認められる.依存性薬物は,それぞれ特異的な感覚自覚効果を持ち合わせており,この自覚効果が快感(陽性強化)であればそれを求めて乱用される.したがって,自覚効果は依存形成の重要な因子の一つとして考えられている.ヒトでの自覚効果は,薬物を投与したときの摂取感覚を質問表によって調べる方法が用いられている.実験動物の場合は,自覚効果を直接知ることはできないことから,薬物の摂取感覚効果を利用した薬物弁別試験が用いられている.我々はこれまでにラットの薬物弁別試験を用いて,依存性薬物の1つであるメタンフェタミンの自覚効果の発現機序について検討してきた.すなわち,メタンフェタミンに対する弁別を獲得したラットの側坐核と腹側被蓋野において,神経の活性化の指標となるc-Fosタンパクの発現の増大が認められたことから,メタンフェタミンの弁別刺激効果には,ドパミン作動性神経系を中心とした神経回路が重要であることを明らかにした.メタンフェタミンの弁別刺激効果は,ドパミンD2およびD4受容体拮抗薬によって抑制され,さらに,細胞内cyclic AMP(cAMP)量を増加させるロリプラムやネフィラセタムによっても同様に抑制された.これらの結果から,メタンフェタミンの弁別刺激効果は,D2様受容体とリンクした細胞内cAMP系シグナル経路を介して発現しているものと示唆される.したがって,細胞内cAMP量を増大させるような薬物やD2様受容体を介したシグナル経路を抑制するような薬物は,薬物依存の予防・治療薬となる可能性がある.
著者
野田 幸裕 亀井 浩行 鍋島 俊隆
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.114, no.1, pp.43-49, 1999 (Released:2007-01-30)
参考文献数
50
被引用文献数
4 9

近年研究が盛んに行われているシグマ受容体は,うつ病や不安神経症などのストレス関連疾患に関与していることが示唆されている.シグマ受容体アゴニストは,抗うつ薬のスクリーニングに汎用されている強制水泳試験や尾懸垂試験において無動状態を緩解し,この緩解作用は,シグマ1受容体アンタゴニストによって拮抗される.シグマ受容体アゴニストの中でもシグマ1受容体作動薬の(+)-N-アリルノルメタゾシン((+)-SKF-10,047)およびデキストロメトルファンは,抗うつ薬や抗不安薬でも治療効果の得られない治療抵抗性のうつ病モデルと考えられている恐怖条件付けストレス反応をフェニトイン感受性シグマ1受容体を刺激することによって緩解し,この緩解作用の発現には中脳辺縁系ドパミン作動性神経系の賦活化が関与していることが示唆されている.一方,シグマ受容体の内因性リガンドとしてニューロステロイドのデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)やニューロペプチドのニューロペプチドY(NPY)が注目されている.DHEA硫酸塩は,強制水泳による無動状態や恐怖条件付けストレス反応を緩解し,これらの緩解作用は,シグマ1受容体アンタゴニストによって拮抗される.また,NPYは,コンフリクト試験において抗不安作用を示し,実験動物にストレスを負荷すると血漿中のNPY含量が変化することが認められている.このように,シグマ受容体はストレス関連疾患との関連性について注目されており,シグマ受容体アゴニストは,従来の抗うつ薬や抗不安薬とは異なる新しいタイプのストレス関連疾患治療薬となりうる可能性が示唆されている.
著者
山口 拓 吉岡 充弘
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.2, pp.105-111, 2007 (Released:2007-08-10)
参考文献数
20
被引用文献数
6 9

