著者
神田橋 條治
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.486-491, 1970-06-15

Ⅰ.まえがき 境界例患者の精神力動とその問題点については,他の論者によって述べられるところであろうし,また研究の歴史的発展についても詳細に述べられるであろうからここでは触れない。ただ,これまでのさまざまな研究で得られた結果を,治療,ことに精神療法という角度からまとめると,ほぼ次に述べる4つの点に要約できるであろうと考える。すなわち,1)境界例は,一般の神経症とは異なった重大な性格障害をもっている6)(自我歪曲)。いいかえれば,より早期の人格形成期に問題がある。2)そのため,精神療法に必要な,いわゆる治療同盟ができにくいし,また,しばしば激しい破壊的な行動化を起こしたり,精神病状態をあらわしたりする。3)したがって,一般の神経症の治療に用いられるような,自己の心的内界に対決させ洞察に導く技法は時に危険である。陽性感情転移を育てながら,現実指向的なアプローチを行なってゆくべきである。4)また,境界例の精神力動は思春期心性との関連を含んでいる。すなわち,一方に家庭からの分離,独立,他方に社会における自己の位置づけ,自己評価などの問題をもっており,これらが治療の中で重要な問題となる8)。 こうした結論がもたらされるに至った先人の治療的経験と理論的発展については,小此木7),河合2)によりすでに詳細に報告がなされているので,それを繰り返すことはさけて,ややちがった態度で,この特集のわたくしの役割にかかわってみようと考える。それは,「理論づけ,体系化したい」欲求を抑え,境界例患者の治療を試みてきた経験の中でのわたくしの主観的な「感じ」をできるだけありのままに述べてみることである。そうした試みをするのは,境界例の治療それ自体まだ発展の途上にあり,次の発展のためには,治療者と患者とのかかわりの場の中で動いている「何か」がとらえられねばならないと考えるからであり,また,境界例の治療においては,一見客観的な理論も,その中に治療者の逆転移を含んでいる場合が多く,外見の客観性が立派であればあるだけ,新しい発展を妨げる危険が大きいと「感じ」はじめているからである。したがって,これから,患者を語りながら同時にわたくし自身を語り,そこに新しい客観性のよりどころを求めたいと思うのである。
著者
阿部 隆明
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.727-734, 2018-07-15

はじめに 双極Ⅱ型障害という病名が臨床で用いられるのは,1994年発刊のDSM-Ⅳ6)で正式に取り上げられて以降である。この病態は,一昔前であれば単極うつ病と診断されていたし,ICD-1033)では採用されていない。したがって,同障害とパーソナリティ障害との合併が話題になるのも,1990年代後半以降である。現在では,DSM-57)の診断基準が採用されることが多いと思われるが,軽躁病エピソードの評価は案外難しく,過小診断の一方で過剰診断の恐れも指摘されている。また単極うつ病との境界も不明確であり,長期経過を見ると,うつ病から双極Ⅱ型障害に,あるいは双極Ⅱ型障害からⅠ型障害に診断が変更されるケースも稀ではない。したがって,臨床特徴も単極うつ病と双極Ⅰ型障害の中間的な所見になることが多い。 双極Ⅰ型障害,すなわちかつての躁うつ病の病前性格に関しては,対照群と変わらない35)とされていたが,DSMなどの操作的診断でcomorbidityという観点が導入されて以来,双極性障害とパーソナリティ障害の合併が報告されるようになった。双極Ⅰ型障害では22〜62%11)にパーソナリティ障害が合併するとされているが,双極Ⅱ型障害に関しては報告が少なく,筆者が調べた限りでは,Vietaら31)の研究くらいである。それによると,双極Ⅱ型障害の32.5%にDSM-Ⅲ-Rのパーソナリティ障害を合併していたという。内訳としては,境界性パーソナリティ障害(borderline personality disorders:BPD)が12.5%で最も多く,強迫性パーソナリティ障害3.75%,演技性パーソナリティ障害3.75%,自己愛性パーソナリティ障害2.5%,シゾイドパーソナリティ障害1.25%の順だった。パーソナリティ障害合併群で感情障害の発症年齢が若く,自殺念慮も高率だった以外は,パーソナリティ障害の合併の有無で社会人口学的なデータに差はなく,他の臨床的な変数,すなわち,軽躁ないしうつ病相の数,精神病的な特徴,急速交代,季節性,精神疾患の家族歴にも有意な差はなかったという。また,双極Ⅱ型障害におけるBPDの合併に関しては,Benazzi8)も12%という数字を挙げている。 パーソナリティ障害ではなく,気質やパーソナリティという観点から,Perugiら26)は気分循環気質(cyclothymic temperament)が双極Ⅱ型障害の中核的な要素かもしれないと報告している。また,単極うつ病の患者に比べて,双極Ⅱ型障害の患者では,外向性が高く,神経質が低く,易刺激性が高いとする研究がある一方で,依存性,強迫性,演技性の特徴が多く,報酬依存的,受動回避/依存的という単極うつ病の患者と似たパーソナリティが認められるという研究もある9)。この矛盾した所見は,前者では双極Ⅰ型障害寄りの,後者は単極うつ病寄りの双極Ⅱ型障害が対象になっていたことを示唆するのかもしれない。結局,これまでの諸研究からは,双極Ⅱ型障害では他のパーソナリティ障害に比べて,BPDが多いというのが,唯一の最も一貫した所見である。逆に,BPDと診断された患者を調べると,約66%が感情障害の診断を合併していて,双極Ⅱ型障害が特に多い20)。そこで,以下では双極Ⅱ型障害とBPDとの関係を中心に論じてみたい。
著者
原田 憲一
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.117-126, 1979-02-15

