著者
加藤 清 藤繩 昭 篠原 大典
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.167-178, 1959-03-15

〔Ⅰ〕 実験精神病研究の歴史をみるに,古くはKraepelinがアルコール,モルヒネ,トリオナール,ブローム化合物などを用いて実験的に精神病を惹起せしめ,とくに内因性精神病の病因論の研究に役立てようとし,またその弟子等もコカイン,ハッシュシュあるいはメスカリン酩酊などの精神病理学的研究を行つているのであつて,この種の研究は,すでに19世紀末より,今日まで続いてきたといえる。ただ今日では,メスカリンよりアドレノクロームに至る,種々の幻覚誘発物質の生化学的研究が進み,とくにその分子構造内にインドール核をもつHalluzinogen(D-リゼルグ酸ジェチルアミドすなわちLSD-25,ハルミンあるいはブフォテニンなど)が注目され,実験精神病研究に拍車をかけた。なかでも部分合成された麦角製剤であるLSD-25は,極めて微量(体重1kgにつぎ0.5〜1γ,すなわちメスカリンの約1/1000)で精神障害を惹起しtrace substanceとしてmodel psychosisの生化学的解明,また精神病理学的分析,および治療的応用などに,多大の便宜を与えている。 LSD-25は1943年BaselのHoffmannが麦角アルカロイド研究中,眩暈を伴う不穏感と共に,活発な幻想のある酩酊状態に襲われたことから,偶然発見された。その後1947年Stollがその精神症状を始めて系統的に記載した。すなわち知覚の障害,思考過程の障害,気分の変動を伴う意識変容(乃至夢幻)状態などが,現象学的に記載され,さらに種々なる植物神経症状をも伴うことが認められ,LSD酩酊現象は,非特異的な急性外因反応型に属するものと考えられた。Condrau(1949)は精神病者におけるLSD酩酊現象を観察し,Stollの知見を補い,続いてBeckerは感情-衝動領域および志向領域の障害をLSD精神障害の基本的なものとして,その症状を躁-多動的および抑制-離人症的の二型に分けた。われわれも50例(対照例15例,神経症24例,分裂症11例)における70回の実験精神障害(LSD投与量50〜175γ)において,以上の諸家とほぼ同様な現象を精神病理学的に考察した。ただその状態像は,われわれが先に内因性の間脳症に観察しえた症状と類似する点が多い。すなわちその成立要因としては,やや図式的にいうと,心的エネルギーの動揺,気分状態に規定された意識変容の様態等の要因に加えて,とくにこの心理的エネルギーの動揺が,「心的緊張力」の低下となつて現われ,その結果,時には,自我障害を中心とした,豊富な精神症状を出現せしめることもあり,LSD酩酊現象も,急性間脳症と類似の現象様態を呈すると考えられた。事実,LSD酩酊状態では,幻覚症,躁的あるいは抑うつ的気分状態,二重見当識を伴つた人格意識の障害,その他種々なる間脳-脳下垂体症状を中心とする植物神経症状の合併などがある。これらの諸事実よりわれわれと同じくStaehelinも急性間脳症と考えたが,Condrauもまたアテトーゼ様運動の出た例を観察して,LSD酩酊には間脳が関与していると指摘した。次に,LSD症状が典型的且つ強烈に現われた対照例A. S(男子28才)のLSD酩酊の状態を記載してみよう(LSD服用量75γ)。
著者
井貫 正彦
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.922-924, 2006-08-15

本誌2006年2月号の書評に紹介されたこの本は,SSRIにより自殺のリスクが増加するという副作用が黙殺され,その後訴訟に発展した薬害事件の経緯を詳述している。以前,厚生省(現厚生労働省)に勤務していたとき,薬害エイズ事件を経験した筆者にとって,震撼とさせる非常にショッキングな内容であった。筆者もまた,書評者同様,著者,監修者,訳者の勇気に拍手を送りたい。これに触発され,筆者はparoxetineによる性機能障害について取り上げたいと考えた。後述する通り,決して頻度は低くはなく,深刻な副作用であると考えられるにもかかわらず,日本ではあまり注目されず,製薬企業は添付文書で十分な注意喚起を行っていないのみならず,この副作用に対する製薬企業の対応には理解に苦しむ点があるからだ。 筆者は,挙児希望を契機に,paroxetineによる射精遅延に気づいた,パニック障害の30歳代男性患者の症例を経験した。本症例ではparoxetine 20mg/日を使用していたが,射精遅延に気づいたためfluvoxamine 50mg/日に置換したところ,速やかに症状は消失した。
著者
平沢 一
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.229-237, 1962-04-15

