著者
赤羽 由起夫
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
vol.37, pp.104-118, 2012-10-31 (Released:2017-03-31)
被引用文献数
2

本論の目的は,少年犯罪と精神疾患の関係の語られ方の内容とその歴史的な変遷の分析を通じて,1990年代以降の少年犯罪の医療化の特徴を明らかにすることである.そのために本論が分析資料として用いるのは,終戦から現在までの『朝日新聞』,『毎日新聞』,『読売新聞』の縮刷版から選出した精神疾患に言及のある少年犯罪の記事,および精神疾患についての記事である.分析の結果,明らかになった知見は,次の三点である.第一に,終戦から1970年代までに少年犯罪と関係づけられて語られた主な精神疾患には,精神分裂病,精神病質,精神薄弱,ノイローゼがある.第二に,1990年代以降に少年犯罪と関係づけられて語られた主な精神疾患には,行為障害と発達障害がある.第三に,1990年代以降の少年犯罪の医療化の背景には,第一に,精神疾患が指摘されやすい「普通の子」による少年犯罪が社会問題化したことと,第二に,教育問題までも包含する精神疾患として行為障害と発達障害の概念が登場したことがあげられる.
著者
津島 昌寛
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.8-20, 2010-10-01 (Released:2017-03-30)
被引用文献数
1

一般の人々がイメージする貧困は終戦直後の日本に代表される貧困(絶対的貧困)であるという.しかし,今や日本の貧困は質量的に大きく変容した.犯罪との関連で考える場合,貧困を絶対的貧困としてとらえること(金に困って食べ物を盗む)は適切とはいえないだろう.貧困問題が叫ばれる時代,貧困と犯罪の複合的な関係をあらためて問い直すことが必要である.本稿の目的は,貧困と犯罪を主題とする欧米の既存研究を検討し,貧困と犯罪との関連性を探ることである.まず,貧困の概念を整理するとともに,不平等など類似の概念とのちがいをさぐる.そのうえで,貧困と犯罪の理論的関連性を多面的な角度から明らかにする.その結果,貧困と犯罪は関係があるが,直接的因果関係でないことがわかった.しかし他方で,貧困は分岐的に変化しており,他のさまざまな社会的・文化的要因を介して,もしくは相互に触発し合い,犯罪行動の発生に影響をあたえていることが確認された.したがって,さまざまな間接的影響をあわせた,貧困が犯罪にあたえる総合的影響は小さくないようにおもわれる.最後に,犯罪社会学として今後取り組むべき貧困と犯罪に関連した研究課題をいくつか提示する.
著者
田中 智仁
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
vol.43, pp.42-56, 2018-10-20 (Released:2020-03-20)

2010年から全ての万引きが警察へ通報されることになったが,万引き対策には多様な価値観が反映されており,店舗内処理も残存している.本稿の目的は,万引き対策の歴史的変遷を概観し,文化的側面と保安警備業務に着目した上で,万引きに関する有識者研究会(東京都)の報告書の意義と課題を明らかにすることである.16-19世紀の欧米では主に百貨店で中流階級以上の女性による万引きが多発し,被疑者を捕捉するために警備員が配置されるようになったが,階級とジェンダーの意識が根強く,穏便な対応をせざるを得なかった.日本でも20世紀前半に万引きが女性犯罪と見做され,その要因は店舗にあると指摘された.戦後は万引きが少年犯罪と見做されるようになり,保安警備業務成立後も就業や就学に支障がないように店舗内処遇が一般化した.しかし,万引きが高齢者犯罪となったことで,従来の対策を転換する必要に迫られた.報告書は高齢者の万引きに特化した稀少な研究成果であり,認知症の影響や店舗要因説をエビデンスに基づいて検証したこと等に大きな意義がある.一方で,警備員が高齢者を選んで捕捉する可能性を検証すること,被疑者像を高齢者に固定化しかねないことが課題である.
著者
岡村 逸郎
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
no.38, pp.110-123, 2013-10-15

