著者
鳶島 修治
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.104, pp.201-225, 2020-02-21 (Released:2021-09-24)
参考文献数
42

本稿では、二〇一五年に実施された「国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)」の日本調査データを用いて、小学四年生の子どもをもつ母親の教育期待の規定要因について検討した。その際、教育期待形成における「準拠集団」としての学校の影響に注目し、学校平均学力と学校SEC(保護者の大卒割合)の効果を検証した。母親の教育期待(子どもに大学進学を期待しているかどうか)を従属変数とするマルチレベル分析の結果として、子どもの学力が高いほど母親は大学進学を期待しやすいこと、母親は子どもが女子の場合よりも男子の場合に大学進学を期待しやすいこと、母親または父親の学歴や職業的地位が高いほど母親は子どもに大学進学を期待しやすいことが確認された。また、母親の教育期待に対する学校平均学力の効果については明確な結果が得られなかったものの、学校SECの効果に関しては、子どもが女子の場合には学校単位でみた母親の大卒割合が、子どもが男子の場合には学校単位でみた父親の大卒割合がそれぞれ有意な正の効果をもっていた。この結果は、子どもと同じ学校に通う児童の保護者たちが母親の教育期待形成における準拠集団としての役割を担っていること、同時に、母親の教育期待形成における準拠集団の選択が子どもの性別という要因に依存していることを示唆するものである。
著者
安達 智史
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.96, pp.139-164, 2015-07-10 (Released:2022-01-21)
参考文献数
19

本稿は、多文化社会における女性若者ムスリムが、複数の社会的期待に直面する中で、どのように自身のアイデンティティを構築し、社会への参加を実現しているのかについて、イギリスのコベントリー地区のインタビュー調査に基づき描くものである。分析の結果は、インフォーマントが、イスラームを遵守すべき最も重要な規範として引き受ける一方で、アイデンティティを分節・(再)接合しながら、イスラーム、イギリス社会、コミュニティや家族、そして多様な志向や背景を有する友人たちと関係を築いていることを示している。こうしたアイデンティティ管理、そして、それを通じた社会への統合に寄与しているのが、彼女たちが生きる多文化社会という現実である。多文化社会が、アイデンティティの多様化を要請し、それを管理する自律性を発展させることにより、女性若者ムスリムがそうした社会に適応することを可能にしている。それは、文化と宗教の区別やスカーフの着用をめぐる彼女たちの態度に看取することができる。
著者
奥村 隆
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.96, pp.11-38, 2015-07-10 (Released:2022-01-21)
参考文献数
11

ロバート・N・ベラー(Robert Neelly Bellah)は二〇一三年七月三〇日に八六歳で逝去した。宗教社会学者として知られる彼は、同時代に強い問題関心を抱き、アメリカ社会を痛烈に批判する「リベラルな知識人」として生きた人だった。本稿は、ベラーが二〇一二年一〇月四日に東京大学駒場キャンパスで行った講演「丸山眞男の比較ファシズム論」を手掛かりに、「日本」と「軸」という観点から「知識人であること」について再考を試みる。丸山眞男が「無責任の体系」と性格づけた日本社会をベラーは「非軸的」ととらえ、アメリカ社会を「ポスト軸的」と論ずる。このふたつの異なる社会で知識人である条件を考えるには、「軸」とはなにかを検討する必要があるだろう。本稿後半では、カール・ヤスパースがいう「軸の時代」に普遍的倫理を説いたプラトンなどの「世捨て人」たちを論じたベラーの論考を通して、知識人が社会のどのような場所にいる存在なのかについて考えたい。
著者
小松 丈晃
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.98, pp.91-114, 2016-05-30 (Released:2021-12-29)
参考文献数
34

何か否定的な含みを感じさせる「無知」は、これまで長らく研究テーマの中心に据えられてこなかったが、近年社会学でも、「環境」や「科学・技術」などを主題する論考の中に、(リスクや不確実性に加えて)「無知」や「ネガティブな知識」といった概念を軸にするものが増加してきている。本稿では、ベックのリスク社会論が、もともとこの「無知(Nichtwissen, non-knowledge)」を中心的な鍵概念にしていたところに着目し、このような近年の「無知の社会学」の展開に対するベックの貢献を確認し、「戦略的無知」論を展開していくための視点を模索する。まず無知の社会学の近年の広がりを確認したあと(一)、無知概念が多様な内実を有している点を指摘する(二)。ついで、同じ再帰的近代化論とはいっても、ベックとギデンズがいかに異なるかを検討し(三)、ベックによる無知論に立ち入って、「知ることができない」と「知るつもりがない」の対立を軸にした考察から、無知の三つの次元への整理にいたる議論の展開過程を追尾する(四)。最後に、ベック以後の無知論の展開可能性の一つとして、「戦略的無知」という観点のもつ意味について述べる(五)。
著者
大井 慈郎
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.95, pp.25-48, 2015-01-30 (Released:2022-02-06)
参考文献数
40

