著者
山田 文雄
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.61, no.1, pp.55-68, 2021 (Released:2021-03-10)
参考文献数
129

九州大学農学部動物学教室の教授であった内田照章先生の追悼記念として,本稿では特にネズミ研究に注目して,今から100年前に創設された同教室と,73年前から開始されたネズミ被害対策研究の取り組みを述べ,わが国のネズミ被害や対策の歴史との関係を述べた.ネズミ被害の多かった太平洋戦争後の1950–1980年代において,同教室は四国,九州,奄美群島,沖縄諸島および海外の南洋諸島におけるネズミ対策研究や基礎的研究を行い,また従来からわが国で広く使用されていた殺鼠剤と天敵動物に関する効果の評価や天敵動物の使用上の警告などを行った.このような取り組みは,わが国では当時としては先駆的であった.今後の課題としては,生物多様性と生態系保全のために,特に,捕食性哺乳類が元来生息していなかった島嶼の外来種ネズミと定着した天敵動物の外来種対策を総合的に実施する必要があると考える.
著者
江成 広斗 渡邊 邦夫 常田 邦彦
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.55, no.1, pp.43-52, 2015 (Released:2015-07-04)
参考文献数
14
被引用文献数
7

2014年5月に鳥獣保護法は改正され,増加傾向にある野生動物の捕獲事業は今後より重視されることとなる.戦後,ニホンザル(Macaca fuscata)は狩猟鳥獣から除外されたものの,農作物被害の軽減を目的に捕獲は増加の一途をたどっており,その数は2010年に2万頭を超えた.捕獲は被害対策のオプションとして以前から各地で採用されてきた一方で,その実態や有効性についてこれまでほとんど検証されてこなかった.そこで,これからのニホンザル捕獲施策の効果的な運用に資することを目的に,本種の捕獲を実施している全国の542市町村を対象に,現行の捕獲事業の実態とその有効性を評価するアンケートを2009年に実施した.回答数は366,回収率は67.5%であった.主な結果として,(1)特定鳥獣保護管理計画の策定割合が高い東日本を含め,多くの市町村で「有害鳥獣捕獲」による駆除が重視されている,(2)捕獲は市町村が主体となり猟友会に一任する構図が全国共通である,(3)曖昧な捕獲数の算定根拠が各地の市町村で散見される,(4)捕獲手法として銃の利用が全国共通で主流である一方,多頭捕獲が可能な中・大型罠による捕獲は近畿・東海・四国に限られる,(5)多くの市町村で捕獲効果の有効性について判定できておらず,その原因としてモニタリング体制の不備,及び捕獲目的の曖昧さが考えられる,(6)多頭捕獲を実施している市町村で被害軽減効果が実感されているケースがある一方で,多くの市町村で捕獲技術が普及していない,などが確認された.これらの結果をもとに,本稿ではニホンザル捕獲という対策オプションの今後の課題について考察した.
著者
山田 文雄
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.46, no.1, pp.99-102, 2006 (Released:2007-06-26)
参考文献数
10
被引用文献数
4
著者
池田 透
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.46, no.1, pp.95-97, 2006 (Released:2007-06-26)
参考文献数
7
被引用文献数
6
著者
安田 雅俊 船越 公威 南 尚志
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.55, no.1, pp.21-25, 2015 (Released:2015-07-04)
参考文献数
15
被引用文献数
2

2013年12月から2014年2月まで,鹿児島県大隅半島南部の低標高の照葉樹林において,巣箱と自動撮影カメラを組み合わせた方法でヤマネGlirulus japonicusの活動性を調査したところ,冬期に20日以上の間をあけずに,しばしば撮影された.調査地における調査期間中の日平均気温の平均値は9.0°C(範囲:3.5~16.8°C)で,ヤマネが冬眠入りする目安とされる気温(8.8°C)と同程度であった.九州南部のヤマネは冬眠期間が短いか,冬期の暖かい時期に一部の個体が冬眠から覚醒して活動している可能性がある.また,暖冬などの気候条件によっては冬眠しない個体の出現が予想される.
著者
大森 鑑能 細井 栄嗣
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.61, no.2, pp.239-247, 2021 (Released:2021-08-26)
参考文献数
38

