著者
吉倉 智子 村田 浩一 三宅 隆 石原 誠 中川 雄三 上條 隆志
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.49, no.2, pp.225-235, 2009-12-30

ニホンウサギコウモリ(<i>Plecotus auritus sacrimontis</i>)の出産保育コロニーの構造を明らかにすることを目的とし,本州中部の4ヶ所のコロニーで最長5年間の標識再捕獲調査を行った.出産保育コロニーの構造として,齢構成,コロニーサイズとその年次変化,性比および出生コロニーへの帰還率について解析した.また,初産年齢および齢別繁殖率についても解析した.本調査地におけるニホンウサギコウモリの出産保育コロニーは,母獣と幼獣(当歳獣)による7~33個体で構成されていた.また,各コロニー間でコロニーサイズやその年次変化に違いがみられた.幼獣の性比(オス比)は,4ヶ所のコロニー全体で54.2%であり,雌雄の偏りはみられなかったが,満1歳以上の未成獣個体を含む成獣の性比は1.0%とメスに強い偏りがみられた.オスの出生コロニーへの帰還率は,全コロニーでわずか3.6%(2/56)であった.一方,メスの翌年の帰還率は,4ヶ所のコロニーでそれぞれ高い順に78.9%,63.6%,16.7%,0%であった.初産年齢は満1歳または満2歳で,すべてのコロニーを合算した帰還個体の齢別繁殖率は,満1歳で50%(12/24),満2歳で100%(13/13)であった.また,満2歳以上のメスは全て母獣であり,出産年齢に達した後は毎年出産し続けていることが確認された.<br>
著者
森光 由樹
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.48, no.1, pp.133-138, 2008 (Released:2008-07-16)
参考文献数
28
被引用文献数
8

これまでに,全国20の自治体で,ヘア・トラップを用いた調査が行われてきた.調査の目的は「クマの個体数の算出」,「個体識別」,「生息の確認」など,それぞれの自治体で異なっている(2007年9月現在).すでに,ヘア・トラップ調査を「特定鳥獣保護管理計画のモニタリングの手法」として,利用している自治体もある.ヘア・トラップ調査は,トラップ設置の数,トラップ間の距離,材料採取の方法,トラップ見回り頻度,分析実施数,DNA分析技術,個体数算出法などの課題があり,手法の改善が必要である.2002年に長野県で実施された調査では,定点観察調査,痕跡確認調査から長野県関東山地のツキノワグマの生息密度を,0.01~0.03頭/km2と推定している.2003年からは,長野県関東山地でヘア・トラップによる調査が実施された.100 km2の調査地に100トラップを設置し,679本の試料が分析された.識別された個体は33頭で,分析成功率は26.3%であった.定点観察や痕跡調査では,ツキノワグマの生息密度を過小評価している可能性があることが示唆された.今後,ヘア・トラップ法を特定鳥獣保護管理計画のモニタリングの手法として確立するには,いくつかの問題点を改善しない限り導入は困難であると思われる.そのために,手法の開発が急務である.
著者
釣賀 一二三
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.48, no.1, pp.119-123, 2008 (Released:2008-07-16)
参考文献数
13
被引用文献数
10

これまでに北海道で試みられたヒグマの個体数推定は,その推定値に大きな誤差を含むものであった.現在,より精度の高い推定を行うために,ヘア・トラップ法を応用することが可能かどうかの検討を実施しており,本稿では検討の概要とその過程で明らかになった課題について述べる.ヘア・トラップ法を用いた個体数推定法の本格的な検討に先立って行った3カ年の予備調査では,誘因餌を中央につり下げて周囲に有刺鉄線を張ったヘア・トラップによって試料採取が可能なこと,試料の保管には紙封筒を用いて十分な乾燥をした後に保管する必要があることなどが明らかになった.さらに,分析対象の遺伝子座の選択に関する課題の整理が行われた.その後の3年間の本格調査では,ヘア・トラップ配置のデザインと構造を検討するために,メッシュ単位で29箇所あるいは39箇所に設置したヘア・トラップの適用試験を実施した.この結果については現在解析途中であるものの,ヘア・トラップを設置する場所の均一性を検証することや,ヘア・トラップの設置密度の基準となるメッシュの適切な大きさに関する検討の必要性が課題としてあげられた.
著者
大橋 春香
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.61, no.2, pp.285-294, 2021 (Released:2021-08-26)
参考文献数
77
被引用文献数
1

近年,日本国内では,一部の野生動物の分布域が急激に拡大し,農作物への被害や人身被害が発生するなど,人間活動との軋轢が問題となっている.本稿では,特に人間活動との軋轢が日本各地で問題となっているイノシシSus scrofaの人里周辺での生息地利用様式を,筆者らが栃木県南西部の2地域において実施した痕跡調査と自動撮影カメラ調査の結果に基づき,「採餌」と「危機回避」という2つの観点から概説する.
著者
福江 佑子 南 正人 竹下 毅
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.60, no.2, pp.359-366, 2020 (Released:2020-08-04)
参考文献数
21
被引用文献数
4

