著者
周 至文 羅 聡 小山 隆太
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.146, no.5, pp.263-267, 2015 (Released:2015-11-11)
参考文献数
49

胎生期および小児期は神経回路形成における重要な時期である.この時期における各種のストレスは,ストレスホルモンや炎症因子,そして神経細胞活動の異常などを介して,神経細胞の遺伝子発現や神経回路の形成に異常をもたらし,さまざまな脳疾患に罹患するリスクを上昇させると推察される.本総説では,胎生期および小児期におけるストレスと将来の精神神経疾患発症との関係性について,我々の研究成果を交えながら紹介する.特に,各疾患のモデル動物を用いた研究によって発見された神経生物学的メカニズムに着目しながら議論する.
著者
浅川 和秀 半田 宏 川上 浩一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.158, no.1, pp.16-20, 2023 (Released:2023-01-01)
参考文献数
11

TAR DNA-binding protein 43(TDP-43)は,進化的に保存されたRNA/DNA結合タンパク質である.TDP-43は,健康な細胞では細胞核に豊富に含まれるが,筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経変性疾患においては,変性した神経細胞の細胞質に凝集体として蓄積することが知られている.我々は,青い光を吸収すると自己会合する活性をもったCRY2タンパク質をタグとして用い,光照射によって多量体化(オリゴマー化)するTDP-43のバリアント(opTDP-43h)を構築した.組織の光透過性が高い熱帯魚ゼブラフィッシュの仔魚の運動ニューロンにopTDP-43hを発現させて青色光を照射すると,細胞核に局在していたopTDP-43hは,徐々に細胞全体に拡がり,やがては細胞質に凝集体を形成した.興味深いことに,短時間の光刺激によって一過的にopTDP-43hを細胞質に移行させると,opTDP-43hの凝集体が蓄積していない状態でも,運動ニューロンの軸索成長が阻害されることが明らかになった.これらの結果は,オリゴマー化したTDP-43が,凝集体として細胞質に蓄積する前の段階で細胞毒性を発揮していることを示唆している.本総説では,この光遺伝学型TDP-43を用いたゼブラフィッシュALSモデルを概説し,ALSにおける運動ニューロン変性においてTDP-43が発揮する細胞毒性のメカニズムについて議論したい.
著者
辻 正富 斉藤 宣彦 井上 修二
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.118, no.5, pp.340-346, 2001 (Released:2002-09-27)
参考文献数
28
被引用文献数
5 3

消化吸収阻害系薬物には, 1)脂質吸収阻害薬と2)糖質吸収阻害薬がある. 脂質吸収阻害薬としてはオルリスタットが, 米国, 欧州で実用化されている. 本邦でも治験が開始されている. カワラケウメイ抽出物はその作用成分が同定されれば薬物として開発される可能性があるが, 当面は食品添加による特定保健用食品(機能性食品)としての実用化が考えられる. 脂肪代替食品としては脂肪の味覚を保持し, 消化吸収されないオレストラ, 蔗糖ポリエステルがあるがまだスナック菓子の添加物として使用されている段階である. 糖質消化吸収阻害薬としては主として, 小腸絨毛にある二糖類分解酵素活性を阻害するα-グリコシダーゼ阻害薬が食後高血糖を抑制する作用により糖尿病薬として実用化されている. これが抗肥満薬として開発されるには下痢, 放屁等の消化器系副作用の克服が鍵になる.
著者
山國 徹 川畑 伊知郎
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.145, no.5, pp.229-233, 2015 (Released:2015-05-10)
参考文献数
29
被引用文献数
1 2

