- 著者
-
鈴木 千尋
佐々木 基樹
- 出版者
- 日本哺乳類学会
- 雑誌
- 哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
- 巻号頁・発行日
- vol.63, no.1, pp.15-27, 2023 (Released:2023-02-09)
- 参考文献数
- 77
ニホンオオカミ(Canis lupus hodophilax)は多くの謎を残して絶滅した.これまで,謎に包まれたニホンオオカミの生物学的特徴の解明のため,形態学的な調査や議論が数多く行われてきた.テミンク(Temminck)が1839年にニホンオオカミの命名を行って以来,約180年の間,ニホンオオカミの分類学的位置に決着がつかずにいた.2009年以降になると,ニホンオオカミの遺伝学的手法を用いた解析が着実に進み,ニホンオオカミはオオカミ(C. lupus)の亜種とすることがほぼ確定された.形態学的な研究は,ニホンオオカミの系統進化学的位置を明らかにすることはできなかったが,それらはニホンオオカミの多くの形態の特徴を明らかにしてきた.特に頭蓋の形態において,二分する前翼孔や口蓋骨水平板後縁の湾入など他のオオカミ亜種やイヌ(イヌもオオカミの亜種であるが本総説では別途分けて記載する)とは異なる部位が複数あること,さらに,ストップ(額段)が発達しないといったオオカミの特徴と,小さく扁平な鼓室胞を有するといったイヌの特徴の両方を持つことが明らかにされている.これらニホンオオカミの形態学的特徴は,これまでにニホンオオカミの同定に対して重要な役割を担ってきた.また近年,CTスキャナーや3Dスキャナーによって得られたデジタルデータを用いた三次元画像解析が,ニホンオオカミを含むオオカミやイヌの頭蓋を対象に行われている.CT画像解析によって,頭蓋内部を非破壊的に検索することができるようになり,これまで困難であった頭蓋内部構造の詳細な把握,そしてそれらの定量解析が可能となった.また,CT解析では,頭蓋形態から推定される脳の外部形態を出力することが可能であり,今後ニホンオオカミにおいて脳機能の理解にそれを役立てることができるかもしれない.さらに,これら三次元デジタルデータからは実物形態を反映した模型の作製が可能であり,これらの研究分野での利用はニホンオオカミの様々な機能を解明する機会を我々に与えてくれるであろう.今後,さらなるニホンオオカミの生物学的特徴の把握のためにも,継続的な形態学的研究が必要である.