Ⅰ.まえおき 老人が妄想的になることは稀でない。しかし老人の妄想はあまり臨床医の注目をひかない。それは老人では一般に,ましてや器質性痴呆や記憶障害を多少とも示す老人ではとくに,その妄想のために実際上の処遇に困ることは少ないし,若年者の妄想の場合のように老人はその妄想をふりかざしてわれわれに立ち向ってくることが少ないからであろう。さらに,妄想のような産出性心理現象が,器質性精神症状によって形を崩されるため,精神病理学的にも関心が薄められる。いいかえれば,老人一般,とくに老人の痴呆が1つの生物学的欠陥として心理学的関心から遠ざけられる時,一緒に,そこにみられる妄想現象も関心からはずされてしまうのである。 老人の妄想を論じる場合,当然疾病学的な問題がある。妄想を伴った器質性精神病か,年をとった分裂病か,老人の妄想反応か,あるいはパラノイアやパラフレニーかなど。また器質性精神病にしても,それが老年痴呆か,動脈硬化性痴呆か,などの問題がある。しかし,ここではこの観点からの分析は敢えて行なわない。器質性痴呆のあるなし,記憶障害のあるなしに関係なく,精神障害をもって入院を余儀なくされている老人を私が臨床的に診察している過程で,私の注意を惹いた老人の妄想についての2つの側面,特徴について述べる。
著者
福島 章
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.169-174, 2001-02-15

疾病論から操作的診断へ 1.疾病論 神経症の概念は,古く18世紀のCullenの命名に遡るが,心因にもとづく心理的障害という近代的な定義は今世紀に入ってからのもので,神経症という上位概念の下に,その後さまざまな類型が命名された。 一方,境界例の概念は,始めは偽神経症性分裂病,潜伏分裂病,外来分裂病,境界状態(分裂病の前後の状態),境界患者(疾病単位)などと呼ばれるなど,その概念は始めから大いに変遷を重ねたが,おおむね,神経症と精神病との「境界」領域と考えられてきた。(このほかに,正常,精神病,人格異常,神経症の4つに跨る境界状態とするSchmidbergの考え方もある)。そして,症状学的にはGundersonらの臨床的な症状の整理や記述,精神力動学にはKernbergの境界人格構造(BPO)の提唱などによってその理解が大いに進められたが,病跡学の領域においてこれらの貢献が活用された例はあまり多いとはいえない。
著者
皆川 邦直
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.319-330, 1992-03-15