ブナ科堅果類は様々な野生動物の秋冬季の重要な食物資源であることが知られているが,被食防止物質としてタンニンを含んでいる.タンニンによる収斂性を測定し,その強さが異なるコナラ属のコナラ(Quercus serrata),クヌギ(Q. acutissima),アラカシ(Q. glauca)及びシイ属のツブラジイ(Castanopsis cuspidata)の4種を用いて,野生の哺乳類を対象にカフェテリア試験を行った.その結果,データ数が少なく断片的であるものの,タヌキ(Nyctereutes procyonoides)は収斂性の比較的強いコナラ属堅果よりも収斂性の弱いツブラジイの採食時間が有意に長かった.タンニンに対して唾液タンパク質などの生理学的な対応策を持つ堅果類消費者も報告されているため,タヌキをはじめとした中大型哺乳類に関しても,生理学的な研究を展開することが望まれる.
著者
山澤 泰 高木 俊人 兼子 伸吾
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.63, no.2, pp.179-184, 2023 (Released:2023-08-03)
参考文献数
29

モグラ類は地下適応を遂げてきた小型哺乳類であり,飼育研究で得られた繁殖に関する知見は少ない.本研究では,アズマモグラ(Mogera imaizumii)を対象に,飼育中に出産した母親とその仔3個体を用いて,先行研究で開発されたマイクロサテライトマーカーが,本種の個体識別や親子判定に利用可能か検証した.さらに父親の遺伝子型を推定し,交尾に関わったオスの個体数を明らかにするとともに,先行研究における山形県の3地点の野生集団の遺伝子型データを用いた再解析から,マーカーの個体識別率について評価した.その結果,12遺伝子座のマーカー中10遺伝子座で明瞭なピークが得られ,本研究で対象とした親子について,父親の遺伝子型を高い確率で推定でき,仔3個体の父親はオス1個体のみである可能性が示唆された.また先行研究における山形県の遺伝子型データの再解析から,これらマイクロサテライトマーカーを用いた個体識別や親子判定が可能であり,モグラ類における繁殖生態の解明への有用性が示された.
著者
中本 敦 佐藤 亜希子 金城 和三 伊澤 雅子
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.49, no.1, pp.53-60, 2009 (Released:2009-07-16)
参考文献数
32
被引用文献数
2

沖縄諸島におけるオリイオオコウモリPteropus dasymallus inopinatusの分布と生息数に関する調査を2005年8月から11月と2006年4月から5月に行った.調査した25島のうち,新たに8島[伊是名島,屋我地島,奥武島(名護市),瀬底島,藪地島,奥武島(南城市),瀬長島,阿嘉島]でオオコウモリの生息を確認し,これまで生息が記録された島と合わせて19島となった.沖縄島の周辺各島で見られる個体群は,沖縄島の個体群サイズに対して,数頭から数十頭と非常に小さいものであった.また,その個体数は沖縄島から遠い距離にある島ほど小さくなる傾向が認められ,50 km以上離れた島では生息が確認できなかった.このような分布パターンから沖縄諸島で見られる個体は沖縄島からランダム分散した個体であると思われた.
著者
伊藤 隼 佐藤 真 山崎 裕治
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.62, no.2, pp.247-255, 2022 (Released:2022-08-10)
参考文献数
33

The racoon (Procyon lotor) is an invasive alien species with an expanding distribution throughout Japan. Given that racoons have a negative impact on ecosystems and agricultural crops, management and control of their population is required. In Toyama Prefecture, where the distribution has not been clearly defined, we investigated the current distribution based on claw marks of the racoon and camera traps. We found claw marks of them at 94 (48.7%) of 193 survey sites in the lowlands of Toyama Prefecture. The 94 sites were located in the eastern and western areas of the prefecture. We also recorded one incidence using a camera trap survey, suggesting a low population density of racoon in Toyama Prefecture. Our results showed that within different areas of Toyama Prefecture, the population density of racoons varied. Thus, it is necessary to devise management strategies that are specific to each area.
著者
中園 美紀 岩佐 真宏
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.55, no.1, pp.59-65, 2015 (Released:2015-07-04)
参考文献数
14