様々な実験的ストレスを実験動物に負荷し,不安や恐怖を誘発させることによって,これに伴って発現する不安関連行動を評価する方法は,抗不安薬をスクリーニングするために開発された.現在では薬効評価のみならず,遺伝子改変動物や疾患モデル動物の情動機能,特に不安関連行動の行動学的表現型を検索するためのテストバッテリーにも応用されている.不安関連行動の評価においては,装置の形状や実験環境などの設定条件,あるいは被験薬物に含まれる抗不安作用以外の薬理学的プロファイルが結果に大きく影響することから,その結果の解釈には注意する必要がある.また,照明強度や実験装置への馴れなどの実験環境要因によっても,指標となる不安関連行動のパラメータは大きく変動する.現在使用されている不安関連行動の評価系においては,ベンゾジアゼピン系抗不安薬が不安を軽減させる方向にパラメータを変化させるという点に関して共通している.しかし,これらの評価法の多くは正常な実験動物に実験的ストレスを負荷して誘発された不安・恐怖を評価しているため,その限界を念頭におかなければならない.したがって,病的な不安,すなわち不安障害を想定した基礎研究のためには,遺伝的要因と環境要因を包含した臨床像により近く妥当性の高い“不安障害”の疾患モデル動物の作製が必要である.
著者
溝口 博之 山田 清文
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.153, no.5, pp.224-230, 2019 (Released:2019-05-14)
参考文献数
35

依存症は世界銀行・WHO(世界保健機関)が報告するDALY(障害調整生命年)によると,世界トップ10に入る健康を脅かす疾患である.中でも,アルコール乱用を初めとする物質依存・薬物使用障害のDALYは若年層において非常に高い数値を示している.国内に目を向けても,薬物逮捕ラッシュの芸能界が表すように薬物汚染は止まっていない.また統合型リゾート推進法の成立により日本でもカジノが解禁されることから,ギャンブル依存者の急増という社会的且つ医薬学的問題も懸念される.さらにWHOはゲーム障害を精神疾患と認定したことからも,新たな依存症の包括的理解に向けた機序解明と医学的に適切な予防対策や治療戦略の発信が期待されている.ではなぜ,私たちはゲーム,ギャンブル,薬物に〝はまる〟のか? なぜ,一度手を染めた人はリスクを負っても危険ドラッグや覚せい剤の売買をするのか? なぜ治療したはずなのに依存症は再発するのか? どうして自分をコントロールできなくなるのか? そして,こうした症状は脳のどこから生まれるのか? 私たちはちょっと変わった視点(意思決定)から,依存者の脳と心の問題に迫ってきた.一方,近年の目まぐるしい実験技術の進歩により,遺伝子発現を制御するための多種多様なウイルスベクターが開発された.細胞特異的に遺伝子を発現させ,その細胞・神経の活動をコントロールすることも可能となった.今ではウイルスベクターを用いた行動薬理実験が当然のように行われ,顕著で分かりやすい研究成果が発表されている.著者らもこの手法を用いて特定の脳領域の活動や細胞活性を操作した時の意思決定について検討してきた.本稿では,意思決定について概説するとともに,当研究室で行ったウイルスベクターを用いた意思決定・行動選択研究への応用について述べる.
著者
鈴木 岳之 都筑 馨介 亀山 仁彦 郭 伸
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.122, no.6, pp.515-526, 2003 (Released:2003-11-20)
参考文献数
45
被引用文献数
12 14

グルタミン酸AMPA受容体は中枢神経系において速い興奮性神経伝達を担う重要なイオンチャネル型受容体である.この受容体は4つのサブユニットからなるテトラマーであり,その構成サブユニットはGluR1~4までの4種に分類され,さらにそれぞれがスプライシングバリアントを持つ.また,そのサブユニットのうちGluR2では,その第2膜親和性領域(イオンチャネルポアを形成する部分)にRNA編集によるグルタミンからアルギニンへの変換が生じている部位がある(Q/R部位).このアルギニンへの変換を受けた編集型GluR2サブユニットを構成成分に含むAMPA受容体はほとんどカルシウム透過性を持たないが(タイプ1受容体),含まないAMPA受容体は高いカルシウム透過性を示す(タイプ2受容体).受容体形成時には,このサブユニットの会合の段階でGluR2サブユニットを含むAMPA受容体の方が含まないものよりも形成されやすい調節を受けている可能性が示唆されている.また,各サブユニットの細胞内での輸送に関してもサブユニットにより異なる輸送機構が働いている可能性も明らかにされてきている.このようにAMPA受容体形成はサブユニット段階での種々の調節を受けていることが明らかとなってきている.タイプ2受容体がそのカルシウム透過性により神経脆弱性の発現に関与していることは知られているが,筋萎縮性側索硬化症の患者の脊髄運動神経においてはRNA編集が正常には行われず,Q/R部位がグルタミンのままのGluR2サブユニット(非編集型GluR2)が多く存在しており,その結果カルシウム透過型AMPA受容体が多く発現していることが明らかとなった.また,グリア細胞にはタイプ2AMPA受容体が発現しているが,ここに編集型GluR2を強制発現させるとグリア細胞の突起の退縮や神経膠芽腫細胞の増殖抑制などが観察された.このように,AMPA受容体は生体内において通常の興奮性神経伝達だけではなく,特にそのカルシウム透過性により神経機能や病態に深く関わっている可能性がある.
著者
斎藤 将樹 佐藤 岳哉
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.153, no.3, pp.117-123, 2019 (Released:2019-03-12)
参考文献数
64