超高齢化社会を迎えた我が国の高齢者認知症の人口は今や約462万人に上るともいわれ,認知症の克服は喫緊の国家的課題となっている.著者らはアルツハイマー病(Alzheimer’s disease:AD)の克服のため,初期のADの分子的病態に注目してその進行を阻止する活性をもつ天然薬物の探索研究および薬理研究を進めてきた.本稿ではADにおいて臨床研究の取り組みがなされているノビレチン高含有陳皮(N陳皮)の抗認知症作用についてその薬理学的解析結果を解説し,ノビレチン単体に対する「N陳皮の優位性」に関するエビデンスを紹介する.また,認知症の周辺症状の漢方治療薬抑肝散加陳皮半夏について,N陳皮配合処方エキスの抗認知症作用の特徴を簡潔に解説する.本総説では生薬や漢方処方の抗認知症作用に関する薬理学データに基づいてこれらの薬剤のもつ「多成分系薬剤の優位性」を考察したい.
著者
華井 明子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.154, no.5, pp.245-248, 2019 (Released:2019-11-15)
参考文献数
31
被引用文献数
2

化学療法起因性末梢神経障害(chemotherapy induced peripheral neuropathy:CIPN)は,タキサン系,プラチナ系をはじめとする抗がん薬の副作用として生じる手足のしびれ症状であり,有効な予防法や治療法が確立していない.そのため一度発症すると長期にわたり症状が残存し,歩行能力(転倒リスクの上昇)や就労といった生活活動に障害をきたす.抗がん薬の副作用対策として,副作用を起こす部位への局所冷却が用いられており,脱毛予防や口内炎予防,手足の皮膚・爪障予防の効果が報告されていた.そこで,冷却がCIPN予防に有効であるか,パクリタキセル療法を受ける乳がん患者を対象とした臨床試験による検討を実施した.40症例を対象に利き手側手足に抗がん薬投与15分前から投与終了15分後まで計90分間フローズングローブソックスを装着して,無介入の非利き手側手足と比較した.その結果,モノフィラメントテストで評価した触覚閾値の変化,質問紙により評価した自覚症状,グローブドペグボードテストで評価した手指巧緻性の変化について,臨床的・統計学的に有意な差が得られた.冷却は疼痛,炎症の予防等に広く使用されているが,凍傷のリスクも伴うため,医療者による管理を行うことが望ましい.しかしながら,がん化学療法領域における冷却介入に関しては,現在設備や人的リソースの不足により,普及と実装が実現していない状況である.今後より安全で効果的な標準冷却療法を確立し,広く本予防法を届けることが喫緊の課題である.
著者
尾崎 茂 和田 清
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.117, no.1, pp.42-48, 2001 (Released:2002-09-27)
参考文献数
35
被引用文献数
4 5

動因喪失症候群(amotivational syndrome)は, 有機溶剤や大麻等の精神作用物質使用によりもたらされる慢性的な精神症状群で, 能動性低下, 内向性, 無関心, 感情の平板化, 集中持続の因難, 意欲の低下, 無為, 記憶障害などを主な症状とする人格·情動·認知における遷延性の障害と考えられている.1960年代に, 動因喪失症候群は長期にわたる大麻使用者における慢性的な精神症状として報告された.その後, 精神分裂病の陰性症状, うつ病, 精神作用物質の離脱症候などとの鑑別が問題とされ, 定義の曖昧さを指摘する意見もあるが, 現時点では臨床概念として概ね受ケ入れられつつある.その後, 有機溶剤使用者においても同様の病態が指摘されるとともに, 覚せい剤, 市販鎮咳薬などの使用によっても同様の状態が引き起こされるとの臨床報告が続き, 特定の物質に限定されない共通の病態と考える立場がみられつつある.また, 精神作用物質使用の長期使用後のみならず, かなら早期に一部の症状が出現することを示唆する報告もある.1980年代より, X線CTなどを用いた有機溶剤慢性使用者における脳の器質的障害の検討によって, 大脳皮質の萎縮などが指摘されてきた.最近は, 神経心理学的手法, MRI, SPECTといった形態学的あるいは機能的画像解析などを用いて, 動因喪失症候群の病態をより詳細に解明しようとの試みがなされつつある.それによれば, 動因喪失症候群にみられる認知機能障害の一部には, 大脳白質の障害が関連し, 能動性·自発性低下には前頭葉機能の低下(hypofrontality)が関連している可能性が示唆されている.これについては, 動因喪失症候群の概念規定をあらためて厳密に検討するとともに多くの症例で臨床知見を重ねる必要がある.治療については今のところ決め手となるものはなく, 対症的な薬物療法が治療の中心である.賦活系の抗精神病薬や抗うつ薬を中心に投与しつつ, 精神療法や作用療法を適宜導入して, 長期的な見通しのもとに治療にあたることが求められる.
著者
亀井 達也 宮内 政徳 小山田 義博 志水 勇夫
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.140, no.5, pp.196-200, 2012 (Released:2012-11-09)
参考文献数
37
被引用文献数
2 2

