著者
佐分利 敏晴 佐々木 正人
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.28, no.2, pp.56-60, 2004 (Released:2005-02-23)
参考文献数
16

機械論的世界観や決定論に基づいて自然科学になろうとした心理学は,同じ世界観から成立した物理学と同じ運命をたどり,心と身体を分離し,心を身体(自然)から排除するか,心を機械的な身体の支配者とするか,どちらかの結論に追い込まれた.この方法では,ヒトを含めた高等動物の行為の能動性や創造性をその領域で扱うことができない.極端な場合,それらは神秘的なものとなってしまう.このジレンマに陥らないためにも,身体と心,身体と知覚と行為は同時に扱われるべき事柄,事象であると考える必要がある.この事象を分析する論理と手段の一つとして,生態心理学がある.
著者
金谷 翔子 横澤 一彦
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.39, no.2, pp.69-74, 2015

自分の身体やその一部が自分のものであるという感覚のことを,身体所有感覚と呼ぶ.この感覚がどのようにして生じるのかを調べることは非常に困難と考えられていたが,近年,ラバーハンド錯覚と呼ばれる現象の発見により,手の所有感覚の生起機序について多くの知見が得られた.この錯覚は,視覚的に隠された自分の手と,目の前に置かれたゴム製の手が同時に繰り返し触られることにより,次第にゴム製の手が自分の手であるかのような感覚が生じるというものであり,視覚情報と触覚情報の一貫性によって手の所有感覚が変容することを示唆している.本稿では,このようなラバーハンド錯覚に関する研究の最近の進展を紹介する.一つは手の所有感覚の生起条件について,もう一つは錯覚による身体所有感覚の変容が手の感覚情報処理に及ぼす影響について,検討したものである.最後に,ラバーハンド錯覚を通じて,手の身体所有感覚がある種の統合的認知に基づいて形成されることの意味について議論を行う.
著者
森下 はるみ
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.26, no.3, pp.132-136, 2002-08-01 (Released:2016-11-01)
参考文献数
9
被引用文献数
2

本論は,伝統芸能,バレエなど型や様式の決まっている舞踊について,身体訓練,身体意識,基本的な姿勢,跳躍・歩行・手や足使いの特徴をのべた.また演舞の生理的・運動的・心的階層を呼吸や心拍数・舞踊動作・自己意識との対応から考察した.対象は憑依舞踊から名人による至芸にわたる.さらに舞踊における「美しさ」とはなにかを論じた.
著者
古屋 晋一 青木 朋子 木下 博
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.30, no.3, pp.151-155, 2006 (Released:2008-06-06)
参考文献数
14
被引用文献数
7 4

本研究は熟練ピアニスト(N=8)が連続オクターブ打鍵動作をする際の音量と打鍵テンポが上肢運動制御に及ぼす影響について調べた.全ての音量と打鍵テンポで,指先と鍵盤が接触する瞬間の上肢関節角度は不変であった。音量と打鍵テンポが上肢の運動に及ぼす影響は,それぞれ異なっていた.即ち,より大きな音量の音を作り出す際には近位の身体部位がより多く打鍵動作に用いられたのに対し,より速いテンポで打鍵する際には近位の運動は減少した.したがって我々は,音量調節は「インパルス方略」によって,打鍵テンポ調節は「慣性モーメント方略」によってなされていると提唱した.音量と打鍵打鍵テンポを同時に制御する場合には,ピアニストは主に肘の動きによって打鍵動作を行うという,上記2つの方略の中間の方法を選択することが明らかとなった.
著者
久野 譜也
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.24, no.3, pp.148-152, 2000-08-01 (Released:2016-11-01)
参考文献数
2
被引用文献数
2 2

基本的な運動機能である走及び歩行機能に及ぼす大腰筋の重要性について概説した.走機能に関しては,陸上競技の短距離選手,サッカー選手及びコントロールにおける各被験者の疾走タイムとMRIにより求めた大腰筋横断面積の関係を検討した.その結果,陸上競技の短距離選手においてのみ両者の間に高い正の相関関係を認めた.この結果は,"速く走る"という機能に対して,大腰筋の役割の重要性を示唆するものである.次ぎに,歩行機能における大腰筋の役割を検討するために,加齢による歩行機能(速度,歩幅,前傾姿勢など)と大腰筋横断面積との関係を,20-80歳代の約200名を対象に検討した.全体的傾向としては,加齢に伴い,いずれも低下及び減少を示した.しかしながら,それらの能力は生活習慣及び運動習慣の影響を強く受け,大腰筋横断面積の維持が老化による歩行機能の低下抑制と密接な関係にあることが示唆された.
著者
関 喜一
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.71-74, 2001
被引用文献数
1 2

