著者
今井 健
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.56, no.3, pp.242-247, 2019-07-25 (Released:2019-07-31)
参考文献数
8

医療におけるAI技術応用研究の歴史は古いが,近年では深層学習を始めとした機械学習の応用が盛んに行われており,医用画像の解析を始めとして成果を上げつつある.今後さらなるAI技術の発展のためには,学習に必要なきめ細やかで質の高い保健医療データの大規模収集が欠かせない.ICD11は従来の疾病分類体系にとどまらず,より詳細な病態の記述や生活機能レベルの評価までを包含し,詳細にコード化できる土壌が整いつつある.今後我が国でのICD11導入に向け,これを適切に活用しAI発展のための良質なビッグデータを生み出す仕組みづくりの議論が必要である.
著者
町田 綾子 山田 如子 木村 紗矢香 神崎 恒一 鳥羽 研二
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.47, no.3, pp.262-263, 2010 (Released:2010-07-05)
参考文献数
3

目的:認知症患者に抑肝散を6カ月以上長期投与し,認知症の周辺症状,家族の介護負担感の変化を検討する.方法:投与前後にDBD,ZBIを用いて評価し変化を検討した.結果:DBDは投与前後において有意な差を認めなかった.ZBIは有意に低下した.結論:抑肝散の長期投与において家族の介護負担感が軽減することが示唆された.
著者
赤木 優也 神出 計
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.55, no.4, pp.554-561, 2018-10-25 (Released:2018-12-11)
参考文献数
34

双子研究により長寿には遺伝素因の寄与率は15~25%と推計されており,長寿の遺伝素因を明らかにするためにこれまで多くの遺伝子解析が行われてきた.長寿に関連する遺伝素因としてAPOE,FOXO3などが報告されてきたのに加え,近年GWASなどの網羅的な遺伝子解析が行われているが,再現性が確認され長寿への関与が強い遺伝子は数少ない.長寿遺伝子と言われているAPOEやFOXO3以外にもこれまでの研究からは,生活習慣病や老年病などの長寿と関連している環境要因の遺伝素因が長寿に関与する可能性が高いと考えられ,今後のさらなる検討が求められる.
著者
大河内 二郎
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.58, no.2, pp.312-314, 2021-04-25 (Released:2021-05-27)
参考文献数
4

老人保健施設で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)クラスターを経験したので報告する.他院から転入した利用者から利用者25名および職員3名に感染した.利用者26名のうち3名は無症状であった.隔離は最大46日間に及び陽性者のうち4名が転院先で死亡した.体温はコロナウイルス検査日において陽性者でやや高く体温の中央値は37.1℃であった.現在幅広く用いられている37.5℃を用いて施設内スクリーニングを行うことは問題がある.
著者
崔 元哲 水上 勝義
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.57, no.4, pp.441-449, 2020-10-25 (Released:2020-12-01)
参考文献数
29
被引用文献数
5

目的:高齢者の心身の健康増進に運動が奨励されているが,運動実施が困難な高齢者も少なくない.音波による全身振動刺激(Sonic Wave Vibration,以下SWVと略す)は,振動板の上で一定時間立位を保持することで,歩行や下肢筋力への効果が報告されている.本研究は,SWVの気分,認知機能,自律神経機能,安静時エネルギー消費量に対する効果を明らかにすることを目的とした.方法:24名の後期高齢者(平均年齢88.0±5.0歳)をSWV実施群と対照群に無作為割り付けし,SWV群は1日10分,週5日,2カ月間SWVを実施し,測定結果を対照群と比較した.結果:SWV直後に,二次元気分尺度において,安定度・快適度は有意に上昇し,同時に測定した心拍変動では副交感神経活動の指標が有意に上昇し,交感神経活動の指標が有意に低下した.また安静時エネルギー消費量は有意に増加した.2カ月後SWV群は,ストループBの遂行時間が有意に短縮し処理速度の向上が認められた.またストループ課題実施時の酸素化ヘモグロビン濃度と総ヘモグロビン濃度はSWV群に有意に上昇した.期間中特に有害事象は認めなかった.結論:SWVは高齢者に安全に実施可能なこと,実施直後に気分やストレス改善効果が得られること,継続的に実施することで認知機能や脳機能に影響する可能性が示唆された.
著者
坂本 快郎 市村 隆也 水流添 周 中尾 光善
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.42, no.2, pp.137-143, 2005-03-25 (Released:2011-03-02)
参考文献数
46
被引用文献数
1 1

