著者
佐々木 翔哉 大澤 剛士
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.63, no.1, pp.69-85, 2023 (Released:2023-02-09)
参考文献数
52

タヌキNyctereutes procyonoidesは生息環境に応じて食性を柔軟に変えると考えられているが,その変化について,生息地内外における景観要素の構成との関係という観点から広域的に検討した例はほとんどみられない.そこで本研究は,周辺の人工景観の面積や割合に傾度がある東京都の7つの都市公園において約1年間にわたり採集したタヌキの糞分析を行い,人工景観と食性の関係およびその季節変動を検討した.その結果,公園内外の人工景観,特に公園外の人工景観が増加するほどタヌキは餌として人工物を利用する傾向が見いだされた.同時に,公園外の人工景観が多い都市公園では,季節に関わらず人工物を安定的に利用する傾向も確認された.これらの結果から,タヌキは生息地となる公園内外の人工景観で人工的な餌資源を調達しており,その利用状況は人工景観の傾度によって変化すると考えられた.都市化が進むことで,タヌキが利用する主要な餌資源は今後ますます変化していく可能性がある.
著者
角井 建 原田 正史 野津 大 三橋 れい子 鈴木 仁
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.63, no.1, pp.63-68, 2023 (Released:2023-02-09)
参考文献数
27

隠岐諸島島後で2021年11月におこなわれたモグラ類の採集調査によって,アズマモグラMogera imaizumiiの雄と雌が1個体ずつ捕獲された.隠岐諸島で本種が確認されたのは本報告が初めてであり,西日本における新たなアズマモグラの遺存個体群の存在が明らかとなった.
著者
江口 勇也 佐久間 幹大 遠藤 優 坂西 梓里 鈴木 良実 千々岩 哲 嶌本 樹 片平 浩孝
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.63, no.1, pp.53-62, 2023 (Released:2023-02-09)
参考文献数
57

静岡県浜松市では1980年以降に外来リス類が野生化し,市街地から郊外へと分布拡大が続いている.過去に実施されたミトコンドリアDNA D-loop領域を対象とする集団遺伝解析では,クリハラリスCallosciurus erythraeusに加えフィンレイソンリスCallosciurus finlaysoniiの混在が報告されているが,調査範囲は市街地の一部に限られており,分布拡大以降の実態は未詳であった.そこで本研究では,これら2種の分布について広域的に再検討することを目的に,2019年から2021年の間に市内で駆除された266頭を用いて,同領域を対象にハプロタイプの組成および分布を調べた.解析の結果,クリハラリスの体色パターンが見られた一方で,同種由来のミトコンドリアDNAを持つ個体は存在しておらず,フィンレイソンリス由来のハプロタイプ2型の優占が明らかとなった.市内におけるハプロタイプの分布については,幹線道路などの人工物の有無や植生との明瞭な関係は見られず,個体の移動分散が広く生じていることが示唆された.
著者
宮本 慧祐 永野 有希子 松林 尚志
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.63, no.1, pp.43-52, 2023 (Released:2023-02-09)
参考文献数
38

都市近郊に生息するタヌキ(Nyctereutes procyonoides)は,繁殖および休息場としての樹林地,それに隣接する採食場としての農地が重要であると報告されている.しかし,特に農地への選好性は住民へのアンケートや聞き取り調査を基に広域スケールで環境選択性を検証した調査によるもので,実際にタヌキの行動追跡を行って検証した事例は十分ではない.そこで本研究では,農地を多く含む都市近郊の東京農業大学厚木キャンパス周辺を調査地として,タヌキ8個体についてラジオテレメトリーを行い,日周性および季節性を考慮して環境選択性を調べた.その結果,夜間には,農地である畑は全ての季節で,樹林地とタケ・ササ地は一部の季節で正の選択性が認められ,都市近郊に生息するタヌキにとって農地が重要な採食場所の一つであることが示唆された.また,日中の休息場に設置した自動撮影カメラによって,オス成獣の,ヘルパーの可能性がある個体が確認された.
著者
福島 良樹 原科 幸爾 西 千秋
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.63, no.1, pp.29-42, 2023 (Released:2023-02-09)
参考文献数
36

