著者
長井 理佐
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学:美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
vol.30, pp.265-275, 2009-03-21 (Released:2017-06-12)

本研究では,中学生以降の対話型鑑賞における目的を再検討するとともに,その目的に向けどのように対話鑑賞の場を構築すべきかについて提言する。目的の見直しに際しては,ハーバーマスの「生活世界」の概念を援用し,対話型鑑賞の場を,日常知のストックとしての生活世界を組み替える場として位置づけた。鑑賞の場の構築については,主に,テート・モダンにおける鑑賞プログラムや筆者の授業実践に基づき,(1)従来の美術の枠内でのジャンル分けを脱構築したテーマ別鑑賞の有効性,(2)学習者とは異なるコンテクストを対話の場に導入する必要性を論じた。
著者
本間 美里 松本 健義
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学:美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.457-470, 2014-03-20 (Released:2017-06-12)

本研究において,他者やものを介しながら行われる鑑賞学習の中で起きる対話が,個々人の経験・語り・知覚を相互に触発していく学習活動のプロセスを記述考察し,鑑賞の学習過程における対話的活動での学習者間の相互行為のもつ意味を明らかにした。言語的な対話を主な媒介として行われる一斉型の鑑賞活動とは異なり,4,5人一組で作品への気付きを記入したり,相手を変えたりしながら語る鑑賞の活動過程を,作品を媒介にして行う子どもの発話や行為が相互の経験・語り・知覚を触発する実践的関係に着目し,分析記述した。本実践における学習過程の触発性は,他者と作品を媒介にして個々人が相互に連鎖させる経験・語り・知覚が,自他の境界を超えて作品世界と知覚経験世界の差異を現象させ,活動の広がりと深まりを生成することが明らかとなった。
著者
烏賀陽 梨沙
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学:美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
vol.31, pp.99-112, 2010-03-20 (Released:2017-06-12)

本稿の目的は,総合大学と美術館という二つの学際的な機関が連携して実現した「福岡道雄プロジェクト(2007年度)」の中で,学生とアーティスト(すなわちダイアローグ),学生と美術館のコミュニケーションが実際どのように行われたかを描出すると同時に,アート,特に同時代性のある「現代美術」の関与が,学習者の思考態度にどのような影響を及ぼすかという認知的視点からも事象を描出し,その教育的な意味や現代美術への教育的アプローチを考察することである。「福岡道雄プロジェクト」とは,龍谷大学・国際文化学部と滋賀県立近代美術館との連携により,「『福岡道雄展』での教育プログラムを企画・立案する」ことを目標に組まれた一連のプロジェクトである。本稿はその活動の実践報告のみならず,「現代美術」を思想の伝達視覚媒体として捉えた時の鑑賞教育のあり方と発展性を検証する。
著者
有田 洋子
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学:美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.35-50, 2019 (Released:2020-04-28)
参考文献数
33

戦後日本の教員養成大学・学部における美術教育学の人的制度基盤は,戦後の大学での教員養成政策が教養教育重視から教職の専門性重視へ転換していく過程で成立する。師範学校が教員養成大学・学部に移行しても美術科教育の専門性は意識されなかった。昭和39年から53年にかけての学科目「美術科教育」の設置は美術科教育の専門性を形式的に出現させた。ただ時代的な余裕から教官配置の遅れや所属教官の研究内容との不整合等はあった。昭和43年からの大学院美術教育専攻の設置は,文部省の委員会による美術科教育教官の論文業績審査があり,美術教育学の内容的専門性を制度的に保証した。最初は大学院設置に関して大学や教官の温度差やコンセプトの違いはあったものの,平成11年に美術教育専攻の全国設置が完了した。大学院美術教育専攻設置によって美術教育学の人的制度基盤は成立した。
著者
長井 理佐
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学:美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.341-352, 2014-03-20 (Released:2017-06-12)