一次繊毛は細胞膜が突出して形成される不動性の繊毛で,一細胞につき一本のみ形成される.当初は細胞外に突出しているだけの静的な細胞小器官だと思われていたが,種々の研究成果により,細胞周期に依存して形成と短縮・消失を繰り返すダイナミックな性質をもつことが明らかとなってきた.一次繊毛は非常に短く表面積も小さいにもかかわらず,一次繊毛膜上には特異的に分布するGタンパク質共役型受容体,増殖因子受容体やイオンチャネルがあるため,選択的な生理活性物質や機械刺激を受容するシグナル受容器として働く.そのため,一次繊毛の形成異常や機能破綻は,小頭症,嚢胞腎,内臓逆位や多指症に代表される種々の臓器形成不全等を所見とする,先天性の遺伝子疾患「繊毛病」の発症につながる.繊毛病に対する有効な治療法は開発されていない.近年,一次繊毛の形成や機能の分子制御機構が解明されるにつれて,多種多様の分子が巧妙な機構によって一次繊毛の形成,シグナル伝達や短縮・消失のサイクルを制御することが明らかになり,一次繊毛の特殊性と重要性が理解されてきた.しかし,それら分子制御機構の全容解明には遠く及ばないのが現状である.繊毛病の病因解明のため,分子制御機構がさらに解明されることが必要であり,また将来,有効な治療法が薬理学研究を中心として開発されることが期待される.
著者
嶋澤 雅光 原 英彰
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.134, no.6, pp.309-314, 2009 (Released:2009-12-14)
参考文献数
49

我が国の中途失明疾患には,緑内障,糖尿病網膜症,加齢黄斑変性症(age-related macular degeneration:AMD)および網膜色素変性症などがある.これらの失明性疾患の多くは網膜細胞の変性に起因することが知られている.しかしながら,それらの病態の機序については十分には解明されていない.一方,最近これらの眼疾患の一部とアルツハイマー病(Alzheimer disease:AD)との関連が指摘されている.すなわち,AD患者において網膜機能の低下,網膜神経節細胞の減少および視神経変性が高率に認められている.さらに,AD患者における緑内障の発症率が高いことが明らかにされた.ADは認知機能の低下,人格の変化を主な症状とする認知症の一種であり,その発症には脳内のアミロイドβペプチド(Aβ)の凝集・蓄積が引き金となり,神経細胞の変性・脱落が惹起されると考えられている(アミロイド仮説).現在,本仮説に基づいてAD患者の脳内におけるAβの産生または蓄積を抑える様々な治療法が試みられている.最近,我々は緑内障および糖尿病網膜症患者の硝子体液中のAβ1-42の著明な低下およびタウタンパクの上昇を見出した.これらの変化はAD患者脳脊髄液中の変動と類似していた.また,AMDにおける唯一の前駆病変と考えられるドルーゼン中の構成成分としてAβが高頻度に存在することが報告された.これらの知見はこれらの網膜疾患とADの間に共通の病態発症機序が存在し,とくにAβが網膜疾患の病態に深く関わっている可能性を示唆している.本稿では網膜疾患のなかでADとの関連がとくに示唆されている緑内障および加齢黄斑変性症について,治療の現状とその病態の発症におけるAβの関与並びにアミロイド仮説に基づいた治療の可能性について概説する.
著者
蜂須 貢 市丸 保幸
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.115, no.5, pp.271-279, 2000 (Released:2007-01-30)
参考文献数
50
被引用文献数
4 3