本稿は、「フォーディズム都市」をはじめとした、レギュラシオン理論を援用する都市論のもつ、今日の都市分析への展開可能性とその道筋を指摘する。一九七〇年代後半からの先進国における蓄積体制の変化と都市の構造転換に対して、ロサンゼルス学派をはじめとした論者は、レギュラシオン理論を援用し分析を試みた。だが、第一世代のレギュラシオン理論がもつ、国家の位置づけ不在という問題により、フォーディズムの終焉とポスト・フォーディズムへの移行を描ききれず、議論は衰退した。本稿は、David Harveyによる「都市管理主義」から「都市企業家主義」への転換に伴う国家と市場の関係性の変化の議論を、従来のレギュラシオン理論を援用する都市論に取り込み再構成することで、レギュラシオン学派第二世代によるその後の理論的発展を再び都市論へ援用する道筋を提示する。その際、政治と経済を結びつける象徴的媒介としての「貨幣」「法」「言説」の議論に着目し、とりわけ蓄積体制の変化に寄与する象徴資本の減価や増価と関わる「言説」を、国家の役割とともに検討・精緻化することが、フォーディズム都市論の課題の克服につながることを指摘する。その上で、グローバル化が進む今日において、途上国都市をも分析の対象としうることに言及する。以上が、ポスト・フォーディズム都市論の秘めたる射程である。
著者
伊藤 理史
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.101, pp.61-83, 2018-03-28 (Released:2021-12-01)
参考文献数
38

本稿の目的は、個人レベルの失業と地域レベルの失業率の効果を理論的・実証的に区別した上で、両者が投票参加にそれぞれどのような影響を与えるのか、検討することである。失業と政治参加の関係については、欧米諸国における政治社会学の古典的な問題関心であると同時に、二〇〇〇年代後半に生じた世界規模の景気後退以後、再び注目を集め実証研究が蓄積されている。このような問題関心は、政治参加の平等性に関するものとして理解できるが、従来日本は政治参加の不平等が少ない国として認識されてきたこともあって、十分に検討されてこなかった。欧米諸国を対象とした近年の投票参加の実証研究によると、個人レベルの失業と地域レベルの失業率の効果は、それぞれ異なることが示唆されているため、両者を区別した上で議論・分析を行う。 第一回SSP調査から得られたデータに対してマルチレベル順序ロジスティック回帰分析を行った結果、次の二点が明らかになった。(一)個人レベルの失業には、投票参加からの退出をもたらす効果があり、失業者の「声」は政治へ反映されにくい傾向にある。(二)地域レベルの失業率には、その地域に居住する人々に対して、失業を社会問題として認知させ政治に動員させる効果がないため、当事(失業)者以外からも、失業やそれにともなう貧困の是正を求める「声」は上がらない傾向にある。以上の結果より、現代日本においても失業と投票参加の間には、一定の政治参加の不平等が存在することが確認された。
著者
清水 晋作
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.103, pp.21-43, 2019-10-16 (Released:2021-10-24)
参考文献数
30

「ポスト真実」、特に「トランプ現象」を受けて、本稿は、ホーフスタッターの「反知性主義」論に依拠して、アメリカン・デモクラシーおよび民主主義の課題とゆくえを展望する。「トランプ現象」をめぐっては多くの議論や解釈がなされており、「ポピュリズム」、「グローバリズム/反グローバリズム」などの文脈で論じられることが多いように思われる。筆者は、「トランプ現象」を理解するために、ホーフスタッターが『アメリカの反知性主義』において展開した議論が有効であると考えている。本稿では、ホーフスタッターが「ニューヨーク知識人」の一員であったことから、ニューヨーク知識人としての側面にも着目しつつ、反知性主義についての彼の考察を通じて、「ポスト真実と民主主義のゆくえ」を展望したい。 本稿の議論は以下のように進める。第一節では、ホーフスタッターが属していたニューヨーク知識社会について概観し、ホーフスタッターの反知性主義論はマッカーシズムを背景に書かれたことを確認する。第二節では、さらにホーフスタッターを含めた「ニューヨーク知識人」のマッカーシズム論を考察し、ホーフスタッターの議論の内容と背景を理解する一助としたい。特にR・ホーフスタッター、S・M・リプセット、D・ベルの分析を取り上げる。第三~五節において、ホーフスタッターの『アメリカの反知性主義』の議論を追いかけながら、アメリカン・デモクラシーの特質について検討する。
著者
伊藤 勇
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
no.74, pp.83-104, 2003

