著者
西村 康
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1261-1269, 1976-12-15

I.はじめに 青森県,秋田県および岩手県の北部には,盲女が修業を積んで職業巫イタコとなり,神憑りによって人格変換を来し,死者の口寄せ(霊媒),加持祈祷を行なうことが,今日もなお広くみられる。このうち青森県の八戸市を中心にした南部地方のイタコについての民俗学的研究では,桜井がイタコの人生史,修業過程,職能,組合組織についての詳細な報告をしており,とりわけ神憑りを可能にするために施行する補助的手段としての側面を持つオシラアソバセやオシラ祭文に注目している6)。しかし桜井によれば,口寄せ,祈祷,まじないなどの巫業内容や人生史,修業については他地区のイタコと同じであるという。すなわち南部地区の巫覡7)たちもまじないとして,いわゆる加持祈祷を行ない,病気・禍厄などの原因を神にうかがい,それを除去するための祈祷を行ない,また失踪者や行方不明者,遠出の家族の消息,失せ物の所在などをあて,結婚や建築普譜に関する日取りの吉凶を占い,さらに病気に関しては治療の方法,受診すべき医師の方角を占い,こうして地域住民の生活の主要な出来事に関与している。ところが南部地方においては,津軽のゴミソ6,8),下北地方のカミサマ6),陸前地方のミゴサン9)に相当する巫覡の存在の報告は極めて乏しく,わずかに直江が高山稲荷神社で大正4年からゴミソに神習教の教導職免許状の斡旋をした地域分布が八戸・三戸・九戸の南部地方にも及んでいることを報告し8),ゴミソが南部地方にも存在する可能性を示しているにすぎない。また精神医学的な報告を概観すると,懸田ら2)および中村3)は,青森県におけるシャーマニズムの社会精神医学的研究を行ない,昭和32年から35年にかけての調査の中で,南部地方のイタコおよびカミサマを扱っている。そしてここでも,イタコ以外のカミサマが南部地方ではとくに,イタコの数に対して非常に少ない(八戸市ではイタコ23人に対してカミサマ1〜2人)と報告している。 では八戸市を中心にした南部地方にはイタコ以外の巫覡の分布はそれほどまでに少なく,地域住民生活に及ぼす影響力は無視できるかというと,われわれが次節で述べるように,じつは南部地方の巫覡は意外にも多数存在しており,彼らの地域住民生活への関与度も高く,また名称としてはカミサマ,カミサン,別当サマ,別当サンと呼ばれ,津軽のゴミソ,下北のカミサマ,その他の地方で呼ぶ行者,拝み屋,祈祷師などに一致するもののようである6)。さてこれらのイタコ以外の民間宗教者は,羽黒教,扶桑教などの教派神道の教師も含めて,カミサマあるいは別当サンと呼ばれ,祈祷・祓・卜占などを主に行なうが,口寄せはしない。また男女を問わず,イタコとちがってすべて目明きであり,入巫過程は修業を必要とせず,巫具もイタコのもつオダイジ(オンダイズ)やイラタカの数珠などの特定のものはなく,太鼓や幣束を使うものが多い。そして教団組織との関係を持ち,信仰の対象となる祭神名・仏菩薩名がカミサマ・別当サン自身に付けられて,稲荷様,山の神様,竜神様などと呼ばれることも多い。なお新興宗教の布教師の場合は,一部カミサマと呼ばれるものはあるが,別当サンとは呼ばれないようである。また,これらのカミサマ・別当サンはイタコ同様,住んでいる地名を冠せて,○○の別当サンと呼ばれることもある。しかしイタコも含めて,現在の南部地方のこれらの巫覡の間には縄張りはみられず,信者は何人ものイタコやカミサンをたずね歩いている。この点について,桜井は津軽イタコに縄張りがあることを報告している6,8)が,南部イタコの縄張りの有無については一切ふれていない。しかし南部地方の現状についていうと,信仰者が何人もの巫覡をたずね歩く点について,民間では「10人のカミサマにきいて,7人以上のカミサマの言ったことを守ればよい」ということになっているらしい。なおイタコとカミサマに対する一般の信用度については,イタコのほうが当たるという人が多いが,じつはイタコは,医療の進歩に従って盲人が少なくなってきたこと,盲人の職業としてアンマ・マッサージ師の道がひらけてきたこと,イタコの修業が非常につらいことなどから,イタコの後継者が少なくなり,その数全体が減少してきているのである。またカミサマ・別当サンの中で「当たる,当たらない」の評価の差が出てくる傾向がみられ,いわゆる流行神的な巫覡も出現してきている。さきに述べたように,南部地方におけるイタコ以外の巫覡の存在については報告が乏しいのであるが,われわれが知り得た限りでは,この地方の大部分のカミサマ・別当サンは,昭和30年代以前から巫業を営んでいるのである。
著者
中里 道子 児玉 和宏 佐藤 甫夫 佐藤 真理 宮本 茂樹
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1237-1239, 1997-11-15