神経障害性疼痛はアンメットニーズが非常に高い難治性の慢性疼痛疾患である.いくつかの治療薬が臨床で利用されているが,その鎮痛効果は満足いくものではなく,さらにいずれの薬剤についても中枢性や心循環器系の副作用リスクが存在している.従って,このような副作用を回避し治療効果を高めた鎮痛薬を創製するため,痛みを伝える神経で選択的に機能している新規治療標的が探索されてきた.近年,有望な創薬標的として温度感受性のTRPチャネルが注目を集め,創薬研究が盛んに行われている.これらのセンサーチャネルは感覚神経終末や皮膚角質細胞等の疼痛発生部位を含む痛覚伝導路に広く分布し,病態時においては発現量の増加や機能亢進が認められ,熱・冷痛覚過敏,機械アロディニアや自発痛といった神経障害性疼痛の特徴的な症状に密接に関与することが報告されてきた.本稿では,ヒトでの検証段階に進んでいるTRPV1,TRPA1,TRPV3にフォーカスし,thermo-TRPチャネルリガンドの研究開発状況をアンタゴニスト/アゴニストに分けて紹介する.
著者
舩田 正彦
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.126, no.1, pp.10-16, 2005 (Released:2005-09-01)
参考文献数
33
被引用文献数
3 3

