著者
中井 義勝 濱垣 誠司 高木 隆郎
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1297-1299, 1998-12-15

摂食障害は心身症の代表的疾患で種々の内分泌・代謝異常を来す。神経性無食欲症の血清総コレステロール値は幅広く分布し,高コレステロール血症は神経性無食欲症の33〜61.1%にみられる6〜9,12)。 神経性無食欲症は制限型とむちゃ食い/排出型に下位分類されるが,最近では神経性無食欲症の既往のない神経性大食症(以下BN)が増加している2)。BNの血清総コレステロール値についての報告は少ない9,13)。今回216名という多数のBN患者を対象に血清総コレステロール値を測定し,その結果を神経性無食欲症と比較したので報告する。
著者
浜中 淑彦
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1220-1231, 1975-11-15

上に訳出したV. v. Weizsäcker(1886-1956)の論文は,1926年彼がはじめてSiegmund Freudを訪ねたWienと,翌1927年2月,既に数年来の知己であった哲学者Max Schelerの招きによりKolnのカント協会で行った講演であり,彼の医学的人間学―その生証人として後に彼はSchelerとFreudをあげた―の出発点となったにとどまらず,今世紀20年代における医学のみならず他の学問の領域における新しい入間学誕生の一標石ともなった記念碑的著作であるが,V. v. Weizsäckerの医学的人間学とその周辺については,最近既にかなり詳しく述べる機会(浜中,1972)があったので,ここでは繰り返しを避け,人間学および医学的人間学の歴史的背景について―今世紀の医学的人間学には,後述するごとく19世紀初頭のそれの復興とみなし得る一面もある―若干の補説を試みたい。 人間学はAnthropologie(独)の訳語である。この西欧語(ラテン語ではanthropologia,英語ではanthropology,仏語ではanthropologie―以下A.,医学的人間学はm. A. と略す)は,ανθρωποδ(人間)とλογοδ(言葉,論述,学)なるギリシャ語より16世紀につくられた合成語であるが,明治初年わが国に西洋科学が紹介されて以来,人身学・人学・人道・人性学(西周,昭和6年まで),人類学(井上哲次郎,同14年),人間学(大月隆?,同30年前後)など様々な訳語が当てられてきたことからもうかがわれるとおり,―今日でこそわれわれが人間学と人類学のもとに理解する2つの主たる意味を付与されるに至ったとはいえ―歴史的に,また各国の精神史的伝統の相違に応じて,様々に異なる意味で用いられてきた。
著者
山下 格
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.585-587, 2011-06-15

はじめに 思春期妄想症は,村上靖彦氏らが1960年代から詳細な臨床的検討を重ねて報告した症候群である2,3)。その内容は対人恐怖と関連が深く,今もよく参照・引用される。 一方,1980年に発表されたDSM-Ⅲには,社会恐怖(DSM-Ⅳの社交不安障害)がほとんど唐突に取り上げられ,わが国で早くから知られた対人恐怖との異同が関心を呼んだ。筆者は同じ1960年代から対人恐怖の診療の際にしばしば自己の症状に妄想的意味づけをする症例を経験したが,その訴えはDSMの記載とは異なり,上記の思春期妄想症に共通するところが多かった5,6)。今回,操作的診断基準による報告との相違を検討するため,村上氏に代わって要点を紹介する。

1 0 0 0 ヒステリー

著者
西村 良二
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1007-1009, 2013-10-15

