著者
長澤 淑夫
出版者
千葉大学大学院人文社会科学研究科
雑誌
千葉大学人文社会科学研究 (ISSN:18834744)
巻号頁・発行日
no.24, pp.65-77, 2012-03

公労協によるスト権ストは、『国鉄新聞』が国労の組合員につたえた情勢とその分析によれば、74 春闘時の政府自民党との5項目了解事項(関係閣僚協議会を設け、三公社五現業の争議権について結論を出す)と国会における国鉄藤井総裁の条件付きスト権付与の言明、三木首相のストと処分の悪循環の裁ち切り発言を総合的に判断し、75 年11 月に闘いとる機会が来たとの結論を受けて行われた。これに対し、研究者である熊沢誠は田中内閣時の74 年秋にこそチャンスがあり、別の研究者高木郁郎は75 年6月にもっともスト権に近づいたと判断している。
著者
宮森 一彦
出版者
千葉大学大学院人文社会科学研究科
雑誌
千葉大学人文社会科学研究 (ISSN:18834744)
巻号頁・発行日
no.23, pp.22-36, 2011-09

本稿は、管理栄養士・栄養士の公衆衛生関連専門職としての教育、職業生活および家族生活、とりわけパブリックなものと民業としての性質をあわせもつその職域を対象にした探索的な研究を行い、少子高齢社会における栄養士の教育・職業・産業社会学的研究の必要性の提示を行う。研究調査結果の部分的アセスメントとしては、公衆の福祉と健康に資する「公益的職業」としての職域の確立が急務である一方で、管理栄養士・栄養士候補生たちには多様な就労形態に柔軟に適応する構えがあり、性別を問わない家庭重視の傾向を持ちつつ出産・育児・介護などのライフイベントを経ても就労を継続する意志を持っていることなどを、端的な人権問題として管理栄養士・栄養士の職業団体は尊重してそれを実現してゆく努力を行う必要性がある。それは、就労継続の困難が問題になっている医療福祉の他職種はもちろん、すべての労働者がかかわるテーマでもある。
著者
馮 英華
出版者
千葉大学大学院人文社会科学研究科
雑誌
千葉大学人文社会科学研究 (ISSN:18834744)
巻号頁・発行日
no.26, pp.159-179, 2013-03

本論文は『1Q84』に散在する戦争や植民地記憶の語りに焦点を当て、それがいかなる意味を持つのかを探究するものである。登場人物の青豆、タマルと天吾の父親に関わる「記憶」を分析し、満鉄、樺太と満洲植民地についての叙述がいかに物語の展開・構造と連動しているかを考察する。さらに、とりわけ、天吾の父子関係と「記憶」の継承の問題を、アスマン、オリックらの記憶研究を参照しつつ重点的に検討することによって、作者が企図した「魂のソフト・ランディング」の可能性と限界について論じる。
著者
光延 忠彦
出版者
千葉大学大学院人文社会科学研究科
雑誌
千葉大学人文社会科学研究 (ISSN:18834744)
巻号頁・発行日
no.31, pp.35-47, 2015-09

衆参両院の、いわゆる国政選挙における東京都の投票率は、55年体制の成立以降で見ても逓減状況にある一方で、島根県のそれはほぼ一貫して60%台後半から80%台後半を維持して、依然として47都道府県の首位にある。島根県の投票率の高さは、衆参いずれの選挙においても、全国平均と比較して10%程度、さらに東京都と比較すると20%程度もの乖離があるのである。 そこで、本稿は、「こうした投票参加における自治体での差異は、いかなる要因から生じるものか」。この一端を、国内の先行研究では、必ずしも十分ではなかった「投票者を取り巻く投票参加制度」という視角から接近して、ひとつの解答、すなわち「自治体の裁量による投票所数とその配置状況が影響する」という興味深い結論を、非都市部の島根県、全国平均、都市部の東京都との比較を通じて実証する。 本稿に先行の「国政選挙における島根県と東京都の投票率の差異に関する比較研究(1)」では、 1.問題の所在と分析枠組み 2.東京都の投票所配置と自治体有権者の較差 1)投票所数と投票率 2)自治体有権者数の較差と投票率について議論したが、本稿はこれに続く。
著者
金沢 佳子
出版者
千葉大学大学院人文社会科学研究科
雑誌
千葉大学人文社会科学研究 (ISSN:18834744)
巻号頁・発行日
no.18, pp.176-190, 2009-03