本稿では,視覚障害者のためのVR技術について,晴眼着用VRとの違いについて述べ,次に聴覚と触覚に情報を提示する形式にわけてその原理と応用例を紹介した.聴覚VRについては,頭部伝達関数を用いた音響VRの原理と,視覚障害児教育への応用例,及び視覚障害者歩行補助への応用例を紹介し,続いて視覚障害者の障害物知覚について説明し,その訓練を行うための音響VR技術の例を紹介した.また,過去に行われた歩行補助装置の研究についても概説した.触覚VRについては,数少ない研究事例の中から,ピンディスプレイを用いた視覚障害者用3次元触覚情報提示装置の研究を紹介した.
著者
明和 政子
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.29, no.1, pp.9-13, 2005-02-01

ヒトとチンパンジーの模倣能力とその発達を両種間で比較した.ヒトは生後数時間で他者の表情を模倣する.この新生児模倣は,チンパンジーにも備わっている能力であることがわかった.一方,新生児模倣のレベルを超えたより複雑な全身体的行為の模倣は,チンパンジーの大人にとって非常に難しかった.その理由は,チンパンジーは「身体の動きに関する」視覚情報を処理する点がヒトに比べて制約されており,物の属性や定位方向といった「物に関する情報」を手がかりに模倣するためであることが考えられた.模倣は,ヒトの系統がチンパンジーの系統と進化の過程で分岐した後,飛躍的に獲得した能力である可能性が示された.
著者
木塚 朝博
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.23, no.3, pp.166-171, 1999
参考文献数
40
被引用文献数
1 7

長潜時伸張反射は意図や運動プログラムによって抑制,促通(脱抑制)という制御を受け,その反射活動の変化は脊髄性の反射活動の変化より大きい.また,生活動作や運動動作における多くの場面で,長潜時反射は動作遂行に対して機能的な役割を果たしていると考えられている.本稿では,長潜時反射研究のこれまでの経緯を概説し,特に,長潜時反射が意図や運動プログラムにより変化することを報告した研究を紹介する.その上で,我々の研究結果を基に,長潜時反射の変化の程度には個人差が認められ,長潜時反射の動態は動作のパフォーマンスに結び付いている事実を示し,長潜時反射が運動評価に適用可能であることを解説する.
著者
前田 太郎 安藤 英由樹 渡邊 淳司 杉本 麻樹
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.31, no.2, pp.82-89, 2007
被引用文献数
2 5

両耳後に装着された電極を介する前庭器官への電気刺激 (Galvanic Vestibular Stimulation,以下 GVS)は装着者にバーチャルな加速度感を生じさせることが出来る.この刺激は従来メニエル氏病などのめまい疾患の原因部位特定に際して前庭機能の異常を検出する方法としての caloric testに代わる手法として用いられてきた.本解説ではこの刺激を感覚インタフェースとして能動的に利用する工学的手法について論じる.
著者
木村 忠直
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.24, no.3, pp.141-147, 2000

多くの哺乳類における大腰筋は相同形態であるが,長い進化の過程で骨盤の解剖学的な特徴と生態行動の適応を強く受けていることが示唆される.そこで骨格筋を構築している3タイプの筋細胞をヒト,オランウータン,アヌビスヒヒ,ハマドラスヒヒ,ニホンザルの大腰筋をモデルとして,その筋線維構成を比較検討した結果,ヒトの大腰筋は持久力を発揮するタイプI型の赤筋線維の頻度が最も高く,逆にオランウータン,ヒヒ,ニホンザルでは瞬発力を発揮するタイプII型の白筋線維が高いことが示された.この差はヒトの直立二足姿勢とオランウータンやサルの四足姿勢によるロコモショーンの機能分化が筋線維構成に反映していることを示すものである.
著者
浅見 高明 石島 繁 種谷 明美
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.35-46, 1983
被引用文献数
3