■境界例概念の変遷 我が国では井村37)が,Hochらの偽神経症性分裂病32〜34),Zilboorgのambulatory schizophrenial29,130)と,Knightの境界状態55,56)を中心に境界例概念を紹介した。続いて武田は,境界例(境界線症例)116)の臨床記述をしたが,Shenken105)の考えをも参照して,仮性神経症型,妄想反応型,混合型(中間型)3型に分類した。 ところでHoch,Zilboorg,Bychowsky5,6)らは境界例を分裂病概念の内側ないし辺縁にあるものとしてとらえていたといえるが,この流れはKetyらの境界分裂病50,122),ならびに分裂病型パーソナリティ障害110,111)に至るといえよう。我が国では武田,小此木-岩崎94),三浦-小此木ら74〜77),笠原-藤縄ら12,43),安永124),神田橋41,42),河合47),船橋-村上ら13,44,84)などの研究を含めることができる。
著者
鈴木 知準
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1077-1082, 1971-11-15

Ⅰ.はじめに さきに慈恵大学の野村1)は,森田が神経質の治療法を考究したとき,永平寺の修行を参考にしたのではないかと論じている。これは極めて興味深い発言であり,このことに関する論説はまだ発表されていない。森田の著書,論文を読んでも永平寺のことにふれているものはみあたらないようであるので,森田が永平寺の修行様式から直接影響をうけたことはないもののように思惟される。 しかし,新福2)のふれているように日本の禅的文化の背景下にそだった森田によって発見されたこの療法技法が,道元と同じかあるいは極めて近縁の道を歩むに至ったと考えるのが当を得ているようである。以下森田の療法と道元の永平寺の修行の相似相関について考察してみたい。
著者
小林 克治
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.819-824, 2015-10-15

はじめに レビー小体病(Lewy body disease;LBD)はパーキンソン病(Parkinson's disease;PD),レビー小体型認知症(dementia with Lewy body disease;DLB),パーキンソン病認知症(dementia with PD;PDD),レビー小体嚥下障害(Lewy body dysphagia)を総括した臨床概念で,剖検によって偶然にレビー小体関連病理が発見されたものは偶発レビー小体病(incidental Lewy body disease;iLBD)と呼ばれる。これに加え,運動症状や認知症のない精神症状群,すなわちisolated psychosis(孤立性精神病)は1998年にLennox13)によってpure psychiatric presentation(純粋精神症状:PPP)と呼ばれた。つまりPPPは機能性精神病のように経過するLBDと考えられる。 このPPPは新しく定義された臨床事実でも臨床概念でもない。うつ病で経過した患者にパーキンソン症状が加わり,PDのうつ病であったと分かることは珍しいことではない。LBDでは幻視,意識変動,うつ病,せん妄,レム睡眠行動異常,妄想性誤認,幻聴など精神症状または非運動症状が多く,これらの症状と運動症状が下位疾患ごとに重なり合っているために21),精神症状からLBD下位疾患を診断することは難しい。このためにLBDでPPPの疾患概念が使われることはなかった。PDと認知症については1年ルールがあるが,認知症以外の症状についてはこのような取り決めはない。LBDは精神症状が多様で豊富な神経疾患であり精神症状からの診断が難しいが,心筋meta-iodobenzylguanidine(MIBG)検査やドパミントランスポーターのスキャンなど診断マーカーが近年進歩を遂げ,運動症状や認知症のないLBD,すなわちPPP,を診断できるようになったので,自験例を集めて検討した。
著者
林 眞弘
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.85-90, 2018-01-15

抄録 統合失調症の治療は現在もドパミンD2受容体遮断作用を有する薬剤が主体で,精神科領域でのパーキンソニズムは一般的な神経症状である。パーキンソン病(PD)は,65歳以上の有病率は約1%と言われており,初老期以降の統合失調症患者でPDの合併に注意が必要である。一方若年性PDの有病率は40歳以前で0.00001%以下ときわめて低いため,成人早期の統合失調症患者に合併した際に,PDの診断・治療が遅れる恐れがある。今回,発症から約10年の経過を経て心筋MIBG,DaTSCANでのPDの診断が確定し,ドパミン補充療法にて精神・運動症状の顕著な改善を認めた43歳の統合失調症症例を経験した。その症状・経過とともに黒質線条体神経系の変性に関連のあるPD様症状も検討した。
著者
斉藤 正武
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1015-1021, 1988-09-15

