- 著者
-
柏木 健司
- 出版者
- 日本哺乳類学会
- 雑誌
- 哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
- 巻号頁・発行日
- vol.61, no.2, pp.221-238, 2021 (Released:2021-08-26)
- 参考文献数
- 66
1900年代前半(1900~1945年)の黒部峡谷における哺乳類相について,登山家による山行記録を用いて情報を整理した.当時の黒部峡谷流域で,イノシシSus scrofa,ニホンカモシカCapricornis crispus,ツキノワグマUrsus thibetanus,ニホンザルMacaca fuscata,ニホンテンMartes melampus,タヌキNyctereutes procyonoidesないしアナグマMeles anakuma,ニホンノウサギLepus brachyurus,ニホンリスSciurus lis,ムササビPetaurista leucogenys,翼手類の一種の記録がみられる.当時の主たる狩猟対象はツキノワグマとニホンカモシカであり,その他にニホンザル,ニホンリス,ムササビ,タヌキないしアナグマなども対象とされていた.1900年代初頭におけるイノシシの確実な記録として,黒部峡谷の最下流部に位置し,現在は宇奈月ダムのダム湖に沈んでいる柳河原が挙げられる.山行記録中の哺乳類情報には,日時と場所を伴う観察記録が多く含まれる.さらに当時,登山家が雇用した山案内人は,猟師や釣り師を生業としていたことから,登山家に哺乳類や狩猟に関する多くの情報を伝え,登山家は積極的にそれら伝聞を文章として残した.山行記録中に記されている哺乳類は,目につき易く狩猟対象ともなっている中・大型哺乳類に限定されている.一方,1900年代前半の黒部峡谷の哺乳類相について,研究者による研究報告は極めて限定的である.登山家の記した山行記録は,1900年代前半の中・大型哺乳類相の情報源として極めて有用である.