はじめに ヒステリーという用語は精神医学の歴史の中で最も古いものの1つである。アメリカ精神医学会の精神疾患分類(DSM)ではヒステリーという言葉を使わないが,ヒステリーや神経症という用語は,精神科治療の歴史を振り返る時,今日的にも含蓄のある用語である。ヒステリーとして集積されてきた臨床知は,現在においても患者について生物学的にも心理社会的にも理解を深め,治療の方向付けや,より効果的な介入を考える上で有用であることが見直されてきている。 ヒステリー球(下腹部から咽喉のほうまで球が上ってくるような感じ,咽頭のつかえ),乳房痛,卵巣痛,ヒステリー性のクラーヴス(釘を頭に打ち込んだような,激しい限局性の頭痛)などは,以前はヒステリー特有の印(stigma)と考えられていた。しかし,今日では,そのような症状は診察時の医師の暗示によって生じたものが多いと考えられている。 転換症状や解離症状を持つ患者はヒステリー性格や,特有の発達上の特徴を持つとされ,現在でも臨床に役立つ知識と思われるが,もちろん,すべての患者にあてはまることではない。 本稿では,ヒステリー者の行動様式や発達上の精神力動に関する先人たちからの知的遺産を,専門用語をできるだけ使わず,分かりやすく解説したい。

1 0 0 0 病識と病態

著者
西園 昌久
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.549-551, 2014-06-15

病識の理解をめぐる今日の状況 筆者のように,操作的診断法が開発され,一般化する以前に精神科医になった者にとっては,病識の理解は精神科診断を進めていく上できわめて重要なことであった。操作的診断法が普及した今日でも,病識という言葉が消え去ったわけではない。米国精神医学会治療ガイドライン「精神医学的評価法」(日本精神神経学会監訳)1)の中の「精神状態の検査」の項の中に,「さらに,治療方針や適切な治療場所の選択について決まったことを伝えるために,患者の病識,判断力,抽象的な思考力についての成績を得る」と記載されている。ただ,病識の定義や意味については何も論じられてはいない。 そもそも,我々が学んだ病識の概念はJaspers K3)の説明に基づくものであった。Jaspersは,患者の疾病体験に対する態度の中で,あらゆる症状や病気全体の種類も重きも正しく理解されているのを病識と呼んだ。病の存在に対する自覚を欠くということは人格のはなはだしい歪みなしには起こらないと考えられ,病識欠如を精神病とし,病識出現を精神病の寛解とする臨床的判断がなされた。その意味で病識の統合失調症の診断上の意義は高かった。
著者
江熊 要一
出版者
医学書院
雑誌
精神医学 (ISSN:04881281)
巻号頁・発行日
vol.16, no.6, pp.623-628, 1974-06
被引用文献数
3
著者
伊藤 直人 森川 将行 飯田 順三 平尾 文雄 東浦 直人 岸本 年史 橋野 健一 南 尚希 中井 貴 中村 恒子 南 公俊 山田 英二
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.983-985, 1998-09-15

高血圧を伴った神経ベーチェット病で,剖検によって死因がクモ膜下出血と診断された,まれな1例を経験したので報告する。クモ膜下出血の出血部は神経ベーチェット病の病変の中心である橋底側の動脈で,経過中に高血圧を併発していることもあり,神経ベーチェット病と高血圧およびクモ膜下出血との関連が示唆された。
著者
宮田 祥子
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.855-862, 1974-10-15

I.はじめに 早期診断が困難である膵癌の初期ならびに経過中に精神症状——とくにうつ状態,不眠,不安,涕泣発作,不穏,自殺意図など——が出現することは外国においては,しばしば報告1〜11)されており,膵癌の診断に役立つ症状として注意を払うべきだとさえいわれている。膵癌ほどしばしばではないが,再燃性膵炎,慢性膵炎,膵石その他の膵疾患においても精神症状を伴うものがあるといわれる5,10,12〜17)。さらに内分泌器管としての膵臓を考えるなら糖尿病のさいにうつ状態18)を示すものが多いことも注目されねばならない。著者はこれまで主として内科外来に現れるうつ病者に注目してきたが19),そのさい,膵障害を疑わせる症状を示すものが相当数あるという印象を持ち,うつ病者の膵機能について調べてみる必要があると考えた。いまだ少数例にすぎないがうつ病患者に膵機能試験を行い,若干の知見を得たので報告する。
著者
山本 朗
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.75-80, 2012-01-15

