著者
合原 一究
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.43, no.3, pp.167-172, 2019

多くの動物にとって,音は周辺環境を把握するための重要な手がかりである.本稿では,音を活用する夜行性動物であ るカエルに注目する.カエルは多くの種でオスが鳴き声を発し,メスはオスの鳴き声を聞きつけて近寄ってくる.著者らは, ニホンアマガエルのオス同士の音声コミュニケーションを対象に,室内実験と野外調査を実施した.その結果,室内と野外の 両方で,近くのオス同士が交互に鳴く傾向を見出した.このような鳴き方には,タイミングをずらして自分の鳴き声が他個体 の鳴き声でマスクされないようにして,自分の存在をメスに効率よくアピールする機能があるものと予想している.次に,パ ナマ共和国でトゥンガラガエルとケヨソイカの関係を調べた.トゥンガラガエルのオスはメスを呼ぶために鳴くのだが,その 鳴き声は捕食者や寄生者に盗み聞きされてしまう.ケヨソイカもトゥンガラガエルのオスの鳴き声を聞いており,鳴き声を手 がかりに近づいてカエルの血を吸う.著者らはトゥンガラガエルの鳴き声と,その鳴き声に寄ってくるケヨソイカの行動を野 外環境で計測した.その結果,たくさん鳴いているオス,一声あたりに複雑な音声成分を多く含むオスのほうが,ケヨソイカ に狙われやすいことがわかった.トゥンガエルのオスにとって鳴くことは「メスへのアピール」と「捕食者・寄生者に狙われ るリスク」 という2つの側面があり, それらのトレードオフによって適切な鳴き方が決まっているのではないかと予想している.
著者
遠藤 謙
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.43, no.2, pp.107-110, 2019 (Released:2020-05-01)
参考文献数
17

下肢切断や生まれつき下肢欠損の状態で生まれた患者にとって,最も健常な2足歩行に近い運動が可能となる機器は義 足である.本稿では,義足は最も基本的な運動である歩行運動を中心に設計されることが多いため,歩行運動中の足部と膝関 節のトルクと仕事率から足部や膝継手がどのような機能を要するかを解説する.また,最近ではコンピュータ制御でダンパー をコントロールできるものや,モータ・バッテリ・センサ等を用いた能動的な動きが可能な義足技術も数多く研究開発されて おり,これらの動向や可能性を紹介する.さらに,ロボット技術を用いた義足の開発を加速させるためにサイバスロンなどの 競技会やプロジェクトが進められており,今後義足技術がどのように我々の社会に影響を与えていくかを考察する.
著者
加茂野 有徳
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.44, no.3, pp.141-146, 2020 (Released:2021-09-09)
参考文献数
26
被引用文献数
2

歩行補助に用いられる杖について,一般的に使用される一本杖(T 字杖)に絞って,その目的および作用から,杖を用いた歩行(以下,杖歩行)の効果を概説し,筆者らの行った杖歩行の力学的解析のための計測杖の作製と,それを用いた解析事例を紹介した.杖は,立位および歩行時のバランス保持と,免荷すなわち下肢荷重の軽減を目的に使用され,生体力学的安定をもたらし歩行運動を補助する.計測杖を用いた脳卒中片麻痺者の杖歩行時の左右脚の逆動力学解析により,下肢関節モーメント波形に麻痺側と非麻痺側の間で大きな非対称性があることと,リハビリテーション後に杖への依存が減少し麻痺側関節モーメント生成能力が増大することを示した.

1 0 0 0 OA 座 再考

著者
野呂 影勇
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.3-7, 2007 (Released:2008-06-27)
参考文献数
15
被引用文献数
4

従来,椅子の研究が脊椎重視で,その結果椅子の開発が背当て重視となっていた. 本稿では、座面重視の椅子開発を提案する.背景として,日本の古来の座法があることが述べられる.まず,腰椎前彎の平坦化の病理学的な問題についてのKeeganの理論とその理論に反する研究やエビデンスについて述べる.次いで 座面を中心とした椅子設計指針を述べる.すなわち骨盤傾斜角度,体圧分布の最適化,大臀筋とほぼ一致するコンフォートゾーンと座面との関係の調整,そして最後に臀部形状の測定・評価について述べる.最後は,臀部形状の測定・評価である.これは,あとがきにも触れる椅子の工法と密接な関係がある.具体例として高機能座面を提案する.
著者
三輪 洋靖 笹原 信一朗
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.35, no.1, pp.21-27, 2011 (Released:2016-04-15)
参考文献数
23