本研究は、大学競技選手の意識的、機能的・側優位性(利き側)を二種類の研究手段で考察しようとした。その第一は、アンケート調査による方法で、筑波大学体育専門学群の競技選手443名の利き手、利き足、利き体側、利き目の調査をした。第二は、そのうちの男子320名について運動機能テストを実施したものである。調査カードは手・足・体側・目の優位側を50項目についてきくものである。また運動機能テストは、1)握力、2)腕力、3)タッピング、4)針糸通し、5)狙準検査、6)脚力、7)閉眼棒上片足立、8)ステッピング、9)丸鉛筆拾い、10)体捻転の10種目である。そして14種目の競技選手について10項目の運動機能テストの平均値を比較検討した。(1)アンケート調査の結果は次のようである。利き手意識に関する競技者自身の判定は、右手利き者92.3%、左手利き者7.O%であった。利き足については、右足利き者61.6%、片足利き者30.7%であった。利き体側については右体側利き者38.6%、左体側利き者49.0%であった。利き目については右目利き者68.6%、左目利き者29.8%であった。利き手、利き足、利き体側、利き目の組合せをみると、R-R-L-Rが19.7%、R-R-R-Rが18.0%、R-L-L-Rが10.8%、R-R-L-Lが9.2%であった。調査項目のうち、「ボールや小石をける時に使う足」によって器用足を、r走幅跳のふみきり足」によって支持足を判定し、左右足の組合せを作った結果、陸上競技、水泳の選手では器用足、支持足ともに右の者と、器用足は右で支持足は左というように機能の分化した者が半数ずつ居るのに対して、球技、武道、体操競技選手では緒用足は右、支持足は左という者が65%以上を山めていた。(2)連動機能テストの結果は次のようである。握力については、ハンドホール、投擲、水泳選手が右手優位を示した。腕力については投擲、剣道、ハンドボール選手が右手優位を示した。タッピングについては、ハンドボール、投擲、跳躍選手が右手優位を示した。針糸通しについては、投擲、ラグビー、剣道選手が右手優位、狙準検査については、水泳、体操競技、中・長距離選手が右手優位をホした。脚力、閉眼棒上片足立、ステッピング、丸鉛筆拾いについては、スポーツ種目間の平均値の差を分散分析によって検討したところ、グループ内の個人差に起因する変動が大きくて有意水準に達しなかった。つまり、足の機能の差は、スポーツ種目の運動特性をみるためには不十分であったと結論される。体捻転については、柔道、バスケットボール、野球選手が左側優位を示した。
著者
西井 淳
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.28, no.1, pp.8-12, 2004 (Released:2004-08-13)
参考文献数
26
被引用文献数
1 2

ウマなど多くの多足歩行動物が移動速度に応じて歩容を変化させることは古くから多くの研究者の注意をひき,観察に基づく詳細な分類が行われて来た.一方で歩容が変化する理由についても多くの議論がなされながら,十分な説明はなされてこなかった.歩容の遷移の他にも,移動速度の変化に伴った脚の運動周期の変化等,多くの多足歩行パターンの特徴が様々な動物に共通に観察されている.このことは多足歩行パターンの選択において動物によらない共通の戦略が存在することを意味する.本稿では,多くの動物に共通に観察される多足歩行パターンの特徴を紹介し,それらが消費エネルギーの最小化という基準によって説明しうることを解説する.
著者
大内 誠 岩谷 幸雄 鈴木 陽一
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.31, no.2, pp.95-100, 2007 (Released:2008-07-04)
参考文献数
10

著者らは, 3次元音響バーチャルリアリティを実現するための聴覚ディスプレイ装置を開発した.この装置は,ヘッドフォンを用いて音場を精密に再現するものであり,そこに音源が存在しないにもかかわらず,聴取者は音源の位置を知覚することが可能である.したがって,視覚から情報を得ることの困難な盲人や強度の弱視者にとって,本装置は今までにない情報提示装置になりえることが期待される.著者らはこの装置を応用して,身辺空間認知や認知地図形成のためのコンテンツソフトウェアを開発し,実際に訓練を行った.その結果,いずれも訓練効果が認められ,本装置が視覚障害者にとっての新しい情報提示装置として有効であることが立証された.
著者
齋藤 佐智子
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.30, no.2, pp.55-58, 2006-05-01
被引用文献数
1

アートセラピーは治療的な自己表現の一環として,心理臨床現場や,保育・教育現場,または地域などさまざまな環境や状況下で行われている.現代社会は,幼児・児童虐待,いじめ,引きこもり,家庭不和,離婚,社会不適応,リストラ,高齢化など,多くの問題を内包しており,言語的な関わりのほかにも諸アートを媒介とした療法を十分な理解のもと,適切に提供・利用する必要性がある.本稿では,筆者の臨床現場での経験をもとに,日本社会における課題のひとつである高齢者ケアに着目し,今日行われている高齢者アートセラピーと,アートセラピーの新しい可能性として考えられるコンピュータ利用について論じる.
著者
酒井 利奈 糸満 盛憲 根武谷 吾 馬渕 清資
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.29, no.4, pp.210-218, 2005-11-01
参考文献数
18
被引用文献数
4 2

セメントレス人工股関節の初期固定においては,広範囲・低応力接触が重要と考えられている.一方,工学分野においては,力学的安定状態は三点固定に代表される接触部の制限が望ましいと考えられている.これは相反する理念であり,人工関節の強固な固定を実現するためには,ステム上の適切な部位に制限した接触を目指すべきである.広範囲接触を求めた場合,固定部位が流動的に動く危険性があるからである.本研究においては,対象として固定法の概念が特徴的である既存の3種類の人工股関節PerFix SV^[○!R](JMM, JPN), IMC^[○!R](JMM, JPN), VerSys^[○!R](Zimmer, USA)を用い応力解析と応力測定を行い固定法の評価を行った.生物学的な固定に到達する以前の初期段階においては,近位部に流動的でない応力分布を有することが望ましい.従来一般に信じられている低応力という基準は改めるべきである.