老化はヒトを含む全ての生物に共通した生命現象であるとともに, 多くの疾患や病態の発生と関わっている. 近年, DNAメチル化とクロマチンをはじめとするエピジェネティクスの研究が進展して,細胞の老化現象とも密接に関わることが明らかになってきた. 加齢とともにDNAメチル化パターンが徐々に変化する事実からも, 癌や自己免疫疾患, 代謝病, 神経疾患等の発症機序との相関性が注目されている. DNAメチル化検査は技術的に確立されており, 癌の早期診断, 治療薬剤の選択や予後因子に適用されている. さらに, エピジェネティクスを標的とする薬剤開発 (エピジェネティック治療) が提唱されており, 疾患の予防や治療に貢献できる可能性が高まりつつある.
著者
林 祐一 西田 承平 竹腰 顕 村上 宗玄 山田 恵 木村 暁夫 鈴木 昭夫 犬塚 貴
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.53, no.3, pp.244-249, 2016-07-25 (Released:2016-08-18)
参考文献数
11
被引用文献数
1 4

症例は65歳女性.40年前,双極I型障害と診断され,リチウム製剤で治療を開始された.途中,数年の中断を経て,10年以上前から炭酸リチウム600 mg/日を内服していた.精神症状のコントロールは比較的良好であった.X年12月,高血圧の診断のもと,アジルサルタン20 mg/日の内服が開始されたところ,内服3週間後から動作時の両手指のふるえが生じるようになった.症状は進行性で,手指のふるえが強まり,内服4カ月後ごろからたびたび下痢,便秘を繰り返すようになった.経過観察されていたが,翌年10月下旬ごろから食欲の低下,認知機能の低下が生じ,2週間程度で進行するため当科に入院した.神経学的には,軽度の意識障害,四肢のミオクローヌス,体幹失調を認め,立位が困難であった.リチウムの血中濃度は3.28 mEq/lと高値を認めた.リチウム中毒と診断し,炭酸リチウムを含む全ての経口薬を中止し,補液を中心とした全身管理を行ったところ神経症状の改善を認めた.炭酸リチウムは長期間,適正な投与量でコントロールされていたが,降圧薬のアジルサルタンの投与を契機として,慢性的な神経症状が出現し,次第に増悪,下痢,脱水を契機にさらに中毒となったものと推定した.リチウム製剤はさまざまな薬剤との相互作用がある薬剤で,治療域が狭いという特徴がある.双極性障害は比較的若年期に発症し,リチウム製剤を長期内服している患者も多い.このような患者が高齢となり高血圧を合併することも十分考えられる.リチウム製剤投与者に対して,降圧薬を新たに開始する場合には,相互作用の観点から薬剤の選択ならびに投与後の厳重なリチウム濃度の管理が必要となる.現行の高血圧治療ガイドラインでは特にリチウム製剤投与者への注意喚起がなされておらず,このような高齢者が今後も出現する可能性がある.また,リチウム製剤投与高齢者の高血圧の管理において重要な症例と考え報告する.
著者
栗田 明 品川 直介 小谷 英太郎 高瀬 凡平 草間 芳樹 新 博次
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.47, no.1, pp.63-69, 2010 (Released:2010-03-25)
参考文献数
14
被引用文献数
4 4 2