薬物依存症の治療法の確立および治療薬の開発のために,依存性薬物による精神依存形成機構の解明が必要である.このためには,精神依存動物モデルを確実に,かつ安定して獲得する方法論を確立することが必須となる.条件付け場所嗜好性試験(Conditioned place preference,CPP法)は,薬物の精神依存形成能を報酬効果から予測する方法として注目されている.CPP法はパブロフ型条件付けの原理に基づいており,動物に薬物を投与した時,その薬物が引き起こす感覚効果(中枢神経作用)と装置の環境刺激(視覚,触覚,嗅覚刺激など)を結びつける方法として開発された.CPP法は薬物の報酬効果を簡便な装置を利用することで,短期間で評価できることが最大の特徴である.また,短期間での評価が可能であることから,薬物の脳内微量注入による条件付けにより,精神依存形成における責任脳部位の同定が可能になった.一方,揮発性有機溶剤は“吸入”により乱用されることから,依存形成メカニズム解明のためには,薬物吸入により精神依存性を評価する装置の開発が必須であった.そこで,薬物吸入による揮発性有機溶剤用CPP装置の開発を試みた.その結果,トルエン吸入により報酬効果の発現が確認された.このCPP装置は簡便な操作で,一定量の揮発性有機化合物を動物に吸入させることができ,トルエン以外の揮発性有機化合物の報酬効果の評価にも応用できると考えられる.CPP法は装置を工夫することで薬物吸入による依存モデルの作製も可能であり,さまざまな薬物の精神依存形成能の一次的評価方法として非常に有用である.また,操作が簡便であり,評価に要する時間も短期間であることから,薬物の精神依存形成機構の解明に大きく貢献する評価法の一つである. 現在,わが国は第三次覚せい剤乱用期にあり,薬物乱用が大きな社会問題となっている.特に,覚せい剤,コカインおよび大麻などの違法性薬物の入手の可能性がこれまでになく高まり,薬物乱用の若年層への拡大が表面化している.また,こうした薬物の慢性的な使用により,精神疾患を発症することが知られている.医療施設における薬物関連精神疾患に関する調査から,その発病に至る薬物として覚せい剤が50%,有機溶剤は30%を占め主要な原因薬物になっているのが現状である(1,2).こうした薬物関連精神疾患,薬物依存症の治療法の確立およびその治療薬の開発のために,依存性薬物による精神依存形成機構の解明が必要である. さらに,法的規制を受けていない化学物質である通称“脱法ドラッグ”の乱用は若年層を中心に浸透しているのが現状である.こうした化学物質は,強力な精神依存形成能を有する危険性や未知の毒性などが発現する危険性を有する.事実,幾つかの化学物質は乱用され重大な社会問題となっている.したがって,化学物質の薬物依存性を,迅速に評価できる動物実験の必要性が高まっている. こうした背景から,薬物の依存形成能を迅速に評価し,さらに精神依存動物モデルを確実かつ安定して獲得する方法論を確立することが重要である.国内および海外の研究施設において,条件付け場所嗜好性試験(Conditioned place preference,CPP法)は,薬物の精神依存形成能を報酬効果から予測する方法として注目されている(3,4).海外では1980年代に,ラットを使用した研究からCPP法が確立されてきた(3,4).国内では1990年代に世界に先駆けて,鈴木らにより遺伝子改変マウスの利用を視野に入れたマウスを使用したCPP法が確立された(5).その後,マウスを利用したCPP法に関する研究報告が飛躍的に増えている.CPP法に関する詳細な実験技術に関しては,既に鈴木らのグループにより紹介されている(5,6).本総説では,こうした報告を踏まえCPP法の基礎として,実際の実験方法と実験を実施する際の留意点に関して総括した.また,CPP法は薬物の報酬効果を,短期間で評価できることが最大の特徴および有用性である.すなわち,動物の維持が短期間で済むため「薬物の脳内微量注入による条件付け」の実施が可能になった.そこで,こうした技術とCPP法を利用した薬物の報酬効果発現の解析を通じ,明確になりつつある薬物精神依存形成における責任脳部位に関する代表的な知見をまとめてみた.さらに,CPP法の応用例として,当研究部で確立に成功した揮発性有機溶剤であるトルエン吸入による報酬効果評価の実例を紹介する.
著者
福石 信之 吉岡 美乃 赤木 正明
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.125, no.5, pp.259-264, 2005 (Released:2005-07-01)
参考文献数
49
被引用文献数
1

肥満細胞は抗原抗体反応によりヒスタミンや脂質メディエーターのみならず,サイトカインやケモカインなどを放出することで,アレルギー・炎症を形成する主な細胞の一つである.近年,肥満細胞の持つ貪食機能がクローズアップされ,それに伴い自然免疫系の細胞としての一面に脚光が集まりつつある.我々は現在ヒト肥満細胞株を用いて,菌体成分暴露におけるToll-like receptorの発現変化,細菌貪食のメカニズム,菌体成分暴露による他の免疫系細胞との関わりの変化,および抗菌ペプチドの発現と肥満細胞への作用を検討している.これらの知見を通じて,肥満細胞は獲得免疫系がIgEを産生した後,そのIgEを表面に捕捉してアレルギー・炎症を引き起こす細胞であるという概念から,IgEなど獲得免疫系の関与なしに外界からの異物の侵入に対して,直接的に防御·排除を行う結果として炎症を惹起しているという別の姿が見えてきた.
著者
黒澤 秀保 田村 浩司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.139, no.6, pp.260-263, 2012 (Released:2012-06-11)
参考文献数
4
被引用文献数
2 3

一般の商品は,自由市場における需要と供給の一致点で価値が評価されて価格が決定される(ことになっている).一方,医療という公共性の強い世界の中に存在し,国民皆保険制度が敷かれている日本では,医薬品の価格は公定価格制となっている.日本における新薬の薬価は,中央社会保険医療協議会(以下,中医協)における薬価算定基準という複雑なルールに基づいた評価・了承を経て,厚生労働省が決定し薬価基準収載される.自由競争社会に生きる製薬企業が生み出すイノベーションの成果たる医薬品と,社会主義的環境にある医療の世界で使用される医薬品という二面性が複雑な薬価算定ルールを生み出し,薬の価値評価を困難なものにしていると言える.
著者
山下 武志
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.131, no.6, pp.457-461, 2008 (Released:2008-06-13)
参考文献数
4