本論は,犯罪被害者を「こちら側」だとし「自分が犯罪被害者になりえる」という形で人々の不安を表象する新聞報道の言説に注目する.そして,その言説がどのような過程で成立したのかについて明らかにする.この言説の成立過程には,「犯罪被害者等給付金の支給に関する法律」が成立するまでの通り魔言説が大きく関わっていた.本論はその過程を分析することを通して,三菱重工ビル爆破事件と「通り魔的」という言葉の誕生が現在の犯罪被害者問題の起源であることを明らかにする.
著者
速水 洋
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.47-66, 1987 (Released:2017-03-30)

Advocacy of human rights free from authoritative powers has been more intensified recently. The standpoint of protection of such human rights often tends to maintain that the regulations of pre-delinquency violate juveniles' human rights through their abusive application. It is right in part. Overemphasis of this risk, however, may overlook another fact that these regulations at the same time defend juveniles from factors which may deteriorate their lives. Consequently, socially handicapped boys and girls will be deprived of their human rights in dual senses: First, through the damage by social handicap; second, by being neglected in the community. The regulations and application of them are by no means without any problems. This article, however, attempted to show their validity from the latter aspect of protecting juveniles' human rights against harmful social factors, through presentation of a pre-delinquent's case and statistics related to pre-delinquency.
著者
近藤 日出夫
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
no.33, pp.157-176, 2008-10-20

女子少年による殺人で,最も多いのは今も昔も嬰児殺である.近年,妊娠中絶,できちゃった婚,シングルマザーなど望まない妊娠に対する選択肢が増加したにもかかわらず,女子少年による嬰児殺は横ばいのまま推移し,根絶させるに至っておらず,現在でも女子少年による嬰児殺の背景にある問題は十分に解決されたとはいえない.そこで本稿では,最近5年間に嬰児殺を犯した女子少年について,資質的特徴に基づいて,抑制型,不安定型,未熟型の3つのタイプに分け,それぞれのタイプごとに異性関係の持ち方,家族関係の特徴などから嬰児殺に至る背景要因を分析した.親に過剰な気遣いをするなど,自らの率直な感情表現を抑えがちであったタイプを抑制型,家庭的な問題を背景に情緒面での安定が図られてきていないタイプを不安定型,困難場面における問題解決能力に劣り,状況に依存した受動的な生き方を選択してきたタイプを未熟型とし,分析した結果,タイプごとに妊娠から犯行までの経緯もそれぞれ特徴があることを明らかにした.
著者
佐藤 哲彦
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
vol.28, pp.82-95, 2003

本稿は犯罪の質的研究において科学性・合理性を保証する説明方法に関して論じたものである.ここではとくに,シンボリック相互作用論にもとづく薬物使用の質的研究における代表的二研究を取り上げ,そこで採用されたデータ収集と説明の方法が,どのような形で科学性・合理性を保証し得たのか,あるいはし得なかったのかを論じている.そして最後に,科学性・合理性を保証し得なかった方法における問題点を克服するための新たな方法を提案している・具体的にはまず,リンドスミスによる分析的帰納にもとづいた阿片依存の研究を取り上げ,この研究が,調査対象者との会話やインタビュー,医学文献にもとづいた質的な研究であるとはいえ,仮説演繹法を用いたものであることが明らかにされる.そのことにより,科学的な質的研究の方向の一つが示される.次に,ブルーマーらによる記述的な薬物使用者研究を取り上げ,この研究が,同じく調査対象者へのインタビューや彼らとの討論にもとづいたものではあるものの,調査対象者の世界を合理的には説明できていないことが明らかにされる.そして,その問題を乗り越えるために,ディスコース分析の手法を導入することが提案される.
著者
小林 良樹
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
vol.37, pp.119-133, 2012-10-31 (Released:2017-03-31)

本稿は,都道府県公安委員会に対する苦情申出制度に関して,「警察に対する国民の信頼の改善方策」の観点から考察を加えることを目的とする.具体的には,「警察に対する国民の信頼を改善するための有効な方策の一つとして都道府県公安委員会に対する苦情申出制度の活性化が考えられる」,「そのためには同制度に対する国民の認知を向上させることが肝要である」との仮説の検証を試みる.分析・検証の結果,「苦情申出制度の利用は極めて低調である」,「同制度に対する国民の認知が極めて低いことがその原因の一つと考えられる」旨がある程度検証された.したがって,苦情申出制度に対する国民の認知を高めることは同制度の利用率の向上につながり,ひいては警察に対する国民の信頼の向上に資するものと推察される.警察に対する国民の信頼の現状は必ずしも盤石ではない.今後とも警察が私企業,NPO/NGO,地域社会等の多様なアクターとの連携を一層強化するとともに,新たな犯罪情勢に対応するべく捜査権限の強化を目指すのであれば,信頼の一層の向上に努める必要がある.こうした信頼改善の努力の中で,苦情申出制度の改善は避けては通れない問題と考えられる.
著者
櫻井 悟史
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
vol.42, pp.91-105, 2017 (Released:2018-10-31)