はじめに 心身の発達の障害は,「発達過程が初期の段階で何らかの原因によって阻害され,認知,言語,社会,運動などの機能の獲得が障害された状態11)」と医学的には理解される。心身の発達の障害は,現在の医学診断としては,脳性麻痺,知的障害,広汎性発達障害などの多様な診断を含む概念である(このような障害を持つ子どもを本稿では「障害児」と呼ぶ)。障害児の概念は,主として医学の発展の中で徐々に構築されてきたものであるが,心身の発達の障害に相当する状態自体は古代から認識されていて,新村によれば,日本書記における伊邪那岐・伊邪那美の神婚により生まれた水蛭子が,わが国最古の「不具」未熟児(障害児に相当)記載であるという12)。平安時代初期に編纂された,わが国最古の仏教説話集である「日本霊異記」にも,障害児が登場する説話が存在し,中巻第三十,第三十一,下巻十九などが例として挙げられる5)。 一方,エンパワメントとは,パワーレスの状況にある人がパワーを発揮するために,個人や社会などのさまざまなレベルで,その人の潜在的な力を強化したり,抑圧的な社会や環境を変革したりする支援の姿勢である7)。1960年代の米国の社会変革運動の中で誕生した概念で,わが国では1995年頃から普及し9),現在では医療・福祉などの分野において,支援の姿勢として重要なものとなっている。 本稿では,日本霊異記の中巻第三十,第三十一の両説話における障害の発生論を検討したうえで,エンパワメントの観点を交えて考察したい。本稿の目的は,過去の文献を主体的にとらえなおすことにより,現代の障害児支援に寄与する示唆を得ることである。この目的を持ちながら,論を進めることにする。
著者
八木 剛平 伊藤 斉 三浦 貞則
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.49-58, 1978-01-15

Ⅰ.序文 向精神薬(主として抗精神病薬)によるいわゆる遅発性ないし持続性ジスキネジアは従来精神病院入院中の高齢者(50〜60歳)の一部に観察され,長期(一般に数年以上)にわたって抗精神病薬を投与されたものが多いが症状の起始は明らかでなく,いったん生じた異常運動は抗精神病薬の中断後も消失することはない(恒常性ないし非可逆性)とされていた13)。われわれは1968年以来,それまで遅発性ジスキネジアの認められなかった患者について,抗精神病薬療法の経過を注意深く観察してきたが,1975年までの約8年間に18例について症状の新たな発生を観察するとともに,その経過を追跡して症状の消失を確認することができた。これらの症例の一部は第9回国際神経精神薬理学会において既に報告したが22),当時観察中であった症例についてもその転帰が明らかになったので,ここに改めて報告することにした。本論文の目的は,第一に多くは塔年者において,抗精神病薬療法のかなり早期に発症した軽症のジスキネジアが,原因薬物の中止によって消失したこと,しかしその後の長期経過は楽観を許さないことを示して,遅発性ジスキネジアに関する従来の定説に若干の修正を促すこと,第二にその発症と可逆性に関与する諸要因を検討して遅発性ジスキネジアを発症した精神分裂病者(以下分裂病者と略称)に対する薬物療法について考察することにある。
著者
原田 隆之
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.277-283, 2019-03-15

抄録 ICD-11で新たに追加されることになった「強迫的性行動症」は,かつての「過剰性欲」を行動や衝動の制御に焦点を移してとらえ直したものである。強烈で反復的な性的衝動の制御の失敗によって,望ましくない結果が生じているにもかかわらず,性行動が継続されている状態を指し,重大な苦悩や社会的問題を引き起こしているものをいう。その病因や態様は嗜癖性障害(アディクション)との類似が指摘されているが,エビデンスが不十分であるとして,嗜癖性障害のカテゴリーではなく,衝動制御の障害にリストアップされた。まだ研究が十分ではない部分が多いが,治療を求める人々にとっては,治療へのアクセスが高まり,社会的な偏見を是正する契機となる。
著者
成田 心 岩橋 和彦 永堀 健太 沼尻 真貴 吉原 英児 大谷 伸代 石郷岡 純
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.229-235, 2014-03-15