不整脈診療の基本とされる心電図が史上はじめて記録されてから約100年という時間が経過している.この間,心電図に記録された不整脈を治療しようとさまざまな,そしてたゆまぬ努力が先駆者達によって繰り返されてきた.いわばこの歴史はこれまでの研究者達の血と汗の努力の結晶であり,現在の我々はその恩恵を蒙っている.このことをよく噛みしめながら過去の歴史を振り返った時に,今後我々が歩むべき方向が見えて来るはずである.基礎研究,臨床研究,大規模臨床研究それぞれに行わなければならないテーマがある.不整脈患者の治療目的としてのmortalityとmorbidity,そしてそれを確保するためのツールとして心電図・電気生理学的知識が存在している.治療目的とツールを混同することなく,謙虚に将来への一歩を少しずつ歩むことがこの分野の先駆者達に捧げる我々の責務である.
著者
山口 拓 富樫 廣子 松本 眞知子 泉 剛 吉岡 充弘
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.139, no.4, pp.142-146, 2012 (Released:2012-04-10)
参考文献数
36

中枢神経系の発達過程において,神経細胞やシナプス伝達に関連する様々な分子が著しい変化を示す時期,すなわち“臨界期”が存在することが知られている.一方,幼児・児童期に受けた“身体的虐待”や“ネグレクト”といった過度なストレス体験と,成長後のうつ病や不安障害などの精神疾患との関連性が指摘されている.本稿では,臨界期という視点から幼若期に受けたストレスが成長後の情動行動表出におよぼす影響について,幼若期ストレスを受けた成熟ラットが示す行動学的特性,特に情動機能を中心に紹介する.幼若期ストレスとして,生後2週齢あるいは3週齢時の仔ラットに足蹠電撃ショック(FS)を負荷し,成熟後(10~12週齢)に行動学的応答性を検討した.2週齢時FS群では,条件恐怖に対する不安水準の低下(文脈的恐怖条件付け試験)が観察された.一方,3週齢時FS群においては,生得的な恐怖に対する不安水準の低下(高架式十字迷路試験)および社会的行動障害(social interaction試験)が認められた.これらの知見から,幼若期ストレスによる成長後の情動行動表出には,幼若期のストレス負荷時期に依存した変化が生じること,すなわち臨界期の存在が明らかとなった.昨今の精神疾患あるいは感情をうまく制御できない子供達の増加の背景には,幼児・児童虐待の関与が指摘されている.本研究は,このような社会的問題の背景をなす精神疾患と,その発症要因の環境因子としての幼児・児童期に曝露されたストレスとの関係を科学的に解明する上で,有用な情報を提供するものである.
著者
松本 良平 須原 哲也
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.6, pp.464-468, 2007 (Released:2007-12-14)
参考文献数
15
被引用文献数
2 1

セロトニントランスポーターは多くの抗うつ薬の主要な結合部位のひとつであり,うつ病の発現に重要な役割を果たしていることが想定されている.PET(positron emission tomography)では,セロトニントランスポーターに特異結合する放射性リガンドを用いて,ヒト脳内のセロトニントランスポーターをin vivoで定量することが可能である.実際に,PET研究で,視床のセロトニントランスポーターがうつ病患者群において,増加していることが報告されており,セロトニントランスポーターがうつ病の病態に大きな役割を果たしていると推察できる.また,健常者において,うつ病の発症脆弱性が,視床におけるセロトニントランスポーターの発現と関連している可能性もPET研究から示唆されている.一方,セロトニン神経系の起始核がある中脳での有意な変化は,PET研究では報告されておらず,今後の知見の集積がまたれる.抗うつ薬のPETによる評価としては,セロトニントランスポーターに対して特異的に結合する放射性リガンドと抗うつ薬が競合阻害することから,占有率を算出して評価する方法が一般的である.PETを用いて,抗うつ薬による脳内セロトニントランスポーターの占有率およびその経時変化を測定することで,血中の薬剤濃度や半減期に比して,より適切な臨床用量や投与方法が設定可能である.実際に,既存の薬剤の再評価に加え,日本国内でも,新規抗うつ薬の治験にPETが使用されている.今後,新規の抗うつ薬の開発にPETが重要な役割を果たすことが,期待されている.
著者
笠井 淳司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.139, no.5, pp.198-202, 2012 (Released:2012-05-10)
参考文献数
34
被引用文献数
1