岩手県盛岡市の市街地2ヶ所においてGPS首輪を用いてハクビシン(Paguma larvata)5頭を対象とした追跡調査を実施し,行動圏と移動阻害要因に着目して都市部におけるハクビシンの生態を解明した.追跡個体はほぼ完全な夜行性であり,日中はねぐらに入っていた.追跡個体の行動圏面積は63.6~298.4 ha(100%MCP)で,農村部で実施された既往研究と同程度であり,2ヶ所の調査地のいずれにおいても各個体の行動圏は広い範囲で重複していた.また,道路と河川および線路が追跡個体の移動を阻害するバリアーとして機能していたが,道路は幅員が広く,車両の制限速度が高く,路面上が明るい場合のみバリアーとして機能していた.GPSデータが記録された場所の用途地域に着目したモンテカルロシミュレーションにより,追跡個体は商業地域を忌避していたことが判明した.追跡個体が商業地域を忌避していた明確な理由は不明であるが,ハクビシンの行動に影響を与える環境の違いを表現する1つの指標として用途地域を使用できる可能性が示唆された.
著者
安田 雅俊 堤 将太
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.62, no.2, pp.161-187, 2022 (Released:2022-08-10)
参考文献数
159

A literature survey on the use of lutai (fetal Sika deer, Cervus nippon) yielded 128 references in the literature (108 from Japan and 20 from mainland China and Taiwan). Lutai was first used as a medicine among some highly-ranked samurai in the early 17th century. In the early 19th century (late Edo period), lutai was believed to be an efficacious remedy for women with sickness following childbirth. In the late 19th century and the early 20th century (from the end of the Edo period to the Meiji-Taisho period), medical practices were widely published and the use of lutai became popular among ordinary Japanese people. In the mid-19th century (the early Meiji period), at least 27,000–40,000 pieces of lutai were produced in Hokkaido, mostly for domestic and international trade. Some lutai was also produced in Honshu, Shikoku, and Kyushu. The commercial value of lutai varied considerably among regions and over time. It is probable that targeted hunting of pregnant female deer prevailed in regions where lutai had a high commercial value, which could be a cause of the severe population decline of Sika deer in Japan during the Meiji-Taisho period.
著者
高槻 成紀 鈴木 和男
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.62, no.2, pp.133-139, 2022 (Released:2022-08-10)
参考文献数
25

In the temperate zones, mammalian body weight increases via fat deposition prior to the onset of winter. However, seasonal variations in the body weight of wild raccoon dogs (Nyctereutes procyonoides) have never been assessed. We assessed seasonal changes in raccoon dog body weight using 118 males and 77 females aged at least 1 year in Wakayama, western Japan. Mean body weight was lowest in May (3.4 kg) and peaked in November (4.1 kg), representing an increase of 21.2% from summer to autumn. This pattern of body weight change is likely to reflect caloric consumption and use throughout the year, given that raccoon dogs consume fruit to increase body fat in autumn, and then utilize their fat resources during winter.
著者
高槻 成紀
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.57, no.2, pp.337-347, 2017 (Released:2018-02-01)
参考文献数
49
被引用文献数
4

テンMartes melampusが利用する果実の特徴を理解するために,テンの食性に関する15編の論文を通覧したところ,テンの糞から97種と11属の種子が検出されていることが確認された.これら種子を含む「果実」のうち,針葉樹3種の種子を含む89種は広義の多肉果であった.ただしケンポナシHovenia dulcisの果実は核果で多肉質ではないが,果柄が肥厚し甘くなるので,実質的に多肉果状である.そのほかの8種は乾果で,袋果が1種(コブシMagnolia kobus),蒴果が7種であった.蒴果7種のうちマユミEuonymus hamiltonianusとツルウメモドキCelastrus orbiculatusは種子が多肉化する.それ以外の蒴果にはウルシ科の3種とカラスザンショウZanthoxylum ailanthoides,ヤブツバキCamellia japonicaがあった.ウルシ科3種は脂質に富み,栄養価が高い.ヤブツバキは種子が脂質に富む.果実サイズは小型(直径<10 mm)が70種(72.2%)であり,色は目立つものが76種(78.4%)で小さく目立つ鳥類散布果実がテンによく食べられていることがわかった.「大きく目立つ」果実は8種あり,このうち出現頻度が高かったのはアケビ属であった.鳥類散布に典型的な「小さく目立つ」果実と対照的な「大きく目立たない」な果実は3種あり,マタタビとケンポナシの2種は出現頻度も高かった.生育型は低木が41種,高木が31種,「つる」が15種,その他の草本が9種だった.これらが植生に占める面積を考えれば,「つる」は偏って多いと考えられた.生育地は林縁が20種,開放環境が36種,森林を含む「その他」が41種であった.こうしたことを総合すると,テンが利用する果実は鳥類散布の多肉果とともに,サルナシ,ケンポナシなど大きく目立たず,匂いで哺乳類を誘引するタイプのものも多いことが特徴的であることがわかった.
著者
望月 翔太
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.61, no.2, pp.295-302, 2021 (Released:2021-08-26)
参考文献数
39