抄録 抗うつ薬の一種であるセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)は,そのターゲット部位の1つであるノルアドレナリントランスポーター(NET)に作用し精神症状を安定させる効果がある。このことから,NETがパーソナリティに影響する可能性が考えられる。インフォームド・コンセントの得られた健常者201人のDNAを対象にNET遺伝子の2多型を判定し,対象者にNEO-FFIを実施して,NET遺伝子多型がパーソナリティに関与しているか検討した。-182T/C多型において,全体で開放性(O),男性で外向性(E)に有意差が認められた。さらに,1287G/A多型において,男性で神経症傾向(N)に有意差が認められた。よって,NET遺伝子多型がパーソナリティに関与している可能性が示唆された。
著者
神尾 陽子
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.884, 2016-10-15

本書は成人自閉症スペクトラム障害(ASD),それも高い言語能力を持つ患者,あるいはASDと診断されるほど極端ではないが強いASD特性を持つ成人患者(閾下ASD)を対象としている。発達障害への感度が上がった今なお,言語を流ちょうに話すASD(閾下ASDも)の人々は幼児期に「発達の遅れ」という分かりやすい要素がないがために,周囲に理解されない長い孤独の時間を過ごし,社会に居場所を求めて苦闘している。そして精神科臨床にはこうした成人ASDが一定の割合で潜在する。診療時間を十分に取れない精神科医にとって,通常の医師—患者関係を築きにくいこうした一群の患者の深刻なニーズはわかるものの,どのように彼らの訴えを理解し,対応するのがよいかはすぐにでも知りたいところであるだけに,ASDの精神内界に迫る本書はその先鞭を付けた待望の一冊と言える。精神病理学者として多数の名著を世に送ってきた著者の手になる初のASD論である本書は,精神病理学をベースとしているが精神病理学だけに閉じられていない点ですべての読者にとって読みやすくかつ刺激的な内容となっている。発達障害に苦手な印象を抱いている精神科臨床医には開眼の衝撃を与え,また発達障害の知識を持つ読者には自らの臨床経験に立ってその前提を批判的に検討することを促すに違いない。 第1章で取り上げられたのは,「定説化」している自閉症の「心の理論」仮説である。この心理学的仮説は1980年代に脚光を浴びたのち主役の座から降りたものの今なおASDの脳画像研究などでは前提とされることが少なくないが,著者はこれを正面から批判的に検証し,自閉症仮説以前に,そもそも人が他者を理解する際の仮説として間違っている,と一蹴する。先ず自己ありきという「心の理論」仮説に対して,他者からの志向性に対して立ち上がってこない自己をASDの問題の本質と捉え,既成の発達心理学の発達論や自閉症の症候論を広く展望した上で他者に対する了解,という観点から論を展開する。そしてASD者は発達過程のいずれかの時点で自己にめざめるが,そのめざめこそが成人ASD者の固有の問題を形作る,とする。このような議論は,著者の視線がASD者,定型発達者双方に向けられ,これまで見る側であった定型発達のありようを容赦なく問い直し相対化した結果,生まれたものである。成人ASD者のエビデンスのピースをつなぎ合わせることができないでいた評者の立場からは,文献を展望した上でご自身の豊富な臨床経験を素材として内海先生ならではの論考を加えてこうした精神病理学的臨床論を提示してくださったことに心から感謝したい。女性ASDのアンメット・ニーズの奥底に光を当てたという点も,本書の試みは新しい。これを機に精神医学においてASD,そして発達障害をめぐる架橋的な治療論が活発となることを期待する。
著者
西本 雅彦 宮里 勝政 大橋 裕 清水 健次 神谷 純 熊谷 浩司 齋藤 巨 大原 浩市 大原 健士郎
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.991-997, 1993-09-15