インスリン依存型糖尿病(Insulin-dependent diabetes mellitus;IDDM)は,血糖値測定,インスリン自己注射,食事療法など,長期にわたる身体管理を要する慢性疾患である。ケトアシドーシスや低血糖などの急性合併症,網膜症,腎症などの慢性合併症を予防するためには,厳格な血糖値コントロールが必要とされる。 IDDMに精神障害を伴う場合,精神症状の管理が身体合併症の予防や長期的な予後にとって,極めて重要である。精神障害を伴ったIDDMに関する報告は少なく,精神分裂病の合併は極めてまれであると言われている。近年,幻覚・妄想を伴ったIDDMの2症例を経験した。この2症例では,小児科,精神科の協力体制が治療上有効であり,精神症状が著明に改善し,血糖値のコントロールも安定し,糖尿病の長期予後も良好に保たれている。

2 0 0 0 死別と躁病

著者
出村 紳一郎 南光 進一郎
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.39-45, 1991-01-15

【抄録】 近親者,友人との死別後に躁病が発現した4症例を報告した。症例1:43歳,女性。すでに躁うつ病の既往があったが,夫の死亡後軽躁状態となり,さらに父の死亡後躁状態となった。症例2:17歳,女性。うつ病相の既往がある。軽躁状態にあったが,自殺した友人の葬儀に出席した後,躁状態となった。症例3:38歳,女性。すでに躁うつ病の既往があったが,伯父の死亡後,うつ状態を経て躁状態となった。症例4:42歳,女性。躁うつ病の既往があった。うつ状態にあったが,友人の葬儀を手伝った後,うつ状態が増悪し自殺を企図した。その後,躁うつ混合状態を経て躁状態となった。 いわゆる「葬式躁病」(Funeral mania)の名称はよく知られているが,文献上の報告例は意外に少ない。これまでの報告例をみると,英語圏では死別した相手は,実父母,夫,息子が多く,一方,我が国では義父母が多く,両者の間に差が認められた。死別により躁病が初発した例は少なく,既往にすでに躁うつ病相があり再発した例が多かった。
著者
池田 伸 宋 龍平 来住 由樹
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.347-354, 2019-03-15