目的:特別養護老人ホーム(特養)において超高齢者の看取りケアを行う施設が増加しているが,基準となる指針は各事業所により異なる.また入所者の身体所見の変化などで病院での治療を家族らが希望するケースがあるが,終末期ケアに関するデータに乏しい.そこで看取りケアをした症例と,入院依頼症例の予後について比較検討した.方法:対象は平成20年2月1日から平成21年5月20日までに看取りケアを実施した5例(99±10歳)と当施設に入所中に病態が急変したため提携先の病院に入院加療した48例(89±15歳)である.看取りケアをした症例は当施設において通常のごとく有熱時や心不全の急性増悪に対する医療看取りケア(有熱時には通常行っている摂食制限,水分多め,血管拡張剤,抗生剤などの経口投与)を行った.また枕元での癒しの音楽を毎日約60分間流した.他方,病院入院症例は入院先の医師指導による通常の治療を実施した.結果:看取りケア症例は平均300±70日で5例全例が生存し,CRPは平均10±12 mg/dl から1.2±0.5(p<0.05)に低下し,血清アルブミン値(Alb)は2.7±1.6 g/dl から3.5±2.6に,BMIも16±1.6から18.3±0.75(p<0.05)に上昇した.他方,入院症例は48例で,そのうち32例は平均120±26日の入院加療で当施設に退所することが出来た.しかし16例は平均100±36日の入院加療で死亡退院(誤嚥性肺炎;11例,心不全;3例,消化器疾患;2例)であった.結論:百寿者といえども高齢を考慮した看取りケアを行えば急性増悪期を克服し,生命力をさらに発揮することが出来る.しかし,慢性基礎疾患の急性増悪や肺炎などで入院加療した約1/3の症例は死亡退院であった.これらの事実を認識しながら家族らとの話し合いなどを通じて入所者が終末期を迎えられるよう看取りケアに励むべきである.
著者
藤井 晶子 丸山 広達 柴 珠実 田中 久美子 小岡 亜希子 中村 五月 梶田 賢 江口 依里 友岡 清秀 谷川 武 斉藤 功 川村 良一 髙田 康徳 大澤 春彦 陶山 啓子
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.57, no.3, pp.300-307, 2020-07-25 (Released:2020-09-04)
参考文献数
27
被引用文献数
1

目的:飲酒と認知症に関する海外の研究のメタ分析では,飲酒量が少量の場合には発症リスクが低く,大量の場合には高い結果が示されている.しかし,アルコール代謝や飲酒文化が異なるわが国のエビデンスは限定的である.そこで本研究では,平均飲酒量と認知症前段階の軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment,以下MCIと略)との関連について検討した.方法:2014~2017年に愛媛県東温市の地域住民に実施した疫学研究「東温スタディ」に参加した60~84歳の男性421名,女性700名を本研究の対象とした.質問調査によって飲酒頻度,酒の種類別飲酒量を把握し,1日あたりの平均飲酒量を推定した.またJapanese version of Montreal Cognitive Assessmentを実施し,26点未満をMCIと定義した.男女別に現在飲まない群に対する平均飲酒量について男性3群,女性2群に分け各群のMCIの多変量調整オッズ比(95%信頼区間)をロジスティック回帰モデルにて算出した.さらに,ビール,日本酒,焼酎(原液),ワインについては,日本酒1合相当あたりの多変量調整オッズ比(95%信頼区間)を算出した.結果:男性212名(50.4%),女性220名(31.4%)がMCIに判定された.男性では,現在飲まない群に比べて,1日平均2合以上の群のMCIの多変量調整オッズ比(95%信頼区間)は1.78(0.93~3.40,傾向性p=0.045)であったが,女性では有意な関連は認められなかった(「1合以上」群の多変量調整オッズ比:95%信頼区間=0.96:0.39~2.38,傾向性p=0.92).この関連は,高血圧者において明確に認められた.また酒の種類別の解析では,男性において焼酎(原液)については多変量調整オッズ比(95%信頼区間)が1.57(1.18~2.07)と有意に高かった.結論:男性において平均飲酒量が多いほどMCIのリスクが高い可能性が示された.この関連は高血圧者においてより明確であった.
著者
橋立 博幸 内山 靖
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.44, no.3, pp.367-374, 2007 (Released:2007-06-18)
参考文献数
34
被引用文献数
7 10