本研究では,"身体性"を根底に据えたイメージ鑑賞の必要性を提起し,広義の対話型鑑賞に取り入れる際,どのような学習支援を行うべきかを考察した。"身体性"に焦点を当てる根拠としては,イメージをめぐる文献研究から共通する問題意識を抽出し,その観点が,同時に,構成主義的学びを支える上でも重要であることを論じた。具体的な学習支援に関しては,ハウゼンの感性的発達段階論stages of aesthetic developmentを"身体性"の観点から新たに検討した上で,発達段階のII(特にIIの後期)を対象とした学習支援として,(1)身体領野をメタ認知すること,(2)身体領野に定位した比較鑑賞を行うこと,(3)日常的な身体知と関連付けて作品鑑賞を行うこと,を提起した。
著者
高橋 文子
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学:美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
vol.32, pp.255-266, 2011-03-20 (Released:2017-06-12)

茨城県近代美術館が所蔵するモネ筆「ポール=ドモアの洞窟」に関して,光と影を補色対比としてとらえる印象派の考え方・方法を理解する教材化を試みた。同作品の色面構成を分析して,光と影とが補色対比として表現されていることを確認した。そして,それを中学生に理解させる授業を構想した。日本色研の93色の色紙から補色関係にある色彩を選択し,コラージュを制作させる活動,そして光の当たっている部分と陰や影の部分の色面を意識して描く色鉛筆画を描かせる活動を,先の理解を容易にする手だてとして提案した。実際に授業実践し,教材解釈及び色紙による色彩の選択とコラージュ・印象派風色鉛筆画制作活動が有効であることを実証した。
著者
安斎 勇樹 平野 智紀 山田 小百合 塩瀬 隆之
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学:美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
vol.39, pp.27-38, 2018 (Released:2020-04-02)
参考文献数
15

本研究は,視覚障害者を対話のパートナーとした場合の美術鑑賞において,鑑賞の深まりのメカニズムについて明らかにした。実際に視覚障害者をサブナビゲイターとした対話型鑑賞の実践を行い,発話データの分析を行ったところ,視覚情報を共有出来ないがために,美術作品に関する精緻な言語化が動機付けられ,それに伴って精緻な観察が促されることが明らかになった。また,そうして説明された情報に対して,視覚障害者が素朴な疑問を繰り返し投げかけることによって,作品に対する解釈の前提が揺さぶられ,新たな作品の見え方が導かれていたことが明らかになった。また,考察の結果,視覚障害者を対話のパートナーとした美術鑑賞を実施する上では,事前に観察の結果を対話によって共有しやすい作品を選定すること,そして当日は作品鑑賞の時間を十分に確保し,鑑賞中には作品の細部だけに焦点が当たりすぎないようにナビゲイトを工夫するなどの注意点が示唆された。
著者
北野 諒
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学:美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
vol.34, pp.133-145, 2013-03-25 (Released:2017-06-12)
被引用文献数
2

本稿は,対話型鑑賞における美学的背景についての考察を経由して,芸術をめぐる学びとコミュニケーションの様態を再検討することを目的としている。具体的には,「開かれた作品」「(敵対と)関係性の美学」といった美学理論の解題から,「半開き性」という鍵概念-芸術/学び/コミュニケーションの基礎的条件をなす弁証法的運動-を抽出し,分析を展開していく。行論のすえ,本稿はふたつの可能性(暫定的な結論と仮説の提議)にいたるだろう。ひとつは,「半開き性」を,対話型鑑賞の学びの場面へ実際的に応用する「半開きの対話」の可能性(暫定的な結論)。もうひとつは,「半開きの対話」を楔に,コミュニケーションをメディウムとした現代アートの作品群と芸術教育の実践群とを接着し,新たな芸術教育パラダイムのコンセプト・モデルとして胚胎させる可能性(仮説の提議)である。
著者
田中 さや花 西口 雄基 前田 基成
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学:美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
vol.38, pp.343-352, 2017 (Released:2019-09-03)
参考文献数
27