近年,ヒトや他の動物種の遺伝子配列が解読され,それに伴い新たなGタンパク質共役型受容体(GPCR)が発見され,これらの大部分が内因性のリガンドが不明なオーファンGPCRであることが明らかになってきた.本稿では,その中の一つで1998年に脱オーファン化したGタンパク質共役型受容体APJとその内因性リガンドであるアペリンのこれまでの研究について概説する.アペリンは13アミノ酸からなるペプチドで,その配列はマウスからヒトまで保存されている.APJはアンジオテンシンII受容体AT1とヘテロダイマーを形成することでアンジオテンシンIIの血圧上昇作用を阻害する内因性の拮抗システムとして機能していることが示されている.その他,アペリン–APJシステムは,血管内皮細胞に対し強力な増殖作用を示し,様々な生理的な血管形成および,病態時の血管新生に関与していることが明らかになってきた.さらに,既存の血管内皮増殖因子(VEGF)によりAPJの発現が,塩基性繊維芽細胞増殖因子(FGF2)やアンジオポエチン/Tie2システムによりアペリンの発現がそれぞれ上昇することから,既存の主要な血管新生因子とのクロストークが示されている.一方で,細胞内シグナルでは,VEGFなどのPKC/Raf/MEK経路とは独立してAkt/mTOR/p70S6キナーゼを介して細胞増殖作用を示すことが報告されている.また,アペリンは低酸素に誘導されることや,糖尿病網膜症などのマウスモデルにおいて発現上昇が生理的な血管形成時よりも劇的に高いことから,虚血性血管新生が関与する病態形成に強く関与することが考えられる.これらの疾患では抗VEGF中和抗体が臨床応用され始めたが,それに伴いいくつかの問題点が挙げられている.そのためVEGFシグナルとは独立した経路を持つアペリン–APJシステムを標的とした新規治療薬がこの問題点を解決できる可能性が考えられる.
著者
小林 真之 藤田 智史 越川 憲明
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.128, no.5, pp.309-314, 2006 (Released:2006-11-14)
参考文献数
8

Sharp grass electrodeを用いた細胞内記録法は,in vivo,in vitroを問わず多くの実験系で行われ,多くの成果を上げてきた.その一方で,現在,ニューロンの機能解析に関してはパッチクランプ法によるアプローチが全盛である.しかしsharp grass electrodeを用いた細胞内記録法には,細胞質のwashoutを最小限に抑えられること,成熟動物標本へ適用しやすいといったパッチクランプ法に勝る長所がある.また,記録細胞にbiocytin等を注入して染色する場合,sharp grass electrodeを用いれば細胞外への漏れがほとんどなく,極めて美しい標本を作成することが出来る.したがって細胞内記録法は,パッチクランプ法では得ることが困難な情報を引き出せる手法であり,お互いを相補的に用いることによって,より多くのニューロンの情報を解析することが出来る.本稿では,脳スライス標本を用いた細胞内記録法について,パッチクランプ法と比較しながらその手技を紹介する.
著者
若尾 昌平 出澤 真理
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.145, no.6, pp.299-305, 2015 (Released:2015-06-10)
参考文献数
18