野生動物の生息地を評価することは,対象動物種の生態を解明し,生息地を保全するうえで重要である.この時,動物がどのような資源を選択し,どのように分布するのかを評価する必要ある.動物の生息地選択は,生息地を構成する景観構造に対し,動物がどのように応答するかという意思決定プロセスの結果である.また,生息地選択では,様々な時間的・空間的スケールを定義する必要がある.本稿では,野生動物の生息地評価における空間スケールの重要性について,これまでの知見を整理する.まず,先行研究における空間スケール(調査範囲と分解能,バッファサイズ)を考慮した事例を整理し,次に,著者らがニホンザル(Macaca fuscata)を対象に研究してきた生息地選択におけるスケール依存性について紹介する.農作物被害は,ニホンザルがどのような環境を選択したかという意思決定プロセスの結果である.ここでは,100 m~2,500 mのバッファサイズで計算した環境要因と農作物被害との関係を解析した.その結果,農作物被害と関係する環境要因は,バッファサイズの大きさによって変化することがわかった.つまり,被害管理を行う際,どの程度の空間内で対策を実施するかによって,同じ対策でも効果が異なる可能性があることを示唆した.さらに,群れごとに生息地選択モデルにおける最適なバッファサイズが異なっていた.これらの結果を踏まえ,野生動物管理におけるスケール設定の重要性について推察した.

1 0 0 0 OA 追悼文

出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.61, no.1, pp.87-95, 2021 (Released:2021-03-10)
参考文献数
73
著者
浅田 正彦
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.54, no.2, pp.207-218, 2014 (Released:2015-01-30)
参考文献数
48
被引用文献数
2

千葉県内でアライグマ(Procyon lotor)の高密度地域において行われた捕獲記録を用い,除去法計算過程を状態空間モデルとして構成した階層ベイズモデルによる個体数推定(ベイズ除去法)を行うとともに,CPUEから生息密度へ換算する係数の推定を行った.また,この係数を用い,千葉県内の2012年度の個体数推定を行った.捕獲は,千葉県いすみ市塩田川流域(35.1 km2)において,2012年6月22日~2013年3月23日に100台の箱ワナ(平均近傍距離301 m)を用いて実施された.捕獲の結果,オス成獣53頭,メス成獣29頭,幼獣55頭の計137頭が捕獲された.ベイズ除去法による推定の結果,捕獲開始前の生息数はオス成獣が89頭,メス成獣が103頭,幼獣が130頭,計322頭と推定された.捕獲期間の3か月間で,メス成獣および幼獣の76%以上を除去することができたが,オス成獣は生息密度を維持しており,捕獲開始直後に優位オスが除去されたのち,隣接地域からの放浪個体が移入することが推測された.
著者
金子 之史
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.58, no.2, pp.289-331, 2018 (Released:2019-01-30)
参考文献数
127

第二次大戦後に「日本哺乳動物学会」(1949年発足)と「哺乳類研究グループ」(1963年発足)2組織が,1987年に合併して「日本哺乳類学会」を誕生させた.本稿はこの2組織が発足するまでの経緯と発足から合併までの経緯を,おもに文献情報に基づいて描写した.その結果,各2組織の前駆体はそれぞれ第二次世界大戦の前(1923年)と後(1955年)という時期を異にして「日本動物学会」(1923年設立)から派生したと考えられた.歴史的な経過に付随して出現したいくつかの事象の提示とそれに関する話題提供をおこなった.
著者
和田 一雄
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.60, no.1, pp.117-127, 2020 (Released:2020-02-14)
参考文献数
56
被引用文献数
2

日本哺乳類学会の前身の一つである哺乳類研究グループは,1958年からネズミ研究グループに参加した大学院生や助手を含んだ若者達に端を発して1963年に結成され,自由に発想し,そして相互批判することによって発展した.同グループは,第二次世界大戦後,特に1958年以降,各時期の日本社会における社会的,政治的事象の影響を受けながら,ネズミ研究グループの諸先輩による助言や忠告を得て力を蓄えた.哺乳類研究グループでは,毎年行われたシンポジュウム,自由集会,動物相の記載,入門書作成関係の議論などを通して哺乳類の系統進化についての活発な議論が行われた.そして,1983年に行った日中哺乳類シンポジュウムを通して日本と中国の研究者相互の交流発展をもたらした.1980年代には会員が激増し,同グループに求める期待が多様化し,意見もさまざまに変化した.学会運営上の実務的な理由で哺乳類研究グループを日本哺乳動物学会と合併させるべきだという意見が先行し,1987年に日本哺乳類学会に合併・吸収されたが,それでも哺乳類研究グループの特徴が消失したわけではない.それ故ここでは同グループの創立や成長の過程を吟味し,それ故ここでは日本哺乳類学会の中で役立つ可能性を有する特徴はないかを検討した.