本研究では,地表棲小型哺乳類の生態研究への応用を目的とした自動撮影センサーカメラの使用法を検討した.まず通常の水平方向での撮影を行ったところ,被写体はきれいに撮影されるものの,種同定に重要な情報になり得る体サイズを把握することができなかった.そこで,被写体の焦点距離を一定にできるよう,三脚に自動撮影センサーカメラを固定して上方から垂直方向に撮影する方法を試行した.その際,地面には10 mmメッシュの方眼が描かれたカッターマットを敷き,そのマット中央に誘因用の餌(オートミール)が入った釣り用のサビキカゴを固定して設置した.またカメラバッテリーを24時間以上維持させるため,撮影のインターバルを1分間とした.その結果,ほぼ一定の倍率で被写体が撮影され,体サイズを計測することが可能になり,尾長等からドブネズミRattus norvegicusやヒミズUrotrichus talpoidesは容易に同定可能であった.一方,形態の酷似するアカネズミApodemus speciosusとヒメネズミA. argenteusは,眼球直径と左右の眼球間の外縁幅と内縁幅の差を用いることで正確に同定できた.さらに本使用法により,アカネズミの活動時間帯について,2013年11月~2014年10月に神奈川県藤沢市石川丸山谷戸で調査したところ,日没前後から日出前までの時間帯に撮影されたことから,先行研究と同様,本種はほぼ夜行性であることが示唆された.したがって,本研究で検討した自動撮影センサーカメラの使用法は,地表棲小型哺乳類の生態研究に活用できることが明らかになった.
著者
長谷川 政美
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.60, no.2, pp.269-278, 2020

<p>近年のDNA塩基配列解析は,真獣類の系統関係についてさまざまなことを明らかにしてきた.そのなかでの大きな発見の1つが,真獣類は系統的にはアフリカ獣類,異節類,北方獣類という3大グループに分類できるということである.このことは,真獣類の初期進化に大陸移動による超大陸の分断が関わっていることを示唆する.しかし,超大陸の分断だけで,3大グループの間の分岐を単純に説明することはできない.これには,DNA塩基配列解析の第2の大きな成果である分岐年代推定の問題が関わっている.進化の過程でDNAの塩基置換が蓄積する速度は,さまざまな要因によって変動するので,文字通りの分子時計は成り立たない.しかし,分子進化速度の変動を考慮に入れて分岐年代を推定する方法が整備されてきた.そのような方法により,真獣類の3大グループの間の分岐は,超大陸の分断よりも新しいという証拠が集まりつつある.このことは,超大陸が分裂した後も,地質学的な時間スケールでは,大陸間で海を越えた漂着などによって生物相の交流が続いたことを示唆する.こうして真獣類の進化は,大陸移動に伴う超大陸の分断と,幸運に恵まれてはじめて成功する海を越えた漂着という2つの要因が絡み合って進んできたことが明らかになってきたのである.DNA塩基配列解析の第3の大きな成果は,現生生物のゲノム情報から祖先の生活史形質や形態形質などを推定できることであろう.本稿では,2017年に吴らが開発したゲノム情報から祖先形質を推定するための統計手法を解説し,それを真獣類の生活史形質の進化の問題に適用して得られた結果もあわせて紹介する.</p>
著者
高田 靖司 植松 康 酒井 英一 立石 隆
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.54, no.1, pp.89-94, 2014-06-30 (Released:2014-06-30)
参考文献数
24

隠岐諸島をはじめ,本州から九州におけるカヤネズミ(Micromys minutus)の12集団について,下顎骨の計測値にもとづき,多変量解析(主成分分析,正準判別分析)をおこない,地理的変異を分析した.その結果,下顎骨について,全体的な大きさ(第1主成分)には集団間で差は認められなかったが,形(第2–第3主成分)には集団間で有意な差が認められた.特に,第2主成分は島の面積との間に有意な相関が認められたので,何らかの要因が形態変異に作用した可能性がある.正準判別分析では,隠岐諸島の集団間で形態変異が認められた.この変異には島の隔離に伴う遺伝的浮動が働いたと考えられた.しかし,下顎骨の大きさ(第1主成分)について集団間で差がみられず,また,遠く離れた地域の集団間で形態的な違いがみられなかった.これは,Yasuda et al.(2005)が明らかにしたように,日本列島におけるカヤネズミの低い遺伝的多様性を反映しているかもしれない.