Ⅰ.序説 執着性格は下田により初めて提唱された。この性格と躁うつ病(下田・王丸・向笠)および初老期うつ病(中およびその共同研究者)とが密接な関係を有することは,多数例においてすでに明らかにされているが,その具体的な性格像および執着性格により生ずるうつ病像の症候論的な研究は乏しいように思われる。 著者は昭和33年10月より36年10月までに京都大学の精神科の外来および入院のうつ病患者の中から「執着性格」を示す105例を選び,つぎの諸点を検討した。
著者
野本 文幸
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.829-835, 1987-08-15

抄録 9歳女児の一卵性と考えられる双生児に同時期に認められた,食物の吹出しと犬の遠吠え様の持続的捻り声を示す病態を経験した。本双生児たちは,実母と但母(実母の姉)とによって別々に育てられたが,両家は近所にあるため患児達もよく一緒に遊んでいた。2人の感冒罹患時,それまでA(姉)には食物の吹出しが,B(妹)には唸り声が認められ,2人一緒に二人部屋に入院したことを契機に,入院した翌朝には食物の吹出しがAからBに,捻り声がBからAに伝播し,以後2人とも全く同じ症状を示した。そして,2人の分離によってAの吹出しと捻り声,Bの吹出し,つまり伝播した症状,は速やかに消失した。 本例は双生児間の感応精神病(ヒステリー感応型)と考えられ,いわば「双生児間相互感応型」と称せられる病態であった。また,患児達の示した捻り声は,ヒステリー性失声に対して「ヒステリー性発声」と呼べることを報告した。
著者
鈴木 康譯 星野 良一 藍澤 鎮雄 大原 健士郎
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.561-568, 1981-06-15

抄録 母親(57歳)・息子(26歳)の間でみられたfolie à deuxについて,心理学的背景とその経過を中心に,臨床精神医学的な考察をおこなった。発端者は息子であり,劣位者であるはずの息子から優位者である母親に妄想が伝播しており,西田の『二重の結合』があてはまる。息子の妄想発症には,わずかな刺激で動揺する感情面の未熟さ・敏感さが関係しており,心因反応性に生じている。継発者の母親において妄想が強固であるが,①思考の発展性や可塑性が十分といえず細かいことに拘泥しやすいこと,②主観性の高いこと,③内的洞察力の不足,等といった心理状況が大きく左右していると思われる。従来folie à deuxの心理機制として,同情と共感・被暗示性などが言われているが,上記の事実も無視できない。なお,本症例では,経過中に母子心中未遂がみられているが,それがfolie à deux解体の動因となっていることも注目される。
著者
新井 弘 柏瀬 宏隆
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.951-956, 1992-09-15

【抄録】 父親(夫)に対し母・娘・息子が被害妄想を抱いた感応精神病の1例を報告し,その発症から治癒までの経過中にみられた家族病理の変化,継発者の関与の過程を考察した。発端者は母親,継発者は15歳の娘と10歳の息子であり,2人の継発者で感応現象が異なっていた。すなわち,娘は母の精神異常に積極的に関与し,母の周囲に対する被害妄想に感応した後は,母と一緒に,妄想に共感しなかった父へと妄想の対象を移していった。他方,息子は父と母・娘との対立関係の中で,心因性けいれん発作を起こした後,消極的関与のまま父への被害妄想を抱くようになった。このような2人の感応過程の様態から,娘は積極的関与型,息子は消極的関与型の感応精神病と分類される。継発者を積極的関与型と消極的関与型という視点からみれば,感応精神病の治療への反応性が予測されうると考えられた。
著者
三田 俊夫 酒井 明夫 上田 均 藤村 剛男 中村 正彦 伊藤 欣司 坂本 文明
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.983-989, 1993-09-15

【抄録】 憑依症状群(キツネ憑き)を中心とするfolie à troisの2例を報告した。発端者はいずれも精神分裂病であり,「家」のうちでは中心的役割を果たし,共同体の文化的脈絡にそって生活していくべき立場にあった。1例は山村,他例は漁村が舞台となっているが,いずれにおいても発端者と継発者とは,地域の民間信仰と俗信を絆として互いの緊密な結びつきを保ち,それを土台に互いの病像を支持し合い,強め合うという傾向が顕著に認められた。従来,本病態の発生には,外部とは隔絶された,長期にわたる同居の期間が必要とされてきたが,本例では,地域と家庭双方における民間信仰の共有が,いわば心性という次元で同居と同様の状況を作り出していると考えられる。これらのことより,本病態の発生因として,従来重要視されてきた遺伝的近接と環境的近接に加えて,地域の伝統風俗や習慣に土台を持つ,信仰,思想上の近接が重要な役割を果たしうることが示唆された。
著者
加藤 秀明 白河 裕志
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.100-102, 1996-01-15