シンボリック相互行為論(SI)の自己刷新の試みとして、ノーマン・デンジンを取り上げる。デンジンによれば、現代社会学において、SIほど解釈的志向を鮮明に打ち出し、質的方法を活用して人びとの意味世界や生きられた経験のフィールド研究に専心してきた学派は他にない。しかし、こうした誇るべき特長をもつSIも、後期資本主義の深化する現在の歴史局面(ポストモダン)において、人びとの経験と行動の問題に取り組もうとするならば、科学、言語、文化・コミュニケーション、知と権力に関する基本観点で克服すべき重大な弱点を抱えている。その点でSIは、ポスト構造主義やカルチュラル・スタディーズに多くを学ばなくてはならない。その上で、デンジンは、SIの特長を組み込み、ポストモダンの時代と思想に呼応した新たな研究プログラムとして、「相互行為論的カルチュラル・スタディーズ」を提起した。それは、デンジン自身を含む従来のSIからの大きな転回を意味する。ここでは、『シンボリック相互行為論とカルチュラル・スタディーズ』(1992)を主要テクストとして、そのSI批判と新研究方針のポイントを確認し、彼の転回の意義を考える。
著者
高橋 知花
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.105, pp.87-108, 2021-02-15 (Released:2022-03-10)
参考文献数
23

本稿の目的は、森林の過少利用を改善するための取り組みが、どのような諸条件の下で実践されうるのかを考察することである。過少利用問題の改善策としては、これまで生業や経済的な観点が重視されてきたが、本稿では「コモンズ」の観点から、新たな改善策を検討し、森林の過少利用問題が改善されうる諸条件を明らかにする。事例として取り上げるのは、秋田県能代市二ツ井町梅内地区で活動する任意団体「二ツ井宝の森林(やま)プロジェクト」である。 考察の結果、本事例においては、①まず、共有林や私有林において、入会慣行や総有に基づいた独自の森林整備が展開されており、②そこでは、必ずしも経済的に生活を成り立たせるわけではない活動にマイナーサブシステンスとしての意義が見出されていること、③また、地区における先人たちの功績としての植林の歴史が想起されることが、活動をまとめる契機となっており、そのことが森林の過少利用問題が改善されうる条件になっていることが明らかになった。
著者
安達 智史
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.104, pp.175-199, 2020-02-21 (Released:2021-09-24)
参考文献数
22

本稿の目的は、女性の労働市場への参加と家事役割の双方が強調される現代マレーシアにおいて、マレー系女性がいかにその「二重の役割」と向き合っているのかを明らかにすることにある。そのため、近代化とイスラーム化の強い影響下にある「新中産階級」に該当する大学教員を対象とし、労働と家事をめぐる意識の分析をおこなった。その結果、以下の点が明らかとなった。彼女たちは高等教育の重要性を強調するが、それは労働市場への参加だけでなく、子どもの教育や家族の運営といった家庭内での女性役割と結びつけられていた。また、家族をユニットとしてとらえることで、性別役割の強調だけでなく、その柔軟な運用をも可能にしていた。加えて、均衡の原則に基づく配偶者選択、教育を通じた夫との対等なコミュニケーション、時間的フレキシビリティをもつ職業選択は、イスラームの価値や家事役割を放棄することなく、労働市場への参加を実現する戦略として理解することができる。
著者
吉野 馨子
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.105, pp.1-31, 2021-02-15 (Released:2022-03-10)
参考文献数
22

浜/地域で生きることについて、宮城県雄勝町A浜での暮らしのなりたちとその変化から考えた。漁場は豊かながら港に恵まれなかったA浜では、磯での小漁からの漁獲物の加工・行商と、船員になることが主要な現金稼得手段となった。その傍ら食料確保のための農業生産も活発で、塩害に強い作物の模索から特産品もうまれた。山からは薪、建材、船材が利用され生業は複合的であった。浜での暮らしの生命線である磯の管理と船出し、飲料水と薪の確保は地域で協同されたが、それ以外は近い親戚内での個人的な協力に依っており、またそれは地域での発言権を高めるためにも利用されてきた。協同の必要性は徐々に薄れ地域の主な機能は磯の管理と祭礼に縮小しているが、磯資源は地域福祉の源泉でもあり続け、協同性と個人主義のせめぎ合いの積み重ねから震災時には目を見張る協働が実現された。進行する漁業離れは目前の豊かな磯の恵みを享受する機会を減じており、地区離れは地区での生活の存続に危機感を与えているが、その感じ方は個々に異なり、個人主義的態度が優先されがちである。こんにち生活の存立にとっての地域社会の不可欠性は疑問視され、農山漁村でもゆっくりとその考え方が受け入れられつつある。しかし私たちの生きる「場」は地べたからは離れられない。共感と歓待の視点から改めて地域社会を再構築できないか。そしてそこには浜/地域で培われてきた資源が大きな役割を果たすだろう。