【抄録】 10名の習慣的喫煙者で,24時間禁煙後の再喫煙(ニコチン)の影響を脳波周波数解析を用いて,検討した。通常喫煙時(禁煙前)と24時間禁煙後の脳波周波数分布を比較すると,禁煙によりβ波とα2波などの速波は減少し,α1波や徐波(θ波)が増加する傾向を認めた。24時間禁煙後の再喫煙により10名中9名で,脳波上α1波の減少とβ波の増加が認められ,自覚状態も改善された。同時に覚醒度を変化させる他の要因(ホワイトノイズ)を負荷した結果,喫煙による周波数の変動と一致していた。このことより,喫煙による変動は覚醒度の変動と考えられ,ニコチンによる覚醒水準の上昇が,自覚的に快状態をもたらすことが示唆された。一方,1名で自覚的に不快な状態となった。これはニコチンの二相性の効果のうち,中枢抑制効果が顕著に現れた結果と考えられた。さらに1週間後に10名中9名で再現性が確認された。以上のことはニコチンの精神依存性を形成する重要な因子の一つと考えられた。
著者
桝屋 二郎 井上 猛
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.229-236, 2021-02-15

抄録 いじめへの対応として,被害者ケアを語られることは多いものの加害者ケアが取り上げられることは少ない。このことは「被害者中心のいじめ像」の理解のみが先行する結果を生んだ。しかし,いじめ行為を直接起こしたのは加害者側であり,加害者への適切なケアは欠かせない。加害者もさまざまな心理・社会的基盤を持っており,時として精神障害を抱えていることもあることが判明している。また,いじめの背景には加害者個人の特性・ストレス状況・基盤障害だけでなく,大集団内に存在する小グループの特性や相互関係性などが複雑に相響しあっている。したがって,いじめ加害についてのアセスメントは個人だけでなく,集団力動にも必要となる。いじめ事態においては加害者に被害者を含めた他者への共感力があるかが抑止の大きなポイントになる。共感力を育むような加害者への適切なケアが結果として,未来の被害者をなくすことに繋がることを我々は忘れてはならない。
著者
渡辺 範雄
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.983-990, 2018-09-15

はじめに わが国でも5人に1人が不眠と言われ,また不眠はのちのうつ病や不安障害などの精神疾患のみならず,高血圧・糖尿病などの身体疾患の危険因子となっている3,7)。そのため,不眠は精神科領域ではもちろん,身体疾患の予防・治療においても介入すべき重要な標的と認識されている。不眠に対する介入治療には,大別して薬物療法と非薬物療法がある。このうち薬物療法は,患者が内服することでアドヒアランスが保たれれば,治療の質が担保されたことになるため,今まで広く行われてきた。しかしベンゾジアゼピン系睡眠薬を中心とした薬物療法は,依存性・耐性などの薬物そのものの使用障害をもたらす危険があり,かつこれらの薬剤の長期使用は認知症のような重大な精神疾患との相関が観察研究の系統的レビューによって指摘されている8,14)。このような背景から,近年各国のガイドラインでは不眠治療として非薬物療法,特に認知行動療法をファーストラインとし,薬物療法は非薬物療法で効果がみられない場合に行うようにと推奨してきた。また最近は睡眠や不眠が重要な健康課題としてマスメディアで取り上げられる機会が増えており,認知行動療法をはじめとした非薬物療法への関心は高まっていると考えられる。不眠症の認知行動療法は,不眠症やうつ病・心的外傷後ストレス障害などの精神疾患に併存する不眠だけでなく,慢性疼痛,腎機能障害,乳がんなどの併存不眠への効果も検証されており13),今後リエゾン領域などでもますます適用拡大が予想される。 しかし非薬物療法は,薬物療法と異なり質の担保が難しい。治療者側も十分なトレーニングが必要であるし,また現時点では治療者数も限られていて診療報酬などの経済的インセンティブもないため,患者が希望してもなかなか気軽に受療できるものではない。 そこで本稿では,概説として,精神医学にかかわる医療者が知っておくべき認知行動療法,特に不眠に特化した認知行動療法に関する概要や効果について解説する。また最近,おそらく史上最大の精神療法無作為割り付け対照試験(randomized controlled trial:RCT)がウェブを利用した不眠の認知行動療法を用いて行われており,インターネットやコンピュータ・スマートフォンのアプリを利用した不眠の認知行動療法についても言及する。
著者
中西 俊夫 磯部 文男
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.169-176, 1993-02-15

