著者
榎本 有希 六車 崇 久保田 雅也 中川 聡
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.21, no.10, pp.828-834, 2010-10-15 (Released:2010-12-04)
参考文献数
11

目的:小児二相性脳症の臨床経過とその特徴を明らかにし,二相目の発症前における単相性脳症との鑑別の可能性について検討する。対象・方法:2007年4月から2009年8月の間に国立成育医療研究センター集中治療室に痙攣・意識障害で入室した患者について,診療録を後方視的に検討した。単相性脳症群26例と,てんかん・熱性痙攣群 10例を対照群として,第3病日までのlactate dehydrogenase(LDH),fibrin/fibrinogen degradation products(FDP),Dダイマーの最大値を各群間で比較した。結果:脳症と診断された患者は36症例で,そのうち二相性脳症は10例(28%)であった。痙攣重積で発症した脳症22症例中,二相性脳症は8例(36%)で,一相目の痙攣が重積した症例が8例,重積しなかった症例が2例だった。二相目発症の中央値は第5病日(最小第4病日-最大第8病日)だった。ステロイドパルス療法,低体温療法,頭蓋内圧センサー挿入下の脳圧管理などが施行された。10症例中2例で一相目から積極的な治療を施行したが,二相目の発症を予防できなかった。転帰は全例生存で,後遺症なし 1例,軽度の神経障害 5例,重度神経障害 4例であった。 LDHの最大値はてんかん・熱性痙攣と単相性脳症,二相性脳症との間で有意差がみられた(p=0.017,0.002)。FDP,Dダイマーの最大値はてんかん・熱性痙攣と二相性脳症との間に有意差がみられた( p=0.018,p=0.033)が,いずれのマーカーも単相性脳症と二相性脳症の間に有意差は認められなかった。結語:小児では痙攣後,一過性の症状改善の後に再度痙攣や意識障害を来す転帰不良な疾患群が存在する。発生頻度が少なくないにもかかわらず,その発症予測は現時点では不可能である。小児の痙攣後には神経学的症状が軽度であっても二相目発症の可能性を視野に入れた管理が必要である。
著者
谷川 攻一 細井 義夫 寺澤 秀一 近藤 久禎 浅利 靖 宍戸 文男 田勢 長一郎 富永 隆子 立崎 英夫 岩崎 泰昌 廣橋 伸之 明石 真言 神谷 研二
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.22, no.9, pp.782-791, 2011-09-15 (Released:2011-11-15)
参考文献数
7
被引用文献数
1 2

東日本大震災は,これまでに経験したことのない規模の地震・津波による被害と福島第一原子力発電所の事故を特徴とした複合型災害である。3月11日に発生した地震と巨大津波により福島第一原子力発電所は甚大な被害を受けた。3月12日には1号機が水素爆発を起こし,20km圏内からの避難勧告が出された。14日には3号機が爆発,15日の4号機爆発後には大量の放射性物質が放出されるという最悪の事態へと進展した。一方,この間,原子力災害対応の指揮本部となるべく福島県原子力災害対策センターも損壊を受け,指揮命令系統が十分に機能しない状態となった。20km圏内からほとんどの住民が避難する中で,医療機関や介護施設には推定でおよそ840名の患者が残されていた。これらの患者に対して3月14日に緊急避難が行われた。しかし,避難患者の受け入れ調整が困難であり,重症患者や施設の寝たきり高齢患者などが長時間(場合によっては24時間以上)にわたりバス車内や避難所に放置される事態が発生した。不幸にも,この避難によって20名以上の患者が基礎疾患の悪化,脱水そして低体温症などで死亡した。一連の水素爆発により合計15名の作業員が負傷した。その後,原子炉の冷却を図るべく復旧作業が続けられたが,作業中の高濃度放射線汚染による被ばくや外傷事例が発生した。しかし,20km圏内に存在する初期被ばく医療機関は機能停止しており,被ばく事故への医療対応は極めて困難であった。今回の福島原子力発電所事故では,幸い爆発や放射線被ばくによる死者は発生していないが,入院患者や施設入所中の患者の緊急避難には犠牲を伴った。今後は災害弱者向けの避難用シェルターの整備や受け入れ施設の事前指定,段階的避難などを検討すべきである。また,緊急被ばくへの医療対応ができるよう体制の拡充整備と被ばく医療を担う医療者の育成も急務である。
著者
射場 敏明 齋藤 大蔵
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.37-45, 2011-02-15 (Released:2011-05-03)
参考文献数
56