1999年5月選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)フルボキサミン(デプロメール®)が欧米よりも10年以上遅れて我が国で初めて上市された.フルボキサミンは「うつ病」を適応症として,1983年より世界約80か国で承認されており,また「強迫性障害(obsessive compulsive disorder: OCD)」の適応に対しては,1994年米国で承認され,現在約30か国で承認されている.本薬は「うつ病およびうつ状態」に対しては従来の三・四環系抗うつ薬と同等の効果を有しており,また強迫性障害への適応は日本で最初のものである.これらの効果はセロトニン神経から遊離されたセロトニンの選択的な再取り込み阻害作用に基づくと考えられている.フルボキサミンは従来の抗うつ薬が持つムスカリン受容体,アドレナリンα1受容体,ヒスタミンH1受容体の遮断作用を持たず,口渇,排尿障害,めまい,立ちくらみ,眠気などの副作用を示さないので,コンプライアンスが良く,うつ病や強迫性障害の持続療法や維持療法に優れている.
著者
亀井 淳三 林 隼輔 大澤 匡弘
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.131, no.6, pp.429-433, 2008 (Released:2008-06-13)
参考文献数
24
被引用文献数
3 4

咳は痰を喀出するための反射である.咳のメカニズムは明らかにされていないことが多い.そのためにピンポイントに作用する薬剤がないのが現状である.現在までに明らかにされているメカニズムは複雑である.咳が出る現象について概略を説明すると,気道に炎症があったり,また分泌物が溜まったりすると排出させようとする反射が起きる,それが咳と考えられる.咳反射の中枢への伝達経路はAδという有髄線維によると考えられている.臨床的に鎮咳薬は,咳の末梢あるいは中枢内経路のどの部位を遮断することによって咳を抑制するかが問題となる.例えば,コデインのような中枢作用性の薬剤は咳のメカニズムの中で共通経路を遮断することより効果は大きい.しかし,本来止めてはならない咳も止めてしまう危険性がある.また,中枢抑制の薬剤であるため咳以外の中枢作用,眠気なども低下させる可能性を持つ.これらを考慮すると,中枢性の薬剤で咳を遮断することは好ましくなく,より選択的な手段で鎮咳をもたらすべきである.日本において,鎮咳剤と称されているものは中枢性の鎮咳剤しかない.薬理学的には末梢性鎮咳剤と呼ばれるものがあってしかるべきであるが,実際には認可されていない.その大きな理由としては,咳のメカニズムが明確に示されていなかったことが大きな理由であろう.本稿ではこれらの問題を解決する基礎的知見となるべき咳の咳反射の求心路であるAδ線維の興奮性調節機序,特にC線維を介した咳感受性亢進機序について概説したい.
著者
金井 隆典 渡辺 守 日比 紀文
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.120, no.1, pp.39-45, 2002 (Released:2003-01-28)
参考文献数
34

最近,潰瘍性大腸炎とクローン病の分子免疫学的な病態メカニズムが徐々に明らかにされるにつれ,従来の治療法とは異なった,より病態に特異的な治療法,サイトカインや免疫担当細胞に着目した治療法が開発,研究されるようになった.特に,抗TNF抗体によるクローン病治療に代表されるように,実際の臨床現場に応用され,優れた成績が報告されつつある.潰瘍性大腸炎とクローン病といった生涯にわたり治療を余儀なくされる疾患に対して,副作用が問題となる長期副腎皮質ステロイド投与に替わる,より効果的な治療法の開発は本病が若年で発症することを考え合わせ,社会的にも重要な問題である.免疫学の進歩の恩恵を受け,数年後の炎症性腸疾患治療は従来とは全く異なった新たな局面からの治療法が開発されることも考えられている.本稿では,現在までに明らかとされた炎症性腸疾患の免疫学的病態と,サイトカインに関連した知見に基づいた治療法の開発状況について概説した.
著者
植田 弘師 吉田 明
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.114, no.1, pp.51-59, 1999 (Released:2007-01-30)
参考文献数
47