近年,メンタルヘルスの低下,特にうつ病患者の増加が社会問題となっている.そこで,本稿では,うつ病の代表的な症状の一つである睡眠障害に着目し,健常者およびうつ病患者の睡眠状態の比較を目的とした.そして,加速度計を用いて睡眠中の寝返りを検出し,寝返りの頻度より睡眠深度を2 段階に分類した.さらに,睡眠状態を比較する指標として,睡眠の質得点(SQS),短時間睡眠の質得点(S-SQS),標準SQS 変動率の3 つの指標を提案した.最後に,健常者およびうつ病患者に対して,提案指標の長期連続計測実験を行った結果,両者間に有意な差が確認され,継続的なうつ状態が,睡眠深度を浅くし,睡眠の質得点や標準SQS 変動率の低下をもたらしたことが示唆された.
著者
浜田 篤至 板花 俊希
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.44, no.1, pp.28-31, 2020

東京パラリンピック開幕を控え世界へ戦いを挑む選手はもちろんのこと,その選手の文字通り手足となる義手・義足・ 装具をサポートする義肢装具士やパーツメーカーも同じ思いでスタートラインに立っている.パラ陸上競技の成績は1964年 の東京大会から年々向上しており,特に膝下での切断者が義足を使用して参加するクラス(T61-64)では短距離種目や跳躍種 目において健常者の競技記録に迫る勢いである.走行用義足部品における代表例の「板ばね」について,その形状がもたらす 走行動作への影響を考察する.
著者
沖川 悦三
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.38, no.2, pp.93-98, 2014
被引用文献数
1

チェアスキーとは車椅子ユーザーなど立位でスキーをすることができない人たちのための座位で行うアルペンスキー用具である.日本におけるチェアスキーの開発は1976 年から始った.1980 年に実用機が完成し,その後のチェアスキー用具は,チェアスキーヤーのスキー技術の向上を追うように進化していった.長野パラリンピック開催を契機に,リハエンジニアや車椅子メーカー,バイクメーカーなどが協力し,チェアスキー開発プロジェクトを結成して開発を進めた.最新チェアスキーは日本選手のみならず,多くの外国選手も使用している.本稿ではその開発過程にそってスポーツ用具としてのチェアスキーを解説する.
著者
笹川 俊
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.39, no.4, pp.179-183, 2015 (Released:2016-04-15)
参考文献数
15
被引用文献数
1

静止立位時の身体は,絶え間なく,小さく揺れ動いている.これは,受動的には不安定な立位バランスを,我々の脳神 経系が能動的に制御している事を意味する.立位バランスの神経制御機構に関しては,古くから数多くの研究がなされているが,その多くは静止立位時の身体を,足関節を唯一の回転中心とする倒立単振子としてモデル化したものである.本稿では,静止立位姿勢の多関節モデルについて,その妥当性や制御上の特色について解説した上で,同モデルを用いた最新の研究を紹介する.
著者
朝岡 正雄 アサオカ マサオ
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.29, no.1, pp.31-35, 2005-02

動きの正確な模倣は人間に固有の能力であり,他の動物には見られない.この能力が発揮される生理学的メカニズムは今日でも十分に解明されているとは言い難い状況にある.確かに,現代の科学技術を用いれば,空間内に展開される人体の運動の軌跡を正確にトレースしてそれを機械で再現することは可能であろう.しかし,スポーツにおける技能伝承の場では,他者の動きを学習者自身の身体で再現することが求められる.本論では,人間に固有の「動きの模倣」の方法を「なぞり」という視点から解説し,この延長線上に動きのイメージトレーニングが成立していることが示される.これによって,スポーツにおける想像力の役割とその重要性が明らかになれば幸いである.
著者
本多 健一郎
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.35, no.4, pp.233-236, 2011 (Released:2016-04-15)
参考文献数
13
被引用文献数
1 3

