- 著者
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小栗 顕二
- 出版者
- メディカル・サイエンス・インターナショナル
- 巻号頁・発行日
- pp.1083-1092, 2020-10-01
はじめに本稿は科学技術のめまぐるしく変化する現代の話ではなく,はるか昔にリタイアした私の,研究生活を始めた頃(1965年頃)から始まる。科学論文というものは,失敗や苦労の遍歴は記されず,すべてが順調に進んだ事柄だけを披歴する成功譚である。しかし,実際の研究生活はそんなものではなかった。当時,独立した麻酔科学講座を置いている大学はまだ少数で,多くは臨床教室としてか,あるいは外科学の麻酔専任医師がいるだけの大学が多かった。したがって独自の研究環境をもっている大学は少なかった。 この頃は,決まった研究方法も確立されておらず,遠心分離器,分光光度計,ガスクロマトグラフ,電気泳動装置,低温室…があれば素晴らしい研究室であると誇らしげに自負するような,まるで無人島に流れ着いた流民が日々の飢えをしのぐ食料を求めてジャングルの中に分け入っていくような時代であった。