1976年にシグマ受容体はオピオイド受容体のファミリーに属するものとして明らかにされたが,その後分類のいきさつや生理機能が充分解明されなかった為,あまり注目されてこなかった.ところが最近,シグマ1受容体が学習記憶障害改善作用や抗うつ作用,さらには神経細胞保護作用など高次脳神経機能に関連していることが多数報告されるようになり選択的シグマ1受容体アゴニストが新しい治療薬として注目されるようになってきた.これと並行して,膜1回貫通型シグマリガンド結合タンパク質のアミノ酸配列が報告され,また一方で脳シナプス膜におけるGタンパク質連関型シグマ受容体存在の証明などを機にこれまで未知な点が多かったシグマ受容体研究が急速な発展を遂げつつある.さらに,神経ステロイドの即時型反応(non-genomic action)にこのシグマ受容体が関連することが明らかになり,様々な行動薬理,神経化学的性質をシグマ化合物と共有することが明らかになってきた.神経ステロイドの血中濃度と高次脳機能との関連が報告されはじめ,今後,シグマ受容体関連化合物が神経ステロイド機能調整薬として応用されることが期待されるであろう.
著者
山本 格
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.132, no.3, pp.160-165, 2008 (Released:2008-09-12)
参考文献数
18
被引用文献数
4 4

ビタミンC(アスコルビン酸)は,酸素および活性酸素あるいは,その反応物質と容易に化学反応(酸化還元反応)を起こし,相手を還元することがその役割である.人類は1200~800万年前に進化の過程でその合成能を失い,ビタミンCを外部から摂取しなければ生命維持ができなくなった.その結果,人類は酸素に弱いビタミンCを如何に酸化分解されていない状態のままで摂取し機能を発揮させるかという切実で大きな課題と向き合って来た.1989年,我々は安定・持続型のビタミンC誘導体(AA-2G)の創製に成功した.AA-2Gは1994年には,医薬部外品(美白化粧品)として,2004年には食品添加物として厚生労働省によりその使用が許可されるに至った.さらに,1999年には親油性ビタミンC誘導体(6-Acyl-AA-2G)の合成に成功し,現在その工業的生産法と用途開発が進行している.近年,健康や食の安全,環境保全への意識が高まる中,国立大学の特殊行政法人化に伴い,大学発ベンチャーが奨励される状況となってきた.それを受けて,AA-2Gの発明者とその仲間は,種々の有用な新規ビタミンC誘導体,ならびに疾病予防を目的とした新規機能性物質の研究,リラクゼーションを目的とした研究開発,商品開発ならびに販売事業を行うべく起業(2004年9月)し,ベンチャー企業支援施設である「岡山リサーチパークインキュベーションセンター,ORIC」に入居し活動を開始した.本稿ではビタミンC誘導体の発明から大学発ベンチャーの立ち上げと保健機能性食品の誕生までの道程を述べる.
著者
松本 真知子 吉岡 充弘
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.115, no.1, pp.39-44, 2000 (Released:2007-01-30)
参考文献数
43
被引用文献数
2 3

不安障害に関わっていると考えられているセロトニン(5-hydroxytryptamine:5-HT)受容体について現時点での知見を概説した.現在5-HT受容体は,7ファミリーに分類され,少なくとも14種類のサブタイプが存在している.このうち不安と最も関連性が深いとされているのは5-HT1A受容体である.5-HT1A受容体の部分作動薬であるブスピロンおよびタンドスピロンは,依存性の少ない有用な抗不安薬として現在臨床で用いられている.イプサピロン,ゲピロンなど抗不安作用を示す多くの5-HT1A受容体作動薬は,5-HTの遊離,合成あるいは神経発火を抑制する.また5-HT1A受容体ノックアウトマウスでは不安が亢進する.これらの結果は5-HT1A受容体を介した5-HT遊離調節機構が不安の発現あるいは病態に深く関わっていることを示唆する.一方5-HT1B受容体ノックアウトウスでは攻撃行動が増強する.5-HT2および5-HT3受容体拮抗薬は様々な不安モデル動物を用いた実験で抗不安作用を示す.アンチセンス法により5-HT6受容体発現を抑制した場合も,不安による5-HT神経過活動は減弱する.以上の結果は,5-HT1A受容体以外にも5-HT1B,5-HT2,5-HT3および5-HT6といった多くの5-HT受容体が不安障害に関わっていることを示す.これらの受容体が不安発現に直接寄与しているのか,あるいは不安により適応的に生じた5-HT神経過活動を調節しているのかは明らかでないが,不安の病態生理に5-HT神経系が重要な役割を担っていることは確かであろう
著者
隅野 留理子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.3, pp.209-217, 2007 (Released:2007-03-14)
参考文献数
31