柳谷慶子『近世の女性相続と介護』吉川弘文館 A5判 328頁 2007年発行 (本体価格)9000円本書は、日本近世における女性と家族の位相を明らかにすることをめざして、著者が1990年から発表してきた論考11篇を二部構成で収録したものである。第一部は、東北諸藩において、女性が家督を相続した数少ない事例を紹介し、史料によっては、その名が系譜から抜け落ちている背景を探り、さらに、大名家の「奥」の機構や「姉家督」慣行から「家」の運営と相続をめぐる女性の役割を検討している。第二部は、今日、自明とされている女性による介護が近世においては家長の役割規範のもとに、当主や跡取りにあたる息子が行っていた例を幕藩の諸史料や武士の日記などから考証した。高齢者や病人の看病・介護における「家」の位置取りを家族のおかれた状況や地域共同体の扶助機能から考察し、公権力の関わりかたにも言及している。現在の社会通念はいつ頃からいかなる変化を経て生じてきたものか、ジェンダーの視座から、近世社会の特質と知られざる姿に光をあてた歴史学的研究である。
著者
鴻野 わか菜
出版者
千葉大学大学院人文社会科学研究科
雑誌
千葉大学人文社会科学研究 (ISSN:18834744)
巻号頁・発行日
no.28, pp.205-217, 2014-03

ロシア現代美術を代表する作家の一人であり、アーティスト、パフォーマー、詩人、小説家、脚本家、絵本作家、出版家、キュレーターとして多彩な活動を続けるレオニート・チシコフ(Леонид Тишков 1953年生)の作品を解説する。チシコフの創作世界の特徴を、共生のユートピア、「新しい世界」の創出、美術と文学の融合、世界文化への関心という観点から分析する。
著者
中井 良太
出版者
千葉大学大学院人文社会科学研究科
雑誌
千葉大学人文社会科学研究 (ISSN:18834744)
巻号頁・発行日
no.23, pp.214-228, 2011-09

リバタリアニズムが実行可能性のある社会理論であるためにはその社会を維持し、安定させることが必要であると考えられる。そのためには一定数のリバタリアニズムの想定する個人が必要である。これらの個人はどのような人間か、また彼らは何処からやって来るのかについてリバタリアニズムは答える必要がある。S. Horwitz はハイエクの業績に依拠しつつ家族が子供を「ミクロ秩序とマクロ秩序の二つの世界で同時に生活出来る」ようにするミクロ-マクロ・ブリッジとして機能すると議論する。この議論が先の問いに答える上で有益であると考えられる。彼の議論は家族を市場と相補的なものとして位置付けるものであり、リバタリアニズムにも親和的である。更に、この「二つの世界で同時に生活する」というアイディアは人間の多様性を真剣に受け止めるリバタリアンな人間象として採用することが可能であるように思われる。
著者
柴田 伊冊
出版者
千葉大学大学院人文社会科学研究科
雑誌
千葉大学人文社会科学研究 (ISSN:18834744)
巻号頁・発行日
no.24, pp.14-31, 2012-03