目的 本研究では,地域在住高齢者における応用歩行の予備能の定量的な評価指標を開発し,その有用性と日常生活活動(ADL)や生活範囲を含んだ生活機能との関連性を検討することを目的とした.方法 対象は地域在住高齢者107人(平均年齢72.6±5.0)とした.歩行機能検査としてTimed"Up and Go"Test(TUG),10m歩行時間,6分間歩行距離(6MD),Physiological Cost Index(PCI),Rating of Perceived Exertion(RPE)を実施した.また,日常生活活動の指標として老研式活動能力指標(TMIG-IC)を調査した.TUGは至適速度(TUGcom),最大速度(TUGmax)にて計測し,TUGmaxに対するTUGcomとTUGmaxの差の割合(TUG-R)を応用歩行の予備能の指標とした.結果 TUG-Rは級内相関係数ICC(1, 2)=0.82と高い再現性を示した.TUG-Rは6MD, PCI, RPEと有意な関連を示し,歩行の持久性および安楽性を反映していると考えられた.TUG-RはTMIG-IC手段的自立に障害のある高齢者では有意に低下しており,高い移動機能を要するADLへの関連性が示唆された.ロジスティック回帰分析の結果,屋外活動の遂行にはTUG-Rが有意に関連した.結論 応用歩行の予備能を示すTUG-Rは,指標の再現性が高く,歩行の持久性,および生活範囲等の生活機能と密接に関連する高齢者において重要な臨床指標であると考えられた.
著者
藤崎 智礼 宮下 智
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.58, no.1, pp.41-46, 2021-01-25 (Released:2021-02-25)
参考文献数
23
被引用文献数
1

米国ニューヨーク市では,新型コロナウイルスの爆発的な感染力と,強力な病原性により多くの方が犠牲となった.医療崩壊が目前まで迫る中で,患者の尊厳を守り,充実したものにするために,Advance Care Planning(ACP)やインフォームド・アセントをはじめとした緩和医療分野の重要性に焦点が当てられた.新型コロナウイルス世界的大流行を契機として,今後,日本でもACPをはじめとした緩和医療の重要性が増してくると予想される.
著者
吉田 光由 米山 武義 赤川 安正
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.38, no.4, pp.481-483, 2001-07-25 (Released:2009-11-24)
参考文献数
10
被引用文献数
13 13

高齢者の肺炎の多くが口腔内細菌の誤嚥により引き起こされる誤嚥性肺炎であることが指摘されている. とりわけ, 誤嚥性肺炎起炎菌として歯周病菌であるグラム陰性嫌気性菌が注目されており, 口腔内に歯がある有歯顎者の方が歯のない無歯顎者よりも誤嚥性肺炎が発生する危険性が高いという報告も見受けられる. 我々は全国11カ所の特別養護老人ホーム入所者366名を口腔ケアを行う群 (ケア群184名, 平均年齢82.0歳) と行なわない群 (対照群182名, 平均年齢82.1歳) に分け, ケア群には, 看護士もしくは介護職による毎食後の歯磨きならびに1%ポピドンヨードによる含嗽の他に, 週に1回, 歯科医師もしくは歯科衛生士がブラッシングを行なったのに対し, 対照群では, 従来行われていたケアをそのまま継続することで, 両群の肺炎発生頻度を比較した. 2年間にわたる追跡調査の結果, 誤嚥性肺炎は, 脳血管障害の既往 (p<0.05) のあるADLの低下 (p<0.01) した者で有意に発生したものの, 有歯顎者と無歯顎者との間で肺炎の発生に差はなかった. さらに, 期間中の肺炎発生者は, ケア群で21名 (11%), 対照群で34名 (19%) とケア群で有意に低く (p<0.05), この傾向は, 有歯顎者においても有意に (p<0.05), 無歯顎者でも有意差はなかったもののほぼ同様の傾向が示された. このことは, 口腔ケアは口腔内の歯の有無に関わらず, すべての要介護高齢者の肺炎予防に効果的であることを示唆している.
著者
原田 敦 松井 康素 竹村 真里枝 伊藤 全哉 若尾 典充 太田 壽城
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.42, no.6, pp.596-608, 2005-11-25 (Released:2011-03-02)
参考文献数
67
被引用文献数
7 8