はじめに 近年の人工知能(artificial intelligence:AI)技術の発展には目を見張るものがある。「第3次AIブーム」とも言われ,産業や科学のみならず,芸術,金融,行政,司法,軍事など人間社会のおよそあらゆる領域において,その利活用が模索され始めている。 医療も当然ながらこの趨勢と無縁ではない。国内では,厚生労働省の「保健医療分野におけるAI活用推進懇談会報告書」(2017年6月27日)6)において,6つの重点領域として,①ゲノム医療,②画像診断支援,③診療・治療支援,④医薬品開発,⑤介護・認知症,⑥手術支援が挙げられており,精神科領域についても,AI技術を用いることで診療の精度が向上し得る可能性があると言及されている。 では,現在の精神科医療において,実際どの程度までAI技術の利活用が進んでいるのであろうか。試みにPubMed上でAI関連のキーワードを用いて検索を実行してみると,ヒットする論文の数は年々増加しており(図1),精神科においてAI技術の活用が確かに浸透しつつあることが窺える。 本稿では,まず精神科におけるAI活用の現状を把握する目的で,PubMedにおいて2017年に公開された論文のうち,精神科領域におけるAI活用に関連するものを選別し,扱われている臨床事象,解析対象となったデータの種類,AI活用の目的,活用されたAI技術などについて分類と集計を行う。次いで,AI活用に関連する現在の諸課題と今後の展望についても考察する。
著者
平松 洋一 清水 栄司
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1159-1165, 2019-10-15

抄録 小児期逆境体験(ACEs)とは,小児期に体験した虐待やその他の家庭内の機能不全であり,さまざまな難治性の精神疾患の背景要因として注目されてきた。うつ病とACEsとの関連性は多くの研究で言及されている。たとえば,ACEsを経験していることでうつ病のリスクが増加すること,自殺行動と関連性が強いことなどが示されている。一方で,うつ病の患者にみられる,現在の気分に一致してネガティブな記憶を想起しやすい「気分一致効果」の観点から,うつ病とACEsとの関連性に関する研究に疑問が呈されることもあるが,抑うつ症状の悪化,改善によらずACEsの評価に時間的な一貫性があるという研究もある。治療において,ACEsを背景に持つうつ病の場合は,薬物療法の効果が低下し,難治化する一方で,認知行動療法の有効性が示されている。認知行動療法の進歩の中で,特にコンパッション(compassion:慈悲,思いやり)に焦点を当てた治療技法は,ACEsを持つ難治性うつ病を改善することが期待される。また,ACEsへ直接働きかけ得る認知行動療法の技法として,抑うつ気分に伴うネガティブな視覚イメージや記憶を同定し,その内容を見直す「イメージ書き直し(imagery rescripting)」技法が欧米で実践されており,我々も,うつ病患者を対象にした本邦初のイメージ書き直しの臨床研究において,ACEsの記憶と抑うつ気分の関連性をみている。
著者
石福 恒雄
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.11-16, 1980-01-15

筆者がここで二重身体験というのは,自分がもう一人存在するという体験の総称であり,そのなかには,後に述べるようにさまざまな様式が存在し,いわゆる自己像幻視(Heautoskopie)も含まれている。それゆえ,二重身体験は幻覚の問題と深いかかわりをもっている。筆者はここで二重身体験の考察をとおして幻覚の問題を論じていくことにしたい。 二重身の場合,それは自分自身の分身なのか他者の分身なのかは一応問題にしなければならないであろう。精神病理学上はどちらも存在するが,言葉の使い方からみる限り,Doppelgangerはむしろ他者の分身という意味が本来のものである。しかし,筆者がここでいう二重身はもっぱら自分自身の二重身を指している。筆者は最近別の論文のなかで,主として分裂病者にみられる自己の二重身(以後単に二重身とする)の問題を論じたが,ここではその論点を土台にして,幻覚の問題に直接示唆を与えてくれそうないくつかの体験の局面を選びだし,それに基づいて幻覚の問題を論じることにしたい。

2 0 0 0 作話症

著者
越賀 一雄 浅野 楢次
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.15-20, 1959-01-15