抄録 盲目の妻に発生した皮膚寄生虫妄想が夫にも感応した症例について,夫婦共に入院治療を行い,経過を観察した。夫婦は発症まで比較的孤立した生活を送っており,また発端者の妻が夫に比べ知的にも性格的にも優勢であるなど,folie à deux例で一般にみられる傾向を示していた。しかし,被感応者で視力健常な夫に"虫を見る"症状が現れるなど,夫婦には互いに協力して妄想を守り発展させる面がみられた。また,夫は入院後間もなく他者に対し心を開き症状も改善したが,そのような夫に対し妻は"2人だけの共同体"を守るため様々な試みを行った。しかしやがて,妻は夫を媒介とすることで現実的共同社会へと開かれ,それに従い妄想も消失した。以上の経過をもとに,folie a deuxでの両者の関係や被感応者の役割を考察し,またfolie a deux例の観察が,妄想という現象に対して何らかの示唆を与える可能性を述べた。なお併せて,皮膚寄生虫妄想の感応例を文献的に概観した。
著者
竹友 安彦
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.175-188, 1984-02-15

I. Diagnostic & Statistical Manual of Mental Disorders, Third Edition(以下DSM-IIIと略す)1)が米国精神医学会から出版されたのが1980年。出版前にもかなりの議論があり,殊に「自我親和的(ego-syntonic)な同性愛は精神医学領域の疾患ではない」というDSM-III委員会の意見をめぐり専門家の間の論議2)は新聞紙上にも華やかに展開されたものであった。刊行2年後の現在,米国精神医学会は既に公式のnosologyと決定されたDSM-IIIをどう受けとめているか。適当な資料を見つけて,この間に対する答えを試みることは,米国精神医学の体質を示すトモグラフィーの一例を示し,DSM-IIIに関心を持つ読者の参考になることかも知れないと考えた。偶々1982年の米国精神医学会年会で「DSM-IIIの長所は短所を補って余りあるものか?」(“Do the advantagesof DSM-III outweigh the disadvantages?”)と題する討論会があったことに気がついた。この討論会では司会者の許に議題に関して賛成論者と反対論者が夫々二人賛否両陣から相互に立って,ユーモアにつつまれた鋭鋒で討論する。その後,聴衆の有志が自由にどちらかの側に立った発言をする一時があり,最後にパネリストが夫々短い発言をする。筆者にはなかなかアメリカ的だと思える雰囲気であったが,壇上のメンバーは次の通りであった。
著者
高橋 徹
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1153, 2005-10-15

対人恐怖の概念と診断,治療の進め方,臨床の実際の三部からなる。第一部では,対人恐怖の諸症状,その構造と内容,対人恐怖心性と現実とのかかわり方の諸相など,対人恐怖の臨床的な諸特徴が,著者が扱った症例の数々の例示をもとに懇切に解説されており,さらに,対人恐怖のひきこもりの病理が,対人恐怖の不安の考察および醜形恐怖を取り上げての対人恐怖の発達心理学的考察をもとに論じられている。第二部では,外来診療における精神療法的アプローチの仕方,薬物療法の実際が,やはり自験例をもとに解説されている。第三部では,対人恐怖の周辺的な病態の数々について,とくに統合失調症とのかかわりが取り上げられている。どの部をとっても,その平易な叙述をとおして,読む者に著者の対人恐怖研究への熱意と臨床経験の厚みと深い考察が伝わってくる。 ところで,近年の精神障害診断分類(ICD-10;Ch VやDSM-Ⅳ)に馴染んでいる人には,「対人恐怖」は,もはや古びた病名でしかないであろう。今では「社会恐怖」あるいは「社会不安障害」と呼ばれている。しかし,新旧病名のラベルの貼り換えだけでは済まされない重要な問題を,著者は,第一部の「対人恐怖から社会恐怖へ」および「社会不安障害(SAD)の概念および定義」の章で論じている。
著者
東村 輝彦
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.787-790, 1998-07-15