老年病の需要増加に対する有限の医療・介護資源をいかに合理的に活用するかが問われている. 本稿では, 骨粗鬆症・骨折の疫学と費用を述べ, 次いで費用対効果の研究を介入法別に総説した. 骨粗鬆症性骨折による生命予後及び機能予後の悪化, 並びにQOL低下の存在は多くの研究から明らかで, 骨粗鬆症治療の効果はQOLを考慮した質調整生存年 (QALY) によって測定され, 費用・効用分析にて解析されるべきである. 従って, その費用対効果は, 単なる得られた生存年ではなく, 獲得されたQALY当たりの費用で評価されるのが適正で, QALYも得られ, 費用も節減が最も望ましいが, 妥当な費用閾値を越えなければ費用対効果は良好とされる.骨粗鬆症・骨折における治療の費用対効果は, 対象の有する骨粗鬆症性骨折リスクと介入法の効果及び費用に依存しており, 特に骨折リスクとしての年齢と介入費用の影響が強かった. 高価な治療であっても高齢であれば, 平均骨折リスクの女性では合理的費用対効果が認められ, 安価で効果のある治療なら, 閉経直後の正常女性でも合理的費用対効果が得られる. さらに介入効果として薬剤中止後の効果残存にも費用対効果は大きく左右され, 効果残存のない薬剤では, 最も安価でかつ最大の効果のある場合以外は, 費用対効果を得るのは困難とする報告もあった.介入法ごとの費用対効果を現時点の文献をもとに検討すると, HRTに関しては, 有益作用を有害作用が上回った最近の報告を元にした検討はまだ発表されていない. アレンドロネートは既存脊椎骨折のある高齢骨粗鬆症女性で十分な費用対効果が認められ, 効果は対象が高齢の方が優れており, 既存脊椎骨折を有する方が脊椎骨折のない場合より優れていた. リセドロネートも65歳以上の骨粗鬆症女性では既存骨折にかかわらず, 良好な費用対効果を示し, 既存骨折があれば70歳以上ですべて費用節減に至った. カルシウムとビタミンD併用は大腿骨頸部骨折リスクを減少し, 高齢女性で費用節減に到達した. ラロキシフェンは乳癌抑制作用も合わせると, 既存骨折の有無にかかわらず, 骨粗鬆症女性における費用対効果はどの年代でも良好であった. ヒッププロテクターは, 高齢者においては男女とも費用節減で, 特に高齢女性では大きい費用節減とQALY獲得が予測された.このように骨折リスクの高い高齢者にも費用対効果が十分期待できる介入法がいくつかあり, それらによる積極的な治療は医療経済的にも大いに有意義であると考えられる.

2 0 0 0 OA 老化を考える

著者
今堀 和友
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.1-7, 1984-01-30 (Released:2009-11-24)
参考文献数
7

老化の成因に関しては古来数多くの説が出されているが, これらのうちどれ1つとして否定されたものも, 証明されたものもなく, 成因は今尚不明というのが実体であろう. 老化とは加齢に伴なう生理的機能の減退と定義できるが, 加齢に関してはこれを刻む生体内時計の概念が必要となる. 次に生体内時計の時間軸はエントロピーの増大方向で決定されることを示し, さらには生体内時計ではこのエントロピー増大が制御されているという考え方を述べる. 老化を単なる加齢と区別するのは, この制御が外れるか否かの点である. したがって外れた制御を元に戻すことが老化制御と定義できる.一方不可逆過程の熱力学により, エントロピーの増大を極小にするための条件は, 変化を定常状態におくことが分っている. したがって老化とは定常状態から外れることと考えられる.定常状態から外れる原因としては, 定常状態の崩壊と, これを元に戻す作用の消失の2つが考えられる. 前者に関しては代謝産物の蓄積, 合成と分解との脱共役を, 後者に関してはホルモン制御や免疫等ホメオスタシスの不全を考えて, 老化との関係を論じた. 老化の一因はホメオスタシスのプールサイズが減少することにあると考えられる.
著者
近藤 克則
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.43, no.1, pp.19-26, 2006-01-25 (Released:2011-03-02)
参考文献数
85
被引用文献数
1