牛蒡種(ゴンボダネ)とは,牛蒡種筋と呼ばれる家系があって,その筋の者に憎悪や羨望などの感情を持たれると,牛蒡種の生霊が憑いて精神異常を来すとされる岐阜県飛騨地方特有の憑きもの俗信である。筆者らは先に牛蒡種憑依4例について報告3)したが,その後新たな症例を経験した。地方特有の憑きもの俗信に基づく憑依現象の発症はそれ自体稀なことであるし,前報告でみられなかった症状を呈したので,追加報告する。
著者
和気 洋介 藤原 豊 青木 省三 黒田 重利
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.437-440, 1998-04-15

身体の特定の部位に限局して,奇妙な異常感覚を持続的に訴える一群の症例はセネストパチーと呼ばれている。これら体感の障害は精神分裂病,うつ病,器質性疾患などの1症状として現れる広義のセネストパチーと,異常感覚のみが単一症状性に持続する疾患概念としての狭義のセネストパチーとが区別されている5)。セネストパチーは頭部,口腔内,胸腹部,四肢,皮膚などに限局し,持続的にまた執拗に訴えられることが多いが,特に口腔内の異常感覚を訴えるものは頻度も多く,歯科で対応に苦慮しているのが現状である。 今回,我々は口腔内の奇妙な異常感覚を主症状として狭義のセネストパチーに位置づけられると思われた18症例について,その臨床的特徴を検討し,診断的位置づけ,薬物反応性,歯科との協力関係のあり方などを考察した。
著者
挾間 玄以 楠見 公義
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.265-270, 2004-03-15

抄録 症例は72歳,女性。抑うつ気分や精神運動制止などうつ病類似の症状で発症。症状は抗うつ薬で一時軽快するも再燃し抑うつ状態が遷延化した。その後,パーキンソニズム,認知機能低下が認められ,拒絶症や認知機能の変動も顕在化した。quetiapine少量投与(50mg/日)により,これらの症状の部分的改善が得られた。同薬の増量はパーキンソニズム増悪のため困難であり,donepezilの少量(0.5ないし0.75mg/日)を併用投与したところ拒絶症や認知機能の変動は消失した。quetiapineやdonepezilは少量投与でもDLBの精神症状改善に有効である可能性が示唆された。
著者
野田 寿恵 木村 哲也 坂本 英史 矢吹 すみ江 秋山 剛
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.293-295, 1999-03-15

国際疼痛学会では,痛みを「組織の実質的あるいは潜在的な損傷を伴い,このような障害を表す言葉を使って述べられる不快な感覚,情動体験」と定義している11)。痛みに伴う情動とは,主に抑うつ,焦燥,不安などであり,慢性疼痛の患者に抑うつ症状が出現した場合,しばしば抗うつ剤などの向精神薬が投与される。また,うつ病が合併した慢性疼痛に対して,電気けいれん療法が有効であったとする報告が,1946年以来いくつかみられる8)。今回我々は,ペインクリニック科での様々な疼痛治療や向精神薬の投与で,症状の改善をみなかった慢性疼痛の症例7例に対して,無けいれん通電療法modified electroconvulsive therapy(mECT)を本人の告知同意のもとに施行した。7例の中で,改善が得られた症例と改善が得られなかった症例の臨床的特徴を比較し,慢性疼痛に対する無けいれん通電療法の適応について若干の考察を加えた。
著者
村山 昌暢
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.191-200, 2018-02-15