本稿では,なぜ日本は死刑を存置し続けるのかという問いについて検討する.特に1948年3月12日 の最高裁判所での新憲法下における死刑制度合憲判決に着眼し,当時の死刑/絞首刑と「残虐」観が いかなる関係にあったのかについて,占領期という歴史的・社会的背景(=「時代と環境」)から読み 解くことを目的とする. 分析対象は,アメリカ国立公文書館Ⅱの資料,当時の刑法学者たちの論文,アルフレッド・オプラー の回想,朝日新聞・読売新聞といった新聞記事である. 分析の結果,先行研究で指摘されるような占領期に死刑廃止の機会を逸したというよりはむしろ, 占領期という「時代と環境」が死刑制度を存置する要因の一つであったことが明らかとなった. アメリカではすでに絞首刑が廃 すた れて久しいことに鑑みるなら,死刑制度合憲判決が出された当時の 「時代と環境」は大きく変わったと考えられる.それゆえ,法学的な視点のみならず,歴史的社会的な 視点からも,死刑制度合憲判決における「時代と環境」を再考する必要があるというのが本稿の結論 である.
著者
岡邊 健 原田 豊
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
no.31, pp.118-133, 2006-10-18
被引用文献数
1 1

大都市を擁するQ県の非行記録を用いて,1986年生まれコホートの非行経歴の分析を行った結果,以下のような知見が得られた.(1)16歳時点の累積実検挙者率は,男子で10%,女子で4%であり,男子では78年コホートに比べて非行の裾野が広がっているとはいえないが,女子では非行の裾野が広がっていると思われる.罪種別にみると,自転車盗・占有離脱物横領の実検挙者数が多い.(2)年齢別の実検挙者数でみると,ピークは男女とも15歳である.(3)総検挙回数の平均は,男子が1.5回,女子が1.3回である.男女とも,繰り返しの回数がピークに達するのは15歳である.(4)初回の検挙から48週以内に再検拳されるのは,再犯時の罪種を考慮しない場合,20%弱,同一罪種での再検挙だと6%程度である.凶悪犯・租暴犯やオートバイ盗で再犯率が高い.(5)罪種の特化傾向は,凶悪犯・粗暴犯で男女ともに比較的高く,オートバイ盗は女子で高い.また,区悪犯・粗暴犯の全体に占める割合でみるかぎり,非行の回次が進むにつれて,個人内で非行の深化が起きていると推定される.
著者
岡村 逸郎
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
no.40, pp.87-99, 2015-10-30

本稿の目的は,「対等」な支援者-被害者関係にもとづく犯罪被害者支援の言説が,犯罪被害者救済に従事してきた被害者学者によってなぜ形成されたのか明らかにすることである.分析の対象は,被害者学,刑事法学,ないし刑事政策を専門とする学者の論文・著書である.精神科医は,「専門家」が救済対象を選別することによって,救済者-被害者関係を「対等」でないものとして捉えることが,さらなる2次被害ひいては3次被害を被害者に与える加害行為だと批判した.2次被害の概念は,被害者学者がこれまでおこなってきた救済の活動を加害行為に反転させてしまうという意味で,かれらにとってネガティブな側面をもった.被害者学者は,このネガティブな側面が精神科医の対抗クレイムによって顕在化したために,「対等」な支援者-被害者関係にもとづく犯罪被害者支援の言説を形成した.
著者
大庭 絵里
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.122-139, 1988
被引用文献数
1