そもそも播種性血管内凝固(DIC)は,「種々の基礎疾患に合併する全身的な血管内凝固の活性化状態で,初期には検査値異常のみで捉えられるが,重症化すると出血症状や臓器症状を呈し,その背景には全身的な微小血栓形成が関与している病態」として認知されてきた。すなわち基礎疾患は異なっても,検査値異常としては共通であることがその存在意義であった。しかしその後詳細が明らかにされるにつれ,治療や経過,転帰は基礎疾患によってそれぞれ異なることが明らかされてきた。したがって最近では,これらをひとくくりに診断し治療することの妥当性が問われるようになり,むしろ個別対応することの必要性が強調される傾向にある。とくに敗血症性DICは,その頻度と緊急性,重症度の高さから注目度が高くなっている。またDICの捉え方については,合併症のひとつという見地から,感染防御のための生体反応という意味合いを見いだそうとする方向性がみてとれる。診断に関しては,より早期に診断を行って抗凝固治療を迅速かつ積極的に始めようとする動きが顕著である。治療については,アンチトロンビン,トロンボモジュリン,活性化プロテインCなどの生理的抗凝固物質がとくに重要視されており,いずれも単に凝固を調節するだけではなく,炎症反応を制御することが期待されている。
著者
遠藤 裕 肥田 誠治 大橋 さとみ 木下 秀則 林 悠介 斉藤 直樹 本多 忠幸
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.1-8, 2011-01-15 (Released:2011-03-25)
参考文献数
14

背景:近年,public access defibrillation(PAD)プログラムの一貫として,学校やデパートなどに自動体外式除細動器(AED)が配置され,多くの救命例が報告されている。しかし,突然の心停止(SCA)の多くは自宅で発生している。今回,地理情報システム(GIS)を用いて,自宅で発生したSCAに対して,現状のAED配置がどの程度対応可能か,更にコンビニ店舗と警察関連施設にAEDを配備した場合について,新潟市を例にとって検討した。方法:平成20年の新潟市における自宅内発生のSCA 848例を対象とした。自宅住所と現状のAED設置場所の地番データを緯度と経度に変換した。次にGISを用いてAED設置場所を中心に,距離200m,100mのバッファを設定し,その内部に含まれるSCA数について検討した。結果:現状のAED設置場所(568箇所)では,距離200m,100m圏内に,自宅内SCA(848例)のそれぞれ23.5%,5.7%が発生していた。しかし,現状の設置場所は学校,スポーツジム,官庁等が多く,AEDへの24時間のアクセスは困難と考えられた。そこで,24時間アクセス可能な場所として,コンビニ店舗(232店)と警察施設(93施設)にAEDを配置した場合を予測した。その結果,AED数は現状の57%に留まるものの,距離200m,100m圏内に,自宅内SCAのそれぞれ16.5%,4.7%が発生すると予測された。100m圏内のAED設置場所当たりのSCA数は現状配置より多く,更にSCA発生数はPADプログラムを推奨する基準よりも多いことから,自宅内SCAに対して有効な設置場所と考えられた。結論:目撃者2名以上が必要という制約はあるが,コンビニ店舗と警察施設へのAED配置は自宅で起こったSCAに対して有効であると考えられた。
著者
鵜飼 卓
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.19, no.12, pp.1069-1079, 2008-12-15 (Released:2009-08-07)
参考文献数
7
被引用文献数
1