はじめに 窃盗とは,広辞苑(第6版)によれば“他人の財物をこっそりぬすむこと。また,その人”,万引きは“買い物をするふりをして,店頭の商品をかすめとること。また,その人”とされる。 種々の窃盗に対する刑罰が記載されていた古代のハンムラビ法典(紀元前1700年代),旧約聖書のモーセの十戒(紀元前300年頃以前)中の窃盗を禁ずる文言,本邦の古事記(712年)中の,古代の皇族の部下の窃盗の話など,窃盗は,貴賤を問わず古代からなされてきた犯罪行為である。そのうち“万引き”が始まったのは,大量消費社会が具現された16世紀のロンドンで,“shoplifting”の語が人口に膾炙するのは17世紀末である16)。 さて,その窃盗を種々の理由で繰り返す人々,中でも,盗むという衝動に抗しきれず窃盗を繰り返す人たちがいる。その盗みは,通常の意味での物欲や金銭欲によるものでなく,いわば窃盗のための窃盗である。自己の窃盗衝動を制限できず,多くはそのリスクに見合わない少額の万引きを繰り返し,悩む。罰金,懲役など司法処罰でも,馘首,家庭崩壊など社会的制裁でも,その窃盗は止まらない。それが窃盗症〔クレプトマニアk(c)leptomania,以下,本症〕である。筆者の常勤する特定医療法人群馬会赤城高原ホスピタル(以下,当院)にはそのような人たちが,連日訪れる。 何らかのストレスの回避あるいは発散の方策として,衝動的になされた1回の万引きの成功〜快体験を機に,以後,種々の葛藤に面した時に,同様の万引きをなすことが時に無防備に繰り返され,あるいは徐々に巧妙化,大量/高額化するのが本症である。本症についての精神医学的知見が未だに乏しい中,この分野で際立った臨床体験を有する竹村は,これを「窃盗症は衝動性の障害として発生し,嗜癖問題として進行する」,と表現している20)。 現在,本症に対しては,Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders(DSM)とInternational Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems(ICD)での診断基準が広く使われている。両者は,合併症,鑑別診断での違いもあるが,内容の大部分は共通しており,ともにこの“当人の立場に鑑みて,割に合わない”,“異常な衝動性”およびその衝動性による問題行動が“繰り返し現れる”という“病的な習慣性”に焦点を当てた診断基準であると考える4,24)。 本稿では,過去の国内外の代表的なテキストや,現在の国際的診断基準におけるこの障害の記述を振り返りながら,また,当院での臨床体験も踏まえ,本症の本質を論じてみたい。 本症は,ギャンブル障害,インターネット使用障害,買い物嗜癖,性嗜癖,摂食障害などとともに,精神医学的には行動嗜癖の一つとされる。精神障害としての常習窃盗,クレプトマニアは古くからある病名であるが,行動嗜癖の中でも最も治療体験と研究の蓄積が少なく,実態の解明が遅れている。当院とその関連医療施設の京橋メンタルクリニックでは,常習窃盗症例の登録システムを構築しており,両医療施設で筆者らが診療しあるいは相談にかかわった症例は2008年1月から2017年10月の9年10か月で1,700例に達した。なお,クレプトマニアの邦訳名としては,“病的窃盗”,“窃盗癖”などが使われてきたが,アメリカ精神医学会による『DSM-5精神疾患の診断・統計のマニュアル』(2013)では,日本精神神経学会によって新しく“窃盗症”が採用された。以下,本稿でもこの“窃盗症”を用いるものとする4)。 一般的に常習窃盗は,①経済的利益のために金目の物品や金銭を盗む職業的犯罪者,②飢えて食物や生活必需品を盗む貧困者,③金があるのに些細なものを盗む病的窃盗者,の三種類に大別される。もちろん現実にはこれら三種の境界型,混在型,移行途上型など分類困難なタイプや,これら以外の熱狂的なコレクター(収集狂,蒐集嗜癖)や知的障害による常習窃盗も存在する。日常用語になった感のある日本語の“窃盗癖”は,広く②,③型両者の常習窃盗を意味し,必ずしも③型窃盗と同等ではない。本稿では,窃盗症は③型窃盗の一部であって,DSM-5の診断基準によって精神障害と診断される常習窃盗とする21)。
著者
高橋 晶
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.897-910, 2020-06-15

抄録 新型コロナウイルスCOVID-19が世界中で猛威を振るっている。日本でも感染対応に大きく揺れている。 感染症とメンタルヘルスの歴史は古く,人類の歴史でもある。COVID-19対応で精神医療者に求められているものは,感染した患者へのサポート,対応している医療者へのサポート,一般市民への対応,スティグマ対応,各自の医療機関のメンタルヘルス対応のシステム構築,精神疾患を持つ患者の感染陽性例の外来・入院対応,医療者自身のケアとラインケアなど多岐にわたっている。喫緊の課題として日本の医療崩壊の危険性が大きな問題になっている。このウイルスの特殊性に伴う感染制御の難しさがあり,精神科病院での外来,入院に関して細かい配慮が必要である。また高いストレス下の医療者を支援することで,結果的に地域を間接的に支援することに繋がる支援者支援が重要である。 今回は新型コロナウイルス感染症に伴う精神,心理,公衆衛生・産業衛生的課題と対応について述べたい。
著者
佐藤 謙伍 小林 聡幸 齋藤 暢是 佐藤 勇人 須田 史朗
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.339-345, 2019-03-15