世界ではじめて, 全国民に利用時原則無料で医療を保障する制度を作った国がイギリスである. しかし, そのイギリスでは, 長きにわたる医療費抑制政策の結果, 130万人を超える入院待機者に象徴される医療の荒廃を招いた. そこからの脱却を図ろうとブレア政権は, 医療費を5年間で実質1.5倍にし, 医師・看護師を大幅に増員する医療改革に取り組んでいる. 政府の発表によれば最近になりようやくその効果が見え始めている. その過程や改革の内容は, 公的医療費抑制に向けた論議がされている我が国の将来を考える上で, 多くの示唆を与えてくれる.本論では, まず「第三世界並み」とまで表現されたイギリス医療の荒廃ぶりを, 待機者問題などを例に示す. 次に, それと比べる形で, 我が国にも医療費抑制政策の歪みが表れていることを述べる. 例えば, 病院勤務医が労働基準法を遵守すれば病院医療が成り立たない状況にあることを示す. この余裕のない状態から, さらに医療費が抑制されれば, もはや医療従事者の士気が保てず, 医療が荒廃するであろう.後半では, ブレア政権が, どのようにして医療費拡大への国民の支持を得たのか, その医療改革の枠組みや保守党時代との違いを検討する. さらに, ここ数年の改革の軌跡と, それへの政府の立場と批判的な立場の両者の評価を紹介する.これらを通じ, イギリスの医療改革の経験を踏まえ, 日本においても「医療費抑制の時代」を超えて「評価と説明責任の時代」へと向かうための3つの必要条件-(1)医療現場の荒廃ぶりと, その主因が医療費抑制政策にあることを国民に知ってもらうこと, (2)医療界が自己改革をして国民からの信頼を取り戻すこと, (3)「拡大する医療費が無駄なく効率的・効果的に使われる」と国民が信頼し納得できるシステムを構築すること-を述べる.
著者
実重 真吾 片山 茂裕
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.34, no.7, pp.548-554, 1997-07-25 (Released:2009-11-24)
参考文献数
21
被引用文献数
1 1

インスリン及びIGF-1の培養血管平滑筋細胞 (以下VSMCと略) に対する増殖効果及び細胞外基質のコラーゲン合成能とI型コラーゲンα1鎖の遺伝子発現に及ぼす影響を検討した. ブタの腹部大動脈より採取したVSMCに, インスリンを0, 16, 160nM, IGF-1を0, 1.31, 13.1nMの濃度で添加し, 細胞数・DNA合成能 ([3H]-thymidine) を, またインスリン0, 1,600, 16,000nMを加えて, 蛋白合成能 ([3H]-proline)・総コラーゲン蛋白合成能を調べた結果, 細胞数は1.4倍 (IGF-1) ~1.5倍 (インスリン) に, DNA合成能は3倍 (IGF-1) ~3.8倍 (インスリン) に, 蛋白合成能は1.8倍 (IGF-1) ~3倍 (インスリン) に濃度依存性に有意に増加した. 総コラーゲン蛋白合成は, インスリン16,000nM, IGF-113.1nMの濃度で, それぞれ26.5倍, 2.3倍に増加した. I型コラーゲンα1鎖mRNAは, IGF-1では濃度依存性に増大し, インスリンではIGF-1と比較して弱いが, 増大傾向を認めた. 以上, インスリンやIGF-1が, VSMCの増殖の情報伝達及び細胞外マトリックスの合成に密接に関連している可能性が示唆された.