Ⅰ 話をする,あるいは話を作るということが,人間の精神生活の発達の中で極めて大きな意味を持つていることは,子供の心理的発達をみても十分にうなずかれることであり,それは人間学的にも深い意義を持つている。「目は口程に物を言い」ということもあろうが,まず話をする,話を作るといえば言葉なしでは不可能であり,作話症とか妄想も根本的には言葉というものについて考えねばならないであろう。 話をするといえば,いろいろな意味があつて一概にはいえないが,話を作るといえば,そこに若干悪い意味を含んでいるようである。「あの人のいうことは作り話が多い」というのは少し非難めいた言葉であつて,はつきりいえば嘘つきということなのである。しかし大体,聴く人の注意を惹きつける上手な話は嘘の多少混じつた話であつて,ただ事実を無味乾燥にくどくどと述べただけではあまり面白くないのが普通である。話は横道に入るが,精神病医の患者の症状の記載にもそんな趣がある。ただ患者のいつたり,振舞つたりするところを忠実に述べるのみでは上手な記載とはいえないのであつて,不必要なところは適当に省略し,必要な点は強調してこそ初めて上手な記載といえると思う。勿論あまりに1ヵ所を強調しすぎて虚構の作話になるのは困る。省略,強調は精神病医が勝手にやるからといつてその記載が主観的だなどと決めてかかるのは主観客観ということを本当に弁えぬ主観的独断である。かかる点で精神病医の記載には文学に相通ずるものがあるように思う。誰かが一体妄想について果して精神病医と文学者とのいずれがこれをよく理解しているであろうかと多少精神病医に皮肉まじりに問いかけていた精神病医があつたが,これは考察に値する問題を含んだ問いかけである。
著者
森山 成彬
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.114-122, 1989-02-15

Ⅳ.Bobon以降現在まで ドイツのSnellを言語新作研究の始祖とすれば,ベルギーのBobon, J. はその中興の祖といえる。彼はまず1943年の論文9)で,それまでの諸研究を総括したあと,言語新作を欠陥症状troubles déficitairesの優位なものと,反応的な障害troubles réactionnelsの優位なものに分けた。前者は言語中枢の器質的病変も示唆され,同時に機能的な障害としても,入眠時や心的興奮時の自動的な言語活動,曖昧な表現,記憶の保持と喚起の障害,情動障害などを示すものである。後者の反応的な障害の言語新作は,①消し難い強烈な妄想体験,②新しい概念を表出しようとする努力,③非病理的な言葉の改作,④言葉の魔術性への信仰,⑤想像の世界へ埋没する代償的活動,⑥遊戯的な活動,などの側面をもつ。 Bobonが1947年に報告した症例10)は,無音の"e"を発音したり,r・t・er・ment・ancreなを語尾に加える。この患者に薬物を注射し半睡状態にすると,逆に言語新作の度合が減少することから,Bobonはこれらの遊戯的な言語新作が意志的なものであるとした。別な症例11)は「アクロバット的」な言語新作をし,日本語の話し言葉を〈evanes〉と称して,〈Jenefolenbette Serrntlesito〉を日本語だと主張する。この患者は5カ月で症状改善し言語新作をやめた。56歳の緊張病の男性例12)は,年月を経るに従ってparalogie→schizophasie→言語新作へと進展する。その言語新作は方言を組み合わせたもので,Bobonは戯れの機制を指摘した。Bobonはさらに1952年には自説を集大成して,言語新作の全体像を整理する13)。
著者
森山 成彬
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1290-1295, 1988-12-15

I.はじめに 言語新作néologismeとは,新しい言葉あるいは,既存のとは異なる新しい表現の謂である71)。Lantéri-Laura, G. ら51)によれぱ,néologismeという語の初出は1735年で,哲学書のなかで使われ,科学・技術用語の創出,および死語や外国語からの借用による新語をさしていた。しかし,その実体は言語体系そのものの独創から,言葉の意味の微妙なズレまで多様であり,それが次頁表のように,多種の類語を派生させる理由にもなっている。 こうした言語新作を精神分裂病者が生み出してきた事実は,多くの精神医学者の注目をひき,その研究史は少なくとも19世紀中葉まで遡ることができる。彼らはそこに病者の体験が凝集されていると信じ,様々の症例を集め検討した。
著者
酒井 明夫
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.725, 2010-07-15