2008年上半期の自然災害による死者は約23万人,被災人口は約 1 億 3 千万人に上る。人口の急増と都市への集中などによって,自然災害はその規模を拡大させ,また地域紛争も後を絶たず,災害の被害者は益々増加の傾向にある。世界の難民は約 1 千万人,国内避難民は約 2 千万人を数える。これらの災害に対して,国際社会は人々の生命を救い,生活を支援するために,国連レベル,各国レベル,自治体レベル,そして市民レベルで各種の人道支援活動を開始するが,医療支援はその重要な一部分を占める。国際的な人道支援に関与する国連機関としては,UNOCHA,UNHCR,UNICEF,WHO,WFP,HABITAT,IOMなどがあり,医療を担当する主なNGOにはICRC,IFRCをはじめ,MSF,MDM,Merlin,CARE,CARITASなど数多くの団体がある。日本の国際災害緊急医療支援を実施する組織としては,日本国際緊急援助隊医療チーム,日赤医療チーム,AMDA,HuMAなどがある。これらの団体が海外の災害被災地に医療チームを派遣して救援医療活動を行うに当たって守るべき行動規範としてスフィアプロジェクトと国際赤十字のガイドラインとがある。これらを知らずしていきなり未経験の派遣希望者を被災地に派遣すべきではない。国際災害救援医療活動に伴う課題は少なくない。被災地への到着のタイミングの遅れ,被災者の真のニーズの把握とグループの持つ対応能力との整合性,他団体の活動との重複や競合,復旧・復興・開発段階の地域の医療との整合性,経済性などは全世界的な共通の課題であり,日本国内の問題としては人材確保と教育の機会,活動資金の調達,被災地のニーズに見合う特色のあるチーム作りなど数々の課題が残されている。これらの課題にもかかわらず,国際災害救援医療は日本人による国際貢献の一手段として,世界に一灯をともすものとして発展させるべきであろう。若手の医療人の参加を期待する。
著者
森村 尚登 櫻井 淳 石川 秀樹 武田 宗和 泉 裕之 石原 哲 有賀 徹
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.19, no.9, pp.921-929, 2008-09-15 (Released:2009-08-07)
参考文献数
8

背景:市民が傷病の緊急性を判断するにあたり医学的な観点で看護師及び医師が24時間体制で相談に応じ,救急車要請適応の判断や症状に応じた口頭指導や受診科目・医療機関情報を提供するため,2007年 6 月に救急相談センター(受付番号#7119,以下救急相談センター)が開設された。目的:本研究の目的は,緊急度判断のプロトコールに基づく電話救急医療相談の現状と課題について検討することである。方法:予測し得る相談対象者の主訴ごとに90のプロトコールを作成した。緊急度のカテゴリーは,(1)救急車要請を必要とする病態(赤),(2)救急車要請の必要はないと判断できるが,少なくとも1時間以内の緊急受診を必要とする病態(橙),(3)6 時間以内を目安とした早期受診を必要とする病態(黄),(4)当日ないし翌日日勤帯の病院受診を必要とする病態(緑)の 4 段階とした。開始後 3 か月間の交信記録を集積して検討した。結果: 3 か月間の相談件数6,549件中プロトコール使用率は75.7%で,小児の発熱,小児の頭頸部外傷,異物誤飲の順に使用頻度が高かった。プロトコールに従った緊急度判断は,赤 24.6%,橙 29.4%,黄 23.7%,緑 22.4%であった。諸因子を勘案して最終的に赤と判断した925例中救急車搬送は786例で,うち病院初診時重症度が判明した673例中の30.9%が緊急入院していた。結論:赤カテゴリー以外の判断は結果として救急車需要増加の対応に寄与したと考えられ,他方赤カテゴリーと判断した症例のうち緊急入院を要した症例が存在したことから,プロトコールに基づく緊急度判断が緊急性の高い患者の早期医療機関受診に寄与したといえる。プロトコール導入によって対応が標準化され,相談者の受診行動に影響を与えたと考えられるが,今後はデータ集積を継続し更なる検討が必要である。
著者
山下 雅知 明石 勝也 太田 凡 瀧 健治 瀧野 昌也 寺澤 秀一 林 寛之 本多 英喜 堀 進悟 箕輪 良行 山田 至康 山本 保博
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.19, no.7, pp.416-423, 2008-07-15 (Released:2009-07-25)
参考文献数
17
被引用文献数
9 9