組織幹細胞の一つである間葉系幹細胞は骨髄や皮膚,脂肪などの間葉系組織に存在し,様々な細胞を含む集団から構成されているが他の組織幹細胞とは異なり,発生学的に同じである骨や脂肪,軟骨といった中胚葉性の細胞だけでなく,胚葉を超えた外・内胚葉性の細胞への分化転換が報告されている.このことから,間葉系幹細胞の中には多能性を有する細胞が含まれている可能性が考えられていた.我々は,これらの一部の間葉系幹細胞の胚葉を超えた広範な分化転換能を説明する一つの答えとなり得る,新たな多能性幹細胞を見出し,Multilineage-differentiating stress enduring(Muse)細胞と命名した.Muse細胞は胚葉を超えて様々な細胞へと分化する多能性を有するが腫瘍性を持たない細胞である.また,その最大の特徴として,回収してそのまま静脈へ投与するだけで損傷した組織へとホーミング・生着し,場の論理に応じて組織に特異的な細胞へと分化することで組織修復と機能回復をもたらす点がある.すなわち生体に移植する前にcell processing centerにおいて事前の分化誘導を必ずしも必要としない,ということであり,静脈投与するだけで再生治療が可能であることを示唆する.本稿ではこれらMuse細胞研究の現状と一般医療への普及を目指した今後の展望について考察したい.
著者
本多 真
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.6, pp.422-426, 2007 (Released:2007-06-14)
参考文献数
11
被引用文献数
1

睡眠障害はQOLを障害する大きな問題であり,その重要性が認識されるようになってきた.本稿では不眠症,過眠症,概日リズム睡眠障害,睡眠随伴症について,頻度の高い疾患をとりあげ,その症状と病態,さらに非薬物療法を含めた治療の現況を概説する.また最近進展している睡眠科学の知識に基づき,新規の睡眠覚醒調節に関わる分子や経路を標的とする,新たな薬物療法開発の可能性について紹介する.
著者
舩田 正彦 青尾 直也
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.2, pp.128-133, 2007 (Released:2007-08-10)
参考文献数
16
被引用文献数
1 1

薬物が示す多幸感および陶酔感を経験し,薬物乱用を繰り返すことにより「自己制御が困難になった生物学的状況」を薬物依存(drug dependence)という.薬物依存という概念は,薬物を欲求している状態にある「精神依存(psychological dependence)」と薬物が生体内に存在する状態に適応し,断薬すると退薬症候が生じる「身体依存(physical dependence)」に分類されている.薬物依存の本質は精神依存であり,動物実験においては動物が示す薬物摂取行動や報酬(reward)効果を解析することにより,薬物依存性を評価できると考えられる.薬物の精神依存性を評価する方法としては,薬物自己投与法(self-administration paradigm)が最も信頼性の高い方法として使用されている.また,条件付け場所嗜好性試験(conditioned place preference paradigm)は,薬物の報酬効果を評価する方法とされ,実験操作が比較的簡便で,短期間での依存性評価が可能であり広く使用されている.さらに,薬物摂取時の自覚効果を利用して,依存性薬物との類似性を解析する薬物弁別試験(drug discrimination paradigm)も行なわれている.本稿では,当研究部において実施している条件付け場所嗜好性試験を中心に,薬物の精神依存評価方法を概説する.その妥当性と問題点を踏まえ,薬物の依存性を評価するための依存評価システムの構築について考えてみる.
著者
笹 征史 西 昭徳 小林 和人 佐野 裕美 籾山 俊彦 浦村 一秀 矢田 俊彦 森 則夫 鈴木 勝昭 三辺 義雄
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.122, no.3, pp.215-225, 2003 (Released:2003-08-26)
参考文献数
29
被引用文献数
1 2