インターフェロンベータ(IFNβ)-1a筋注用液状製剤(販売名:アボネックス®筋注用シリンジ30μg)は天然型ヒトIFNβとほぼ同じ構造をもつ遺伝子組換え型のインターフェロン製剤である.厚生労働省により特定疾患に指定されている多発性硬化症に対しIFNβ-1a 30 μgを週1回筋肉内投与することにより,脳MRI検査で検出される病変の新規発現,拡大を抑え,再発を抑制することが確認された.国内臨床試験において,日本人の多発性硬化症患者を対象に,IFNβ-1a 30 μgを週1回,24週間筋肉内投与し,投与前後の脳MRI検査1回当たりのガドリニウム(Gd)増強病巣数,新規Gd増強病巣数により有効性を評価した結果,病巣数は有意に減少した.また,年間再発率が61.4%,年間静注ステロイド治療回数が53.2%低下した.海外臨床試験においては,外国人の多発性硬化症患者を対象に,IFNβ-1aまたはプラセボを週1回,最長2年にわたり筋肉内投与し,身体機能障害の持続的進行開始までの期間を評価した結果,プラセボ群と比較して有意に延長した.また,Gd増強病巣容積,年間再発率,年間静注ステロイド治療回数も,プラセボ群と比較して有意に減少した.さらに,初発の脱髄症状を伴い臨床的に診断確実な多発性硬化症へ移行するリスクの高い外国人の早期多発性硬化症患者を対象に,最長3年間にわたり臨床的に診断確実な多発性硬化症発症までの期間を評価した結果,プラセボ群と比較して有意に延長した.また,他の試験結果と同様に,脳MRI検査で検出される病巣数および病巣容積も有意に減少させた.一方,IFNの臨床効果を減弱させる可能性が示唆される中和抗体の発現率は,海外で行われたIFNβ-1a長期投与試験において1~7%であった.国内で実施された臨床試験においては投与期間が24週間と短期であり,全例で中和抗体の発現は認められなかった.IFNβ-1a 30 μgの週1回筋肉内投与は,国内および海外の臨床試験において問題となるような有害事象は認められず,高い臨床的有効性と忍容性を示した.
著者
鈴木 幹生 新留 和成 前田 健二 菊地 哲朗 宇佐美 智浩 二村 隆史
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.154, no.5, pp.275-287, 2019 (Released:2019-11-15)
参考文献数
54
被引用文献数
2

ブレクスピプラゾール(レキサルティ®)は,大塚製薬がアリピプラゾールに続いて創製した,世界で2番目のドパミンD2受容体部分アゴニスト系の新規抗精神病薬である.本剤はセロトニン5-HT1A受容体及びD2受容体に対しては部分アゴニストとして,5-HT2A受容体に対してはアンタゴニストとして作用し,セロトニン・ドパミン神経系伝達を調節することから「セロトニン・ドパミン アクティビティ モジュレーター:SDAM」という新しいカテゴリーに分類される薬剤である.非臨床薬理試験において本剤は他の非定型抗精神病薬と同等の抗精神病様効果を示すとともに,錐体外路症状(カタレプシー),高プロラクチン血症,遅発性ジスキネジア等の副作用発現リスクが低いことが示唆された.また,抗精神病薬でしばしば問題となる過鎮静,体重増加に関連するヒスタミンH1受容体に対する作用は弱い.さらに本剤は,複数の認知機能障害モデルにおいても改善作用を示した.国内外で実施された臨床試験の結果から,本剤は統合失調症の急性増悪期及び長期維持療法に有効であることが示されている.また有害事象については,非臨床薬理試験で示唆されたとおり,錐体外路症状,高プロラクチン血症,体重増加の発現が低いことが示された.さらに非定型抗精神病薬で問題となっている脂質代謝異常の発現も低かった.加えて,アリピプラゾールで問題となっていたアカシジア,不眠,焦燥感の発現頻度が少なかったことは,セロトニン神経系への作用が強力であることや,D2受容体に対する固有活性がアリピプラゾールより小さいという本剤の特徴に基づくものと考えられた.これらのことから,本剤は既存の抗精神病薬の中でも最も合理的な薬理作用を有する薬剤の一つであると考えられ,優れた有効性と安全性・忍容性プロファイルを示す薬剤として統合失調症患者の治療に貢献できることが期待される.
著者
南畝 晋平 東 純一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.134, no.4, pp.212-215, 2009 (Released:2009-10-14)
参考文献数
18
被引用文献数
1 1