■はじめに 猫は犬とともに最も身近な愛玩動物である。猫に関する俗信は多く,猫は化ける,崇る,憑きやすいと言われてきた。しかしながら,猫憑きに関する精神医学の領域からの報告は少なく,「猫男」になったという例も含めてわずか5例にしかすぎない1,3,4,14,16)。したがって猫憑きに関してその地域特異性などを検討することは困難である。 我々4)は,かつて猫憑きの1例を民俗精神医学的立場から検討し本誌に報告したが,本シリーズでもその症例をもとに,改めて,動物と人間霊が継時的に憑依した点と祖霊信仰と憑依とのかかわりに注目し報告したいと思う。 宮本10)は,「動物憑依と神仏・人間霊による憑依はふつう同一人物で混じり合うことがない。憑きものの俗信がなお残る山陰や四国でも,動物霊と人間霊の両方に—同時的または継時的に—憑依された症例はおそらくまだ観察されていないだろう」と述べている。 我々の症例は,猫に続いて祖母の霊が憑依しており,これまで観察されたことのなかった貴重な憑依現象ではないかと考えている。
著者
山本 暢朋
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.83-85, 2013-01-15

はじめに 統合失調症の薬物療法において,第2世代抗精神病薬(Second Generation Antipsychotics;SGA)が果たす役割は大きくなっているが,各種SGAの位置づけや使い分けには議論が残されている。本邦で開発されたSGAであるperospirone(以下PRP)は,欧米各国においてほとんど使用できないこともあり,海外で作成された主要な治療ガイドライン・アルゴリズムでの言及がなされておらず,薬物療法上の位置づけについても共通したコンセンサスが得られているとは必ずしも言いがたい状況が存在する。筆者は,PRP投与後に統合失調症の強迫症状が改善した症例を報告しているが11),Yale-Brown Obsessive Compulsive Scale日本語版(以下JY-BOCS)のような評価尺度を用いたものではなかった。 今回,PRP投与後に強迫症状が改善した統合失調症患者について,JY-BOCSを用いて強迫症状を評価した1例を経験したので,若干の文献的考察を用いてこれを報告し,統合失調症薬物療法上におけるPRPの位置づけについても簡単に触れたい。
著者
井上 猛
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.155, 2021-02-15

小児期の虐待,不適切な養育からはじまり,思春期・青年期のいじめ,成人期のハラスメント,老年期の虐待まで,他者からの攻撃は人間にとって最もつらく,しかも長期に心身に影響を与えるストレスである。小児期の虐待,いじめ,トラウマをはじめとする小児期逆境体験については,本誌61巻10号(2019年10月)特集「トラウマインフォームドケアと小児期逆境体験」で取り上げた。同特集は小児期の逆境体験に気付くこと,そしてトラウマインフォームドケアの重要性を指摘している。 最近,小児期にいじめを受けた体験が自殺につながること,さらに長期にわたり心身に悪影響を及ぼすという疫学的研究が報告され,いじめが長期的には精神疾患発症の原因となることも明らかになってきた。いじめに気付き理解することといじめを無くすることが,個々人の健康のみならず公衆衛生,あるいは国家経済の観点からも重要であると思われる。
著者
津野 香奈美
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.177-186, 2021-02-15

抄録 近年,職場のいじめ・パワーハラスメント(パワハラ)は労働者の精神健康を害する大きな要因となっている。全国の労働局に寄せられる個別労働紛争相談の中で最も件数が多いのがいじめ・嫌がらせに関する相談であり,精神障害・自殺に関する労働災害の認定件数の中でも最も件数の多いものが,いじめ・嫌がらせ・暴行に関する事案である。そのような中,2020年6月には,企業に職場のいじめ・パワハラ防止を義務付ける法律が施行された。本稿では,職場におけるいじめ・パワハラ問題への理解を深めるために,いじめやパワハラの定義を整理した後,職場のいじめやパワハラを発生させる職場要因,および加害者要因について,これまでの研究で分かっていることを解説する。
著者
近藤 章久
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.382-388, 1970-05-15

すでに,森田は,対人恐怖の患者を精密に観察して次のように述べている。「対人恐怖は,恥かしがることをもって,自ら不甲斐ないことと考え,恥かしがらないようにと苦心する『負け惜しみ』の意地っ張り根性である」1)。すなわち彼によれば,対人恐怖は第一に,恥かしがる性格傾向を持ち,第二に,その恥かしがる傾向を抑圧,否定しようとする「負け惜しみ」の意地っ張りの傾向をもつものである。
著者
長 徹二 根來 秀樹 猪野 亜朗 井川 大輔 坂 保寛 原田 雅典 岸本 年史
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1115-1120, 2010-11-15