This paper aims at considering the subjective aspect of news organization as a definer of deviance. This study is based on the research interviews with reporters and editors working in newspaper companies done in 1987. In this paper, news is viewed as a "social reality" constructed by news organization. The main purpose of this paper is to consider the structure and social meaning of the so-called criminal reporting, focusing on the process of news making activities. Firstly, news selection process is examined in view of articulating factors sustaining newsworthiness. Second, news work is analyzed in terms of organizational work and its relationships with the source organization. Finally, function of criminal reporting, that is, visualizing deviance by the media (newspaper) is discussed. Newsworthiness is a measure for selection of news, and the judgement is not only based on the action but also on the attributes and careers of the actor. News story as reality is constructed by news organization based on the definition by the source organization (the Police). In the process of news making, major social norm and value system are used so that the news story makes sense for the readers. Telling the boundary between deviance and control, news on "criminal case" legitimatize the police action and lead the readers to follow the ideology of the order of control.
著者
近藤 日出夫
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
vol.34, pp.134-150, 2009

本研究は,発達的背景と問題行動歴に着目して,殺人を犯した男子少年の類型化を試みるとともに,殺人に至る機制の違いなどを明らかにすることを目的とした.2001年から2006年までの5年間に,殺人を犯して少年鑑別所に収容された男子少年73人を分析の対象とした.彼らが発達過程のどの時期に,どのようなリスク要因等を被ってきたのかを,家庭環境,学校場面,問題行動歴などの領域ごとに調査し,そのデータに潜在クラス分析を適用することによって,殺人少年の類型化を試みた.分析の結果,外在化型,内在化型,遅発型の3類型を導き,それぞれの発達経路なども踏まえて,その特徴を明らかにした.外在化型は早期から窃盗や暴力などを繰り返していたグループであり,不良交友関係を背景とした集団による殺人が多かった.内在化型は,家庭や学校場面における不適応状態が慢性化していたグループであり,単独犯や親族殺が多かった.遅発型は,本件直前までは何とか表面的な適応状態を維持できていたグループであるが,集団追従的又は状況圧力に耐え切れずに本件に至る場合が多かった.
著者
島田 貴仁 雨宮 護 菊池 城治
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
no.35, pp.132-148, 2010-10-01
被引用文献数
2

近年,日本では,近隣での防犯対策が広く行われるようになったが,これらの防犯対策が一般市民の犯罪の知覚へどう影響しているかの実証研究は少ない.本研究では,近隣での防犯対策として青色防犯パトロールと犯罪発生マップ掲示を実施している首都圏の1市で住民調査(回答数1,171名)を実施し,防犯対策の認知が犯罪の知覚に与える影響を階層的重回帰分析で分析した.犯罪の知覚を個人-地区,認知-感情の2軸からなると考え,個人の被害リスク認知と犯罪不安,地区の治安評価と満足感の4つを目的変数とした.各目的変数を回答者のデモグラフィックなど統制変数のみで説明するモデルと,統制変数に防犯対策の認知を加えて説明するモデルとを比較したところ,防犯対策の認知は被害リスク認知,地区の満足感に対して有意な影響を与えていた.青色防犯パトロールは,パトロール車両を見た回答者の被害リスク認知を高める一方,地区の満足感を低めていた.一方,犯罪発生マップの掲示は,その内容を確認した回答者の地区の満足感に影響していたが,被害リスク認知や犯罪不安には影響していなかった.近隣での防犯対策の選択への含意が議論された.
著者
山内 祐司
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
no.29, pp.114-127, 2004-10-18

この論文は,学校との社会的絆がどのようにして問題行動を抑制するかについての説明を試みたものである.「社会的絆は,感受性と規範意識を向上させ,その結果問題行動を抑制する」という仮説を立て,2002年2月に実施した高校生女子385名に対する質問紙調査のデータにより,学校の問題行動抑制機能を観察した.得られた知見は以下の5点にまとめることができる.1 社会的絆の問題行動抑制機能は,絆が感受性と規範意識を高めることによるという仮説は否定されない.ただし,感受性と規範意識が絆をつくるという逆の関係も否定されない. 2 問題行動をする友人との絆により逸脱的な規範の取り入れが起こり,その結果問題行動が促進されるという仮説は否定されない.ただし,逸脱的な規範が問題行動をする友人との絆をつくるという逆の関係も否定されない. 3 教師との絆の問題行動抑制効果は強く,学校に関する要因の中で最も強い抑制効果を生み出している. 4 友人との絆の問題行動抑制機能はデータ上では観察できない. 5 学習を中心とした学校活動へのコミットメントは,「学校の信用失墜への配慮」という感受性及び規範意識をそれぞれ高め,その結果問題行動を抑制するという仮説は否定されない.ただし,感受性と規範意識が学校活動へのコミットメントをつくるという逆の関係も否定されない.
著者
高橋 征仁
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
no.32, pp.60-75, 2007-10-20