チトクロムP-450(CYP)遺伝子多型が,薬物血中濃度の個人差を引き起こす原因の一つとなることは,もはや周知の事実である.CYP遺伝子多型情報は,これまで,臨床上問題となる薬物反応性,副作用発現の個人差の原因を明らかにするための手段として用いられてきた.近年,医薬品の開発成功率の低下から,遺伝子多型情報を医薬品開発に利用し開発の効率化を図ろうとする動きが議論されており,CYP遺伝子多型は最も有力なターゲットになると考えられる.実際,被験者のゲノムDNAをバンキングし,予想外の有効性や安全性の結果が出たときに遺伝子多型解析が可能な体制をとる製薬企業が増えてきている.さらに,2008年3月には「医薬品の臨床試験におけるファーマコゲノミクス実施に際し考慮すべき事項(暫定版)」が日本製薬工業協会から発表された.今後,医薬品開発における遺伝子多型情報の利用が一般的になっていくと思われる.
著者
松川 純 稲富 信博 西田 晴行 月見 泰博
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.152, no.3, pp.104-110, 2018 (Released:2018-09-06)
参考文献数
25
被引用文献数
1

プロトンポンプ阻害薬(PPI)は,哺乳類の胃壁細胞に選択的に局在し,かつ酸分泌の最終段階を担う酵素であるH+, K+-ATPase(プロトンポンプ)に対して共有結合を形成し,活性を不可逆的に阻害する.PPIは制酸薬やヒスタミンH2受容体拮抗薬などと比較して,優れた臨床効果を示すことから,長期にわたって酸関連疾患治療の第一選択薬として用いられてきた.しかしながら下記のように,臨床上幾つか改善しうる点があることも明らかとなってきた.すなわち,血中半減期が短く,特に夜間の酸分泌抑制が不十分であること,最大効果を発揮するまでに4~5日間の反復投与が必須であること,主として遺伝子多型のあるCYP2C19により代謝を受けるため患者間の血中動態や有効性にばらつきが出ることなどである.これらの点を克服しうる新薬を見出すため,我々は社内のライブラリー化合物を用いてランダムスクリーニングを実施し,さらにリード化合物の最適化合成を実施した.その結果,プロトンポンプを可逆的かつカリウムイオン競合的に阻害する新規胃酸分泌抑制薬,ボノプラザンフマル酸塩の合成に成功した.ボノプラザンは,複数の前臨床動物モデルにおいて,PPIであるランソプラゾールと比較して強力かつ持続的な胃酸分泌抑制作用を示した.その作用は本薬の胃壁細胞への高い集積性によって説明できると考えられた.ボノプラザンは臨床試験においてもすみやかな薬理作用の立ち上がりと優れた作用持続を発揮し,びらん性食道炎やヘリコバクターピロリ除菌補助を含む複数の酸関連疾患に対してランソプラゾールと比較して非劣性の有効性を示したことから,2014年に日本国内で承認された.ボノプラザンはその優れた臨床効果により,従来PPIが第一選択であった各種の酸関連疾患に対して新たな治療選択肢を提供しうる薬剤である.