1994 年のICAO(International Civil Aviation Organization)における自由化をめぐる世界規模での議論を踏まえ、米国を起点にした国際航空の自由化は世界規模で進行している。オープンスカイ政策によって、米国が世界に求めた自由化は、既存の二国間航空協定を改定する方法による自由化で、航空当局者ごとの交渉を通じて、米国への又は米国からの路線において波及的に国際航空の自由化を図ることであった。ICAO フォーラム(1994年)で提言された国際航空の自由化は、それぞれの国家の地勢と、既存の航空会社の競争力に応じて段階的に実現されるという視点に応じていたから、米国の方法は実践的であったことになる。 EU(European Union)域内では、英国やオランダなど自由化に積極的な国家と、ヨーロッパ統合という政治的主導によって自由化が進行した。EU 域内の航空会社は、英国航空(イベリア航空との統合で世界第7位の売上高 2010 年)を中心に、国家の介入による自国航空会社の保護育成という政策を脱し、かつ、インフラとして航空会社の運航を支える空港管理主体の民営化が進行して自由を基軸として統合された地域を伴う航空会社となった。それ以降、米国国内とEU 域内及び大西洋路線が、世界の航空の需要の大半を占めている事実から、米国とEC(European Community)の接続の形態が国際航空の次世代の原形となるとする見解もある。米国とEC という国際航空における自由化の核の外に位置する日本も国際航空路線の多くを米国及びEU 域内と接続しているために自由化を免れることができない。そして日本では第二次世界大戦の敗戦以降、米国の航空会社が運航の路線数や以遠において優勢であり、かつ隣接の中華人民共和国の航空の急速な発展に当面していることから、日本はここに至るまで自由化に慎重であった。 国際航空の自由化との関係で争点になるシカゴ条約前文の航空の機会均等は、これまでそれぞれの政府による、それぞれの締約国の航空会社の保護育成政策によって実効性が担保されていたのであり、国際航空の自由化の進行前においては、IATA(International AirTransport Association)によって世界規模で統一された手続によって運航に必要な条件が整備されながらも当該保護育成の方法は国家ごとに異なっていたから、オープンスカイ政策以降の自由化を意図する変革の方法と目的も国家ごとであり、世界規模では同一でない。それ故に、マランチェク(Peter Malanczuk)が多様化する国際公法の今後を「細分化」と称したように、国際航空の自由化についても、日本における「自由化」の意義を確定する必要がある。そして、それは緩やかな漸進的自由化であり、国家による統制の潜在化である。
著者
斯日古楞
出版者
千葉大学大学院人文社会科学研究科
雑誌
千葉大学人文社会科学研究 (ISSN:18834744)
巻号頁・発行日
no.26, pp.143-158, 2013-03

「モンゴル・アム」とは、キビを加工した食物の一つである。「アム」とは「食糧」の意味である。この言葉の意味からしても、モンゴル人のアイデンティティと強く結び付いてきた食物だとわかるだろう。モンゴル人は昔から遊牧を中心とし、遊牧を損なわない程度に、ナムク・タリヤーと呼ばれる粗放農業を営んできた。モンゴル帝国の時代には、「モンゴル・アム」と「干し肉」を兵糧として用いていた。モンゴル各地域で「モンゴル・アム」は重要な食物であった。しかし、清朝中頃以降、内モンゴル東部地域は急激な開墾・農地化の流波にさらされ、モンゴル族の言語、習慣、伝統的文化もまた変化した。人びとは羊肉や牛肉を食べなくなったかわりに、豚肉や鶏肉をよく食べるようになった。日々の食事の食材生業の変化に伴い、変化せざるを得なかったことが明らかである。こうした背景を持つ内モンゴル東部地域では、モンゴル人の食糧という名前を持つ「モンゴル・アム」が食べつづけられてきた。現在、日常の食生活でも、儀礼でも「モンゴル・アム」がよく食べられ、使われている。「騎馬民族」や「北アジアの遊牧民」という従来のイメージとはかけ離れつつある「農耕モンゴル人」の食生活において「モンゴル・アム」の意義はどのようなものなのか。「モンゴル・アム」という食べ物はモンゴル人のアイデンティティとどう関わっているのか。本稿では、伝統と変容という視点から、農耕モンゴル人が伝統的モンゴル食を象徴する「モンゴル・アム」を、どのように維持しようと試みているのかについて論じる。
著者
江 涛
出版者
千葉大学大学院人文社会科学研究科
雑誌
千葉大学人文社会科学研究 (ISSN:18834744)
巻号頁・発行日
no.28, pp.218-227, 2014-03