【抄録】 DSM-Ⅲ-RのMajor Depression,melancholic typeの診断基準を満たす外来通院うつ病者で,2年以上症状が続いた者17名と,性・年齢がマッチし1年以内に寛解した者17名をretrospectiveに調査・比較した。慢性化を予測する因子としては,発症から初診までの期間が長いこと,病前性格におけるメランコリー親和型(Tellenbach)の程度が強いこと,経過中のストレスとなる出来事が多いことの3点が明らかになった。一親等親族でのうつ病の家族歴,初診時のハミルトンスケールの得点などでは両者の間に有意差はみられなかった。神経症性うつ病を別にすれば,病前性格においてメランコリー親和型の程度が強ければ,単極性・内因性うつ病は慢性化しやすいと考えられる。
著者
津村 哲彦 谷矢 雄二 工藤 行夫 花田 照久 押尾 雅友
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1143-1152, 1985-10-15

抄録 約2年5カ月間,ほぼ連日,マリファナを使用し,仕事に対する葛藤・会社の倒産・法的問題への恐怖・大学受験・逮捕・拘留などの状況を背景に,意識変容を伴う幻覚妄想状態に至ったマリファナ精神病の1臨床例を報告し,本症例を通して,マリファナ酩酊・マリファナ精神病・arnotivational syndrome。マリファナの精神作用やそれによる精神病状態の原因や起源・spontaneous recurrence・マリファナ使用の動機と予後,及び,臨床心理学的諸検査について検討した。 本症例の示したマリファナによる精神病状態は意識変容状態と考えられ,その症状は心理的・状況的背景から考え,かなり了解しうるものと考えられる。 わが国でも,マリファナ常用者がかなり存在しており,とくに,不安恐慌状態やマリファナ精神病は,精神医学的領域においても注意しなくてはならない病態と思われる。
著者
大橋 博司
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.745-753, 1963-09-15

Hippocratesの原典から精神医学にも関係のあるような部分を紹介してみたい。最初は「神聖病について」を訳してみることにする。てんかんに関する論述であるのはいうまでもないが,本篇は単に精神医学のみならず医学一般においてももつとも重要な文献の一つであろう。「ヒポクラテス全集」"Corpus Hippocraticum"というのはだいたい紀元前5世紀の後半から前4世紀の末葉にいたるまでの数十篇にのぼる医学的文献の集大成であるが,その中でも本篇はもつとも古く,440BC〜430 BCころのものではないかという説もあり,おそくとも420BC以前であろうとのことである。大Hippocrates自身の筆になることがほとんど確実とされているものに「予後」(προγυωστικον),「流行病I,III」(επιδημιαι α,γ),その他があるが,この「神聖病について」(περι ιερηδ νωυσσυ)もまた「空気,水,場所」(περι αερων υδατωντσπων)と並んで彼自身の著作であろうという見解が支配的である。これには異論もあるがいまはふれない。Hippocratesの生誕が460 BCころとされているから,本篇がもし彼の作でありその年代が上述のごとくであるとすれば,彼の比較的若い年代に書かれたことになる。 本篇は俗信,迷信に対する攻撃にはじまる。まずてんかんをば神聖病とみなしてこれを呪術的行為によつて治療せんとする当時の俗見に向かつて決然と論駁を加え,本病が他の疾病と同じく自然的起源を有するもので,遺伝,体質にもとづき,その原因が脳にあることを主張する。さらに粘液質と胆汁質の区別,粘液が脈管系に流入するために生ずる種々の発作型の記述,年齢や気候による影響,意識,思考をもたらす空気の役割,意識の媒介者としての脳など,種々興味ある論述があつたのち,最後にてんかんが決して不治の病でなく自然的,合理的手段により治癒せしめうることが示唆されている。