(第1章)大脳基底核回路は,運動制御,動作選択,報酬予測などの重要な脳機能を媒介する.神経伝達物質ドパミンはこれらの脳機能の制御において必須の役割を持つ.ドパミンの作用は,ニューロン活動の頻度の調節ばかりでなく,その活動のパターン形成にも関与する.ドパミンD2受容体を含有する線条体−淡蒼球ニューロンは,ドパミンに依存する運動協調作用において二重の調節的な役割を持つ.(第2章)ラット線条体のアセチルコリン性介在ニューロンへ入力するGABA性シナプス終末に存在するD2タイプ受容体活性化により,N型カルシウムチャネルが選択的に遮断され,GABA遊離が抑制される.また,このシナプス前抑制は,D2タイプ受容体とN型チャネルとの共役を保ちつつ,生後発達に伴い減弱する.大脳基底核関連機能と老化,関連疾患の発症年齢,新しい薬物治療といった臨床医学的見地からも興味深い.(第3章)中脳辺縁系ドパミン神経の起始部に相当する腹側被蓋野からドパミンニューロンを単離した後,細胞内遊離Ca2+濃度を測定し,orexin-A,methamphetamine,phencyclidineの作用を解析した.ドパミンニューロンはこれらの刺激に応答し,細胞内遊離Ca2+の増加およびCa2+チャネルの活性化が認められた.ドパミン神経は精神·行動異常や睡眠·覚醒の制御に関与しており,その細胞分子機構として細胞内遊離Ca2+の増加およびCa2+チャネルの活性化が重要であると考えられる.(第4章)DARPP-32は線条体に選択的に発現し,ドパミン情報伝達の効率を制御するリン酸化タンパクである.DARPP-32はリン酸化される残基によりプロテインホスファターゼ1抑制タンパク(Thr34)やPKA抑制タンパク(Thr75)として作用する.グルタミン酸はイオン共役型NMDA/AMPA受容体や代謝型グルタミン酸受容体を介してDARPP-32リン酸化を調節しており,DARPP-32はドパミン作用とグルタミン酸作用を統合する分子機構として重要である.(第5章)我々は,統合失調症の病態発生と神経幹細胞の関係を検討している.これまでに得られた結果は次のようである.(1)成熟ラットの頭部にX線照射を行うと移所行動量が増大した.(2)統合失調症患者のリンパ球内では,very low-density lipoprotein receptor(VLDLR),leukemia inhibitory factor(LIF),LIF受容体のmRNA発現量が増加していた.(3)ドパミンD1受容体選択的作動薬は海馬歯状回の細胞新生を促し,統合失調症の陰性症状を改善した.
著者
木戸 博 Chen Ye 山田 博司 奥村 裕司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.122, no.1, pp.45-53, 2003 (Released:2003-06-24)
参考文献数
16
被引用文献数
2 2

インフルエンザウイルスの生体内増殖に個体由来のトリプシン型プロテアーゼが必須で,ウイルスの感染性発現の決定因子になっている.最近このプロテアーゼ群の解明が進み,気道の分泌型プロテアーゼのトリプターゼクララ,ミニプラスミン,異所性肺トリプシン,膜結合型トリプシン型プロテアーゼ群が相次いで同定された.これらのプロテアーゼはそれぞれ局在を異にするだけでなく,ウイルス亜系によってプロテアーゼとの親和性を異にして,ウイルスの増殖部位と臨床症状を決めている.一方これらのプロテアーゼ群に対する生体由来の阻害物質の粘液プロテアーゼインヒビターや肺サーファクタントが明らかとなり,合わせて個体のウイルス感染感受性を決める重要な因子となっている.小児のインフルエンザ感染では,aspirin,diclophenac sodium服用時のライ症候群や,解熱剤を服用していない患者でも見られる急速な脳浮腫を主症状とする致死性の高いインフルエンザ脳症が社会問題になっている.インフルエンザ脳症発症モデル動物を用いた我々の研究から,このインフルエンザ脳症の原因として,インフルエンザ感染と共に脳血管内皮細胞で急速に増加するミニプラスミンが,血液脳関門の障害と血管内皮細胞でのウイルス増殖に,直接関与していることが明らかとなってきた.さらにミニプラスミンの血管内皮での蓄積を裏付けるミニプラスミンやプラスミンのレセプターが,発症感受性の高い動物の血管内皮で見いだされた.これらのことからインフルエンザ脳症は,発症感受性遺伝子,発症感受性因子の検索に研究の焦点が絞られてきた.本総説では,我々の研究を中心に最近の知見を紹介する.