中学から高校,大学へと進むにつれ,日本の青少年は,一部の周縁的な規範に対して否定的反応を示すようになる.しかしそれは,規範意識の<低下>傾向を意味するのではない.むしろこの現象は,規範を分類するまなざしが高次化することで生じている.このことを明らかにするために,本稿では,規範どうしの類縁性やその精緻化プロセスに焦点を当てて道徳的社会化を捉える「類縁化アプローチ」を提唱したい.青少年の道徳的社会化とは,社会的経験が広がるなかで,幼児期以来の様々な禁止の意味を問い,自分の手で規範として分類し直すことで,道徳意識を再組織化するプロセスである.この類縁化アプローチにもとついて,山口県青少年調査(1992〜2004年)の非行観データを再分析したところ,対象者の非行観が,単純な善悪二元論(白黒2値)から,6つの規範モジュールの複合(6階調のグレースケール)へと高次化していくことが確認された.ヤンキー型規範を基準とした場合,最初に消費恋愛型や性規範型のモジュールが分化し,次に生活規律型が分化し,さらにタバコ型が分化し,最後にズル型が分化していた.他方,1990年代以降の時代的変容をみると,タバコ型と性規範型の類縁性が溶解し,喫煙や飲酒は,不健康型へとその意味を変質させていた.
著者
上野 加代子
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
vol.31, pp.22-37, 2006

リスク社会の統治論で知られるロベール・カステルらのポスト規律秩序の議論は,ひとりひとりの逸脱者の矯正や正常化を目的とする規律型統治から,人口を対象とした保険数理的なリスク統治への移行を説いている.しかし,現実にはリスク社会には,保険数理的なリスク統治だけでなく,規律型統治も認められるという指摘がなされている.本稿では,この両タイプがリスク社会の統治モデルとしてどのように関連しあっているのかを,日本の児童虐待問題からみていく.具体的には,1990年代から児童虐待問題への危機意識が形成されてきたなかで,個人の内面に焦点をあてた,規律型のテクノロジーの現代的形態である心理療法的なアプローチと,保険数理的なリスクアセスメントによる虐待防止の両方が,児童虐待対策のなかで不可欠なものとして位置づけられてきた過程を概観していく.児童虐待防止対策が,心理化と同時に保険数理化していることを,ケリー・ハナ-モファットの「ハイブリッド道徳・保険数理刑罰」から示唆をえて,「心理と保険数理のハイブリッド統治」として考察したい.
著者
伊藤 康一郎
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
no.31, pp.74-85, 2006-10-18

リスク社会化と厳罰化という,本来,矛盾する二つの動向が同時に進行する事態が,現在,状況的に先行する英米のみならず,日本においてもまた,出現している.この矛盾する動向の交差は,いかなる理由により生じているのか,また,その交差は,現代社会の犯罪統制を,いかなる方向に変化させようとしているのか.本稿においては,この解明のために,まず,(1)リスク社会化と厳罰化の交差における矛盾を摘示し,(2)両者の交差において,特に厳罰化の理由としてあげられる「ポピュリズム」の出現と,対抗する「プロフェッショナリズム」の関係を位置付け,(3)その交差の根底にある,法的な統制,規律的な統制,保険数理的な統制という犯罪統制の三種の型の,現時点における競合と接合の複層的な展開を解析し,(4)結果として,そこに生みだされる可能性としての,排除社会の到来に対して,いかなる手立てを取りうるのかを検討する.その解明においては,以上の論点をめぐる,英米の犯罪学の先行的な論議を整理し,実践への方向を見いだしてゆくことが中心となるが,その作業を通し,今後,日本においても可能性として生じうる,排除社会の到来に抵抗する,論議の素材を提供したい.