抄録 高齢化社会の現在,精神科病院での看取りが増えている。本稿では栃木県内の精神科病院(282床)の20年間(1996年1月〜2015年12月)の計251名の死亡診断書を調査し,器質性精神障害(F0圏)と統合失調症(F2圏)の入院患者の死因について比較した。精神科的診断はICD-10分類でF0圏が115名,F2圏が79名,その他が23名,記載がないのが34例であった。F0圏の患者の死因では呼吸器感染症が63%と最多であった。F2圏の患者では呼吸器感染症が39%と最多で,悪性腫瘍,消化器疾患,突然死がそれに続いた。死亡時年齢はF0圏に比してF2圏では約10歳若かった。F2圏では抗精神病薬の長期使用や,患者など種々の因子が患者の予後に影響していることが他研究から推察されるため,さらなる研究が望まれる。
著者
定永 恒明 定永 史予 八尾 博史
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.921, 2001-08-15

Torsades de pointesとはQRS波が螺旋状に極性を次々と変えていく多形性心室頻拍である。通常数拍〜十数拍続いて自然停止するが,時として心室細動へと移行し突然死を来すこともある危険な不整脈である。心電図ではQT延長を伴って出現することが多い。その原因として遺伝性QT延長症候群以外には薬剤の副作用が多い。薬剤では抗不整脈薬の副作用による場合が最も多いが,抗生物質,抗真菌薬,向精神薬でも出現することがある。向精神薬(特に抗精神病薬,抗うつ薬)には抗不整脈薬であるキニジン様の薬理作用を有することが多く,心電図上QT延長を来すことが少なくなく,精神科領域での突然死にはQT延長を背景とした不整脈によるものが多いといわれている。通常,心拍数で補正したQTc値で440msec以上をQT延長と診断している。 国立肥前療養所の向精神薬内服患者(平均クロルプロマジン換算量1,000mg/日)350人による検討では,約50%の患者のQTcが440msec以上であり,さらに5%の患者ではQTcは500msec以上であった。この検討では専門医がQT時間を測定したが,通常の心電図の自動解析によるQT時間測定にはかなりの誤差がみられることが多いので注意が必要である。
著者
中尾 武久 二宮 英彰 藤原 正博 池田 暉親
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.935-939, 1981-09-15

抄録 逆さ眼鏡を使用した場合,逆転してみえる外界への適応の過程,すなわち,知覚的,行動的適応の機序をより詳細に検索するために,4人の被検者を用いて各種実験を行なった。 まず適応の過程についてみると,実験第1日では視野の動揺が著明で,外界はゆれ,現実性(reality)を失ない,書字・文字の判読は不能である。また自分の目的とする行動をなしとげるまでの時間が長く,拙劣であった。しかし,これらは実験日を追うごとにほぼ回復し,実験最終日には普段に行なっている行動はほぼ支障なくでき,自転車にのる程度までに回復した。また,視野の動揺による不快感,外界の異和感などは経時的に減少するのに対し,逆さ眼鏡を除去して歩行した場合にみられる船酔に似た眩暈感は次第に増強する傾向を示した。以上の所見の外に,眼球運動の経時的変動の所見をあわせ,適応の過程の神経生理学的意義について考察を加えた。
著者
岡田 尊司
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.174-177, 2019-02-15

少し前までは,「性格で悩んでいる」という人が多かった。今でも,境界性,自己愛性,回避性など,自分やパートナーがパーソナリティ障害ではないかと来院するケースは少なくないが,それ以上に増えているのは,自分が発達障害ではないかとか,愛着障害ではないかと相談にやってくるケースだ。 そもそもパーソナリティなるものが存在するかや,人格の否定と誤解されかねない「パーソナリティ障害」という用語が適切かという議論は,ここでは措くとしても,パーソナリティという複雑な統合体を相手にするよりも,そのベースにある発達(遺伝要因など生得的要因の強い特性)や愛着(養育など心理社会的要因の強い特性)からアプローチしたほうが,問題が明確になる場合もあるだろう。ただ,部分の合計が全体とは限らず,たとえば自己愛性パーソナリティ障害のように,パーソナリティというレベルで問題を理解することが有効な場合もある。パーソナリティ障害とされるものの多くは,発達や愛着の課題も抱えているが,どちらか一つの観点では,剰余が多すぎるということになる。
著者
岡田 俊
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1385-1391, 2019-12-15