著者ラアリーはアナール学派の俊英ジャック・ル=ゴフに学んだ歴史家である。まずは順序通りル=ゴフの序文から目を通すと,いきなりこの書の重要な位置づけが目に飛び込んでくる。ル=ゴフによれば,『中世の狂気』はジャッキー・ピジョーの一連の著作とミシェル・フーコーの『狂気の歴史』の間を埋めるものなのである。 周知のようにフーコーの前掲書は17,18世紀古典主義時代の狂気の諸相を提示し,その意味を考察した名著である。精神医学史を超えてこれが思想界全体に与えた影響は計り知れない。一方のピジョーは古代の狂気を独自の手法で読み解き,そこに詩的ともいえる深い洞察を加えた碩学である。ピジョーの視野には医書ばかりでなくおよそ古代世界の名だたる文献類がとらえられている。ピジョーとフーコーを両脇にした本書には,したがってきわめて高い評価が与えられていることになる。
著者
三浦 淳 湯浅 友典 相津 佳永
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.935-942, 2019-08-15

抄録 高照度光療法は約40年の歴史がある代表的な非薬物療法である。季節性感情障害,非季節性うつ病,概日リズム睡眠・覚醒障害などに有効である。治療方法は,角膜の位置で2,500ルクスとなる光を2時間,または10,000ルクスとなる光を30分間照射する。光源には以前は蛍光灯が使われていたが,最近では高輝度の発光ダイオード(LED)が使われている。LEDに多く含まれる短波長の光は,長波長の光に比べ,メラトニン抑制作用や生体リズム位相変位作用が強い。高照度光療法器は,以前は大型のボックス型しかなかったが,最近,サンバイザー型や眼鏡型というウェアラブルな機器が国内外で開発された。このため光療法中に他の活動もできるようになり,利便性が向上した。また旅行先への携行も容易となった。しかしウェアラブル光療法器の効果や安全性に関する研究報告は少なく,今後さらなる検討が望まれる。
著者
西園 昌久 牛島 定信 松口 良徳 野入 敏彦
出版者
医学書院
雑誌
精神医学 (ISSN:04881281)
巻号頁・発行日
vol.13, no.11, pp.1091-1096, 1971-11-15

Ⅰ.緒言 向精神薬,なかでもneurolepticsを使用するさいにはいろいろの随伴症状や副作用があらわれるのをつねとするといえるほどである。したがってneurolepticsの随伴症状としてのパーキンソン症状群やその他さまざまの副作用を軽減する目的で,Artane, Akineton, promethazine (Pyrethia, Hiberna)が一般に使われる。ことにpromethazineは必須のように併用されている。それは,neurolepticaによってひきおこされる可能性のあるアレルギー反応ことに発疹,皮膚炎さらにパーキンソン症状群やアカシジアを予防し,抑制することを期待してからのことである。また,向精神薬療法のはじまりに人工冬眠療法といわれていたころ,chlorpromazineとともに併用することでカクテル療法とよび,phenothiazine誘導体を使用するさいに欠かすことのできないものとされていた当時のなごりがそのままひきつがれているともいえよう。 ところが,neuroleptics,抗パーキンソン剤とともにpromethazineを併用している症例において,しばしば,鼻閉,口渇,目のちらつき,排尿困難などの自律神経性障害,ねむけ,あるいは全身倦怠感などの中枢神経性障害を訴えるものがある。これらは,そのような副作用がもともとneurolepticsによってひきおこされるところに,promethazineの併用によってさらに,増強されたものとみられるのである。向精神薬の導入のころは,そのような副作用よりも,それら向精神薬の治療効果の方が重視されて,副作用は患者に耐えしのぶことを求めてきた。しかし,そのような副作用がつよくあらわれてきた時に,患者の苦痛ははなはだしい場合もある。また,このごろのように,長期にわたり,向精神薬を連用するようになると,社会復帰をしてなお向精神薬は継続して服用する症例がふえてきた。社会復帰したような患者にとって,上記したような副作用をもっていることは,日常生活に支障をきたすことになりかねない。自然,多少の副作用にも耐えて治療した時代から,副作用をできるだけ少なくして治療する時代へと移行してきている。
著者
高橋 道宏 多喜田 保志 市川 宏伸 榎本 哲郎 岡田 俊 齊藤 万比古 澤田 将幸 丹羽 真一 根來 秀樹 松本 英夫 田中 康雄
出版者
医学書院
雑誌
精神医学 (ISSN:04881281)
巻号頁・発行日
vol.53, no.1, pp.23-34, 2011-01-15