昆虫類は紫外線を見ることができる.夜行性の昆虫は紫外線を多く出す光源に良く誘引され,この性質を利用した害虫 の発生予察灯や電撃殺虫機などが開発されている.昼行性の昆虫は黄色の色彩板に誘引されることが多く,発生調査用の黄色水盤や防除用の黄色粘着板などが利用されている.黄色照明の点灯は夜行性蛾類の活動を抑制し,果樹や野菜花きの被害を減らす効果がある.近紫外線を透過させないフィルムを展張した栽培施設では,コナジラミやアザミウマなどの害虫が侵入しにくくなり,被害が減少する.光を反射する資材を圃場に設置すると,アブラムシなどの飛来を抑制できる.今後はLED など新しい光源の開発と利用が期待される.
著者
田中 悟志
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.39, no.2, pp.87-92, 2015 (Released:2016-04-15)
参考文献数
34
被引用文献数
2

経頭蓋直流電気刺激法(transcranial Direct Current Stimulation:tDCS)は,頭蓋の外に置いた電極から直流電流を与え,電極直下の脳活動を修飾する手法である.従来から使用されている経頭蓋磁気刺激法(Transcranial Magnetic Stimulation:TMS)に比べ,装置が小型で扱いやすく,また重篤な副作用の報告がないことから神経・精神疾患,脳血管障害に伴う機能障害に対する新たな電気生理学的治療法として脚光を浴びている.本稿では,tDCS による手の感覚機能の向上とその臨床応用に関して,触覚,痛覚,痒みを具体例として最新の研究についてまとめた.運動機能を対象とした研究と異なり,手の感覚を対象としたtDCS 研究は報告の数もまだ少なく,萌芽的段階にある.しかし,臨床疾患を対象とした研究では,触覚弁別能力の向上や痛覚抑制などが報告されている.今後研究成果を積み上げることで,tDCS による手の感覚の制御が可能になり,手の感覚障害を改善するための新たな機能的治療法として応用できる可能性がある.
著者
榊 泰輔 蜂須賀 研二
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.30, no.4, pp.180-183, 2006 (Released:2008-06-10)
参考文献数
12
被引用文献数
1 1

急激なテンポで社会の高齢化が進む中,医療・介護の現場でロボット技術への期待が膨らんでいる.高齢者に発症が多い脳卒中では片麻痺により歩行が困難になる例が多く,自立支援・社会復帰をめざすリハビリテーションが施されるが,長時間・頻回の訓練を実現するにはロボット等の活用が考えられる.理学療法士が担当する運動療法において,特に歩行機能の回復を支援するロボットの課題について述べる.
著者
馬場 一憲
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.36, no.1, pp.28-35, 2012 (Released:2016-04-15)
参考文献数
10

産婦人科では,超音波(断層)診断装置が無いと診療ができないといえるほど,超音波が活用されている.大半の症例は超音波断層法だけで診断がつくが,3 次元超音波を用いて,超音波断層法では得ることができない断面を表示したり多彩な3 次元像を表示したりすることで,診断が可能になったり診断が確定されたりする症例もある.特に,胎児の顔の形態,耳の位置や形態,四肢の形態異常の診断に,胎児体表の3 次元像が有用である. 形態だけでなく,3 次元走査と3 次元画像構築を繰り返すことで胎児の動きを立体的に捉えることができる.また,血流をカラー表示する超音波ドプラ法を3 次元超音波に応用すると血流(血管)分布を3 次元的に捉えることができる.
著者
上田 晃三 清野 佳紀
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.32, no.2, pp.57-60, 2008 (Released:2010-12-06)
参考文献数
11
被引用文献数
2

骨の成長・発達は,骨格の構築とともに身体の発育において非常に重要な因子である.多くの骨はいきなり形成されるのではなく,軟骨組織による足場の形成を経て骨へと変換される.このプロセスには種々の細胞間シグナル伝達,遺伝子の転写因子といった内因性の要因や力学的付加など外因性因子を含む数多くの因子が絡み合って,骨形成に影響を与えている.骨形成の一般的な過程とともに,特徴的な症状を呈する骨疾患の成因を通じて,骨形成に関与する主要な因子を概説する.
著者
金子 文成 速水 達也
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.35, no.3, pp.186-190, 2011 (Released:2016-04-15)
参考文献数
21

運動感覚は,位置覚,運動覚,力覚等の統合的な感覚であり,運動感覚の形成には,主として筋紡錘からの求心性入力 が関与することが明らかにされている.筋紡錘からの求心性入力は,筋長の変化速度や筋長そのものの状態に応じて変化する.そのため,運動感覚は,筋収縮の状況に影響を受ける.本稿では,これまでの報告に基づき,筋収縮が運動感覚に対してどのような影響を及ぼすかについて解説する.