本研究は,なぜ同じ絵画を鑑賞しても人によって作品の印象や視点が異なるのかを,認知的特性の1つである自閉症スペクトラム傾向に注目し,その個人差が絵画の鑑賞にどのような影響を与えるのか検討するものである。予備調査,本調査ともに1枚の絵画を鑑賞してもらい,質問紙に回答を求め絵画の印象や見方を調査した。その結果,自閉症スペクトラム傾向の強い・弱いで作品の印象や視点に個人差が生じることがわかった。例えば,調査で使用した絵画は怪しげな視線のやり取りが描かれていたが,自閉症スペクトラム傾向が弱い人ほど,この視線のやり取りによる不穏な空気に悪い印象を受けるが,自閉症スペクトラム傾向が強い人ほど悪い印象を受けることはないことが推察された。
著者
永澤 桂
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学:美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
vol.34, pp.357-366, 2013-03-25 (Released:2017-06-12)

本論は,美術が家族をめぐる問題に対して,いかなる貢献ができるのかという視点から,西欧で描かれた伝統的な母子像に光をあてることにより,そこで示されたジェンダーに関する考察を目指すものである。西欧で伝統的に描かれてきた聖母子像においては,イエスや聖母マリアが人間としての身体を獲得することと,両者の間に親密な情が交わされることが結びついている。このことから,ジェンダーについての理解を深めるための題材として,母子像の鑑賞が有効性を持つと考え,その実践的な方法として,とくに身体表象について検討する。現在,家族をめぐって多様な問題が議論されているなかで,母子像の鑑賞が,多様なジェンダー観を磨くことに寄与しうる可能性を持つと考えている。結論として,ジェンダーを切り口とした母子画の鑑賞を通して,美術が人間関係,多文化・異文化理解に貢献できる営みであることを言及している。
著者
寺元 幸仁
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学:美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
vol.38, pp.353-363, 2017 (Released:2019-09-03)
参考文献数
14

児童画コンクールの影響について,先行研究ではプラスとマイナスの両面について論じられている。しかし,教育現場ではプラス面が強調されることが多い。本研究では,近藤卓の論を援用し,子どもの「自尊感情」への影響について考察を行った。入賞等による社会的自尊感情の肥大化と,基本的自尊感情とのバランスの変化により,プラスの影響だけではなく,「落選時の自信喪失」「意欲減退」などのマイナスの影響も考えられることを示した。また,近藤が自尊感情の測定尺度として開発した「SOBA-SET」を用いて,実際に子どもの自尊感情を測定し,家庭環境などを含めた細かい考察を行った。外的な承認であっても社会的自尊感情を膨らませない場合や,優越感によって人間関係にマイナスの影響を及ぼす可能性について述べた。取り巻く環境によって影響は様々であり,児童画コンクールの影響についてとらえ直す必要がある事を示した。
著者
金子 一夫
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学:美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
vol.38, pp.179-191, 2017 (Released:2019-09-03)
参考文献数
36

著者は今日の美術教育学研究における問題点を指摘し,その解決のため贈与交換論による美術教育学の再定義を提案した。論述を以下の三段階で行った。1.美術教育学の発生から現在に至る過程 2.美術教育学が本来備えるべき要件 3.美術教育学の問題とその解決方法の検討 1.で美術教育学の困難の外部的・内部的要因を指摘し,2.で美術教育学の要件は厳密な概念による美術教育現象の記述とした。3.で美術教育学の問題点として,主要な言説に1理論上の表現と学習と教育の区別がないこと,2理論上に表現者だけ存在し,教育内容,教師が存在しない不備を指摘した。その解決のため,教育,美術,美術教育を贈与交換の過程と再定義して,表現と学習と教育の区別,教育内容と教師の理論的再生を試みた。そして美術教育は教師,被教育者,教育内容・教材各々を下位要素システムとして交感するシステムと捉えられるとした。
著者
箕輪 佳奈恵
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学:美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
vol.37, pp.401-413, 2016 (Released:2019-08-26)
参考文献数
11