香港は急速な高齢化社会が進んでいるため、成年後見制度の整備が導入されている。香港の成年後見制度は、法定後見と任意後見との2つの制度からなる。この2つの制度は、主に成年の意思無能力者の財産管理に対応するため、成年の意思無能力者の治療及び介護に対応するのは、代行決定と事前指示に委ねる。本研究は、香港成年後見制度の法的枠組について検証し、法律関係規定を引用することにより成年後見制度の基本的構成及び法技術を確認し、その動向を考察するのを目的とする。
著者
忽那 敬三
出版者
千葉大学大学院人文社会科学研究科
雑誌
千葉大学人文社会科学研究 (ISSN:18834744)
巻号頁・発行日
no.32, pp.1-13, 2016-03

もともとは社会現象をめぐる問題としてのみ剔抉されていた物象化の議論を、自然科学的認識の場面にまで拡張したのは廣松渉であった。廣松は、相対性理論や量子力学といった現代物理学が近代の自然科学と対峙するなかで提唱することになった自然科学理論の根底に哲学的な反省を加えることによって、「能知-所知的=所知-能知的な被媒介的存在形象」が近代の自然科学においては物性化的に錯視されている次第を明らかにすると同時に、また自然科学的営為一般に通底する四肢的な構造連関態を開示する手掛かりが現代物理学において提供されていることをも明らかにしている。しかし現代物理学の意義を強調しすぎれば、現代物理学そのものも歴史的・社会的に相対的であることを忘却する危険性があること、さらにまた自然認識のモデルを自然科学的認識だけに限定してしまえば観照的な自然認識という場面が等閑視される危険性があること、これらを筆者としては指摘しつつも、しかしこれらの問題は廣松物象化論のなかで原理的に解決可能であることを論じた。
著者
犬塚 康博
出版者
千葉大学大学院人文社会科学研究科
雑誌
千葉大学人文社会科学研究 (ISSN:18834744)
巻号頁・発行日
no.18, pp.15-25, 2009-03

新京動植物園は、満洲国の首都新京特別市にあった。上野動物園園長古賀忠道の指導のもと1938年に着工され、仙台動物園園長を辞した中俣充志が園長に就いた。広大な敷地に設けられた同園は、動物園と植物園の総合という分類学展示から生態学展示への転換、動物展示における無柵放養式の全面的採用、動物の北方馴化、教育と研究の主導と娯楽の後退、産業への応用など、斬新なテーマを多くもりこんで計画された。指導に際し古賀が「あまり日本の動物園のまねはしないで下さい」と主張したのに即せば、同園は〈日本ならざる未来〉であったと言える。無柵放養式と北方馴化はドイツのハーゲンベック動物園をモデルとしており、狭義には〈極東のハーゲンベック〉を目指したと言うこともできるだろう。同園は完成することなく1945年に終焉するが、北方馴化のテーマは北海道の動物園へ、無柵放養式のテーマは多摩動物公園での本格的採用へと、それぞれ継続した。
著者
菅野 憲司
出版者
千葉大学大学院人文社会科学研究科
雑誌
千葉大学人文社会科学研究 (ISSN:18834744)
巻号頁・発行日
no.19, pp.308-314, 2009-09

[要旨] 合併銀行名に関して、昔、東京銀行を三菱銀行が「吸収」して東京三菱銀行に、今、さくら銀行(太陽神戸三井銀行)と若干より規模が大きい住友銀行とで三井住友銀行に、これが通例であり、これに対して、規模が大きい関東銀行と小さいつくば銀行が合併して関東つくば銀行になったことは異例であり、本報告では、合併銀行名の意味論に関して考察を進める。
著者
松田 光太郎
出版者
千葉大学大学院人文社会科学研究科
雑誌
千葉大学人文社会科学研究 (ISSN:18834744)
巻号頁・発行日
no.25, pp.91-97, 2012-09