抄録 海外で広く使用され,30項目の質問から構成されるConners成人期ADHD評価尺度screening version(CAARS®-SV)の日本語版を作成し,成人期ADHD患者18名および健康被験者21名を対象に信頼性・妥当性を検討した。各要約スコアの級内相関係数の点推定値はいずれも0.90以上であり,また因子分析の結果,ADHDの主症状である不注意と多動性-衝動性を表す因子構造が特定された。内部一貫性,健康成人との判別能力ともに良好であり,他のADHD評価尺度CGI-ADHD-SおよびADHD RS-Ⅳ-Jとの高い相関が認められた。以上により,CAARS-SV日本語版の信頼性および妥当性が確認された。
著者
本間 正教 加藤 秀明
出版者
医学書院
雑誌
精神医学 (ISSN:04881281)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.79-83, 2017-01-15

抄録 1990年にHoehn-Saricらは,fluvoxamineやfluoxetineといったセロトニン再取り込み阻害薬(以下,SSRI)投与中の患者5例にapathyが出現したことを報告した。今回,20歳台後半の男性の大うつ病患者に対し,escitalopramを投与したところ順調に改善し一旦寛解したものの,誘因なく急速に意欲低下を主とするapathyが出現したため,同剤を減量し,セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬であるduloxetineを上乗せしたところapathyが速やかに改善した症例を経験した。SSRIの有害事象としてのSSRI-induced apathy syndromeは海外で複数例報告されているが,本邦では少なく,escitalopramによる報告はない。SSRIにて治療中で,apathyを主とする病状悪化をみた場合は,本症の可能性を考慮する必要があることを指摘した。
著者
中島 一憲 溝口 るり子
出版者
医学書院
雑誌
精神医学 (ISSN:04881281)
巻号頁・発行日
vol.35, no.4, pp.429-435, 1993-04-15

【抄録】 我が国では稀な病態である多重人格を主とする多彩な症状を呈した解離型ヒステリーの1例を報告した。症例は19歳の女性。発現した症状は,人格交代,健忘および遁走,幻聴などであり,人格交代では,本来の第一人格とは対照的な特徴を持っ第二人格と,13歳以前の第一人格への自動的な年齢退行を示した人格の二つの交代人格がみられた。第二人格への交代には,就職や失恋体験との時間的関連が強く認められた。入院治療が症状消退に対しては有効であった。 本症例では,特有な性格特徴を基盤として,現実生活における葛藤状況からの逃避や願望充足という意義を持つ心理的防衛機制が働き,症状発現に至ったものと考えられた。また13歳時の「母親の急死」という心的外傷体験が病理性をはらみ,症状発現に関与していたと推定された。さらに人格交代に対する治療的かかわり方や心理検査についても考察を加えた。
著者
見野 耕一 中嶋 義文
出版者
医学書院
雑誌
精神医学 (ISSN:04881281)
巻号頁・発行日
vol.52, no.3, pp.211-220, 2010-03-15