近年,錯誤捕獲への懸念が示されてきたが,鳥獣保護管理法ではその報告義務がなく,行政による捕獲従事者の管理もないため実態は不明である.鳥獣行政体制を刷新し,捕獲情報を詳細に把握し始めた小諸市では,中型食肉目の錯誤捕獲が総捕獲数の29.8~53.0%を占め,殺処分につながっていた.4年間の錯誤捕獲842頭のうち,中型食肉目は608頭(72.2%)で,そのほとんどがくくりわなによるもので,殺処分されていた(551頭,90.6%).また,くくりわなによる個体の損傷も大きかった.狩猟鳥獣となっている中型哺乳類は有害捕獲の許可を得ていればくくりわなで捕獲し殺処分しても違法とならないこと,殺処分する方が作業者にとって安全で報奨金が得られる場合があることが,錯誤捕獲個体の殺処分につながっている.錯誤捕獲の実態を明らかにし,捕獲方法,生態系,個体への影響について,科学的側面,倫理的側面から議論する必要がある.
著者
遠藤 優 小沼 仁美 増田 隆一
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.63, no.2, pp.219-224, 2023 (Released:2023-08-03)
参考文献数
39

本州と四国に生息するハクビシンPaguma larvataは,先行研究のDNA分析の結果から,台湾から持ち込まれた外来種と考えられているが,日本国内における分布拡大の経緯は未だ不明瞭な点もある.2016年以降に生息が確認されるようになった島根県のハクビシンを対象に,ミトコンドリアDNAのチトクロムb遺伝子領域と制御領域を合わせた1,663 bpを解析したところ,すべての個体から同一のハプロタイプが検出され,既報の四国のハプロタイプと一塩基違いである新規のハプロタイプであった.現時点で,島根県のハクビシンの分布拡大経路特定は難しいものの,今後関西地方以西の本州に生息する個体の遺伝情報を蓄積することで,本種の当該地域における分布拡大経路を解明することが期待される.
著者
金森 弘樹 田中 浩 田戸 裕之 藤井 猛 澤田 誠吾 黒崎 敏文 大井 徹
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.48, no.1, pp.57-64, 2008 (Released:2008-07-16)
参考文献数
7
被引用文献数
10

西中国地域のツキノワグマUrsus thibetanusの「特定鳥獣保護管理計画」は,第一期(2003~2006年度)と第二期(2007~2011年度)とも,広島県,島根県および山口県の三県で共通の指針の下に策定された.生息頭数調査は,個体の捕獲による標識再捕獲法を用いて2回実施され,1999年当時は約480頭,また2005年当時は約520頭と推定された.有害捕獲は1960年代から始まったが,2000年代に入ると年平均100頭以上へと急増した.とくに,大量出没した2004年には239頭,2006年には205頭にも達した.1996~1999年に比べて2000~2006年は,高齢個体も多数捕獲される傾向にあったが,捕獲個体の性比には変化はなかった.三県の放獣率や除去頭数の差は,地域によって異なったが,これは地域住民や行政の意識の違いに起因すると考えられた.放獣個体の再捕獲率は低かったが,学習放獣による奥地への定着や被害の再発防止効果は十分に検証できなかった.今後は,個体群のモニタリングの継続,錯誤捕獲の減少,地域住民への普及啓発の努力などがいっそう必要である.
著者
江村 正一 奥村 年彦 陳 華岳
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.49, no.1, pp.37-43, 2009 (Released:2009-07-16)
参考文献数
41

レッサーパンダの舌表面を肉眼にて観察し,さらに舌乳頭およびその結合織芯を走査型電子顕微鏡で観察した.肉眼所見では,舌の先端は円く弓状を呈し,舌正中溝および舌隆起は観察されなかった.茸状乳頭は舌体に比し舌尖において密に存在した.有郭乳頭は,舌体後部において円形を呈し,V字形に並んで左右それぞれ5個観察された.葉状乳頭は観察されなかった.走査型電子顕微鏡により舌尖および舌体の糸状乳頭を観察すると,シャベル状の主乳頭とその左右から突き出た数本の針状の二次乳頭からなった.糸状乳頭の結合織芯の形態は,基部から多くの小突起がでる構造として観察され,舌尖と舌体とで異なった.すなわち,舌尖の結合織芯は舌体のやや小型であり,舌尖の中でも外側の方が内側より細く針状構造を呈した.茸状乳頭はそれら糸状乳頭の間にドーム状構造として散見され,舌体より舌尖に多かった.茸状乳頭の結合織芯は,円柱状を呈しその頂上には陥凹が存在した.有郭乳頭の表面は平坦で,乳頭は輪状郭により取り囲まれ,乳頭と輪状郭の間に輪状溝が存在した.有郭乳頭の結合織芯は,球状で表面には多数の突起が存在した.有郭乳頭の外側には,大型の円錐乳頭が見られるとともに多数の分泌腺の開口部が観察された.このような開口部は上皮を剥離するとより顕著となった.
著者
平田 逸俊 下稲葉 さやか 川田 伸一郎
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.57, no.1, pp.111-118, 2017 (Released:2017-07-11)
参考文献数
27
被引用文献数
2

所在不明とされていたコウライムササビ(Petaurista leucogenys hintoni)とコウライキテン(Martes melampus coreensis)の標本が英国自然史博物館において見つかった.標本の特徴及び付属するラベルを記載論文と比較検討した結果,これらの標本は,記載論文の著者の一人である森 為三が教授をしていた京城第一高等学校に保存されていたコウライムササビの模式標本とコウライキテンの原記載に用いられた参考標本であることが分かった.