はじめに アルコール依存症患者は自ら治療を受けることは少なく,家族などの勧めで医療機関を訪れることが多い。これはアルコール依存症に特徴的であり,「自分がアルコールに関連した困難を抱いていること」をなかなか認めることができないことに起因する。そのためか,わが国には治療を必要とするアルコール依存症者だけでも約80万人存在する23)と推定されているが,実際に治療機関を受診している患者数は約4.3万人16)しかいない。 アルコール依存症はさまざまな疾病とのかかわりも多く,一般病院に入院していた患者のうち17.8%(男性患者では21.4%)もの人がアルコールに関連した問題を抱えている可能性があった27)と報告されているように,医療機関を受診する患者の中に占めるアルコール関連の臓器障害や機能障害の割合は想像を はるかに上回るものであると予測される。また,総合病院において,他科から精神科への紹介患者におけるアルコール・薬物関連疾患の割合は30%前後2,18)と報告されており,連携医療の必要性が示唆されている。 アルコール依存症を一般病院でスクリーニングし,専門治療機関に紹介する連携医療を展開するために,1996年3月に,三重県立こころの医療センター(以下,当院)が中心となって三重県アルコール関連疾患研究会(以下,当研究会)を発足させた。当研究会はアルコールに関連する問題を抱えている患者を対象とした研修や研究発表に加え,断酒会員やその家族の体験発表などを中心とした内容で構成されている。三重県内の100床以上の総合病院の中で,当研究会を開催した病院は8割を超えており,参加者総数は2,000人に達している。当研究会発足前の1996年の三重県の報告では,アルコール関連疾患により一般病院に入院してからアルコール専門医療機関受診するまでの期間は平均7.4年もの月日を要しており14),アルコール関連疾患にて一般病院で治療を受けてもアルコール依存症の治療が始まるまでに長い月日を要してきた。そのため,治療介入後の最初の10年間の死亡率が最も高い26)と報告されており,早期診断・早期介入が急務の課題であるといえる。 一般病院でアルコール依存症の教育,啓発そして連携を進めてきた当研究会の成果を調べるため,今回はアルコール専門医療機関である当院に受診するまでの経緯に関する調査を行った。
著者
川下 芳雄 小林 弘典 大賀 健市 大盛 航 板垣 圭 藤田 洋輔 竹林 実
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.837-845, 2016-10-15

抄録 視覚障害者に鮮明な幻視を呈する病態はシャルル・ボネ症候群(Charles Bonnet Syndrome;CBS)というが,近年,難聴の高齢者の一部に音楽性幻聴が出現するCBSの聴覚型が聴覚性CBS(auditory CBS;aCBS)と呼ばれている。高齢女性の難聴者に音楽性および要素性幻聴が生じ,aCBSが疑われ,非定型抗精神病薬は無効で,carbamazepineを含む抗てんかん薬が有効であった2例を経験した。1例目は,軽度認知機能障害をベースにaCBSが生じ,精神運動興奮,被害念慮を伴い,脳波異常はなかった。2例目は,被害妄想を伴い,脳波異常を有していた。2例とも脳萎縮,右側頭葉の血流増加の所見を共通して有しており,解放性幻覚仮説と呼ばれる脳の脆弱性や機能変化がaCBSの病態に関連する可能性が考えられた。
著者
阿部 又一郎
出版者
医学書院
雑誌
精神医学 (ISSN:04881281)
巻号頁・発行日
vol.52, no.11, pp.1131-1135, 2010-11
著者
堀 正士 新井 哲明 嶋崎 素吉 鈴木 利人 白石 博康
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.97-99, 1997-01-15

trazodone(レスリン®,デジレル®)は,心血管系の副作用が軽微で,抗コリン系副作用が少ないことなどから,高齢者や身体疾患を合併したうつ病患者に対して比較的投与しやすい薬剤とされている2)。しかしその反面,副作用として稀ではあるが,持続陰茎勃起症が知られており,治療的緊急性を要する場合もあることから,男性患者では注意を要する7,9,10)。一方で,単に身体的な異常にとどまらず,性欲そのものを亢進させるという報告も近年みられるようになってきた4,6,8)が,その発現頻度は極めて低く,本邦での報告は見当たらない。今回我々はtrazodone投与中に耐え難い性欲の亢進を呈した,妄想性うつ病の1女性例を経験したので,若干の考察を加えて報告する。