日本救急医学会救急科専門医指定施設に対してアンケート調査を行い,ER型救急医療の実施状況を調査した。408施設中283施設からアンケートの回答が得られ,有効回答は248施設であった(有効回答率88%)。このうち24時間または一部の時間帯でER型救急医療を行っていると回答した施設は150存在した(248施設の60%,24時間82施設,一部の時間帯68施設)。150施設中,救命救急センターは64施設,日本救急医学会指導医指定施設は23施設,大学病院は38施設存在した。150施設の病床数,年間救急患者数,救急搬送患者数の最頻値は,それぞれ501~750床,10,001~20,000人,2,001~4,000人であった。救急医及びER型救急医数は 1 ~16人以上と広い分布を示したが,最頻値はともに 1 ~ 3 人であった。ER型救急医療は,150施設中139施設で初期臨床研修に活用されていた。ER型救急医の後期研修プログラムは68施設で実施され,36施設で準備中であった。24時間ER型救急医療を実施している施設では,一部の時間帯で実施している施設に比して,救急医数・ER型救急医数ともに有意に多かった。以上から,日本救急医学会救急科専門医指定施設の60%でER型救急医療が実施されていること,ER型救急医療を実施している施設において救急医及びER型救急医の人的資源は十分とはいえないこと,が明らかとなった。今後も増加が予想される救急患者に対応するために,救急科専門医及びER型救急医をどのように育成していくかについて,国家的な戦略が必要であると考えられた。
著者
堀 進悟 太田 祥一 大橋 教良 木村 昭夫 河野 寛幸 瀧野 昌也 寺沢 秀一 箕輪 良行 森下 由香 明石 勝也 山本 保博
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.18, no.9, pp.644-651, 2007-09-15 (Released:2009-02-27)
参考文献数
18
被引用文献数
12 12

本邦では, 救急医の業務は主に重症救急患者の入院診療に従事することと考えられてきた。近年, 救急医が重症度に関わらずすべての救急患者を診療するER型救急医療モデル (ER : Emergency Room) が導入されつつあるが, その実施状況が調査されたことはなかった。本研究の目的は, 日本救急医学会ER検討特別委員会のactive member (註) が勤務する施設を対象として, ER型救急医療の実施状況を調査することである。2006年6月にアンケートが60施設に送付され, 28施設から有効回答を得た。ER型救急医療は22施設で行われ, このうち12施設 (55%) では24時間体制で実施されていた。ER型救急医療を実施する施設では, 重症度にはよらず, すべての救急患者を同一の救急室で診療している場合が多かった (17施設, 73%)。これらの施設には, 最頻値で救急医6~10人, ER型救急医1~3人が勤務し, 10~20人の1年次初期臨床研修医が研修中であった。初期研修医の救急医療研修は, すべての施設でER型の救急医療研修が行われていた。ER型救急医の後期臨床研修プログラムを有する施設は7施設, 準備中の施設は11施設存在した。以上から, 本邦において一部の医療施設ではER型救急医療が実施されていること, 及び救急医の人的資源が十分ではないことが明らかとなった。註 : ER特別検討委員会はER型救急医療の普及啓蒙を活動目標とするため, 委員のみによる活動推進は困難である。このためactive memberを募り, 活動に参加している。本研究実施時のactive memberは86人であった。