抄録 神経発達症は,幼少期から認められる認知と行動の偏りであり,そのために日常生活に支障を来すものをいう。いずれの神経発達症特性も,それ自身は病理的ではなく,質的,量的な差異に過ぎず,むしろ当事者には社会における不適応感として認知されやすい。神経発達症の診断においては,このような生きづらさと特性との関係を伝えるとともに,その切り分けについても明確化するなど,心理的な配慮が求められる。近年では「発達障害」概念が広く認知されるようになったが,同時に多くのスティグマを伴っている。神経発達症は,まだ明確な輪郭を持たない障害概念であり,この輪郭を生物学的に明確にする試みを継続する一方,現状においては生きづらさの原因となり得る特性として,支援の対象として位置付け,当事者および周囲の人々に特性の理解を進めていくべきである。
著者
宮本 忠雄
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.657-658, 1975-06-15

春もまだ浅い3月17日の夕刻,周囲の人たちの祈りも空しく,先生はついに永眠された。「春は人が淋しく秋は自然が淋しい」とはいうものの,華やいだ陽光をふたたび眼にすることもなく逝かれた先生は,私どもの心に人の世のもっとも深い淋しさを遺されたことになる。元来,先生はそうお弱いほうではなく,むしろ壮健な日々を送っておられたし,だから,昨年9月にお体の不調を訴えられ,お顔の色が冴えなくなってからも,それはたまたま発見された高血圧のせいで,まさか当時すでに死の病がひそかに進行しはじめていたなどとは,夢にも思われなかった。 およそ死というものは,不条理なかたちでやってくることが多いものだが,島崎先生の場合にもそれは例外ではなかった。よく知られているように,先生は昭和42年,50代のちょうど半ばで,多忙な大学教授の職を辞め,同時にあらゆる世間的な役職からも身をひいて,それ以後は「もう一回の人生」を志ざし,ご自身のことばによれば「一兵卒」として出なおされた。たしかに,その後,数年間のうちに『孤独の世界』や『生きるとは何か』といった力篇を発表され,これらは「第二の人生」の豊饒な実りを私どもに告げるかのようだった。還暦の祝賀(昭和47年11月25日)の折にも,ご夫妻で来られたうえ,当時検討をすすめておられた造型心理学の一端を門下に講義されるなど,意欲に満ちたそのお姿には世の常の衰退のきざしや前兆は微塵も感じられなかった。けれども,お仕事の内容からみると,それら晩年の思索は,ほのかな春のかおりを漂わせていたあの『感情の世界』からはあまりに遠く,いわば冬の思想とでもいってよいものだった。事実,先生はなぜか,孤独や老年や不治の病や死など人間の逃れられぬ宿命の問題に,まるで魅入られでもしたかのように,ひたすら専念され,それを講演でもエッセイでも執拗に追求された。生前最後のご本となった『生きるとは何か』はとりわけ人間の臨終の場面を鬼気せまるタッチで描き,また,これも生前最後のご講演と思われる第12回日本病院管理学会総会での特別講演「患者の心理」(昭和49年10月17日)も癌患者の心理を迫真的に説いて,参加者につよい感銘をあたえられたと聞く。そのうえ,最後のご本は,先生によれば「遺書がわりに書いた」といわれ,しかも,いつになくそれを,親しい方々はもちろん,門下の全員に署名入りで贈られた。
著者
清水 義雄 岸口 武寛
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1227-1229, 2008-12-15

はじめに 過敏性腸症候群(IBS)の診断基準は,慢性的に腹痛や腹部不快感があり,下痢あるいは便秘などの便通異常を伴い,症状を説明する器質的疾患や生化学的異常が同定されないものと定義されている3)。IBSでは緊張場面での症状出現や予期不安による行動制限がよくみられ,IBSとパニック障害との関連については詳しく報告されている2,9)が,意外なことに社会不安障害(SAD)との関連についての報告は乏しい。今回我々は,IBSの背景にSADの存在が明らかとなり,その治療について示唆に富む症例を経験したので報告する。