本論文は,イスラム世界における美術教育と宗教との関係性について,ムスリムの教師による授業実践の観察と彼らへのインタビューを通して明らかにするものである。調査中の授業実践からは宗教的要素は顕在化しなかったが,教師たちと重ねた対話から,彼らの実践する美術教育には,表現への配慮を要するという従来のイスラム世界の美術教育における消極的な認識だけではなく,宗教との関連を肯定的に捉える側面が存在するという事実が浮かび上がってきた。彼らは,一見イスラムとは無関係に思える事柄について,信仰と美術教育とのつながりを見出し,実践に価値を与えていたのである。この研究結果は,イスラム文化に即した美術教育の発展の基盤となる,新たな知見を提示するものである。
著者
橋本 忠和
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学 : 美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
no.28, pp.307-320, 2007-03-31

本研究は,「道徳の時間」と「図画工作科」を組み合わせ,道徳教育において絵画表現による絵本づくりを行うことによって,道徳教育の内容を構成する視点の一つである「自己を他の人と関わりの中でとらえ,望ましい人間関係を育成する」ことに効果をもたらすことができるのか,授業実践を通して考察したものである。また,美術教育の面においても,自分と他者との関わりを意識した絵画表現をさせることで,児童に既習の表現技術を応用・発展させたり,文章と絵画を効果的に組み合わせた表現方法を主体的に工夫できる場を提供できるかどうか考察する。道徳の授業では,姫路市の日本赤十字病院内の院内学級に通っていた12歳の少女が(平成10年に病没),同級生の行った数々のいたずらを他者肯定の視線で見つめた文章を元につくられた絵本『ゆきちゃん物語』を資料にするとともに,絵画表現の絵本づくりの参考にもする。
著者
市川 寛也
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学:美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
vol.36, pp.43-56, 2015-03-20 (Released:2017-06-12)

本稿は,アートプロジェクトによる学びの有効性について考察することを目的としたものである。アートプロジェクトの現場では,鑑賞者が制作のプロセスに参加することによって,一人ひとりが創造的な主体性を獲得していく事例を見ることも少なくない。ここでは,完成された作品を視覚的に鑑賞することとは異なる新たな美的体験が生み出されている。本論では,参加型芸術の理論的な背景を明らかにするとともに,アートプロジェクト《放課後の学校クラブ》の運営を通して実践研究を行った。現代美術家の北澤潤によって構想されたこのプロジェクトでは,子どもが主人公になる「もうひとつの学校」がつくられていく。その結果として出現する場は,アートによる開かれた学びの可能性を提示する。
著者
新井 馨
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学:美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.1-14, 2019 (Released:2020-04-28)
参考文献数
86

現代美術を美術教育へ取り入れた実践研究,あるいはその有用性や表現形式などの研究は数多くあるものの,目的とするところは多様である。そこで,本稿では現代美術の美術教育への取り入れに関する論文をとりあげ,研究の蓄積を整理し動向と課題を報告する。文献の収集方法と範囲は学術情報データベースCiniiによる検索を行い,対象年代は1958年から2017年とした。検索では「現代美術」「教育」をキーワードとして関連文献を収集した結果,100稿の論文が存在した。これらの論文を,年代別,対象者別,テーマ別に整理し課題を検討した。その結果,1.議論されるテーマに偏りがある,2.多くの実践や理論の対象に幼児・小学校の扱いが少ない,3.現代美術をどう取り入れどういった力が培われるかが明確でない,ことの3点が課題として明らかになった。
著者
清水 翔
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学:美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
vol.32, pp.185-196, 2011

小学校におけるデザイン教育は,これまで美術科教育の理念に準じて行われてきた。具体的には,「作る」という造形表現が中心であったといえる。そして,デザインという語の意味の曖昧さに加え,新学習指導要領においてデザインという語が削除されたことも相まって,デザイン教育の指針が見えなくなっている。そこで本稿では,デザイナーへのインタビューに基づき,デザイン教育の新たな可能性を提示した。インタビューの結果からは,小学校におけるデザイン教育の設計にあたって,日常生活を対象とする,デザインの機能を知る,協同学習を活用するという3つの特徴が重要であることが明らかになった。この結果に基づいて,デザインリテラシーの育成という観点から,デザイン教育の指針を提案した。