本稿は今村啓爾編『異系統土器の出会い』の書評である。土器研究の第一線で活躍している8人の共同研究者の研究論文(事例・第2~9章)と研究の中心者であり編者でもある今村氏の総括的論文(第1章)からなっている。土器には系統があり、土器が移動することで異なった系統の土器が出会う。第1章の総括的論文では、本書の目的が述べられると共に、以下の研究論文(事例)の内容を抽出・分析し、移動の類型化が試みられている。研究論文では第3~5章は縄文時代中期・後期、第1・6・7章は弥生時代から古墳時代前期、第8章は北海道のオホーツク・擦文を対象とした土器の型式学的研究が展開され、遠距離間を中心とした土器の動き・影響関係、さらにはその背後にある人の動きに対する考察が述べられている。また第9章は土器の土である胎土の分析研究が掲載されている。本稿ではこうした本書の内容をまとめ、その成果や課題について述べる。
著者
小池 哲司 倉阪 秀史 馬上 丈司
出版者
千葉大学大学院人文社会科学研究科
雑誌
千葉大学人文社会科学研究 (ISSN:18834744)
巻号頁・発行日
no.31, pp.124-143, 2015-09

2014年に施行された農山漁村再生可能エネルギー法は、再生可能エネルギー電気の固定価格買取制度を背景として、農山漁村における再生可能エネルギーの促進と農山漁村の活性化を目的とした法律である。本法は、自治体の基本計画や協議会での議論によって農林漁業に資する再生可能エネルギーの普及を目指すものであり、市町村や農林漁業者が主体となって実施されていくものとして2012年2 月には野田内閣から閣法として提出されていたが、衆議院解散や政権交代によって審議入りが大幅に遅れ実際に施行されたのは2014年の5月と、最初の提出から2年3ヶ月も経過した後となってしまった。一方でその間には、2012年に固定価格買取制度が開始し、我が国においては特に地域外資本による太陽光発電が爆発的に増加した。本論文は農山漁村再生可能エネルギー法の成立過程およびその制度の内容を踏まえたうえで、その意義や課題について考察するものである。
著者
高橋 孝次
出版者
千葉大学大学院人文社会科学研究科
雑誌
千葉大学人文社会科学研究 (ISSN:18834744)
巻号頁・発行日
no.32, pp.13-28, 2016-03

〈文壇〉からの孤立というイメージによって強く価値づけられてきた稲垣足穂だが、大正末から昭和初期にかけては、〈文壇〉という文学場において、「新時代」を代表する作家として登記された存在だった。本稿では作家自身の証言に依拠するのみでほとんど検証されてこなかった〈文壇〉時代の稲垣足穂の姿を当時の時評や合評、新たに発見された資料、同時代言説などから再構築することを目的とする。滝田樗陰と「中央公論」、佐藤春夫との破門問題、中村武羅夫と「新潮」、新感覚派と「文芸時代」といった稲垣足穂と〈文壇〉を繋ぐ人々との関わりを再検証し、当時の足穂がいかにして〈文壇〉での位置を獲得していったかを裏付ける。加えて石野重道と猪原太郎という二人の友人をめぐる「オリジナリティ」の問題を採り上げ、足穂の送った二つの抗議文と、それに対する〈文壇〉の反応から足穂の「新しさ」がどのように認知、受容され、消費されていったのかを明らかにする。
著者
小池 哲司 倉阪 秀史 馬上 丈司 倉阪 秀史 クラサカ ヒデフミ KURASAKA Hidefumi 馬上 丈司 マガミ タケシ MAGAMI Takeshi
出版者
千葉大学大学院人文社会科学研究科
雑誌
千葉大学人文社会科学研究 (ISSN:18834744)
巻号頁・発行日
no.31, pp.124-143, 2015-09

2014年に施行された農山漁村再生可能エネルギー法は、再生可能エネルギー電気の固定価格買取制度を背景として、農山漁村における再生可能エネルギーの促進と農山漁村の活性化を目的とした法律である。本法は、自治体の基本計画や協議会での議論によって農林漁業に資する再生可能エネルギーの普及を目指すものであり、市町村や農林漁業者が主体となって実施されていくものとして2012年2 月には野田内閣から閣法として提出されていたが、衆議院解散や政権交代によって審議入りが大幅に遅れ実際に施行されたのは2014年の5月と、最初の提出から2年3ヶ月も経過した後となってしまった。一方でその間には、2012年に固定価格買取制度が開始し、我が国においては特に地域外資本による太陽光発電が爆発的に増加した。本論文は農山漁村再生可能エネルギー法の成立過程およびその制度の内容を踏まえたうえで、その意義や課題について考察するものである。
著者
ボナシチ エドナ 福田 友子 前田 町子 石田 沙希 マエダ マチコ MAEDA Machiko 石田 沙希 イシダ サキ ISHIDA Saki
出版者
千葉大学大学院人文社会科学研究科
雑誌
千葉大学人文社会科学研究 (ISSN:18834744)
巻号頁・発行日
no.32, pp.191-208, 2016-03