はじめに 無床総合病院精神科の危機について語られることが最近目立ってきている。無床総合病院精神科の診療特徴が人的な不足などの問題を生じさせ,それがある時点を越えると危機的な状況に発展してしまう。本稿では,危機的な現状を検証し,その状況に対する臨床現場での取り組みを紹介し,今後の課題を論じてみたい。 有床総合病院精神科の施設数と精神科病床数についてみてみると,日本総合病院精神医学会の調査では,2002年度は272施設,21,734床であったが,2008年度は239施設,17,319床へと減少,すなわち精神科病床数は2002年度から比べると2割減少している。調査後も休止したり診療をやめたりする病院が続いている。地域の中核病院などの総合病院精神科病棟が医師不足などから閉鎖・縮小されたり,精神科外来そのものが総合病院から消失しており,わが国の総合病院精神科はこれまでにないほど危機的な状況にさらされている5)。日本病院団体協議会の調査によると,2007(平成19)年度の病床休止もしくは返還は,産婦人科,小児科に次いで精神科が3番目であった。 無床総合病院精神科の場合はもっとも減少が顕著である。日本総合病院精神医学会無床総合病院精神科委員会の調査によれば,2009年8月現在,精神科常勤医のいる無床総合病院精神科の病院数と常勤医数は178病院,268名である(シニアスタッフ3名以上の大学病院など除く)。調査2)を始めた1999年より122病院が減少(41%)している。2008年度は,10病院が閉鎖となっている。 厚生労働省の調査では,精神科専門の医師数は微増しているが,この10年で診療所と精神科病院に勤める医師数は増加したのに対し,総合病院の医師数は1割減となっている。 減少の原因は複合的である。病院間では病院統廃合がまず挙げられるが,病院内では精神科医療の診療報酬が低く抑えられているため,診療科間の比較では不採算とみなされやすく,経営の観点から閉科となることが挙げられる。最大の理由は,多忙さにある。インセンティブのない多忙さは忌避され,常勤医の異動(開業など)に伴い欠員が生じた際に赴任を希望する精神科医がおらず,結果として非常勤医による外来診療をしばらく続けた後に閉鎖となるパターンが多い。診療報酬改定により,自殺未遂で入院した患者を精神科医が診察すると診療報酬が加算されたり,がん対策基本法で緩和ケアチームに精神科医の関与が求められるなど,精神科医の役割は増しているが,その主体となる総合病院精神科医自体が減少しているため,ニーズに応えられないのが現状である。
著者
志村 哲祥 田中 倫子 岬 昇平 杉浦 航 大野 浩太郎 林田 泰斗 駒田 陽子 高江洲 義和 古井 祐司 井上 猛
出版者
医学書院
雑誌
精神医学 (ISSN:04881281)
巻号頁・発行日
vol.60, no.7, pp.783-791, 2018-07-15

抄録 2015年から義務化され運用されているストレスチェックでは,標準的な問診票では「仕事のストレス要因」「周囲のサポート」「心身のストレス反応」を測定し,これに基づいて産業医面談の対象となる「高ストレス者」を抽出している。一方で,ヒトの心身に影響を与えるのは職業上の要因だけでなく,特に睡眠は,さまざまな経路を介して心身の健康に影響を与えることが知られており,業務以外のストレス要因として重要である。本研究で,睡眠とストレスチェックの各指標の関連を分析したところ,睡眠は心身のストレス反応に対して強い影響を与えており,仕事のストレスと同等かそれ以上である可能性も示唆された。
著者
松岡 孝一 小片 富美子
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.391-398, 1984-04-15

抄録 甲状腺機能亢進症ないしバセドウ病に伴う精神症状はよく知られている。また,その病象は原因の如何にかかわらず,過活動を中心としたある共通した特徴を持っていることも周知の事実である。しかし稀にではあるが,本来の病像とは逆の,すなわち能動性が減退し,感情の表出に乏しく,挙動も遅鈍で活気を欠き,だらしなく無関心な生活態度を示すといったapathetic stateを示すものが存在するという。著者は若年者で,この稀な臨床症状を呈し抗甲状腺剤で精神身体症状の消失した2症例を経験した。症例を検討すると思春期という心身の発達的過程の時期でありapathetic stateの発症に心因あるいは心的外傷体験が状況因子として密接に関連していることが推測された。そこで症例を報告するとともに本来の過活動性を示す甲状腺機能亢進症との相違を検討し,若干の考察を加えた。