本稿は、Edna Bonacich, 1973, 'A Theory of Middleman Minorities,'"AmericanSociological Review" 38: 583-93. の和文翻訳(全訳)である。著者のエドナ・ボナシチ(1940- )は、現在、カリフォルニア大学リバーサイド校の名誉教授である。「分断的労働市場論」(1972)が有名であるが、この「ミドルマン・マイノリティ理論」も移民研究に大きな影響を及ぼした。とりわけエスニック・ビジネス研究においては、基本的論文として知られており、日本では日系アメリカ人の研究でたびたび引用・参照されてきた。本論文の主要な論点については多くの批判も出されたが、それはこの論文が移民研究において果たした役割の大きさを裏付けるものでもある。
著者
関谷 昇 セキヤ ノボル SEKIYA Noboru
出版者
千葉大学大学院人文社会科学研究科
雑誌
千葉大学人文社会科学研究 (ISSN:18834744)
巻号頁・発行日
no.22, pp.17-31, 2011-03

政治社会の構成原理として「補完性原理」が注目されているが、その理解と援用のあり方は必ずしも明確ではなく、解釈如何によっては既存の政治権力の自己正統化に利用されうる。そこで、その思想史的源流とされるアルトジウスの政治思想に立ち返って検討することにより、補完性原理は自己完結的には構成原理たりえず、諸々の生活共同体の自立が前提とされなければならないことを明らかにする。宿敵ボダンは、主権者の絶対的な命令から演繹的に政治秩序を導いたが、アルトジウスは法学を政治学に援用する混同を批判し、法学的な演繹に先立つ、政治学的な事実の解明を試み、それを「共生(symbiosis)」の営みとして理解しようとした。政治とは、国家に先立つ諸々の「生活共同体(consociatio)」の自立が尊重される共生の保持に外ならず、そこから主権の共有も導き出される。この生活共同体の自立があって、はじめて補完性原理に基づく政府間の権限配分の適正さが具体的に模索されるのである。
著者
光延 忠彦 ミツノブ タダヒコ MITSUNOBU Tadahiko
出版者
千葉大学大学院人文社会科学研究科
雑誌
千葉大学人文社会科学研究 (ISSN:18834744)
巻号頁・発行日
no.28, pp.58-72, 2014-03

1955年の自民党の成立以降65年の「刷新都議会選挙」までの間、東京都議会(都議会)内では自民党の多数が継続されたが、当該選挙を分岐に多数党は存在しない政党配置にそれは変容した。その後、東京都の自民党は、都内一部の選挙区での補選で勝利して一時的に多数を占めたことはあったものの、ほぼ少数の勢力で推移した。 65年の都議会選挙において東京都の自民党が少数化した直接的要因は、都議会議長の交替に伴う贈収賄事件とされてきた。しかし、一方で、65年の都議会選挙で東京都の公明党や東京都の民社党も議席を獲得したことから、都議会は、「多党化の時代」を迎えることにもなった。こうしたことから、65年の「刷新都議会選挙」は、戦後都議会内の政党配置に決定的な変化をもたらす契機となったのである。 そこで、東京都の自民党は、いかなる要因から長期に低迷して少数にならざるを得なかったのか。本稿は、この点に、「政党組織の候補者選定」という視角から一定の解答を提出する。政党による「候補者調整と政党間の棲み分け」が、東京都の自民党組織の消長に影響したという結論を、「刷新都議会選挙」の前と後との、東京都の自民党勢力の比較を通じて提出する。 ところで、こうした研究は、一中核自治体の議会選挙の分析ではあるが、しかし、それとともに、大都市部における自民党組織の集票活動は如何なる状況なのか、この点についても示唆が得られる意義を有する。